軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

教育的指導は、厳しいです。

思考が空転して混乱する凪だったが、少しの沈黙のあと口を開いたのはシークヴァルトだ。

「……なるほど。たしかにコイツは、ナギの同族だな。脅迫の仕方が、そっくりだ」

そのぼやきに、エリアスが不思議そうに問うてくる。

「そうなんですか? ちなみにナギは、どんなふうに誰を脅したのでしょう?」

「ああ。あれは、なかなかえげつなかったぞ。オレたちがナギの護衛任務中に死んだりしたら、自分の魔力がフルスロットルで暴走するだろう、と。だから、オレたちの安全にこの国の未来が掛かっているんだ、と言ってくれてな……」

はあぁ、とわざとらしいため息を吐いたシークヴァルトは、ひょっとしてあのときのことを根に持っていたりしたのだろうか。

(いやでも、わたしは本当のことしか言っていないし!)

内心冷や汗を垂らしていると、エリアスがどん引きした目で見つめてきた。

「大型魔獣の外殻を、単独で完全破壊できるきみが魔力暴走を起こしたりしたら、スタンピード以上の大惨事になるじゃないか。せめて、俺のように体内で魔力をオーバーロードさせるだけにしておきなよ」

「ま、魔力暴走は不可抗力だもん! 自分で魔力をオーバーロードさせるとか、やり方知らないしできないもん!」

故意と過失の間には、とても大きな差異があるはずである。そう主張した凪に、エリアスはなるほど、と頷いた。そして、自分の額を指さしながら言う。

「どんな強大な魔力の持ち主でも、脳幹を破壊されればそれで終わりだ。だから――」

「アッ、フォッ、かあぁああああーッッ!!」

その瞬間、火事場の馬鹿力なのか、ステラが素晴らしい勢いでエリアスの後頭部をしばき倒した。盛大につんのめったエリアスが、顔をしかめてステラを見る。

「いきなり何をするんだ、痛いじゃないか」

「やっかましいわ、このはた迷惑な天然ボケ野郎が! リオ――じゃない、ナギもだよ! 世の中には、覚えなくてもいいことがあるの! ちなみに、体内で魔力をオーバーロードさせて死んだ人間の死体は、皮膚の下で骨と筋肉がうにょうにょのミンチ状になって、ものすごくグロテスクだから絶対ダメ! 不可! ぴちぴちキュートな十代女子がそんな死体になるなんて、私は断じて、許しませんッ!」

(ひー!)

ビシッとステラに言い切られて蒼白になった凪は、涙目になって言い返す。

「そのグロ描写は、覚えなくてもいいことじゃないんですかー!?」

「これは教育的指導! ダメなものは、ダメったらダメなの! わかった!?」

「わ、わかりマシタ……」

ステラの迫力に圧され、凪がこくこくと頷いていると、ライニールが感嘆の声を零した。

「……ふむ。これは、なかなか――団長。このふたりの処遇についてなのですが、王宮側から何か指示はございましたか?」

その問いかけに、アイザックが苦笑を浮かべる。

「いいや。あちらからは、彼らが心地よく静養できる環境の維持に努めよ、ということ以外、何も来ていないな」

「そうですか。いえ、もちろん彼らの意向が最優先だというのは、わかっているのですが……。もし可能であれば、いずれこのふたりをマクファーレン公爵家に迎えられればありがたいと思いまして」

ライニールの言葉に、凪は目を丸くした。

「あの……兄さん。それって、エリアスとステラにグレゴリーの護衛になってもらいたいとか、そういう話?」

「うーん。いや、このふたりの戦闘能力について、疑いようがないことはわかっているんだけれどね。今は単純に、まだあの家で信頼できる相手のいないグレゴリーにとって、言葉の裏を考えなくてもいい話し相手というか……。できればあの子の側近候補として、少しずつ頼れる相手になっていってほしいというか」

そこでライニールは、何やら悩ましげに眉根を寄せる。

「今のマクファーレン公爵家には、グレゴリーと年の近い、信頼のできる優秀な人材がいなくてね。ただ、これからのグレゴリーに、あの子をそば近くで支えてくれる人間は必須だろう。このふたりなら、どうしても肩に力が入りすぎるところがあるグレゴリーに、休むべきときはきちんと休めと言ってくれるのではないかと思ったんだ」

「あー……。グレゴリーってば、そんなにキリキリしちゃってる感じなんだ?」

十五歳の若さで、この国の筆頭公爵家を継ぐという重責は、凪にはとても想像できないものだ。

ライニールが、重々しく頷いて言う。

「おれからも、もう少し肩の力を抜くように言っているんだけれどね。情けないことに、どうにも上手く諭してあげられないんだよ」

「……まあ、うん。それは、仕方がないと思う」

何しろグレゴリーにとって、ライニールは『理想的なマクファーレン公爵家の後継者』なのである。おまけに今は、その手腕を目の当たりにしている真っ最中だ。グレゴリーの気合いが入りまくって、ぱんぱんに破裂寸前の状態が続いていたとしても不思議はない。

と、そこでステラが恐る恐る片手を上げて口を開いた。

「あの……ナギ? そのグレゴリー、さま? って、ナギのなんなの?」

元はルジェンダ王国の孤児院育ちとはいえ、つい先日まで他国で暮らしていたステラにとって、マクファーレン公爵家の醜聞は初耳だったようだ。

凪は慌てて説明する。

「あ、ごめんなさい。グレゴリーは、わたしの腹違いのお兄さんです。といっても、わたしと同い年の十五歳なんですけど……。つい先日、わたしたちの父親が北の孤島で永蟄居処分となったので、もうすぐマクファーレン公爵家を継ぐ予定なんですよ」

公爵家、と同時に呟いたエリアスとステラに、小さく息を吐いたライニールが言う。

「おれたち三人の父親である先代のマクファーレン公爵は、愛人だったグレゴリーの母と再婚するために、ナギを身ごもっていた母を修道院送りにするような、非常に女性関係にだらしのない、恥知らずで無能で浅はかで短絡的で自己中心的な男でね。おれが公爵家と絶縁したあとに、新たな後継者となったグレゴリーのことも、まったく顧みることがなかったようなんだ」

顔を顰めたライニールの言葉に、凪も続ける。

「グレゴリーはとっても素直で賢くて可愛い子なのに、マクファーレン公爵家の連中からは、ずっと出来損ない呼ばわりされてて……。おまけに、過度の暴食でまんまるの肥満体になった母親を見て育ったせいで、まともにご飯を食べられなくなっちゃってるんですよ」

改めて並べてみると、グレゴリーの育った環境は本当にろくでもなかった。初対面のとき、彼のことを躾のなっていない愛玩犬のようだと思ったけれど、その程度の歪み具合で済んでいたのはむしろ奇跡のようなものだったのかもしれない。

(わたしがショック療法――もとい、ちょびっと本当のことを言い返しただけで、すぐに本来のピュアで可愛い性格を出してくれたしな……。あぁあああッ、グレゴリーがマクファーレン公爵家のダメダメな教育に染まりきっていなくて、本っ当によかったー!)

凪にとってグレゴリーは、今や完全に癒し枠の存在なのである。そんな彼が、もし両親の残念過ぎる部分を受け継いだ残念な子どもになっていたらと思うと、全身に鳥肌が立ってしまった。

ライニールと凪の説明を受けたエリアスとステラが、なんとも言い難い表情を浮かべて顔を見合わせる。

それから、少しの間のあとエリアスが口を開いた。

「その……俺たちは、敵との戦い方しか知りません。公爵家を継ぐ方にお仕えするというのは、ろくな礼儀作法も学んでいない俺たちには、無理だと思います」

「ふむ。つまりきみたちは、ナギの兄である子どもに仕えることがいやだ、というわけではないんだね?」

軽く顎先に触れたライニールの問いかけに、ふたりが困惑した顔になる。そんな彼らに、ライニールは笑って告げた。

「礼儀作法なんてものは、適当に見よう見まねで覚えてくれればそれでいいよ。おれがグレゴリーの兄としてきみたちに求めるのは、あの子に嘘を吐かないことと、あの子の前で死なないことだけだから」

「嘘を吐かないことと、死なないこと……?」

小声で反駁したステラに、ライニールは頷く。

「ああ。将来的に、グレゴリーを守る立場を選ぶか否かは、きみたちがあの子を主と認められるかどうかの問題だから、今は問わない。そこは、グレゴリーの器量次第だしね。ただ――」

一度言葉を切って、表情を改めたライニールが言う。

「あの子に隠し事をするのは構わないが、嘘は吐かないでやってほしい。これから、この国の筆頭公爵家を継ぐあの子には、さまざまな困難が降りかかるだろう。たとえそういった事態に巻きこまれたとしても、あの子の前で死ぬのだけはやめてくれ。今のグレゴリーに、他人の命を背負えるだけの強さはないからね」

ますます困惑した様子のエリアスが、首を傾げて問いかける。

「それは……俺たちが危険に際して、グレゴリーさまを見捨てて逃げても構わない、ということですか?」

「その通りだよ。今後、きみたちが自分の命と力をどう使うかは、きみたち自身で決めてほしい。おれはただ、あの家であの子をひとりぼっちにしないでほしいと思っているだけだから、それ以上は求めないよ。だから……そうだな。ひとまず扱いとしては、グレゴリーの側近候補という名の、遊び相手になるのかな?」

「……遊び相手!?」

ひっくり返ったエリアスとステラの声が、見事にハモった。ライニールの言葉がよほど想定外だったのか、揃って目を丸くしている。

そんな彼らに、ライニールは笑って告げた。

「今の条件と引き換えに、おれがきみたちに提示するのは、衣食住の保障された生活と、公爵家に仕える者として相応の賃金。もちろん、危険手当は充分に付けさせてもらうよ。返事を急かすつもりはないけれど、ここでの療養生活が終わるまでに答えをくれるとありがたいかな」

「え……と、ハイ。わかり、ました」

「はい……」

ぎこちなく頷いたふたりに、ゆっくりと声を掛けたのはアイザックだ。

「エリアスくん。ステラ嬢。ライニールの話は、悪くないと思う。だが、きみたちがこれからどういう生き方を選ぶかは、それこそきみたち自身が決めることだ。今後、危険とは無縁の穏やかな生活を望むのであれば、もちろんそう言ってくれて構わない。その際は、ルジェンダ王国魔導騎士団団長である私が、責任を持って手配させてもらうので、安心したまえ」

穏やかな口調で告げられた言葉に、ステラが掠れた声で言う。

「選ぶ……?」

「ああ。きみたちが、ノルダールの孤児院でどういった育てられ方をしてきたかは、あそこが火事で焼け落ちた際に、保護された子どもたちから聞いている。彼らは現在、それぞれ別の孤児院で、『普通の生活』がどのようなものかを学んでいる最中だ。もしきみたちが彼らに会いたいというのであれば、その機会を設けることも可能だが……どうするかね?」

その問いかけに、エリアスとステラが一瞬、辛そうに顔を歪める。ややあって、彼らはゆるりと首を横に振った。

「……いいえ。結構です。彼らが安全な場所で、普通の子どもとして過ごしているのなら、わざわざ会いに行こうとは思いません」

「私も……いいです」

子どもたちとの再会を拒絶する彼らの気持ちが、凪には少しだけわかる気がする。

――ノルダールでの辛い記憶を思い起こさせる自分たちの姿を、すでに新たな人生を歩みはじめている幼い子どもたちには、見せたくない。

けれど、と凪は思う。

(近い将来、わたしが『我、この国の聖女ナリよ! 今後よろしくでござるー!』宣言を顔出しでしたら、ノルダールの孤児院にいた子どもたちは絶対にものすごくビックリするわけで……。いやまあ、今はそんなことを言う空気でもないし、黙っておこう)

いずれにせよ、すべては彼らの体調が回復してからだ。

そうか、と頷いたアイザックが、彼らに告げる。

「了解した。ステラ嬢、病み上がりだというのに騒がしくして、すまなかったね。エリアスくんも、今は休むのが仕事だと思って、絶対に無茶をしないこと。いずれ気持ちも体も落ち着いたなら、そのときにゆっくりと今後のことを考えてくれたまえ」

幼い子どもに言い聞かせるような、柔らかな口調だった。

最後に辞去の挨拶を述べ、踵を返したアイザックに続いて、凪もエリアスとステラに軽く片手を上げて言う。

「じゃあ、わたしも帰るね。あと、その……わたしが言うことじゃ、ないかもだけど。エリアスとステラには、笑っていてほしいって、たぶんリオは思ってる――ので」

リオの記憶の中で、このふたりはいつも明るく騒々しく、そして楽しそうに笑っていたから。

そんなふたりの姿は、リオにとって見ているだけで嬉しく、温かな気持ちになるものだったから。

「わたしも……あなた方が幸せになってくれると、嬉しい、です」

彼らにとっての幸せがどんなものであるのか、凪は知らない。

だから、こうして願うことしかできないけれど――。

「……ああ。ありがとう、ナギ」

「うん。……頑張る。ナギも、頑張ってね」

どうか、どうか幸せに。

互いにそう願える相手がいるというのは、それだけで幸せなことなのだ、と思った。

***

レディントン・コート内にある、仮想空間魔導陣が設置された屋内訓練施設。

複数人のチームでも利用可能なそこは、使用者たちがどれだけ無軌道な魔術を放とうとも、外部に一切の影響が出ないよう設計された場所である。

ライニールに付き添われたナギが王都の屋敷に戻るのを見送ったシークヴァルトは、数刻前からその施設内で、最難関レベルに設定された状況を幾度も繰り返し攻略していた。

凶暴化した大型魔獣を何体撃破したかなど、もう覚えていない。

(……畜生)

わかっている。こんなのは訓練でもなんでもない、ただの八つ当たりだ。我ながらみっともないと思うのに、抑えきれない憤りと苛立ちを吐き出す方法がほかにない。

――あの森でナギを発見したときの様子から、彼女がひどく傷つけられていたことはわかっていた。

致命傷となったであろう多くの傷と、致死量を遙かに超えた出血量。そして、彼女自身の口から語られた証言。

それらすべてが、ナギが受けた激しい苦痛を物語っていたし、その事実を飲みこんだつもりでもあった。

なのに今、呼吸をするたびにひどく苦い。腹の底に溜まったドロドロとした気持ちの悪い熱を、どれだけ黒と赤で構成された獣の幻影にぶつけても、まるで収まる気配がなかった。

『あの女に、リオはいっぱい、ひどいことをされたの』

『毎日殴られて、血を吐くまで歌わされて……』

『疲れ切って気絶しても、治癒魔術で無理矢理起こされて、また歌わされて』

――今まで、そんな可能性について考えていなかったわけじゃない。

あの日、血塗れの姿で見つけたナギが、自分たちに保護されるまでどのような扱いを受けていたのかなんて、想像したくもなかったけれど。

「……っ!」

ナギは、ユリアーネ・フロックハートから酷い扱いをされたのが、『リオ』という別人格の少女だと言っていた。だが、肉体が同一であり、その痛みと苦しみを記憶しているというのなら、それはナギ自身が受けた凶行にほかならない。

この国の聖女としてほかの誰より慈しまれ、大切にされるべき幼い少女が、なぜそんな目に遭わなければならなかった。

許せない。

ナギをあんなふうに泣かせたあの女も。

そして、ナギがあの女に苦しめられていた間、何も知らずにのうのうとしていた自分自身も。

本当に、心の底からそう思うのに。この手で八つ裂きにしてやりたいほど、あの女が憎くてたまらないのに――。

(あの日、『リオ』という少女が殺されなければ……。オレは一生、『ナギ』と会うことはできなかった)

その可能性に気付いた瞬間、世界が足下から崩れていくような恐怖を覚えた。

シークヴァルトが生まれてはじめて『守りたい』と願ったのは、あの日出会ったナギだけだ。

大切で、守りたくて――誰よりも幸せに、明るく笑っていてほしい。

そんなふうに思うのは、その笑顔を見るだけで温かな気持ちになれるのは、はじめて会ったときから不思議なほど素直に慕ってくれる彼女だけ。

たとえ姿形が同じだったとしても、同じような時間を重ねたとしても、自分は決してナギ以外の誰かを守りたいとは願わないだろう。そんな確信とともに、胸の奥がひどく痛んだ。

……ナギを傷つけた者たちが憎くてたまらないのに、そんな彼らがいなければナギに出会うことは叶わなかった。その現実に、目眩がする。

(すまない……『リオ』)

自分と出会う前に殺されてしまったという少女に、心から詫びる。

彼女の死があったからこそナギと出会えたというのなら、シークヴァルトに『リオ』の死を悼む資格はない。たとえ過去に戻れたとしても、自分は絶対に『リオ』が生きられた世界を選ぶことができないのだから。

ならばせめて、理不尽に未来を奪われた哀れな少女に、心からの謝罪を――。

大きく息を吐いて仮想空間魔導陣を終了させたシークヴァルトは、訓練施設を出て夜空を見上げる。

満天の星空。

きれいだな、と素直に思う。

こんなふうに何かを美しいと感じる気持ちも、ナギと出会う前の自分は知らなかった。

――失いたくない。失えない。

もし今ナギを失ったなら、自分の心は簡単に壊れてしまうだろう。

(ナギ。……ごめんな。おまえがなんと言おうと、オレはおまえより後には死なないよ)

そう簡単に死ぬつもりなどない。自分の代わりに、ほかの誰かがナギを守るようになるなど、考えただけで虫酸が走る。

ただ今はもう、ナギのいない世界で生きていく自分が、想像することもできないだけだ。

そんなことを考えながら、シークヴァルトは現在ひとり暮らしをしている部屋に戻った。食事や入浴などやるべきことを一通り終えたのち、机の上に放りっぱなしの教材を見た瞬間、一気に現実に引き戻される。

(来週から……ナギの、訓練……っ)

がっくりと膝から崩れ落ちたシークヴァルトは、生まれてはじめてベッドに顔を埋めて、しくしくと泣きたくなった。

『きみは理性を飛ばすと何をしでかすかわからないうえに、護衛騎士であるシークヴァルトさまの言葉さえ無視していたじゃないか』

先ほどエリアスが言っていた言葉が、そのまま今のシークヴァルトが向き合わなければならない現実である。今後、実戦の中で確実にナギを守ろうと思うなら、たしかにアイザックの命じた通りの訓練を施すのが、最も確実な手段だ。

――ひたすら肉体的に厳しい訓練を繰り返し、新兵が上官の命令には条件反射で従うように、ナギがシークヴァルトの命令には必ず従うようにする。

『聖歌』を歌えないナギにとって、それが彼女自身を守るために必要な教育だということは、頭ではわかっているつもりだったのだが――。

(……胃が痛い)

明日からの訓練の日々を想像するだけで、シークヴァルトの胃はキリキリと痛んだ。今後、自分の胃に穴が空いたりしたら、いったい誰が責任を取ってくれるのだろう。

だからといって、ほかの人間がナギに訓練を施すのもなんだかイヤだ。

ぐるぐると考えこんだシークヴァルトは、なんだか飲み慣れない酒を飲みたい気分になったが、明日も十五歳の姿になっての学園生活が待っている。いくらなんでも、対外的には未成年の学生の分際で、酒のにおいをさせて登校するわけにはいかない。

(うん。とりあえず、寝よう)

一日六時間の睡眠を確保するのは、騎士団に所属するすべての者に課せられた義務だ。寝不足のせいで、任務中にパフォーマンスを落とすような恥さらしな真似など、断じて許されないのである。

そうしてベッドに潜りこんだシークヴァルトの状態を、世間では『ふて寝』と表現するのだが――残念ながら、その事実を彼に教えてくれる者は、この世界のどこにもいないのであった。