軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

神居古潭の魔物を殲滅しよう! 2

エスタの上に乗って意のままに素早く移動出来るのがよほど嬉しいのだろう。

ウキウキと葉を揺らし魔物を捜索するレアの後ろで、火蓮はキルラビット2体を抱えていた。

彼女の胸中はいま、不安に押しつぶされそうだった。

それは魔物に対する不安ではない。

既にエスタレアが2体ほど、キルラビットを制圧している。

まさに瞬殺だった。

だから魔物に襲われ怪我をする、といった不安は一切ない。

火蓮が不安に思っているのは、他の冒険家だ。

スタート地点でエスタレアの姿を見た冒険家は良い。

きっと、晴輝がテイムした魔物だと、色々と察してくれる。

問題は、その姿を見なかった人達だ。

(なんでこう、空星さんはいつも……)

とんでもないことをしでかす晴輝に、火蓮は胸の内で恨み節を呟いた。

晴輝の予想外の行動は、いまに始まったことではない。

エスタの上にレアを縛り付けるなど序の口である。

百歩譲って、そこまでは火蓮も笑顔で許せるレベルだ。

(他の冒険家は首を横に振るだろうが)

しかし、レアとエスタを冒険家の急襲から守るために晴輝が考えついた案。

それが、最悪だった。

(なんで空星さんは、あんなに悍ましい位置に装着するんですかね!)

晴輝がレアとエスタを守るために装着したのは、仮面だ。

存在感を薄くする、“中でも強い”とマサツグお墨付きの能面だ。

能面は角度によっては怒ったり、泣いたり、笑ったりしてるように見え方が変化する。

それ単体でも薄気味悪い白い能面を、レアが大切に抱えているのだ。

エスタレアの姿は遠目からだと、能面が顎の下から生やした無数の足で地面を駆け回っているように見えてしまう。

しかも、その能面の能力により、若干影が薄いときた。

正直、やり過ぎである。

火蓮が頭を抱えているのは、晴輝もレアもエスタも、誰一人一切悪気がということだ。

悪気がないので、非常に突っ込み難い。

もしスタート地点でエスタレアの姿を見なかった冒険家が、ばったり森の中でその姿を見てしまったら……。

(心に傷を負わなければ良いんだけど)

それとはまた別に、火蓮はさらなる不安に苛まれていた。

このままでは自分も『空星晴輝と恐怖の仲間達』の一員になってしまうかもしれないのだ!

それだけは、なんとしてでも回避せねばなるまい……。

火蓮は危機感を募らせながら、エスタレアを追う。

そのとき、

「グァァァ!!」

森の茂みから、突如熊が現れた。

魔物ではない。自然に生息するヒグマだった。

ヒグマが火蓮の目の前で立ち上がり、両手を挙げて威嚇する。

突然の襲来だというのに、火蓮は一切驚かなかった。

それもそのはずで、彼女は先ほどから熊が近づいてきていることを探知で気づいていた。

よほど腹を空かせているのか。

人間の物音や匂いに敏感な自然のヒグマが、まっすぐ近づいてくるとは思わなかった。

ヒグマは鼻をヒクヒクさせ、鋭い眼光で火蓮を睨み付ける。

その視線が時々、キルラビットに向かう。どうやらお目当ては火蓮ではなく、手元のキルラビットだったようだ。

「はぁ……」

火蓮はキルラビットを下ろして杖を構えた。

どこに耳目があるかわからない場所で、魔法を使うことはできない。

前を行くエスタレアはちらり火蓮に目を向けた。

しかしプイっと視線を逸らし、ずんずん前へ進んでいってしまう。

助けるつもりはないようだ。

だが火蓮は焦らない。怯えない。

力を込めて、杖を掲げた。

次の瞬間。

ヒグマが鋭い爪を、火蓮めがけて振り下ろす。

火蓮はヒグマの攻撃を横へと躱す。

ヒグマの横を抜ける間際に、火蓮は杖を振るう。

威嚇の一撃。

カウンター。

(この攻撃で、逃げてくれればいいんだけど)

そう思い振るった杖が、

――ッパァァァン!!

ヒグマの頭を、文字通り粉砕した。

「はぁぁ!?」

想像さえしなかった結果に、火蓮は呆然とした。

呆然とするなか、頭を失ったヒグマが倒れ込んで地面を軽く揺らした。

火蓮はその腕力でヒグマの頭部を破壊したわけではない。そもそも、火蓮は全力で杖を振るっていないし、腕力もそこまで高くない。

頭を粉砕するほどの攻撃力の原因は、杖に込めた力だ。

火蓮は手にした杖に、魔法に用いる気力を込めていた。

それがヒグマの頭部に接触した時、音もなく爆発したのだ。

爆発範囲が狭かったからか、威力は凄まじかった。

同じ力を込めても、通常の魔法ではここまでの威力には達しない。

この攻撃は、晴輝の入れ知恵だ。

杖に気力を込めた状態で魔物を叩けば、多少攻撃の威力があがるのではないか?

作戦スタート前。魔法が使えず不安がる火蓮に、晴輝がそう告げた。

確かに試す価値はある、と火蓮は思った。

故に、こうして試してみたのだが、効果は想像以上である。

「もっと手加減しないと……」

無属性魔法1発分の魔力を込めたが、それではヒグマに対して過剰だったようだ。

次回、このようなことがあれば、もう少し慎重に力を込めるとしよう。

「――さて」

火蓮はキルラビット2匹を抱え、ヒグマを見下ろした。その時、

「おっめでとーございまーす!」

「ひゃう!?」

火蓮の背後から、突然少女が現われた。

暢気な声に驚いた火蓮だったが、すぐに異様さに気がつく。

(この人の気配、全然気づけなかった……)

熊の接近に気づけた火蓮が、この少女の接近には気づけなかったのだ。

相手は、掃討の手練れだと、火蓮は直感する。

「あ、ごめんごめん。全然驚かせるつもりはなかったんだー。ボクはドラ猫だよー!」

「え、……あっ! エアリアルの!」

「そうそうー。んで、この熊さん、実は特別ポイントが貰える獲物でしたー! パチパチー! これをスタート地点まで持った帰れば、いっぱいポイントが貰えるよー」

「え、あ、そうなんですね……。けど、どうして魔物じゃなくて熊なんですか?」

「この熊。たまたま魔物を倒して、血の味を覚えちゃったんだ」

理由を口にしたドラ猫の口調に、火蓮は背筋を凍らせた。

何故かはわからないが、彼女の声色に底知れない何かが感じられたのだ。

「したっけー、ボクはこれでー! あ、きちんとスタート地点まで熊を持っていかないとぉ、ポイントにならないからねー!」

したっけー、とまた口にして、ドラ猫はぴょんぴょんと飛び跳ねながら森の中に消えていった。

「……」

一体なんだったんだ。

火蓮は目を白黒させた。

ドラ猫は、まるで嵐のような人物だった。

ひとまず、火蓮は熊を倒して大量ポイントをゲットしたらしい。

もちろんスタート地点まで持ち帰れば、の話であるが。

熊を運ぶことは可能だ。しかし熊を運ぶと手が塞がってしまう。

どうしようかと火蓮は首を傾げ、

「……うーん。ま、いっか」

考えるのをやめた。

エスタレアが可動していれば、荷物持ちに徹しても問題あるまい。

そう判断し、火蓮はヒグマの足を掴んで、ずるずると引きずって運ぶのだった。

とある弓使いの冒険家2人は、森の中に身を潜めていた。

彼らは森と一体化しながら、魔物の存在に神経を尖らせる。

森と一体化することで、不自然な存在の魔物を発見しやすくなるのだ。

魔物を素早く発見し、近接戦に入るまえに魔物を仕留めるのが彼らのスタイルだった。

索敵能力の高いその彼らは現在、息を殺して震えていた。

彼らがそうしているのは、1体の魔物を見たから。

蠢く焔色の足に、白い能面が付いた植物。

能面の目や口からは、繁茂した植物が飛び出し、ウネウネと獲物を探すように蠢いていた。

能面はまるで植物に取り込まれた人間のようだ。角度によっては笑っているように見えるから、なおさら恐ろしい。

謎の生命体は、彼らの前に突然姿を現した。

彼らが得意とする索敵の網をかいくぐったのだ。

これほど近づかれるまで気づけないなど、彼らが冒険家になってから初めての経験だった。

それだけで、彼らはどれほど相手が強い魔物かを理解した。

その魔物は、おそらく彼らの存在にも気づいていた。

気づいて、魔物は彼らを無視したのだ!

戦えばどうなるか……。

おそらく、1秒も持たずにこちらが絶命するに違いない。

そう思わせるだけの威圧感が、かの魔物にはあった。

故に、彼らは震えながら息を潜めていた。

「あれに、心当たりは?」

「………………ある」

謎の生命体を、片方の男は見たことがあった。

狩りが始まる前に、スタート地点にいた仮面の男。

存在感が希薄で戦闘スタイルが暗殺であろう仮面の男は、現在唯一魔物をテイムしたと密かに噂されるようになった冒険家である。

「その男、普段はテイムした魔物を体に寄生させてるらしい」

「き、寄生ッ!?」

「今日は、別行動だったみたいだな。……いや、分体扱いなのかもしれん」

テイムした魔物を体に取り込む開眼能力。

そしてそれらを、解き放つ能力。

そんな奇怪な力がダンジョンで得られても、不思議ではない。

彼らは冒険家だ。

未知を求めてダンジョンに潜っている。

その彼らの目の前に、謎がある。

冒険家としての血が、仮面の男の能力を探れと強く告げている。

仮面の男の能力が判明すれば、自分達のダンジョン攻略が捗るかもしれない。

そう考えている彼らの探知範囲に、一人の女性が入り込んだ。

それは、どこかおっとりしていて、運動が苦手そうな見た目の少女だった。

ここに居るから冒険家ではあるのだろう。しかし、彼らには彼女がとても強そうな冒険家には見えなかった。

「あの娘。たしか仮面チームのメンバーじゃ?」

「まじか。あんな娘が仮面の……生贄か?」

「誰が捧げたんだよ……」

平和的な雰囲気を持つ少女の登場に、彼らの緊張感が幾分和らいだ。

そのとき、

「あっ――」

突如、茂みから現れたヒグマに、少女が襲われた。

やばい。

助けないと!

彼らが弓を構えて矢をつがえる。

その間に、

ヒグマが少女にツメを振るった。

避けろ!!

彼らの口から言葉が飛び出すその前に、

少女が振るった棒がヒグマに接触。

――ッパァァァン!!

少女が振るったただの棒が、ヒグマの頭を破裂した。

「ふぁ!?」

「ぬぁ?!」

彼らの驚愕が、意味のないただの音として口から漏れた。

少女の攻撃は、とても洗練されているとは言いがたいものだった。

にもかかわらず、彼女が手にした棒がヒグマの頭を粉砕した。

通常攻撃がへたれ攻撃で、手加減攻撃なのに高威力攻撃な女の子……。

それは彼らの想像を、予想を、遥かに超える尋常ならざる結果だった。

「もっと手加減しないと……」

遠くから聞こえてきた少女の声に、彼らは危うく失神しそうになった。

“もっと”って何!?

まさか今の攻撃ですら、手加減したの?

それでヒグマがオーバーキル!?

ますます混乱に拍車が掛かる。

もはや混乱の糸は解けそうにない。

そんな彼らを余所に少女はたった1本の手で、重量百キログラムは下らないヒグマを軽々と引きずっていった。

その姿を見て、男達は互いに頷き合った。

謎の生命体。

仮面の男の能力。

それに、異常な火力を誇る少女。

一体彼らがどうやってその力を手にしたのか? 気になりはする。

しかし、この藪を好奇心のままに突けば、現れるのは蛇ではない。

――地獄だ。

いくら気になっても、普通の人間が手を伸ばしてはいけない世界が、この世には存在しているのだ……。

謎の生命体。

それと少女の戦闘を目撃した男2名は、日が暮れるまで震えながら森と一体化し続けたのだった。

「うう……穢された……わたくし、穢されてしまったわ……」

「はぁ……」

先ほどから耳に聞こえるチェプの泣き声に、晴輝はうんざりしてため息を吐き出した。

彼女が汚されたと口にしているのは、もちろん晴輝が襲いかかったからではない。

カムイ岩に赴かねばならないという彼女の意を汲んだ結果である。

チェプは現在、晴輝の鞄に詰め込まれている。

本来なら抱えて移動したかったのだが、「殿方と接触」がどうの、「やらしい目で」どうの、とにかく鬱陶しいったらないのだ。

かといって彼女の歩く速度に任せては、日が暮れてもカムイ岩には到着しない。

無理矢理鞄に詰め込んだところ、チェプが中に入っていたキルラビットの死体を踏みつけ、現在に至る。

正確には『穢れた』ではなく、『 汚(よご) れた』が正しい。

チェプが汚れるからといって、キルラビットの死体を捨てるような晴輝ではない。

これは、晴輝が目立つために必須なのだ!

なにがどうなろうと、たとえ命が掛かっていても、晴輝は死ぬ瞬間まで、キルラビットのそれを手放すつもりはなかった。

チェプの要件をさっさと終わらせて、討伐ポイント稼ぎに勤しまねば!

背中にチェプを詰め込んだ晴輝は、走りながら探知を拡大。

移動中でも、抜かりなく魔物を探す。

冒険家は魔物を倒す職業だ。

決して魔物の意思を尊重する者ではない。

いくらチェプが日本語を話せたところで、彼女は魔物である。本来晴輝が取るべき行動は会話や手伝いではなく、討伐であるべきである。

しかし、晴輝はチェプを討伐しなかった。

それは彼女に同情したからではない。

ある種の勘が働いたからだ。

特別な鮭にカムイ岩。

この2つの存在だけで、晴輝は好奇心が強くかき立てられた。

未知を求める冒険家は、好奇心の塊だ。

己の好奇心一つで、未知の領域に足を踏み入れる。

好奇心を満たすためだけに、命を賭けるのだ。

冒険家である晴輝は、抱いた好奇心を満たすために行動を起こしていた。

とはいえ、あくまで晴輝の勘は現時点で、勘違いである確率のほうが高い。

しかしそれでも晴輝は、己の好奇心の衝動に従った。

何かが起こるかもしれない。

その期待感だけで、晴輝の体は満たされる。

なるべく素早く前進したかったが、足場が悪すぎて速度が上がらない。

目の前の木々が行く手を遮っているし、地面から木の根が盛り上がっている。

もっと速度を上げたいのに上げられない。

じれったくて、もどかしい。

こういうときは、どう移動するのが一番良いか……。

考える晴輝の脳裡に、とある移動方法が舞い降りた。

「……試してみるか」

晴輝は一度深呼吸をして、近くの木に手をかけた。

「よし、いくぞ!」

「い、一体何をするん――」

晴輝が木の幹に足をかけた。

瞬間、晴輝は足の裏に、めいっぱい力を込め、跳躍。

「でぇすぅのぉぉぉ!!」

チェプの悲鳴が、神居古潭の森の中に切なく響き渡る。

晴輝の体が空を切る。

轟轟と音を立てて、風が耳を横切っていく。

あっという間に、晴輝の体は目標の幹へと到達する。

幹に手がかかるとすぐに幹を蹴り、次の幹へ。

(いけるっ!)

晴輝はにやりと笑みを浮かべた。

まるで忍者のように、晴輝は木から木へと飛び移りながら、カムイ岩に向けて最速で移動した。

背後で轟くチェプの悲鳴を無視しながら……。