作品タイトル不明
解放
ユウトが、その静かな歩みを止める。
その怒りを受けて蠕動を続けていた大地の揺れがようやく止まる。
しかし、その場に存在する生きとし生けるものは当然、誰一人として、 頭(こうべ) をあげるものはいなかった。
全てを平伏させたままのユウトの目の前にあるのは、加藤によって大地に開けられた穴。
巨大赤ん坊たちがその身で強引にこじ広げたそれは、小柄なコボルドの身からすると十分な大きさになっていた。
「早川……」
ユウトの呟き。
どうやらユウトの鼻は、その大地の穴──かつての大穴ダンジョンへと繋がるそこから、早川の血の匂いが漂ってきていると嗅ぎとったようだった。
そのまま、大地に穿たれた穴へと踏み出そうとしたところで、ふと何かに気がついたように動きを止めて振り向くユウト。
そして、誰へともなく告げるように声をあげる。
「あれ? 続(・) け(・) て(・) 」
それだけ言い残すと、深き穴へと向かって、軽やかに一歩踏み出すユウト。
その姿はあっという間に見えなくなっていく。
そして残されたのは、たった一言の言葉。
神に等しき絶対者たる存在の、言葉。
すべての混沌たちの畏怖と崇拝を一身に集める、偉大なる主からの、言葉。
ユウトの身に内在する圧倒的な力が、スキルとなって幾重にも乗せられた、言葉。
ユウトの姿が消えた大地で、それまで保たれていた静寂が、一瞬でかきけされていく。
混沌たちが、そのユウトの言葉に応えるように声をあげる。
それは怒号であり。
絶叫であり。
阿鼻叫喚と呼ぶにふさわしき無数の声。
絶対者の言葉に答えようと、命を燃やすものの、声だ。
全軍が規律をもって一本の撚り糸のように、その力を統合し、因果律の使徒と戦っていた先ほどとは全く様相の異なる様が、広がっていく。
混沌たち一人一人が、まさに死に物狂いで、全身全霊をもってして、目の前の、一瞬でも早く片付けるべきものを処理しようと、すべての抑制を断ち切る。
そして、その身を闘争へと踊らせていく。
軍として見れば明らかに統一の欠けた、その動き。
しかし不思議なことに、戦果としては明らかに今の方がうわまっていた。
まるで巨大な赤ん坊たちが、赤子の手を捻るように、その命の灯火を捻り潰されていく。
一つ、また一つ。
そうやって数えるのが困難になるほどの早さでもってして、因果律の使徒たちが消えていく。
まさに混沌と呼ぶべき状況のなか、すべての因果律の使徒が、塵へと還っていってしまう。
すべての敵を滅し尽くした混沌たちは、しかし既にもう、止まることが出来なくなっていた。
一度、命を燃やすようにして闘争へと全てを捧げた混沌たちは、進み続ける。
その身が完全に燃え尽きる、その時まで。
混沌がいま、解き放たれた。