軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お肉の味で癒してあげよう!

翌日。

晴輝はミノタウロスの肉を木寅さんにお裾分けし、残ったものを朱音の店にすべて卸した。

肉の値段はかなり安かったが、欲を張って腐らせては、頂いた命に失礼である。

肉はこれからも好きなときに、好きな分だけ手に入れられる。

すべて売り払っても問題はない。

さらにこれは、朱音からの依頼でもあった。

美味しい食材を独り占めにしていると、地元住民の目が厳しくなっていく。

『あいつばっかり良い思いをしやがって!』

『ずるい!』

『あんなに良い思いが出来てるのは、悪いことをしてるからに違いない!』

もちろん、晴輝は一切悪いことなどしていない。だが、回りはそうは思ってくれないものである。

無用な軋轢を防ぐために、朱音が肉を買い取り、奉仕価格で町に卸す。

これは冒険家業が地元の理解を得るために、必要な『依頼』であった。

売買を終えると、火蓮を伴い18階に向かう。

ミノタウロスを倒しながら、晴輝は動きの確認を行った。

マサツグの動きは、やはり難しかった。

だが晴輝は慌てない。

晴輝はいまでも時雨の動きを完璧にマスター出来ていないのだ。

同格、あるいはそれ以上のマサツグの動きを、時雨より早く習得出来るはずがない。

じっくり、焦らず、間違えず。

時間をかけて正確に模倣していけば良い。

晴輝らはマッピングをしながら、じっくり18階の探索を続けた。

1週間が経過した頃、晴輝らは18階のボスの居場所にたどり着いた。

男は、ブレイバーのリーダー・マサツグより指示され、仮面の監視を行っていた。

仮面はマサツグと練習試合を行った人物だ。

マサツグが北海道の田舎くんだりまで出向き、自ら練習試合を申し入れるなど希有な出来事である。

それだけで、マサツグが仮面をどれほど重要視しているかが伺い知れる。

マサツグと戦った仮面を見て、男は首を傾げた。

マサツグが特別な対応をするほどの者だろうか? と。

しかしその評価は、すぐに変わった。

戦っているあいだに、仮面の練度が急激に上昇していったのだ。

その速度に、男は息を飲んだ。

(これほどまで、人は成長するものだろうか?)

(あれは本当に――)

人間か?

まるで砂漠に水を注ぐように、仮面はマサツグの戦闘をみるみる吸収していった。

練習試合が終了する頃には、仮面への評価は180度変化し。

(――ナッ!?)

仮面がその本体であろう仮面を外した瞬間に、評価が常識の天井を吹き飛ばした。

(消えただとッ!!)

そんなこともあって、男は現在、仮面の家を監視していた。

もしあの男がその力を、ダンジョン攻略以外に用いるような人物であれば、人類のために命を賭して止めなければいけない。

それが『ブレイバー』に与えられた使命……。

仮面があの隠密力を生かして戦えば、まさに、命がけの戦闘になるに違いない。

マサツグが出張ってくるまで、男の力のみで留められるかどうか。

そのような未来が来ないことを、男は切に願ってやまなかった。

「……しかし、仮面男が出てこないな」

マサツグとの練習試合が終わってから、男はずっと仮面の家の前に張り付いていた。

男には仮面ほどではないにせよ、開眼能力である隠密スキルがあった。

彼の隠密を見抜けるのは、本気になったマサツグだけである。

その力を用いて、誰にも見つからぬよう、男は仮面を監視していた。

だが、家に入って以来、仮面は姿を現わしていない。

彼のチームメンバーには動きはある。

彼の家の前で、一菱の店員も混じってバーベキューを始めていた。

他人の家の前で一体なにをやっているのか。

仮面に怒られないのだろうか?

疑問に思うが、バーベキューが終わるまで、仮面男は姿を現わさなかった。

仮面を監視して1週間。

「……マサツグさんになんて報告しようか」

あれ以来、男はいまだ仮面を見つけられていない。

ここ1週間。晴輝は毎朝、男の目の前で反復横跳びを行うのが日課になっていた。

いつか気付かれるだろうと毎日行っているが、いまだに気付かれた様子はない。

毎朝行い、毎朝心が折れている。

心が折れているのに続けているのは、ほとんど意地である。

ここで辞めたら、なにか負けた気がするのだ。

だから気付かれるまで続けてやろう! と思ったのだが、そろそろ男が体力の限界を迎えそうだ。

それもそのはず。

男はかれこれ1週間以上、この場所から動いていないのだ。

髭も伸び放題だし、衣服は黒ずんでしまっている。

それに、極度の疲労が表情に表れていた。

唯一男が気遣っているのは臭いだ。

酷く汚れた風貌なのに、彼からはほとんど臭いがしなかった。

ダンジョン素材で作られた消臭液を振りかけているのだ。

一体なにが彼をそうさせているのか、晴輝にはわからない。

だが男の姿を見ていると、昔印刷会社で働いていた頃の自分の姿とダブって、晴輝は目頭が熱くなる。

「……可哀想に。なにがあるのかは知らないけど、あんまり無理はするなよ」

晴輝はミノタウロスの肉を焼き、食べやすいようにカットして男の横に置いた。

この肉で、多少なりとも男の疲労が癒えることを願って……。

突然香ってきた食欲をそそる匂いに、男は訝しげに眉根を寄せた。

この匂いは焼き肉のものである。

「こんな朝っぱらから、一体どこの誰が……。うらやま――けしからん」

男は極端に疲弊していた。

かれこれ1週間以上も監視していたのである。

疲れぬはずがなかった。

だが、マサツグに命じられた手前、なんの成果も上げずに帰ることが出来なかった。

そこに来て、焼き肉の匂いだ。

ここ1週間まともな食事を取っていない男は、匂いに胃袋を激しく刺激された。

食べたいが、どうせ食べられない。

そんな思いが、男をどうしようもなく苛立たせた。

「くそっ! 肉が喰いてぇ!!」

たまらず、男は地面に拳を叩きつけた。

その横に、

「……え?」

いつの間にか、肉が盛り付けられた皿があった。

肉は今し方焼かれたばかりなのだろう。白い湯気を上げていた。

「……一体、いつ」

まったくわからない。

もしかしたら、幻覚なのでは?

そう思い、男は皿に手を伸ばす。

「うおッ!!」

肉に触れた途端に、その熱が手に伝わった。

さして高い温度ではなかったが、男は驚き手を引っ込め、半ば反射的に指先を口にくわえた。

「……ッ!」

その瞬間、男は我を忘れた。

我を忘れて皿に手を伸ばし、作法もへったくれもなく肉を手で口に運んだ。

「……うめぇ……うめぇよぉ」

男は、泣きながら肉を食べた。

それは北海道に配属されてから、初めて口にする牛肉だった。

懐かしい味。

脂の甘みとうま味が口の中に広がる。

わさびや辛子を付けているわけではないのに、鼻の奥がツンとした。

同時に、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。

「うめぇ……えぐっ……うめぇ……うぐっ」

男はあっという間に、皿に盛り付けられた肉を完食した。

完食してからも男は、しばらく涙を流し続けた。

ドロドロになった頬を涙が通り、幾重もの筋を描いた。

疲弊した心と体に、肉の味は染みすぎた。

涙が止まった男は、すっきりした表情になって立ち上がった。

「……帰ろう」

気がつくと、1週間以上同じ場所に居た男の姿が消えていた。

晴輝は男のいた場所に駆け寄り、辺りを見回す。

だが、姿が見当たらない。

どうやら、衰弱して倒れたわけではなさそうだ。

そのことに、晴輝はほっと安堵の息を吐いた。

とはいえ、自らの存在感を見せつける前に、毎日の日課が無くなってしまったのは残念でならない。

もし次、彼がここに戻ってきたらその時こそは――ッ!

そう、晴輝は決意を新たにした。

火蓮が合流して、18階を目指す。

今日はいよいよ、18階のボスに挑む。

ミノタウロスを倒しながら進み、いよいよボスのいる場所までやってきた。

そこは他のステージと同じように、森の開けた場所だった。

開けた場所に、一際黒く、大きな個体が座っていた。

それが、18階のボスだ。

晴輝らは武具の最終チェックを行う。

ここを超えれば19階。

上級冒険家に王手がかかる。

それを考えると、晴輝の気分はいやが上にも高まっていく。

晴輝は一度深呼吸をして、体に気を循環させた。

胸の奥を意識して、集中力を高めていく。

集中力を、集約する。

キィィンと耳鳴りがするほど、晴輝の感覚が研ぎ澄まされていく。

「……行こう」

「はいっ!」

晴輝は短剣を抜いて前へ。

茂みから姿を現わした途端に、ボスが構えた。

自然体なのに、隙がない。

いいね。

実に良い。

これからの激しい戦いを想像すると、背筋がゾクゾクっと震える。

だが晴輝は、ニッと笑みを浮かべた。

簡単に突破出来ては面白くない。

難しいは、面白いのだ。

晴輝は軽く足を踏み出し、一気に加速。

1秒、2秒。

急接近する晴輝に、ボスは反応しない。

3秒経って、やっとボスが反応。

けれど晴輝は、既に短剣を振っていた。

晴輝がボスの体を切り裂くその前に、

――ィィィイン!!

ボスが晴輝の攻撃を防いだ。

武器を上げるだけの防御。

単純だが、最短であり、最善。

ニヤッ、と晴輝はますます笑顔を深くした。

続けざまに、逆の手にある魔剣を切り払う。

攻撃するは指の先。

仮面を光らせ、指を払う。

しかし、この攻撃もあっさり防がれた。

それでも晴輝は焦らなかった。

晴輝の狙いは、指じゃない。

指にボスの意識を向けることだった。

「――ッシ!」

「ブオォォォ!?」

ボスの声に困惑が混ざった。

それもそのはず。

晴輝がボスの死角から、側頭部を蹴り抜いたから。

仮面の光と攻撃でボスの視線を誘導し、相手の呼吸を読んだ上で、一気に仮面から気力を抜く。

さらに軽く隠密を用いて、晴輝は一気にボスの死角に入り込んだ。

それは、この一週間のあいだに練習を重ねた戦法の一つである。

見えるものに気を囚われすぎていたのだろう。ボスは晴輝の攻撃に反応さえしなかった。

側頭部を蹴り抜かれたボスは、大きく体勢を崩した。

そこに、

――ッタァァン!!

――ダダダダダ!!

火蓮とレアのダブルアタック。

集中砲火を受けて、ボスが地面に膝を突いた。

二人が攻撃を仕掛けているあいだに、晴輝は集中力を高めながらボスの背後へ移動。

ジッとボスの背中を凝視して、弱点看破の光を探す。

ふっと灯った光。

背中を袈裟斬りにするラインに、薄ら光が浮かび上がった。

光の出現と同時に、晴輝は動いた。

魔剣に気を込めながら、弱点看破のラインをなぞる。

「ッシィ!!」

「ブォォォ!!」

――ィィィン!!

辺りに、金属が衝突する甲高い音が響いた。

接触と同時にパチンと火花が飛び散った。

晴輝の攻撃は、大斧の柄に遮られた。

寸前のところで、ボスが防いだのだ。

(殺気に反応したのかな? ……素晴らしい)

今の防衛行動に、晴輝は舌を巻いた。

苛烈な攻撃を受けてもボスは冷静さを保ち、致命的なものを優先して対処した。

なかなか、一筋縄ではいかない相手である。

晴輝は気を引き締め、再びボスに斬り掛かっていった。

弱点看破の光をなぞり、晴輝がボスの首を落としたのは、戦いが始まってから30分が経過した頃だった。

ボスは最後の最後まで、なかなか致命的な隙を見せなかった。

ガードが非常に硬く、無理にこじ開けようとするとボスが反撃に打ってでてくる。

相手の攻撃の波に決して飲まれず、致命的な攻撃のみを避け、反撃の機会を窺い続ける。その戦いぶりは、非常に勉強になるものだった。

ボスが死亡すると、晴輝はレベルアップ酔いを感じた。

それと同時に、ダンジョン内が明滅する。

「……ふぅ。お疲れ様」

「お疲れ様でした。ミノタウロスのボスは、強かったですね」

「うん。体力もそうだけど、心も強かったな」

晴輝がヘイトを稼ぐあいだに、火蓮とレアがボスをボコボコにした。

それでもボスの瞳から闘争心の光は失われなかった。

心を保持し続けることは、並大抵のことではない。

冒険家になる前の晴輝は、肘を角にぶつけただけで意気消沈したものである。

心とは、その程度の痛みであっさり折れる。

攻撃され続けてなお、心を折らずに維持するのは、非常に難しいことなのだ。

明滅が終わると、ボスが地面に沈んでいった場所に2つのアイテムが現われた。