軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

気力の訓練を行おう!

「どうした?」

「…………」

尋ねるが、朱音に反応はない。

晴輝がここにいることも忘れて、じっと素材を睨み付けている。

ややあって、朱音がゆっくりと首を振った。

「……無理ね。査定出来ない」

「そうか」

朱音の言葉に、晴輝は「やはり」という思いを胸に抱いた。

旭川ではカゲミツを経由して一菱の店員に“下級神の使い”の魚人を見て貰っていたが、鑑定不能だった。

そのことから、この騎士の残骸ももしかしたら……と晴輝は予測していた。

素材を販売するためには、詳細鑑定を行わなければいけない。

しかし、詳細鑑定は10万円からとかなり高額だ。

紫色になったワーウルフの素材は素材数が多く、元が取れる公算が高いため晴輝は詳細鑑定を行った。

しかし、今回の未鑑定素材は合計2つ。

元が取れなければ、調べて貰う意味がない。

「鑑定しなくても武具に出来るか?」

「んー。出来るといえば出来るけど、中途半端になるわよ。武具製作は、素材を鑑定した上で、その性質を生かすように作るから」

「……そうか」

未鑑定で武具が製作出来るならと思ったが、そう甘くは行かないようだ。

素材は食材と同じ。

命を頂いて得られたものだから、最大限有効活用するべきだ。

そう考えて、晴輝は魚人と騎士の2つの素材を詳細鑑定に回すことにした。

晴輝がプレハブから出て行った後、朱音は目の前に置かれた素材を眺めながら、深いため息を吐き出した。

「ほんと、目を離すととんでもないことをしでかすわよね、アイツは……」

アイツとは晴輝のことだ。

朱音がこっそり旭川まで出張したとき、晴輝はBランクオーバーとおぼしき魚人の魔物を討伐した。

この結果には朱音も、その場に居たカゲミツも驚いた。

晴輝はついこの間まで、Hランクの魔物と戦っていた新人冒険家だった。

その彼が、Bランクオーバーを倒したのだ。

あまりに成長が早すぎる。

この結果に、驚かない者などいない。

にも拘わらず、晴輝はさらに恐るべき魔物の素材を持ち込んだのだ。

「……たぶんだけど、B+はあるわよね」

魔物の素材に残った力の強さから、Bはあり得ない。

少なくともB+クラス。

それほどの禍々しい力が、素材から感じられた。

守りに徹するだけならBランクとも戦える。

そんな朱音でも、B+ランクは相手にしたくない。

階層に換算すれば35から40階相当。

B+とは、それほどの相手である。

この素材を見てから、鳥肌が収まらない。

朱音は自らの腕をさすりながら、思わず苦笑した。

晴輝は、想像を超えた速度で成長している。

そんな彼が贔屓にしている店が、自分のところで本当に良かった……と。

「うふ……」

もしこれほど急成長する冒険家が、口の軽い店員がいる店の常連であったなら。

きっと晴輝は、様々な面倒事に巻き込まれていただろう。

巻き込まれて、そのパフォーマンスを満足に発揮出来ずに潰れていたかもしれない。

あるいは彼ならばそんな状況でも『存在感が強くなったァ!!』とかなんとか悦びそうではあるが……。

さておき、朱音は晴輝の恐るべき成果を、決して他人に公表するつもりはない。

これは朱音にとって最大の切り札なのだ。

誰かに見つかったり、奪われたりするわけにはいかない。

「ふっふっふ……」

晴輝は金の卵を産む鳥だ。

黙っていても、彼は朱音の店に最上級の素材を運び込んで来る。

最上級素材を取得する冒険家と、繋がりのある豪腕店員――夕月朱音。

その名声は今後、日本中に轟くに違いない。

ああ、どうしよう?

益々社内でアタシの株が上がっていく!

これ以上あがったらもう、神よね神!!

「アハーッハッハッハ!! ――っと、こうしちゃいられないわ!」

ここで怠けては晴輝に逃げられてしまう。

彼に愛想を尽かされぬよう、朱音はデキる女であり続けなければいけないのだ!

朱音は涎を拭って、素材を手早く詳細鑑定用の袋に収めていった。

将来手に入れられるだろう、巨大な金の卵の夢を見ながら。

プレハブを出た後、晴輝は自宅に戻らずダンジョンに向かった。

騎士との戦闘で1度だけ使用した気力攻撃。

その復習を、愛するゲジゲジを相手に行っておきたかった。

ダンジョン1階に下りて、魔剣を手に取る。

レベルが上がったせいか、一度使ったからか、前よりも気力はスムーズに魔剣に流れた。

それでも一定以上気力が入るまで、5秒はかかった。

戦闘中では永遠にも等しい時間。

この辺りを改善しなければ戦いには使えない。

「……そういえば、ワーウルフの短剣はどうなんだろう?」

ふと思い立ち、晴輝はワーウルフの短剣を手に取って気力を込める。

しかし――、

「……全然入らないな」

魔剣とは違ってワーウルフの短剣は気力が酷く流し込み難い。

その入り方はむしろ、気力が込められないと評するのが正しいか。

入るには入るが、ザルに水を流すかの如く自然に消散する方が早い。

「やっぱり気力が込めやすい武器とそうでないのがあるんだな」

火蓮が初めて現在の杖を手にしたときの表情の意味が、いまやっと晴輝は理解出来た。

「気力攻撃二刀流が出来ればよかったんだけどなあ」

存在感的な意味で。

しかし、ワーウルフの短剣に気力が入らないなら、二刀流は不可能だ。

いずれはワーウルフの短剣の更新時期がやってくる。より強い武器が持てるようになったら、気力が入る武器を探せば良い。

気力二刀流は一時お預けだ。

晴輝はワーウルフの短剣を鞘に戻して、魔剣で気力攻撃の練習を行った。

「良い感じだな」

攻撃力は通常時よりも上昇している。ただゲジゲジのレベルが晴輝に対して低すぎる。

オーバーキルが過ぎてイマイチ火力の向上が体感出来なかった。

それでも気力を素早く込める練習にはなる。

晴輝は体内の気力を意識し、気力の流れを掴むことだけに集中する。

10度・20度と攻撃するに従って徐々に気力の流れがスムーズになっていく。当初は5秒ほどかかっていた気力のチャージも、現在は2秒ほどまでに縮まった。

この調子で練習し続ければ、すぐに実践に耐えうる練度になるはずだ。

一定のところで練習を区切り、晴輝は魔剣に気力を注ぎ保持をする。

「……この気力、飛ばせないかな?」

魔剣に込めた気力を飛ばす。

それで晴輝が想像したのは剣圧攻撃だ。

冒険家が開眼した能力に、剣圧を飛ばすものがあると言われている。

晴輝はその攻撃がもしかしたら、気力に関係したものではないか? と考えた。

魔物に追い詰められた冒険家の前に、颯爽と現われる仮面で顔を隠した冒険家。

その者が、短剣をひと振り。

すると離れた敵がスッパスッパと斬り倒されていく。

『なんという剣圧ッ!! あ、あなたは一体――!?』

『名乗るほどの者ではありません』

「うおぉぉぉ!!」

妄想に登場した自らの素敵な存在感に触発され発憤。

気合の雄叫びを上げながら、晴輝は短剣を強く握りしめた。

「――ッセイ! ――ッシ!!」

晴輝は気力を込めた状態で、込めた気力を飛ばすイメージで2度3度と魔剣を振るう。

しかしなかなか気力が飛ばない。

「あれぇ? ……イメージのやり方が間違ってるのかな?」

晴輝は己のイメージを、剣圧から水滴に変更。

濡れた手を振るって水滴を飛ばすような感覚で、しなやかに魔剣を振った。

すると、

「――お!」

5回目の素振りで、魔剣の先端から小さな気力が飛翔した。

飛び出したのは晴輝がイメージした、水滴に似た見た目の気力だった。

気力を飛ばすことに成功した晴輝は、ニヘラァと笑いを浮かべた。

(よぉし。これでまた、存在感がアップする未来に一歩近づいたぞ!)

一度掴んだイメージが消えないうちに、晴輝は集中して練習を繰り返す。

何度も繰り返しているうちに、水滴のようだった気力が線状に変化した。

「はぁ……こんなところ、かな」

練習を始めてから何時間が経過したか。

いつもゲジゲジを追い回している時間よりは短いが、晴輝の体にはかなりの疲労が蓄積されていた。

気力の使いすぎだ。

体の芯が重い。

まるで徹夜して仕事を終わらせた直後に、全面改稿の指示を受けた時のようだ。

ここにベッドがあったら、晴輝は素早く潜り込んでいただろう。

魔法を使いすぎると、この気力不足の症状が発生すると火蓮は口にしていた。

(火蓮は常にこの状態で戦っていたのか。それなのに俺は火蓮に魔法をバンバン打たせていたな……)

そう思うと、晴輝は火蓮の頑張りに頭が下がる思いだった。

火蓮と初めてダンジョンに潜った時も感じていたが、晴輝は改めて思う。

彼女の努力は凄まじいものがある、と。

そして彼女その努力を、おくびにも出さない強さがある。

火蓮が同じチームで良かった。

彼女がいるから、晴輝も頑張れる。

彼女に負けないように、恥じないように。

「よしっ!」

晴輝は気合を入れ直し、ゲジゲジの捜索を開始。

探知を拡大して、晴輝は愛しいゲジゲジの気配を探り当てた。

「いくぞっ!!」

疲労感に負けないよう声を上げ、魔剣に気力を込める。

水滴を飛ばすように、スナップを利かせて魔剣の先端から気力を射出。

飛び出した気力が線状に変化し、緩やかな速度でゲジゲジに向かって飛翔した。

その気力が、狙い違わずゲジゲジに接触。

瞬間、

――ッパァァァン!!

「ぬぁッ!?」

ゲジゲジがバラバラになって飛び散った。

思いも寄らぬ攻撃の結果に、晴輝は目を見開いて硬直した。

全力とはかけ離れた、軽い一撃のつもりだった。

にも拘わらず、ゲジゲジが床に落とした豆腐のように弾けてしまったのだ。

その攻撃は、晴輝が未だかつて体感したことのない恐るべき威力を秘めていた。

まるでアクセルを軽く踏んだら、1秒で時速100キロまで加速してしまったような気分である。

晴輝は飛ばす気力攻撃で、スパッと切断されるだろうと想像していた。

だが現実は、あたかも巨大なハンマーで粉砕したような一撃になってしまった。

「……気力が厚かった、か?」

原因はおそらく気力の厚みだ。

魔剣から飛び出したからといって、気力は魔剣の切れ味を有しているわけではないようだ。

気力攻撃は形状により、攻撃の性質が変化する。

厚みがあれば打撃攻撃。薄くすれば斬撃攻撃になるのだろう。

これは魔法攻撃と同様だ。

例えば火蓮の魔法のように雷に似せれば、気力は雷の性質を帯びるはずだ。

もちろん、変化の次元はまるで違うし、晴輝では雷に変化させることは出来ないが。

「変化のさせ方によっては、かなり対応出来る幅が広がるな」

打撃が苦手な魔物には気力を厚くし、斬撃が苦手な魔物には気力を薄くする。

短剣はかなりデメリットの大きい武器だが、気力攻撃があればある程度デメリットを打ち消せる可能性が生じた。

ただ……。

「この攻撃は、さすがにやばいな」

現時点の晴輝では、この攻撃の威力を扱い切れない。

スムーズに気力を飛ばせないし、飛ばすにしてもモーションが変化しすぎる。

モーションが変化すれば、相手に狙いを読まれて回避される。

おまけに放った攻撃は、晴輝の制御能力を超える高威力攻撃。

圧倒的練度不足で、これだ。

下手に使えば、壊すつもりのないものまで壊してしまいかねない。

飛ばす気力攻撃が行えれば、より強い存在感が得られるかもしれない。

だが、存在感より周りの安全が第一である。

でなければ晴輝は一瞬にして、畜生に成り下がってしまう。

「ひとまず、気力をうまく扱えるようになるまで、飛ばす攻撃は封印だな……」

誰かを傷つけたり何かを壊したりする前に、この攻撃の威力が危険だと判ってよかった。

そう晴輝は自らを納得させ、本日の練習を終えたのだった。