軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

昨晩の出来事

その夜、オリビアは空腹のせいかその場で立ちくらみを起こし、ベッドの角に頭をぶつけてそのまま気を失っていた。

勿論助けてくれる者などいない。

しばらく気を失っていたオリビアだったが、自分のお腹の音で目を覚ました時には、いつかの世界を生きていた記憶を思い出していたのだった。

いや正確には、『思い出した』と言うよりは新しい身体に入ったような感覚だった。

順風満帆にキャリアを積み、バリバリ働く自分。

地球と言う名の星。

この世界とは全く違う衣食住の概念。

空想にしてはやけにしっかりとした記憶だった。

PCやスマートフォン。

当たり前に使っていた道具が、今手元に無い事自体不思議なほどだった。

オリビアは座り込んだまま周囲を見回した後、自分の手のひらをじっと見つめる。

その視線は定まらず、頭の中はひっきりなしに現状把握の為に動いていた。

この世界は大雑把に言うと、電力を魔力に置き換えたような世界だった。

ただ、魔法科学が発達し始めたのがここ50年位の為、文明レベルは前世の記憶よりも遥かに劣る、というのが今のオリビアの認識であった。

王族や貴族が普通に存在し、全人類の約3割程度の人間が魔法を使う事が出来るが、それが王侯貴族に集中している為に絶対的な力関係が働いている。

しかし現在、魔獣を殺した際に手に入るコア、いわゆる魔石から魔力を抽出して利用する魔法科学が発達した為、その力関係にも変化が訪れていた。

オリビアは何とか前世の記憶と現状の折り合いを付けながら、とりあえず今、自分の置かれている状況を分析し始めていた。

自分は精霊の血を引くサイファード家の直系である。

サイファードはこの地に留まりこの地を治める一族。

しかしこの地を去れば全ては終息する。

それは、この国の人間であれば誰でも知っている事実のはず。

しかし、ここの人間達は明らかに自分を不要だと思っている。

すでにシェラはこの地を去ったのだ。

自分も同じように去ったらどうなるのか理解出来ないのだろうか?

それともこの国はもう、魔法の力を必要としていないのだろうか。

オリビアは純粋に不思議だった。

しかし、ここには根本的な考え方の違いがあった。

そもそもオリビアは精霊の血を引いている。

人間と違い、精神世界の住人である精霊族はこの世界の魔力の源である。

しかしこの国の人間は、魔法を特別なモノと考えてはいるが『魔法』よりも『魔法を使う人間』の方を重要視している為、魔法の存在自体を理解していなかった。

精霊の存在を空想上の生物と思っている人間も多く、およそ寿命が60歳前後の人間にとって、200年前の事実ですら遥か昔のお伽噺の様な認識だった。

そうとは知らずにオリビアは不思議そうに首を傾げるが、

ぎゅるるるるるるるる~

伯爵令嬢にはあるまじき爆音がお腹から響いてきた。

「流石にお腹すいた…」

オリビアはお腹を擦りながら立ち上がってドアまで歩くが、やはり外側から鍵がかかっていて開く気配はない。

今日は朝から何も食べていない。

オリビアはおもむろに窓の外に視線を移すと、庭先にある真っ赤な果実を実らせた木に向かって右手を上げる。

「この手に」

そう呟きながら右手の平を広げると、虹色の光と共に果実が手の中に現れた。

彼女は食事が配膳されない日などはこのように自らの魔法で食べ物を手に入れているのだが、この家の者は誰一人それに気付いていない。

そもそもオリビアが魔法を使える事すら知らないだろう。

大体12歳の育ち盛りの子供に、食事が多くて1日1回、身体を拭く水も3日に1回程度しか与えない。

冬はともかく、真夏の屋根裏部屋など暑くて簡単に脱水症状で死んでしまうだろう。

それを平然と過ごし、汗臭くない人間などいるはずがない。

オリビアは手の平にのる果実をきゅっきゅっと服で拭いてばくりと齧りついた。

1日ぶりのまともな食事に、頬っぺたがぎゅうううっと痛む。

オリビアは一心不乱に貪り食い、1個では足らず2個目を収穫し、食べ終える頃にはようやく落ち着きを取り戻した。

「ふう~食べた食べた~」

口元に垂れた汁をダイナミックに袖で拭きとると、オリビアは満腹の身体を引きずってベッドに仰向けに寝転んだ。

「何はともあれ、早々にここから抜け出そうっと…」

ゴロゴロ転がりながらオリビアは呟いた。

屋敷も爵位も領地もいらない。全部捨てる。

そもそも何故この状況に耐えていたのだろうか。

いや、違う。

耐えていたのではない。観察していたのだ。

幼い頃からの記憶を覗くと、そこには人間らしい思考や感情を見る事が出来なかった。

ただ観察している。

ここは自分がいるべき場所なのか。

シェラが去ったように自分も去るべきなのか。

そしてアーサーに『相談』を持ちかけた時、すでに答えは決まっていたのだ。

ここを去ると。

律儀にもそれを告げるつもりでいたのだ。

そもそもオリビア自身、アーサーの事をどう思っていたのか。

記憶を覗く限り『無』だった。

ただ単に7日ごとに会いに来る知り合い、というような感覚でしかなく、今のオリビアからしたら彼には非常に申し訳無く思う程の塩対応っぷりだった。

なので婚約から約9年経ってはいたが、彼の人となりが全く分からなかった。

「さあオリビア。どうやって抜け出す?外部に助けを求める?誰に?どうやって?お父様?いや、あの阿呆は駄目だ」

口からさらっと悪口が出る。

「あいつはヘタレだし女にだらしないし見る目が無い。そもそもローラと結婚するなんて頭おかしい」

きっとアレクはシェラを愛していたのだろう。

葬儀の時の焦燥した顔がそれを物語っていた。

しかしそんな辛さの中、癒しを毒女に求めてしまったのが運の尽き。

実の娘を放ったらかしにしているばかりか、相談も無しに早々に義母と義妹を屋敷に呼び婚姻したのだ。

節操が無いにも程がある。

自分に害しか与えない者、足を引っ張る者、口先だけの者はすっぱり切るか物理的距離を置く。

これは前世、多忙を極めた自分自身に無駄な時間と労力をかけない最善の方法だった。

そう、過去のオリビアはどうやら効率厨だったようだ。

そんな事より!

オリビアはベッドから起き上がると、机に向かって紙に名前を書き出す。

アレク(父)・シェラ(母)・シリウス(母の知人)・ローラ(義母)・アンナ(義妹)・アーサー(婚約者)

「アーサーとは明日会うから、その時に人となりをしっかり見てみよう。良い人なら今後の相談しよう。今は取りあえずシリウス兄様にSOS!」

幼い頃、よく遊んでもらった近所のお兄さん的存在。

ここ2年程忙しくて会っていないけど、ひたすら甘やかしてくれた記憶だけはある。

毎年誕生日には部屋に入り切らない程のプレゼントが届いたし、シェラの葬儀にも立派な花を送ってくれていた。

しかし残念ながら連絡先を知らない。

この世界、携帯やスマホはない。

手紙を出そうにも住所も知らないし、もし知っていたとしてもこの状態では送る事は叶わないだろう。

「いきなり壁にぶち当たった…携帯みたいな物もありそうだけど知らないし…」

何か手だては無いものかと部屋中を見回すが、特にこれと言って役に立つ物も無く、床に無造作に転がっている先程食べた果実のヘタが目に入った。

取り敢えず見つかると色々面倒なので、オリビアは足元に転がるヘタを手に持つと、思いっきり窓から外へ放り投げた。

「証拠隠滅っと」

パンパンと両手の平を叩きながら呟く。

「…手紙、魔法でどうにか出来ないかなあ?う~ん。配達、届ける…!伝書鳩!!」

魔法で鳥を作って運んでもらおう!

オリビアは引き出しから新しい紙を取り出し、シリウスと国王に向けて手紙を書き始めた。

『シリウス兄様、お久しぶりです。オリビアです。突然のお手紙申し訳ございません。もう兄様にしか頼れないのです。母であるシェラが去ってから2年。現在私は1人、義母と義妹に屋根裏部屋に監禁され、食事もままならない状況におかれております』

悲壮感漂う書き出しから始まった手紙には、自分は3日もまともに食事をとっていない事、全てを捨ててこの地を離れる決心をした事、自分が去った後、もしもの時は手を貸して欲しいので連絡先を知りたい旨を書き記した。

若干盛ってはいるがオリビアは気にしない。

そして国王宛てには、簡潔にこの地を去る旨を記して魔法でしっかり封をした。

サイファード家は直系のみが継ぐ事が出来る家である。

現在父であるアレクはオリビアが成人するまでの代理人という立場にあるが、この手紙を国王が受理すれば爵位が返上され、この地は王家に返される。

早々にアレクとローラ、アンナは立ち退きを命じられ、住むところも無く路頭に迷うだろう。

もしかしたらアレクは職を失うかもしれない。

「ちょっと可哀想だけど、まあ仕方ないよね!」

オリビアは腕を組んでうんうんと頷いた。

「後は~~鳥。めちゃくちゃ速い鳥!」

オリビアは光の粒子を練り込み、あっと言う間に虹色に光る2羽の鳥を作り出した。

それから着ていたワンピースの内ポケットに大切に持っていた1本のリボンを取り出し、シリウス宛ての鳥の足に手紙をリボンでしっかりと結ぶ。

これが道しるべになってくれるだろう、多分。

「シリウス兄様からの誕生日プレゼント」

ほとんどの物が義母達に取り上げられてしまったが、このリボンだけは隠すことが出来た。

シリウスが誕生日に贈ってくれるプレゼントの中に、毎年美しいリボンが入っていた。

毎回デザインや色は違うのだが、必ず銀糸で美しい王冠をかぶった2匹のドラゴンと鈴蘭の花の刺繍が入っており、オリビアの宝物だった。

これは唯一手元に残った大切なリボン。

ちなみに国王には、適当に服の端を破いた端切れで作った紐で結んだ。

「んじゃあ、よろしく!そのリボンの贈り主に届けてね!王様は王都の城にいるから直ぐに分かるはず!」

窓から勢いよく2羽の鳥を夜空に放すと、流星のように虹色に眩い光を放ちながら遠くの空に向けて飛んで行く。

正直届くかどうかなど全く分からないが、

『まあ、魔法がどうにかしてくれるでしょ』と、全く根拠の無い自信を胸に、光が消えるまで暫く空を眺めていた。

「手紙が無事に王様とシリウス兄様の元に届きますように。それから明日会うアーサーがまともな人でありますように」

記憶が戻る前、めったに話さないオリビアがアーサーに『大切な相談』を持ちかけたのだ。

オリビアを大切に思うのなら親身に話を聞いてくれるだろう。

だがしかし、いくら良い人だったとしても、9年間の塩対応のせいで恐ろしく嫌われているかも知れないので、余り期待はしないでおこう。

オリビアは期待と不安を胸に明日を心待ちにしていた。

しかし残念ながら、散々な結果に終わるのだった。