軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

機工界編 少女達の運命

「もう良いかのぅ?」

「もういいわ!」

しんっとした雲上界中枢、マザーの墓所。そこにティオの確認と、優花のちょっと震え気味の了解が響いた。

優花の服装が、また変わっていた。

上下が繋がった作業着だ。いわゆる〝つなぎ〟である。ただし、ファスナーが壊れているというコンセプトの前が閉じない衣装だったが。

引き締まったお腹が丸見えだ。スッと入った縦線が美しい。黒のチューブトップで覆った香織達に負けず劣らずの双丘が、本人とは裏腹に強気の主張をしている。

それでもピチピチスーツに比べれば露出は減ったはずなのだが……なぜだろう? V字に開いた作業着からチラチラ見えるだけで、負けず劣らず……

「エロくね?」

と思ってしまうのは。淳史の所感に、昇と龍太郎が激しく同意する。

「これは完全にエッチなお姉さんだわ」

「まぁ~た子供達の性癖が歪んじまうぞ。俺等も目のやり場に困るしよぉ。勘弁してくれよ、園部」

「妙子と奈々に言ってくれる!?」

淳史、昇、龍太郎が明後日の方向を見ながら、やれやれと肩を竦めた。奈々が、さも当然のように言う。

「パイロットと整備士はワンセットっしょ?」

「特に作業着の上だけ割と無防備な女の子とかいいよね? よくない?」

妙子の視線がハジメに飛んだ。ユエ達と子供達の視線が一斉にハジメへ向く。

「菅原」

「うんうん、何かな?」

「お前、いつからそんな〝分かってる〟奴になったんだ?」

「お褒めに与り恐悦至極」

この上なく真剣な表情でサムズアップするハジメに、執事のように一礼するマイスター妙子。

「くっ、他になかったの!? もっと普通の服は!」

ハジメ的に大正解だったと理解して、ちょっと口許をニマニマさせつつもツンツンする優花。

「「なかったよ」」

「絶対にあったわね!」

この上なく真剣な表情で嘘を吐く友人二人にツッコミを入れつつ、しかし、優花はパイロットスーツの時ほどの抵抗は見せなかった。

ヘソ出し肩出しファッションくらいは普段でもするし、実質裸も同然のピチピチスーツよりはずっとマシだというのは当然あるが、一番の理由は、どうせコートを羽織るからである。

「おい、園部。コートを返せ」

「!?」

「いや、なんでそんな愕然としてんだよ」

なんでそんなこと言うの……? と言いたげなショック顔になっている優花ちゃん。かと思えば、キッとハジメを睨みつつ距離を取った。まるで宝物を奪わんとする盗賊から後退るように。

「……ハジメ、察してあげて」

「そうだよ、ハジメ君。一度与えたエサを取り上げようなんて酷いよ」

「香織、お前の言い草が一番酷いって自覚ある?」

キョトンとしている。自覚はないらしい。香織本人にとっても、ハジメの着ていた服は極上のエサと同じなのか。

流石、ハジメが奈落に落ちた後、王宮に残っていたハジメの制服を回収していただけはある。本人はあくまで預かっていただけと供述しているが。

「へ、変な誤解しないで! 前が全開でしょ! だから、どっちみち隠す必要があるの!」

「どうせ隠すならピチピチスーツのままでも良かったんじゃ?」

「マザーと一緒なんてイヤ。あの恰好で今から暴れ回る光景を見るんでしょ? なんか自分と重ねちゃうじゃない。想像されるのもイヤだし」

なるほど、ティオに飛びつき映像を止めてまで着替えを要求したのはそういうことか、と特にジャスパー家は納得した。

単に同じ恥ずかしい恰好だからというだけでなく、最悪の敵と同じ恰好というのも確かに避けたいところだろう。気分的に。

ちなみに、マザーの衣装は確かに肉体にフィットしたものだが、金属質でよりパイロットスーツ感があり、よく見れば優花のそれとはだいぶ印象が異なる。のだが、脱ぐのに良い機会だと思った、というのもあるのだろう。

「まぁまぁ、いいじゃないですか、ハジメさん。萌え袖は継続ですよ!」

「ならいいか」

「ハジメ、だいぶ趣味がオープンになってないかしら?」

優花の萌え袖状態が気に入っていることを隠しもしないハジメに、雫がなんとも言えない表情になっている。ある意味、進展と言えるのかしら? と。

ちょっと嬉しそうにコートを着込む優花。

前をしっかり閉じて、両手を突き出してみる。しっかりと萌え袖だった。万歳してみる。袖は重力に逆らった。振ろうがジャンプしようが折れたまま僅かにもずり落ちてこない。ついでに捲ろうとしてみる。袖は硬化した。

完璧にして鉄壁にして約束されし絶対の萌え袖だった。

「ち、ちなみに、ハジメ君が着た時も萌え袖になったりは……」

「!?」

愛子の意外な性癖がこぼれ落ちた瞬間だったのかもしれない。頬をほんのり染めて、少し期待しているような瞳でチラ見している様子からすると。

「ぶほっ、な、南雲君が萌え袖……ひひっ、むりぃ」

鈴が両手で顔を覆って肩を震わせている。龍太郎達や奈々達も想像してしまったのか明後日の方向を向いてプルプル。

子供達は、鈴達のリアクションに深く頷いた。魔王兄ちゃんに〝可愛い〟とか似合うわけないだろいい加減にしろ。あのちっこい姉さん、やべぇ性癖だぜ……と。

「だ、旦那……あんたの奥さん方……」

「ジャスパー、何も言うな。何も」

ジャスパーとミンディが 戦(おのの) いてた。

ユエ達が揃って、いかにも「ほぅ? ……悪くない」と思っていそうな雰囲気で、視線だけをハジメに向けていたから。<●><●>みたいな目つきで。

魔神が、妻達から萌え袖を要求される日も近いかもしれない。

「……優花の姉さん、隠しちまうのか……?」

「! リスティちゃん?」

「ちょっとお揃いみたいで嬉しかったんだけどなぁ……」

「!!?」

タンクトップにカーゴパンツ姿のリスティである。確かに似ている。まだ子供だし、平均的な十歳児より小柄なので色気はもちろん皆無だが。

拗ねたように唇を尖らせるリスティの姿は、優花お姉さんのハートを強烈にキュンさせたらしい。

コロコロと変わる表情から、羞恥心と〝リスティちゃん可愛い! コートなんて着てる場合じゃない!〟的な気持ちがせめぎ合っているのがよく分かる。

「リスティ、だからお前は未熟なあまちゃんなんだ。なの」

「あん?」

リスティの肩に腕を置き、壁にもたれるみたいに体重を預けフッと笑うミュウ。なんとも腹の立つ表情だったのだろう。リスティが早くもキレそうになっている。

バッと振り払うもミュウはあっさりバランスを取り戻し、再度、リスティの肩に手を置いた。

「リスティは、パパのコートを着てみたくないの?」

「はぁ? そんなの、そもそもサイズが……」

合理的に判断するリスティだったが、優花を見て、ジィ~~ッと見て、

「なるほど」

なんか納得した。そうだろうそうだろう、とミュウがドヤ顔で頷いている。

どういうことだよ、とハジメは目を眇めた。

「脱がすより着る方がいい。そういうことだな?」

どういうことだよ、とハジメは困惑した。

「一つ成長したな、なの」

わけが分からないよ、とハジメは頭を抱えた。

ミュウとリスティは分かり合ったように頷き合い、バッとハジメを見やった。

「おと―― 兄(あに) さんの服を着たい!」

「パパ! 優花お姉ちゃんばっかりずるい! ミュウ達にもパパの服を要求するの!」

「レミアー! ミンディー! ちょっとOHANASHIを頼めるかー!」

「「はいっ、ただいま!」」

少女達が特殊な性癖に目覚めぬうちに、保護者からしっかりとお話が必要だろう。

ミュウは、たまにパパのTシャツをパクって勝手に着ていることがあるので、ちょっと手後れかもしれないが……

(いや、パクるTシャツはだいたい面白系Tシャツだし、ユエ達みたいに洗濯物をパクるわけじゃないから、まだ大丈夫。まだセーフ!)

〝破壊王〟〝人生の迷子〟等と書かれたTシャツや、厨二と書かれたTシャツを着たフリー素材君が〝呼んだ?〟と扉の隙間から覗いているイラストが描かれたTシャツなど、旅行テンションでつい買ってしまったのだけど着たことはない系Tシャツばかりだから大丈夫なはず、と思いたいハジメパパ。

優花を指さして保護者達に何やら猛抗議している少女ズを横目に、気を逸らすため過去映像の再生を促す。

「ティオ、もういいからやっちまってくれ」

「う、うむ。承知した」

律儀に一時停止状態で待ってくれていたティオが、改めて過去映像を再生する。

スパークを放ちながら、電磁力だろうか? 空中浮遊するマザーが映し出される。六枚の機械翼と流体金属の龍が再び宙を舞う。

『ここは私の楽園。侵略者よ、私に全てを捧げなさい』

ゾッとするほど熱のない、けれど、まるでヘドロの如きねっとりとした執着心を感じさせる宣言が響いた。

ジャスパーが、ミンディが、そして子供達が思わず身を固くする。

『地に落としてやるよ――〝限界突破〟ッ』

『俺もついに神殺しか。上等だね。行くぞ――〝限界突破〟!!』

「わぁ~~~っ、初手〝ダブル限界突破〟なの! これは熱い!!」

真紅と純白の魔力が噴き上がる。ミュウが小さな拳を握って身を乗り出した。「なんだ、いったいどういう状態なんだ!? そんな凄いやつなのか!?」とリスティがミュウの肩をゆっさゆっさする。

目論見通り、ちびっ子達の意識は戦いの方へ逸れたようだ。パパ、一安心。

だが、リスティを筆頭に子供達の興奮した様子も直ぐに静かになった。

『しまったっ――』

『ハジメ様……』

ハジメの戦い方をそっくりそのまま返されたみたいに、マザーのオールレンジ兵器がレールガンを放つ。

完全回避をし損ねたハジメが吹き飛ばされG10を落とした。なすすべなく暗闇の底へ落下していくG10。

「G10!」

「狼狽えるな、なの。あれはわざとなの」

「なに? あ、そうか。電力を確保させに……マザーの意識からG10を消したんだな! これも意識誘導か!」

「ふっ、少しは分かってきたようだな? なの」

なんだか推しキャラを布教するオタクっぽいというか、リスティ相手にフッが止まらないミュウ。

ハジメに関することだとリスティは割と素直に教えを受け取るので、ちょっと気持ちよくなっているようだ。

だが、そんなミュウのドヤ顔も、段々曇っていくことに。

「これは……神を名乗るに納得ではあるのぅ」

「ですね。なかなかえぐい性能じゃあないですか」

「シアさん、拳を打ち合わせるのやめてもらっていいですか? 衝撃波で私の髪が荒ぶっているんですけれど……」

ティオが難しい表情に、シアが戦闘狂みたいな表情になってマザーを睨み、リリアーナは迷惑そうにシアを見ている。

ある意味、シアとティオのそれは最大級の称賛と言えるだろう。

帯電状態と磁力を利用した超高速移動。レールガンすら止める不可視の力場を利用した防御。機械翼のオールレンジ兵器と流体金属による攻防一体の戦闘術。

周囲の壁からも銃火器が飛び出し、戦闘しながらも人間には不可能な領域で手足のように操っている。

それらを銃弾に銃弾をぶつけるなんて超絶技巧や、普段なら絶対にしない〝魔王と勇者が互いにカバーし合う〟ことで凌ぐハジメと光輝。

だが、真に恐るべきはマザーの人智を超えた処理能力だ。

完全なる戦闘分析。戦えば戦うほどデータを取られ、対魔王&勇者とも言うべき戦術が一秒毎に組み上がっていく。

一ミリ以下での見切りと反撃。完璧な先読み。

それはもはや、シアの〝天啓視〟と同等。否、それ以上の未来視だった。高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない。かの有名な言葉が、これ以上ないほど目の前で実現されていた。

『ははっ、本当に久しぶりの死闘だな。燃えてくるわ』

レールガンを受けて、どうにか肉体への直撃だけは防ぐも戦場で意識を飛ばすハジメの姿に、ユエ達が揃って目を見開く。

軽口を叩くハジメと光輝だが、たった数分の戦闘で既にボロボロだ。

「南雲が……ここまで一方的にやられるなんて……」

優花が両手で口許を押さえている。何度も悲鳴が飛び出しそうになったのだろう。

「優花っち……萌え袖でそれやっても可愛いだけだよ」

「うっさい! ちゃんと見なさいよ!」

茶化す奈々だが、言われるまでもなく視線は戦場に釘付けだった。事前に聞いていたこととはいえ、それでもやはり目を疑う光景なのだろう。

「南雲と光輝の二人がかりでこれかよ……」

「おいおい、南雲と天之河に挟撃されてんのに同時に対応してんぞ……」

「冗談みたいな光景だな。……実際に見ると鳥肌立つわ」

龍太郎達の声にも緊張が滲んでいた。

ティオが再生速度を調整してくれているので、ジャスパー達でもしっかりと攻防を見られている。が、だからこそマザーがもたらす絶望ぶり、何度叩きのめされても立ち向かっていくハジメと光輝の姿に、ジャスパー達は絶句状態が続いている。

「ここで天候操作かぁ……きついね」

「魔力霧散効果さえなければ、と思ってしまうわね。やっぱり」

香織と雫が顔をしかめる。愛子がハジメへ、確認するように問うた。

「これでも、G10さんの昔の仲間が決死の覚悟で力を削いだ状態なんですよね?」

「ああ、そうらしい。神代魔法級の効果を持った超兵器の多くを設計図ごと消し飛ばしたそうだ。命と引き替えにな」

「まさに英雄ですね……」

「ああ。紛う事なき英雄達だ。一筋の希望を、確かに未来へ繋いだんだからな」

その言葉に、ジャスパーはなんだか泣きそうになった。胸に込み上げるものがあった。

理由は自分でもよく分からない。けれど、なんとなくご先祖達から「ここから先は君達に任せる」とバトンを渡されたような気がして、無限に気力が湧いてくるような気がした。

「いつか……慰霊碑のようなものを建てられたらいいわね、兄さん」

「ああ、そうだな。ありがとうって、後は任せてくれって言いてぇな」

天より降り注ぐ雷撃と、津波の如き流体金属から降り注ぐクラスター爆弾の豪雨。それらにより更に追い詰められ、血飛沫を上げるハジメと光輝。

凄惨な光景に思わず逸らしかけていた視線を、ジャスパーとミンディは見開くようにして戻した。同時に、もう見てられない! と顔を伏せた子供達にも「顔を上げて、ちゃんと見届けろ」と叱咤する。

兄と姉のやり取りを聞いていたのだろう。子供達も目に力を入れ始めた。

「 兄(あに) さん!」

「パパ!!」

リスティとミュウの声が重なった。同時に、子供達からもハジメと光輝の名を叫ぶ声や悲鳴が上がった。

ユエ達の表情も険しい。過ぎたことと分かっていても、マザーへの殺意を抑えられないといった様子だ。優花達も青ざめている。

ハジメと光輝が、遂に流体金属に捕まったのだ。

「え、えぐいじゃん……」

「私達なら一発アウトだったね。むしろ、なんで二人は生きてるの?」

「そりゃあ……魔王と勇者だからだろ」

「つまり人外ってことだな」

奈々と妙子がドン引きしている。子供達が「ほんとにね!」と顔面蒼白になりながらも激しく頷いている。淳史と昇の言葉が全てを表わしていた。

「いやぁ、恥ずかしいな……ごめんな、ミュウ。リスティ。こんなかっこ悪いところ見せて」

致命傷だけは回避したものの、穴だらけにされて、鉄橋に叩き付けられ、瀕死状態でぐったり横たわっている過去の己の姿に、ハジメが心底恥ずかしそうに頭を掻いた。

「「そ、そんなことない(の)!!」」

奈々&妙子の言葉には完全同意していた二人なので、恥じるハジメにぶんぶんっと首を振る。むしろ、しぶとさを称賛するように。

「そうか? これがシアなら鋼纏衣で無傷だし、ユエは言わずもがな〝今、何かした?〟って次の瞬間には無傷だろうし……ティオはむしろ穴だらけにされて喜ぶだろうし」

「妾のことなんだと思っておるんじゃ! 流石の妾も竜鱗で防ぐわ!」

「「「「「え……?」」」」」

「え? な、なんじゃその反応……妾のこと本当になんだと思って――」

「そ、それより、パパ! 頑張れーーなの!!」

「おと―― 兄(あに) さんならやれる! 頑張れぇえええっ!!」

ティオお姉ちゃんが命を賭けたドMか否かはさておき、ミュウとリスティが過去のハジメにエールを送った。結果は分かっていても、そうしたかったのだ。

子供達もハッとしたように応援の言葉を口にし出した。幸い、勇者へのエールもしっかりあったので、「光輝も頑張れ~~」と小声で応援していた龍太郎も一安心である。 彼女(すず) の眼差しがとっても優しい。

というのはさておき。

ここから魔王と勇者がお互いに支え合いながら立ち上がり、どう協力してマザーを打倒するのか……

正確には、どういう展開でジャスパー達が人質として合流する場面まで行くのか、期待と不安で心臓をバクバクさせながら、一瞬も見逃すまいと目を皿のようにして。

そして、聞いた。

『あ~、もう面倒くせぇ』

そして、見た。

『お前、今、仲間を――』

『おまっ、今、俺ごと殺ろうとしただろ!? 何考えてるんだ!』

『よくよく考えると、なんで俺がお前を庇わなきゃいけないんだと思って』

『こ、こんの魔王めーーーーっ』

そこから始まるマザーそっちのけで殺し合いに勤しむ魔王と勇者の実に醜い争いを。

『お前達っ、さっきから何を――』

『死ねっ、天之河ぁっ!』

『本性を現わしたなっ、南雲ぉっ』

支え合い? 協力? なにそれおいしいの? と言わんばかり。互いを考慮しない攻撃どころか、むしろ「この機に乗じてお前を殺すッ」と殺意ビンビン。

ユエ達の、そしてジャスパー達の、何よりミュウやリスティ、子供達のなんともびみょ~~~な視線がハジメに集中した。

『未知の行動パターン』

でしょうね、と皆揃って思った。戸惑うマザーに同情心すら覚える。

「いや、待ってくれ。分かったぞ! これも意識誘導だ! 喧嘩してるふりをして――」

リスティが謎は全て解けた! と言わんばかりに輝く表情をミュウに向ける。ミュウは視線を逸らした。

『五分だっ。五分でまずお前を片付けてやんよぉ!』

『やれるもんならやって――ぎゃぁーーーっ!?』

流体金属の激流に蹴り飛ばされた勇者を見て、リスティはスンッとなった。 兄(あに) さん……普通に喧嘩してるじゃん……と。

「いや、違うんだ。あくまでマザーの解析能力を超えるためにだな――」

「つまり、喧嘩してたわけじゃないと?」

雫さんのあまりに真っ直ぐな眼差しと綺麗な笑顔での問いかけ。

ハジメは一瞬の沈黙のあと、スッと視線を逸らした。

『――なんと醜く愚かなのでしょう』

絶妙なタイミングでのマザーの感想。ミュウもリスティも、反論の言葉を持っていないようで、揃ってハジメへ困った人を見るような眼差しを向けた。

ハジメパパに 致命の一撃(クリティカルヒット) 。

その間にも、目の前で己を無視して繰り広げられる喧嘩と、なのになぜか地味にダメージを重ねてしまうことに〝イライラマックス!!〟と言わんばかりのマザーの姿が流れていき……

「……ハジメ、大丈夫。最初から時間稼ぎだって分かってる。つまり、喧嘩も十分に良い戦法だった! 実際に、マザーはハジメ達を仕留めきれなかったし!」

「だから見せたくなかったんだ……」

どんな時でもハジメ全肯定ユエさんである。

喧嘩に夢中で魔力が枯渇するというまさかの結果の末、二人仲良くぶっ倒れたハジメと光輝を見て、シラ~ッとした空気を払拭するように全力フォローしてくれる。

確かに時間稼ぎこそ最大の目的だったが……

今は、そのフォローが逆に痛い。

なんかジャスパーや子供達まで「分かってる分かってる」と困った人を見る目になっているし。

そんな、どこか生暖かい空気を、

『反撃開始だ。――G10ッ!!』

瀕死状態が嘘だったかのように力強い号令が吹き飛ばした。誰もがハッと過去映像へ視線を戻す。

極大の雷がハジメと光輝に止めを刺さんと落ちた。

「キターーーッ!!」

「おと―― 兄(あに) さん!!」

「「「「「おぉーーっ!!」」」」」

ミュウとリスティ、そして子供達、否、ジャスパーとミンディも思わず歓声を上げる。

コルトラン中に轟いたのでは思うほどの雷撃を受けて、しかし、ハジメと光輝は健在だった。浮遊する十字架が作り出す結界の中で不敵な笑みを浮べている。

『お前っ、――G10!!』

『はい、マザー。お前を打倒する、最後の兵士です』

「「「「「G10かっこいいーーーっ!!」」」」」

「「「G10かっけぇーーっ!!」」」

またもハモる子供達の声。今度は龍太郎、淳史、昇も合わさった。

相当無理をしたのだろう。ガラクタも同然の姿になって、しかし、マザーに向けられるモノアイの輝きは、まるで人間のよう。

機械にあるまじき絶大な意志の力がヒシヒシと感じられた。これにはユエ達も息を呑む。テンションが上がる。それに応えるように。

『蹴散らせ、グリム共』

機械翼への当てつけの如く全ての攻撃を防ぐクロスヴェルトに続き、機兵のお返しとばかりに召喚されるグリムリーパー〝モデル・グリムタートル〟。

魔王の死神軍団の中でも随一の火力を誇るそれらが三体、今までの鬱憤を晴らすように全方位へ圧倒的火力を披露した。

そして、

『『限界突破――〝覇潰〟ッ!!』』

魔王と勇者も反撃開始。瀕死に追い込まれても取っておいた切り札を切る。解析能力を大幅に逸脱するスペックが、遂にマザーを捉えた。

余裕を失ったマザーは、まるで人間のようで。

「ここか。ここで俺達が……」

ジャスパーが苦笑を零す。過去映像に、人質に取られた自分達が現われた。本当に良いところで足手まといになっちまったなぁとバツが悪そうだ。

「リスティ、気持ちは分かるの」

過去の己を見て、ジャスパー以上に落ち込んだ様子を見せるリスティに、ミュウが声をかける。リスティがキッと睨みつけるが、

「大好きな人の足を引っ張ることほど辛いことはないの。自分の無力が恨めしいの」

「……んだよ。経験でもあるような口ぶりだな」

「みゅ。経験者なの。人質にされるくらいなら誘拐されてオークションに出品される方がまだマシなの」

「出品されたことあるの!?」

「あるの」

「い、意外にハードな人生、送ってるなぁ」

「そうでもないの。人生、結果オーライなの」

フッするミュウ。こ、この七歳児、俺等よりも人生を達観してないか? と 戦(おのの) くジャスパー&龍太郎達。

そんな少女達がしているとは思えない会話を聞くともなしに聞いているうちに、魔王と勇者の最大火力がマザーに放たれた。

太陽の光と純白の輝きが天を穿つ。

断末魔の悲鳴ならぬ怨嗟を木霊させるマザーに、G10は言い返した。とても寂しい言葉を以て。

『私達は、生まれてくるべきではなかったのです』

それを最後に、マザーは破滅の光に呑まれて消えた。

雷雲が円状に吹き飛び、過去と現在の陽光が重なって降り注ぐ。

美しい光景をしばし、誰もが無言で見つめる。

少しして、

「なぁ、旦那。G10は――」

「心配すんな。将来の展望は変わらずだ。やる気に満ちてるよ」

「へっ、そうか」

再会時にも聞いたことだが、あの過去のG10の言葉は誰の胸にも迫る本気の言葉だったから、少し不安になったのだろう。

リスティや他の子供達もホッと胸を撫で下ろしている。

「……会いたいな」

リスティがぽつりと呟いた。

G10が、コルトランの人間と会うことは生涯ない。たとえリスティが聖地に自力で辿り着いても、それを遠くから確認するだけで姿は見せないだろう。

G10の決意を知っているからこそ、どこかしんみりした空気が漂う。

こういうとき、だいたい空気を変えようと奮闘するのはミュウである。なので、

「えっと、その、そう! パパ!」

「おう? なんだ、ミュウ」

「最後のあれ! 格好良かったの! 特に言う必要もないのに〝バルス・ヒュベリオン!〟って叫んだやつ!」

「ガハッ!?」

ハジメパパ、黒歴史のグングニルを、よりにもよって娘から投げつけられてハートブレイクした。

リスティを励ますためにパパの羞恥心を犠牲にしたミュウに、レミアが「あらあら……でも、お友達を優先したのは良いこと、よね?」と困り顔である。

一方、龍太郎や奈々達はニヤついた。空気を読んで、喜んで流れに乗る。

「言ってたな。それはもうガッツリと言ってたな」

「「バルス・ヒュベリオン!!」」

「おいおい、宮崎も菅原もやめてやれよ。天之河は詠唱が必要だからさ、空気を読んで合わせてやったんだよ。なっ、南雲ぉ!」

「いやぁ~、流石っす! 流石は深淵卿のボス! 決めゼリフの切れ味が違うぜ!」

「ちょ、ちょっとあんた達! 確かにちょっとあれだったけど……南雲が羞恥心で死んじゃうでしょ!」

優花のフォローも破壊力は抜群だ。

ハジメは部屋の隅っこへ行った。膝を抱えて座り込む。心が痛そうだ。

その後ろ姿、まるで某深淵卿モードが解除された例の彼のよう。流石はボス。

「……で、でも凄かった! 久しぶりに見たヒリつくハジメの死闘! 濡れたっ」

「ちょっ、ユエさん! 子供達もいるんですよ! 励ましたいからって自重してください! まぁ、気持ちは分かりますけどね!」

「うむ! 正直、ギラつくご主人様の眼差しは堪らんかったぞ!」

香織や雫達も苦笑しつつ、加えてリスティや子供達も次々とフォローの言葉をかけ始める。

ハジメがチラッと肩越しに振り返った。愛子が「あ、なんか可愛いかも……」と頬を染めているが、それはさておき。

ティオが過去映像を消し忘れていたせいで、その映像が流れた。

『死ねっ、天之河ぁっ』

『くたばれっ、南雲ぉっ』

精根尽き果てろくに動けないくせに、倒れたままジタバタジタバタ、ポカポカドカドカと殴り合い、罵り合いを繰り広げる過去のハジメと光輝。

喧嘩の理由は実にくだらなかった。どっちが先に回復薬を飲むか、である。

全員の視線が現在のハジメに注がれた。その眼差しは、やっぱりとても生暖かいというか、呆れが混じっているというか。

「ふふ、まるでユエと香織みたいね?」

雫だけ微笑ましそうに、否、むしろどこか嬉しそうに眺めていたが。龍太郎達が小声で「オカンじゃね?」「オカンだな」「シズシズ、完全に問題児二人を見守るお母さん」と囁き合っている。

いずれにしろ、居たたまれない。この後の展開は全員が知るところなので、ハジメは部屋の隅の住人になるのをやめて勢い良く立ち上がった。

そして、誤魔化すように駆け寄り、リスティを高い高いしているみたいに抱き上げる。

「ふわぁっ!? おと―― 兄(あに) さん!?」

「そろそろリスティの工房を見に行きたいな! ここにはもう見るべきものはないしな! だから早く過去映像を消して、さっさとガラクタ山とやらに行こうじゃないか!」

過去映像の中で、勇者と魔王を諫めようとした浩介が巻き添えを食らって殴られているのを横目に、ハジメが強く促す。

ユエ達は顔を見合わせ、苦笑を一つ。

リスティが恥ずかしそうにしつつも、嬉しさに満ちた笑顔なので。

「フッ、どうやら時が来たようなの」

ついでに、ミュウも何やらやる気に満ちているようだったので。

「……ん、分かった。ちょっと待ってて。人払いと認識干渉の結界をしてくるから」

ハジメから羅針盤を受け取りつつ〝ゲート〟を開き、ユエはガラクタ山の端っこへ先行したのだった。

そうして。

元より人気のない場所を選んで建てられたリスティの工房周辺から一切の人が消え、そのことを不思議に思わないどころか無意識レベルで近づこうとも思えず、また中で何が起きても認識できない結界の中。

「いや、いきなりすぎないか?」

「そんなことはないの」

ハジメが、ミュウとリスティ以外全員の気持ちを代弁するツッコミを入れた。

まるで西部劇のガンマンの如く、風吹き砂埃舞う道のど真ん中に立つミュウ。その太ももには二丁のリボルバーが。背中には小太刀二刀も。

「工房や発明品を先に紹介するのは、手札を晒さらすことと同じなの」

「う、う~ん? というか、やっぱ決闘はするのか……」

「そういう 運命(さだめ) なの」

クロスカウンターでご挨拶をした時も言っていたが、やっぱり運命らしい。腕を組んで、瞑目しながら語るミュウ曰く。

道の端でユエ達が、そしてジャスパー達がなんとも言えない表情で顔を見合わせている。

これより始まるのは決闘だ。

ガラクタ山の見学やリスティの工房見学より早く、あと、ユエが準備してくれている間にジャスパーが連れ戻したパオロ君が、優花お姉さんの衣装チェンジに「どう、して……?」と、まるで平行世界に迷い込んでしまった人のように愕然としているのも放置して、二人はまず決闘することを強く要望したのだ。

ミュウは、この場所がリスティのテリトリーだと理解していたが故に。

リスティも、ここでなら全力を出せると目論んでいたが故に。

お互いに手札を知る前に戦うのがフェアだと、暗黙のうちに了解し合っていたが故に!!

「な、なぁ、ミンディ。やっぱり止めた方が……」

「そ、そうよね。リス――」

「そう、これは運命だ」

兄貴とお姉ちゃんの心配をぶった切りつつ、リスティが工房から出てきた。ずるずると何かを引きずっている。

「準備は万全か? なの」

「焦るなよ。負けた時の言い訳でも考えてな」

ハジメ達は思った。あ、ダメだ。完全に二人の世界だわこれ、と。

リスティに怪我をさせないか不安そうに、やっぱり止めた方が……と前に出かけたレミアを、ハジメが首を振って制止する。ついでに香織もいざという時の準備を済ませて頷いた。

子供達にも譲れないものがある。と、若干の微笑ましさを胸に見守ることにする。

「俺が勝ったら認めてもらうからな。お父さんと呼ぶことを」

「海の女に二言はないの。ただし、ミュウが勝ったら……」

何か大きなバックパックらしき物を背負い、ハーネスで固定していくリスティの表情が険しくなる。

同時に、それを見てハジメ達が「え、ちょっと待って。リスティ?」となっているが、当事者の少女二人の瞳に映るのは互いだけ。

「諦めろ、か? お父さんと呼ぶことを」

「え? そんなこと言わないけど……諦めないなら何度でも挑戦すればいいの。いつでもどこでも何度でも受けて立つと言ったの」

「え? あ、そう?」

「みゅ!」

「あ、ありがとう……いやっ、そうじゃなくて!」

ちょっと微笑ましい雰囲気になる二人。

だが、ハジメ達は別のことに気を取られて微笑ましく思ってあげられない。

腰の両サイドに何か筒のような物を装着し、そこからコードで繋がった厳ついグローブをはめていくリスティに、ハジメ達が「一回! 一回、その装備について説明が欲しい!」と目で訴えっている。もちろん、ミュウとリスティは気が付かない。

「じゃあ、何を要求する気だ?」

「フッ、それは勝ってから言うの。それとも、教えてもらわないと怖くて全力を出せない?」

「言いやがる。その余裕の表情、直ぐになくしてやるよ!」

リスティが最後の装備を手に取った。腰の筒から抜き取ったのは両刃の剣だった。金属板を削って加工した無骨なものだ。

そこで、ミュウもようやくリスティの装備に着目したのだろう。目を見開いて――

「娘の座、もう寄越せとは言わない。だが、分けてもらうぞ! おと―― 兄(あに) さんの膝上の半分は、このリスティのものだぁ!!」

「え、ちょっと待って、それは流石に予想外なのぉ!?」

飛んだ。リスティが飛んだ!

背中のジェットパック――おそらく空機兵の残骸から奪って自分用に改造したのであろうそれで弾かれたように宙へ躍り出る。

かと思えば体を捻り、推進力を利用して独楽のように回転しながらミュウへ襲いかかった。落下と遠心力を利用した双剣が襲い来る!

それを横っ飛びで回避するミュウ。戸惑っていても動きは止めない。そんな温い教育は受けてない! とばかりに受け身を取って一回転し、そのまま流れるように片膝立ちで〝どんなぁー〟を照準。間髪容れず引き金を引く。

地面を滑るようにして着地したリスティへ、ゴム弾が直撃する――

寸前で、いつの間にか両腰の筒から射出されていたワイヤーアンカーが高速で巻き取られ、リスティを鋭角移動させた。

弾丸が虚しく通り過ぎる中、リスティはジェットパックを一瞬だけ噴き出し加速。ワイヤーアンカーが突き立った場所――ガラクタ山の側面に 立(・) っ(・) た(・) 。

しんっとした空気が漂う。

十歳以下の少女達の戦いじゃねぇとか。

二人揃って躊躇いがなさすぎるとか。

ツッコミどころは多々あれど、ひとまず。

「「「「いや、立体機動○置じゃねぇかっ!!」」」」

ハジメを筆頭に、某巨人と戦う作品を当然のように嗜む男子達が一斉にツッコミを入れたのは言うまでもない。そして、

「くっ、いきなり、そんな……ロマンがすぎるぞ!! なの!!」

なんだか悔しそうなミュウの怒声に、リスティは「んん?」と訝しみ、ハジメ達は激しく頷いたのだった。