軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

函館まで走って向かおう!

「……カゲミツ、なんで言い返さなかった!?」

自衛団本部を出ると、ついにヴァンが暴発した。

カゲミツよりもがっちりした体格の彼が全身で怒りを露わにする。その怒気に、自衛団本部の入り口に控えた自衛団員が慌てふためいた。

カゲミツは自衛団に「すまんな」と苦笑して、真顔になる。

「あそこで怒鳴っても良くならんべさ」

「けどあいつ、一刻も早く事態を解決して市民を救おうって気概が一切ないだろ! 自衛団のくせに、自分のメンツが大事なんだぞ!? そんな奴を放っといていいのかよ!?」

ヴァンはカゲミツと共にエアリアルを結成した初期メンバーの一人だが、彼の冒険家活動歴は決して順風満帆ではなかった。

第一次スタンピードにより市民が大量に犠牲になる中を生き延びたヴァンは、初期冒険家の多くに共通する克己心を強く宿していた。

彼はダンジョンに潜って魔物を倒し、ただひたすら自己強化に明け暮れた。

自分が強くなればより多くの人を、魔物の脅威から救うことが出来ると。

しかし、彼は思うように強くなれなかった。

壁にぶち当たり、ぶち当たっては弱い自分に怒りを覚えた。その怒りをバネにしてダンジョンに挑み、無謀なレベリングの果てに、何度も死にそうになった。

――それでも、強くなれなかった。

彼が頭角を現したのは、エアリアルが立ち上がってから。

その時点で冒険家になって2年。他の冒険家からはかなり出遅れてしまっていた。

だが持ち前の克己心をバネにして、彼は北海道トップチームの名に恥じぬ冒険家に成長した。

ヴァンが克己心を持ち続けられたのは、第一次スタンピードの惨劇を目の当たりにしたから。

もう誰も犠牲になってほしくないからこそ、ヴァンは冒険家として研鑽を続けてきたのだ。

これまでそんなヴァンにとって、吉岡の発言は決して許せないものだった。

そんなヴァンの努力と苦悩を、最も間近で目にしているカゲミツは、彼の内心がどれほど煮えたぎっているかが理解出来た。

普段は言葉少ないヴァンが、こうも言葉を重ねているのだ。

カゲミツは彼の怒りの程度を理解出来ないはずがなかった。

だがそれでもカゲミツは、あの場でのヴァンの暴発だけは避けたかった。

「なあヴァン。会議室で周りをよく見てみたか?」

「……いや」

「他の奴ら、なまら申し訳なさそうにしてたぜ?」

彼らが申し訳なく思っていたのは、上司の吉岡に対してではない。

函館を救いに来たエアリアルを、吉岡が拒絶したことに対してだ。

自衛団は魔物の討伐に比重が偏っているが、他にも土砂崩れや河川増水への対処、寸断されたインフラの復旧など、住民が生きる上で必要な様々な業務を行っている。

にも拘わらず給与は低い。ある意味名誉職のようなものだ。

給与が欲しければ他の仕事をすれば良いし、魔物を倒したければ冒険家になれば良い。

他を選ばず自衛団に所属している人達に、地元愛がない奴はいない。

もし愛着がないなら、自衛団を選ぶ理由など無いのだ。

「吉岡以外の奴らは、俺達の力を頼って早く稀少種を討伐したいと思ってたはずだ。そこで吉岡の挑発に乗ってこっちが怒鳴り散らしたらどうだ。

助けて欲しいと思ってるけど上司が許可してくれない。なのに怒鳴られた――って、他の自衛団員の戦意を挫いちまうべ」

「……ああ。そう、だな」

船頭が道を間違えたとき、割を食うのはいつだって平社員だ。

あのときヴァンが怒鳴っていたら、その怒りが直撃するのは吉岡ではなく他団員だった。

あるいはカゲミツらが吉岡を言い負かしたら、吉岡は他団員に当たり散らしていたかもしれない。

「……それじゃあ、どうするんだ?」

「なんかあってもすぐ対処出来るようにはしとくが――」

カゲミツは八幡坂を見下ろした。

その向こうに広がる海の、さらに向こうを眺めるように、目をぎゅっと細める。

「とりあえず、空気が来るまで大人しくしとくべ」

「……」

空気、という言葉を聞いてヴァンの眉間に僅かに皺が寄った。

『ちかほ』の10階に現れたリザードマンと戦って以降、カゲミツはやけに中級冒険家の空気を気に掛けていた。

空気がいたおかげで、『ちかほ』のモンパレを壊滅させられたのは事実だ。

その点にヴァンは一切の疑問を抱いていない。

さらにはその戦いでエアリアルの誰一人欠けることなく生還出来たのは、空気のおかげとさえ思っている。

だが果たして、カゲミツほどの人物がこうも気に掛けるなにかが、空気にあるだろうか? とも思ってしまう。

この感情は、嫉妬だ。

死ぬほど努力して強くなった自分を差し置いて、カゲミツの目が空気に釘付けになっていることが、ヴァンはイマイチ面白く無かった。

(一体カゲミツさんは、空気になにを期待してんだ?)

手を高く上げて伸びをするカゲミツの後ろ姿を見ながら、ヴァンは首を傾げた。

仲間のためなら簡単に命を投げだそうとするカゲミツのことだ。

函館まで死にそうになりながら移動してきた仲間が、報われない結末を許すはずがない。

ただ、その結末に対して空気――ただの中級冒険家がどういう役割を果たすかは、ヴァンにはまるで想像が付かなかった。

ヴァンが頭を悩ませる張本人のカゲミツはといえば、道すがら目に入った 幟(のぼり) に、驚いた表情で二度見していた。

幟には『北海道大沼国定公園・牛乳ソフトクリーム』の文字。

「おいヴァン、ソフトクリームが売ってるぞ!!」

「ん……あ、ああ……そうだな」

「よっしゃ食べるべ!」

「…………はぁ」

久々の甘味に目を輝かせたカゲミツの勢いに、ヴァンは軽くため息を吐き出したのだった。

この男の考えはまるで掴めない、と……。

迅速に準備を終えた晴輝らは、車ではなく足で函館に向かった。

というのも、函館までの道のりは第一次スタンピード以降荒廃が進んで、車では通行出来ない場所があるからだ。

途中までは移動出来る。ただ、そこから徒歩となると車が野ざらしになってしまう。

風雨に晒されるのは仕方がない。それより晴輝は防犯面が心配だった。

函館で仕事を終えて戻ってきたら、車から様々なパーツが抜き取られている、なんてことになっていたら泣いても泣ききれない。

なので晴輝は車ではなく、自らの足で約350キロの道のりを走破することにした。

踏破ではなく、走破。

函館までは走って移動する。

レベルアップして肉体性能が上がった今ならば、容易に走破出来るはずだ。

走るのは晴輝と火蓮。それとエスタだ。

レアは歩けるが走れないので、晴輝の鞄に収まって優雅に風に揺られている。

マァトは晴輝ではなくエスタの背中に留まっている。晴輝よりエスタの背中の方が振動が少なくて留まり心地が良いらしい。

チェプは――。

「うぷぷ……ぉ……ぇ」

振動で酔ったようだ。火蓮のポケットの中で嘔吐いている。

そんなチェプを、火蓮はげんなりしながら腕輪に押し込んでいた。

乗り物酔いで弱ったチェプであれば、抵抗されずに腕輪に押し込めるらしい。

晴輝はいまだに、底上げされた肉体性能と認識が100%一致していない。

なので長距離走でその不一致を少しでも解消しようと考えた。

晴輝はかつて学生時代に、陸上部に所属していた。

長距離走の選手だった。

長い距離を走り抜くためには、自らの体を効率的に動かさねばならない。

そのため晴輝は体の動きを最適化し、エネルギィの効率を飛躍させ続けた。

ただひたすらに走っていた晴輝は、いつしか様々なスポーツに即応出来るようになっていた。

それは、練習によって体の効率的な動かし方を熟知したためだ。

走ることで自らの肉体性能を理解出来るようになる。

それは晴輝が陸上部の活動で得た、実感を伴った教訓だった。

さらに長距離走ることで、スタミナスキルが上昇するかもしれないという打算もあった。

「んー。結構楽勝だな……」

走ってみると、晴輝は自らの体力に思いのほか余裕があることに気がついた。

対して火蓮はというと、

「はぁ……はぁ……」

呼吸が大きく乱れている。

現在の晴輝のスタミナスキルレベルは3。火蓮は2だ。

その差か。あるいは長距離走の経験の違いかもしれない。

この状態から更に速度を上げると火蓮が付いてこられなくなる。

なので晴輝は等速を維持したまま、様々な動きにチャレンジしてみた。

まずは跳躍。

体のバネの性能がどれほど上昇しているか。

そこから更に効率化したら、どこまで上昇するか。

それを確かめるために、晴輝はポンポンと飛び跳ねる。

速度を変えないよう飛び跳ねるには、かなり精密な肉体コントロール力が必要だった。

ビヨンと飛び上がると、体が軽々持ち上がる。

放物線を描いて着地。衝撃を足腰で吸収する。

安定して飛ぶための力加減や、着地時の衝撃の殺し方など。

少し考えるだけで、改善出来る部分がいくつも見つかった。

特にユニークな発見は、飛び上がる際に手の位置を僅かに変えると、空中で体が自然と回転することだった。

「なるほど……」

体操選手が空中に飛び上がった時、手を様々な角度で固定するのは、その位置に固定することで、体に自然な回転が加わるからだ。

この力の作用がなにかに使えないものか……。

新たな発見に目を輝かせながら、ピョンピョン飛翔する晴輝の横で、火蓮が顔を引きつらせた。

(空星さんなんで突然飛び始めたんですか!? 3階くらいの高さまで飛んでるように見えるんですけど!!)

何故晴輝が突然、走りながら高く飛び始めたのかまったく理解出来なかった。

その移動方法が楽なのか? と一瞬考え、頭を振る。

どう考えても、ハイジャンプしながらの移動が楽なはずがない。

(なら……趣味?)

趣味でジャガイモやゲジゲジの生育を行うような男である。

ジャンプしながらの移動も、趣味である可能性が火蓮には捨てきれなかった。

晴輝はジャンプに続いて、気力の解析を行う。

武器に気力を込められたが、防具に込められるかはまだ挑戦していない。

試しに晴輝は仮面に気力を込めてみた。

仮面は驚くほどスムーズに晴輝の気力を受け入れた。

その時、

「ぶふっ!!」

併走していた火蓮が呼吸を乱し、突然地面に倒れ込んだ。

「ど、どうした火蓮!?」

「ひぃ……ひぃ……はうぅ……」

火蓮は真っ赤な顔をして呼吸困難に陥っている。

よほど呼吸が辛いのか、彼女は横っ腹を抑えながら目に涙を溜めていた。

どうすれば良いかわからず、晴輝はオロオロとする。

「おなか……いたい……」

火蓮はお腹が痛かった。

お腹が痛い原因は、長距離走の影響ではない。

火蓮の隣を併走していた晴輝の仮面が突如発光し、パパパパパッと素早く明滅を始めたからだ。

宙に浮かぶ仮面が点滅しながら、空を飛んで移動する。

そのシュールな光景に耐えきれず、吹き出した。

吹き出したことで呼吸が乱れ、火蓮は呼吸困難になってしまった。

笑いたいが酸素が足りず笑えない。けれど腹筋は痙攣している。

まさに、地獄だった。

(頑張って走っている時に笑わせるなんて、反則です!!)

目に涙を溜めながら、火蓮は必死に呼吸を行うのだった。