軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

無事の温もりと、残る迷い

暗闇の中を、馬が駆ける。

湿った夜気を切り裂くように、蹄の音が森の奥へと響いていく。枝葉が揺れ、時折、低い風が頬を撫でた。

先頭を走るロイの馬には光の魔道具が仕掛けられており、踏みしめた道が淡く発光し、後ろへと続く軌跡を描いている。その光を頼りに、リラたちは迷うことなく森を進んでいた。

揺れる視界の中で、リラは手元の魔道具へと目を落とす。

オモチの居場所を示す印は、数十分前からぴたりと動いていなかった。

(……止まってる)

アジトに着いたのだろう、という予測が頭に浮かぶ。

けれど同時に、別の想像が、胸の奥にひやりと広がった。

強く瞼を閉じる。

――考えるな。

すぐに目を開き、顔を上げる。

「北西に、ここから約十キロ。位置は変わっていません!」

「了解ー」

ロイの軽い返事。

だが、その声の奥には張り詰めたものがあった。

示された位置は、森の奥深く。ダンジョンからも少し離れ、人があまり近寄らない場所だ。魔物もいるが、魔物除けの香を焚けばある程度は抑えられる――つまり、人が拠点を構えるには都合のいい場所でもある。

――オモチ……お願い、無事でいて。

胸の奥で、ただ一つの願いを繰り返す。

それを押し込めるように、手綱を強く握った。

馬はさらに速度を上げる。

暗い森の中に、蹄の音だけが規則正しく響いていた。

やがて、目的地の手前でロイが手綱を引いた。

馬が短くいななき、足を止める。

そのまま軽やかに地面へと飛び降りた。

「一応ここから先は馬は置いていこう。何人いるかも分からないしな」

低く落とされた声に、全員が頷く。

リラも馬から降り、手綱を近くの木へと結びつけた。

セインがすぐに動き、防犯の魔道具を設置し、魔物除けの香に火をつける。細い煙がゆっくりと立ち上り、夜気に溶けていった。

ロイは一足先に動き出す。

追跡魔道具の示す方向へ、音もなく進んでいくその背を、リラたちは追った。

足音を抑えながら森を進む。

やがて、木々の隙間に影が浮かび上がった。

古びた建物だった。

壁は黒ずみ、屋根もところどころ崩れている。けれど、完全に打ち捨てられているわけではない。人の手が入っている気配が、かすかに残っていた。

「こんな場所に……建物が?」

思わず小さく漏れる。

ユリウスが目を細め、静かに観察する。

「古いものだけど……使われているな。人の気配がある」

その言葉に、胸の奥がわずかに締まる。

近づくと、木陰からロイが手招きをした。

全員がその場所に集まる。

「簡単に見た感じだけどな。馬は五頭、馬車が一台。最低でも六、七人はいると思ったほうがいい」

低い声で状況を共有する。

「道の使い方からして、最近じゃない。結構前からここを使ってるな。見張りらしきやつは外にはいなかった」

「六、七人か……」

ダルクが小さく息を吐く。

「まぁ、実情は分からねぇが……何とかなるだろ」

軽く言いながらも、その目は鋭かった。

ユリウスが頷く。

「騎士団もこっちに向かっているはずだ。それまでにオモチの状態だけでも確認したい」

その言葉に、リラは小さく頷いた。

だが、そのまま胸の奥に沈んでいた不安が、静かに波立つ。建物の中に何人いるのか分からない――その事実が、じわりと重くのしかかっていた。

皆を危険に巻き込んでしまうかもしれない。そんな思いが拭いきれず、知らずのうちに視線がわずかに揺れる。

それを見逃さなかったのだろう。ユリウスがふとこちらを見て、何も言わずに手を伸ばした。

ぽん、と軽く頭に触れる。

ほんの一瞬のことなのに、その温もりが、不思議と胸の奥に落ちてくる。

言葉はなくても、「大丈夫だ」と言われた気がして、リラはわずかに息を吐いた。

そのまま、穏やかな声が頭上から落ちてくる。

「こういうの、結構慣れてるから」

ユリウスの声は静かで、無理に励ますでもなく、ただ事実を伝えるような響きだった。その言葉に、胸の奥に残っていたざわめきが、少しだけ収まっていく。

続いて、セインが短く口を開く。

「騎士団より、冒険者のほうが夜盗に遭うことも多いからな」

経験をそのまま口にしたような声音に、現実味が宿る。危険を知っているからこそ出る言葉だと分かる。

ダルクが鼻で笑った。

「ここまで来て、一人で突っ込むとか言うなよ?」

軽口のようでいて、どこか低く抑えた声。冗談に見せかけながら、逃がさないように釘を刺している。

それでも、その言葉に含まれているのは責める色ではなく、確かな信頼だった。

リラはその空気を受け止めるように、小さく息を吸い込んだ。

胸の奥が、じんわりと温かくなる。その感覚を確かめるように、リラは小さく息を吸い、ゆっくりと顔を上げた。

「……よろしく、お願いいたします」

静かに告げると、全員が短く頷く。

ロイが先頭に立ち、手で合図を送る。それに従い、リラたちは身を低くしながら、音を殺して建物へと近づいていった。

窓の下までたどり着き、壁に背を寄せる。夜の空気はひやりと冷たく、呼吸すら目立ちそうで、自然と息を潜めた。

その静けさの中で――

中から漏れてくる音だけが、やけに鮮明に響いていた。

人の声と、何かを動かす音。途切れることなく続くざわめきは、壁越しでも落ち着きのなさを伝えてくる。鈍く物がぶつかる音に、怒鳴るような声が混ざり合い、どこか荒れた空気がにじんでいた。

リラはわずかに眉を寄せる。

ただの潜伏とは違う。

中の気配が、どこかおかしい。

――妙に、騒がしい。

「なんか、やたらと騒がしくねぇか?」

ダルクが小さく呟く。

酒盛りでもしているのか、と一瞬思う。

けれど、耳に入る音はどこか荒く、落ち着いたものではない。笑い声もない。ただ、焦りと苛立ちが混じったようなざわめきだけが続いている。

その違和感に、全員が自然と息を潜めた、そのときだった。

頭上から、ふっと気配が落ちてくる。

「っ!?」

反射的に身を引き、剣に手をかける。

だが――

そのときだった。

「きゅきっ」

聞き慣れているはずなのに、どこか少しだけ違う響きの声に、リラの動きがぴたりと止まる。

「……へ?」

反射的に視線を落とす。

そこにいたのは、小さなヴェロスだった。細い体に、しなやかな動き。そして――その腕には、見覚えのある赤いリボンが結ばれている。

「あの子……」

思わず、声が漏れる。

オモチが渡した、あのリボン。

ダルクたちも武器を構えたまま、予想外の存在に虚を突かれたように動きを止めていた。

「……あれ? きみ……」

ユリウスがわずかに目を細める。記憶を探るような視線が、その小さなヴェロスへと向けられていた。

おそらく、オモチと一緒にいるところを見たことがあるのだろう。

リラは戸惑いながら、その小さな存在を見つめる。

「えっと……どうして、ここに……?」

思わず問いかけるが、相手はオモチではない。言葉がどこまで通じるのか分からないまま、その反応を待つ間もなかった。

次の瞬間、ヴェロスは軽やかに身を翻し、開いたままの窓枠へと跳び乗る。その動きは迷いがなく、まるで最初からそこへ向かうつもりだったかのようだった。

そして――

「きゅきゅぅい!!」

夜の静けさを切り裂くように、はっきりとした声が響く。

「ちょっ――!」

「おいっ!」

ダルクとロイが同時に声を上げる。思わず制止の声が漏れるが、その一瞬の間に、状況はすでに動き始めていた。

居場所を知らせるような鳴き声に、空気が一瞬で張りつめる。緊張が跳ね上がり、誰もが次の動きに備えた――その直後だった。

窓の内側から、次々と小さな影が顔を出す。

ヴェロスたちだ。

その中に――見慣れた白い毛並みが混ざっているのが見えた。

心臓が、強く跳ねる。

「オモチっ!!」

「きゅきぃ!」

呼んだ瞬間、小さな影が弾けるように飛び出した。一直線に、迷いなく――リラのもとへ。

反射的に腕を広げる。

そのまま飛び込んできた体を、しっかりと受け止めた。

柔らかな温もりが胸に収まる。

それを確かめるように、リラはぎゅっと抱きしめた。

「きゅいぃ……」

甘えるような声が胸元でほどける。その温もりに触れた瞬間、張りつめていたものが一気に崩れ落ちそうになる――けれど、リラはすぐに我に返った。

そっと腕を緩め、オモチの体を離す。頭から足先まで視線を走らせるように確認する。

――大きな怪我はない。

その事実を確かめた瞬間、ようやくこの夜で初めて、心から安堵し息をついた。

オモチはそんなリラの頬を、ぺちぺちと軽く叩く。安心させるような、いつもの仕草。

そして、小さな手を差し出してきた。

そこにあったのは、束ねられた粘糸。

その先は、建物の奥へと伸びている。

「えっ……これって……」

戸惑いの声が、かすかに揺れる。

次の瞬間、オモチがもう一度、頬を軽く叩いた。

急かすように、確かめるように。

――やれ。

言葉にはならない意志が、はっきりと伝わってくる。

リラは小さく息を吸い込み、手の中の粘糸を握り直した。細く伸びた糸は、そのまま建物の奥へと続いている。まるで、内側のすべてを繋いでいるかのように。

「念のため、建物から少し離れてください」

静かに、しかし迷いのない声で告げる。

背後でユリウスたちが距離を取る気配を感じながら、リラは静かに意識を沈めた。

胸の奥にある魔力へと手を伸ばし、底からすくい上げるように引き上げていく。それを逃がさないように掌に集め、一気に性質を変える――電気へと。

次の瞬間、握り込んだ粘糸へとその力を流し込んだ。

バチバチバチ、と空気を裂く音が夜に弾ける。

細い糸の中を、青白い光が一気に走り抜け、そのまま建物の奥へと広がっていく。

間を置かず――

中から、男たちの悲鳴が響いた。

「うぉぉー……」

ダルクが思わず声を上げる。

「めっちゃ便利!」

ロイが感心したように笑う。

だが、リラは視線を外さないまま、冷静に状況を見ていた。

「人数と広さ的に、気絶まではいっていないと思います。でも、体はしびれて動きにくいはずです。今のうちに」

「突入しよう」

ユリウスが短く告げる。

その一言を合図に、セインが迷いなく一歩踏み出した。躊躇なく扉へと体当たりする。重たい音が響き、扉は内側へ弾け飛ぶように開き、そのまま崩れ落ちた。

開いた先を、すぐに覗き込む。

視界に飛び込んできたのは、張り巡らされた粘糸だった。床から天井まで、隙間なく絡み合うように広がり、空間そのものを縛り上げている。

動きを封じるための、罠。

その中へ、リボンをつけたヴェロスがひょいと顔を出す。内部を一瞬で見渡し、小さく鳴いた。

「きゅぃ」

その声に応じるように、周囲のヴェロスたちが一斉に動き出した。張り巡らされていた粘糸は、まるで意志を持つかのようにするするとほどけ、空間から消えていく。

回収されていく糸の流れに合わせて、オモチも器用にそれらをまとめていった。

無駄のない手つきで大まかな処理を終えると、そのまま軽やかにリラのポーチへと潜り込む。

ごそごそと中を探る音。

やがて取り出したのは、豆菓子だった。

いつも持ち歩いている、オモチのおやつ。

それを、迷いなくリボンのヴェロスへと差し出す。

受け取ったその子は、嬉しそうに目を細め、オモチへと鼻先を寄せた。

すり、と触れる鼻と鼻。

短い、けれど確かなやり取り。

そして、ふいに振り返り――

「きゅぃー」

一声。

それだけで、空気が変わった。

合図を受けたヴェロスたちは、ためらいなく身を翻し、次々と森の闇へと溶けるように消えていく。軽やかな気配だけを残して、その姿はあっという間に見えなくなった。

その背を見送りながら、リラは小さく息を吐く。

(……もしかして、ヴェロスって一妻多夫……?)

ぽつりとこぼれた内心に、

「女帝って感じだな」

ロイが肩をすくめるように小さく笑った。

思わず、神妙に頷く。

――納得してしまった自分がいる。

けれど。

すぐに意識を引き戻す。

今は、それどころじゃない。

リラはゆっくりと顔を上げ、オモチへと向き直った。

胸の奥に、まだ残る熱を押さえ込み、ぐっと拳を握る。

「オモチ」

名前を呼ぶと視線が合った。

「あなたを連れ去った人のところまで、案内して」

低く、はっきりと告げる。

オモチは一瞬だけきょとんとしたあと、すぐに理解したように頷いた。

「きゅ」

そして、手を上げて――親指を立てるような仕草。

くるりと体を翻し、そのまま走り出した。

――ついてこい。

そう言っているようだった。

リラは迷わず、その背を追った。

室内に足を踏み入れると、焦げたような匂いと、まだ空気に残る電気の気配が肌にまとわりつく。

近くにいた者ほど強く電流を受けたのだろう、床には何人も倒れ込み、うめき声を上げる者もいれば、完全に動きを失っている者もいる。

ロイとダルクが、その隙を逃さず手早く縄をかけていく。セインとユリウスは、かろうじて起き上がろうとする者を押さえ込み、確実に動きを封じていた。

その中を、リラは迷いなく抜ける。

オモチが向かう先――奥の扉へ。

椅子から立ち上がろうとしていた男が、こちらに気づく。

その目が見開かれるよりも早く、リラは一歩踏み込んでいた。床を蹴る音が短く弾け、距離が一瞬で詰まる。

鞘をつけたままの双剣を振り抜くと、鈍い衝撃が手に伝わり、重たい音が室内に落ちた。

男の体が、そのまま崩れる。

息を吐く間もなく、オモチの粘糸が飛ぶ。白い糸が空気を裂き、倒れた体を床へと縫い止めるように絡みついた。ぴたりと動きが止まる。

よし――次。

意識を切り替える。視線を奥へと走らせ、そのまま迷いなく踏み込む。

奥の部屋は狭く、空気がよどんでいた。箱や道具が無造作に積み上げられ、足の踏み場も限られている。壁際には粗雑に扱われた痕跡が残り、長く使われていたことが嫌でも分かる。

その中央、机の上に――

魔力布でできた袋が、無造作に置かれていた。

そのときだった。

「きゅいっ!」

オモチの鋭い鳴き声が、空気を裂く。

同時に、気配が動いた。

扉の陰に潜んでいた男が、斧を振りかぶり、勢いよく飛び出してくる。狭い室内に、鈍い殺気がぶつかるように広がった。

振り下ろされる一撃。

だが、その軌道はわずかにぶれていた。電撃の余波が残っているのか、力がうまく乗っていない。

リラは迷わず一歩踏み込む。踏み込みと同時に剣を振るい、鋭い軌跡が斧へと走った。

斧の柄が、あっさりと断ち切られる。

間を置かず、もう一振り。

下からすくい上げるように、顎を跳ね上げる軌道で薙ぎ払う。

「うっ……!」

押し殺したような悲鳴が、喉の奥で途切れる。

男の体が軽く宙へ浮き上がった、その一瞬を逃さず、リラはさらに間合いを詰めた。躊躇はない。踏み込みの勢いのまま、剣を握ったままの拳を男の顔めがけて振り抜く。

身体強化を乗せた一撃。

鈍く、重い衝撃が手に返る。

次の瞬間、男の体は壁へと叩きつけられ、そのままずるりと力なく崩れ落ちた。埃がわずかに舞い、室内に沈黙が落ちる。

動かない。

リラは一歩だけ距離を取り、ゆっくりと視線をオモチへ向けた。

「オモチ。この人で合ってる?」

「きゅいっ」

迷いのない、強い頷き。

――この男だ。

その瞬間、胸の奥で何かが静かに燃え上がる。怒りとも、決意ともつかない感情が、芯の奥でじわりと熱を帯びた。

オモチを攫い、ノラとその家族を傷つけた張本人。

視線が、自然とその男へと落ちる。

「……一発じゃ、足りないな」

ぽつりと落ちた声は、ひどく静かで、冷えていた。

剣で斬れば、命を奪いかねない。騎士団が来る以上、それは避けるべきだ。この先の捜査にも関わる。

だから――

リラはゆっくりと拳を握った。

なら、殴るしかない。

改めて身体強化をかけ、指先まで力を通す。起き上がろうとする男の胸元へ、ためらいなく靴を乗せ、そのまま体重をかけて押しとどめた。男の体が軋み、動きが止まる。

何かを言おうと、口が開く。

その瞬間。

オモチの粘糸が音もなく伸び、ぴたりと口元を塞いだ。

「おもち……」

「きゅき」

短く返る声に、ふっと息が抜ける。

――さすが、分かってる。

不細工な悲鳴は聞きたくないもんね。

そう思った次の瞬間には、すでに拳を振りかぶっていた。ためらいはない。

そのまま、容赦なく振り抜く。

鈍い衝撃音が、狭い室内に重く響いた。

男の頭が大きく揺れ、そのまま糸に支えられながら力なく崩れ落ちる。

手応えは、重かった。

「ひょえー……」

背後でロイが引きつった声を漏らす。

「すっげ。今の、顎いってない? これ、喧嘩したらやばいんじゃないの?」

「こういうのは徹底的にやっておかないと」

ユリウスが、落ち着いた声で言葉を重ねる。

「もう手を出したくないって思うくらいには。リラは、よく分かってるな」

淡々とした口調の中に、わずかな納得が滲んでいた。

「こぇーカップル……」

ダルクがぼそりと呟く。軽口のようでいて、半分は本音だろう。

どうやら外の人員の捕縛を終え、様子を見に来たらしい。だがその視線に浮かんでいるのは心配ではなく、どこか呆れたような、しかし感心を含んだ色だった。

リラは一度ゆっくりと息を吐き、気持ちを切り替えるように顔を上げる。

「もう捕縛、終わったんですか?」

「ああ。あとはそいつだけだ」

ユリウスが顎で床の男を示す。

「……まぁ、必要なさそうだけどね」

ロイが肩をすくめ、苦笑を浮かべる。

「ちょうど今、騎士団が到着した。中に入ってきている」

セインが静かに告げる。その声に重なるように、廊下の向こうから複数の足音が近づいてきた。鎧の触れ合う硬い音が、徐々にこちらへと迫ってくる。

その間にも、オモチは念のためとばかりに粘糸を重ね、男の体を逃がさないようにしっかりと縛り上げていた。

やがて、重たい靴音とともに騎士たちが室内へと入ってくる。鎧の擦れる音と、状況を確認しようとする声が重なり、空気が一気に張り詰めた。

「よく、これだけの人数を無傷で捕縛できたな」

低く響いた声には、はっきりとした感心の色が滲んでいた。

振り返れば、騎士団長が周囲を一瞥しながら歩み寄ってくる。倒れた男たち、縛られた仲間、荒れた室内――それらを確認し、最後にリラたちへと視線を向けた。

ダルクが肩をすくめる。

「ヴェロスが手伝ってくれてな。粘糸とリラの雷魔性で、大半が動けなくなってた。楽なもんだったよ」

軽く言ってのけるが、その裏にある連携の精度は高い。場の空気を読んだ動きと判断が、結果としてここまでの制圧を可能にしていた。

団長の目が、わずかに細まる。

「ほう……」

興味を示す声音のまま、迷いなくリラの前へと歩み寄る。

距離が、近い。

そして――両手を取られた。

「素晴らしい功績だ。君のような人材はぜひ欲しい」

力強く、まっすぐな言葉。

「どうだ、相棒ともども騎士団に来ないか?」

ぐっと握られる手には、逃がさないという意思がそのまま乗っていた。

思わず、リラはわずかに身を引く。

その瞬間だった。

すっと腕が引かれる。

ユリウスが自然な動きで団長の手を外し、そのままリラを自分の側へと引き寄せた。

守るように、さりげなく間に入る。

リラは一瞬だけ目を瞬かせ、それから小さく息を整えた。

「あ、ありがとうございます」

言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。

「ですが、ご遠慮させていただきます」

はっきりと、しかし柔らかく。

そして、少しだけ視線を落とし――

「それに……」

続けかけた言葉が、喉の奥で止まる。

わずかに揺れた視線の先で、リラはちらりとユリウスを見た。言おうとしたのは、ほんの一言――この街を、もう離れるかもしれない、ということ。

胸の奥に浮かんだその言葉を、ゆっくりと飲み込む。

今は、まだ。

口にするべきではない気がした。

「……いえ、なんでもありません」

小さく首を振ると、団長は一瞬だけリラの表情を見つめ、それ以上は追及しなかった。代わりに短く息をつき、「そうか」とだけ返す。

それで、この話は終わった。

その後、現場は騎士団へと引き渡される。捕縛された男たちは次々と連行され、荒れた建物の中には慌ただしい気配が満ちていった。重なる足音と指示の声が交錯し、さきほどまでの戦いの余韻を塗り替えていく。

リラたちは簡単な事情聴取を終え、ようやく外へと出た。

夜の空気が、ひやりと頬を撫でる。

深く息を吸い込むと、胸の奥に溜まっていた緊張が、ゆっくりとほどけていくのを感じた。

ふと見上げれば、木々の隙間から夜空が覗いている。わずかに揺れる枝の向こうで、星が淡く瞬いていた。さっきまでの喧騒が、嘘のように遠い。

肩の上で、オモチが小さく鳴く。

「きゅ」

その声に、リラはそっと笑った。

「……帰ろうか」

静かに告げると、オモチがこくりと頷く。

ユリウスたちもそれぞれ馬のもとへ向かい、帰路につく準備を始めていた。

長い夜が、ようやく終わりを迎えたのだった。