軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

邂逅

ホールの空気が凍てついた。

つい先ほどまで野次馬たちの好奇と嘲笑が渦巻いていたのが嘘のように、今はただ葛城隼人の荒い息遣いと、その槍先に渦巻く魔力が放つ不気味な音だけが響いている。

「……てめえ……殺す……!」

屈辱に染まった獣のような瞳が、リィアを射抜く。

その手にした巨大な魔槍の穂先に、禍々しい深紅の魔力が渦を巻き始めた。一触即発――この街の冒険者なら誰もが知る勇者一行の魔槍士が、衆目の前で本気の殺意を露わにしている。

牧野や斎藤といった取り巻きたちも、慌てて武器に手をかけた。

野次馬たちが、恐怖と興奮がないまぜになった顔でじりじりと後退りする。

その、張り詰めた糸が切れようとした、まさにその瞬間だった。

「――やめろ、葛城!」

凛とした、よく通る声。

葛城とリィアの間に、一人の青年が立ちはだかった。腰に聖騎士のものとは違う、気品のある長剣を差した、誠実そうな顔立ちの青年。彼の胸には、葛城たちとは異なる意匠の紋章が刻まれている。

結城大和。

リィアが、忘れるはずもない顔――勇者として召喚された、かつてのクラスの良心。

「ギルド内での私闘は固く禁じられているはずだ! 分かっているのか!」

大和が必死に制止する。だが、葛城はその言葉を鼻で笑い飛ばした。

「ああ? 勇者様が仕切んじゃねえよ。こいつは俺個人の問題だ。どきやがれ!」

「そういうわけにはいかない!」

睨み合う二人。

勇者一行の間に存在する深刻な不和が、その場にいる全ての冒険者たちの目に焼き付けられていく。

やがて大和は、リィアへと向き直った。

その瞳には、強い困惑と、そして純粋な問いかけの色が浮かんでいる。

「すまない、あなたは一体……? 葛城が、無礼を働いたことを謝る」

「……」

リィアはただ、静かに大和を見つめ返した。十七年の時を経ても変わらない、彼の真っ直ぐな瞳。その奥に宿る、強い責任感と優しさ。

懐かしさよりも先に、別の感情が胸をよぎる。

「ただの冒険者です」

リィアはそれだけを静かに告げた。その声は自分でも驚くほど、平坦で温度がなかった。

彼女のその態度に、大和は言葉にできない違和感を覚えたように、僅かに眉をひそめる。

彼の後ろに立つ、高坂静流の怜悧な瞳が、リィアの全身を分析するかのように鋭く見つめていた。

葛城が、大和のその僅かな隙を見逃さなかった。

「問答は終わりだ! 死ねや、エルフ!」

大和の制止を振り切り、魔力を最大まで高めた葛城が、ついに地面を蹴ろうとした――その時だった。

「――そこまでにしろ、小僧どもッ!!」

地響きのような、威厳に満ちた声が、ギルドの二階から雷鳴のように轟いた。

ホール全体がびりりと震える。

全ての冒険者が弾かれたように声のした方を見上げた。

そこには、二階の手すりに身を乗り出すようにして、屈強なドワーフの老人が立っていた。

岩のように鍛え上げられた上半身。長く編み込まれた白銀の髭。

その瞳は、溶鉱炉の奥で燃える炎のように鋭く、ホール全体を睥睨している。

「……ギルドマスター・グラハム……!」

誰かが畏怖の念を込めて呟く。

迷宮都市ランパードの冒険者ギルドを束ねる、絶対的な支配者。

グラハムは、まず葛城をその鋭い瞳で射抜いた。

「勇者一行だからといって、このランパードのギルドで好き勝手が許されると思うなよ、魔槍士。

次に騒ぎを起こせば、たとえ勇者だろうと叩き出す。覚えておけ」

「……ッ!」

その有無を言わせぬ威圧感に、あれほど猛っていた葛城がたじろぐ。

そして、ギルドマスターの視線が、ゆっくりとリィアへと移された。

先程までの厳しい顔つきが、僅かに和らぐ。

「……お主が、ヴェリスのギデオンが言っていた『 規格外(イレギュラー) 』か。噂に違わぬ、美しいエルフだな」

その一言。

ホール全体が、爆発したようにどよめいた。

「ヴェリスからだと!?」

「ギデオンって、あの商業都市のギルドマスターだろ!?」

「『規格外』ってどういう意味だ……?」

冒険者たちの混乱を意にも介さず、グラハムは一枚の羊皮紙をひらひらとさせながら、全員に聞こえるように言葉を続けた。

その声は、一つの判決を言い渡すかのように、厳かに響き渡る。

「つい先ほど、ヴェリスから最速の魔導通信で連絡があったばかりだ。

『ゴールドランクの冒険者、リィア・フェンリエルが、貴ギルドへ向かった。彼女は、霧の谷にて古竜を単独で討伐した英雄であり、当ギルドの最重要協力者の一人だ。くれぐれも非礼のないよう、丁重に扱え』……とな」

「ゴールドランク」

「古竜殺し」

「英雄」

その単語の連続が、衝撃波のようにホール全体を走り抜けた。

喧騒は嘘のように消え、誰もが口を半開きにしてリィアを凝視する。

葛城の顔色は、怒りに燃える赤から、信じられないという驚愕、そして格の違いを突きつけられた屈辱の青へと、瞬く間に変わっていった。

彼が喧嘩を売った相手は、自分たちと同じ「英雄」の称号を持ち、しかも遥かに格上のゴールドランク。

その事実は、どんな言葉より雄弁に彼の惨めな敗北を告げていた。

槍先に渦巻いていた禍々しい魔力は、いつの間にか陽炎のように掻き消えている。

大和と高坂も、言葉を失っていた。

「古竜……を? 彼女が、一人で……?」

高坂が、ありえないと呟く。怜悧な分析力を持つ彼女でさえ、目の前の現実を処理しきれない。

大和もまた、リィアから感じていた説明不能な違和感の正体が、その底知れぬ実力から来るものだったのだと、ようやく理解し始めていた。

ギルドマスターが、リィアへと向き直る。

「リィア殿、話がある。わしの部屋へ来てくれ」

それは、他の有象無象とは違う“特別な存在”として、彼女を公に認める行為だった。

リィアは静かに一礼し、呆然と立ち尽くす勇者一行に一瞥もくれず、ギルドマスターが待つ二階の階段へと向かう。

その瞬間、ホールにいた冒険者たちはモーゼの十戒の海のように、彼女のために道を開けた。

残されたのは、気まずい沈黙と、屈辱に唇を震わせる葛城だけ。

「……行くぞ!」

彼はそれだけ吐き捨てると、仲間を引き連れ、逃げるようにギルドから去っていった。

ホールに一人残った大和は、リィアが消えた階段の先を、ただ呆然と見つめていた。