軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22

茶室を出て、庭を歩いていると、エルクが口を開いた。

「リナ」

「はい」

「ハルト、という名前を聞いたとき、何か思わなかったか」

サチコは足を止めた。

「思いました。アンナの苗字と同じだな、と」

「僕はエルク・ハルト。ハルト伯爵の、長男だ」

沈黙が落ちた。

「……アンナの、お兄さん」

「腹違いだ。母親が違う。ハルト家では、表向きには僕の存在はあまり知られていない。父が僕を学院に入れたのは——才能があったからではなく、厄介払いに近い」

エルクの声は平坦だった。でも平坦だからこそ、その下にあるものがサチコには伝わった。

「腹違いというのは、それほど難しい立場なのですか、この国では」

「貴族の家では、特に。正室の子でなければ、跡継ぎにはなれない。できれば目立たないでいてほしいというのが、父の本音だと思う」

「……だから、ハルト家の名前を出さなかった」

「目立ちたくなかった。学院では、ただの魔法研究者でいたかった」

サチコはしばらく考えた。

「アンナは知っているんですか。エルクのことを」

「父は話していないだろう。アンナは僕のことを知らない」

「僕も妹がいると聞かされたことはあったが、学院に入るまでは会ったことがなかった」

サチコは庭の花を見た。早春の白い花が、風もないのに少し揺れていた。

「エルク、アンナはいい子ですよ」

「知っている。お前の友人だから」

「いつか兄妹だと伝えられるといいですね」

エルクは答えなかった。でも否定もしなかった。

それで十分だと、サチコは思った。

翌日の午後、王城の一室に通された。

部屋は広いが、窓の光が柔らかく絞られていた。

魔力疾患を持つ人間には、強い光が負担になることがあると聞いていた。

王太子——テオドル殿下は、窓際の椅子に座っていた。

十五歳。細い体に、しかし姿勢はまっすぐだ。

髪は薄い金色で、目が深い緑色をしている。こちらを見る目に、怖れも期待も、極力排した様子がある。

(十五年間、同じ目をしてきたのだろう。)

サチコは深く礼をした。

「リナと申します。調律魔法を使います」

「テオドルだ」と殿下は言った。

「同年代と話すのが久しぶりなので、楽にしてほしい。できれば名前で呼んでもらえると...」

「わかりました、テオドル様」

殿下がわずかに目を見開いた。即座に名前で呼ばれるとは思っていなかったらしい。

「……気に入った。座って」

椅子に座った。エルクは少し離れた場所に控えている。

侍女とイレーナが壁際に立っていた。

「正直に話します」とサチコは言った。

「私の魔法で、テオドル様の体の状態を感じることはできると思います。でも治せるかどうかは、感じてみないとわかりません。期待に添えない可能性もあります」

「それでいい」と殿下は静かに言った。

「今まで来た魔法師は全員、最初から無理だと言うか、できると言って失敗するかのどちらかだった。最初から正直に言ってくれるのは、あなたが初めてだ」

「嘘をついても意味がないので」

「そういう人は好ましい」

サチコは立ち上がり、殿下の傍に近づいた。

「手に触れてもよろしいでしょうか」

殿下が手を差し出した。サチコはその手に、そっと触れた。

目を閉じる。

魔力を伸ばす。

感じた瞬間——サチコは思わず、息を止めた。

(ああ。 これは——)

体内の魔力の流れが、乱れているというより——詰まっていた。

先天的に、一箇所だけ、魔力の通り道が極端に細くなっている。川の中に、生まれた時から岩があるような状態だ。

だから魔力が滞る。滞った魔力が体に負担をかける。十五年かけて、その負担が積み重なってきた。

岩を取り除ければいい。でも岩は体の深いところにある。力で壊そうとすれば、周囲を傷つける。

(どうするか。)

サチコは考えた。前世の記憶を引く。配管の、詰まりの処理。岩を壊すのではなく——岩の周りに、新しい流れを作る。迂回路を、少しずつ。

できるかどうかわからない。でも——方向性は、見えた。

目を開けた。

殿下がこちらを見ていた。サチコの表情を読もうとしている。

「どうだった」

「原因がわかりました」とサチコは言った。

「先天的な魔力路の狭窄です。一度に解決することはできませんが——少しずつ、迂回路を作っていく方法なら、試せると思います」

殿下はしばらく黙っていた。

「時間がかかるのか」

「はい。一度ではなく、何度も来る必要があります。それでもよろしければ...」

「……何度でも来てくれるのか」

「来ます。これが私の魔法でできることなら」

殿下の目が、わずかに揺れた。十五年間、排してきたものが、少しだけ顔を出した瞬間だった。

「リナ」と殿下は言った。

「はい」

「あなたは怖くないのか。王室と関わることが」

サチコは少し考えた。

「怖い、という感覚は薄いです。昔から、目の前にいる人が困っていると、手を出さずにはいられない性分ですので」

「それは美徳だ」

「単なる癖です」

殿下は初めて、声を出して笑った。短く、でも本物の笑いだった。

「気に入った」と殿下はもう一度言った。

「よろしく頼む、リナ」

「はい、よろしくお願いします、テオドル様」