軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6

問題が起きたのは、木枯らしが吹き始めた夜のことだった。

深夜、サチコは物音で目が覚めた。

アンナのベッドが空だった。

(おかしい。)

サチコは上着を羽織り、廊下に出た。足音を辿るように魔力を伸ばす。

——前世の「気配を読む」という感覚が、この世界では魔力探知に変わっていた。

小さな魔力の流れが、中庭の方角から来ている。それと——もうひとつ、別の、不安定な揺れが。

中庭に出ると、アンナが木の前にしゃがみ込んでいた。木の根元に、何かが倒れている。

「アンナ」

アンナが振り返った。泣きそうな顔をしている。

「リナ……起こしてよかったのか迷って」

木の根元には子猫がいた。

どこかから落ちたのか、足を怪我している。小さな体が震えていた。

「拾ってきてしまったんだ。放っておけなくて。でも学院は動物禁止だし、夜中だし、どうしたらいいか」

サチコは子猫の傍にしゃがんだ。

怪我の具合を確認する。足の骨は折れていないが、傷口が塞がっていない。

「ちょっといい?」

サチコは子猫にそっと手を当てた。

魔力を流す。生活魔法で「乾かす」「温める」をするとき、対象の状態を把握する——その感覚を、傷口に向ける。血が止まれ。炎症が和らげ。体温が一定に保たれろ。

派手なことはできない。

治癒魔法の専門家ではないし、傷を瞬時に消すことは無理だ。

でも——「ちょうどいい状態に整える」という方向性は、生活魔法とそう遠くない。

子猫の震えが、少しずつ収まった。

「……リナ、それ治癒魔法?」とアンナが囁いた。

「生活魔法の応用。たぶん」

「たぶん?」

「前例がないので」

アンナはぽかん、としてから、ぷっと笑った。

「リナってほんとうにすごいね。でも全然えらそうじゃないし、なんか……お母さんみたい」

「お母さん」

「ん、悪い意味じゃなくて。安心する感じ」

サチコは何も言わず、子猫の背中をそっと撫でた。

(お母さん、か。)

前世ではなれなかったもの。縁がなかったもの。

でも今世では——どうだろう。体は十二歳で、中身は四十三歳で、行く先はまだ長い。

子猫が小さく鳴いた。

「とりあえず今夜は部屋で温めて、明日の朝、町の獣医のところに連れて行こう。学院の外出許可は私が先生に頼む」

「リナが? なんで言ってくれるの」

「アンナが拾ったんだから、アンナが責任を持つべきだけど——交渉は得意な方がやった方が効率がいい」

「交渉って……」アンナが笑う。

「ほんとにお母さんだ」

ふたりで部屋に戻る廊下で、角を曲がったところにエルクが立っていた。

「……何をやっていた」深夜に廊下をうろつく姿を、やや呆れた目で見ている。

「猫の手当て」とサチコは言った。

「深夜に」

「緊急だったので」

エルクはしばらくサチコの顔を見て、それから小さく息を吐いた。

「お前は本当に……」何かを言いかけて、止めた。

「手、冷えているだろう。魔力を使った後は体が冷える。温かいものを飲め」

そう言って、自分の部屋から温かいハーブ湯の入った小瓶を持ってきた。

「いつも用意してるんですか」

「夜中に研究していると冷えるから、常備している。」

「ありがとうございます」

エルクはそっぽを向いた。耳が少し赤い。

夜の寒さのせいかもしれないし、そうでないかもしれない。

サチコはハーブ湯を一口飲んで、ああ、これは前世のカモミールティーに似ている、と静かに思った。

「エルク」

「何だ」

「あなたは、優しいですね」

「うるさい。部屋に帰れ」

アンナが袖をひっぱってきた。廊下の角の陰で、にやにやしている。

サチコは苦笑しながら、歩き出した。

これが恋というものかどうか、四十三歳の魂にはまだよくわからない。

でも——悪くない夜だな、とは思った。