軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ

――空気という冒険家を知っていますか?

「空気? いや、知らないな。新人冒険家か?」

「誰だよそれ。木っ端冒険家なんていちいちチェックしてねーよ」

「オレがなろうでチェックしてんのはランカーだけだ。ランカー以外は知らん」

…………

札幌のダンジョン『チカホ』に通う冒険家に尋ねても、空気という名の冒険家の名前を知る者はいない。

情報は冒険家の生命線だ。

情報量の僅かな違いが、生死を分ける場面もある。

故に冒険家はダンジョンで生き残るために、インターネットサイト『冒険家になろう!』であらゆる情報を収集している。

その冒険家たちが知らないということは、空気という名の冒険家はさしたる実力を持たない、取るに足らぬ者だと推測出来る。

だがしかし、空気の名は一部冒険家――それも日本で最も実力のあるトップランカーたちの間で、まことしやかに囁かれている名だった。

トップランカーが知っているのだ。

なにかとてつもない実力者である可能性がある。

そう考え尋ね方を変えると、冒険家達は一斉に口を揃えた。

――北海道でいま、もっとも無視出来ない冒険家は誰ですか?

「ああ、そりゃ仮面さんだな」

「仮面さんのことだろ?」

「ばけも……いや、仮面さんだなあ」

「仮面さん……尊い」

皆は笑顔を浮かべ、あるいはコートのポケットに手を入れて意味ありげに曇天を見上げながら、『仮面』なる冒険家の名を挙げた。

仮面さん。

その名は少し前に掲示板で囁かれ始めた、北海道の冒険家の名前だ。

曰く――、

宙に浮かび、首から羽が生えており、蠢く植物を背負っている。

身体は鱗で出来ていて、背中に白い顔があり、腰に触手がある。

腹部に多足虫が寄生していて、分神体が出せる。

仮面は光る。空を飛ぶ。

最近では石化した足が観測されたとか。

どれを取っても人間らしからぬ特徴だ。

この特徴は、ネット空間特有の誇張表現ではないか。そういう意見は随所に見られる。

だが、仮面さんは実在している。

かの勇者マサツグが、戦姫時雨が、存在感のカゲミツが、仮面さんの名を知っていた。

しかしながら、一般冒険家の誰もが仮面さんなる者の素顔を知らない。

トップランカーでさえ、だ。

仮面の向こう側にはどのような顔があるのか。

人間なのか、あるいは化物なのか……。

……いや、たとえ化物であろうともこれだけは言える。

仮面さんは、人類の味方――希望であると。

おかしい。

空星晴輝は首を捻る。

晴輝らはこれまでに、勇者マサツグが持っていた下層最短到達記録を塗り替えた。

上級冒険家になったことで、多少なりともブログのアクセス数がアップした。

なんと、恒常的に5人もブログを見てくれるようになったのだ!

多い日など10人も晴輝のブログに足を運んでくれる!!

冒険家を始めた当初では考えられない状況である。

これは存在感がアップしたのでは? そう晴輝は鼻孔を膨らませる。

しかし……しかしだ。

「俺の存在感はアップしただろ?」との問いに、誰一人として頷いてくれないのは何故なのか……。

数値は上がっている。

だが皆は揃って口を噤み、晴輝から視線を逸らすのだった。

小刻みに肩を振るわせながら……。

晴輝は不思議に思う。

だが、誰もが素直に納得してくれないのなら、どう足掻いても首肯するくらいの存在感を身につければ良いだけだ。

そう考えるようにして、晴輝は健気に前を向く。

そうしなければ、視界が滲んでしまうから……。

ゴーレム戦のあと、晴輝と火蓮は共に19階でレベリングを行った。

ゴーレムを相手に苦戦したことで、まだ20階を行くには早いと判断したためだ。

また、晴輝の防具がめちゃくちゃに壊れてしまったのも理由の一つである。

新たな防具が届くまでに、なんと1ヶ月もの時間を要した。

それほどまでに時間がかかったのは、晴輝の新たな防具には、新たな素材を用いたからである。

「この防具は、アンタが旭川で手に入れた魔物の素材を使ってるわ。もう、マテリアル部の人達が涙を流して喜んでたわよ。加工しにくいって」

「それは喜んでたんじゃなく、普通に泣いてたんじゃないか?」

晴輝の新しい防具は、暗黒騎士の鎧を元に作った胸当てだった。

真っ黒い見た目に継ぎ目のない装甲。

左隅には“壹”のロゴが入っている。

なんとこの防具。一菱のハイエンドとして制作されたのだった。

それにあわせ、朱音はハイエンドで最も安い他の防具も揃えてくれていた。

火蓮の胸当てにローブ、二人の手足防具だ。

(鞄も用意してもらったが、こちらはハイエンドが存在しないため“壱”シリーズだった)

すべての防具を新調した晴輝は、初めて『車庫のダンジョン』20階に向かう。

ここからは、ほんの一握りの冒険家しか到達出来ないダンジョンの深部――下層である。

きっと下層にいけば、とてつもなく強力な魔物が次々と現われるだろう。

これまでにない素材やお宝も、手に入るに違いない。

ならば――ッ!

晴輝が追い求めて止まない、存在感だって、

きっとダンジョンの奥底に眠っているはずだ。

だから晴輝は期待に胸を膨らませる。

晴輝と火蓮は、緊張した面持ちで20階への階段を下り始めた。

晴輝の背中ではレアが、振動に合せて葉を揺らす。

腹部ではエスタが触角を動かし、ミミズの在処を探していた。

首の羽根輪の中ではマァトが、くちばしだけを外に出して丸まっている。

「ぬふふ……下層にはわたくしにピッタリの宝石が見つかるかもしれませんわね!」

火蓮のポケットの中ではチェプが、戯れ言を呟き笑っていた。

階段を下りきると、そこはこれまでとは全く違うフロアが広がっていた。

「……神殿っぽい作りだな」

「わぁ……すごい」

そこはまるで、首都圏外郭放水路のような巨大な空間が広がっていた。

壁や床や天井は、すべて石造りで、所々巨大な柱がそびえ立っている。

どこかから、キィッ! と猿の鳴き声のような音が聞こえてきた。

壁に床に天井に、何度も反響した音は、まるで魔物の大軍がそこかしこに潜んでいるかのようでゾッとさせられる。

鳴き声の主の姿は見当たらない。

音は聞こえるが、反響しすぎて居場所がわからないのだ。

下層の巨大空間を前にして、晴輝の背筋がゾクゾクッと震えた。

いいね。

実に良い。

仮面の下。晴輝は口元をつり上げて、魔剣をスラッと引き抜いた。

「火蓮!」

「はい!」

――さあ、冒険をしよう!

晴輝と火蓮は互いに一度深呼吸をし、新しい冒険へと向かっていった。