軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魂の距離

「ようこそ、お待ちしておりました」

オリビアが執務室のドアをノックすると、満面の笑みを浮かべたリシューに出迎えられる。

「お、おはようございます…」

「はい、おはようございます。さあさあ中へ、相談事があるとか」

挨拶もそっちのけでリシューに促されて室内に入ると、そこには当然のことながらシリウスがソファーに座っていた。

「おはよう、シリウス」

「おはよう。オリビア」

挨拶にはきちんと笑顔で返してくれるシリウスだったが、その表情はどこか暗いように感じる。

「何かあったの?疲れてる?」

オリビアはシリウスの側へと近付きながら尋ねる。

「いや、特には。少し仕事が立て込んでいてね。もしかしたらそのせいかもしれない」

そう言うと、シリウスはオリビアから不自然に視線を逸らした。

「…そう…」

瞬間オリビアの中に、シリウスから感情が流れ込んでくる。

戸惑い、恐れ?

チラリとリシューの顔を見ると、彼はわざとらしい程の笑顔を顔に張り付けたまま微動だにしない。

オリビアは訝しみつつも曖昧に笑うと、黙ってシリウスの隣に座った。

「ミナから聞いたのですが、結婚式での誓いの言葉を変更なさりたいと」

リシューはオリビアに尋ねる。

「うんそう。『死が二人を分かつまで』っていう言葉が入ってたら変えて欲しいの」

「差し支えなければ理由をお聞きしても?」

「り…理由…?」

「はい。やはり神への宣誓を変えるとなりますと、それなりにしっかりとした理由が必要となりますので」

ちなみにリシューの言った言葉は嘘である。

この世界での結婚の宣誓など、大した意味は持たない。

『死が二人を分かつまで』という言葉も一般的なだけであって、必ずしも強制される言葉ではない。

当人同士が好きに決めてよいのだ。

そもそもこのご時世、宣誓したからといって直ぐに別れてしまうカップルなど多くいる。

「そ、そう…理由、理由ね…」

オリビアはどう説明しようかと考える内に、次第に頬が熱くなっていくのを感じる。

その姿を見たリシューは先程までの笑顔を消すと、おやっと片眉を上げた。

「私と結婚するのが嫌になったのかい?」

そわそわしているオリビアの隣で、シリウスがぽつりと呟く。

「え!?」

その言葉に驚き、オリビアは勢いよくシリウスの方に顔を向けた。

しかし当のシリウスは、オリビアとは視線を合わせずに明後日の方を向いた状態で座っている。

「私と生涯の愛を誓いたくない。そう言っているとしか思えないが…」

そう言うと、ちらりと視線だけをオリビアに向けた。

ごごご誤解だ~~~~!!!!!

オリビアは心の中で絶叫した。

ばっとリシューの顔を見ると、彼もやれやれといった風に首を左右に振っている。

「違う違う!全然違うから!!私が変えて欲しいのは『死が二人を分かつまで』ってところだけだから!結婚はするよ!」

「…結婚はするが、長い期間私と愛は誓えない、と」

かぶせる様にシリウスが呟いた。

ぎゃあああああああああ~

違う違う違う!!

え?え?!何??!!

シリウスってこんなにネガティブだった?!

オリビアは焦りながらシリウスの腕を掴む。

「する!説明するから!!全然違う!そもそも私達に『死が二人を分かつ』っていう事自体があり得ないの!!!」

「…?」

必死の言葉に、シリウスはオリビアの方を向く。

ようやく視線が合ったオリビアは、ほっとしながら出来るだけ柔らかく話し始めた。

「私が3歳位の時、ここに口付けしたの覚えてる?」

オリビアはシリウスの額を指先で優しく撫でる。

「勿論。君が初めて私に口付けを与えてくれた日だ」

「実はあれ、祝福なの」

「え?」

「っ!?」

完全に背景に溶け込んでいたリシューだったが、オリビアの言葉にはっと息を飲んだ。

「祝福というのは、『精霊の祝福』の事でしょうか?」

「う~ん、リシューがどういう意味で使っているか分からないけど、多分それの事だと思う」

「……成程…」

リシューは考え込む様に、顎に手を添える。

精霊は、自ら愛した者に特別な加護を与える。

与えられた者は、愛し子と呼ばれる。

これはあくまでも物語の話である。

「つまり、私はオリビアの愛し子…?」

「そうだよ」

所々掠れたシリウスの言葉に、オリビアは自信満々にこくりと頷く。

「あのね、精霊はあんまり肉体を重要視しないの。だから祝福の印って魂に付けるの。それで…」

オリビアは頬を染めながら、もじもじと恥ずかしそうに身体を動かす。

「それで?」

「それでお互いが魂で繋がるの。だから肉体の死とは全く関係なくて…だってほら、魂ってよっぽどの事がないと消滅しないし!」

「つまりお互いが死んで、いや肉体が滅んでしまっても離れる事はない、と?」

「うん。何度死んでも何度生まれ変わってもずっと一緒なの。だって魂が繋がってるんだからね」

オリビアは嬉しそうに微笑む。

「…そうか…」

シリウスは静かに言葉を返すと、そのまま俯いてしまう。

「え?!どうしたの!嫌だった!??」

オリビアは焦ってシリウスの顔を覗き込む。

「…嫌だと言ったら、魂の繋がりは解けるの?」

シリウスは俯いたまま、くぐもった声で尋ねる。

「え!それは無理!絶対解かないよ。だってシリウスは私のだもん」

「………そうか……」

呟くような小さい声とは異なり、溢れんばかりの喜びの感情がオリビアに届く。

「成程。それで『死が二人を分かつ』という言葉を変えたかったのですね」

心配してシリウスに手を伸ばそうとしたオリビアだったが、リシューの言葉に手を止める。

「うん。実は精霊の言葉ってとても力があるの。普段なら問題無い言葉でも、宣誓という形で宣言してしまうと、何らかの力が干渉して今の関係に異物が混ざってしまうかもしれないの…」

「元々離れるはずのないおふたりが、宣誓する事によって今の関係に何らかの変化が起こるかもしれない、と。成程理解しました。変更については問題ございません」

「え!本当?!良かった」

リシューの言葉にオリビアは安心する。

「新しい言葉を考えて参りますので、私はここで失礼します」

そう言って一礼すると、リシューは直ぐに部屋を出て行ってしまった。

「え?あれ?リシュー?」

戸惑っていると、シリウスはオリビアの腰に両手を回して膝に頭を乗せて倒れ込んだ。

「シリウス?」

「そうか…あの日から、私はオリビアのモノだったんだね」

「そうだよ?ごめんね。黙ってて」

オリビアはシリウスの後頭部を優しく撫でる。

「ちなみに、本当は初めて会った時から目を付けてました」

オリビアは、えへへと笑う。

「初めてって、まさか君がまだ1歳にも満たなかった時の事?」

「うん」

驚いて顔を上げたシリウスに、オリビアは真っ赤になりながら頷く。

オリビアの瞳の中に沢山の星が瞬いている。

「あの日からシリウスしか見てない…だって私のモノだもん」

囁いたその言葉は強く魔力を含み、シリウスの身体の隅々に降り注いだ。

「はっ…」

シリウスは身体を震わせて、オリビアの身体を強く抱き寄せる。

「ああ…オリー…オリー…」

シリウスは目を閉じ、オリビアの顔を自身に引き寄せて額や鼻先、頬や唇を擦り合わせる。

「好きだ、大好きだ、愛してる…愛してる、オリー」

まるで何かに酔った様に繰り返す言葉に、オリビアは可笑しそうに笑う。

「ずっとず~っと一緒にいようね」

オリビアがシリウスの耳元で囁く様に告げるその言葉に、シリウスは何度も頷くのだった。