軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

深淵卿の夏休み編 妖精界の流儀

妖精界の中心、天樹の東側の麓に大歓声が響き渡っていた。

「ヒャッハーッ、そこだ! ヤれ! そのままヤッちまえぇ!!」

「ああっ、ダメだ! ありゃ分け身だ!」

「またかよくそっ、いい加減に 腸(はらわた) を見せぇ!!」

「いちいち腹の立つ動きしやがってぇ!! ふざけてんのか!!」

「だが……だが強いぞっ」

「おうよっ、とんでもなく強ぇ!!」

主な歓声の主は鬼だ。日本の昔話に出てくるようなオーソドックスな鬼もいれば、オーガや吸血鬼のような西洋の鬼も。単眼から複眼、両面から八面、小鬼から大鬼まで。地球以外の世界における伝承の鬼種もいる。

もちろん、他の多種多様な妖魔も。

竜や龍種を筆頭に飛べる存在は浮遊して空中から、神仏の類いは空間の窓を開いて見学したりしているが、大抵は地上にせり出した天樹の根の上に立って声を上げている。

天樹の根は巨大だ。まるでうねる巨大な壁である。せり出す場所によっては高さ三十メートル近くあるだろう。

そのスケールになるとちょっとした表面の凸凹が、人間サイズにとっては良い感じの観客席になるのだ。

観賞対象は当然、深淵卿VS鬼の軍団。V字状に広がる巨大根の間を即席の闘技場として、今この瞬間も激闘を繰り広げている。

一方が大変ユニークな戦いをしているため、声援も飛べば野次も飛び、たまに我慢できなくなった外野が乱入することもあれば、逆にぶっ飛ばされた鬼が根に埋まって強制観客化することも。

そうすれば、鬼が嫌いな連中からは拍手喝采が響き渡り、それにキレた観客席の鬼が場外乱闘を始めたり。

まさに、ある種のお祭り騒ぎとなっていた。

そんな天樹の根の一角、ちょっとした体育館ほどもありそうな天辺にラナ達はいた。

「フッ、素晴らしいわ、アビスゲート。流石は我が伴侶! 異世界の鬼共に、その深淵なる深淵の妙技を存分に叩き込むがいいわ!! アッハッハッハッ!!」

もちろん、ハウリアな正妻様はテンションマックスである。両手を広げ、悪の女幹部みたいな雰囲気で旦那を絶賛&応援している。

「ヒャーッ!! 新鮮なアビスゲート様だぜぇ!! 格好良すぎて濡れるッ」

「ヴァネッサ!? 何を言ってるの! え、えっちすぎよ! というか鬼の人達に性格が引っ張られてない!?」

もちろん、熱い展開が大好物なオタク捜査官もテンションアゲアゲだ。鬼達のヤンキーみたいな盛り上がり方に感化されたのか、ちょっとおかしいくらいに。いや、このSOUSAKANはいつも大体おかしいと言えばおかしいが……

ともあれ、だ。

「ふんっ。名だたる妖怪に待ち構えられ一時はどうなることかと思ったが……」

朱(シウ) が眼下を見下ろしながら不機嫌そうに鼻を鳴らす。が、その口許は安堵からか少し綻んでいるようにも見えた。

何せ、妖精界に到着するや否や待ち構えていたのは、あの伝説の悪鬼―― 大嶽丸(おおたけまる) である。

富士の樹海で、その恐るべき能力と強さは体感済みだ。ずらりと並んでいた〝挑戦待ち〟の鬼達も、揃いも揃ってネームドクラス。

任務のために日本の妖怪伝承を一から調べ直していた〝影法師〟の元リーダーとしては冷や汗が噴き出す思いだった。

もしや酒呑童子が裏切ったのか……と思わず決死の覚悟で身構えたほど。

神輿っぽい椅子の上に鎮座したままの緋月が、扇子を口許に添えてクククッと笑う。

「あらまぁ! なっていんせんねぇ? 愛しの君に侍る女の一人なら、信じてどんと構えなんし」

「侍ってない!! おぞましいことを言うな! そもそも、任務でなければ傍にいようなどと……あんな……あんな変態の傍に!!」

ビシッと指を差す 朱(シウ) 。

その先には……

『『『『『フハハハハッ、我を捕まえてごらんなさぁ~~~い?』』』』』

十人の卿が一時期動画投稿サイトで流行っていた空中ウォークをしていた。片足を上げながら素早く交互に足を出すことで、まるで空中を歩いているように見えるあれだ。

なぜ、そんなことをしているのか……

普通に走った方が速いので当然ながら普通に捕まっている。そして握り潰されている。もちろん、直ぐに分裂して増えるが。大変きしょい。

また別の鬼の前では、

『『『『『Hey! YO!! 貴殿は脳筋! 動きは単調! 一生勝てない負け戦ァッ! 文句あるなら叫んでみせYO! これはフリースタイルゥ!!』』』』』

十人の卿がラップバトルをしかけていた。どこから出したのか如何にもラッパー風のキャップやマイクまで持っている。

なぜ、そんなことをしているのか……

隙だらけなので当然ながら普通にぶん殴られて消し飛んでいる。もちろん、直ぐに分裂して増えるが。大変ウザい。

更に、また別の鬼の前では、

『『『『『もっとだ! もっと熱くなりたまえよ!! どうしてそこで諦めるのかね!! ヌゥエバァーーッGive up!! さぁ、もう一度だ!! 貴殿の熱きパトス、吾輩の奥に届かせてみよ! 全てを出し切りたまえぇええっ!!』』』』』

十人の卿が松岡○造になっていた。

なぜ、修○になっているのか……

防御も回避もしないので普通に叩き潰されている。もちろん、直ぐに分裂して増える。大変暑苦しいし終わりが見えないので、相対していた鬼さんはさっきからずっと「参った! オレの負けでいい!」と訴えているのだが、卿が帰してくれない。逃げようとしても回り込まれる! 鬼の目にも涙ッ。

そして、おそらく本体だろう卿は四体の分身体をバックダンサーのように従え、例のデップーダ○スを踊りながら既に数十体の鬼を葬っていた。

別に超金属の骨格なんて転がっていなかったのだが、例のお下品ヒーローのダンス動画に倣ってハジメ謹製の超合金製ガイコツを凶器にしながら戦っている。

もちろん、例のミュージックも響いている。わざわざスピーカーまで用意して。

豪華客船のアクティビティへの出演依頼をボスから受けて、内なる深淵卿がせっかく覚えたダンス武闘なのだ。ここで実践しなくてどうするのだ! と言わんばかりのキレッキレ具合である。

今もまた、一体の鬼ぃさんの股間へズドンッとダイレクトアタック!! 鬼ぃさんがっ股間を押さえて「アァ~~~~~~~~ッ!!?」と断末魔の悲鳴を上げた。ブワッと涙を噴き出し、イヤッイヤッと首を振りながら蹲ってしまう……

周囲の鬼達が「な、なんてことしやがるっ」「こいつ、人の心とかないんか!?」「鬼かよ!」と後退りしていた。まるで悪鬼とでも遭遇してしまったかのような戦慄顔だ。

そんな非常識で理解不能で意味不明な戦場を見ていると、まるで狂気の深淵に引きずり込まれていくような気さえする……

「うっ、思い出してしまった。こっちは本気だというのに、ムーンウォークで追いつかれた時のことを……樹海に木霊するあいつの高笑いが……うぅ、仲間が一人、また一人と消えていくぅ………」

朱さんが何か苦しんでいる! エミリーちゃんがすかさず背中をナデナデする。優しい。

そんな朱に苦笑しつつ、クラウディアが疑問を口にした。

「そ、それにしても、珍しいですね? 浩介様の方からあのようなことを言われるのは。せっかくの一騎打ちの申し出でしたのに……」

「そもそも受ける必要などありませんでした。彼の目的は、緋月、貴女でしょう? 幾度か妖精界に戻っていたのも、こうした問題を片付けていたからのはず。なぜ、こんな事態になるのですか」

クラウディアの隣で、不満そうな様子でプクッと頬を膨らませる陽晴。

確かに、普段の浩介なら少なくともあからさまに嫌そうな顔をして渋るだろう。

それが、だ。今回ばかりはほぼ即答だった。一瞬、困り顔を見せはしたものの、誰かが何かを言う前に深淵卿モードを発動。

そして、おそらくプライド半分配慮半分で一対一(今回の決闘の参加権をかけた激闘の末に勝ち抜いた猛者との百戦。浩介が必要なだけインターバルあり)を望んだ大嶽丸達に対し、

――フッ、吾輩へのラブコールを無下にはできんな。だがしかし、鬼共よ。一対一など片腹痛い!! 御託も配慮も不要!! まとめてかかってくるがいい!!

と、挑発を以て返したのである。

確かに、深淵卿の強みは数の暴力だ。複数を相手にするのも困りはしない。むしろ、暗殺者タイプなので乱戦の方が得意だろう。が、相手が相手だ。

大嶽丸は言わずもがな。酒呑童子が率いたと言われる鬼の四天王や、地獄の鬼、牛鬼など本当に伝説の鬼のバーゲンセール状態なのである。

今の浩介ならば、一対一なら低深度でも勝てるだろうに、わざわざ負担の大きくなる方を選ぶとは……そもそも陽晴の言う通り、受ける必要もなかったのだ。

故に、浩介の性格的にも自らこの事態を選んだのは少し珍しい気がする……とクラウディアが疑問に思うのも頷ける。

その疑問に真っ先に答えたのはラナだった。

「あら、クレアちゃんも陽晴ちゃんもまだまだかしらね?」

唐突にノーマルモードに戻らないでほしい。ギャップがすごすぎて、こちらの情緒が追いつかないから……と思いつつもラナを見やるクラウディアと陽晴。

だが、ラナの視線は直ぐに逸れた。緋月の方へ意味ありげに、それでいて誇らしそうに。

「こうくんが、自分を慕ってくれる人の想いを無下にするわけないじゃない?」

「「あ、あ~~」」

再び二人に視線を戻してパチンッとウインクするラナ。

クラウディアと陽晴も視線を転じて見れば、そこには扇子で顔の下半分を隠す澄まし顔の緋月がいて。

容易に想像できた。きっと、だらしなくニヤける口元を隠しているのだろうと。

「それに……緋月ちゃんは、ちゃぁ~~んっと言い寄る男共を分からせたのよ。緋月ちゃんの心を奪うことはできないってね。だから、あれは決闘というより一種の儀式なのよ」

ちなみに、この半年以上の期間でラナ達は酒呑童子の真名呼びを許されている。それは家族にならんとする緋月の最大の歩み寄りであるが……

きっかけはおそらくラナが最も積極的に緋月と交流を持ち、腹を割って対話を重ね、戦いでは勝てないと分かっていても緋月の誘いに怯むことなく応え、むしろコミュニケーションだと嬉々として自ら挑み、目に見えて実力を伸ばしさえしたからだろう。

そして、自らエミリー達の間に入って関係を取り持とうと創意工夫・有言実行してきたからに違いない。

どこまでも虚偽や誤魔化しのない真っ直ぐな性格も、鬼たる緋月にとっては好ましい点だったのだろうが、ともあれ、だ。

正妻を名乗るに、ひとまずは十分と判断するくらいには、緋月もラナを気に入ったようである。

閑話休題。

「儀式、ですか?」

陽晴が小首を傾げる。意外にも答えたのはラナではなく、トラウマに苦しむ朱さんにやたらとカラフルな試験管入り液体を無理やり飲ませているエミリーだった。

「納得したいってことでしょ? いえ、納得させてほしいって感じ? 自分達の高嶺の花をかっさらっていったのは、それに相応しい男なんだって。そう、あれよ、日本語で言うところの〝けじめをつける〟ってやつよ」

「なるほど……」

陽晴にはまだ少し難しい感覚だったようだ。男同士の〝拳で語り合う〟的なコミュニケーションは。

ともあれ、浩介が決闘に積極的だった理由は、緋月を巡る争いに、緋月の気持ちと、それどころか鬼共の気持ちまで汲んだが故だったわけだ。

「まぁ、後はあれね。言い訳を一切許さない完璧な決着をつけておきたいって気持ちもあると思うわ」

最後にそう補足したラナに、扇子をパチンッと閉じた緋月は「異論なし」と頷き、

「まこと、良い漢でありんすねぇ?」

うっとりした表情で微笑んだのだった。そんな緋月に、ラナは当然と言わんばかりにサムズアップを返し、エミリー達も満面の笑みで、朱も――

いや、朱さんだけは「ハッ!? 私は何を……待て! いったい何を飲ませた!? なぁ、エミリー・グラント! 私に何を飲ませたんだ!? 体が異常に熱いぞ! どうしてあの男の周りが煌めいて見える!?」と必死の形相でエミリーをガタガタが揺らしているが、ともかく、揃って眼下の戦いへと改めて目を向けた。

人の想いを原動力に戦う自分達のヒーローの勇姿を見逃すまいと。

「フハハハッ、ようやく体が温まってきた。――上げていくぞ? ついてこられるかな? 伝説の鬼神!!」

「むしろ遅ぇよ、小僧。手加減もそろそろ飽きてきたところだ」

今までのふざけた言動は時間稼ぎ(ほんとぉ? という疑念はさておき)。限界突破の特殊派生たる〝深淵卿〟は段階的スペック上昇による身体への負担軽減(心の負担は考慮しないものとする)こそが原則だからだ。

それでも、既に半数弱が打倒されているのは、流石は深淵卿というべきか、それとも深度Ⅳクラスでも半数が残っているネームドクラスの鬼共のタフネスを称賛すべきか。

何にせよ、大嶽丸も分かってはいたのだろう。卿が未だ全力ではないと。やっとか、と言わんばかりに首の骨をゴキゴキと鳴らしている。

五指を開いた片手で顔を覆い、少し斜めに傾く――という香ばしいポーズを取りながら、宣言通りギアを上げる深淵卿。その香ば深度はⅤへ。

一気に千体。爆発的に増えた黒い影。一体につき分身数百体がかりで伝説の鬼共と相対する。

もちろん、多種多様なバリーションの香ばしいポーズを取りながら!

しかも、これも進化故だろうか。

「……ね、ねぇ、皆。私の気のせいかしら? 服装や髪型が違うこうすけがいない?」

「それどころじゃありませんよ、エミリー。ほら見てください。針金みたいにほっそいアビィもいれば、肥満体のアビィもいますよ!!」

「ふふ、ヴァニーちゃん、よく見つけたわね。〝ウォ○リーを探せ〟並に見つけ難いというのに」

エミリーとヴァネッサの言う通りだった。いつの間にか、変なアビィが混じっていた。

「解説しましょう! アビスゲート曰く、〝デッ○ー殿は最高のヒーローだな! これは最新映画の通りマルチバース風アビスゲート達も用意せねば!!〟らしいわ!!」

まさに、無駄に器用な無駄のない無駄な技術だった。

「なるほど。ぜんぜん分からないわ」

「なるほど! 完璧に理解しました! 流石はアビィさん!」

理解度の高いヴァネッサに、エミリーちゃん、ちょびっと嫉妬。「もっとサブカルチャーの勉強もしなきゃだわ!」と。

ちなみに、朱さんは「おい、エミリー・グラント。今度は体が一気に冷えてきたぞ。見てくれ、この指先の震えを……あれ? そう言えば、どうして私は薬を飲まされたんだ? おい、おいっエミリー・グラント! 直前の記憶がないぞ! 私にいったい何をシタァ!!」とエミリーに掴みかかっているが、当のエミリーちゃんはスマホにメモするので忙しそうだ。

実家のご家族が今のエミリーを見たら「すっかりたくましくなって……」と微妙な表情になるに違いない。

という観客席の声も聞こえないほど、当の深淵卿は集中力を高めていた。おふざけの雰囲気も、フッどころかターンもない。本気中の本気だ。

「貴殿等は妖魔。殺しても死なんのだ。ならば、殺しても構わんな?」

「ハッ、心地いい殺気じゃねぇか。ようやく本気か。いいぜ、やってみろ。できるもんならなぁ!!」

小太刀二刀をすらりっと抜き放ち、自分を抱き締めるような香ばしいポーズを取りながら不敵に笑う卿。

相対する大嶽丸が獰猛な笑みを浮かべて両手を広げる。好きに攻撃してこい、と言わんばかりに。

周囲でも鬼一体につき百体近い分身体が構えを取り、それに愉しげな笑みを浮かべた鬼達が身構える。

ここから本番。

軋むような鬼共の妖気と深淵卿の魔力が、それを明確に伝えてくる。

観客席の声援や喧嘩がピタリッと止まった。神格持ち達ですらも固唾を呑むようにして傾注する。

口火を切ったのは卿だった。

「では、ありがたく先手は頂こう!!」

そう言いながらも動かない卿。なんだ? と大嶽丸が訝しんだ次の瞬間だった。

「がぁっ!!?」

大嶽丸の巨体がくの字に折れてぶっ飛んだ。

(なんだ!? 何が起き――チィッ、実体のある残像ってか!?)

ぶっ飛びながらも事態を視界に収める大嶽丸。

卿は依然としてポーズを取ったまま。だが、一瞬前まで己のいた場所にも卿はいた。全力で拳を突き出した状態で。

目は離していなかったというのに、いつの間に入れ替わったのか。いや、目を離させなかったが故に分身体に意識を取られ、本体の接近に気が付けなかったというべきか。

いずれにしろ、単なる存在感の希薄化に留まらない虚実の妙技だった。

背中から天樹の根に激突する大嶽丸。放射状に砕けた天樹の根にめり込んだ体を、ほとんど反射で直ぐに出そうとするが……

本気の卿は許してくれない。体に力を込めた刹那には、既に目の前に。

「フハハハッ、ずっと吾輩のターンッ!! であるぅ!!」

ふざけた宣言とは裏腹に、その乱打は凶悪すぎた。

「ごっ!? がっ!? ぐぉっ!!?」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!! わがぁハァイッ!! 超ハイテンショォーーンッ!!」

人間の小僧が放つ殴打。そんなもの鬼には通じない。肉体強度の格が違うのだ。

まして、大嶽丸は油断していなかった。高密度の妖気という鎧さえ纏っているのだ。

なのに、だというのに、

「おいおい、相手はあの大嶽丸だぞ。 あ(・) れ(・) は本当に……人間か?」

という呟きは、果たしてどの神格からだったのか。

人の子が、よりにもよって殴打で最上位の鬼を釘付けにしている。その事実は神仏達ですら思わず身を乗り出して瞠目せずにはいられないものだった。

(こいつぁ……殴打の威力自体は、人間離れしちゃいるが大したことねぇ。だが、まさか魂を直接ぶっ叩かれるとはなぁっ!!)

意識が 攪拌(かくはん) されるような衝撃は、実のところ物理的なものではなかった。

何より厄介だったのは魂への衝撃だ。卿の殴打は、その一撃一撃が魂を直接殴りつけるものだったのだ。

――魂魄魔法 衝魂

魂魄魔法の基礎的な攻撃魔法だ。本来は広く衝撃波を放つ魔法である。意識を飛ばしたり、一瞬動きを封じたり、魔法行使を阻害したり汎用性の高い魔法だが……

それ故に同格以上ならレジストも容易い。それを今、卿は拳に凝縮して打ち込んでいるのである。それも、背後に残した複数の分身体で重ね掛けし凝縮率を高めたそれを。

そう、

「吾輩の盟友が授けてくれた力は、中々美味であろう!? とくと味わってくれたまえ!」

卿は魂魄魔法を自力で使っていた。光輝がいろんな意味で悲惨な人体実験の末に大迷宮攻略なしで再生魔法を会得した方法は、その検証と結果を経て、当然ながら浩介にも施されていたのだ。

技術的・肉体の負担的問題から、やはり全ての神代魔法とはいかなかったが、最も親和性の高い魂魄魔法ならこの通り。

人の身でありながら、伝説の鬼神を拳で黙らせることさえできる!

が、それで終わるかと言えば、流石にそこまで甘くはなく。

「オ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

「ぬぅ!!?」

壮絶な雄叫びが、物理的な衝撃を伴って放たれた。

それだけで、暴風に煽られた木の葉の如くぶっ飛ぶ卿。どうにか空中で身を捻って、地面を削りながら着地するが……耳からツ~ッと血が滴り落ちる。鼓膜が破れたらしい。

「やってくれるじゃねぇか、小僧」

「え? なんだってぇ!?」

「だが、その程度でオレを殺せると思っているなら、それはもはや侮辱だぜ?」

「なにぃ!? もう一度、言ってくれたまえ!!」

「今度はこっちから行くぞ!!」

「コンドームは空だがイクぞ!? いきなり下ネタとはどういう了見だ! レディ達が見ているのだぞ!!」

見つめ合う大嶽丸さんと深淵卿。

一拍おいて、大嶽丸はジト目になった。でも仕方ない。ふざけているわけではなく、突発性難聴(物理)は事実なので。

仕方なく指で己の耳をトントンする大嶽丸。卿は意を汲んで「ありがとう!」と素直に回復薬を飲んだ。

「で!? なんだってぇ!?」

「もういい。死ね!! このクソガキがぁ!!」

どうやら大嶽丸さんを怒らせてしまったらしい。

砲撃の如き爆音を立てて地面が爆ぜる。と認識できた時には巨体が卿の視界を埋め尽くしていた。

至近距離であるが故ではない。実際に大嶽丸の巨体が更に巨大化していた。

三メートル超の肉体が肉薄すると同時に十メートル級へ。伝承では、大嶽丸は数十メートル級の巨体に変化できるという話もあるのだが、どうやら事実らしい。そのまま丸太の如き腕を薙ぎ払う。

それだけで岩さえ粉砕する衝撃波と暴風が発生し、ショベルカーで掻き出したみたいに地面が深く抉れ込んだ。

逃がさないための敢えての大ぶり。普通なら問答無用の挽肉コース。

実際、多くの観客の目には卿が消し飛んだように見えた。

「鬼さんこちら♪ とでも言っておこうか!!」

ノータイムで背後へ腕を振るう大嶽丸。気が付いていたのだ。直撃寸前で、卿と分身体が入れ替わったのを。

アーティファクトによる入れ替え型の空間転移だ。複数の分身体に持たせることで、常に望んだ場所に即時転移できる手法だ。

その卿へ、土砂や石礫の散弾が襲いかかる。地面を抉ると同時に握り込んだそれらを、大嶽丸は裏拳の要領で背後へ放ったのである。

もちろん、またも「シュンッ」と入れ替わることで回避する深淵卿。もちろん、「シュンッ」は自分の口で言った。

お返しとばかりに飛び蹴りが大嶽丸の側頭部に叩き込まれる。またも〝衝魂〟付き。それも、初撃と同じ重力魔法による威力増も付加された一撃だ。

大嶽丸の頭が跳ねた。直後、

「その程度じゃあ効かねぇなぁ!」

「グワァーーッ!!」

ギロッと向けられる大嶽丸の鬼眼。同時に卿の足が鷲掴みされ、そのまま地面に叩き付けられる。そして、ボフンッと消えた。

チィッと舌打ちを一発。巨体を元のサイズに戻した大嶽丸の今まで頭部や心臓があった位置に、雷を纏ったクナイが通り過ぎた。

「「「「「「「「「「イヤーーッ!!」」」」」」」」」」

前後左右にいつの間にか増殖した百体の分身体が第二射を放つ。人の身で放つ投擲など普通なら無視する大嶽丸だが、先程と同じく嫌な予感がしてその選択肢を捨てる。

代わりに氷の如き見た目の剣や槍を虚空に創出し、迎撃相殺と分身体の一掃を図った。

その威力は凄まじく、また無制限かと思うほど怒濤の勢いで全方位に放たれていく。

「チッ、やっぱ何か纏ってやがるなぁっ」

「空間ごと斬り裂く能力である!! よく見破ったと、吾輩絶賛!!」

「「「「「吾輩ぜ――グワァーーッ!!」」」」」

「やかましいわっ!!」

氷の如き剣や槍は分身体を確かに一掃した。だが、クナイは剣や槍を斬り裂き相殺を許さなかった。

それでも大半は軌道が逸れたので無意味ではなかったろう。

十数本が大嶽丸の腕に突き立つ。まさに熱したナイフをバターに突き込むが如き容易さで鬼の防御力をあっさり突破した。

「これも温い!!」

だが、そんなのは大嶽丸にとって爪楊枝で刺されたようなものなのだろう。一度「フンッ」と気合いを入れるや否や筋肉の力だけで全て弾き飛ばしてしまう。

そして、その傷もみるみるうちに塞がっていく。

「今度はこっちの番だ。凌いでみせろよぉ!!」

「応!! 任せたまえ!!」

ニヤッと笑って、大嶽丸は空に飛び上がった。〝飛行自在〟も伝承に語られる大嶽丸の権能。ならば当然、〝嵐の招来〟〝火炎の暴雨〟も同じく。

「ガハハハハッ、死ぬ奴は死ね! 死なねぇ奴はせいぜい楽しみなぁっ!!」

他の分身体と激闘を繰り広げている鬼達どころか、観客のことさえ知ったことではない。このオレの戦場にいるのが運の尽きってやつさ。と言わんばかりの無差別かつ理不尽な攻撃が顕現した。

瞬く間に空を覆う局所的な暗雲。そして巻き起こる暴風雨。

小妖怪達が「うわぁ~~~っ」と悲鳴を上げて飛んでいく。流石に神格クラスは余裕を持って身を守っているが、中堅クラスは割と必死の様子でそれぞれの身の守りを固めていく。

当然、危険なのはラナ達も同じ。だが、取り乱す者は一人もおらず。

それは、万が一にも浩介がそれを許すはずがないと信じているからであり、それ以上に、

「陽晴ちゃん、朱ちゃん。お願いできる?」

「お任せください」

全幅の信頼が滲むラナの要望に、打てば響くような応答を嬉しそうにする陽晴。そして、ちょっぴり不満そうにフンッと鼻を鳴らしつつも即応する朱さん。

「私を〝ちゃん〟付けで呼ぶなとあれほど――ええいっ、仕方ない! 合わせろ、藤原陽晴!」

「そうですね。私の方が上手ですし」

「そういう意味ではない!」

なんて言い合いつつも陽晴は祝詞を、朱は真言を紡いだ。

途端に生じるのは二重の結界……ではなく混合されたように合わさった結界だった。なんだかんだ互いの技量を知り尽くし、かつ信頼なくばできないであろう妙技である。

卿がチラッとこちらを見た。そしてフッと笑って直ぐに視線を戻す。信頼と称賛が伝わったのか、それだけで嬉しそうに破顔する陽晴。朱さんは相変わらず不機嫌そうだが、口許は「どうだ!」と言わんばかりに、ほんのり弧を描いている。

直後、火炎の暴雨が地上の蹂躙を開始した。

まるで絨毯爆撃だ。衝撃音が間断なく戦場を満たす。

「「「「「「「「「「「グワァーーッ」」」」」」」」」」

「その気が抜けるような断末魔はなんとかならねぇのか?」

地上で戦う分身体が次々と消えていく。彼等と戦っていて既に消耗していた数十体の鬼も大嶽丸への怒声と恨み節を吐きながら消し飛んでいくが、分身体の某ニンジャをスレイヤーする物語風悲鳴がうるさくてあまり聞こえない。

ついでに、

「イヤーッ!!」

最近のマイブームなのか。火炎の暴雨を見事にすり抜け宙を駆け上がった本体の卿も、やっぱり某ニンジャをスレイヤーする例の彼の如き雄叫びが上げた。大嶽丸への奇襲を終えた後に。

大嶽丸の胸元から小太刀の切っ先が生えていた。油断したわけでもないのに、見事に背後を取られたのだ。

「ぐぅっ!? てめぇ……ひきょ――」

「卑怯とは言うまいな?」

「ぐっ……ああ、言わねぇよ! ふざけた野郎がっ!!」

鬼神の認識すら容易く欺く隠形術。それは、神さえ暗殺し得ることの証左。神仏達の顔色がどんどん変わっていくのも頷ける凶悪さだ。

筋肉で小太刀を締めつけ拘束しつつ、背後へ裏拳を放とうとする大嶽丸。だが、それは悪手だった。

鬼ならば、気にせず強引に攻撃へ転じるだろうと予測していた卿相手では。

「――〝黒渦〟」

「!? チィッ」

ガクンッと強制的に高度を下げられる。ついでに、卿自体は無重力であるかのようにふわりと浮く。それで裏拳は虚しくも空振りに終わり。

その攻防の間に、直ぐに抜くべきだった小太刀の機能が十全に効果を発揮し始めた。

ぐにゃりと歪む大嶽丸の視界。鼓動がやけに速く感じ、傷口を中心に痺れが急速に全身へ広がっていく。

一瞬止まる動き。それは当然、致命的な隙だ。

「受けるがいい!! これが吾輩の全力全開!!」

(こいつぁ――やべぇっ!!)

一瞬で生み出された分身体による〝衝魂〟✕100+〝黒玉〟✕100。

魂への衝撃と重力球の砲弾たる魔法の混合圧縮。本体自身も作り出し己の拳に纏わせたそれに重ね掛けされれば、その威力は推して知るべし。

頭上で弓のように拳を引き絞った卿の姿を見た大嶽丸にできたのは、高密度の妖気を纏って防御力を高めることだけで。

「――〝 黒天(わがしんえん) 失墜(におちよしん) 撃(らばんしょう) !!〟」

「――ッッ!!?」

声も上げられない。妖気の鎧を貫いた衝撃を、どう表現すべきか。あえて例えるなら、巨大地震を直接叩き込まれたような、とでもいうべきか。

大嶽丸には分からなかった。衝撃を感じたと同時に意識が飛んだから。

まるで流星だ。妖気の尾を引きながら地に叩き落とされる。その衝撃が本物の地揺れを起こす。

盛大な粉塵が巻き起こり、しかし、吹き荒れる暴風が直ぐさま砂塵のベールを引き剥がした。

見えたのは巨大なクレーター。

そして、大の字で倒れたまま動かない鬼神の姿。目は閉じられ、妖気も消えてしまっていた。

息を呑む雰囲気が漂う。

一拍。

勝負あった。誰もがそう思い、勝者に拍手喝采を贈ろうとする――寸前で。

「その首ぃ! 貰い受ける!!」

容赦なく追撃をしかける深淵卿。確実に殺す!! と言わんばかり! そこかしこから思わずといった雰囲気で「「「「「えぇ~~~!!?」」」」」と声が漏れ出る。

「ハッ、流石に油断しねぇか!」

横たわったままの大嶽丸がカッと目を見開いた。両の拳を振り上げ、振り下ろす。

その衝撃と反動で一気に巨体を起こし、巨大化させた腕で降下強襲をしかけてきた卿を迎え撃った。

ダメージを感じさせない強烈なアッパーカットは、周囲の大気を巻き込んで上昇気流を発生させるほど。

直撃を受けた卿は、しかし、こちらも曲者で。

撃墜されると即時に判断し、分身体と入れ替わる形で転移回避した。

再び相対する両者。

周囲からくぐもった声が聞こえる。一連のやり取りに気を取られた他の鬼達が分身体に首を取られた音だ。分身体達が「鬼の首とったりぃ~~」と勝ち鬨を上げている。

残っているのは、大嶽丸を除けば酒呑童子の四天王と二体の鬼だけ。

「おい、こりゃあいったいなんの毒だ? まだクラクラすらぁな。大したもんだ」

小太刀の一撃で大嶽丸に異変が起きた理由は、つまりそういうことだった。決して死にはしないが、異世界のモンスター相手でも数秒で麻痺させ、あるいは衰弱させる猛毒。

耐性と回復能力に優れた鬼相手にどこまで通じるか分からなかったが、鬼神がある意味、絶賛するほどとなれば凄まじいの一言だろう。

そんな毒物を誰が卿に渡したのかは言わずもがな。

「その称賛は、是非とも彼女に伝えてくれたまえ」

卿が視線を向けた先には案の定、エミリーがいた。少しでも浩介の役に立ちたくて、少しでも自分の身は自分で守れるようになりたくて、開発した薬品の一つ。というには凶悪すぎて、嬉しそうに報告された時は少し震えてしまった浩介だが……

ともあれ、

「ハハッ!! そりゃいい! 酒呑童子が共に侍ることを許す女が、ただの女とは思っちゃいなかったが……こりゃあ痛快だ!!」

え、もしかして恨まれる!? と大嶽丸の視線にビクッと身構えたエミリーちゃん。だが、大嶽丸からすればむしろ、人の子に一本取られるというのは痛快なことだったらしい。

「なぁ、小僧……いや、アビスゲート」

視線を戻した大嶽丸が、どす黒い血を未だにダラダラと流す腹に手を添えながら呼び掛ける。

「認めてやる。他の連中も、ここまでやられちまえば、もう認めざるを得ねぇだろうよ。てめぇは酒呑童子が侍るに相応しい強者だってよ」

見なくても分かる。酒呑童子の四天王と呼ばれた伝説の鬼達が、大嶽丸の言葉に肩を竦めたのが。他の鬼からも異論はでなかった。

「だが、降参はしない。だろう? 愉しいかね?」

「ああ! 愉しいぜ! てめぇは最高に愉快な野郎だ! この後に及んで、まだ全力じゃねぇってんだからな!!」

そう、卿はまだ最終深度という手札を切っていない。

それが大嶽丸にとって、否、鬼達にとっては堪らなく悔しくて。

何より、「死力を尽くさせてやんよ!」と滾って仕方がないのだ。強者を前に、鬼の 性(さが) が、本能が、魂が叫ぶのだ! この強者を本気にさせて、そのうえで倒したいと!

それは、鬼が人に向けるものとしては最上級の敬意であり、何よりも〝対等以上の存在〟と認めることに他ならなかった。

もはや酒呑童子のことさえ頭にはなく、目の前の強者こそが目的に変わってしまったほど。

大嶽丸から妖気が爆発したかのように溢れ出し、かと思えば瞬く間に大嶽丸が増殖していく。

「分身がてめぇだけの技だと思うなよ?」

ニヤリッと笑う大嶽丸。使えば数年は妖力が全開に戻らないだろう切り札中の切り札を、人の子相手に切る。

他の鬼達も、これが最後だと言わんばかりに各々の切り札を切っていく。

さぁ、お前の番だ。酒呑童子が蕩けるような表情で語った切り札を出してみろ! 己の意志を通したいなら、死闘という名の力比べを派手にしようぜ!! それこそが鬼の、否!! 神仏妖魔が蔓延るこの世界の流儀なんだからよぉ!! と。

そんな鬼達に、卿は流儀に乗ったように不敵に笑って、しかし、

「ふむ、やはり鬼! 鬼のように強いとはよく言ったものだ! だが、まだ足りないと言わせてもらおうか!」

そう返した。

「なに?」

「そう、深淵に果てはないが故に! 吾輩こそ深き深淵の申し子たれば、それすなわち深淵の底には決して届き得ないということであるが故に!!」

「……なに?」

たぶん、二回目の「なに?」は普通に何を言ってるのか分からなかったからだろう。

大嶽丸さん、ここに来て初めて他の鬼に目配せする。「え? お前等、分かる? これどういう意味?」と。普段は犬猿の仲である四天王さんも「え、いや、ワイも分からんが……」「最近の人の子は難しいこと言うなぁ」「と、取り敢えず、〝中々言うやないか!〟とか返しとく?」みたいな雰囲気だ。

流石は深淵卿。すぅぐ場を混沌に落とす。空気なんて読まない。

だが、その意図は明確であり、そして事実だった。

大嶽丸達は、深度Ⅵを引き出すには少々足りなかったのだ。

「いざ、仰ぎ見よ! 深淵の具現たる、いと恐ろしき禍の黒星を!! そして、沈め! 深淵の見果てぬ闇の底へ!!」

この短時間で何回〝深淵〟って言うんだよ……と、心の中でツッコミを入れる者がたくさんいることはさておき。

それは顕現した。

「……おいおい、オレが言うのもなんだか……イカレてやがるぜ」

大嶽丸が喚び出した暗雲が捻れるようにして消えた。嵐が止む。代わりに凄まじい上昇気流が発生した。

原因は、天に渦巻く黒い星。

――重力魔法が奥義 黒天窮

それも、戦いながら五百人がかりで構築した直径二百メートル級の強化版。おまけに、深度Ⅵに至れるほど高まった今なら、吸引力に指向性を持たせることも、任意の方向へ操作することも可能。

実際、即席闘技場の大地がめくれ上がり土砂や岩が次々と吸い込まれていく。ついでに地上にいた分身体達も「いやぁ~~っ」と次々と吸い上げられているが、周囲の観客には強めの風が吹きつけているだけだ。

「緋月に確認済みだ。妖魔ならば我が黒き星に呑まれようといつかは復活できると。まったく同一の存在かは保証しかねるがね?」

咄嗟に効果範囲から逃げようとした鬼二体が足を浮かせた瞬間に「ぎゃ~~~っ」と悲鳴を上げて空に巻き上げられていく。指向性を持った吸引力のせいだ。

分身体達が「大丈夫か!!」「掴まれぇ~~!!」「ふぁいとぉーーっ」「いっぱぁ~~~っ!!」とマッチポンプ救助している。

もはや、空間転移でもしない限り逃げることも叶わない。妖力をアンカーのように打ち込まねば呑み込まれる!

それはつまり、

「チェックメイトだ」

やっと出た、本日最初のフッ&ターン!! もちろん、香ばしいポージングだって忘れない。

〝黒天窮〟が容赦なく落下を始めた。慌てて退避していく空中の神格達。

「それでは来世でまた会おう!! 誉れ高き伝説の鬼共よ!!」

シュンッと消える卿。代わりに現われる分身体。あ、どうもっすと少し気まずそうにモジモジ。

それを無視して〝黒天窮〟を睨み付けていた大嶽丸と四天王達は……一拍。やれやれと肩を竦めて笑い合った。

そして、

「こりゃあしてやられたぜ」

大嶽丸の、降参を示す言葉に異論はなく。

伝説の鬼達は揃って敗北を受け入れ、黒き星の下に消えたのだった。

最後に、

「「「「「最後まで諦めるなぁーーっ」」」」」

と飛び込んできた分身体達に、

「「「「「てめぇ何がしたいんだよっ!?」」」」」

とツッコミを入れさせられたが。

鬼の矜持に従い潔く死ぬことも許してくれない深淵卿は、ある意味、魔神の右腕というのに相応しいのかもしれない。

と、直ぐ傍でいつの間にかポーズを決めている浩介を見て、エミリー達は思ったのだった。ラナだけは大はしゃぎで写真を撮りまくっていたが。