軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天竜界編 女王の(恋心の)明日はどっちだ

「うっうっうっ、こんなのあんまりです……」

天竜界の女王様が泣き崩れていた。

場所は変わらず竜王国の最下層にある〝真竜の涙泉〟だ。

四方高さ共に百メートルくらいの広い正方形の空間で、驚いたことに、光沢のある大理石のような石材に樹の根が複雑に絡みついたような構造になっていた。

パッと見だと樹木に侵食された廃墟、といった有様である。

その中央にうっとりするほど澄んだ泉があった。広場の噴水のように、腰掛けられる円状の縁で覆われている。

女王――ローゼ・ファイリス・アーヴェンストは、そこにしなだれかかるようにして顔を伏せていた。

夢のように広がる銀髪。黄金に輝く王冠。タートルネックのように首元まできっちり肌を隠したシルクの如き滑らかな見た目のドレス……

廃墟の如き場所と悲壮感たっぷりの有様のせいで、まるで悲劇のヒロインだ。国を奪還した女王なのに雰囲気だけは未だに亡国の女王のよう。

「ハジメ様とティオ様に再会する時は、ぐすっ、最高に感動的な雰囲気で、と思っていましたのに……勇者ころす」

悲嘆の最後にボソッと殺意が漏れた。

「光輝の奴、珍しいな。日程を間違えて伝えるなんてよ。そういうミス、あんましない奴なんだけどなぁ」

「あれじゃない? ほら、時間差のせいで元の認識上の日程を伝えちゃった的な……」

「……いえ、もしかするとわざとかもしれないわ」

龍太郎と鈴のコソコソ話に、隣にいた雫が苦笑気味に異論を挟む。

それを聞いて、近くにいた優花や淳史達が「どういうこと?」「え、いや、天之河に限ってそんな意地の悪いことしないだろ……」みたいな顔になっている。

雫が「どうかしらね~? 誰かさんから悪い影響を受けてる気がしないでもないのだけど……」と苦笑を深める中、ティオがなんとも言えない微妙な表情でローゼのもとに歩み寄った。

「ほれほれ、ローゼよ。そろそろ気を取りなおさんか。せっかくの再会じゃぞ。挨拶させておくれ」

「うぅ、相変わらずお優しい……。ティオ様、違うのですよ。私、決して略奪愛を狙っているわけでは……」

「いやぁ、さっきのポエムを聞いた限りだと……あわよくばって思ってません?」

「ポエムのことは忘れてくだしぃっ」

シアの指摘に羞恥心で噛んじゃう女王様。腕で顔を覆うようにして、再びワッと伏せてしまう。

ミュウと香織から「シアお姉ちゃん! メッ」「追撃してどうするの!」とお叱りを受けて、「つ、つい……すみませんですぅっ」と謝るが、それで余計に居たたまれなくなったのかローゼの泣き声が大きくなる。

某王女様が仲間を見つけたような目で見ている!

埒が明かないな、とハジメは溜息を吐いて愛子を見やった。

「頼む」

「あ、はい――〝鎮魂〟」

「あらぁ?」

羞恥心で頭が真っ白になっていたのに、唐突に気持ちがスンッとなったことを不思議に思いながら顔を上げるローゼ。

目をぱちくり。周囲を見回し、ハジメを筆頭に大勢が苦笑気味に自分を囲んでいる姿を見て、今の自分の状態を見下ろす。

そうすれば、冷静になった頭に響く自分への「無礼者ぉ~!」という罵倒。今度は違う意味で顔を真っ赤にした。

あたふたしながら立ち上がり、ハジメ達に背を向けながら急いで身なりを整え、くるんっとターン。

真っ赤な顔のまま、

「た、大変な無礼を致しましたっ。ハジメ様、ティオ様、再会できたこと心から嬉しく思います! そして、ご家族とご友人の皆様、改めまして、アーヴェンスト竜王国の女王ローゼ・ファイリス・アーヴェンストと申します! ようこそ我が国へ! 歓迎いたします!」

綺麗なカーテシーを決めつつ深々と頭を下げた。

ちょっと早口なうえに声も上擦っていたが、十分に歓迎と親愛を感じる挨拶だ。それどころか、女王という身分にありながら深い敬意も感じられた。

だからこそ、失態を冒してしまった気持ちが強いのだろう。頭を下げたまま中々上げられないでいる。というか、スカートを摘まむ手もちょっと震えてしまっている。

別に誰も無礼なんて思っていないし、むしろユエや優花達は「この女王様、開幕から面白すぎない?」と思っているし、リリアーナは「話を聞いた時から思っていましたが……やはりこの方も不憫属性持ち! 仲間!」みたいな期待の目で見ているくらいだ。

が、ここは誰かが許しの言葉を与えないと、本人が立ち直りそうにない。ということで、ハジメが歩み出た。

「なんだ、泥棒を歓迎してくれるのか、女王様」

「! ハジメ様……」

からかうような声音と雰囲気に、ローゼが顔を上げる。

「まだ一年と半分くらいか。思ったより早い再会になったが……なんだろうな。随分と久しぶりな気がする。元気なようで何よりだ」

「……はい、はいっ。本当に、短いようで長い月日でした。お二人との再会を、私だけでなく皆が心待ちにしていましたよ。再びお会いできたこと、本当に嬉しく思いますっ」

パァッと輝くローゼの笑顔は、女王というより普通の女の子のようで。

溢れ出る親愛の情を向けられたハジメとティオは顔を見合わせ、思わず温かな微笑を浮かべ合う。

どうにか開幕カオスな雰囲気も、本来の再会と観光に相応しいものになりそうだ。

と、ユエと雫、それにおそらく苦笑気味のレミアを除いて誰もが思った。が、しかしである。

「皆様もようこそおいでくださいました。お会いできて光栄です! まだまだ立て直し中の世界ですが、精一杯おもてなしさせていただきますので、どうぞ心ゆくまで楽しんでいってくださいね?」

ハジメとティオの 家(・) 族(・) と友人達に会えたことを喜ぶローゼに、ハジメは一つ頷き、視線でユエ達に自己紹介を促した。

何かを確かめんとするかのように、目を細めながら前に出るユエ。

その完璧な美貌とスタイルに、ローゼが改めて目を惹かれている中、ユエは白のふんわりフレアスカートの端を摘まんで、カーテシーを返した。

元王族らしい、これまた完璧な所作。雰囲気も気品と威厳に満ちており、慈愛の滲む微笑を浮かべる美貌は意識を吸い込まれそうなほど魅力的だ。

それは異世界の女王様への敬意を示すためであると同時に、正妻としての威厳を見せつける意味があった。だって、おそらくだがローゼさん、分かってないから。

「……初めまして、大空と竜の世界の女王様。私はユエ。ハジメの妻です」

ぽぅ~っと見惚れていたローゼが、最後の言葉で「うん?」と小首を傾げた。視線が何かを考えるように彷徨う。

「……つま?」

「……ん。正妻」

「せいさい……制裁?」

「……第一のお嫁さんという意味」

「ちょっと何を言ってるのか分かりません」

そこで龍太郎達も気が付いたようだ。「あ~」と顔を見合わせている。

ローゼの彷徨う視線がティオに向けられた。ティオはドヤ顔で言った。

「うむ! ユエこそ我等嫁~ズの正妻様よ! ご主人様にとって、ユエは特別中の特別じゃからな!」

「ちょっと何を言ってるのか分かりません」

そんな混乱中の、あるいは現実逃避中? のローゼちゃんに、事態を把握した南雲ファミリーの追撃が始まった。

シア、香織、雫、愛子、リリアーナ、レミアが次々と自分も妻であると自己紹介していく。加えて、ミュウは娘だとも。

「はぇ? ちゅまがいっぱいぃ? えぇ? しかも、むすめさんまでぇ?」

ショックのあまりか舌足らずになって、何やら足下が覚束ない様子になっているローゼちゃん。

「どういうことだ? 天之河達と二ヶ月くらい一緒にいたはずなのに、俺達のことを知らない?」

「やっぱりね。来訪日を勘違いしていた点と私達を見た時の反応でなんとなく察してたけど……光輝ったら」

訝しむハジメと、何やら頭痛を堪えるような表情の雫。

狼狽えまくっているローゼが精神を立て直す前に、奈々と妙子が動く。優花の脇を両サイドから軽く肘打ち。このまま友達枠で自己紹介する気? 引くな臆すな! 乙女は突撃あるのみ! と目が訴えていた。

そ、そうよね! この旅行で頑張るって決めたものね! と優花は少し視線を泳がせつつもムンッと胸を張った。

「わ、私は園部優花と言います! 南雲の愛人――と呼ばれていたりしなくもなくもないかもしれない感じっ、ですっ!!」

「お前は何を言ってんだ」

「事実でしょ!!」

事実である。当人達が認めているかどうかはともかく、自国どころか他国の諜報機関や民間組織にも、そう認識されていることが多い。

すっごく曖昧な言い方だが、ただの友人と名乗らなかった点、一応は進歩なのか。

実際、ジャブどころか渾身の右ストレートの連打を食らったかのように打ちのめされ、後退り、頬を引き攣らせながら若干過呼吸になりかけていたローゼちゃんには、とても効いたようだ。

それこそ、ダメ押しの致命打と言わんばかりに。

「あ、あい、あい、あい~~~?」

理解できない。したくない。だって、そんな話は知らない。ティオ様が唯一無二の奥方じゃなかった? それどころか正妻ですらなく、他にも七人の奥方と娘と愛人まで?

「ちょ、ちょっと……何を言ってるのか……分からないでぇ――」

す、と言い切る前に、ローゼは片手で額を押さえながら白目を剥き、そのまま後ろに倒れ込んだ。

いっそ見事なほど、漫画などで貴婦人がショックを受けて白目になり倒れるシーンそのものだった。

「おっとぉ! 危ないのじゃ!」

直ぐ後ろは泉である。縁に足を取られて、そのまま背面ダイブを決めそうになったローゼを、ティオが慌てて支える。

と、その瞬間だった。

『母上――――っ!!』

この泉の間へと続く扉――実際には三メートルほどの扉に沿うように展開される輝く空間の隔たり――を越えて、白銀の竜鱗を持つ小竜が飛び込んできた。

よほど急いだのだろう。プロ野球選手の渾身のストレートを彷彿とさせる速度だ。しかも、記憶にあるサイズより二回りは大きい。

その目が言っていた。ティオに腕を回されているローゼを見て、「ずるい! 僕だって母上に抱っこされたいっ!!」と。

歓喜が迸っている様子も相まって、まるで家族に飛びつく大型ワンコの如く。

故に、こうなる。

「ちょっ、まっ――」

「きゅいっ!!」

ローゼを支えるため泉側に体重を預けていたティオの体が宙に浮いた。樹の根が出張った足下で踏ん張りづらかったというのもあるだろうが、ともかく行き先は一つだ。

ザバンッと。

ハジメ達が止める間もなく、ティオはローゼと白銀の小竜――クワイベルを両腕に抱えながら泉ダイブを決めたのだった。

「わわわっ、ティオさん! 大丈夫ですか!?」

シアが慌てて泉の縁から手を伸ばす。

ブハッと泉から顔を出すティオ。泉は意外に浅く、尻もちを突いた状態でもティオの身長なら辛うじて顔が出た。

「う、うむ、妾は平気じゃ。むしろ、あの程度を踏ん張りきれんとは少々情けないところを見せたのぅ」

「いや、あの勢いは仕方ないと思うよ、ティオさん。一般人だったら事故だよ。高速で走るトラックに衝突されたレベルの事故だよ」

「体勢も悪かったしなぁ」

鈴が輝く障壁越しにフォローを入れる。障壁はあれだ。目隠しだ。ブラウスにワイドパンツ姿のティオであるから、びしょ濡れだといろいろまずい。

ぴったりしっとり服が張り付いてスケスケな姿なんて龍太郎達が見たら、旦那にニューラ・ラ○ザー・ニュー! されてしまう。という意味でファインプレーだ。淳史と昇も鈴へグッジョブと感謝のサムズアップ。

「はしゃぎすぎだぞ、クワイベル。まぁ、気持ちは分からないでもないけどな」

「きゅ~」

流石に悪かったと思ったのだろう。ザバッと泉から飛び上がり滞空しながらも露骨に落ち込むクワイベル。揃って普通の再会ができない点、実に似たもの主従というべきか。

だが、それも束の間。優花の焦った声で気が付く。クワイベルだけでなく全員。

「ね、ねぇ! それよりローゼさん、大丈夫!?」

視線がティオの真横に注がれる。

女王様が沈んでいた。

『ロ、ローゼが死んでるーーーっ!!?』

クワイベルの絶叫が響き渡った。空気の伝播とは別の、直接頭に響くような声。一種の念話のようなものだ。

だからだろう。どうやら、光の扉の向こう側で待機していたらしい者達に声が届いたようだ。

ティオが膝立ちになりながら慌ててローゼの襟首を掴んで引き上げたのと、彼等が踏み込んできたのは同時だった。

「ローゼ様!? クワイベル様!? どうされました!」

「お返事を!」

「陛下! 申し訳ございません! 失礼いたします!!」

原則としてローゼとクワイベル以外、立ち入り禁止なのだろう。だが、緊急事態だ。何せ、王竜の声で女王陛下が死んでるなんて言葉が響いてきたのだから。

禁を破って入ってきたのは、ハジメとティオには見覚えのある者達。惜しい名前の老執事のサバスチャン・オールト、近衛隊長オルガと副隊長ジャンのクロー姉弟だ。

そして、彼等は目撃する。一見すると、

「ティ、ティオ様……いったい何をっ」

「む? 大丈夫じゃ、水は飲んでおらん――」

「なぜローゼ様を泉に沈めようと!? どうかお止めください!!」

呆然としているクロー姉弟に代わりサバスが叫んだ。ティオの目が点になる。ハジメ達も「へ?」と顔を見合わせる。

そして、改めてティオと引き上げられた直後のローゼを見やる。

ティオに襟首を掴まれた状態で白目を剝いている。今、がくんっと頭が後ろに下がり、微妙に仰け反ったような状態になった。

……なるほど。

確かに、まるでティオがローゼを泉に力尽くで沈めたような光景だ。

まさに、殺人の犯行を目撃した! みたいな状況である。

「ま、待つのじゃ! これは違う! 誤解じゃ! そもそも、そんなことする理由が――」

釈明を遮るように、なんとも絶妙なタイミングで息を吹き返すローゼちゃん。カッと目を見開き、強ばった迫真の表情で叫ぶ第一声は、

「ハーレムぅ!!」

だった。そして、またカクンッと気を失った。

しんっとする現場。一拍置いて、サバスが目に剣呑な光を宿した。

「……なるほど。そういうことですか」

「!? 何か分かったのですか!? 師匠!」

せっかく再会できた恩人夫妻が、まさか自分達の主を害するなんて思いもしなかったオルガ隊長が、近衛として臨戦態勢になりながら困惑した様子で尋ねる。弟のジャンも何かの間違いであってくれと祈るように、ティオから目を離さず聞き耳を立てる。

「ローゼ様は、おそらく提案したのだ。略奪愛を諦める代わりにハーレムではどうかとな! だがしかし、女王である以上、婿が必要なのは自明のこと。故に、自分こそ正妻であるべきだと主張したに違いない!!」

サバスの 片眼鏡(モノクル) はきっと曇りまくっているに違いない。何も装着していない目の方は老眼だろうか?

「そうかっ。それがティオ様の逆鱗に触れて!!」

「ローゼ様、そこまでハジメ様のことをっ。なんということだ!!」

本当になんということだろう。近衛姉弟の裸眼も曇りまくっているらしい。

「「「ティオ様! どうか不敬を罰するなら我々を! ローゼ様はお見逃しください!」」」

「だから誤解だと言っておろうが!! 話を聞けぇーーーっ!!」

ティオの雄叫びが広い空間に木霊した。

端的に言ってカオスである。シア達がどうするんだと顔を見合わせる中、ギャースギャースと騒がしいティオと竜王国側の者達を見て、

「……愉快な人達。天竜界も楽しい旅行になりそう」

ユエは艶然と微笑んだのだった。

後光を背負いながら前に出る姿は、圧倒的に正妻様だった。

場所は変わり、謁見用の広間にて。

ハジメ達は一枚板の立派な長テーブルと、えんじ色が美しいソファーに分かれて座っている。

長テーブル側にはユエとティオがハジメを挟むようにして座り、その向かい側にはローゼとクワイベルが腰掛けている(昔のようにクワイベルを抱えるのは大変になったので、きちんと一席についている)。シア達や優花達はソファーの方だ。

ローゼの背後にはクロー姉弟、そして空戦機部隊の総隊長を務めていたボーヴィッドが襟を正して立っていた。

ただし、クロー姉弟は物凄く神妙な顔付きで、そんなクロー姉弟を横目にしているボーヴィッドだけは必死に笑いを噛み締めているような表情だったが。

同じく神妙な顔付きのサバスが、素晴らしい手際でお茶を配膳していく。湯気と共に立ち上る良い香りが、妙な緊張感を少し和ませた。

「サバスさん! とっても美味しいの! ありがとうございます! なの!」

「! ふふ、どういたしまして。お口に合ったようで何よりでございます、お嬢様」

「お嬢様! ママ、ミュウ、お嬢様なの!」

「あらあら、おめかししてきて良かったわね? うふふっ」

ミュウとサバスのやり取りで更に和む。一応、女王様にお会いするということで、ミュウは、どこぞのお嬢様学校の制服の如き上品なワンピース姿だ。レミアも合わせていて、入学式に参加するお母さんといった装いである。

見目麗しく礼儀正しい母娘の様子に目を細めるサバスは、執事というより好々爺とした孫を見つめるおじいちゃんのよう。きっと、幼少期のローゼを思い出しているのだろう。

配膳を終え、ササッとローゼの背後に戻るサバス。それを合図に、

「「「「大変申し訳ございませんでした!」」」」

ローゼ、クロー姉弟、そしてサバスの四人が一斉に深々と頭を下げた。

ティオにあらぬ疑いを抱き、せっかくの再会の場をカオスにしたお詫びだ。何せ、ハジメとティオは救国の英雄――否、それではまったく足りない。正しく救世主だ。

つまり、VIP中のVIPである。

光輝を介して大袈裟な歓待はいらないと伝えられているが、それでも最大限の歓迎を示すべき相手だ。家族や友人も一緒とあらばなおさら。

なので、ローゼ達からすれば、まさに「やっちまった!」という感覚なのである。

『母上、ごめんなさい。僕が勘違いしたから……ローゼ達は怒らないであげて!』

「良い良い、妾は気にしておらんよ。誤解が解けて何よりじゃ」

ティオが朗らかに笑いながら言えば、顔を上げたローゼ達も、その表情から嘘はないと理解できたようで少しホッとした表情になる。

次いでハジメを窺うように見るが、ハジメも手をヒラヒラ。

「ティオの言う通り気にしないでくれ。そもそもの原因も別のところにありそうだからな……」

気にしないと言いながら、額には微妙に青筋が。もっとも、これはローゼ達が原因ではなく言葉通り別の者に対してだ。

「だからって揃いも揃って……ぷっ、くふっ、サバスさんまで――ひひっ」

ボーヴィッドが、ついに堪えきれず噴き出した。ハジメ達が来訪したと聞いて駆けつけた時に微妙な空気感だったので事情は既に聞いているのだ。

「来訪早々災難だったなぁ」

相変わらず気安いおっさんという感じのボーヴィッドの態度が、逆にハジメとティオ的にはありがたかった。そうそう、こういう再会だよ。望んでいたのは、と。

「おい、ボーヴィッド。陛下がお話になるんだ。貴方は黙って――」

「ま、大目に見てやってくれ。こいつら姉弟は別だが……陛下も良いお年頃っていうか、ほら、思春期なんだよ」

「ボーヴィッドぉ! オルガが黙れと言いましたよね!」

また失笑しながら「失礼いたしました!」とわざとらしく敬礼するボーヴィッド。その姿にクロー姉弟は文句を言いたそうに横目で睨み、ローゼはジト目を送っている。

「国を取り戻しても、お主等の関係は変わっておらんようじゃな。良きかな良きかな」

「ティオ様……」

恥ずかしげに、でも気にかけられていたと理解して少し嬉しそうにはにかむローゼ。

「……なるほど。それで一人ポエムミュージカルを――」

「あーーああっーーああああっ!!」

思春期なら仕方ない。と、納得したように呟いたユエの声を掻き消すように、はにかみ顔から一瞬で羞恥心マックス顔になったローゼが、ユエの呟きを掻き消すように奇声を上げた。

突然のそれにビクッとなる一同。特に淳史が熱々のお茶を口に含んだ瞬間だったようで、向かいの席に噴き出していた。座っているのは昇だ。「あづぁ!? きたなっ!? 目がぁっ!? 目がぁ!!」と顔を押さえてのたうち回っている。

というのはさておき。

「ローゼ様? 今……」

「真竜の涙泉では定期的に祈りを捧げているのです! 女王として、祖先と自然、そして友たる竜達への感謝と友愛の祈りはかかせないのです!!」

訝しむサバスをノリと勢いで吹き飛ばすように声を張り上げるローゼちゃん。

理解した。この女王、そういう建前にしているらしい。つまり、あの竜王国にとっての聖域ともいうべき場所を趣味部屋にしているに違いない。

確かに好都合な場所だろう。何せ王族にしか扉は開けないし、王族と王竜以外は原則として立ち入り禁止なのだから。

激しく視線を泳がせているローゼに、ユエはニマッとした。

「……ら~らら~♪」

「!!?」

頬を真っ赤にしてユエを睨むローゼ。ユエは目で謝りつつも可愛らしいものを見るような雰囲気でフフッと微笑む。ローゼちゃん、なぜかポッとなって視線を逸らした。

サバスが遠慮がちに発言する。

「正妻様、とお呼びさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「……ん、苦しゅうない」

初対面の者がユエを前にすれば緊張するのは自然の摂理みたいなものだ。同じ人とは思えない美貌や艶然とした雰囲気は、それだけで畏敬にも似た感情を抱かせるから。

まして、救世主の本当の正妻様だというのだからなおさらである。

そんな心情を察してか、あえて冗談じみた言葉で返すユエ。ウインクだってつけちゃう。

流石は年の功と言うべきか。サバスは陶然となることもなく綺麗な一礼を以て感謝を示した。

そして、

「あまり陛下をいじめないであげてくださいませ」

と、こちらも冗談っぽい笑みを返して、

「おそらく、陛下の趣味であるポエムを謡っているところや一人演劇を目撃したのでしょうが……」

「!!!?!?!?!?」

ローゼにとって衝撃の発言をした。流石はサバスさん。普通に聞こえていた、いや、この様子からするに最初から知っていた可能性が大きそうだ。

クロー姉弟が「え?」と困惑している。ボーヴィッドの顔が面白いほど歪んだ。笑うな、俺! と自分で自分の手の甲をつねっている。

もちろん、ローゼは呆然自失状態だ。ハジメは同情した。分かるよ。俺も、隠していた黒歴史ノートを本棚に収納し直されていた時、きっと同じ顔をしていただろうし、と。

「世界や祖国の立て直しを背負う心労は当然、立場上、中々一人きりになれる時間もございませんので、聖域で過ごす自由な時間は陛下にとっては必要なのでございましょう」

「……ん、それは分かる。私も元は一国の女王だったから」

「なんと! 貴女様の佇まいや隠しようもない気品からやんごとなきお家柄の方と推察しておりましたが、納得でございます」

深々と一礼して再度敬意を示すサバスの前で、ようやく趣味を知られていたショックから立ち直りかけていたローゼが、またも微妙にショックを受けていた。

女王という身分が唯一の武器だったのかもしれない。何に対する武器かは言わずもがな。

「はい! 先程はあくまで南雲家のお嫁として挨拶したので言いませんでしたが、元の世界では王女をしています! 国王である弟がまだ幼いので、実質国王代理。つまり、女王です!」

「リリィ、なんで張り合い出したの?」

「マウントを取るというより……仲間意識を持ってもらいたかったんじゃないかしら? ほら、ちょっと不憫属性を持ってるっぽいところが似てるというか……」

「さっきも仲間を見つけた! みたいなキラキラした目で見てましたもんね」

むふんっと鼻息荒く主張するリリアーナに、香織、雫、愛子がなんとも言えなそうな顔を見合わせている。

一方、奈々と妙子も声を小さくしつつ頷き合っていた。

「そっかぁ。メーレスさんも世界のバランスはまだ整ってないって言ってたしね」

「竜王国の人と、国を奪った人達が一緒に暮らすのも大変そうだしね」

若き女王である。それは大変だろう。ストレス発散のために痛々し――じゃなく、悲劇のヒロインっぽいミュージカルポエマーになっても仕方ないよね。

という理解が垣間見えて、ローゼはワッと両手で顔を覆った。

ハジメは思った。もうやめたげてよ……と。こんなの公開処刑じゃねぇか……と。更に巧妙に隠したはずの黒歴史ノートが、なぜか母の手にあって、しかも笑うでもなく父と一緒になって真剣に内容の議論を始めた地獄を思い出し、

「ま、まぁ、天之河からのレポートで、いろいろ頑張ってるのは知ってるよ」

とフォローを入れるハジメさん。ローゼの瞳が潤む。「ハジメ様……」と感動したような表情になり、反比例するようにサバスさんの目は細められた。容赦なき追撃がかかる。

「多大な心労に加え、世継ぎ問題もございます」

「「「世継ぎ問題!」」」

「ちょっとサバス! それは!」

奈々、妙子、鈴の目が輝いた。若き女王様の婚姻話。しかし、その心の在りどころは自明のこと。どういう状況なの! とハジメをチラ見しつつも興味津々な様子だ。

もちろん、ローゼもハジメをチラ見しながら慌てるが……

「竜王国の唯一の生き残りでございます。お歳も今年で十六となり、婚姻の手続き、式典、そしてお世継ぎの誕生を考えれば、そろそろ本気で考えねばならない時期にあります」

「確かに、王家の正当な血筋が一人だけというのは由々しき問題じゃのう」

「ローゼさんに何かあれば王家が断絶しちゃいますもんね」

ティオとシアの言葉に、サバスが深く頷いた。ローゼも分かっているのだろう。ちょっと視線を逸らしつつも、やっぱりハジメをチラ見しながら難しい顔になっている。

「当然ながら、国民も御子様の誕生を心待ちにしています。必然――ローゼ様は現在、絶賛モテ期なのでございます」

唐突に響く俗な表現。だが、事実なのだろう。

ローゼの頬も少し染まる。「もしや、じぃは援護してくれている? 早くしないと他の殿方に取られてしまうぞ~的な?」と淡い期待も抱き始めているっぽい。

「血筋は当然、救国の英雄でもありますから、身分を回復した竜王国の貴族筋の方々からの縁談の申し込みは後を絶たず、加えて、あの決戦の日の勇壮なお姿を目撃し心を奪われた若者達は多数。彼等を中心に恋文が山のように届く日々でありまして」

「中には、せめて想いだけでも伝えたいと玉砕覚悟の突撃をしてきたり、待ち伏せしていたりする者もいまして……」

「近衛としては気が抜けませんね……」

クロー姉弟が若干疲れたような表情をさらした。それほど、ローゼを求める男は多いのだろう。

ローゼの小さな鼻がピクピクしていた。鼻の穴が膨らんじゃうくらい、「ま、まぁ、それほどでも?」と得意げだ。

「今のところ、陛下は全て断っております。決まり文句は〝私には再会を約束した殿方がいるのです!〟でございますな」

「お、おう」

サバスの目がギンッと光ってハジメを捉えた。チラ見していたローゼと目が合う。ローゼちゃん、あからさまにポッと頬を染めて、再び目を逸らした。

なぜか、ミュウ達の方から「おぉ~」と感嘆なのか冷やかしなのか分からない声が上がる。

「元よりハジメ様に淡い恋心をお持ちの陛下でしたが――」

「!? ちょっとぉ、サバスぅ!? 何をサラッと――」

「もちろん、ティオ様には最大限の敬愛を持っておりますれば、その恋心は芽吹く前に捨てねばならないと、本人も分かってはいたのです。しかし、そんな時です。奴隷にされていた竜王国の民の中に、亡き母君――アベリア様に仕えていた侍女がおりまして、廃棄される前にと隠していた母君のポエム集を陛下に贈ったのです。そして、陛下は知りました。母君もまた同じ類いの悩みを抱え、けれど決断し、父君争奪戦を勝ち抜いたポエマーだったのだと」

みんな思った。何を言ってるんだろう……と。この会話の着地点も分からないんだが……と。

だが、サバスチャンさんは気にした様子もなく語り部のような雰囲気で続けちゃう。

「母君の壮絶な愛の求道者ぶりを知り、そして、当時の母君を知る生き残りの使用人達から焚きつけるような応援を受け、更に言えばハジメ様は救世主でございますから、我等が女王と結ばれるに最高の相手、否、もはや後世に語り継がれるだろう伝説の恋愛物語になりますれば反対する者もなく。ローゼ様も、伝説の夫婦になっちゃう? と浮かれに浮かれ始め……」

みんな思った。本人が隠したそうなこと、本人の前で全部話すやん……と。ほら見てよ、ローゼちゃん、真っ赤な顔で空気を求める魚みたいに口をパクパクして絶句しちゃってるじゃん、と。

「そこにダメ押しでございます」

「ダメ押し?」

「ハジメ様。貴方が派遣された光輝様でございますよ」

「詳しく」

やっぱりか……とハジメが再び青筋を浮かべ、雫が再び頭痛を堪える仕草を見せる中、サバスが言うに。

四六時中、つきまとうようにしてハジメとティオに関する質問攻めをしてくるローゼのあからさまな心情を知った光輝は、最初こそ困った様子だったものの、ある日を境に、実に爽やかな笑顔を浮かべて説明したらしい。

大丈夫大丈夫! 南雲は懐の深い男だから奥さんが一人や二人増えたところで問題ないよ! きっと受け入れてくれるよ! あいつはそういう男だからね!

ティオさんも、他に奥さんがいたって絶対に怒らないよ!

でも、女にだらしないわけじゃないからね。南雲は家族を大事にするんだ。だから、今ある家族の形を壊そうとしないことが重要だよ!

それが分かってさえいれば、後は猛アタックあるのみだ! 押して押して押しまくれ! 情報なんて捨てて気持ちでかかっていけ!

そして、そのストレートな情熱を、南雲の 家(・) 族(・) にこそ見せつけるんだ!

ティオ様に認めてもらえたらワンチャンあるのかって? ……うんうんそうだね! 正(・) 妻(・) 様(・) に認めさせれば、きっと南雲も受け入れてくれるよ!

流石に婿として迎えるのは厳しいと思うけど……

でも大丈夫! 南雲ならいつでも会いに来られるからね! 目指せ現地妻! 私室に〝ゲート〟を設置すれば実質同居さ!

だから、そろそろ質問攻めはやめて、自分の気持ちをしっかり言葉にできるよう練習したらいいと思うよ!

「こ、光輝の奴、南雲お得意の嘘じゃないが本当でもない話を……?」

「変わっちまったな……あいつ」

「これが闇落ち勇者ってやつか」

龍太郎、淳史、昇が遠い目になっているように、こちらはこちらで勇者の魔神的所業になんとも言えない雰囲気になっている。

もちろん、

「ユエ、ちょっとこの場を頼む。勇者に引導を渡してくるから」

「……落ち着いて、ハジメ」

ハジメさん、ビッキビキである。「いつもいつもやられっぱなしと思うなよ!」とニンマリ顔をしている光輝が目に浮かぶ。

「来訪の時間を伝え間違えたのも、この分だとやっぱりわざとっぽいね」

「さては光輝の奴、女王様の趣味をどこかで知ったな? うっかり鉢合わせになれば、俺等にも伝わる場所で女王様の本心が誤魔化しなく伝わる……とか考えたか?」

「天之河君……そこまで腹黒にっ。いつかの正義マンはどこにいったんだろうね……」

「惜しい勇者を亡くしたね……」

鈴と龍太郎の推測に、妙子と奈々が悲嘆(半笑い)の表情を浮べている。魔神と関われば関わるほど遠慮も容赦もなくなっていく勇者……聖剣ちゃん、泣いていないだろうか?

「まぁ、ローゼさんの質問攻めから逃げたかったというのもあるんでしょうね。光輝って、誤魔化すの下手だから」

「一応、南雲家の情報を漏らさないという配慮が前提にあったのかな」

やろうと思えば、事前に南雲家の実情をさっさと伝えてしまえただろう。別に、ハジメから秘匿しろと言われていたわけでもないから。

だが、光輝自身はよく知らないローゼ達に、南雲家のことをどこからどこまで話して良いものかと躊躇したに違いない。で、忙しいハジメにいちいち確認するのも手間であるし、念のため当たり障りのないことだけ答えるようにしていたのだろう。

その辺りの危機管理というか、相手の善性を盲信しないあたりは成長と言えるのだろうが……

とはいえ、おそらく大嫌いな魔神への嫌がらせと、ちょっと面倒になってきた女王様を押しつけたい気持ちが八割くらいだろう。魔神も隙あらば勇者を揶揄したり理不尽や面倒事を押しつけたりしているので、どっちもどっちだが。

「そういうわけで、希望を見い出してしまったローゼ様は、ますます大恋愛への妄想を膨らませ、皆様が目撃したような有様になってしまったのです」

割と酷い言いようだが、ともあれ、ローゼの現状は理解できた。

生まれてからずっとゲリラの旗頭として生きていた女の子である。そして、恋文の類いは全てサバスが握り潰していた。故に恋に興味はあれど、まったく縁がなかったのだ。

悲願を達成し、心労はあれど以前のような切羽詰まった危機感はなくなり、そこへ、このモテ期と、母親の恋愛闘争の昔話と、使用人達の、否、国民の応援、そしてハジメと深い関わりを持つ光輝の後押し……

なるほど、これだけ揃えば、それは気持ちも際限なく盛り上がるというもの。一人ミュージカルしてしまうくらい恋を芽吹かせていても仕方ない……かもしれない。

「な、なるほど?」

サバスの説明を聞き終わって、ハジメの目がチラッとローゼに向いた。ローゼちゃん、目が死んでいた。現実逃避だろうか?

無理もない。なぜ、想い人に告白する前に執事から客観的かつ解説付きで気持ちを伝えられないといけないのか。

これは流石のシア達も「うわぁ」とドン引きやら同情やらせずにはいられない。優花とミュウなんかは「お、乙女心をなんだと思って……」「いとも容易く暴露される恋心……鬼畜なのっ」とサバスさんに戦慄の眼差しを向けている。

「……で、何が言いたいの? ハジメにローゼを受け入れろと?」

「まぁ、王族の婚姻にとって国益は何より重視されるじゃろうしなぁ。国民の評判、当人の気持ちまで問題ないと来れば、ご主人様はこれ以上ない相手じゃろうが」

ローゼの心情を慮ってかユエは少し怒った様子で、ティオはサバスの所業に訝しむ雰囲気で言葉を向けた。

その問いかけにサバスは瞑目し、一拍。困り顔になりながら口を開いた。

「私が、いえ、じぃが願うことはローゼ様の幸せでございます」

確かに、ティオの言う通りではある。竜王国の人間としては女王を応援すべきなのだろう。

けれど、竜王国の王位が簒奪され、逃げ延びたあの日より赤子のローゼをずっと見守り、育ててきたサバスチャンには、元近衛、現執事という以上に親心がある。

「故に、杞憂と分かっていても心配せずにはいられないのです。ハジメ様にローゼ様への恋愛感情がないことは理解していますが――」

これまた自明のことであるかのようにサラッとなされた発言に、ローゼがビクンッと震えたが、とりあえずスルー。

「ローゼ様の気持ちを利用……いえ、これでは言い方が悪いですね。そう、〝都合の良い女〟扱いされはしないかと」

「余計に悪くなってるが? あんた、実は俺のこと嫌いだろ? そうなんだろ?」

流石のハジメもジト目になっちゃう。俺のことなんだと思ってるんだ、と。

ミュウも「パパはそんな酷いことしないの!」と抗議の声を上げる。ローゼさえもショック状態から一時復帰し「失礼にもほどがありますよ!」とお叱りを飛ばした。

確かに、VIP相手に失礼極まりない疑いだ。

だが、じぃはじぃであるが故に止まらない。たとえ、不敬だとこの場で切り捨てられようともはっきりせねばなるまい! と覚悟を決めた表情で続ける。

「誓って申し上げますが、個人的好悪で言っているのではありません。救世の恩人ですぞ? むしろ、貴方様には最大限の敬意と感謝を抱いております。その性根も好ましく思っておりますれば」

嘘じゃない。その目を見れば誰にでも分かった。

思わぬ高評価にハジメも「お、おぉ」と少し照れ、ユエ達が逆に「じゃあどうして?」と更に訝しむ中、サバスは殊更に声を張り上げる。

「だがしかし! だがしかしです! 貴方様はあまりにも油断ならない!」

「はぁ? いったい何の話――」

「言葉巧みに誘導して陛下から言質を取り、我々の第二の祖国――アーヴェンストを盗んだことをお忘れか?」

ハジメさん、サッと視線を逸らした。部屋中のあちこちから「あっ」と声が漏れる。

サバスさん、一気呵成と言わんばかりに畳みかけた。

「あの邪竜も弱みを握られ流星群に打たれました。この世界のアンバランスさえも利用され、王竜核以上のエネルギーを手中に収めましたな」

「そ、そうっすね」

ハジメが更に視線を逸らす。横にはユエの困った人を見るような目が。なんとなく視線を天井へ逃がす。

「そもそも、貴方様自身が好意は遠慮なく受け取る主義だと」

「いや、それは好意じゃなくて厚意……」

「実際、好意を受け取った方がこれほどたくさんいらっしゃる」

サバスの目がつい~っとユエ達に流れた。

もちろん、軽い気持ちで好意を受け取ったわけじゃない。そこに至るまでの苦労は、むしろシア達の方が実感しているだろう。

だが、客観的に見ればサバスの指摘は事実なので、ハジメさん、ちょっと言葉に詰まる。

「それを前提に現状を客観的に考えていただきたい」

客観的な現状。

そう、ハジメから任務を受けた人材が来訪し、あたかも一夫多妻制を推奨するような言動をローゼに伝え。

なのに、ハジメを取り巻く婚姻関係の詳細は秘匿し。

実際、再会したハジメはハーレムの主で。

しかも、光輝から説明を受けたところによれば、竜樹復活に伴い将来的には異世界交流を考えているとのこと。

「救世主といえど国政に関しては部外者であることに違いはなく、王配としての立場の方が遥かに影響力を持てることは自明のことでありますれば」

「「「「「「うん、これは疑われても仕方ないな(ね)!!」」」」」」

龍太郎、淳史、昇、奈々、妙子、鈴の声が綺麗にハモった。これにはシア達も苦笑いである。

確かに客観的に見れば、そして親心からすれば、誰が疑わずともサバスだけは心配になるだろうし、万が一を考えて問いただしたくもなるだろう、と。

ユエとティオが、ぽんっとハジメの肩に手を置いた。妙に生温かい眼差しを向けながら。

「……ハジメ、これはちょっと仕方ない、かも?」

「すまぬなぁ、ご主人様よ。流石に文句も言いづらいのじゃ」

「パ、パパ、もう少し待ってほしいの。今フォローの言葉を見つけるの!」

ミュウの言葉がプスッとパパのハートに刺さった。

サバスさんが更に深い困り笑顔になる。

「仮に私の不安が的中したとしても、ハジメ様ならば誰も不幸にはならない未来にしてくださるでしょう。貴方様がそういう方だという信頼はありますので」

だからこそたちが悪いとも言えるのだが……ともあれ、だ。

サバスはローゼのじぃなのだ。ローゼを我が子のように想っている。贅沢だと言われようと、ローゼを最大限に想ってくれる相手を、どうしたって望んでしまうのだ。

という思いの丈を聞いて、ローゼは「じぃ……」と目尻を下げ、クワイベルやクロー姉弟、それにボーヴィッドは納得したようにサバスを見つめている。

そんなローゼを愛しげに見つめ返しながら、サバスは言った。この話の着地点を、これ以上ないほど明確に伝えてきた。

「ですが、ハジメ様」

「ああ」

ローゼの瞳が潤む。どうか不幸にならない程度ではなく、本気で幸せにしてあげてほしいと願うのだろうと思って――

「じぃはローゼ様に、最大限に幸せになってほしいのです。打算と配慮だけでなく、きちんと愛していただきたいのです」

「じぃ!」

「ですからどうか、どうか! 応える気がないのでしたら!」

「じぃ……?」

「どうかこの夢見がちな思春期真っ只中のローゼ様に、きっぱりすっぱり引導を渡して差し上げてくださいませ!」

「じぃ!?!?!?」

「分かった。断言しよう。ローゼの気持ちに応える気はまったくない。利用する気もないから安心してほしい」

真剣な表情で断言するハジメさん。深々と一礼するサバス。ドン引きするその他大勢。

そして、白目を剥くローゼちゃん。「まだ告白もしてないのに振られ、た?」と掠れた声で呟いている。

かと思えば、じぃを見る目がすぅっと据わっていき、

「……確かに? 可能な限り早く世継ぎ問題の解消を願われているのは理解しています。ええ、王族としての責務ですしね?」

懐から自然な動作で取り出される小型拳銃。堪忍袋の緒が切れたらしい。

「皆さんを見ていれば、深い絆があることくらい分かりますし、望みがないなら早々に見切りをつけて現実的な相手を選ぶべきという正論も理解できますし?」

誰もギョッとしている中、スライドに手を添え、流れるような動きでチャンバーに初弾を装填する女王様。

「でも、でもね?」

一種異様な空気に包まれた部屋の中で、フフフッと奇妙な笑い声が木霊した。

次の瞬間。

「この旅行の間くらい夢を見たっていいでしょうがぁーーーーっ!!」

ガタッと椅子を倒しながら怒声を上げた女王様に、近衛姉弟は見事な反応速度で飛びかかった。クワイベルも銃身に噛みついて取り押さえる。

「離して! じぃを殺せない!」

「いけませんっ、ローゼ様! どうか抑えて!」

「そうです、陛下! どうせ銃撃程度じゃあ殺せませんし! ほら、盾用の銀トレーが後ろ手に持たれてる! どこからいつ出したのか分かりませんけど!」

『ローゼ! 気持ちは分かるけど銃を離して――くっ、また握力が上がってる!?』

「ローゼ様! 出過ぎた真似、誠に申し訳ございません! ですが、ですがじぃは、ハジメ様方の旅行中、アピールすれどまったく相手にされないローゼ様の姿を国民にさらすなど……できなかったのでございますっ」

「サバスさん、気持ちは分かるがちょっと黙った方がいいと思うぜ。ほら、陛下の顔色が怒りで赤黒くなってるし」

竜王国の面々が女王を筆頭にどったんばったん。

確かに、ハジメ的にも旅行中アピールされ続けるのは困るので、どっちみち早々に答えは突きつけていたと思うが……

「これも俺が悪いんだろうか?」

「……ん~、気にすることないと思う。これで折れる気持ちなら、それこそ別の人を選べばいいと思うし」

「じゃな。というか、サバス殿……質問攻めにするローゼを見て、妾達の旅行でも迷惑をかけるやもと懸念して己にヘイトが向かうよう仕向けた……というのは考えすぎかのぅ?」

なんてことを話しつつ、お茶を飲みながら女王が落ち着くのを待つことしばし。

ようやく落ち着いたローゼは、しかし、失恋からか、それとも羞恥心からか、テーブルに突っ伏してしまった。なんだか穴があったら入りたい、と態度で示しているかのよう。

ユエ達が困った子を見るような目を向けている。

後ろから優花とミュウを筆頭に「何か声をかけてあげてよぉ」みたいな視線が注がれているのを感じたハジメは、なんとも言えない表情で頬を掻いた。

そして、場の空気を変えるため、あるいはローゼの精神を復調させる手段として、かつての約束を口にした。

「改造したアーヴェンストを持ってきたんだが……」

「!?」

効果は抜群だった。狙い通りバッと顔を上げるローゼ。ハジメと目が合い、気まずさと羞恥心で視線が泳ぐが、

「今から見るか?」

「見るぅ!!」

気を取り直すきっかけにはなったらしい。

ハジメは少しほっとしつつも、何はともあれと、

「取り敢えず、後でモアナとアウラにはこっそりとエミリー特製のエナジードリンク(夜戦用(意味深))を転送しておこう」

地味な嫌がらせを決意したのだった。

もちろん、ユエ達からはなんとも言えない眼差しを頂戴した。