軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2人の出会い

「10日後にサイファード領に行く。用意しておくように」

夕食時、ダリルがそう口にした。

メインディッシュである鴨肉のコンフィ。

ナイフを入れた直後であったシリウスは、その手を止めた。

広いダイニングテーブルには真っ白なクロスが皺一つ無く敷かれ、中央にはカサブランカの花を主とした豪華なアレンジメントが飾られている。

部屋の中央に吊るされた大きなシャンデリアは、色鮮やかなクリスタルをふんだんに使っていたが、華美にならないように計算され、美しくカットされていた。

「私が行ってよろしいのですか?」

シリウスはカトラリーを静かに置くと、ダリルに尋ねた。

彼が何よりも大切にしているサイファード領の美しき精霊族の女王、シェラ。

毎年のようにかの地を訪れているのは知っていたが、シリウスは1度も連れて行ってもらった事はなかった。

「そろそろお前も会っておいた方が良いだろう。御子がお生まれになった祝いも兼ねて」

ダリルの言葉にシリウスは目を見開いた。

「精霊様が御子を?」

ダリルはナプキンで口許を拭った後、ゆっくりと頷く。

「数日前に生まれたばかりだと聞く」

ああ、それでか。

ここ最近のダリルが、どこか上の空だった理由にシリウスはようやく合点がいった。

ダリル・Z・ホワイトレイ。

シリウスの父にして、現在のホワイトレイ家の頂点に君臨している絶対零度の王だ。

歴代の当主の中でも圧倒的な冷酷さと残忍さで知られ、容赦の無い専制君主として知られている。

そんな彼から直々に帝王学を叩き込まれているシリウスも、10歳にして既に天才と名高い。

母譲りの美しい外見と、父譲りの性格。

ダリルに言わせると『まだまだ甘い』らしいのだが、彼の部下達は既にシリウスを崇拝している程だった。

現在10歳になるシリウスは、そんな恐ろしくも偉大な父が、現在失恋により心を痛めている事を敏感に察知した訳だが、流石に表情には出せず、10日後に向けて粛々と用意を始めるのだった。

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10日後。

初めて行ったサイファード領は、シリウスにとって驚きの連続だった。

豊かなのは勿論の事、木々や花々が今まで行ったどの地よりも色鮮やかで美しく、太陽の光を浴びて、文字通りきらきらと輝いていた。

流れる川の水はどこまでも澄み、水中を漂う水草や魚の姿がはっきりと見て取れる。

桃源郷がこの世に存在するとしたら、まさにこんな感じだろうか。

シリウスはどこか懐かしさを肌に感じながら、ダリルの後をついてサイファードの屋敷に入ったのだったが、出迎えの為に玄関ホールに立っていたシェラの姿を見た瞬間、息を飲んだ。

シルバーブルーの髪は、床に付くギリギリで揺らめき、白い肌はまるで内側から発光しているかのようだった。

こちらを見つめる瞳は夜空のように深く、何処までも澄んでいる。

シリウスが感じたのは、圧倒的な恐怖だった。

身体が得も言われぬ威圧感に支配され、カタカタと震え出す。

何がこんなにも恐ろしい?

彼女の美しすぎる造形?

佇まい?

雰囲気?

・・・分からない。

しかし、存在そのものが根本的に人間とは異なる。

得体の知れない何かを見た時、人はこうなるのか。

シリウスは全身に鳥肌が立ち、血の気が引いていくのを感じた。

「あらあらあら」

血の気を失って真っ青な顔で立っているシリウスを、シェラは困ったように見つめる。

「少しは抑えて下さい。息子が倒れてしまう」

ダリルは苦笑しながら、シェラをエスコートするべく右手を差し出した。

「ふふふ。あなたが子を連れて来るって言うから、少し遊んだだけなのに」

存外気安く話すシェラは、瑞々しい唇をほんの少しすぼめ、シリウスに向けて『ふうっ』と息を吐く。

すると先程までの威圧感が途端に消え失せた。

シリウスは、肺に溜まったままの空気を一気に吐き出した。

「初めまして。シェラよ。ここではシェラ・サイファードと名乗っているの。よろしくね」

柔らかくほほ笑む彼女に、シリウスは先程の恐怖は感じなかった。

「お初にお目にかかります。シリウス・ホワイトレイです。若輩者ですがよろしくお願い致します」

シリウスは急いで気持ちを立て直し、しっかりとした挨拶を返す。

「ご丁寧にどうも」

シェラはニコリと笑いながら、ダリルの手を取り2人を屋敷の奥へと誘った。

シリウスは、ぶしつけにならない程度に辺りの観察を始める。

屋敷の中は至ってシンプルだが、所々にダリルが贈ったであろう年代物の美しい絵画が飾られている。

「如何致しましたか?」

すぐ側を歩く使用人が、シリウスに声を掛けた。

「いえ・・・何でもありません」

シリウスは答えながら彼等を見ると、明らかに人間離れした容姿をしていた。

玄関ホールで見た侍女達には特に何も感じなかったので、ここの領民と同じように精霊と人間が混在しているのだろうか。

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「オリビアよ」

小さなベッドに寝かされた美しい赤子は、シェラの色をしっかりと受け継いでいた。

艶やかで繊細なシルバーブルーの髪と大きな瞳。

初めて見る愛らしい赤子に、シリウスは思わず顔を覗きこんだ。

その拍子にオリビアと目が合う。

シリウスは微動だにせずに見つめられ、同じように彼女を見つめ返した。

生まれて間もないのに、泣きも笑いもしない。

赤子というのは、こういうものだっただろうか?

不思議に思いながらも、シリウスはじっと彼女を見つめる。

濡れた大きな瞳の中に、きらきらと虹色の光が瞬いている。

美しいな、と思いながら見ていたシリウスに、オリビアが突然ほほ笑んだ。

「あら?」

後ろでシェラの驚く声が聞こえたが、今のシリウスは湧き上がる高揚感にそれどころでは無かった。

「可愛い・・・」

可愛過ぎる。

シリウスはオリビアの余りの可愛さに、手を伸ばして頬を優しく撫でた。

「ふわふわ・・・」

シリウスが呟くと、オリビアは嬉しそうに目を細めきゃっきゃっと声をあげて笑った。

「初めましてオリビア。私はシリウスだよ。仲良くしようね」

「あ~~あ~~」

オリビアは彼の言葉に答えるように、嬉しそうに両手をぶんぶんと振った。

彼女の成長をつぶさに確認したい。

守ってあげたい。

笑いかけてほしい。

出来る限り一緒にいたい。

それからシリウスは、どんなに忙しくても時間を作っては、ダリルにサイファード領に連れてきてもらった。

ーー

その日もシリウスは、3歳になったオリビアに誕生日プレゼントを贈る名目でサイファード領を訪れていた。

いつも通りオリビアを腕に抱き、薔薇園を2人で散歩する。

これが最近の2人の楽しみでもあった。

しかし、

「おりる」

突然オリビアはそう言うと、器用にシリウスの腕の中から飛び降りた。

「ああオリー、危ないよ」

シリウスは慌てて手を伸ばすが、オリビアは地面にちょこんと立つと、彼に手招きをした。

「何?」

シリウスは無意識に跪くと、オリビアの近くまで顔を寄せた。

『ちゅっ』

オリビアはシリウスの両頬に小さい手を添え、額に優しくキスを贈った。

驚いた瞬間、シリウスの周辺に光の粒子が湧き立った。

「え!?何??」

「これで、だいじょうぶ」

オリビアはそう言うと、シリウスに向けて両手を広げる。

抱っこのポーズだ。

「あ・・ああ」

突然の出来事に、シリウスは真っ赤になりながら自らの額を数回撫で、オリビアを抱き上げた。

それからお返しとばかりに、彼女の頬にキスを贈る。

「素敵なキスをありがとう。愛してるよ、私のオリー」

その言葉に、オリビアは嬉しそうに目を細めた。

彼女は極端に無口で表情も乏しい。

しかし、その瞳は誰よりも饒舌である事をシリウスは知っていた。

だからこそ、彼はオリビアを見つめるのも見つめられるのもたまらなく好きだった。

どこまでも深く澄み切った瞳。

見つめられると、全てを見透かされているような、そんな気になってくる。

ちっぽけで丸裸にされた自分が、彼女の足元に無惨に転がる。

ああ、彼女に全てを捧げたい。

微笑んでくれたなら、全てを肯定された気持ちになる。

こんな自分でも良いのだと、堪らない気持ちになってくる。

この感情をなんと言うのか分からない。

ただシリウスは、これが3歳の少女に抱く想いでは無いと重々承知していた。

しかし、こればかりはどうしようもなかった。