軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

究極の組み合わせ

取り残された私とエリスさん。

エリスさんが、ぽかんとした顔で私を見る。

「……ねえ、リィア。今の、勇者パーティの賢者よね? 一体なんの話をしてたの? すごくシリアスな顔してたけど」

「お醤油の保存方法について、熱く語り合っていました」

「嘘おっしゃい! 絶対違うでしょ!」

私は誤魔化すように笑って、壺を抱え直した。

(高坂静流……。彼女は、敵にはならないかもしれませんね)

「さあ、エリスさん! 難しい話は終わりです! お醤油と白い宝石を、一刻も早く胃袋に収めなければなりません」

「……またその話?」

「ええ。宿を探しましょう。それも、厨房を貸してくれるような、融通の利く宿を!」

私は鼻息荒く宣言する。

エリスさんは「はいはい」と肩をすくめた。

私たちは大通りを外れ、少し落ち着いた雰囲気の宿屋街へと足を向けた。

数軒の宿を品定めし、私がビビッときた一軒の宿――「陽だまりの猫亭」という看板が掲げられた、こぢんまりとしているが清潔そうな宿の前で足を止める。

「ここです。ここから、家庭的で温かい気配を感じます」

「……単に、看板猫が可愛かったからじゃない?」

入り口で昼寝をしていた三毛猫を撫でつつ、私たちは扉を開けた。

受付に出てきたのは、人の好さそうな恰幅のいい女将さんだった。

私たちは部屋を二つ取り、さらに私は厚かましくも交渉を持ちかけた。

「あの、追加料金はお支払いしますので、少しだけ厨房をお借りできませんか? どうしても、自分で作りたい故郷の料理がありまして」

「厨房かい? まあ、夕飯の仕込みも終わったところだし、火の元に気をつけてくれるなら構わないよ」

「ありがとうございます! あと、新鮮な卵を二つ、譲っていただけますか?」

女将さんの快諾を得て、私は意気揚々と厨房へ乗り込んだ。

エリスさんも「お手並み拝見といこうかしら」とついてくる。

鍋に研いだお米と水を入れ、火にかける。 ここが勝負どころだ。

火加減の調節は、魔法使いの腕の見せ所。

強すぎず、弱すぎず。お米の一粒一粒が立ち上がる、完璧な炊き上がりを目指して――。

「……あんた、魔獣と戦うときより真剣な顔してるわよ」

入り口で腕を組んで見ていたエリスさんが、呆れたように呟く。

「当然です。一瞬の油断が命取りになりますからね」

「大袈裟ねぇ。で、何ができるのよ?」

「ふふふ……見ていてください」

数十分後。 鍋の蓋を開けた瞬間、湯気と共に、甘くふくよかな香りが厨房いっぱいに広がった。

「わぁ……!」

艶々と輝く、真っ白な炊きたてのご飯。 それは、この世界の硬いパンや麦粥とは違う、どこか懐かしくて優しい輝きを放っていた。

私たちは部屋に戻り、テーブルに向かい合って座った。

目の前には、ほかほかの白米が盛られた器。 そして、新鮮な生卵と、例の黒い液体――お醤油が入った小瓶。

「……リィア。本当に、これを食べるの?」

エリスさんが、生卵とお醤油を交互に見ながら、まだ疑わしそうな目を向ける。

「ええ。騙されたと思って、私の真似をしてください」

私はまず、白米の中央に小さなくぼみを作る。

そこに卵を割り入れ、黄金色の黄身をぽとりと落とす。

そして――仕上げに、お醤油をひと回し。

黒いしずくが熱々のご飯と卵に触れ、香ばしい匂いがふわりと立ち上った。

「……あら、いい匂い」

エリスさんが、くん、と鼻を鳴らす。

「でしょう? さあ、よく混ぜて……いただきます!」

私はスプーンで全体をかき混ぜ、黄金色に染まったご飯を口へと運んだ。

――っ!

口の中に広がる、濃厚な卵のコク。お米の甘み。

そしてそれらをまとめ上げる、芳醇な塩気と旨味。

単純なのに、奥深い。

「……おいしい……!」

思わず頬が緩む。

「そ、そんなに?」

私のあまりの幸せそうな顔を見て、エリスさんも恐る恐るスプーンを手に取った。

一口すくって、パクり。

もぐもぐ、と口を動かし――。

カッ、とエリスさんの目が大きく見開かれた。

「……な、なにこれ!?」

「どうですか?」

「美味しい! 嘘でしょ!? 生卵ってこんなに濃厚なの!? それにこの黒い汁……ただしょっぱいだけじゃなくて、すごく深い味がする!」

エリスさんのスプーンが加速する。 さっきまでの疑いはどこへやら、夢中になって口に運んでいる。

「ふふん。でしょう? 私の鼻に狂いはないんです」

「悔しいけど、認めるわ! あんたの食い意地は伊達じゃないわね!」

「褒め言葉として受け取っておきます」

二人並んで、夢中でご飯をかきこむ。 窓の外からは地上の街の喧騒が聞こえてくるけれど、今の私たちにはこの食卓が世界の全てだった。

あっという間に器を空っぽにして、私たちはふぅーっと満足げな息を吐いた。 女将さんが出してくれた食後のお茶を飲みながら、ゆったりとした時間が流れる。

「……はぁ、美味しかった。まさか異国の調味料でこんなご馳走ができるなんてね」

エリスさんがお腹をさすりながら笑う。

「ええ。良い買い物をしました」

私はお茶を啜りながら、昼間の出来事を思い返していた。

高坂静流の言葉。王国の嘘。そして、これから待ち受けるであろう陰謀。 シリアスな問題は山積みだ。

でも――。

「……ま、難しいことは明日考えましょうか」

「そうね。明日はどうするの? リィア」

「そうですね……。お腹も心も満たされましたし」

私は窓の外、夜空にそびえる迷宮の入り口を見上げた。

「明日は、転移装置で戻って、第21階層へ行ってみましょうか」

「確かに、路銀も稼がないといけないし……なにより、深層の魔物の素材は強力な武器にもなるしね」