軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

S6 敗走

第四階層の入り口である階段に転がり込み、俺たちは荒い息を繰り返していた。

背後からロックリザードの追いかけてくる気配はない。どうやら縄張り意識が強い魔物らしく、自分の階層から出てくることはないようだった。

「佐伯! 太田! しっかりしろ!」

俺は二人の屈強なタンクへと駆け寄る。

佐伯は腕をだらりとさせ、太田は全身を強く打ったのかぴくりとも動かない。

長谷川さんと桜井さんが二人の元へ駆け寄り、必死に治癒魔法と聖魔法をかけた。

「……二人とも意識はある。でも骨が何本か……。私の魔法じゃすぐには……」

長谷川さんが涙声で言う。

(くそっ……!)

俺は自分の無力さに唇を噛み締めた。

戦うことしか考えていなかった。撤退する時のことなど全く頭になかった。

「……行くぞ」

俺は仲間たちに声をかける。

「太田を運ぶのを手伝ってくれ。佐伯は俺が肩を貸す。……帰るんだ。地上へ」

俺の言葉に誰も何も言わなかった。

ただ黙って頷くだけだった。

そこからの道のりはまさしく地獄だった。

あれほど楽に攻略してきたはずの下の階層が、今は果てしなく遠く感じる。

負傷した二人を担ぎながらゆっくりとしか進めない。

いつどこで魔物に襲われるか分からない。

パーティには重い沈黙と敗北の味が満ちていた。

桐谷が周囲を警戒し最短ルートを示してくれる。

高坂と水野が小さな魔物の群れを魔法で牽制し道を切り開いていく。

俺は佐伯に肩を貸しながら、ただひたすらに前へと進んだ。

(俺のせいだ……)

頭の中でその言葉が何度も繰り返される。

(俺が油断したからだ。三階層までが順調すぎた。だから第四階層も同じようにいけるだろうと、どこかでたかをくくっていた)

(俺がもっと強ければ……。俺がリーダーとしてもっと慎重だったら……)

後悔が次から次へと押し寄せてくる。

佐伯の苦しげな息遣いが耳に痛い。

どれくらいの時間歩いただろうか。

もう誰もが疲労の限界で足がもつれそうになったその時だった。

前方から微かな光が見えた。

松明の光。

ダンジョンの入り口だ。

俺たちは最後の力を振り絞りその光へと向かう。

そして転がるようにしてダンジョンの外、あの地下通路へとたどり着いた。

俺たちはそこで力尽きたように崩れ落ちた。

だが安堵したのも束の間だった。

通路の奥からカツンと足音がした。

そこに立っていたのは腕を組むベアトリスの姿だった。

彼女の表情からは何の感情も読み取れない。ただ俺たちの姿を値踏みするように観察しているだけだった。

俺はパーティを代表してふらつく足で立ち上がった。

そして彼女の前に進み出る。

「ベアトリスさん……。申し訳ありません……」

声が震える。

「我々は第四階層で強力な魔物に遭遇。パーティに重傷者が出たためやむなく撤退しました。」

俺は深く頭を下げた。

どんな叱責が飛んでくるか。それを覚悟していた。

だがベアトリスは俺を叱責しなかった。

ただ冷徹に事実だけを告げる。

「……判断は正しい。全滅するよりはな。だが結果は結果だ。貴方がたは失敗した」

その言葉の一つ一つが鉛のように重く俺の心にのしかかる。

「その敗北から何を学ぶか。それが今後の課題となるだろう。負傷者をすぐに医務室へ運びなさい」

ベアトリスが部下に合図を送る。

兵士たちが駆け寄り佐伯と太田を担架に乗せて運んでいった。

俺たちはただその光景を無力に見送ることしかできなかった。

その時だった。

俺たちの背後、ダンジョンの入り口が再び青い光を放った。

転移魔法陣。

そこから現れたのは葛城のパーティだった。

彼らもボロボロだった。鎧は傷つき全員が疲労困憊の表情を浮かべている。

だがその瞳には俺たちとは決定的に違う光が宿っていた。

達成感とそして勝利の輝きが。

葛城がベアトリスの前に無造作に何かを放り投げた。

ゴトリと。

重い音を立てて床を転がったのはホブゴブリン・チャンピオンの巨大な魔石だった。

「第五階層の主は俺たちがきっちり片付けておいたぜ」

葛城は不敵に笑う。

「ったく骨が折れたぜ。なあお前ら」

「おう!」

「隼人様がいなけきゃやばかったっす!」

牧野や斎藤たちが口々に葛城を称賛する。

ベアトリスはその魔石を一瞥すると静かに頷いた。

「……見事だな。報酬は後ほど与える。今は休息を取れ」

そのあまりにも残酷な対比。

俺たちは言葉もなく立ち尽くす。

悔しさで拳を強く握りしめた。

俺と葛城。

勇者と魔槍士。

その最初の戦いの結果はあまりにも明白だった。

俺たちはベアトリスに促されるまま城の医務室へと向かった。

そこは薬草と清浄な魔力の匂いがする静かな場所だった。

佐伯と太田はすぐに神官服を着た専門のヒーラーたちによって治療室へと運ばれていく。

俺たち残された六人はただ廊下の長椅子に座り、無言で待つことしかできなかった。

どこからか葛城たちの勝ち鬨のような騒がしい声が聞こえてくる。

その声が今はひどく耳に障った。

俺は自分の無力さにただ唇を噛み締める。

(俺が勇者……? 笑わせるな。仲間を守ることも試練を達成することもできなかった)

どれくらいの時間が経っただろうか。

治療室の扉が静かに開いた。

中から出てきたのは治療を手伝っていた長谷川さんだった。

彼女は疲れ切った顔で、しかしほっとしたように微笑んだ。

「二人とも大丈夫……。骨はもう繋がったって。あとは数日安静にしていれば元通りになるって……」

その言葉にパーティの空気が少しだけ和らぐ。

「そっか……。よかった……」

水野と桜井さんが涙ぐみながら長谷川さんに駆け寄った。

仲間たちがそれぞれの部屋へと戻っていく中、俺は一人その場から動けずにいた。

どうしようもない敗北感と自己嫌悪。

そんな俺の隣にすっと高坂が腰を下ろした。

「……あなたのせいじゃないわ結城くん」

静かな声だった。

「……いや俺のせいだ。俺がリーダーとしてもっと……」

「いいえ。私たちの全員の力不足よ」

彼女は俺の言葉を遮った。

「私たちは慢心していたのよ。最初の数階層があまりにも順調だったから。本当の脅威を見誤っていた。それはあなただけの責任じゃない」

そのあまりにも冷静な分析。

俺は顔を上げた。

「……でもこれで分かったはずよ」

高坂は俺の目をまっすぐに見つめていた。

「私たちはもっと強くならなければならない。ただレベルを上げるだけじゃない。本当の意味で」

その言葉が俺の胸に突き刺さった。

そうだ。

レベルが上がっても俺たちは負けた。

それは俺たちの戦い方がまだ本物ではなかったという証拠だ。

俺は自分の拳を強く握りしめた。

「……ああ。そうだな高坂。ありがとう」

俺のその声にはもう迷いはなかった。

俺は静かに立ち上がると医務室の扉をもう一度見つめた。

そして隣にいる高坂に告げる。

「俺、明日朝一番でベアトリスさんの元へ行く。俺たちの訓練内容を見直してもらうように直談判しにだ」

「え……?」

俺のその唐突な言葉に高坂が驚いたように目を見開く。

「もう誰かの指示を待つのは終わりだ。俺が俺たちが強くなるための道をこの手で切り開くんだ」

その俺の瞳に宿る今までとは比べ物にならないほど強くそして静かな光。

高坂は何も言わずにただこくりと頷いた。