軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第9話  番外編 温泉にでも行きませんか?

領地の屋敷の大河沿いに面したお気に入りのベランダで、ローザリンデ様がくつろいでいる。

エアハルト殿下に面会に伺ってから…正確に言うと父親に言われるがままに執務室に押しかけて以来、さっさと公爵領に引きこもった。ターゲットの殿下はお出かけ中らしいし、公爵殿もお嬢さまのお兄様の嫡男殿も、婚約者候補のお嬢さまを王子妃にするべく今日も画策に走り回っている。

今日は化粧もしていない。普段着のシンプルなワンピースに、綺麗な金髪はじゃまなのだろう、一本に結ってある。普段はこんな感じだ。普段通りのお嬢さまの方が可愛らしいと思うが…。

いつもは公爵殿の命令でこれでもかというほど飾り立てられて、化粧も必要以上に濃いものを施される。お嬢さまは公爵家に生まれた以上はこんなものなのだろうとでも思っているのか…。公爵殿の趣味のこぼれるほど胸を強調した下品なドレスに真っ赤な口紅までつけて公爵殿に言われるがままに動いている。まあ…父親のお人形みたいなものかな。

お茶を運びながら侍従のザシャはぼーっとしているお嬢様に声をかける。

「お嬢様、お茶をお持ちしましたが、ワインの方がよろしかったですか?」

「え?ああ。そうねえ…一杯やりましょうか。ザシャも付き合ってよ」

ユルゲン公爵領で造っているワインに、つまみをいくつかとグラスを二つ。

部屋には内側から鍵を下ろした。

ベランダのテーブルに運び込んで、ザシャも上着を脱いで椅子の背もたれに掛ける。

失礼して、とお声をかけて、河が見えるように置かれたお隣の椅子に座る。

「しばらく見ていないうちに、柳も随分緑色になったわよね?」

そんなことを言いながら、グラスを片手にお嬢さまがぼんやりと河沿いの柳を眺めているようだ。すっかり春めいて、柳が黄緑色の枝を揺らしている。

「…いつまでこんなことしていなくちゃいけないのかしらね?」

「……」

「お父様とお兄様の画策が上手くいったとしても、私が王子妃になったとしても…あの方は私のことなんか見ていないのにね」

ひとつため息をついて…お嬢さまが私が先ほど注いだグラスの白ワインを空ける。

「…おや。そこのところはご存じだったのですね?」

「そりゃね。あの二人は特別ですもの。見ていたらわかるわ。信頼し合っているんですもの。クロエ嬢は殿下を呼ぶのに敬称無しだし…そもそも殿下の直々の護衛騎士が付いているのよ?誰でもわかることが…どうしてお父様はお分かりにならないのかしら。」

「ふむ。お嬢さまもなかなかお利口さんになられましたね。フフッ」

お嬢様の空いたグラスにワインを注ぎながら、ザシャがからかうように言う。

ぷっとふくれるお嬢様もたいそう可愛らしい。

私が家庭教師を兼ねてみっちり勉強させたし、必要なことは手取り足取り教えこんできた自慢のお嬢様だ。

…まあ、それでもあの聞く耳を持たない父親は説得できないだろうね。

「なんか…それでも笑っていなくちゃいけない私って…みじめだわ。あ、でもこんなこと言えるのはザシャだけだからね?」

ザシャはワインを味わうように飲んで…グラスをゆっくりテーブルに戻すと…肩先で切りそろえた黒髪を耳に掛けた。そうしてローザリンデ様の耳元に顔を寄せて、囁く。

「安心してください。殿下がダメでも、私が貴女を幸せにして差し上げますよ?」

「うっへっ」

変な声をあげて、耳も顔も真っ赤になったお嬢さまの耳元にそのままキスを落とす。

「だ、だ、だ…ど…」

「おやおや。言語が崩壊していらっしゃいますね?くくっ」

私は伯爵家の次男坊だ。ここの家の傍系に当たる。

4つ違いのお嬢様に長いことお仕えしてきた。

当主と嫡男が、お嬢さまを王子妃にするべく走り回っているので、領地の経営も金銭管理も任されている。ここのところ…もうすぐ王子妃が正式に発表になる日が近づいたので、お二人の金遣いが荒い。おおよそ…同意を得るために諸侯に金をばらまいているのだろう。まあ…本当にこの家から王子妃が出たら経済効果は計り知れないものになるだろうが…。金をばらまくだけで済めばいいが…もう一方の婚約者候補のクロエ様に良からぬことを画策しているようだ。

あのクロエ様に手を出そうものなら…お家取りつぶし、最低でも廃嫡。そんなことがなぜわからないのか…理解できない。

この国のパワーバランスを考えると、兄上を廃嫡してお嬢さまが女公爵になられる可能性の方が高い。

…だから、お二人の悪だくみは止めていない。

もちろん、万が一お家が取りつぶしになった場合、お嬢さまを連れて家を出て、養うほどの力も金も貯めた。

「ひと段落したら、二人で温泉にでも行きましょうね?」

「お…温泉?ふ、ふ、二人で?」

「お嬢様も十分に傷つきました。温泉にゆっくり入ってその傷を癒しましょう。私とでは…お嫌ですか?」

あたふたしながら、顔が真っ赤なローザリンデ。この可愛さに誰も気が付かなくてよかった。

この子が早めに王子の婚約者候補になって…変な虫が付かなくて本当に良かった。

こつこつ資金を投資して、ひと財産作る時間もあった。

いざとなったら、隣国にでもこの子を連れて逃げようと思っていた。お人形さんではなくて…ローザリンデとして生きていけるように。

隣に座る彼女の手を取って懇願し…ローザリンデの春先のような優しい青の瞳をじっと見つめる。

「よ…よろしくお願いしますっ」

あ…もうすぐにでも連れ去りたい。

そう思いながら、ザシャは上目遣いに彼女の手に口づける。

春風が柳の枝を優しく揺らしている。