軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9

五月の終わり、アンナの様子が変わった。

授業中の返事が遅い。

食堂でもぼんやりしていることが増えた。

夜、眠れていないのか目の下にうっすらくまができている。

サチコは三日間、静かに観察した。

急かさない。話したくなったら話してくれる。

それが前世から変わらない、サチコのやり方だった。

四日目の夜、アンナが「リナ、起きてる?」と暗闇の中で囁いた。

「起きてる」

しばらく沈黙があった。

「あのさ」とアンナが言った。

「私、実は——平民じゃないんだ」

サチコは天井を見たまま、「うん」と言った。

「驚かないの?」

「なんとなく、そうかなと思っていた」

「え、なんで?」

「物の扱い方、育ちがいい人の所作というのは、隠そうとしても出る。それから——たまに遠い目をするとき、何か大きなものを背負っているように見えた」

アンナはしばらく黙っていた。

「……リナって、ほんとうに怖いね。いい意味で」

「よく言われます」

アンナが布団の中で身じろぎする音がした。

「私、ハルト伯爵家の娘なんだ。父が、私に魔法の素質があるなら学院に入れてみろって言って。でも正体を隠すように言われた。平民のふりをして、馴染めるかどうか、見てみろって」

「試されていたんですね」

「そう。でも——馴染めたんだ。リナと仲良くなれたし、学院も楽しかったし。だから本当のことを言えなくて。でも最近、父から手紙が来て。そろそろ戻ってこいって。婚約の話が出ているって」

サチコは起き上がり、ランプに小さな火を灯した。

アンナが毛布を抱えて座っている。目が赤い。

「アンナは、どうしたいの?」

「学院にいたい。魔法をもっと勉強したい。でも家の都合があって、私の一存では——」アンナは唇を噛んだ。

「リナは怒らない? ずっと嘘ついてたのに」

サチコは少し考えた。

「怒らない。あなたが平民でも貴族でも、私の友人はアンナだから」

アンナの目から、ぽろりと涙が落ちた。

「なんでそんなにさらっと言えるの」

「さらっと言える年齢に、なったので」

四十三年かかった、と心の中で付け加える。

「お父様に手紙を書いてみたら」とサチコは言った。

「自分の言葉で、続けたい理由を。誰かに代わりに伝えてもらうより、自分で書いた言葉の方が、親には届くことが多い」

「そんなもの?」

「そんなもの」

アンナはしばらく考えて、「書いてみる」と言った。

「リナ、内容、一緒に考えてくれる?」

「もちろん」

ランプの光の中で、ふたりは夜中まで手紙の文章を練った。

翌朝、アンナの目の下のくまは、少し薄くなっていた。