軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪意の萌芽に立ち向かおう

武具販売店で空気のチームと別れてから、エアリアルらは海鮮品がほとんど並ばなくなった函館朝市の、とある食道の一角に居た。

そこはかつて生きたイカを、その場で刺身にして食べさせてくれる食道として有名だった場所だ。

しかし現在イカ漁が行えないため、活イカの刺身は食べられなくなってしまった。

新たな主力商品はダンジョン主丼という、名前を見てもイマイチ中身が想像出来ず、逆に危機感をかき立てられる名称の食べ物である。

一体どのような丼物なのかは気になるが、ダンジョン主が稀少種に変わった影響だろう、メニュ表に『売り切れ』の紙が貼られていて確認出来ない。

カゲミツらは『松前漬け』をアテにしながら、じゃがいも焼酎『喜多里』に舌鼓を打つ。

これは依頼達成の打ち上げだ。いつもはもう少し派手にやるのだが、今回エアリアルはほとんど活躍していない。

今回はこのくらいの規模の打ち上げで十分だとカゲミツは判断をした。

「しかし、空気はやべぇな……」

じゃがいも焼酎で体が温かくなり、舌の回りが良くなってきた頃、カゲミツがぼそっと呟いた。

「ほんとですよ。空気さん達は今年冒険家になったばっかりなんですよね?」

ダンジョンで偵察を行っているため、耳がかなり鍛えられているのだろう。

カゲミツのそれはかなり小さなものだったが、ヨシは完璧に聞き取っていた。

「そうだな」

「僕らが初めて函館ダンジョンの主を倒したのって、結成から2年経ったくらいでしたっけ? いまが8月だから……」

エアリアルと空気らの速度差がいかほどか。

その驚異的な数値に気づいたのだろう。ヨシが続く言葉を呑み込んだ。

しばらく北海道のトップを走り続けてきたエアリアルと同じ位置に、空気らは6倍も速く到達している。

もちろんそれは、函館ダンジョンの主を倒した、当時のエアリアルの記録と比較してだ。

現在はまだ、『ちかほ』27階を探索するエアリアルの方が、記録の面では上を行っている。

しかし果たしてその記録に、どれほどの意味があるだろう?

空気や火蓮個人の力量はもはや、エアリアルと比肩するほどと言って良い。

比肩するものだと、この場にいる誰もが認めているところだ。

空気らがエアリアルを追い越すのも、時間の問題だろう。

――もちろん、それまで何一つ問題が起こらずに冒険出来れば、の話だが。

ダンジョン深部を目指す冒険家は、冒険の継続がなによりも難しいのだ。

「前から考えてたことなんだが……」

カップにつがれた焼酎を一気に飲み干して、カゲミツが胸の内を切り出した。

今回の出来事によって、仮面チームの異常な強さと伸び率は、エアリアルのメンバーの共通認識になった。

カゲミツが見る限り、エアリアルのメンバーで仮面チームの未来が見えていない奴はいない。

ならばタイミングはここだと、カゲミツは空気に語った将来の展望についてメンバーに訊かせた。

北海道トップチームの代替わり。

その話に、メンバーは息を飲み、けれどすぐに空気らの強さを思い出してカゲミツの話に納得したようだった。

反論はなかった。

空気はたった1人でダンジョン主の稀少種討伐に向かい、圧倒的戦力差があった自衛団のすべてを守りながらこれを打ち倒した。

それはまるで、魔法のように思える所業だった。

北海道トップチームを率いるカゲミツをしても、出鱈目と評価せざるを得ない。

さらに後ろについて歩くだけだと思っていた火蓮が、杖を振った途端に旧校舎の壁を数メートルにわたり破壊してしまった。

大した脅威を感じない、何気なく振った杖がだ!

(あの嬢ちゃん、雷魔法が使えるだけじゃなかったのかよ……)

彼女が魔法使いであることを知っているカゲミツの驚愕は、何も知らぬ他のメンバーよりも大きかった。

遠距離職が、近接戦闘でも高威力の攻撃を放てるのだ!

通常は遠距離から攻撃し、懐に潜り込まれても高威力の杖攻撃が待っている。

戦闘において、これほど応用の効く冒険家は他には居まい。

(無論、バランサーは特化型には敵わないが……)

火蓮は、他に類を見ないと評しても間違いではない。

少なくともカゲミツは、彼女ほど応用性の高い人材を他に知らなかった。

仮面チームは空気だけではない。

全員が空気と同じ特殊な才能を持つ人材だったのだ!

空気や火蓮の才を間近で見せられて、反論出来る者など居るはずがなかった。

北海道トップチームの代替わり。

このことに反論はなかったが、メンバーはそれぞれ『じゃあこれまで頑張ってきた自分達は、一体なんだったのだろう?』と呆然としていた。

それも、仕方が無い。

何故ならいままで血反吐を吐くような努力を続けてきたのに、そんなエアリアルを猛烈な速度で仮面チームが追いついてしまっていたのだから。

空気らが4ヶ月で達成出来ることを、エアリアルは2年もかかったのだ。

未だに最高到達階層は負けていないが、今後すぐに追いつかれるだろうことは簡単に予測出来る。

一体自分達は何をしていたのだろう?

これまでの努力は、一体なんだったのだろう?

自分達が必死に走っていても、空気にとっては止まっているのと同じだったのか?

考えれば考えるほどみすぼらしくなっていく。

これまでの努力を、完全に否定された気分だった。

エアリアルの祝賀会が、これほどしんみりしたことはなかった。

皆が水で割らずにストレートで飲むから、カゲミツが1本だけと購入したじゃがいも焼酎が消えるのも、早かった。

本来は甘いはずのじゃがいも焼酎が、今日は、とても苦かった。

祝賀会が終わったあと、ヴァンは一人函館の街を歩いていた。

夜だというのに、海から流れ込む風が生暖かく、黙っていても汗をかく。

少し頭を冷やしたかったが、ちっともすっきりしない。

「……くそっ!」

ヴァンはこれまで努力してきた。死ぬほどの努力した。

エアリアルの誰よりも、間違いなくヴァンは必死だった。

なのにチームで唯一ヴァンだけが、未だに開眼能力を得ていない。

さらにリザードマンにコテンパンにやられたばかり。

だから。

だからこそ――。

いまのままではダメだ。もっと努力をしなければと奮起して、ヴァンはかつて無いほどの修練に明け暮れていた。

もし同じ状況になったとしても、次こそはエアリアルを自分の力で助けられるようにと。

しかし現在、そのチャンスが目の前で潰えようとしていた。

実際に潰えるかどうかはさておき、ヴァンにとって、チャンスが潰えるように感じられた。

頑張って努力をしても、それを生かす機会が失われてしまうと……。

ヴァンが取り戻したかったのは、プライドだ。

それを取り戻すためには、北海道トップチームの肩書が必要不可欠だった。

なのにカゲミツは、その肩書を自ら返上しようとしている。

何故、何故、何故……。

「…………いや、まさかそんな」

ヴァンは頭を振って空を見上げた。

そんなはずはないと打ち消したつもりが、浮かんだ考えはどんどん強さを増していく。

(まさかカゲミツさんが、俺の汚名を返上する機会を奪おうとしている?)

疑問が明確な言葉となって、脳裡に形成された。

その瞬間。

――ズル。

直接的に、壊滅的に、

ヴァンの何かが、歪む音が聞こえた。

フツフツと、ヴァンの中から黒い感情がわき上がってくる。

それは止めようとすればするほど、ヴァンの心に絡みつき、躯をみるみる蝕んでいく。

本来その感情が発芽した場合、食い止めるのではなく逃げなければいけなかった。

後ろを振り返らず、脱兎の如く逃げ出さなければいけなかった。

だがヴァンは、立ち向かってしまった。

エアリアルへの自らの思いを、どこまでも信じていたから。

どこからか、『ピヨッ』という音が聞こえた。

それがヴァンには、まるで黒板を爪でひっかくような音のように聞こえた。

『ピヨッピヨッ!』

(……不快だ)

この音を出している奴は誰だ?

今すぐに止めなければ。

止めて、叩き潰さねば……。

ヴァンは自らの大剣の束に手を伸ばし、その音源に向けて進んでいく。

ピヨピヨと微かに聞こえてくる先にはお店があった。

ビレッジヴァンガード系の、冒険家専用道具を販売している道具屋だ。

ヴァンはまるでダンジョンで魔物を見つけた時のような足取りで、ゆっくりと道具屋に近づいていく。

しばしのあいだ、不愉快な音が消えた。

十秒、二十秒経っても音が鳴らない。

「……一体何やってんだ」

ヴァンは我に返ったように大剣から手を離す。

自分はあの音を聞いて、どうしてここまで苛立ってしまったのだろう。

疲れているのだろうか。ヴァンは力無く首を振った。

その時、

――ズルッ。

「――ッ!」

小さな紙袋を胸に抱いた少女が、満面の笑みを浮かべて道具屋から出てきた。

その姿を見た瞬間。

ヴァンの理性の 箍(たが) が、ぐらぐら緩んだ。

箍を緩めたのは感情。

己でも理解し得ないほどの激しい嫉妬が、ヴァンの胸に渦巻いていた。

瞬間的に大剣の手を当てて、ヴァンは束を力一杯握り込む。

少女が紙袋の中からアイテムを取りだして、押し込んだ。

その瞬間、

『ピヨッ』

不愉快な音が、少女の手の中で鳴り響いた。

――ズルッ。

――ズズズ。

胸中渦巻く激しい嫉妬が、一気に全身を駆け巡る。

ビリビリと痺れ、ヴァンの感覚を欠如させていく。

ヴァンは混濁し始めた頭を動かし考える。

『4月に冒険家になったばかりの少女は、確かに強かった。だからといって、負けられない』

その思いと、

『自分はエアリアルで唯一開眼能力が無いが、メンバーに力を認めて貰いたい』

その思いが混ざり合い、ヴァンは一つの答えにたどり着く。

『あの強い少女を倒せば、俺の力を認めて貰える』

普段のヴァンならばあり得ない理論の誤謬。

しかし、彼の思考のまともな部分は、既に機能不全に陥っていた。

(そうだ。こいつを『殺せ』ば良いんだ!)

「ハは、ハハハハハ!!」

既に理屈と理論と、屁理屈と感情論の見分けがつかなくなっていたヴァンは、予め用意されていた答えを――。

(アイツを殺す。殺ス)

止まらず、考えず、疑問を抱かず、

あたかも『真理』であるかのように崇め、信じ、受け入れた。

(コロス、ス、ススス、ススススススススス!!)

ヴァンの頭が赤と黒の悪意で塗りつぶされた。

思考が消える。

理性が消える。

残った感情が食われ、新たな欲望に変化した。

「ウガァァァ――」

咆哮を上げてヴァンは、己の大剣を抜き放った。

瞬間。

――ズブッ。

「――ァア?」

なんの前触れもなくヴァンの脳内が激しく揺さぶられた。

ヴァンは地面に倒れ込み、そのまま意識を失った。