軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

太陽の日、静かな街

太陽の日の朝は、街の音が少し遠い。

夜のあいだに喧騒がひと息ついて、石畳の向こうへと引いていったような、そんな静けさがある。

店を休みにしているせいもあるけれど、それだけじゃない。

南門側は、特に朝は人の気配が薄くなる。

昼頃になると子どもたちが道路に出てきて遊び始めるけれど、朝はまだ静かだ。

この国では月の日、火の日と始まり、七日ある一週間の最後が太陽の日になる。

国民にとっての休日だ。

基本的にこの日は、商店やレストラン、カフェはもちろん、鍛冶屋や建築業者も休む。

一週間の疲れを取る日として位置づけられていて、家族や友人と過ごしたり、一人でのんびりしたりする。

だから土の日は、私のパン屋も大忙しになる。

皆、太陽の日の食料を買い込みに来るからだ。

ただ、護衛依頼や治安保持、町の周囲の魔物討伐を請け負っている冒険者や町の憲兵隊は、変わらず仕事がある。

そのせいか、北門側は太陽の日でも比較的にぎやかだ。

私は今日は、朝からオモチと森に入っていた。

森に人が少ない日は動きやすいし、樹の実も落ち着いて探せる。

「今日は静かだね」

「きゅ」

オモチは短く鳴いて、枝の上を移動する。

白い影が一瞬見えたかと思うと、もう別の木だ。

「私もああやって、ピューンって移動できたらなあ」

そう思ったことは、一度や二度じゃない。

以前、無理を言って糸を何重にも紡いでもらい、木にぶら下げてもらったことがある。

結果は、ただのブランコだった。

あのときのオモチの、あきれたような目は一生忘れないと思う。

それに、エルンさんとグリムに泣かれたし。

二人は家やお店の魔道具を管理してくれているのだけれど、素材の無駄遣いをするなと、揃って男泣きだった。

だって、やってみたかったんだもん。ごめんて。

オモチの粘糸は、魔力の伝達にとても優れているらしい。

魔道具技師にとっては、喉から手が出るほど欲しい素材だ。

ヴェロスと呼ばれる種類の魔獣は、とにかく速い。

本気で動かれると、見つけることすら難しい。

生態もまだ十分には解明されておらず、謎の多い存在だ。

そんな種族の粘糸は、とても価値がある。

おかげでオモチは、定期的に粘糸を素材として売り、自分で自分の食費を稼いでいる。

……本当に、しっかり者だよ君は。

素材の採集を終え、昼前には街へと戻った。

今日は午後から、前に読んでいた本の続きを読もう。

そんなことを考えながら、南門側の通りを歩く。

日が高くなるにつれ、少しずつ、子どもたちの声が聞こえ始めていた。

木陰のベーカリーの裏手に回ろうとした、そのとき。

店の前で、ひとり立ち止まっている後ろ姿が目に入った。

店舗の入り口を、じっと見ている。

――あ。

朝によく来る冒険者さんだ。

照り焼きマヨパンを、まとめて買っていく人。

最初に来たとき、オモチが驚かせてしまったんだよね。

端正な顔立ちなのに、思いきり目を見開いた、あの表情。

思い出して、少しだけ口元が緩んだ。

今日は装備はしておらず、剣も持っていない。

どこか、肩の力が抜けた様子だった。

濃い色のシャツに、動きやすそうなズボン。

袖をまくった腕が、朝の光を受けている。

いつもの冒険者の姿より、少しだけ近く感じる。

「おはようございます」

声をかけると、少し間を置いてから振り返った。

青褐色の目が、こちらをとらえる。

そのあとで、ふっと表情がやわらいだ。

「ああ。おはよう」

その返事が思っていたより柔らかくて、少しだけ意外だった。

「今日はお休みですか?」

「そうなんだ。ちょっとゆっくりしようかと思って」

「珍しいですね」

冒険者は、武具の手入れや修理に合わせて休みを取る人が多い。

鍛冶屋が開いている日に動き、太陽の日は避ける印象があった。

「拠点の宿を、引っ越したばかりなんだ」

そう言いながら、ユリウスは通りの先へ、ちらりと視線を向けた。

「そうなんですか」

私も、つられて南門側を見回す。

行き交う人は多いけれど、朝の空気はまだ落ち着いている。

呼び込みの声も少なく、足音もやわらかい。

「この辺ですか?」

「そう。今日から」

なるほど。

長期滞在なら、騒がしい北門側を避けて、この辺りを拠点にする人も少なくない。

生活の気配があって、それでいて、落ち着いている。

そう考えていると、ふと、彼がここに立っている理由に思い当たった。

「もしかして、買いに来てくれたんですか?

すみません。今日は太陽の日なので、お店はお休みなんです」

そう伝えると、彼は一瞬きょとんとした顔をしてから、苦笑した。

「そうだったよね。すっかり今日が太陽の日だって失念してた」

少し考えるように視線を上げてから、言葉をつづける。

「前にいたところは、太陽の日でも割と店が開いてたし……」

どこか決まりの悪そうな笑顔だった。

なるほど。

大きな街なら、太陽の日でも開いている店はある。

私が以前、商会で働いていた町もそうだった。

「移動してきたばかりだと戸惑いますよね。

この街は、割と全体が一斉にお休みモードに入っちゃうので」

「きゅ」

オモチが、そうだと言いたげに鳴く。

腕を組んで、少し偉そうだ。

ユリウスは、そんなオモチをほほえましげに見ていた。

「今日は森が静かで、この子もご機嫌でした」

肩にいるオモチの頬を、軽くつつく。

オモチは私の指を掴み、がじがじと齧る真似をした。

思わず笑って、丸くて白いお腹をつつく。

彼は、そんなオモチを目で追いながら微笑んでいる。

「二人で森に入るのは楽しそうだね」

その言い方が、なんだか自然だった。

危ないとか、大丈夫なのかとか。

そういうことを言う人もいるのに、彼はそうじゃない。

私とオモチが一緒にいることを、そのまま受け入れている感じがした。

「楽しいですよ。静かですし、気楽なので」

「気楽、か」

ユリウスは、その言葉を小さく繰り返した。

少しだけ考えるような顔をして、それからゆっくりうなずく。

「……それ、いいね」

ただの相づちみたいな短い言葉なのに、なぜか耳に残った。

そう答えた、その直後だった。

彼のお腹が、小さく鳴った。

一瞬だけ、間が空く。

彼は少し気まずそうに視線を逸らし、

言い訳するみたいに小さくつぶやく。

「朝ごはん、まだで」

「この辺、ほとんど閉まってますよね」

「だよね。まあ、携帯食は部屋に残ってるから」

それって、たぶん硬いジャーキーと、硬いパンですよね。

噛みごたえだけは一級品の。

そう思ってしまって、私は一瞬だけ迷った。

休みの日に、わざわざ店を開けるのはどうなんだろう、と。

でも。

太陽の日の朝。

お天気も良くて、森も静かで。

こんな日にジャーキーとか……私は嫌だな。

「……パンなら、少し余ってますけど」

思わず言葉が口に出ていた。

「昨日の売れ残りですけど、ちゃんと食べられます。

良かったら、購入されますか?」

「……えっ。本当に?」

思った以上の反応が返ってきて、少しだけ気圧される。

そんなに驚くほどのことじゃないはずなのに。

でも、その表情が妙に素直で、つい笑ってしまう。

「ええ。昨日の夕方に焼いたものですし、保存もちゃんとしてますから」

そう言うと、彼は一瞬だけ躊躇するように黙り込み、それから大きく頷いた。

「ありがとう。売ってもらっていいかな。

休みの日にまで携帯食は、さすがにきつくて」

そりゃそうだ。

「じゃあ、少しだけ待ってくださいね」

鍵を取り出して、扉に手をかける。

きい、と控えめな音を立てて、扉が開いた。

「どうぞ」

ユリウスは一瞬だけ店の中を見てから、こちらに視線を戻した。

「……いいの?」

「少しだけなら」

そう返すと、彼は小さく笑った。

「じゃあ、お言葉に甘える」

その言い方が、妙にうれしかった。

営業日じゃないのに。

特別な用事でもないのに。

それでも、いつもの「店主と客」より、少しだけ近い場所に立っている気がする。

まだ名前を呼び合うほどでもない。

何かが始まったと言うには、あまりにも小さい。

けれど、この朝のことは、たぶん少し長く覚えている。

そんな気がした。

私は先に店の中へ入り、振り返る。

彼もまた、少しだけ不思議そうな顔でこちらを見ていた。

休日の静かな光が、開けたばかりの店の床に細く伸びている。

なんだか、いつもと違う朝だった。