軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 その頃、地球では ③

時間は少し遡り、バスガイドお姉さんこと 甘衣(あまい) 杏寿(あんじゅ) が襲撃を受けて頭がパッパラパーになるも、愛子(分身体)に助けられた翌朝のこと。

「 兎和(とわ) ちゃん、本当にありがとう。かくまってくれて」

「気にするなぴょん。世界の裏側を知ってしまった友人同士、水くさいことは言いっこなしぴょん」

避難先――クリスマスでの襲撃事件以来、すっかり仲良くなったウサミミメイド先輩こと 卯佐美(うさみ) 兎和(とわ) が、ウサミミメイド衣装をヒラヒラッ、付けウサミミをぴょんっと元気に揺らしながら胸を張った。

ちなみに、ウサ先輩は高校卒業後、割と直ぐこの業界に飛び込んだので、今年でウサミミメイド歴十年の猛者だ。その貫禄、ベテラン感は半端ではない。

その有様はもはや〝私がウサミミメイドだッ〟と、某ガンダ○を名乗り始めた刹那的に生きる主人公の如く。

一度ウサミミメイド服を纏ったなら語尾のぴょんは決して忘れない。それがいつ如何なる時、どんな場所だろうと、堂々と胸を張ってぴょんっする。

本人曰く、これは魂のぴょん。己がウサミミメイドである限り、ぴょんは不滅である。とのことだ。

まさにプロ中のプロ。本物のプロウサミミメイド。ウサミミメイドこそがライフワーク。

それは新店舗の店長どころか、周囲数店舗全ての 統括ウサミミメイド長(エリアマネージャー) として内定も決まるわけだ。きっと彼女は、生涯ぴょん道を貫くことだろう。

閑話休題(まぁどうでもいいか) 。

「それより、まずは朝食を食べるぴょん。当店自慢の萌え萌えうさぴょんオムライスだぴょん」

「わぁっ、かわいい! ウサギさんの形だぁ~」

「サービスするぴょん? 今なら無料でツーショット写真も――」

「あ、それは大丈夫」

「……そうかぴょん」

たとえ開店前であろうと、ここがお客には声も届かない店の奥の仮眠室であろうと関係ない。

横ピースしながらキランッ、ウサミミぴょんっ! キラキラ笑顔はデフォルト♪ 片手に持ったトレー上のドリンクや朝食は揺れもしない!

友人が襲われたのに場所だけ貸して一人帰るわけにはいかない! と一緒に泊まってくれたウサ先輩は、友人相手でも朝から完璧にウサミミメイド先輩だった。

なぜか常連客達にも〝先輩〟と敬称をつけられて呼ばれているウサ先輩は、ちょっとしょんぼりしつつも二人分のオムライスとアイスカフェオレを配膳した。

お礼を一言。いただきます! と手を合わせてオムライスを頬張るバスガイドさん。絶品だった。ウサ先輩は料理の腕前も確かだった。

しかし、次いでアイスカフェオレを口にしたバスガイドさんは……

「っ、……まだ足りないと申すか、だぴょん……」

「あ、ううん、そんなことはないよ? うん、普通に飲めるし」

「くっ、美味しいの一言を引き出さずして何がウサミミメイドか! だが、だがしかし! 友人をこのまま糖尿病一直線にしていいものかっ……ああ、ダメだぴょん! そんな悲しそうな表情で飲まないでほしいぴょん! ここは私の聖域! 悲しみは一切許さないぴょん!」

角砂糖の瓶をそっと差し出す。苦渋の選択をしたウサ先輩の表情は苦虫を百匹くらい噛み潰したかのようだ。追い角砂糖はあと少しに、本当にあと一、二個に――と強く強く視線で訴えるが……

甘衣お姉さんの表情はパァッと輝いた。誕生日プレゼントを貰った幼女の如く。そして、瓶ごと傾けてダバーッ。

「いや、マジで。マジで糖尿病になるで……」

一瞬、マジで素になっちゃうウサ先輩。心なしかアイスカフェオレがドロッとしている。マジで友人の体を心配してしまう。

「健康診断は毎年受けてるけど、引っかかったこと一度もないよ? むしろ、類い希な健康体って褒められるくらいだし」

「人体の神秘だぴょん」

なんて話をしつつも朝食を楽しんでいると……

「おはようございますっ!! 私が来た!!」

めっちゃうるさ――元気な声と共に、仮眠室の扉がバンッと開けられた。実にうるさい。

うるさい人物の正体は、バスガイドさんを守り、ここまで避難させた日常冒険系女子高生――通称〝後輩ちゃん〟こと 日野凛(ひのりん) だった。

制服姿だが、店内だからだろうか。付けウサミミだけは装備している。

「いつもノックをしろとあれほど――」

「すみませんっ、ウサ先輩! 楽しそうな話し声が聞こえたのでつい!!」

まったく悪びれた様子もなく、ちゃっかり自分用のカフェオレを用意している後輩に呆れ顔を見せるウサ先輩。

自分の隣に座るや否や、オムライスと顔へ忙しなく期待の眼差しを向けてくる。

なぜだろう。ウサミミメイド後輩なのに、どことなく犬ミミとブンブン振り回される犬シッポを幻視できるのは。

仕方ないので、なんとも憎めない愛らしい後輩にあ~んをしてあげる。それを待っていたとばかりに、なんの遠慮もなくあ~んする後輩ちゃん。

もきゅもきゅと頬張りながら「んんっ~~おいひ! 流石はウサ先輩のオムライシュ!」とご機嫌だ。テーブルの下で足もパタパタしている。

「ふふ、仲良しだねぇ~」

と、これにはバスガイドさんもほっこりニコニコだ。

「ウサミミメイドの偉大な先輩ですからね! ウサミミメイドとして、私のウサ先輩に対するリスペクト値はカンストしてます!」

「リンの場合、どちらかというとバトルメイドというべきだと思うぴょん」

口の端についたケチャップを拭ってあげつつ、ウサ先輩は後輩ちゃんがテーブルに立てかけた物を見やった。袋に包まれた長物――中身は竹刀と木刀だろう。

実際に戦っているところは見たことがないけれど、よくバイトの休憩時間に裏口通路などで練習しているのだ。

その時、この恐るべき後輩は、ウサ先輩の目では捉えきれない速度の連続突きを放っていた。一瞬、木刀が三本に分裂したと錯覚するほど傍目にも恐ろしい突きだった。

それ、人体に当てたら確実に死ぬぴょん? というか、額、喉、心臓って呟きながら練習するのやめてほしいぴょん……殺意高すぎだぴょん……と思わず背筋が震えたのを覚えている。

なのに、「くっ、こんな形だけの三段突きじゃあ……届かないっ……九○龍閃もいつ使えることになるやら……」と悔しそうにしていたのだ。もちろん、付けウサミミとヒラヒラメイドスカートを揺らしながら。

素直に恐ろしいと思った。いったい何と戦うつもりなんだぴょん……というか、この後輩、絶対に誰か殺すつもりでやってるぴょん……と。

「いつかやらかしてニュースとかに出ると思うぴょん。その時は〝いつかヤると思ってましたぴょん。普段からやべぇ奴だったぴょん〟て答える心の準備はできてるぴょん」

「それどういう意味ですか、ウサ先輩。あ、あともう一口!」

ほれ、あ~んだぴょん。あ~ん♪ おいひ!

「ウサミミメイドお姉さんが、ウサミミJKにあ~ん♡してる……」

「尊い……ひたすらに尊い。南雲、俺にもてぇてぇとは何か、分かった気がするぜ……」

唐突に、 啓蒙(けいもう) されたっぽい男達の声が響いた。

「ひっ」

と声を上げたのはバスガイドさんだ。その視線は、仮眠室の扉に向いている。正確には扉の縁に。

トーテムポールのような位置で、顔を半分だけ覗かせて恍惚の表情を浮かべている大変気持ち悪い不審者が二人いた。

中野信治と斎藤良樹だった。

「二人共何をしているんですか……」

「あ、愛子さん!」

入ってきたのはスーツ姿の愛子だった。もちろん、分身体の方だ。バスガイドさんの表情が一気に安堵のそれに変わる。

それを見て、愛子(分身体)はニッコリ笑った。それはもう迫力のある笑顔を、信治と良樹に。

「……本当に何もしてないですよね?」

「「ひどいっ。一生懸命、警護してただけなのに!」」

仲良しか。と思わず後輩ちゃんがツッコミを入れるくらい綺麗にハモっていた。それが逆に怪しい……と言わんばかりに笑みが深まる愛子先生。

「安心してほしいぴょん。そのために夕べは一緒にお泊まりしたぴょん。二人とも大人しくフロアで過ごしてたぴょん」

苦笑気味ながらウサ先輩が無実を証明してあげた。

実は、ひとまずの護衛として呼び出された信治と良樹もまた、昨夜は店内で過ごしていたのだ。

護衛なので当然といえば当然だが……

しかし、彼等には少し問題があった。そう、下心である。

ハジメと連絡先を交換していた事実に怒髪天を衝く勢いでキレた姿もドン引きだったが、クリスマスの事件を話し誤解だと分かった直後、彼等は顔を見合わせにっこり。

格好をつけるくらいならまだしも、連絡先を始め、あの手この手で甘衣お姉さんのプライバシーな情報を探ろうとしたり、すっごい遠回しにデートに誘ったり……

本人に脈なしとみるや露骨にバスガイド仲間を集めての合コンを促してみたり、最終的には恥も外聞も捨てて土下座で懇願したり。

極めつけは、だ。

「バックヤードへの出入り禁止を守ったのはともかく……やけに静かだと思ったら、私達の生活音を少しでも聞こうと扉の前で正座して耳を澄ませていたのは……流石にき――ごほんっ。注意したぴょん」

「うわぁ……」

「やめろ、後輩! 女の子の〝うわぁ〟は直接の罵倒より俺等に効くっ」

「しょうがないじゃん! こんな可愛いお姉さん方と一つ屋根の下でお泊まりだぞ! 男ならテンションあがるじゃん!」

必死の訴え。それは朝食の席ですら別にされるはずである。

これでもバスガイドさんは「守ってくれているのに流石に申し訳ない……」と朝食は一緒に取ろうとしたのだが、もちろん、ウサ先輩が止めた。

朝から友人の精神を削らせたくなかったから。社会人なのだ。今日も今日とて労働なのである。朝からこの二人の相手は辛かろう、と。

「うぅ、あわよくば夜通しおしゃべりくらいはできるかと思ったんだ……なのに早々、仮眠室に行っちゃうし……」

「泣くな、信治。俺達は護衛。護衛に徹するのは当たり前さ……」

分かってんならそうしろよ、みたいな冷た~い後輩ちゃんの視線が突き刺さる。

なお、後輩ちゃんは家に帰っていた。護衛として、あるいは護衛される側として、念のため一緒にいるべきではあったのだが何せ実家暮らしである。

年上のお姉さんと遊びに出かけたはずの娘が血相を変えて木刀を取りに戻ってきて、ろくに説明も連絡もしないまま外泊し、結局、翌日は剣道部の朝練があるはずなのに制服も置きっぱなしで戻ってこない。

それは、娘のトラブルホイホイ体質を理解しているとはいえ、親御さんも心配するというもの。というわけで、愛子は悪魔に警戒と護衛を依頼しつつ、後輩ちゃんには一度家に戻るよう促したのだ。

「……二人共、兎和の 接客(ごほうし) じゃあ満足できなかったぴょん?」

流石はウサ先輩。こんな二人相手でも、しっかりもてなしていたらしい。店内にいる悪意なき者なら皆ご主人様。心の底まで沼らせてやろうぴょん! というプロの気概が見える!

そのプロの気概と技に、

「「ッッ!!?」」

度し難い二人はあっさりとハートをぶち抜かれていた。

瞳をうるうるさせたウサミミメイドお姉さん。ご丁寧に両手をぎゅっと握り締めて口元に添えている。もちろん、上目遣いだって忘れない。

あざとい! 流石はウサミミメイドお姉さん! 実にあざとい!!

分かっているさ、これが演技だって。ああ、分かっているとも!

だがしかし! 〝可愛い〟を前に、そんなことが関係あるか? 否、ない!!

「い、いえ、大満足です! 晩飯も朝飯も最高でした!! ケチャップで描くハートマークが完璧っていうか!」

「うさぴょんポーズもめちゃんこ可愛かったです! ツーショット写真、家宝にしますっ」

存分に萌えキュンしたらしい信治と良樹。ウサ先輩の手練手管に、すっかり骨抜きにされている様子。夢を見ているような表情だ。非常に気持ちが悪い。後輩ちゃんの手が思わず竹刀袋に伸びている。

「いやぁ、メイド喫茶って良いものですねぇ……人類が生み出した文化の極みだと思う」

「店内の写真を見たけど、ここのメイドさん達マジでレベルたっけぇんだ……」

ウサ先輩一人で、あれほどの満足感。営業時間内に来たらいったいどうなってしまうんだ? 頬を真っ赤に染めて期待に身震いする二人。を見て身震いする後輩ちゃんとバスガイドさん。カフォオレ飲まなきゃ!

「それじゃあ、今度は護衛とか関係なく帰ってきてくれるぴょん? ご主人様?」

「「毎日帰ってくるよ!!」」

新規 常連(ごしゅじん) 様、二名確保ぉ!! なんて心の声が聞こえてきそうな輝かしい笑顔が、ウサ先輩の顔に浮かんだ。

流石はウサ先輩! メイド喫茶界の次期 殿堂入り(レジェンド) 候補!!

「え~と、そろそろいいですか?」

微笑ましそうに見守っていた愛子(分身体)が、タイミングを見て口を開いた。

相変わらず、通称〝覚醒愛ちゃんモード〟である。耳に髪をかける仕草、腕を組んで立つ姿が妙に艶めかしい。

後輩ちゃんが「やっぱり、いつもの愛ちゃん先生の方がいいかも……」と呟いている。

今朝、念のためにと車で迎えに来てくれたのだが、恐縮する両親への対応も、車中での会話も実にスマートで……

正直、後輩ちゃん的には居心地が悪かった。それは信治と良樹も同じらしい。なんとも居心地悪そうに座り直し、大人しく話を聞く態勢になっている。

それに「良い子ですね♪」と慈しむように目を細めるのだから、余計にそわそわしてしまう。

「例の襲撃者ですが、追跡していた悪魔さん達から連絡がありました。今朝一番の便で日本を出たようです」

「え、昨日の今日で?」

バスガイドさんが驚きに目を丸くしている。

彼等は何かの書物を探していた。バスガイドさんが持っていないことには納得した様子だったが、もう少し周囲を探られるとは思っていたのだ。

それくらい彼等は執念深そうで、何より、どこか切羽詰まっているように見えたから。

「はい。米国行きの便に乗ったようですね。悪魔さん達も同乗するそうです。彼等の組織や目的を詳しく探ると」

「そうですか……」

どこか釈然としない様子のバスガイドさん。今までの経験則だ。あまりにあっさりした幕引きは逆に不安らしい。

覚醒愛ちゃん(分身体)が、甘衣さんの手を取り優しく握り締める。

「会話から、彼等は帰還者――つまり私達を恐れているらしいことが分かりました。あらゆる組織に構成員を紛れ込ませているらしいのですが……」

「あ~、南雲の手でボランティア精神に目覚めさせられた仲間が多数な感じか」

「張り込んだ組織を隠れ蓑にして帰還者を探ろうとして、一緒くたにボランティア送りにされたんだな」

苦笑する信治と良樹に愛子が頷く。

「甘衣さんが、去年のクリスマスの件で南雲家と関わりを持ったことも掴んでいたようです。まだ繋がりは薄いと見て襲撃したようですが……」

「南雲先輩の関係者に手を出したことに変わりはないから、急いで国外逃亡したってことですね。先輩達が不在なのも把握してたらしいですよ」

道中の車中で既に説明されていた後輩ちゃんが、自分のカフェオレに口をつけ既に空であることに悲しげな顔になる。

バスガイドさんが、「残り少ないけど、私ので良かったら」と自分のカフェオレを視線で勧めてくれた。話の途中なのもあって、警戒することもなく口をつけちゃう後輩ちゃん。

残り少ない。それすなわち、飽和して溶け切らなかった甘みが沈殿している部分を飲むと同義。

後輩ちゃんは「んんぁあっ!?」と奇怪な悲鳴を上げ硬直した。暴力的な甘みに意識が持っていかれそうなのを必死に耐えているのだろう。

「逆に言うと、そうまでして杏寿ちゃんを襲うくらい欲しい物だったってことぴょん? 連中、また来そうぴょん?」

心配そうに尋ねるウサ先輩。

「いえ、他にも進めている計画があるようで、ひとまずそちらに注力するようですね。甘衣さんに関しては手を引く旨の話をしていたとのことです」

ホッと胸を撫で下ろすバスガイドさん。ウサ先輩も唐突にやってきた非日常に内心では緊張していたのだろう。肩から力が抜けていくのが分かる。

「彼等の目的、組織、今後の行動など、二、三日もあれば悪魔さん達が調べてくれると思いますが……ひとまず事態は収束したと思っていいでしょう。今は追加の情報待ちですね。本体にも情報は送ってますから、いざという時は頼りますし大丈夫です」

だから、心配ないとバスガイドさんの目を見て微笑む愛子。もちろん、手を握り締めながら。

思わず「お姉ちゃん……」と言いそうになって、バスガイドさんは頬を赤らめた。

この覚醒愛ちゃん、やっぱりいろんな意味で危険だ。今日も学校には出勤しなければならないが、教頭先生は相変わらず睨みをきかせていることだろう。

そして、隙を見せれば今度こそ容赦しないはずだ。そう、心のお医者さんに診てもらうべく病院への強制連行を。

という教頭VS愛子(分身体)の攻防はさておき。

「えっと、それじゃあ家に戻っても大丈夫そうですか?」

「ええ、問題ないですよ。とはいえ、何事も楽観視はいけませんから、念のため完全に問題ないと分かるまで悪魔さんに頼んで護衛してもらおうと思うのですが、構いませんか?」

「あ、悪魔……さん、ですか……」

なんとも言えない表情のバスガイドさん。愛子を疑うわけではないが、悪魔を傍に置くと言われて素直に頷ける者は、そういないだろう。普通に怖い。

「ちょっとちょっと、先生。護衛なら俺達がいるじゃないっすか。家でも仕事場でも、どこでも俺等が張り付いてますよ」

「大丈夫っすよ、甘衣さん。俺達がおはようからおやすみまで傍にいますから!!」

「だからですよ」

下心満載の男子二人が常に傍にいる。普通に辛い。だって、現状が既にこれだもの。

ニッコリ素敵な大人の女性スマイルで〝人選を間違えた〟と暗に言い放つ愛子に、信治と良樹は愕然とした。

「う、嘘だろ、先生。俺達から可愛いお姉さんの護衛なんて美味しいシチュエーションを取り上げようっていうのか!?」

「そこで〝美味しい〟とか言っちゃうからですよ」

「分かった、分かりましたよ。あわよくば年上のお姉さんの家に上がれるかもって期待は捨てます。外で待機するから、それでいいでしょ?」

「何も良くないです」

マンションの外でずっと特定の部屋を監視している男二人。普通に通報案件だ。

「というか、そもそもです。緊急事態だから頼らせてもらいましたが……二人にだってお仕事があるでしょう? ずっと拘束しているわけにはいきません」

その点、悪魔ならいつでもフリーだ。むしろ、仕事待ちしている悪魔はたくさんいる。

駆けつけてくれた感謝と気遣いの眼差しを見せる愛子に、

「「……」」

しかし、信治と良樹は思いっきり目を逸らした。愛子ちゃん先生の目が急速に冷えていく。

「まさか……またバイトをクビになったなんてことないですよね?」

「ク、クビにはなってない。まだ」

「ただ、ちょうどどっちも今のバイト合わないよなぁ~、俺達にはもっとやりがいがあって相応しい仕事があるよなぁ~って話してたところだったから」

可愛いお姉さんを護衛する方がモチベ上がるじゃん? なら、いっそこの機会に辞めちゃって護衛を優先してもよくね? という思惑らしい。

「ダメですよ、二人共! そんな無責任な! だいたい、いつまでもフラフラしていたらご両親も――」

「か、母ちゃんみたいなこと言わないでくださいよ! 正論って時に暴力なんですよっ」

「俺達は今、自分探しの旅をしているだけなんだ! 俺達に本当に相応しい仕事は何かって模索しているところなんだよ! 暖かく見守って!」

その場の全員が思った。ダメだこいつら、早くなんとかしないと……と。

なので、年上のお姉さんとして、一人の社会人として、バスガイドさんもニッコリ笑顔できっぱりはっきり言った。

「中野君、斎藤君。護衛、本当にありがとうございましたっ。お仕事頑張ってね!!」

「「終わったことになってるぅ!?」」

駆けつけてくれて感謝しているのは本当だ。その気持ちがこもっているからこそ、信治と良樹もなんとなく食い下がり難い。

バスガイドお姉さん達との合コンの夢、破れたりッ。と敗残兵の如き雰囲気になる信治と良樹は、ひとまず放っておいて。

「えっと、それじゃあ、少しの間だけ……悪魔さんの護衛、お願いしてもいいですか?」

「もちろんです」

ちょっと、いや、本当はかなり怖い。超常の存在がもたらす恐怖をよく知る身だからなおさら。しかし、若者二人の将来とバイト先の皆さんが被りかねない迷惑を思えば選択の余地はない。

そんな気持ちが透けて見えるバスガイドさんの表情に、先程からずっと水をガブ飲みして口内の甘みを流していた後輩ちゃんが、ようやく一息ついた様子で声をかけた。

「大丈夫ですよ、甘衣さん」

「リンちゃん……もしかして、リンちゃんにも?」

「はい、護衛を付けてくれるそうです。普段は姿を見せないそうですし、プライバシーも守ってくれるそうですから……こう守護霊がついてると思えば良くないですか?」

「つ、強いね……」

特に気にしてなさそうな後輩ちゃんの様子に、バスガイドさんは感心半分ドン引き半分な様子。だが、次ぐ後輩ちゃんの言葉で納得した。

「いえいえ、強いとかじゃなく……あの南雲先輩の部下ですよ? 私達に何かするわけないじゃないですか」

「あ~~、そういうこと……」

それはそうだ。何よりの安全保障である。また、人選ならぬ悪魔選という観点からも、その心配はないだろう。愛子(分身体)が頼める悪魔は、そもそもハジメが選抜し問題ないと判断した悪魔に違いないのだから。

超常の存在が常に傍にいるなんて発狂もののはずだが、後輩ちゃんのあっけらかんとした様子や愛子達への信頼もあって恐怖感が薄れていく。

それを示すように、バスガイドさんの口から、ふぅ~っと力が抜けたような吐息が漏れた。

「……なんですか、中野先輩、斎藤先輩。ニヤニヤして……何か言いたいことでも?」

不意に物凄く不機嫌そうな声が。後輩ちゃんが先輩二人を睨んでいた。信治も良樹も、確かにニヤついている。いや、二人だけではない。ウサ先輩もだ。愛子までなんだか微笑ましそう。

「べっつにぃ?」

「なんだかんだ言って、南雲のこと心底信頼してんだなぁ~なんて思ってないよぉ?」

「っ、はぁ? はぁっ? 意味分かんないですけど!」

「リンはもう少し素直になってもいいぴょん?」

「素直ですが!? 素直に南雲先輩の悪逆非道な性格と恐怖統治を信じていると言っただけでしょうが! 悪魔だってそりゃ逆らいませんよ! 絶対、死ぬより恐ろしい目にあうじゃないですか!」

うんうん、そうだね。と生温かい目になるお三方。

普段なら後輩女子に慕われるハジメなんて嫉妬の対象以外の何者でもないが、在学中から関わりを見ているのもあって、信治と良樹的にも後輩ちゃんは別だ。

……まぁ、まったく嫉妬しないかと言えば、嫉妬の権化みたいな二人であるから嘘になるが。今は揶揄いたい気分が勝つ!

「その微笑ましそうな目をやめてください! 邪推の極みですよ!! ほらっ、この鳥肌見て! あの人はあくまで宿敵なんですからね!」

なんともしても先輩達の勘違いを否定したい後輩ちゃんだが、否定すれば否定するほど眼差しは生温かくなっていく。

なので、仕方ない。

「……言葉で分かってもらえないなら、もう〝真・三段突き〟を放つしかない……先輩達が悪いんですからね?」

ウサ先輩がいつか見た練習は、いつの間にかひとまずの完成に至っていたらしい。それもアーティファクトたる黒木刀の能力と合わさって何やら〝真〟がつくほどに。

ビキビキッと額に青筋を浮かべ、黒い木刀を取り出す後輩ちゃん。「起きて、洞○湖」と呟くと同時に、黒木刀が真紅の輝きを纏った!

ワッと逃げ出す先輩達。そして、

「わわわっ、リンちゃん落ち着いて! その技、普通に人を殺しかねないからね!?」

「大丈夫です。先輩達ならこれくらいやらないと話にならないからぁっっ」

「待つぴょんっ!! 私は一般人だぴょん!?」

後輩ちゃんの戦技の威力を知っているので、思わず羽交い締めにして止めに入るバスガイドさん。ウサ先輩は凄まじくキレのあるステップで信治と良樹を盾にする。

そんな中、

「ふふ、朝から賑やかですね~。こちらはこちらで楽しいと、本体に伝えおきましょう。ああ、でも皆さん! そろそろ出ないとお仕事や学校に間に合わないですからね! じゃれ合いもほどほどに!」

本体だったら小動物の如くアワアワしているだろうこの状況で、覚醒愛ちゃんはやっぱり冷静だった。

その後、勢い余って店外に出てしまった先輩二人VS後輩ちゃんの戦いが、通行人達にばっちり撮影され……

不法侵入した二人組を、ウサミミを付けた女子高生が木刀で撃退した。それは、バイト先のウサミミメイド先輩を助けるための勇気ある行動だった! とネット上でバズったうえに、ニュースにもなり。

話題になった店として、一時的に客足が爆増したのは余談である。

もちろん、警察はこの二人組の行方を追っている。

そうして、三日ほど経った夜のこと。

「あの人、ほんとどこに行ったんだろ……」

仕事を終え、街灯の明かりたっぷりな住宅街をテクテクと帰路につくバスガイドさんが呟いた。

この三日、特に襲われることも、そんな気配を感じることもなく平穏そのものだった。だが、まったく何事もなかったのかと言えば、そうでもなく。

「襲われたこと相談しようと思ってたのに、三日も欠勤するなんて……」

襲撃の日から姿を見せない職場の人間がいるのだ。そう、あの帽子を目深に被りすぎなバスの運転手である。

人付き合いが悪く、無愛想で、職場でも彼のことをよく知る人はいない。如何にも職場の古株っぽい雰囲気を醸し出しているが、そもそも今の職場に来たのも二年前くらいだ。

そんな彼が、バスガイドさんと同じく裏の顔を持っていたことを知ったのはクリスマスの時。妖しげな書物の運搬を頼まれた時だ。

「一応、家の都合ってことらしいけど……絶対、何か関係あるよね。今回の襲撃と。それもたぶん、襲撃者と敵対する感じで。あの人、探索者らしいし」

彼なら襲撃者や求めている書物の正体、そして今後の展開など予想できるのでは? と思っていたのだが完全にあてが外れてしまった。

今までは〝見ざる聞かざる言わざる〟こそが生存にとって最大最強の鍵だと信じていたので、クリスマスの時も最小限の事情説明を受けただけだ。むしろ、それ以上の情報を拒否したくらいだ。

崇拝者の良からぬ企みを防ぐ探索者……彼等の闘争に巻き込まれては命が幾つあっても足りないから。

当然、運転手さんの素性なんて知りたくもなかった。むしろ、なんで〝あっちの関係者〟が同じ職場なんだと嘆いたくらいだ。

南雲一家と知り合い、頼りになる友人達も出来たから現状維持を選んでいたが、そうでなければ真っ先に遠くへ転職していたことだろう。

「こんなことなら、もっと素性とかいろいろ聞いておくんだった……せめて、裏の連絡方法とか……」

自分を守ろうと手を尽くしてくれた新しい友人達や、ちょっと目つきが嫌らしいが実力は確かで信頼できる男の子達、そして南雲家の一員たる愛子。

巻き込んだ形なのにおんぶに抱っこでは流石に仁義にもとると、せっかく勇気を出して情報収集してみようと思ったのだが早速手詰まりだ。

「……あの、悪魔さん? います、よね? 今日も護衛ありがとうございます」

姿形は見えない。気配もない。だが、今も傍にいて護衛してくれているはずの超常の存在に恐る恐るお礼を口にする。この三日、毎日していることだ。

その度に、鏡や水に、あるいは壁や地面に不自然な影が過り、地獄の底から響いてくるようなおぞましい声で微かに返答してくれるので、礼儀として欠かしてない。おはようやおやすみなさいも、一応、伝えている。挨拶は大切だし、と。

だが、今日は少し違った。

「……あれ? 悪魔さん? もしもし?」

返答がない。米国まで襲撃者達を追跡しに行っている悪魔達からは未だ連絡がなく、護衛の任務は解かれていないはずだ。少なくとも、バスガイドさんには何の連絡も来ていない。

「あのぅ……?」

ま、まさか何か怒らせるようなことを? と焦りと緊張が湧き上がり思わず足を止めるバスガイドさん。

果たして……返答はあった。ただし、いつもとは違う形で。

街灯に照らされ伸びるバスガイドさんの影から、何かが分離しせり上がってくる。

思わず悲鳴を上げかけるバスガイドさんだったが、如何にも悪魔らしいガーゴイルの如き姿を見せたそれが、口元に指を当てるのを見て悲鳴を呑み込んだ。

「私を守ってくれている悪魔さん?」

こくりと頷く悪魔に胸を撫で下ろすバスガイドさん。

だが、その安堵も束の間。

「あれ? 誰もいない?」

異常に気が付く。いつの間にか自分以外の人の姿がなかった。周囲をやたらと警戒しつつ、悪魔が自分を指さす。

「悪魔さんが不思議パワーで人払いをした、と?」

またも頷きが返った。当然、なぜ? と疑問が湧き上がる。だが、それを口にする暇はなかった。

人払いされているはずの領域を気にした様子もなく、一人の黒衣の男が角を曲がって姿を見せたから。

「っ、貴方は!」

見覚えがあった。三日前、襲撃してきた者の一人だ。確か、後輩ちゃんに〝巨人狩○〟とかいうゲームの技を叩き込まれて危ない感じに痙攣していた男のはず。

「連絡は何も……どうやってここにっ」

相手が質問に答える前に、護衛の悪魔が動いた。疾風の如く距離を詰め、相手を地面に叩きつけようと腕を振るう。

人間相手なら反応もできずに地面とキスしていたことだろう。そして、一度捕まれば悪魔の膂力から逃げられるはずもない。

が、しかし、それは人間だった場合の話で。

――ッッ!!?

悪魔から驚愕と焦りが伝播した。当然だろう。何せ、襲撃者の姿が服ごとぐにゃりと歪み、そのまま津波のように広がって悪魔を覆い尽くしたのだから。

「あ、あっ、あぁっ」

必死に藻掻く悪魔。だが、それからは逃げられない。

そう、悪魔など置き去りにするような、そのおぞましい存在からは。

「なんでっ、なんでぇっ」

黒衣の男の姿は擬態だった。

玉虫色のスライム、と表現するのが一番近いか。泡立ち、腫瘍のようにボコボコと膨れ上がった体表。ところどころに人間や様々な動物の口と思しき器官も見える。

悪魔が何か力を使っているのか。人の精神を削るような姿が大きく弾け、あるいはごっそりと抉り取られる。しかし、完全には排除できない。

そこへ、ダメ押し。周囲のマンホールがガタガタと揺れ、そこから噴水の如く玉虫色の粘体が飛び出してきた。

そこが限界だった。悪魔の抵抗も、そしてバスガイドさんの精神も。

「イヤァーーーーーッ!!?」

反転ダッシュ。そこに躊躇いはない。悪魔さんは見捨てる。だって知っているから。

奴等を前にした人がいかに無力か。一瞬でも迷った結果がどうなるか。

だから、逃げる。ただただ逃げる!!

バスガイドさんは、懐からパックのカフェオレを出した。

糖分よ、いつものように私に力を!! と泣きながら。

「そうやって逃げて、でも、いつもと違って……なんだか確実に私を捕まえる……みたいな意志を感じて……どこまでも追ってきて……それで、スマホを操作する余裕もないし、カフェオレも尽きちゃったし、もうダメだって思って頂いたキーホルダーを……」

場所は変わって、天竜界に停泊する豪華客船アーヴェンストの温泉エリアの休憩所にて。

目を覚ました途端、悪夢でも見ているみたいに発狂したバスガイドさんが、差し出されたカフェオレ入り角砂糖を飲みながら事情を説明していた。

半泣きかつ薄ら発光しながら。継続的に〝鎮魂〟しておかないと直ぐに発狂モードになるからだ。話しているうちにだいぶ落ち着いてきたようだが。

「愛子」

関係者の安否と護衛の増加はバスガイドさんが飛び込んできた時点で既にしているが、念のために改めて確認するハジメ。

少し虚空に視線を彷徨わせた愛子が、分身体から得た情報を伝える。

「分身体の方は特に何も。日野さん達も特に変わったことはないみたいです」

「そうか」

ひとまずは安心だと、ユエや優花達も胸を撫で下ろす。

とはいえ、事態が事態だ。悪魔が敗北する手合いであり、しかも、米国へ追跡しに行った悪魔達とも連絡が付かない。

決して楽観視できない状況だろう。

「取り敢えず、敵の正体を探って悪魔以外の護衛も手配しよう。もしかしたら、悪魔特効属性持ちの怪物だったのかもしれないしな」

精神が著しく不安定だったので語るに任せたが、そろそろ怪物の正体を含め詳しく聞かないとダメだろう。

と、ハジメが改めてバスガイドさんに視線を合わせた、まさにその瞬間だった。

ハジメのスマホが着信音を鳴らした。画面を見れば、そこには――

「遠藤から?」

思わず顔を見合わせるハジメ達。

タイミングがタイミングだ。なんだか嫌な予感がしつつもスピーカーモードで出る。

『南雲? 俺、俺! 俺だけど』

「普段なら詐欺は結構だと冗談で返しているところだが、今はそれどころじゃないんでな。さっさと用件を言え」

『お、おう? いや、あのさ、今、対応課の仕事で米国にいるんだけどさ、ちょっと変な子、いや、変な生き物?っぽい何かと出会っちゃって』

またも顔を見合わせるハジメ達。龍太郎達が「おいおい、まさかだよな?」と引き攣り顔になっている。

『それでさ、その子がなんとかって書物? を探してるんだけど、なんか俺等のうちの誰かが持ってる感じがするとかなんとか……ともかく、なんか変な書物とか心当たりないかと思って確認の電話を――』

既にシアや香織が両手で顔を覆っていた。優花達は頭を抱えている。

深淵卿、ああ、深淵卿。どうしてそう、いつもタイムリーなのか。いや、まだだ。まだ今回の事案に関係しているとは限らない……

「ミュウ? どうしたの?」

「ふぇ? あ、う~ん……あのね、ママ、もしかしてなんだけど……」

何やらミュウとレミアがこそこそ話しているが、その声を掻き消すようなテンションアゲアゲの声が響き渡った。スピーカー越しに。

『あ、ちょっ、ラナ!?』

『ボス! 聞いてください! 遂に現れましたよ!』

「うるせぇ……なんでそんなにテンションたけぇんだ」

任務について行っているらしいラナが叫ぶ。彼等が直面している事態が、こちらの事情と思いっきり関係している証拠を。

『七人目のお嫁さん候補はなんとぉ~~~っ、スライム系モンスター娘です!! 本性出すと玉虫色のぐちょぐちょなので、ちょっと吐き気を催しますが逸材だと思います!! 何より、こうくんに一発で懐きましたし!!』

「今直ぐ元の場所に返してきなさい!!」

玉虫色のぐちょぐちょと聞いた瞬間、バスガイドお姉さんが絶叫を上げてひっくり返った。慌てて介抱する愛子や香織達。

「……ハジメ、取り敢えず確保させたら?」

「うむ。敵の情報が得られそうじゃしな?」

ユエとティオの苦笑気味な提案に、ハジメはあからさまに嫌そうな顔をしてしまった。

とはいえ、まったくその通りである。なので、素直に頷き、

「遠藤、今からそっちに行く。その玉虫色の新彼女を逃がすな」

『え? 今から!? というか彼女じゃないが!?』

浩介のツッコミを無視して、羅針盤を起動したのだった。