軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

非常識な護衛対象

若干微妙な沈黙の中、子猫を思わせる大きな目を伏せていたソレイユが、ひとつうなずいて顔を上げる。

「王太子殿下。団長。ナギ嬢の護衛補佐、喜んで務めさせていただきます。――副団長、シークヴァルトさんも、お気遣いありがとうございます。でも、自分は無理などしていませんし、むしろ見習いの身分でありながら光栄なことだと、嬉しく思っております」

キリッと言い切ったソレイユに、なんだか凪は不安になった。

「あの……ソレイユさん。わたしが言うのもなんですけど、本当にいいんですか? 騎士団の見習いさんということは、いろいろと勉強したいこともあるんでしょう? わたしの護衛なんてしていたら、それに割いた時間のぶんだけ、したいことができなくなっちゃうんですよ」

「え? えっと……?」

ソレイユが、何やら困ったようにアイザックを見る。その視線を受け、魔導騎士団団長が鷹揚にうなずく。

「普段通りの話し方で構わない。この件に関しては、我々の都合でおまえに無理を言っているからね。ナギ嬢との関わり方については、すべておまえに一任しよう」

柔らかな口調での許諾に、ソレイユはほっとしたようだった。

「ありがとうございます、団長。――あのね、ナギちゃん。あたし、ナギちゃんの護衛補佐が本当にイヤだったら、ちゃんとイヤだって言ってるよ」

(おおう……)

ぱっと開いた大輪の花のような、あるいは太陽のような明るい笑顔が、とても眩しい。

「それに、いつか地脈の乱れが落ち着いて大陸中が平和になったら、女性騎士のお仕事は身分の高い女性の護衛がメインになると思うんだよね。だから、ナギちゃんの護衛補佐は、すごーくありがたい経験なの。あたしの将来のためにも、ぜひ任せてもらえたら嬉しいな!」

いつか、平和になったら。

当たり前のようにそんな未来を語れる彼女は、本当に眩しく見えた。

「あと、本当は護衛対象には敬語を使うべきなんだろうけど……。なんか、ここであたしが敬語になったら、ナギちゃんが困るような気がしたんだよね。違った?」

「ち、違わない、です!」

心の内を見透かされたようで慌てた凪に、ソレイユは「よかった」と笑って言う。

「あたしもね、ナギちゃんには普通に喋ってほしい。ダメかな? それから、さん付けもやめてくれると、もっと嬉しい。ただ、あたしの中でナギちゃんはもうナギちゃんなので、呼び捨てはちょっと勘弁して?」

「……ううん。ダメじゃない。わたしも、嬉しい」

ソレイユのコミュニケーション能力の高さに、凪は心から感嘆した。無闇にぐいぐいと距離を詰めてくるでなく、相手への気遣いもきちんと滲ませながら、いつの間にかするりと心を寄せてくる。これはきっと、『友達百人できるかな』が当たり前にできるタイプだ。

(ソレイユさん――じゃない、ソレイユって、可愛くて強いにゃんこ系女子で、将来をちゃんと考えている騎士見習いさんで……。え、何このハイスペック。凄すぎない? こんな素敵な女の子と仲よくできる上に、護衛までしてもらえるとか、ちょっと聖女特典が豪華すぎやしませんか?)

ものすごく嬉しくなった凪は、大変ほこほこした気分になった。胸の前で、そっと両手を組み合わせる。

「ソレイユがわたしの護衛になってくれるなら、そのうち身体強化魔術なんかも教えてもらえるかな?」

「………………んんー?」

ソレイユが、こてんと小首を傾げた。可愛い。少し考えるようにしたあと、彼女はゆっくりと口を開いた。

「えっと、護衛補佐っていうのは、シークヴァルトさんがメインでするナギちゃんの護衛を、できる範囲でサポートするお役目なのね?」

「うん、わかってる。基本的にはシークヴァルトさんが、外の危ないことからわたしを守ってくれるんだよね。で、ソレイユがそれ以外のことをしてくれるんでしょ? だったら、いざというときにわたしがお荷物にならないように、いろいろ教えてくれると嬉しいんだけど……」

これから何かあったときに、凪がただ守られるだけでなく、せめて自分の足で逃げることができれば――そうでなくとも、単純にパワーアップできるだけでも、だいぶ護衛する側が気楽になるのではないかと思うのだ。

自分はすでに、致命傷から即蘇生できるレベルの治癒魔術は使えるようだし、叶うことならほかにもいろいろな魔術を覚えてみたい。せっかくファンタジックな世界で生きることになったのだから、楽しめるところは楽しまなければ損ではないか。

凪は、何やら微妙な顔をしているソレイユに、ぐっと親指を立てて言う。

「大丈夫! わたしは致命傷だって治せる治癒魔術を使えちゃう、ちょっと非常識な護衛対象だから! 万が一のときには、わたしの護衛なんてどうでもいいから、ちゃんと逃げてね! あ、シークヴァルトさんも、ぜひそんな感じでお願いします!」

いまだ見習い身分のソレイユに、あまり無茶をさせるわけにはいかない。

そして、現在進行形で恋する乙女としては、お相手であるシークヴァルトが凪を庇って怪我をするなど、断じて許容できなかった。想像するだけで、自分が景気よくぶちギレる未来しか見えない。

そう思った凪なりの、精一杯の気遣いだったのだが――

「どうでもいいわけが、あるかーっっ!!」

「護衛役が、護衛対象をほっぽって逃げられるわけがないでしょぉおーっっ!?」

シークヴァルトとソレイユに、食い気味に絶叫されてしまった。その勢いに押されてのけぞると、片手で凪の背中を支えてくれたライニールが、沈痛な面持ちで額を押さえていた。

「これは……いったい、どうしたら……」

「兄さん!? どうかしましたか、どこか痛いですか!?」

初めて見るライニールの弱り切った様子に、凪は慌てて彼の顔をのぞきこむ。

目が、合った。

「おれの妹が可愛い!」

「きゅっ」

突然ものすごい力で抱きしめられ、一瞬で肺を圧迫される。

その直後、鈍い衝撃とともに、肺に勢いよく酸素が流れこんできた。

「バッカ野郎! ナギを締め落とす気か!?」

シークヴァルトの怒鳴り声に、彼にどつかれたらしいライニールが頭を下げる。

「すまない、ナギ。きみの攻撃力の高さを、少々甘く見ていたみたいだ」

「それは……わたしのセリフだと、思います……」

この世界で目覚めてから最初に感じた命の危機が、唯一の家族であり、保護者であるライニールから与えられたものとは、これいかに。

肩で息をしていると、ソレイユが深々とため息をついた。

「詳しい事情は知りませんが、とりあえず副団長が、うざいくらいのナギちゃんラブを発症していることはわかりました。今後のナギちゃん護衛計画には、副団長も警戒対象に加えておきます」

「……うざい?」

ライニールが、あからさまにショックを受けた顔になる。一瞬、フォローしようかと思ったけれど、たった今彼に締め落とされかけたばかりの身としては、黙して語らずが正解だろう。今後、ライニールには不用意に近づかないようにしておこう、と決意する。

そこで、一連の騒ぎを黙って見ていたオスワルドが口を開いた。

「ナギ嬢。きみは、治癒魔術を使えるのかい?」

「え? あ、はい。なんていうか……上手く説明はできないんですけど、こうすれば傷が消えるんだろうな、っていうのは、感覚的にわかっている感じがします」

触れるだけで、シークヴァルトたちの汚染痕を消したときとは、少し違う。正常な状態ではなくなった肉体を前にしたときの、集中の仕方。何より、自分の中にある膨大な力を少しずつ集めて、それをゆっくりふんわりと温めていくような感覚。それらはもう、この体が覚えている。

ソレイユが、ひどく複雑な顔で言う。

「ナギちゃんをお風呂に入れたとき、もしかしたら――っていうか、たぶんそうなんだろうな、とは思ってたけど。やっぱり、ナギちゃん自身の治癒魔術だったんだね。あのときナギちゃんが着てた服、すっごく悲惨な状態だったもの」

「んー。わたしもあのときは、いろいろ忘れていたんだけどね。一眠りさせてもらったあとに、森の中で刺されたときのことを思い出したんだ。で、わたしを刺したのが、ユリアーネ・フロックハートさんと一緒にいた白い魔導士だったんだけど……。これがもう、ホンットに気持ち悪いやつでねー」

凪は、思い切り顔をしかめた。

――下賤の者どもに、その身を暴かれるよりはマシだろう。愚かな聖女。無垢な体のまま殺してやったことを、感謝するがいい。

「わたしの心臓に剣をぶっ刺しながら、下賤の者どもに強姦されるよりはマシだろう、とか真顔で言ってたんだよ? 大体、十五歳の女の子に無理矢理そういうことをしようって時点で、下賤どころか救いようのない、未成年趣味のゲス野郎だと――」

思う、と最後の言葉を言い終える前に、アイザックがライニールを背後から羽交い締めにしていた。同時に、シークヴァルトが片手でライニールの顔を掴み、そのまま力尽くで押さえこんでいる。

呼吸がしにくくなるほどの圧迫感の中、バチバチと激しい静電気のような音を立てながら、彼らの周囲で無数の小さな光が弾けていた。

凪は目を丸くしたあと、何度か瞬く。

とても美しいが、同じくらいに危うい光。

(えぇっと……。ひょっとしてこの光って、ライニールさんの魔力、なのかな?)

もしかしなくても、これは非常に危険な状態なのではなかろうか。

アイザックとシークヴァルトの青ざめた額に滲む汗を見た凪は、くりっとソレイユを振り返って首を傾げた。

えへ、と笑う。

「ごめん。兄さんが、キレた」

「だろうね!? ていうかむしろ、なんでキレないと思ったかなあ!?」

ちょっと、うっかりしただけである。悪気はない。

とりあえず、先にアイザックとシークヴァルトに事情が伝わっていたことは、不幸中の幸いだったのだということにしておこう。ふたりには、面倒をかけて申し訳ない。