作品タイトル不明
吐息
「くさい、な……」
早川の匂いを辿って穴を下降していたユウトの操るグレーコボルドの鼻に、ひどい悪臭が押し寄せる。
体感的にはちょうど大穴の底と地上の中間あたり。
自由落下で下降しながらユウトの呟いたその声は小さいながらに、世界に響き渡る。
そしてそれは激昂して血が上っていたユウトの脳の一部に、一瞬の冷静さを取り戻させるぐらいの臭さだった。
そしてそれは下降するほどに酷くなっていく。
それは侵略の香り。
おのが住む世界に侵入し、そこで生をまっとうする魂たちを奪っていこうと世界を犯すものたちの、臭い。
そして本能的に、その臭い自体が新たなる侵略のためのマーキングとなっていることを、ユウトは理解する。
それは自身の持つ超越的な力と、コボルドとしての、匂いで世界を認識する特性の融合の一つの発現だった。
とはいえもちろん、ユウト自身はそんな深く意識はしていない。
ただ、なかば本能のままに、この臭い穴をそのままにはしておけないと、思っただけだった。
そのユウトの内部に秘められた膨大な力の可能性の一部が、そのユウトの思いを具現化する。
これまで数多の超越的なスキルをその行動や思いを具現化させてきたのと同じように。
こうして、新たなるエクストラスキルが顕在する。
そのスキルの名は、『神の 吐息(ブレスキュア) 』
世界に鳴り響く、ピコンという通知音。
それは、新たなるエクストラスキルの誕生を知らせる調べ。
ユウトは大穴の上下のちょうど中間あたりで、落ちながら大きく深呼吸をする。
すると、コボルドの肺としては明らかに許容量を越える質量の大気がそのユウトの肺へと消えていく。
これもまた、ブレスキュアの効果の一部だった。
一度世界から消えさった大気が、ユウトの吐く吐息として再び世界へと広がっていく。
神を超越せしものの祝福されし清浄なる吐息として。
一瞬前まで因果律の使徒の悪臭にまみれた大穴の内の大気が一瞬で浄化されていく。
その新たなる大気は、まるで奥深い森林と、岩に叩きつけられた滝のような香りを、今ではまとっていた。
その清く尊き息吹に、大穴が満たされていく。
そしてそれは大穴ダンジョンを満たした後に、溢れだし、混沌により蹂躙され尽くした因果律の使徒たちの腐臭が漂い始めた地上の亡骸すらも浄化していく。
それだけではなかった。
ユウトと縁を持つものたちが、その清浄なる大気に触れる度、地上では新たなる奇跡が広がっていた。
戦意と意識を刈り取られた混沌たちはその目を覚まし。
胎を空にしたクロの内部は満たされ。
斬り結ぶオボロとあだむ、いぶは互いの武器を下ろすと感涙の涙が自然とそれぞれの視界を覆っていく。
そしてそれは、虹の地平に留まることなく、地上をあまねく奇跡が満たしていく。
混乱と闘争が終焉を告げ。
因果律の手が触れた者たちはその身が突然浄化の炎に包まれていく。
世界にひとときの安寧が、訪れた。