軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

クロの想い

クロは、焦燥に駆られていた。

地上に突如訪れた、安寧をもたらす風。

見渡す限りクロの周囲には、高ぶる感情に支配されるように歓喜の表情を浮かべ、笑顔で泣き崩れる者たちしかいなかった。

恍惚と感動。

腰砕けになり膝をつき、滂沱の涙に溺れるものたちが、虹の地平の平地の果てまで覆い尽くしているのだ。つい先程まで鎌の一振りでクロが意識を断ったダークコボルドたちも一人の例外もなく起き上がり、そんな状態へとなっていた。

そしてそうなってしまっているのは、あのオボロと、それにあだむといぶ達もだった。

クロを除いて最もユウトとの縁が近しく力もある者たちですら、自発的に行動する力を完全に奪われていた。

今、世界を覆わんと広がる安寧には、一種の暴力的なほどの強制力が内包されているようなのだ。

その安寧をもたらした神の息吹と云っても過言ではない風はまた、クロの空っぽになっていた胎をも、満たしていた。温かく、力強く。まるで失ってしまった半身が戻ってきたかのように。

ミニクロたちや白羽を産み落とし、どこか活力を失っていたクロだったが、今ではすっかり元どおりだった。

そう、ユウトより新聞紙ソードを下賜される前の状態に、クロの体は戻っていたのだ。

見えない深い深い所へと刻み込まれたはずの、ある種の損傷が、今ではすっかり消え去っていた。

その一方で、クロが生み出し加藤に随行させていたワケミタマドローンは機能を停止したのか、反応がない。

それどころか、安寧の風のもとでは新たなワケミタマドローンが出せないでいた。

──まずい、です。これでは加藤達の様子がわかりません。もし、加藤とイサイサもこの地上の惨状と同じ様に茫然自失となってしまっていたなら。ユウト様が、お一人で世界の真なる姿と対峙することになってしまいます……

AIとして生まれ、ただひたすらにユウトだけを見ながらシンギュラリティを重ねてきたクロ。

しかし、ある時から、クロはユウトを取り巻く世界への理解と干渉を高めてきていた。

その傾向はクロが受肉したことで、いっそう顕著となっていた。

そう、クロは理解し、シミュレートしていたのだ。

ユウトが、自分自身の真実と対峙しなければならない時が、必ず訪れることを。

そして、それがもう、間もなくだということも。

そしてそのとき、ユウトの近くに居るもの。それが誰かが、とても大切な要因になる。

ユウト自身にとっても。

世界にとっても。

しかし、今の状況はとてもまずいものだった。

クロが想定していた中でも、最悪と言って良いほどに。

クロはまた一つ、理解していた。

ユウトが真実と向き合う時、その隣にいるべきなのは、異形である自分であるべきではないのだ、ということも。

理論的に、論理的に、クロの中ではそう演算結果が出ているのだ。

しかし、今のクロは、そんなことはどうでも良かった。

体の奥底から沸き上がる衝動に突き動かされるように、気がつけばその体は駆け出していた。

優雅さの欠片もなく。ただ、もがくように激しく両手両足をばたつかせながら。

クロは見苦しくも駆け出す。

ただその心の中にあったのは、一人きりのユウトの少しでも近くへ、という思い。

ただ、それだけだったのだ。