軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おい、サインなんか考えたこともないぞ

「こちらになります」

数分後。

第3師団のカーナに案内された先は、古風ただよう木造建築の宿だった。

「素敵……!」

アンが目を輝かせ、両手を重ね合わせる。

「ここでしばらく泊まるんですよね!? アリオス準元帥と!」

「ああ……まあ、そうなるな」

見ての通り、あまり大きな宿ではないからな。

僕たちで部屋を占拠するわけにもいかないので、しばらく同じ部屋に泊まることになったわけだ。

「アリオス準元帥。お待ちしておりました」

訪れた僕たちを、若い女将が出迎えてくれた。

いや――女将だけじゃない。

他にも多くの女性スタッフが一列に並んでおり、みな一様に正座をしている。

「この度は当宿をご利用くださいましてありがとうございます。準元帥のお気に召しますよう、精一杯に尽くさせていただきますので」

「「よろしくお願い致します!」」

一斉に頭を下げるスタッフたちに、僕は苦笑を禁じえない。

おいおい……さすがにやりすぎじゃなかろうか?

やはり《準元帥》という肩書きだけで相応のイメージを与えてしまうものか。

「私たちがアリオス様のお荷物をお持ちします! どうか楽になさってください!」

「いえいえ……大丈夫ですから。どうかそんなに固くならないでください」

なんだこの敬まれっぷりは。

カーナは部下にあたるからともかく、一般の人にまで恐縮されてはやりづらい。

「あ、あの……」

そんなふうに考え込んでいると、ひとりの女性スタッフが声をかけてきた。

「サ、ササササ、サイン……お願いしてもよろしいでしょうか? ででで、できたらでいいんですけどっ」

「は? サイン?」

思わず声がうわずってしまった。

なにを言っているんだこの子は。僕のサインなんかもらってどうするんだ?

「だ、駄目ですか? そ、それなら仕方ないんですけど……」

残念そうに色紙を引っ込める女性スタッフ。

おいおい、そんなこと言われたらめちゃくちゃ断りづらいんだが。

「仕方ないですね……特別ですよ」

「いいですか!? しかも特別に!?」

本当にめちゃくちゃ嬉しそうだな。

もちろんサインのデザインなんか考えたこともないので、なんの捻りもなく「アリオス・マクバ」と書いただけだったけれど。

それでも彼女の心には刺さったようで、「わぁぁぁぁぁあ……!」と嬉しそうに色紙を抱きしめるのだった。

「家宝にします! ありがとうございます……!」

「は、ははは……」

なんと答えていいかわからず、僕はひたすら苦笑を浮かべ続ける。

これが《人気者》というやつか。

一刻も早く逃げたい気分である。

「ご案内致しますね! ささ、こちらへ!」

満面の笑みを浮かべながら案内してくれる女性スタッフだった。

「ふう……」

やっと女性スタッフから解放された僕は、大きな息をついてソファにもたれかかる。

「はぁ……疲れた」

毎度毎度こんな目に遭っていたらキリがないな。

でも、ファルアスやオルガントはこういうの慣れっこだろうし。

僕も、まだまだ強くならないとな。

「わー! 綺麗ですわ!」

僕の隣では、窓から身を乗り出したアンが、外の景色をはしゃぎながら眺めている。

「おいおい、落っこちるなよ」

「平気ですよ! 落ちても死にませんし!!」

「…………」

いやまあ、たしかにアンなら死にはせんが。

「嬉しいんです! 王都から出るなんて、ほんとに初めてですから!」

「そうか……」

たしかに、ここ港町ポージは王都とは全然違うからな。

この部屋も綺麗ではあるんだが、なんだか古風漂うというか。雰囲気がまったく違う。ほの暗い照明のせいか、窓から漂ってくる海の香りのせいか――心がなんとなく落ち着いていくんだよな。

だから、アンの気持ちもよくわかる。

王都とはまた違った雰囲気に、心が躍ってしまうのも無理はない。

だが――今日は遊びにきたわけじゃないからな。

「カーナ。固くならなくていい。こっちに来てくれないか?」

「はっ! いいのでありますか!?」

部屋の隅に立っていた第3師団所属の兵士――カーナが、ぴんと背筋を伸ばす。

「もちろん。というか、ここで詳しく話し合う予定だったしな」

外で話すよりも、ここのほうがよっぽど安全である。

周囲には不穏な気配もないし――込み入った話をするにはうってつけだろう。

そういった理由から、彼にも部屋まで来てもらったわけだ。

「それでは……失礼します」

カーナは深い一礼のあと僕の真向かいに座る。

「アンもここへ」

「はーーい♪」

快活な返事とともに、アンも僕の隣に座った。目をキラキラさせながら足をバタバタさせており、さながら遠足前の子どもだ。

「さて、それじゃあ早速だけど教えてくれないかな? 不審者の話について」

「ええ……承知しました」

カーナは改めて姿勢を正すと、僕たちを見渡して言った。

「まず不審者について、詳しいことはほとんどわかっておりません。現時点で判明していることといえば――姿形くらいでしょうか」

「姿形……」

「ええ。白い兜に白い鎧……背丈はアリオス準元帥よりも上だと思われます」

「そうか……」

ため息をつきながら応じる僕。

白い兜に白い鎧……

嫌な組み合わせだな。

「うーん……」

僕の考えに同調するかのように、アンも難しい顔で唸り声をあげた。

「この霧に白い装備ですか……ちょっと、厄介ですわね……」

「ええ。ですから追うに追いきれず……」

苦い顔で答えるカーナ。

なるほど。

いくら王国軍や冒険者が結託しているといえど、たしかに捜索しづらい状況であるのは間違いない。《不審者》のスキルによっては、追跡者を振り切ることも難しくないだろうしな。

「しかし、我々とて手をこまねていたわけではありません。なんとか、《不審者》が出てきた場所を特定するには至りました」

「おお……そうか……!」

さすがは王国軍。

いかに困難な状況であろうとも、意地は見せてくれたようだ。

「で、どこなんだ? その場所というのは」

しかし、数秒後カーナから返ってきた答えは、僕の予想だにしないものだった。

「……ポージ旧校舎であります。そこから《不審者》が現れ、そして消えていったという報告が上がっております」

ポージ旧校舎。

またとんだ場所が出てきたもんだな。

「ポージ旧校舎? どこですの……そこは?」

ひとり首をかしげるアンに、僕はできるだけわかりやすく解説する。

「昔、この町には学園があったんだよ。魔法を中心に教える学園で、多くの有望な若者が集まっていたんだけど……10年くらい前に廃校になったんだ」

「廃校……どうしてですか……?」

「不祥事だよ。当時の教師が私利私欲のために不正に金を騙し取ったり、女生徒に乱暴したり……あるときから、急に教師側の不祥事が目立つことになった」

「不祥事……」

まあ……10年前といえば、僕がまだ8歳の頃。正直詳しいことは覚えていないが、それでもこの事件が世間を賑わせていたのは記憶に強く残っている。

「それで……教師たちはどうしたんですか……?」

「自爆だよ。ありったけの魔法を解放させて……生徒や学園もろとも吹き飛んだ」

「え……」

さすがに驚いたのだろう。

アンは目を瞬かせたまま身じろぎもしない。

「どういうことですか? 不祥事を起こして……最後に自爆……?」

「わからない。首謀者だった教師たちはみんな自爆したから……結局、動機も目的も不明のままだ」

そして学園は廃校となった。

この状況では、新しい生徒を集めることも困難だろう。不祥事のあった学園に入学したい者はそうそうおるまい。

そういった理由から、いまは校舎の一部分だけが残っている。気味の悪い場所なので、よっぽどの物好き以外は誰も近寄らないはずなのだが――

「そこに、例の《不審者》がいるのか……」

この事件、ますます不可解になってきたな。

橋が破壊されていたことといい……きな臭さを感じてしまうのは僕だけではないだろう。

「カーナ。そのポージ旧校舎にはもう行ったのか?」

「いえ。このことが判明したのが昨日の今日でしたから……」

「そうか……」

ならば、一度だけでも行ってみる価値はあるな。

個人的にも気になる場所ではあるし。

「よし。そしたら早速そこに行ってみよう。もしかしたら手がかりを得られるかもしれない」

「イエス・マイロード」

深くお辞儀をするカーナだった。