軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

聖歌を歌えない聖女さま

ふんす、と胸を張る凪に、ライニールが吐息混じりの声を掛けてくる。

「ありがとう……ありがとう、ナギ。ザイン伯父上の女性言葉というのは……正直、咄嗟に動けなくなるほどの衝撃だったよ……」

青ざめた彼の、こんなに動揺した姿を見たのは、はじめてだ。

お姐さま言葉をしゃべるザインという概念を、なんの心構えもない自分たちにぶつけてきたアースドラゴンは、本当に心から反省していただきたい。

いまだ顔色の悪い兄にしっかりと頷き返し、凪は改めてモフモフの雪豹の姿になった大型魔獣を見る。

「それで? あなたの番さんっていうのは、どこのどなた?」

「普段は大陸南東部で一番高い山のてっぺんでのんびり過ごしている、世界一美しくて格好良くて可愛くて、背中から尻尾にかけてのラインが超絶セクシーなフレイムドラゴンよ」

何やらちょっと重すぎるノロケ――もとい、いまいち具体性に欠ける形容がされた気がするが、とりあえずアースドラゴンの番の住処と種族はわかった。

オスワルドが情報シートを操作し、軽く眉根を寄せる。

「山岳部のスタンピードは、この一カ所か。……お初にお目に掛かります、アースドラゴンどの。私は、ルジェンダ王国の王太子、オスワルド・フレイ・ユーグ・ルジェンダと申します」

「……アラ? アナタ、小娘聖女と随分血が近いのね?」

首を傾げたアースドラゴンに、オスワルドがほほえんだ。

「はい。わたしは、聖女ナギの従兄弟に当たります」

「そうなの。突然押しかけて、悪かったわね。アタシもちょっと、番がスタンピードに巻きこまれたのを感じて、うっかり住処の森を吹っ飛ばしそうになっちゃったものだから……」

ふう、と切なげにため息を吐くが、うっかりで森を吹っ飛ばさないでいただきたい。もしかしたら、スタンピード以上の被害が出てしまうかもしれないではないか。

「アイツは今休眠期の最中だから、アタシがスタンピードに巻きこまれたことにもなかなか気付かなかったみたいでね。アタシが住処に帰ったくらいに、ようやく『大丈夫だったか?』ってめちゃくちゃ寝ぼけた声で聞いてきたのよ。それで、大丈夫だったって伝えたら、またすぐに寝ちゃったから……。まさか、アイツまでスタンピードに巻きこまれるなんて……」

大型魔獣はその種族を問わず、数十年周期の休眠期があるものが多い。

休眠期に入ると長く深い眠りにつき、滅多なことでは目を覚ますことはないという。

自らを強固な守りの魔術で完璧なまでに覆っているため、外の世界のことを一切関知できなくなるらしい。

そんな状態でも、番の危機には寝ぼけながらとはいえ反応するのか。

すごいなあ、と感心した凪は、そこで小さな疑問を覚える。

「ねえ、アースドラゴンさん。番さんは休眠期の最中なのに、なんでスタンピードに巻きこまれちゃったんだろ? 休眠期には、とんでもない強度の守りの魔術を、何重にも展開しているものなんでしょう?」

素朴な問いかけに、アースドラゴンが少し迷うようにしてから答えた。

「たぶん、なのだけれどね。アタシがスタンピードに巻きこまれたせいで、それに反応したアイツが、無意識に守りの魔術を解除して、無理矢理目覚めようとしたんだと思うの。ただ、完全に覚醒する前に、アンタがアタシを助けてくれたでしょ? それで安心して、また眠りに入ったんだろうけど……。守りの魔術の再構築までは、できなかったんじゃないかしら」

それは、と凪は息を呑む。

(アースドラゴンさんだって、好きでスタンピードに巻きこまれたわけじゃないのに……)

ウエルタ王国で発生したスタンピードの原因は、砂漠が雪原に変じるほどに、地脈の乱れが急激に悪化したせいだと言われている。

あの後、凪とエステファニアというふたりの聖女が力を使ったためか、すでに現地はいつも通りの姿を取り戻しつつあると聞いた。

もし、あのスタンピードが何者かの悪意によるものだったのであれば、聖女たちが去ったあとに再び事態は悪化していたはずである。それがないということは、ウエルタ王国で発生したスタンピードは、あくまでも自然発生の災害だったということだ。

誰が悪いわけでもない。

本当に、理不尽だと思う。

「アタシも、さすがに疲れてしまっていてね。あれからすぐに住処に戻って休んでいたの。そうしたら……今度は、アイツがスタンピードに巻きこまれたのを感じて、ね。本当に、なんの悪い冗談かと思っちゃったわ」

自嘲するように語るアースドラゴンに、凪は両手の拳を握って言った。

「大丈夫。あなたの番さんは、絶対、助ける」

人も、魔獣も。

これ以上、傷ついてほしくない。

「だから、あなたも力を貸して。わたしにくっついていれば、魔獣のあなたがスタンピードに近づいても大丈夫だと思う」

「……元より、そのつもりよ」

雪豹の姿をしたアースドラゴンの耳が、ぴこっと動く。

(はうっ)

こんなときだというのに、ものすごくその耳をもにもにしたくなってしまったが、どうにか堪える。

手を握りしめていてよかった、と凪が安堵していると、オスワルドの通信魔導具にどこからか連絡が入ったらしい。

「――はい。承知いたしました。すぐにお繋ぎいたしますので、少々お待ちください」

凜とした響きの声でそう応じながら、オスワルドが淡く輝く情報シートを操作する。

直後、一枚の情報シートが拡大された。

何度か点滅したそれらの右半分にオスワルドの姿が、残りの半分は縦並びに三分割されて、それぞれの枠内に三名の若い男女の姿が浮かび上がる。

凪は、思わず目を瞠った。

(ウィルヘルミナさまと、ディアナさまと……えぇと、最後のやたらとキレイな顔をしたお兄さんは、誰なのかな?)

さらさらの金髪に、深いアメジストの瞳。

イケメンにはかなりの耐性ができている凪からしても、その青年の典雅な美貌はちょっと人間離れして見えるレベルである。

決して女性的というわけではないのだけれど、男性的とも言い難い。しっかりと鍛えられた体つきをしているのはわかるのに、なぜだか力強さよりもしなやかさを感じさせる、端麗な容貌だ。

凪の語彙力では、ひたすら「わあ、キレイ」と感嘆するしかない、まるで美の女神に愛されたかのような姿をした青年は、柔らかな落ち着いた声で口を開いた。

『お初にお目に掛かります。私はトゥイマラ王国王太子、クラウス・フィン・レイズ・トゥイマラと申します。此度のミロスラヴァ王国における同時多発スタンピードに際し、我が国の聖女ウィルヘルミナ・カルティアラさま。そして、今は所属国なき聖女、ディアナ・ザハールカさまのお二方がご協力くださることになった由、まずはお知らせさせていただきたく思います』

挨拶もそこそこに、真っ先に結論を述べた彼は、トゥイマラ王国の王太子だったようだ。

(……ウン。この世界の王子さまはみんな、美形しかいないってことなのかなあ)

クラウスの長い睫毛にはマッチが何本も乗りそうだな、と思っていると、オスワルドが安堵した声で応じた。

「我が国からの突然の要請に応じていただき、心より感謝いたします。クラウス殿下。トゥイマラ王国の聖女。所属国なき聖女。あまり時間がないゆえ、ご無礼を承知でさっそく話を進めさせていただきたく存じます」

ふたりの聖女がそれぞれ緊張した面持ちで、しっかりと頷く。

『はい。よろしくお願いいたします』

『はい。我が祖国のために、殿下がこうしてお心を砕いてくださっていること、心より感謝いたします』

その様子を見て、ライニールがふと小さく声を零す。

「秘匿回線を使っているのか……。ナギ。この場で話されていることは、おれたちと画面の向こうにいる方々にしか伝わっていない。もしかしたら、これからお三方にご挨拶することになるかもしれないけれど、そのときはおれが必ずそばにいる。あまり、緊張しなくても大丈夫だよ」

内緒話のように告げられた言葉に、凪は危うく跳び上がりそうになった。

ミロスラヴァ王国へ行くことを決意した時点で、なんとなく覚悟はしていたけれど、改めてそう言われるとなかなか落ち着かないものがある。

凪は、しょんぼりと肩を落とした。

「き……緊張は絶対しちゃうので、わたしがあんまりおかしなことを言い出しそうになったら、兄さんが止めてくれると嬉しいです」

ライニールが笑って応じる。

「そうか。わかった」

そんなことを話している間に、オスワルドはミロスラヴァ王国の状況について確認しながら、今後の動きについて語っていく。

エステファニアが、すでにアシェラ傭兵団の精鋭部隊とともに現場近くで待機していること。

各地のスタンピードからほど近い場所に、アシェラ傭兵団の団員たちが配備済みであること。

彼らを中継点として、人口密集地から優先して聖女を送り届ける手はずは整っていること。

各地の鎮圧が終了したなら、効率的に残りのスタンピードを制圧に向かえるよう、互いの連絡は密に取り合うこと。

「現状、人口密集地で発生しているスタンピードは四カ所。聖女さま方には、まずはそちらの鎮圧へ向かっていただきたく思います」

ミロスラヴァ王国の地図を示しながらのオスワルドの提案に、クラウスが軽く眉根を寄せる。

『そうですね。では、聖女さま方にはこの内の三カ所にまず赴いていただいて、最も早く鎮圧を完了した方に――』

「ああ、クラウス殿下。それには及びません。その四カ所のうちのひとつには、我が国の聖女が赴いてくださるとおっしゃっています」

束の間、沈黙が落ちた。

何度か瞬きをした三名が、ほぼ同時に不思議そうな顔をして、同じ角度で首を傾げる。

凪は、思わずときめいた。

(え、なんですかその素敵な息の合いようは……!?)

無意識に胸の前で両手を組み合わせていた凪に、オスワルドが声を掛けてくる。

「ナギさま。どうぞ、こちらへいらしてください」

「ふぇあ、はい!」

突然のさま付け呼びに、おかしな声が出てしまった。

ライニールの手が、背中に触れる。

そのことにひどく安心しつつ、彼とともにオスワルドの隣に並ぶ。情報シートに、同じ顔をしたふたりに挟まれて立つ自分が映って、凪はしみじみと感心した。

(わぁ……。兄さんとオスワルド殿下って、こうやって客観的に見てみると、やっぱりものすごくそっくりさんなんだなー)

緊張のあまり、うっかりどうでもいいことを考えてしまったが、オスワルドは落ち着いた声で凪を彼らに紹介する。

「ナギ・シェリンガム男爵令嬢。我が国の正しき聖女にして王妃の姪、そして私の従姉妹に当たる方です。先日公表させていただいた通り、ナギさまは孤児院育ちであるため、聖歌の歌唱訓練を受けておりません。ですが、聖呪及び直接接触により、我が国で発生した狂化魔獣被害への対処経験をお持ちです」

そして、とオスワルドは、どこまでも柔らかな口調で続けた。

「ナギさまは、聖女としての固有魔術だけではなく、通常魔術及び治癒魔術の行使が可能です。ただ、魔力のコントロールについては、我々が保護するまで一切学ばれたことがありません。そのため我々は、ナギさまが聖女であることを秘匿したうえで、我が国の魔導学園で学んでいただいております」

クラウスが、思わず、というふうに口を開く。

『聖女さまが、通常魔術に加え、治癒魔術まで……?』

「はい、その通りです。クラウス殿下。通常魔術についてはまだまだ基礎レベルですが、治癒魔術の精度については、我が国の治癒魔導士たちも目を瞠るほどのレベルでいらっしゃいます」

嘘ではないが、ものすごく外聞のいい説明をしてくれたオスワルドに、凪は密かに感謝した。

たとえ事実であっても、ウィルヘルミナとディアナという素晴らしく立派な聖女たちに、自分がキレたら何をしでかすかわからない、ものすごくへっぽこでバイオレンスなオコサマだということは、あまり知られたくないのである。

自分のほうからも彼らに挨拶したほうがいいのだろうか、と思っていると、クラウスが小さく首を横に振った。

『……オスワルド殿下。今、ミロスラヴァ王国が未曾有の危機に見舞われている状況において、ひとりでも多くの聖女さまに赴いていただかねばならない、という貴殿の判断はよくわかります』

ですが、と彼はまっすぐにこちらを見ながら言う。

『聖歌をお歌いになられない、ということが、どれほど聖女さまにとって危険であることか、貴殿も充分おわかりでしょう。それなのに、ようやく穏やかな生活を送ることができるようになったばかりのナギさまを、スタンピードのただ中にお連れすると? 申し訳ありませんが、私はその案には賛同いたしかねます』

(……へ?)

思いも寄らないクラウスの反応にぽかんとしていると、ウィルヘルミナが鋭い視線でオスワルドを見据えてきた。

『自分も、今のナギさまを前線に投入することには、断固として反対させていただきます。聖女として認められたばかりの自分が何を言うかとお思いかもしれませんが、どうかご安心くださいませ。ナギさまが赴かれないぶんの働きは、自分が必ずこなしてみせましょう』

凪は、胸の前できゅっと右手を握りしめる。

(ヤダ……。ウィルヘルミナさまが、カッコイイ……!)

一瞬で乙女の萌えを撃ち抜いてきたウィルヘルミナに全力でときめいていると、ブルーグレーの瞳を潤ませたディアナが、切なげな声で口を開いた。

『オスワルド殿下。わたくしの祖国のために、これほどご尽力くださっているあなたさまに、このような失礼を申し上げるなど断じて許されるものではないと、重々承知しております。ですが、どうかお願いでございます。聖歌をお歌いになられないナギさまの身を危険に晒すようなことなど、どうかなさらないでくださいませ』

……なんということだろう。

どうやら凪は彼らの中で、聖歌を歌えないために実戦投入するわけにはいかない、大変役立たずな聖女となってしまったようだ。