軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天竜界編 記憶を消してもう一度見たいよね!

竜王国の王宮の背後。

かつて、竜族の大規模な養殖がなされていた忌まわしき場所は、今やすっかり憩いの場となっていた。

ヘルムートVSクワイベルの爪痕が生々しく残っている場所もあるにはあるが、外縁部には草花が見え、柵の代わりにか植林された木々も規則正しく並んでいる。

元々、王宮を挟んで都の反対側は人と竜の交流場所、特に巨体を誇る王竜一族のための庭であったから、当時を知る人々からすれば〝王宮の裏庭〟の復活は大層懐かしく、嬉しいことだったらしい。

竜が離着陸する場所であるから特に建物はなく広々とした裏庭は、しかし、今夜ばかりは様相を異にしていた。

まず、中央に大きな物見 櫓(やぐら) らしきものがある。

木造で、高さは十メートルほど。竜王国の紋章が描かれた垂れ幕で下段を覆い、上は見張り台のように吹きさらしだ。

そこから八方向にワイヤーが伸びていて、半分程度にスケールダウンした小 櫓(やぐら) に繋がっている。

そして、櫓にもワイヤーにも天核を収めた無数のランタンが飾られていて、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

外縁の更に外側の空中には飛空艦が滞空していてライトアップもされている。

「わぁ~! ねぇ、雫ちゃん。なんだか日本の夏祭りというか、盆踊りの会場を思い出さない?」

「ほんとね……。屋台……というよりは簡易キッチンだけど、そういうのも並んでいるものね」

王宮のテラスからこっそり裏庭を眺めながら、香織は目をキラキラと、雫は目を瞬かせた。

どうやら、竜王国の伝統的なお祭りは、奇遇にも日本の様式に似ているところがあるらしい。

竜王国の人々がハジメ達や女王の参加を心待ちにしつつも、中央 櫓(やぐら) の上で早くも奏でられている楽器演奏に合わせて踊り始めている。

盆踊りとマイムマイムを合わせた感じと言えばイメージがしやすいだろうか。

親しい者と、あるいは親しくなくとも手を取り合って、中央櫓を中心にゆっくり回っている。

この世界特有なのは、そこに竜が混じっていることだろう。大体は目を細めて踊りを眺めているが、中には尻尾をふりふり、頭をゆらゆら、なんならステップを踏んでいる竜もいる。

「浴衣っぽい衣装だから尚更ね。あれって竜王国の民族衣装か何かなの?」

それもまた日本の夏の風物詩を感じさせる理由だろう。優花が「すごい偶然よね」と驚いた様子でローゼを見やった。

当のローゼもまた、白を基調とした浴衣姿だ。足下だけはショートブーツなので、日本人からするとちょっとちぐはぐ感がある。

テラスに集まっている面々、特にハジメをチラ見しながら照れた様子を見せるローゼ。

「いいえ、優花さん。少し前まで竜王国にこのような衣装はありませんでした。……その、実は、ティオ様の 例(・) の(・) お衣装が忘れられず……それで針子に頼んで作ってもらったのです。デザインは私ですけれど」

なんと、発信元は女王様自身の最新ファッションだったらしい。

当初はあくまで、夜着(意味深)として個人的に楽しんでいた(意味深)だけなのだが、それが侍女達の目に止まり、なぜ突然そのような変わったデザインをお召しに……と問われた結果である。

だが、まさか例の夜のあれこれが忘れられなくて、なんて流石に言えず。

「その……侍女達にはティオ様の世界の伝統衣装だと説明しましたら、私も私も……と」

「それはまぁ、この世界の人達にとってティオさんは憧れの存在でしょうしねぇ」

と、シアがなんとも微妙な表情を。否、この場の全員が、特に日本人組は「あちゃ~」と言いたげな表情だ。あるいは、どう指摘すれば角が立たないか……と思案するような。

数多の衣装を手がけてきた妙子先生なんてファッション魂が疼くのか、わなわなと震えてすらいらっしゃる。

「も、申し訳ございません! ご不快でしたら直ちに着替えるよう通達を!」

「い、いやいや、気にせんでよい。むしろ、真似たいと思ってくれたことは嬉しいくらいじゃ……なんじゃが……」

勝手に真似されてお怒りに!? とローゼや後ろに控えるサバスに緊張が走る。ティオがフォローするが、やはり表情はすっごく微妙。

と、そこでずっと視線で感想を求められていたハジメが、遂に口を開きかける。

「ま、待て南雲! お前の容赦のない率直な感想は、時に聖剣より切れ味があるんだ!」

「そうだぜ、南雲! オブラート! オブラートを忘れずに――」

淳史と昇が釘を刺すのもサクッとスルーして、

「流石にそれは……ダサいだろ……」

「ローゼお姉ちゃん……かっこいいの!」

なんか被った。娘と正反対の意見が。お互いに信じられないと言いたげな表情で顔を見合わせる父娘。

もちろん、ローゼちゃんも「え? ……え? ださ……? え?」とお目々をパチパチ。

「待って、パパ。どういうことなの? どう見てもかっこいいの! 白の浴衣に黒いドラゴンが描かれているなんて最高なの!」

「ばっ、おまっ、口に出して言うな! 極力見ないようにさえしてたのにっ」

そう、そうなのである。

なんとローゼちゃんの自作デザインの浴衣、体にとぐろを巻く感じで〝黒龍〟が描かれているのである。

それも、頭にヤのつく自由業な人みたいに入れ墨風のそれが背にあるとかではなく、浴衣の折り目も計算した上で正面に顔面がくる感じで。

しかも、ティオを意識してか、黒龍なのにフッサフサの長い睫毛まである。お目々もキラキラ。昔の少女漫画みたいな絵柄だ。

すっごく目が合う。ローゼが体を向けてくる度に、胸元のお目々キラキラ龍神様と。

ローゼが衣装チェンジして現われた時、「こ、これは!?」と一同が愕然としたのは言うまでもない。それは香織や雫も慌てて外を眺めて話を逸らすはずである。

だが、そんなデザインも、なぜかミュウには刺さったようで。

「しかも見てほしいの! 帯! 黒の帯に紅色の十字架がたくさん描かれてるの! これはパパを意識してるに違いないの! 裾や袖の縁には炎のデザインが、背中には大きな雷マークをあしらい雷炎の雲海を表現! これは秀逸ですよ! ティオお姉ちゃんへのリスペクトが感じられます!! なの!」

「や、やめろぉ! やめてくれ! それ以上は――あっ、ダメだ……心の奥底に封印した厨二時代の俺が顔を覗かせて……うっ、頭が……」

そ、そんな……褒めすぎですよとモジモジするローゼちゃんとは裏腹に、ハジメは頭を抱えて蹲った。ユエが苦笑しながらも良い子良い子とハジメの頭を撫でる。

その評論家の如きミュウの称賛は他の男子にも効いているようで。

「や、やべぇ。俺も中学時代――あ、いや違う。小学生時代を思い出して恥ずかしくなってきやがったっ」

「いやいや、龍くん。そこでサバ読まなくても。小中学生なら普通だと思うし。というか、大人でも好きなら別にいいと思うよ? TPOさえ弁えてれば、少なくとも私は気にしないし」

ガバッと鈴を抱き締める龍太郎。ふわ!? なになに!? どうしたの? と顔を赤くしつつも抱き締め返す鈴。そんなナチュラルにイチャつくカップルはさておき。

雷や炎のデザインが嫌いな少年なんていない! 旅行先で絶対に見かける〝剣に巻きついたドラゴンのキーホルダー〟くらい大好きに決まってる!

だから、別におかしくねぇし! と呟きながら、淳史と昇も誤魔化すようにして全力で明後日の方向を眺めた。お祭りたのしそ~~。

いや待て、浴衣を着ている人達……まさか、全員、同じデザインでは!?

「ふむふむ……ねぇねぇ、ロゼっちぃ~~?」

「はい? なんですか、奈々っちさん」

流石は陽キャ代表というべきか。今日一日だけで随分と気安い関係を築いた奈々がニヤニヤしながらローゼと肩を組んだ。

そして、スマホを取り出すと、

「こっちの世界じゃあ文字も人気のデザインなんだぜぇ? ほら、これなんかどうよ」

「まぁ! なんだか威厳のある文字ですね! かっこいい……これはいったいどんな意味があるんですか?」

「ふふん、これはね――〝天空之覇者〟って読むんだよ?」

「て、天空之覇者!! かっこよすぎる!!」

「「「「やめろバカ!」」」」

「他にも〝天上天下唯我独尊〟とか、〝深淵卿〟とか……」

「ど、どうしてでしょう! そちらの世界の文字は……心が躍るっ」

「園部ぇ! そこの愉快犯を止めろ!」

投げ渡されたのは、忙殺時期にハジメが依頼して作ってもらった何徹しようが目がバッキバキに冴えるエミリー博士特製の目薬だ。

ハジメから頼られると反射で動いちゃう優花ちゃんは、たとえそれが水滴だろうと天職〝投擲師〟の実力を遺憾なく発揮した。

高速で飛んだ二粒の水滴は、見事に奈々の両目にヒット。

「!!? 目がっ、目がぁーーーっ!? 超くぅーーーるぅ!!」

えび反りブリッジしながら「超きもてぃ~~っ」とビクンビクンッする姿を見ると、果たして目薬の成分は合法なのかとっても気になるところだが……取り敢えず、放置して。

「レミア! この世界にはお前の力が必要だ!」

「あらあら……分かりました。滞在中に針子さん達とゆっくりお話させていただきますね?」

「……ん。取り敢えず、今日のところはお土産に持ってきたやつ渡しておく。ほら、ローゼ? こっちにおいで。私達からの贈り物」

「え? え? いったい何が……贈り物、ですか?」

ユエが優しい表情、あえて表現するならロマンに突っ走って周囲が見えなくなっているハジメに向けるような眼差しをローゼに向けながら、そっと手を引いていく。

「……むぅ。かっこいいと思うのに。解せぬ、なの」

「ミュウちゃん、時折、普通に小学生っぽいところを見せてくれるのは嬉しいですけど……大抵、感性が男の子寄りなのは誰の影響でしょうね」

「愛子、そんなの決まってるだろ。悪影響を与えているのは、いつだって深淵卿だ」

「ハジメさん、普段一緒に暮らしていない私でも分かりますよ。父親の影響が一番だって」

自覚はあったのか。リリアーナの指摘に、ハジメはそっと視線を逸らしたのだった。

それから、およそ十五分後。

「「「おぉ~~~~」」」

「わっ、かわいい!!」

「あら、そっちを選んだのね。うん、似合ってるわ」

「ローゼお姉ちゃん、キュートなの!」

ハジメ以外の男子陣が思わず歓声を上げ(もちろん、龍太郎は脇腹を少しばかり抓られたが)、香織や雫を筆頭に女性陣も称賛の声を上げた。

「そ、そうでしょうか? その、足を出すというのは……なんとも羞恥心にかられるのですが……」

持ってきたお土産――着物や浴衣には、もちろん日本の伝統的なデザインのものもあったが、実は竜人族特有の和洋折衷タイプやミニスカタイプもあった。

その中であえて選ばれたのはミニスカ浴衣タイプ。

よくよく考えると、ローゼが足を晒すデザインの服装を着ているところは見たことがないように思う。以前は作業用つなぎ服というか、良く言ってパイロット風の衣装だったし、再会後もロング丈のドレスだった。

戦士の女王らしく相応に鍛えられている足は実にしなやかで、十分に美脚と称していいだろう。

桜の花びらをあしらった足袋に少し厚底の下駄。リボンが付属していて足首で固定できるようになっている。浴衣のデザインも桜柄だ。

「……ん。よく似合ってる。この桜という木は、ハジメの祖国を象徴する木。友好の証だと思って?」

「嬉しいです……本当に……」

慈愛の滲む眼差しと共に、浴衣と同じく 簪(かんざし) を使ってセットしてもらったらしい髪を優しく撫でられて、ローゼは思わず涙ぐんだ。ユエの優しさに胸の奥をギュッと締め付けられたみたいに、口許もギュッと引き結ぶ。

「……で、どう? ハジメ。頑張ってミニスカに挑戦した女王様の姿は」

悪戯っぽく、ミニスカを推薦したのは自分だと暗に自白するユエ様。

ハジメへの横恋慕は別としても、何かしらに一生懸命な頑張っている女の子には割と弱いというか、ついつい優しくなってしまうユエである。

かつて、奈落から出たばかりの頃であっても、一生懸命なシアにほだされていったように。

そういうとこだぞ。高校でも大学でも、女の子にやたらとモテるのは。と、少し呆れつつも、シア達共々ハジメが好きなユエの良いところなので言葉にはせず。

「ああ、似合ってるよ。文句のつけようもない。またワンチャンかけてアタックしてくる男が増えるだろうな」

「! そ、そんな……えへへ……あぃがとうござます……」

袖で顔を隠すローゼは、確かに可憐だった。そして、ハジメの予想もまた確かだった。

恥ずかしそうにしつつも生足を惜しげもなく晒す女王様の姿に、この後、ハートをぶち抜かれることになる男は星の数ほど。

加えて言うと、同じくハートを撃ち抜かれた女性も多数。これにより、竜王国でミニスカ浴衣ブームが訪れたりするのだが、それはまた別のお話。

「ですが、やっぱりティオ様のお姿はどこかに入れたく思いますね……ご不快でないのでしたら」

「むぅ? 龍神モードの妾を? そんなに?」

「もちろんです! あの日、貴女様の真のお姿を目撃したもので心を奪われなかった者はいません! ……ですが、竜王国民の大半は伝聞でしか知らず、それが歯がゆいと申しますか、自分達だけ知っていることが申し訳ないと言いますか……」

「て、照れるのぅ……」

ティオが気恥ずかしげに頬を掻く。

ローゼが龍神モードのティオをデザインしたのは、単に好みを反映しただけでなく、少しでもあの時の感動とティオの威容を共有したいという想いからでもあったのだろう。

「ねぇ、ローゼちゃん。それでいくとさ……南雲君のコスプ――ごほんっ。恰好を真似ている人がいないのはなんで?」

「おい、菅原。やぶ蛇って言葉を知らないのか?」

かのトータスの聖地(笑)――ブルックの町の如きコスプレ大会なんて開かれた日には心が死んでしまう、と半眼になるハジメ。

でも、ユエ達も同じく疑問ではあったのだろう。答えを気にしてローゼを見やる。

ローゼは、実に単純明快な答えを教えてくれた。

「怒られたら怖いので」

さもありなん。お優しいティオ様なら、もし不快に思っても誠心誠意謝罪すれば、きっと許してくださる。でも、魔神様は? むりむり。想像しただけでチビる。

ということらしい。

まさに、触らぬ魔神に祟りなし、というわけだ。

「「「「「めっちゃ納得!」」」」」

龍太郎達が綺麗にハモる中、もちろん、ハジメは納得しかねた。いや、真似されないなら別にいいんだけどね? と複雑な心境になりながら。

『もぅ、ローゼ、何してるの? みんな待ちかねてるよ! 僕だってずっと待機しているのに!』

白銀の輝きがテラスにうっすらと漂ったかと思えば、クワイベルの声が響いた。王竜の力で念話に似た力を使ったようだ。

「あ、ごめんなさい、くーちゃん。今、行くわ」

返事をし、ハジメ達に視線を巡らせるローゼ。もちろん、留まる理由はない。むしろ、ミュウのお腹が待ってましたとばかりに鳴き声を上げるくらい、お腹も減った。

一斉に頷きが返ったのを確認して、ローゼはテラスに出た。

女王が姿を見せたことに歓声が上がり、次いで、

――!!? う、うぉおおおおおおおおっ!!

男達から別ベクトルの大歓声が上がった。

「あっ、うっ、ぬんっ」

というローゼの声は、生足を晒していることへの歓声だと気が付いて羞恥に駆られた声であり、怯んだ声であり、しかし、肩越しに振り返ってハジメと目が合い、「いや、この衣装で行くのよ! 私!」と気合いを入れた声である。念のため。

威風堂々と立つ。テラスは三階くらいの高さにあるので、人々は見上げる形になる。特に王宮側に近い場所にいる人達は。

ああっ、いけません! 陛下! そんな恰好で縁に立ったら見え、みえ……なぁいっ。みたいな絶妙なスカート丈。テラスの手すりも絶妙に邪魔をする!

「……フッ。この私が計算をミスるとでも?」

シチュエーションや立ち位置も計算した上での見えそうで絶対に見えない鉄壁のスカート丈。さすユエ。

ドヤ顔で髪を掻き上げているユエ様はさておき。

「愛しき竜王国の皆さん! 今日は記念すべき日です! 世界の復興に全力を尽くしてきた私達に、大きなご褒美が届きました! そう、既に知っての通り、あの方々との再会が叶ったのです!!」

再び上がる歓声。ローゼが肩越しに振り返って、満面の笑みと共に頷く。

自分達との再会が最大のご褒美と表現され、それに戸惑うこともなく歓声が上がることに少しばかり気恥ずかしさを覚えつつも、

「ほらほらぁ、私の時だってしっかり英雄やれって背を押したんですからぁ!」

「分かった分かった。だから押すなって、シア」

「……ティオ。ほら、寄り添って? ハジメと腕を組んで」

「よ、良いのか? せめて反対側にはユエが――」

「……そっちは今、女王陛下が立つべき位置でしょ? 遠慮しないの。ね?」

ハジメはシアに、ティオはユエに背を押され、腕を組んでテラスへと出る。その後ろに香織達が続く。

ハジメとティオが姿を見せ、ローゼの隣に並び立った瞬間、先程までの比ではない、空気が揺れるほどの大歓声が上がった。

竜達は咆哮を上げ、周囲の飛空艦からも甲板から身を乗り出した軍人達が指笛を鳴らし、花火代わりの閃光弾が祝砲として放たれ、夜空が色とりどりの光で埋め尽くされる。

それに合わせて、飛空艦から白銀の光が飛び立った。中央 櫓(やぐら) の遙か上空に滞空したそれは、成竜モードになったクワイベルだ。

勇壮な姿に違わぬ咆哮を一発。全身から白銀の光をシャワーのように放ち、歓迎と祭りの開始を輝きで飾る。

『王竜クワイベルが、女王と竜王国の民に代わり、最大の感謝と敬愛、そして歓迎の意を伝えさせていただく!! ようこそ我が国へ! ――改めて、また会えて本当に嬉しいよ!!』

まだまだ幼い竜であることが嘘のように威厳さえ感じさせる口上。でも、最後はやっぱり歳相応に素直な感想が漏れ出て。

歓声が轟く中、ハジメとティオは顔を見合わせ、笑みを浮べ合った。

ハジメが片手を上げる。統率の取れた軍人みたいに一瞬で静まる裏庭。

風もないのにハジメとティオの髪がなびき始めたのは、ティオが拡声のために風の魔法を使ったからだ。

「歓迎に感謝する。女王陛下には既に伝えたが、改めて言わせてほしい」

王宮の裏庭の奥まで、不思議なほどよく響いた声。そして、肌を、あるいは竜鱗を撫でるように吹く心地よいそよ風で察したのだろう。それがティオの操る風だと。

人々と竜達の瞳がキラキラと輝く中、ハジメは言った。

きっと、ローゼ達と同じく、彼等・彼女等が最も欲しかっただろう言葉を。

「良い国だ」

ひゅっと喉を鳴らす音が幾つも聞こえた気がした。

「たった一年と少しで、よくここまで立て直したと思う。あなた方の不断の努力に称賛を」

遂には涙ぐむ者達も出て。

最後にハジメは短くも確かに心を込めたスピーチを、

「世界を異にしようと、これからも寄り添っていければと思う。両世界の未来に――」

代表者として言葉を贈ってくれた竜の王の願いに沿い、

「「千年の平和があらんことを!!」」

ティオと一緒に、そう締め括ったのだった。

一拍。

今までで最大の大歓声が、否、雄叫びが上がったのは言うまでもない。

それから。

ハジメ達は〝王宮の裏庭〟に降りて、何はともあれと食事の席についた。

かつて、船上国家だったアーヴェンストの船内で出された料理の超豪華版、否、きっとこれが本来の料理なのだろうと思しき郷土料理を筆頭に、伝統料理の数々がハジメ達のテーブルに間断なく運ばれてくる。

あの日、腕を振るってくれた料理人は、祖国を取り戻して十全に腕前を発揮できるようになったらしい。

あの時ですら美味だった料理の数々が、更に数段階は進化した感じだ。これにはユエ達もしばし無言で舌鼓を打つほどである。

その食事の間も、もてなしは止まらない。竜騎士や軍人達が曲芸を以て夜空を彩ってくれるのだ。異世界版の航空祭である。

ボーヴィッド達が傍にいなかったのも、これの準備だったらしい。

周囲の艦船からも程よい間隔で色とりどりの閃光弾が放たれ、より一層、祭りを華やかなものにしてくれていた。

腹がはち切れるほど料理を堪能した後は、ミュウや奈々を筆頭に踊りの輪に加わって。

ミニスカ浴衣が気になって仕方ない竜王国の女性陣(もちろん、男性陣の方が気になって仕方ない様子だったがサバス老が近づくことを許さず)のため、レミアやティオを筆頭に異世界のファッション交流が行われたり。

豪華客船となったアーヴェンストの話で盛り上がったり、後でお披露目するとハジメが宣言して歓声が上がったり。

そうやって思い思いに祭りを楽しむことしばし。

「楽しんでいただけていますか?」

テーブルに戻って、ゆったりと喉を潤していたハジメとユエのもとに、ちょっと疲れ気味っぽいローゼがサバスを引き連れてやってきた。

「ああ、楽しませてもらってるよ」

「……ん。素敵なもてなしをありがとう」

社交辞令でないと分かる笑みに、ローゼはほっと胸を撫で下ろし、次いで嬉しそうに顔を綻ばせた。

「実は、一つお願いがありまして」

「お願い?」

「ええ。皆さんは明日以降、当時の戦いの様子を見に行く予定だと聞いています。あの昼に寺院で見せていただいた過去視のお力で」

観光には元々ローゼも同行予定だ。一緒に行きたいという願いではないはず。そして、このタイミングだ。

なんとなく話の流れが見えて、ハジメとユエは顔を見合わせた。

「ティオが龍神化した時の過去視を、ここで見られるようにしてほしいってことか?」

「相変わらず察しの良い人ですね。ええ、そうです。可能でしょうか?」

「……ん~、可能か否かで言えば可能。でもローゼ、いいの?」

ユエが懸念の滲む瞳をローゼに向ける。その意図を、ローゼもまた正確に読み取っていた。ユエの配慮に感謝の眼差しを向けながら頷く。

「確かに、あの場は戦場。ティオ様の偉大なお姿だけでなく多くの命が散っていく様も目撃することになるでしょう」

今の竜王国には元神国の人達もいる。友や身内を、あの戦場で亡くした者もいるだろう。

わざわざ祭りの席で見るような光景だろうか? というユエの懸念はもっともだ。

「ですが、だからこそです」

ローゼは肩越しに振り返り、楽しそうなお祭りの様子に目を細めた。

「先に言った通り、今日は記念日です。救世主と再会し、頑張りを褒めて頂いた。明るい未来への想いはより確かに、いえ、過去最高に高まったことでしょう」

けれど、と改めてハジメ達に向き直るローゼ。その顔は、既に女王のそれだった。

「大きな希望を頂きました。ならば同じだけ絶望を抱かなくては」

「雫ちゃん。ローゼちゃんが、なんだか魔王みたいなこと言ってるよ」

「ローゼ? いったいどうしたの? ハジメに何かされた?」

ローゼがハジメ達と話しているのを見て戻ってきた香織と雫が目をぱちくりしている。雫に至っては、「またいたいけな少女に悪い影響を?」みたいな目だ。

ハジメ的に大変心外である。思わず半眼になる。心当たりはたくさんあるけれど。

「人は忘れる生き物です。どんな痛みでも。故に、節目の日だからこそ、もう一度思い出してほしいんです。希望と同等の絶望も、いつだって私達の直ぐ隣にあるのだと」

忘れることは許されない。許さない。

夢想だけを抱くことも、希望だけを抱くことも。

輝かしい展望と重苦しい自戒は、常に心の裡で同居していなければならない。

救世主が寄り添ってくれるという言葉は最高の希望だった。だが、だからこそ、今日という日は少し、その天秤が希望に傾きすぎているように思う。

故に、あの日の絶望を今一度、みなで共有したいのだ。心の奥底まで釘を刺すように。未来だけを見ていてはいけないのだと。

「き、厳しいお考えですね」

「ですが、ご立派です。王族として、見習うべき考えです」

愛子とリリアーナも戻ってきた。その言葉と眼差しは、敬意を示すべき女王へ向けるそれだった。

「お祭りの日くらいはって思ってしまいますけど……でも、ローゼさんは〝戦士の女王〟でしたもんね?」

なら、厳しくて当たり前かもです。と、シアも優花達と共に戻ってきて、うんうんと頷いている。

「はい。優しい王様は、世界の復興を成し遂げた後、私の次か、その次の王様が担えばいいと思います」

「その考え方が、もう優しいと思うの」

レミアとティオに手を繋がれて戻ってきたミュウが、ニコニコの笑みを浮べて言う。その言葉に破顔したのは控えているサバスだった。そうでしょう? と我が事のように誇っている。

「つまり、王都でのヘルムートとの決戦の様子も見せたいんだな?」

「はい。できれば」

「……ん、ローゼの考えは分かった。任せて」

「ありがとうございます!」

ハジメとユエからしても好ましい考えだったのだろう。特に問題はないと頷く。

「しかし、ローゼよ。であるなら、王都の決戦だけでも良くないかのぅ?」

龍神化した戦場は、むしろ希望が勝るだろうから。

にもかかわらず見たいというのは……

「もしや、元神国の者達の中に良からぬことを企む者が?」

だから、今一度グレゴールの艦隊がティオを前に圧倒される光景を見せて心を挫きたいのでは? と、実は竜王国の内情は見た目ほど穏やかではないのではないかという心配から問いかけるティオ。

ティオの深読みに感心したように目をぱちくりしたローゼは、しかし、その懸念を苦笑と共に否定した。

「確かに、その考えが全くちっともないと言えば嘘ですが、主な目的は違います。クーデターの危険性もありませんよ」

「杞憂じゃったか。すまんすまん」

「ふふ、ご心配いただきありがとうございます」

でも、それじゃあどうして? 主な目的とは? と優花や淳史が口を開く。

「つまり、単純にスーパーティオさんタイムの感動を共有したいだけってこと?」

「龍神モードとか俺達も見たことないから、めっちゃ楽しみだったしな」

気持ちは分かると頷く二人に、ローゼは「それも主目的の一つですね。あのお姿には、本当に感動しましたから……」と思い出してうっとりと頬を染めた。

が、直ぐに表情を女王のそれに戻すと、

「最大の目的は対比です」

対比? と首を傾げる優花達だが、ティオ本人はもちろん、ハジメ達もハッとした表情になった。ローゼを見つめる目の色が僅かに変わる。それは感嘆の色だ。

「天地を操る強大な力も、同じ黒き竜鱗を纏うお姿も同じ。なのに、一方は底なしの沼を彷彿とさせる絶望の黒で、もう一方は壮麗な夜空を思わせる希望の黒。なぜ、同じ黒き竜でありながら、そこまで違うのか。違ってしまったのか……」

ローゼの瞳が真っ直ぐにティオを捉える。

「この世界と無関係の貴女様が、どうしてヘルムート様にこだわったのか。……大変失礼ながら、ご自身と重ねられたからではないかと考えました」

「……ふむ。よう見とる。図星じゃ」

ティオの瞳には憤りなど欠片もなく、むしろ、女王の慧眼に対する感心と、その深い想いへの敬意が宿っていた。

「ティオ様の過去を詮索する気はございません。ただ、何かが違えばご自分もヘルムート様のようになっていたかもしれない。だから放っておけなかった。邪竜であることを、終わらせてあげたかった……」

「うむ、その通りじゃ。重ねてしまうくらい、似た境遇であった」

信じていた人々に裏切られ、大切な家族を殺され、晒された。あの日、ティオの中には確かに〝黒い炎〟が生まれたのだ。

もし、祖父や生き残りの一族がいなければ? もし、ハジメ達と出会うことがなければ?

「奴との違いは、傍に誰がいてくれたか……じゃろうな」

「はい。ハジメ様と寄り添う貴女様を見て、私もそう思いました」

実際は、父親の最後の言葉や、祖父や一族の生き残りが幼いティオの心を守ってくれたというのが大きい。だが、五百年経てども捨てきれなかった復讐心を最後まで制御しきれた、否、更なる力に昇華できたのは、確かにハジメ達との出会いがあったからだろう。

深く頷くティオに、ローゼもまた深く頷く。

「人は、竜を助けられるのです。竜が人を助けてくれるように」

いつの間にか小竜に戻って寄り添っていたクワイベルに、そっと手を這わせるローゼ。

「第二のヘルムート様が生まれるような事態には、決してしない。けれど、万が一、そのような事態が起きた時、背を向け、逃げて、あるいは戦うのではなく……今度は救う道を選べるようになりたい。たとえ竜鱗が怒りと憎しみで黒く染まっても、底なしの沼ではなく、夜空に輝けるように」

ティオ・クラルスは、それができるということの生き証人なのだ。と、ローゼは言った。

それを、それをこそ、竜王国の人々の心に刻みつけてほしいのだと。

「今、こうして家族と友人に囲まれる貴女様と共に、希望と絶望と……そして、たとえ絶望が生まれても救いはある、いえ、救えるのだということを、改めて目に焼き付けたく思います」

それが、この楽しい祭りに悲劇と絶望混じりの過去を皆で共有したいという女王の真意だった。

「本当に……立派な女王様じゃな」

「あまり褒めないでください。調子に乗ってしまいます」

冗談めかして笑うローゼに、ティオはますます目を細めた。慈愛が溢れてこぼれ落ちるような眼差しだった。

「……ん。いきなりやると驚かせるだろうから、アナウンスする?」

「お気遣いありがたく。直ちに」

サバスがサッと連絡を入れる。魔神一家の奇跡が見られるとあって、人々はざわめきつつも期待に満ち満ちた様子で王宮側へ視線を向ける。

演奏も止まり、踊っていた人も料理をしていた人も、艦船のクルー達も甲板に出て……

直後、巨大な光の膜が空中に出現した。

長方形型のそれは、まるで野外映画館のスクリーンのよう。もちろん、前代未聞の大きさだ。どよめきが広がる。

戦場全体を見渡せるように 俯瞰(ふかん) 視点を意識しつつ開いた空間の〝巨大窓〟が、遠き地の空域と繋がった。

当然、夜であるから何も見えない。が、それも束の間。〝巨大窓〟の向こうが一気に明るくなった。

黄金の光で縁取られた空間の向こう側だけ朝日に照らされている光景、そしてグレゴールの艦隊と対峙する、かつてのローゼ達の光景に、どよめきが更に大きくなり……

「……あ」

と、ユエから、なんだか手術中にうっかりミスした医者が発したような不安すぎる声が漏れ出た直後だった。

『あはんっ!!』

スンッとなった。会場全体が。

『ほれ、がんばれ、駄竜。竜人族の姫なのに、大軍を前にして喘いでいる変態』

『あ、喘いでおるのは、ご主人様のせい……』

バチコンッと実に良い音が鳴る! 空中で四つん這いになっている龍神様のケツが、魔神様にぶっ叩かれて激しく波打っている!

敬愛すべき龍神様になんたる仕打ちを! いや、というか戦場だよね!? いったい何を!? とか、竜王国の皆さんの思考が入り乱れているのが良く分かった。

人って、本当に理解できない光景を目の当たりにすると虚無顔になるらしい。

『あひぃっ。今の、凄いとこ来たのじゃっ』

『変態のくせに、なに人のせいにしてんだ』

いったい、俺達・私達は何を見させられているんだろう……

あれがティオ様のはずないし……

と、ある種の現実逃避だろうか。恐ろしいほどにシンクロした動きで、竜王国の皆さんの視線が、映像責任者へと向く。

シアや香織達も、「え、ここから!? せめて痛覚変換の説明とか、事前説明の一つや二つあっても!」みたいな目を向けている。

レミアママはガンマンの抜き撃ちの如き速さで娘の目を覆っていて、ハジメさんは両手で顔を覆っていた。恥ずかしいらしい。

「……ご、ごめんなさい。わざとじゃない! ほんとに! むしろ、この場面を飛ばして変身シーンドンピシャにしようと思って!」

思っていたのだけど。

今回は戦場が広い。なので、大規模な空間の窓だけでなく、空間魔法を使っての映像の拡大と縮小もできるようにし、更に会話もよく聞こえるようにするなど、ユエなりに種々の魔法を多重展開かつ良い感じの同時編集も試みての上映会だったようだ。

それはローゼの想いを聞いたからであり、ティオをより良く見せたいという想いもあったからなのだが……

そのせいで数秒ほど、開始時間がずれちゃったらしい。

良かれと思って! したことは大体失敗するユエ様。

だが、その動揺した姿と、慌てて一時停止したが故に恍惚のド変態顔ドアップという言い訳の効かない光景と相まって、これが現実であることをこれでもかと証明していて。

「……ハジメぇ! お願い! 今こそニュー○・ライザー・ニュー!! を!!」

最終手段。記憶を消してTAKE2!! を頼むユエ。

そんな中、

「わ、妾に恥じるところなど一つもないが!?」

ティオは堂々と胸を張っていた。ただし、頬も耳も真っ赤に染めて。

ご褒美タイムを恥じないというのは本当だが、直前の空気感が空気感だっただけに。

半笑いのローゼや、明後日の方向へ視線を逸らしているクワイベルが視界の端にいるのも相まって、この時ばかりは流石のティオさんも多少は羞恥心を感じているらしかった。