軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ 未来に向けた別れ

夕暮れの朝市に、市民への配給を終えた自衛団が集合していた。

榎本は集合した自衛団の顔ぶれを、心に刻みつけるように眺める。

「皆、ご苦労だった」

これまでダンジョンからの食材が出回らなかったため、函館市民はかなり困窮してしまっていた。

その市民に対して、討伐で得た食材を用いた『ゴッコ汁』を提供出来たことは、自衛団にとってなによりも気持ちの良いものだった。

自衛団は命を賭ける職業だ。

皆、故郷のため郷土のためを思い、集結し、加入した。

そのメンバーらが、ひもじさに喘ぐ市民に対して食を提供出来たのだ。これを気持ち良いと思わぬ者はいないだろう。

ゴッコ汁を食べて会話の弾む夫婦に、笑顔ではしゃぐ子供。中には涙を流しながら食べている者もいた。

その者達の姿を見て、榎本は目頭が熱くなってしまった。

故郷を守る。

その実感がこうして、目の前の光景により得られているのだから。

実感はなにより人間のやる気を満たしてくれる。

今回の食事提供で、自衛団の中にはまた頑張ろうと思えた者も多いだろう。

しかし榎本に、『次』はもうない。

吉岡団長は前々より多少鼻持ちならない人物であった。

それでも彼は、間違いなく市民のために動いていた。

今回のように常軌を逸したことはなかったが……。

(おそらく、あれが彼の本性だったのだろう)

今回の一件は榎本にとって、決して許容出来ぬものだった。

自衛団は、市民を後回しにして自分達のプライドを優先するなど、絶対にあってはならないのだ。

今回は、仮面さんが助けてくれたからよかった。

だが仮面さんが居なければ、市民を後回しにした上で、部下を見殺しにしなければいけないところだったのだ。

これ以上、彼の下では働けない。

決断は、早かった。

「すまんな、みんな……」

榎本は、ぽつりと呟いた。

この後、別れの言葉を継げようと思っていた。

自分は今日まででここの自衛団を辞めると。

だが、榎本の言葉は続かなかった。

続けられなかった。

いままで散々思い出しても、なんとも思わなかった記憶たち。

それがいざ、別れを口にしようとすると、途端に熱を帯びて一気に頭の中を駆け巡り始めた。

記憶からすっかり失われていたはずの、手触りや感情や、痛みや音までも。

全てが明確に蘇り、榎本は喉の奥から言葉をひねり出すことが出来なかった。

榎本の雰囲気で何を言わんとしているかを察したのだろう。

自衛団達は眉尻を下げながら、「団長」と口々に呟く。

なにかを堪えるように。

けれど堪えきれず、何人かはぐずぐずと鼻を鳴らしている。

「…………すまん」

辛うじて榎本が口にした謝罪は、自らの行為に対するものだった。

榎本にとって別れは、共に頑張ってきた彼らを見捨てることのように思えた。

己の感情を抑え込んで踏ん張れば、彼らを裏切らずに済む。

もっと自分が強ければ、見捨てずに済む。

けれどダメだった。

榎本は、もうこれ以上頑張れない。

そう、見切りを付けてしまった。

だから、謝った。

このような判断をする隊長で、済まないと。

決意したはずなのに、胸に表れた感情が固めた決意を揺るがしていく。

だが、最後まで決意は崩れ落ちなかった。

「どこにでも行っちまえよ!」

「だべ! 隊長がいなくてもオレら、上手くやれるべさ」

「なんならもう一回、同じダンジョン主を倒しても良いっすよ!」

「今のオレらは調子が良いからなー」

「函館山のダンジョン主くらいなら、屁でもないっす」

「オレら、もう中級冒険家くらい強いべしな!」

さっさと出て行けと、団員達は榎本を追い出そうとした。

だがその実、彼らは榎本に一切心配を掛けないようにしていることは、誰の目から見ても明らかだった。

自分達の心配はするな。

ここまで引っ張り上げてきてくれただけでも、あなたには十分感謝している。

団員達はこれまで榎本が、吉岡団長と度々意見を戦わせていたことを知っていた。

部下をかばおうとして叱責されたことも、今回の特攻で最も心を痛めていたことも、知っている。

そして討伐が終了して、彼が吉岡に首宣言されたことも……。

死地への特攻命令を受けるも最善の指揮を行い、仮面さんの参戦という運にも恵まれて死者ゼロで帰還出来た。

しかし良い結果を出したにも拘わらず、彼は団長に首を告げられたのだ。

さぞ屈辱的だったに違いない。

どれほど腸が煮えくりかえっていたことか……。

しかしそれをおくびにも出さなかった。

そんな彼の離脱を、責める者などどこにもいなかった。

榎本は一度全員を見回し、腹に力を込めて口を開いた。

「……雨、雷、土砂崩れ、洪水、地震、ダンジョン。これからも、様々な災害が函館市と、近隣の町を襲うだろう。だがここに自衛団が居る限り、それらによって市民の安全が脅かされることは決してない。なぜならばこの自衛団は、俺の誇りだからだ!

市民を愛し、郷土を愛し、同じ志の下に集った。共に訓練し、共に死地に向かい、共に死を乗り越えた。かけがえのない仲間だからだ。

そんな奴らに、俺が今更贈る言葉はない。だが一つだけ。これだけは伝えよう――」

胸を張って声高に。

榎本は敬礼をし、足を鳴らした。

「――函館市に、自衛団に、栄光あれ!!」

自衛団員全員が、一斉に敬礼する。

ザッ! と足を鳴らす音が、夕焼け色に染まる朝市に響き渡った。

夕焼け空の下で一斉に敬礼した団員の姿は、さぞ美しかろう。

だが榎本は、団員達の姿を眺めていなかった。

ただ空を見て、手の震えを堪えるので精一杯だった。

意識を取り戻したヴァンは、真っ先に自らの失態を思い返して青ざめた。

一体自分はなんだってあんなことを……!!

同じ冒険家に対して刃を向けるなど――それも、北海道トップチームのメンバーが行ったなど、決してあってはならない事態である。

世が世なら、ヴァンは刀で自らの腹を掻き切っていたに違いない。

ヴァンは手元にある大剣を力一杯握りしめる。

現時点でヴァンはまだ、エアリアルに在籍している。

この状態で切腹しては、エアリアル全員に迷惑をかけてしまう。

口の中で、そう何度も繰り返してヴァンは自殺の衝動を乗り切った。

(四釜らが最低の冒険家だったとは、もう俺の口からは言えないな……)

ホテルに戻っても、ヴァンは誰とも話さなかった。

普段より無口ではあったが、今はことさら無口であった。

もし一言でも口を開けば、得体の知れない感情が次々と吐き出されてしまいそうで。

それを見たメンバーがどう思うか……。

軽蔑されるのではないかと思うと、ヴァンはますます口を硬くした。

結局誰とも会話をしないまま、ヴァンはベッドに潜り込んだ。

ドロドロとした感情をそのままにして。

翌日に目を覚ますと、ヴァンの心は多少の整理が付いていた。

ドロドロとした、粘性の高い感情はあらかたが消えていた。

「そんじゃ、札幌に戻るべ」

「……ちょっと待ってくれ。その前に一つ良いか」

カゲミツが号令を掛けたとき、ヴァンはあの件以降初めて口を開いた。

あまり喋らないヴァンが口を開いた、というだけではない緊張感が、メンバーの表情に表れていた。

北海道ナンバーワンのチームという肩書は伊達じゃない。

彼らの鋭敏すぎる感覚が、これからヴァンが告げる言葉を察知してしまったのだろう。

「カゲミツさん。悪いが、俺はエアリアルを抜ける」

ベッキーとドラ猫が、僅かに息を呑んだ。

いつも重たいヨシの瞼が、一際大きく開かれた。

カゲミツは少しだけ目を開いて、腕を組んだ。

「理由は、教えてくれるんだろ?」

「今のままじゃ、俺は役立たずだ」

「そんなことないよ。だってヴァンは前衛として――」

「ヨシ。頼む、いまは黙っててくれ」

カゲミツが奥歯を噛むように言った。

珍しいことに、彼の体から殺気が漏れている。

そのような気配を仲間に向けるなど、いままで一度もなかったというのに。

カゲミツの制止は、ヴァンにとって有り難かった。

落ち着いて言葉を選べる状況でないと、口下手な人間は、結局なにも言えなくなってしまうから……。

「ヴァン。ちょっと言葉が足りねえ。もう少し詳しく話してくれ」

「……ああ」

頷いて、ヴァンはゆっくりと語り出す。

エアリアルの中で自分だけが開眼能力を持っていないこと。

それでも身体能力でカバーしてきたつもりであること。

だが今回の一件で、自分がまったく役立たずになっていたこと。

その上で、攻撃力という点において火蓮という少女に抜かれてしまったと思ったこと。

特殊なスキルが無く、身体能力も中級冒険家上がりに負けている。

そんな現状のまま、エアリアルに在籍し続けることが、エアリアルの足を引っ張ることが、ヴァンは辛抱ならなかった。

さらにその後の一件もある。

ヴァンは火蓮に剣を抜いた。

たとえ錯乱状態であっても、冒険家としてやってはいけないことである。

もちろん、剣を抜いた話は口にしなかった。

――いや、口には出来なかった。

外聞を捨てて自らの弱さを吐露したヴァンだったが、彼の奥底に残った最後のプライドが、自白を許してはくれなかった。

結局、ヴァンはなんの被害も出さなかった。

ならばこれ以上、自分を貶める必要はないではないか、と……。

ヴァンは、これまで抱いてきた思いをエアリアル全員に伝えた。

伝え終わると、皆が一斉にしゃべり出しそうな雰囲気を放った。

だがそれをカゲミツが強い存在感で封じ込めた。

「言いたいことはわかった。ヴァン。

「……はい」

「これまで、苦しい思いをさせて、すまなかった」

カゲミツの言葉で、ヴァンの中にある堰が一気に崩れ落ちた。

ヴァンは目に腕を上げて大声を上げて泣いた。

身長百八十を超える筋骨隆々の大男が子供のように泣くなんて……。そう思うが、涙と声は止まらない。

これまで堪えに堪えてきたからこそ、吹き出す勢いは激しかった。

皆への申し訳なさ。泣いていることへの恥ずかしさ。役立たずの自分への苛立ち。カゲミツの言葉がもたらした安堵。

様々な感情が、ヴァンの胸の中を激しく渦巻いた。

「……まあ、こういうことになった。それはもう、仕方ねぇ。皆、ヴァンを引き留めるような事を言うなよ? 俺達だって悪かったんだ。引き留めたら、またヴァンに苦しい思いをさせちまう」

チーム結成以来、カゲミツは誰よりもチームメンバーを思って行動してきた。

それを、エアリアルで最もカゲミツと付き合いの長いヴァンはよくよく知っている。

その彼の言葉は当然のように、どこまでも仲間を――ヴァンを慮るものだった。

熱い目頭が、益々熱くなっていく。

だがいつまでも泣いている訳にはいかない。

ヴァンは呼吸を整え、力任せに涙を拭った。

「……少し、時間が欲しい」

「ってことだ。皆、理解してくれ。頼む」

ヴァンが頭を下げて、それに追随してカゲミツも下げた。

その二人の言葉に、反対出来る者がエアリアルにはいない。

きっと、反論はある。

だがそれをぐっと読み込んでいる。

彼らはヴァンと同じように、カゲミツが好きだから。

カゲミツが作った、エアリアルが大好きだから……。

カゲミツらと別れたあと、ヴァンは一人函館の地を歩いていた。

左手には海岸線、右手には五稜郭。その中央を、ヴァンはとぼとぼとした足取りで北に向かう。

「……さて」

どうすれば強くなるか?

それに関しての見当はまったく付いていない。

だが、どこへ向かうか?

それだけは、決まっていた。

向かう先は、仮面男が活動する『車庫のダンジョン』があるK町だ。

『車庫のダンジョン』は未だに入場者の少ないダンジョンである。

そこならば、『ちかほ』のように他人の目を気にせず、じっくり修行に専念出来るだろう。

大きな問題があるとするならば……。

「……K町って、どこだ?」

ヴァンはK町の所在が、判らなかった。