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公爵令嬢からの手紙

作者: 月森香苗

本文

アーノルド・ルドフ・フォーレン殿下

お健やかにお過ごしでしょうか。

王国は今も輝く白竜の庇護の元、民は穏やかに過ごせているでしょうか。

わたくしが気にかけずとも、変わらぬ栄光と安寧の光が皆様を照らしていることでしょう。

殿下にこのような手紙を差し上げる事は本来許されていないのでしょうが、どうしても殿下にお伝えせねばならないと判断し、ペンを取っております。

わたくしが国を出て五年が経過しております。その間、わたくしはあるキャラバンに拾われ旅をしておりました。

フェアフォーレン王国は大陸の最西部にございますので、東部を目指すキャラバンはわたくしの目的と一致しておりました。

貴族として生まれ育ったわたくしは、自分でドレスを着る事もなく生活をしておりましたが、キャラバンでは自分のことは自分でするというのは当たり前のこと。

慣れぬ手つきではありますが、一人で着替えを済ませた時には得も言われぬ達成感がございました。

昼には幌馬車が連なり道を進み、夜は交代で見張りをしながら夜を過ごす日々は苦労もありましたが、今や慣れたものでございます。

様々な国を巡りながら、わたくしは己の視野の狭さを知る事が出来ました。

世界はこんなにも広く、多くの価値観が存在し、生きる事に皆精一杯で、だからこそ笑顔が尊いのだと知りました。

さて、わたくしが手紙を差し上げることになった出来事です。

ローレン峡谷という場所をご存知でしょうか?

レドニラ王国にある峡谷でございます。

ここには竜王シュトルヴァリオン陛下が住まわれている場所で、わたくしは縁があり竜王陛下への謁見を許されました。

そこでわたくしはある方に出会いました。

竜の巫女、異世界より招かれし黒髪の乙女。

御名をサクラ・コバヤカワとされる方です。

竜王陛下自らがわたくしにサクラ様をご紹介下さいました。

そして誇らしそうに竜の巫女の証である、額に黒き竜の鱗を中心とした紋様を見せて下さいました。

ところで、わたくしが国外に出ることになった理由を覚えておられますか?

確か、『竜の巫女ミキ・ワタナベ様を害した』からだとわたくしは認識しております。

竜王陛下にお伺いしたところ、竜の巫女はお一人。

サクラ様以外にはいない、とのお言葉を頂きました。

なれば、ミキ・ワタナベ様は果たして何者なのでしょうか?

そもそもわたくしは多忙な日々を過ごしておりました。

殿下がミキ様と遊興に耽る間、公務を代行していたのはわたくしでした。

わたくしがいつ、害する時間がございましたか?

常にわたくしは多くの使用人や役人達に囲まれ、監視されながら公務をこなしておりました。

わたくしが一人になる時間は夜の寝る時のみ。

それにも関わらず、わたくしがどのように害したのか、未だにわたくしには分かりかねるのです。

国王陛下のいない間に無断でわたくしを断罪し、裁判もなくわたくしに鞭を打ち、消えぬ傷跡を背中に残して下さったアーノルド殿下。

癒えぬ傷を治す間もなく、国境に私を運ばせ捨てさせたアーノルド殿下。

わたくしの罪とは何だったのでしょうか?

家族にも別れの挨拶を許すことなく捨てたのは何故ですか?

そこにいるミキ・ワタナベは、何者でしょうか?

是非ともこの手紙を届けた竜王陛下の使者様にお答え下さいませ。

始めこそ、貴方様をお恨みしました。

ですが今なら分かります。

嫌なことから逃げ、都合の悪い事は全部人に押し付け、そして処理出来ないことは捨てて終わらせる貴方様の隣で永遠にこき使われる日々を過ごさなくて良いのならば、この消えない背中の傷くらい耐えられる、と。

竜の巫女は魔獣の王を討伐するお役目があると仰ってましたね。

五年もあったのですから、当然旅に出たはずですよね?

まあ、していないことはわかっておりますけれど。

安心なさって下さい。

魔獣の王はサクラ様が竜王様の配下と共にとうに討伐を済ませておりますので。

よろしゅうございましたね。

これでアーノルド殿下はミキ様と憂いなくお過ごしいただけますよ。

尤も、竜の巫女ではないのでどのようなお立場で妃とするのかは分かりかねますが。

ところで、国王陛下やわたくしの父であるレドミスタ公爵にはわたくしのことをどのように説明なさいましたのかしら。

貴方様が裁判も無く無断で断罪し、無断で刑罰を定め、無断で貴族令嬢に鞭打ちするようにし、無断で国外に捨てた。

その事を正直にお話になったのでしょうか。

それとも、わたくしが直ぐに死ぬとでも思っておりましたか?

そうですね。キャラバンに巡り合わなければ死んでいたことでしょう。

いけませんわね。恨み言を書くつもりはありませんでしたのに。

わたくしは現在、キャラバンの一員として認められております。

砂漠を何度も越えておりますし、楽器の奏者としての腕前も認められてきました。

国に帰ることはございませんので、竜王陛下の使者様にこの手紙を委ねました。

それとは別に、わたくしの家族にも手紙を書きましたの。

わたくしはこれでも愛されて育ったという自負がございます。

わたくしの身に起きたことは全て詳らかに記載いたしましたわ。

アーノルド殿下におかれましては、ご自分の責任をしっかりと果たしてくださいませ。

ジョセフィーヌ・レドミスタ

◇◇◇

レドミスタ公爵が怒りと共に王宮へ乗り込んで来たのは二週間前のことであった。

竜王の使者という竜族の男を伴った公爵は、その手に手紙を握り締めていた。

失踪した公爵令嬢の行方を探し続けていた公爵に届いた知らせは、国王の心臓を止めかねないほどの衝撃を与えた。

そして国王の長男アーノルドに向けての手紙を使者が国王に手渡す。

それは王子にあてたと見せかけての国王への手紙でもあったのだろう。

国王はすぐさまアーノルドを連れ出すように命じたところ、竜の巫女と名乗っていた女も共に居たので連れてこさせた。

そこで判明したのは、その女は竜王の神殿から過去の巫女の日記を盗み読みした魔女で、この国の白竜を魔法で誤魔化した偽物であるということだった。

白竜はただの竜で、竜族のように人型を取れるほどの力が無かったからこそ魔女にしてやられたのだろう。

日記を読み、遥か昔の巫女の名と姿を摸したようである。

贅沢三昧で享楽的な日々を過ごすために、邪魔な公爵令嬢を排除させたのだ。

竜族を前に魔女は敵わない。

両手両足の骨を折られ、舌を切り落とされた魔女はそれでも死んではいなかった。死ねなかったのだ。

「この魔女は竜王様の処断に委ねる」

身動きの取れない魔女を袋に詰めると、竜族の男はアーノルドを見ながら告げた。

「ジョセフィーヌ殿は我等が竜王様も大変気に入った才女で、竜王様の次代を担う若君がジョセフィーヌ殿に妻乞いをしている。お前のような無能には勿体ない人間だ」

竜の恩恵を受けている国では竜族の花嫁になる女性がいることは大変な誉である。しかし、フェアフォーレン王国では五年前に王子が自分の欲を満たす為だけにその女性の尊厳をとことん貶めて捨てた。

「この国の白竜にも伝えておこう。次代の竜王の番をこの国の王子が捨てたのだと」

竜族の男はにぃ、と笑うとスタスタと外に向かっていく。国王にそれを止めることは出来なかった。人間が竜族を遮るなど出来るはずもない。

残された国王は、王子が勝手に処断したその事実を許してはならなかった。アーノルドがしたことは全て国王にのみ許された特権であり、王でない者が実施するのは即ち。

「アーノルドを捕らえよ!国家反逆罪である!」

国王の手に残された手紙の末尾、自分の責任を果たす、その一文は間違いなく正しい。公務すらもまともにしていなかったのか、と情けなくなる。

何よりも、それを見抜けなかった愚かな王が己だという事がより辛さを増してくる。

例え王族であろうと国家反逆罪として捉えられた場合、死刑囚と同じ扱いである。

最も過酷な牢に放り込んだアーノルドにこの手紙を読み聞かせようではないか。

国王は、父ではなく王として判断した。

例外なく、国家反逆罪の罪人は斬首であり、我が子にもそうすると。

◇◇◇

「あら、斬首刑ですのね」

「手紙ですか?」

「ええ。お父様からですわ。ふふ。白竜の庇護をなくした王家も終わりのようです」

「魔女如きの魔法で惑わされた白竜には罰を与えなければ」

「まあまあ。お陰であの国を出て今わたくしはここに居ますのよ?」

「それならば少しだけ許してやりますか」

竜王シュトルヴァリオンの第一の子エリュミディリオンの腕の囲いの中、ジョセフィーヌは嫋やかに笑う。

砂漠を越えるキャラバンに拾われた時、ジョセフィーヌは死にかけていた。それでも、家族に連絡を取るまでは死ねないというその一心で生き延びた。

背中に残る傷は竜族の秘術を使えば消せると言われたのだが、復讐を果たすまでは消すつもりはなかった。

ジョセフィーヌは確実にアーノルドを死に追いやりたかった。

無能な王子の尻拭いをする日々。

そんな王子を甘やかす国王と王妃。

たかが公爵令嬢が何故王子のすべき公務をせねばならない。何故それを誰も咎めない。

白竜が老いていたからこそ魔女は目をつけたのだろう。

後になりシュトルヴァリオンにより真実を知った時、家族さえ無事ならあの国は滅んでも良くないか?と思ったのだ。

ジョセフィーヌに押し付けるだけ押し付けて、したい事しかしない王子には自由があるなど、許せるのか。

手紙は王子に宛てたと見せかけて国王に知らしめる為だ。

婚約者の公爵令嬢がいなくなるなど国を挙げて捜索すべきはずなのに、王はそうしなかった。

ジョセフィーヌが愛するのは家族だけだ。家族以外に愛せるような人などいなかった。それだけ酷使されていたのだ。

エリュミディリオンは竜王が住まうローレン峡谷にある神殿で出会った。

熱烈に愛を請われたのだが、復讐を遂げるまではと保留にしてもらっていた。

「ジョセフィーヌ。そなたの復讐は遂げられましたか?」

「ええ。満足ですわ」

キャラバンで平民の暮らしを知り、嫋やかで傷一つ知らぬ手は随分と荒れた。

何が出来るのかと言われて、精々通訳と楽器の演奏くらいしか出来なかったジョセフィーヌだったが、そのどちらも使えると判断された。

始めこそなんて野蛮なのだろうと思ったけれど、裏はあれども本音を語る彼らの言葉を疑いすぎなくても良いのは気が楽だった。

エリュミディリオンは愛に応えてもキャラバンの旅をやめなくて良いという。

寧ろ、彼も付いてくる気らしい。

キャラバンの仲間は「最強の護衛じゃねえか!」と大笑いしていたし、ジョセフィーヌもそう思う。

「我が愛を受け取って下さいますか?」

「はい。エリュミディリオン様」

竜族の男は一途である。一度この人と定めたならば揺らぐことは無い。

竜族の愛を重いと語る者もいるが、裏切られてきたジョセフィーヌには心地よい重さである。

「エリュミディリオン様との旅はさぞ楽しくなる事でしょう」

婚約者に裏切られた公爵令嬢は手紙を一通送った。

それだけで、裏切った王子は処刑され、魔女は捕らえられた。

まずまずの結果にジョセフィーヌは満足し、かつての婚約者のことを忘れることにした。

覚えているのも無駄な男だったので。