軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

神居古潭の魔物を殲滅しよう! 1

「したっけ、みんな気をつけてな。――スタート!!」

カゲミツのかけ声と共に、参加した冒険家が一斉に神居古潭へと足を踏み入れた。

神居古潭は『 神の居る場所(カムイ・コタン) 』。

河川が大地を浸食して生まれた渓谷に足を踏み入れれば、多くの者はその名に納得するだろう。

確かにここには、神様がいるかもしれないと……。

そんな静謐と神秘に包まれた渓谷を、晴輝は全力で駆けだした。

風の抵抗を引き裂いて、前へ前へと突き進む。

――体が軽い!

晴輝は自らの体がとても軽くなったように感じられた。まるでいままで手足に付けていた錘を外したかのような変化だった。

これが鹿の稀少種を倒してレベルアップした晴輝の、本来の肉体性能か。

カムイの湯に浸かったことで、うまくバランスが取れるようになったのだろう。

以前に感じたような体の痛みはまったく感じない。

とはいえ、これだけで全快とは断じられない。

だが少なくとも、快方に向かっているのは確かだ。

これで、なんの憂いもなくダンジョンに潜れる。

また、冒険が出来る!!

「は……ははっ!!」

無意識に、晴輝の口から笑いが漏れた。

胸が熱い。

その熱を放出するように、晴輝は全力で、神居古潭の森の中に駆けていった。

森の中を走る晴輝はダンジョン探索中と同じように、全力で探知を拡大した。

風が踊り、木々の葉が揺れ、木漏れ日が地面で動く。

小さな動物、昆虫。

森の、息づかい。

すべてが渾然一体となって、晴輝の脳を揺さぶった。

「……っく!」

ダンジョンの中では簡単だった探知の拡大が、地上ではかなり負荷が掛かる。

ダンジョンに比べて、地上は生命反応が多すぎた。

それでも、晴輝は奥歯を食いしばりながら探知の拡大を続ける。

多くの生命の営みが轟音となって脳に響く。

その轟音に混じる、ノイズ。

僅かな違和感を察知。

ニヤ、と晴輝は口角を曲げる。

即座に、晴輝は地面を全力で蹴った。

草が膝丈を超えている。

足場が悪い。

木の幹を蹴って跳躍、着地。

晴輝の視線の先。

10メートルの位置に、ウサギの魔物を発見。

――キルラビット!

即座に短剣を抜き、縮地。

キルラビットに気付かれる前に、

晴輝は素早く命を刈り取った。

「よしっ、一匹目!」

晴輝は小さくガッツポーズを取った。

倒した魔物は旧神居古潭駅舎に運び込んで、初めてポイントが加算される。

1匹ずつ運ぶか、一気に倒して運ぶかは冒険家の判断に委ねられている。

1匹ずつ持ち帰れば移動距離が増え、逆に魔物を大量に抱えるとその重量により移動速度が低下する。

どちらを選ぶにしても、一長一短だ。

ちなみに、マジックバッグの使用は禁止だ。

というのも、マジックバックは所持している者が少ないからだ。持っているだけでアドバンテージが生まれてしまう。

晴輝は倒した1匹を鞄の中に放り込む。

この程度なら、移動速度の低下は無視出来る。

1度辺りを見回し、現在位置を確かめる。

現在晴輝は渓谷の下まで降りてきていた。

目の前には川があり、巨大生物のようにのっそりと日本海に向かって流れている。

川の一部から、薄ら湯気が上がっている。

『神居古潭』ダンジョンから湧き出た温泉の一部が、川に流れ込んでいるのだ。

「さて、どうしよう?」

ここから1度登り直すか。

はたまた下を探索するか。

考えを巡らせていた晴輝の感覚に、ノイズ。

同時に川の水面が、弾けた。

即応、退避。

晴輝は地面を転がった。

その晴輝の目の前を、バインバインと跳ねる銀色の物体が通過した。

これは……。

体を起こし、飛来した物体をじっくり観察した晴輝は、

「――シャケだぁぁぁ!!」

歓喜に打ち震えた。

現れた魔物は、鮭だ。

鮭の魔物だった。

体長30センチほどの鮭で、魔物だからか手足が生えている。

手足はすらっとして細く色白で、とても綺麗だ。

ここだけを切り取れば、誰もこれが鮭や魔物だとは思わないだろう。

川面から飛び出しピチピチ跳ねる鮭に、

晴輝は瞳に炎を宿しながら近づく。

スチャッと解体用のナイフを抜いたその時、

「お、お待ちください!」

「喋ったッ!?」

ということは、亜人か。

晴輝は僅かに警戒のレベルが上がる。

ピチピチと跳ねていた鮭は、ようやく地に足を付けた。

地面を踏み、プルプルと震えつつも、その丸い瞳を晴輝にまっすぐ向けている。

「わたくしは一番シャケの姫。チェプと申します。人魚族で、精霊ですわ!」

「…………あー、ちょっと待って」

突っ込みどころが多すぎる。

……さて、まずどこから突っ込もうか。

晴輝は頭痛を抑えるようにこめかみを強く押した。

第一に、姫を名乗ることが赦されている川魚は鱒だ。

決して、コイツではない。

一番シャケで姫という言葉も、意味が行方不明だ。

人魚というより魚人だし、精霊発言がダメ押しで意味の行方を眩ませている。

そしてなによりこの自称人魚。

息を吸い込む度に、胸が動いている。

肺呼吸だ。

エラで息をしていない。

それはさておき、

「……シャケか」

晴輝は難しい顔をしながら、ゆっくり鮭に近づいていく。

ホイル焼き、石狩汁、フライ、ちゃんちゃん焼き……。

そして『姫』ということは――イクラもあるぞ!

「……じゅる」

「ひぃぃ! ケダモノぉぉぉ!」

晴輝が近づくと、鮭がギョっとした。

プルプル震えながら、細腕で体を抱きしめる。

まるでパンツ一丁の男に迫られる乙女のようだ。

「わわ、わたくしはここで、欲望のままにあんなことやこんなことをされて、汚されてしまうんですのねぇぇぇ!」

「するか!」

鮭萌えとか、特殊すぎる。

漁師には、鮭を見て悶える人もいるかもしれない。

だが決して、性的な意味ではない。

というか、そろそろ突っ込みどころを増やすのはやめてもらいたい。

晴輝の頭痛が酷くなる。

「いいでしょう。アナタがケダモノのような目でわたくしを見るのも、わたくしの溢れんばかりの魅力がイケナイんですわ。この体をめちゃくちゃにしたいなら、差し上げます!」

「いや、要らないって……」

「しかしッ!! あなたの毒牙にかかるまえに、わたくしはどうしてもやらねばならないことがあるんです!」

「いやだから……ん?」

脳内で、一体どんな未来を想像しているのか。

涙を浮かべたチェプの言葉に、晴輝は首を傾げた。

「やらなきゃいけないこと?」

「はい。わたくしは一番シャケの姫ですから、どうしても、カムイ岩に赴かねばならないのです」

カムイ岩。

その言葉を聞いて、晴輝は頭上を見上げた。

神居古潭の川の、大きな膨らみから上った先にある岩山が、俗に『カムイ岩』と呼ばれている。

(あんなところになにが……)

チェプは日本語が喋れる鮭とはいえ、魔物である。

魔物がわざわざカムイ岩に行かねばいけない理由がわからない。

ただ、晴輝は冒険家として、第二次スタンピードの後始末をしに来ている。

つまり、魔物は倒すべし。

「捌くか」

「らめぇぇぇ!!」

晴輝が解体用ナイフを手に取ると、チェプはまるで乱暴される女性のように体を抱いて後ずさる。

「せめて、せめてカムイ岩に行くまでは……」

オヨヨとチェプがしなを作る。

その姿を見て、晴輝は大きくため息を吐き出しナイフを鞘に収めた。

完全にやる気が失せた。

捌いても、食べる気にはなれない。

おまけに1秒ごとに、存在感アップへの道が遠のいていくのだ!

こんな魚に構っている暇はない。

さっさと移動して、カゲミツのブログに乗るよう魔物を倒さねば……。

「ちらっ」

「……」

「っ! オヨヨ」

ビキッと晴輝のこめかみに青筋が浮かんだ。

魚の癖に泣き真似とは。

やっぱり捌くか。

晴輝の殺意に気づいたチェプが、プルプルと体を震わせる。

それを無視し、晴輝はチェプを鷲づかみにした。

同時刻。

中層で活動する冒険家の二人が、森の中を勢いよく進んで行く。

彼らにとって、ランカーのブログで名前が紹介されるということは並大抵のことではない。

上手くいけば企業の目にとまり、一菱や川前、番磨といった大企業とのお付き合いが始まるかもしれないのだ!

実入りは少ないが、気合が入らないわけがなかった。

「おい、なにか物音がするぞ!」

「了解!」

一人は大剣を抜き、もう一人は弓を構えた。

じっ、と息を潜めると、途端に静寂が二人を包み込んだ。

神居古潭は大自然の中にある。

完璧な静寂は、都会育ちの二人の鼓膜に痛みをもたらすほどだった。

「…………?」

やがて、男たちは気づく。

いくら大自然だとはいえ、完璧な静寂はおかしいと。

通常、森の中には様々な生物が存在している。

その音が、息吹が、聞こえない。

(何故だ?)

依頼のスタート地点にいるときは五月蠅いほどだった蝉の声さえ聞こえないのは不自然だ。

じわ、と男たちの背中に冷たい汗が噴き出した。

なにかが、おかしい。

自らの直感が異変を察知したとき、

どこからかカサ……カサ……と、草を踏む小さな音が聞こえてきた。

魔物か?

二人は表情を引き締める。

その音は、徐々に速度を増していく。

カサ……カサ……。

カサ、カサ、カサ、カサ。

カサカサカサカサカサカサ!!

「~~~~~~~」

弓を持つ男は耐えきれず、矢を番えて立ち上がった。

そこで、男は固まった。

まるで魂が抜け落ちたかのように。

長いダンジョン生活で日焼けしていない白い顔が、みるみる青くなっていく。

「……ど、どうした」

大剣の男は声をかけて、立ち上がる。

しかし、反応がない。

「おい。おい!」

肩を力一杯揺さぶると、ようやく弓の男が反応を示した。

つがえた矢を落とし、パクパクと喘ぐように口を動かしながら、震える指先を前に向けた。

まさか魔物にびびったのか?

弓の男の異変に内心ビクつきながらも、大剣の男は己を鼓舞して振り返る。

正面に魔物がいれば即座にたたき切ってやる!

その覚悟が、血の気とともに途端に消散した。

地を這う無数の足。

ゆらゆらと不自然に動く植物。

その中心部に浮かび上がった、白い顔。

能面のようなそれが『ギ・ギ・ギ』こちらを向いた。

――見ィツケタ。

「「――ぎゃぁぁぁぁぁ!!」」

叫び声を上げ、男たちは全力で走った。

全力で、スタート地点に向かって森の中を駆け抜けた。

ダメだ。

アレは、ダメな奴だ。

絶対に戦ってはいけない。

そう、本能が強く警告していた。

「出るのは上層の魔物って話じゃなかったのかよぉぉぉ!!」

「アレはヤバイ、アレはヤバイ、アレはヤバイ!!」

下層か、深層か。

なんて魔物が森の中を闊歩してやがるんだ!

男たちは必死の形相でスタート地点に舞い戻り、即座に待機していたランカーのカゲミツに陳情を行った。

だが、残念ながらカゲミツは男たちの話を真実だと取り合ってはくれなかった。

「本当に、見た目がやばかったんですから!」

「アレは絶対下層か深層の極悪な魔物です!」

「……だったらお前らは何で生きてんだ?」

カゲミツの問いに、はて? と男たちは首を傾げた。

もしあれが下層や深層の魔物であれば、背中を見せた瞬間に殺されていたはずだ。

何故、自分たちは生き残ったのだろう?

その疑問に、答えられる人は誰もいなかった。