軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

星霊界編 これが本当の進化体

止まぬ熱狂に、愛子が仕事人の顔で熟練の技を見せる。〝気持ちは盛り上がったままだけど、絶妙に落ち着く程度の鎮魂〟だ。

そうでもしないと、観衆が群がりそうだったのだ。王族もいるのに、本来ならあり得ないことである。それほどシアへの熱意――というか〝アイドル力〟が凄かったのだろう。

「勇者教とかできそうな勢いだね♪」

「拝んだり、崇めたりしている人がいっぱいですね!」

「香織さんも愛子さんも、なんでそんなに嬉しそうなんですか」

お行儀は良くなったものの、未だ雰囲気はアツアツだ。

モーセの海割りの如く少しずつ割れていく人垣を、柵で囲われた大きなクレーターの方へゆっくりと進みながら、シアは未だ笑顔のまま手を振っている。

そろそろ頬が引き攣りそうだ。

なぜか? 香織と愛子の言葉が大袈裟でもなんでもないからだ。

「シ、シアお姉ちゃ~~ん。なんか赤ちゃんがあちこちで掲げられてるの。お名前つけてほしいって、お母さんお父さんがすんごい形相で叫んでるの……」

「え? なんだって? ですぅ」

地獄ウサミミイヤーを自称しているくせに聞こえないわけないだろ……とハジメ達は思ったが、ご都合式突発性難聴になる気持ちも分かるのでスルー。勇者には付きものだし。

「わぁお……すっごいねぇ。シアっち~、可愛い女の子から綺麗なお姉さんまで、ワンチャン求めてきているよ~」

「ちょっと怖いくらいの〝抱いて〟コールだねぇ」

奈々と妙子がケラケラと笑いながら報告してくる。

その一際熱狂的というか猛烈アピールしてくる女性集団の方は見ないようにしてるのだから、あえて言わないでください! とウサシッポブンブンッで抗議するシア。

「これもダリアさん効果か」

「布教してた時の様子とかすげぇ気になるわ」

「この様子だと、例の噂、本当にめっちゃ広がってるっぽいなぁ」

淳史、昇、龍太郎の顔が引き攣っている。なんなら、女性集団の周囲の男性達もちょっと引いている。それくらい本気度がヤバかった。

「聖女の帰還を喜んでる声がシアシアを称える声に負けてないよ。そんな二人が〝一緒に戻ってきた〟っていうのがまた、ねぇ?」

素晴らしく憶測を呼ぶ。なんなら邪推の域に入っちゃうくらい人々の想像力を駆り立てちゃう。ということだ。

実際、お二人はやはり……みたいな声や表情があちこちに。女性集団に至っては確信の表情だ。

鈴が苦笑気味にダリアを見れば、民衆に慈愛の笑みを返していたダリアは途端に顔を真っ赤にした。

「申し訳ございません、シア様……わたくしのシア様への想いが彼女達を狂わせてしまったのですっ。責めるならどうかわたくしを!」

「声を大にして言うのやめてもらっていいですかっ!? うるうるした目で見つめるのも禁止ぃ!」

ほら、ダリアがそんなだから、キャァーーーーーーーッ!!! と。

「ッッ、す、凄いわね。黄色い声が」

「いや、雫よ。これもう〝事件性のある悲鳴〟じゃよ……レミアよ、大丈夫かの?」

「え? なんでしょうか?」

咄嗟に娘の耳を両手で塞いで守ったレミアママの鼓膜は、代わりに犠牲になったのだ。ちょっとくらくらしていらっしゃる。

もちろん、最も聴力に優れたシアのダメージは言わずもがな。流石の反射神経でウサミミをたたみ直撃は免れたようだが、それでも毛が逆立っちゃう。

ハジメさえも「うぉ、ぉ~」と目をぱちくり。もはや音響兵器と言えるかもしれない。

周囲の男性達がキョロキョロしてるのは、きっと「あれぇ~、音が急に聞こえなくなったぞ~? なんでぇ?」と思ってるからに違いない。

香織からこっそり回復魔法が飛ぶ。

その間も英雄様とのワンチャン狙いな女性集団から、

「やっぱりそうなんだわ! 二人は相思相愛なんだわ!」

「見て、あの周囲にいる女性達を! みんなシア様のハーレムメンバーなのよ!」

「待って、でも殿方もいるわ……」

「誰よ、あの男! シア様に侍っていい男は一人じゃなかったの!?」

「きっと使用人の方々なんだわ! そうに違いないわ! そうであれ!」

「使用人……その手があったか! 愛人でなくてもお仕えできれば、そこが突破口になるかもしれない! 健気に尽くすあたしに、いつかシア様の目が止まって……」

なんて声が響いてくる。

英雄、色を好む……とは言うが、この世界のシアはまさに、それを地で行くタイプと信じられているようだ。少なくとも一部の女性集団には。

半信半疑だった人達まで認識の天秤が傾きそうになっていて……

「そこぉ! 違いますよ! 私はハジメさんの妻です! ワンチャンもないですからね!」

堪らず、女性集団の方へビシッと指を指して声高に訴えるシア。

悪手だった。

「あ、気絶した」

ハジメが、「まぁ、最推しに直接声をかけられたら限界化どころか限界突破しちゃうよな」と理解を示しつつ苦笑する。

意味が分からない! と心の中で絶叫するシア。

「愛子さんッ、もうちょっと強めの〝鎮魂〟を処方してもらっていいですかッ!」

「用法用量は守らないとダメでっす!」

「そんなこと気にしたことないでしょうが!っていうか、ほんとなんでそんなに嬉しそうなんですか!」

「一人は寂しいですもんね」

「なんかエモい雰囲気だしてますけど意味不明ですからね!」

〝崇められ仲間〟は一人でも多いに越したことはない。精神衛生的に。という意味だろう。香織と愛子のにっこり顔を見れば。

リリアーナが目を伏せながら「なんかすみません……うちの世界の人達が……」とか呟いている。女神教も、天使教団も、もはや誰も止められない組織だから。

「……シア、ダリアばっかり見ないで――」

「ユエさん。今、悪ノリしたらビンタしますよ。レベルXで」

身を乗り出し、シアと腕を組もうとしたユエはスンッとなって席に座り直した。ハジメの腕に抱き付くことで、あくまでハジメの妻だとフォローもする。

だから、ぶたないで? ユエさん、知ってるよ? 今のシア、レベルXなら本気じゃないビンタでアザンチウムに手形をつけられるって。

粘土みたいに凹んだそれを見て、ハジメが真顔になったのも知ってるよ……知ってるよ……知ってるよ……

「ね、ねぇ、南雲。ちょっと進むの遅くない? 早く過去再生しましょうよ」

唐突に、というか我慢できなくなったみたいな様子で、優花が後部座席から身を乗り出してくる。

おぉーーーっと太めの歓声が広がった。優花の顔が妙に赤いのはそれが原因だろう。

「もう十メートルくらいだろ。人が飛び出すかもしれないし。安全運転、大事」

「似合わないこと言わないで!」

「酷くない?」

優花がなぜそんなことを言うのか、ハジメには分かっているのだろう。ちょっと悪戯っぽい雰囲気が表情に出ている。

「それより、あんまり前のめりになるなよ。スカート短いんだから」

「ッ、わ、分かってるわよ!」

「胸元も開いてるんだから――零れるぞ」

「セクハラよ!」

ベシベシッと真っ赤な顔でハジメの肩を叩く優花。もう片方の手で胸元を隠す。

その仕草、表情、そしてベシベシの震動に合わせて震える一部に、更に「おぉーーーっ」という野太い歓声が。

やはり〝聖装ミニスカメイド〟の破壊力は凄まじいらしい。あんなけしからん――じゃなくてえっちな――でもなくて、素晴らしい衣装を着ることを許された女性はどなただ!? と興味津々の様子。

「や、やっぱり着替えを……南雲、箱庭に一時避難させて!」

「断固拒否」

「なんでよぉ!」

ベシベシが羞恥心でブーストされて、遂にポカッポカッに変わる。ハジメは優花には答えず、肩越しに振り返って奈々と妙子に真顔でサムズアップした。

「宮崎、菅原。改めて言わせてくれ。――良いセンスだ」

それに対し、奈々と妙子はキメ顔で髪を掻き上げた。

「まぁね? 楽しみにしててよ、南雲っち」

「十二着だよ。いい? 今度の旅で用意した嬉し恥ずかしな衣装は十二着。フッ」

優花はキッと睨み、しかし、直ぐにスゴスゴと席に戻った。恥ずかしそうにしながら。いや、嬉しそうに、か。

「南雲殿、あの辺りでどうか?」

ハジメ達の様子を苦笑しつつ眺めていたエリックが、馬上から指をさした。

ちょうど人垣の道を抜けたところだ。柵で囲われた巨大クレーターを中心に、そこから更に百数十メートほど円状に開けている。

王都の兵を動員したのだろう。兵士達が人垣となって観衆を止めているので、綺麗な円が出来ているようだ。

上空から見れば、まるで 闘技場(コロシアム) のように見えるかもしれない。

その開けた場所の右側に先行したフィルがいた。手を振っている。一際多く兵士達が集まっていて、如何にも貴族っぽい者達もいる。質の良さそうな椅子や飲み物も用意されているようだ。

エリックが指さしているのはそこだった。

「あえて断る必要はないな。挨拶攻めは流石に困るが」

「大丈夫だろう。事前に言い含めている。フィルにも念押しするよう伝えたからな」

「配慮に感謝するよ。まぁ、過去再生すればそれどころじゃないだろうが」

「はは、違いない」

鳴り止まぬ歓声の中、ハジメがシアに目を向ける。

「う~、もういいですよぉ~。ここまで来たら、とことん英雄してやります!」

「そうか」

あえて逆回りで行く提案をしっかりと読み取って、シアは肩を竦めた。

ボンネットの上で改めて元気に跳ね、観衆に呼びかけていくシア。その堂々たる姿は、なるほど、確かに英雄に相応しい。

わざわざ遠回りして自分達の前を通ってくれるシアや聖女、そして良い笑顔で手を振ってくれる救世主一行に歓声も自然と大きくなる。感涙を流す者も少なくない。

そうして、しっかりファンサ(?)したシア達は、本当に軽く、けれど深い敬意を感じさせる重鎮達の挨拶を受けて、

「そんじゃあ、ユエ。頼むぞ?」

「……こんな大勢の前でしくじったら恥ずかしさで死ねる。命を賭けて完璧に再生して見せる!」

「いや、お前不死身……」

いよいよ本日の英雄凱旋パレードのメインイベントが始まった。

ユエが黄金のオーラを纏う。

どよめく観衆に、エリックが声高らかに言葉を響かせた。

「皆の者、聞け! 今より異界の神秘が一端を披露していただく! とくと見よ! あの日、あの時、この場所で繰り広げられた神話の戦いを! そして、改めて心に刻もうではないか! 神罰の意味を! それに立ち向かった英雄の姿を! 我等の新たな生き方を!」

改良ブリーゼに付けられた拡声機能によりエリックの声が凜と響き渡る。ハジメの配慮に少し驚きつつも目礼するエリック。

観衆が戸惑いで静かになったその瞬間、集中していたユエが「ここぉっ!!」とフィンガースナップを響かせた。

流石はユエ様。今度はドンピシャ。世界がわずかに色褪せたようになって、頭上に透ける雷雲が出現する。現実に過去の光景が重なった。

どよめきと喧噪が再び広がる中、誰かが叫んだ。「か、神だ! 雷雲の神霊様だ!」と。

誰ともなしに視線が丘の上へと向いていく。

そこに上半身裸、下は袴のようなものを着た美丈夫がいた。全身からスパークを放ち、威風堂々と宙に浮かんでいる。

映像越しでも伝わる神威に観衆が息を呑み、青ざめていく。あるいは、ほとんど無意識に、かつ即座に膝を折って頭を垂れる。

「ウダルさんって……やっぱり神なのね」

「雫ちゃん、割と酷いこと言ってる自覚ある?」

「あらあら、泣いてしまいますよ? あの方、意外と繊細な方のようですから」

するっとこぼれ落ちたような雫の感想に、香織とレミアが苦笑気味だ。

だが、気持ちは分かるのだろう。ティオ達も同じような表情になっている。

スライムウダルに威厳なんぞ皆無だったし、ソアレが強烈すぎて目立っていないが彼も大概、頭のおかしいシアスキーである。

ソアレのストッパー役になることが多いが、あれは常識的だからではない。八割方、シアに纏わり付くソアレが目障りだからだ。

シアの役に立とうとドヤ顔で申し出て、あっさり断られて落ち込む姿は割と目撃されている。レミア達は、宝樹の根本で三角座りしているウダルと、そんなウダルに「ざまぁ!」しているソアレを何度か見たことがある。

それはウダルの神威なんて忘却の彼方になっても仕方ない。

「あの、ユエさん。私のシュタイフたんが吹っ飛ばされた重要なシーンが……」

「……ん、分かってる。でも、王都内にいる人達は、こちらの状況がよく分かってないでしょ? なのに、過去映像とはいえ、いきなり落雷が降り注ぐのは怖い」

「あ、確かに」

観衆の全員が王都の外に出ているわけではないだろう。彼等からすれば、今だって突然雷雲が出現して驚いているはずだ。

あの日のことがトラウマになっている人もいるかもしれない。なら、シアとウダルが相対した瞬間からでも良いだろう。

というユエの配慮にはシアもにっこり。先程の〝切り抜きタイミング失敗事件〟をチャラにする心遣いだ。エリック達からも感謝の視線が向けられる。

『来たか、異界の子よ』

威厳あるウダルの声が響く。それだけで身を竦める人々。そして、「うわぁ、威厳あんなぁ……」と驚く龍太郎達と、「この頃はまだ普通にイケメンなのにね……」と残念なものを見る眼差しを向ける奈々達。神らしいウダルは、それほど珍しい。

だが、もしここにウダルがいたら「え……我の評価、低すぎ……?」と落ち込んで、また宝樹の根本で膝を抱えそうな評価も、ある程度は訂正されることになるだろう。

「あんなでも神ですからねぇ。死のビジョンのオンパレードには流石に肝が冷えましたよ」

シアが苦みの感じられる表情でそう言った直後。

『許せ』

酷く悲しそうな表情とは裏腹に、あっさりと致死の攻撃が――

観衆には、ただ虚空に稲光が見えただけだった。歪な五芒星の如き光の残像が目に焼き付き、同時に過去のシアの体が僅かにブレた気がしないでもない。

一拍遅れて轟くパァンッという乾いた音は、きっと雷鳴だ。

気が付けば、ウダルが先程いた場所から少し離れたところに佇んでいる。

何が起きたのかさっぱり分からない。感じた光と音、そしてわずかに息を乱しながら冷や汗を流すシアの姿に小首を傾げている。

まさか思いもすまい。

今の刹那と表現すべき間に、十度を軽く超える攻防がなされていたなんて。

「見えたか?」

「「「見えるわけないだろっ」」」

「「「いやいや、むりむりむり!!」」」

ハジメの確認に男子陣&奈々、妙子、鈴が首をぶんっぶんっと振って答える。

「みゅ~、最初の雷の槍しか見えなかったの……」

「え!? ミュウにはあれが……あ、あらあら、この子ったらいつの間に」

一瞬、我が子もシアのようにバグの領域に入り始めたのかと慌てるレミアだったが、ミュウがサングラスをかけているのを見て納得した。

知覚拡大機能を使ったのだろう。サングラスをかけて、腕を組んで仁王立ちしている姿は妙に強者感が出ている。レミアのなんとも言えない表情はきっとそのせいだ。

なんにせよ、アーティファクトの助けがあるとはいえ、最初から予想して注視していなければ厳しかっただろうから大した心構えである。

「正真正銘の雷速じゃろう? 無理に決まっておろう」

「使徒モードならともかく、ね。レールガンと違って、銃口の向きから予測できるわけでもないし」

「レールガンの速度で縦横無尽って……なるほど。この理不尽さは確かに神様ですね」

「雫、貴女なら昇華魔法で強化すれば見えるのでは?」

「どうかしら? ちょっと試してみましょうか」

どうやら、今の攻防をまともに視認できたものはいないらしい。リリアーナの提案に雫がやる気を出している。バフありきなら、あるいは……と。

本来、雷速とはそれほどなのだ。文字通り桁違いの速度なのである。人間に認識さえ許さない、まさしく神の領域だ。

「ですが、シア様は見事に凌ぎきったようですが」

「いえいえ、ダリアさん。私もこの時はついていけてないです。一瞬前に未来を垣間見て動いていただけですから」

「未来視、か。英雄に相応しいとんでもない能力だな」

ダリアとエリックが感心しているが、事情を詳しくしらない観衆達はわけが分からないままだ。

シアとウダルのまったく噛み合っていない会話を、不思議そうに眺めてる。

「ねぇ、ユエさん。この先もあの攻防だと、あんまり視る意味が……」

優花が困り顔で、微妙な空気になっている周囲の重鎮達や観衆を見回す。

ユエはこくりと頷いた。

「……ん、皆まで言わなくていい、優花。ユエチャンネルは、解像度調整からモザイク編集、切り抜きから脚色までなんでもござれ。もちろん、倍速もスローもお手の物!」

「いや、脚色はダメでしょ」

優花のツッコミをサラッと無視し、ユエはシアが啖呵を切る直前で過去映像をストップし、戦闘開始直後に早戻しした。逆行する映像にどよめきが起こる。

「……リスタート! ユエチャンネルは雷速にも対応しています!」

「誰に対するアピールなんだ?」

ハジメのツッコミをスルーして、今度は一般人にも視認できる速度で映像が流れた。

ウダルが雷の槍を放ち、同時に一条の雷に転変してシアの後ろに回り込む。そして、一瞬で人型に戻って背中から心臓を突き破らんと手刀を繰り出した。

あちこちから悲鳴が上がる。回避したシアに安堵の声が漏れ出す。

だが、当時のシアと同じく息つく暇もない。

雷速の移動と攻撃が四方八方からシアを襲う。必死に回避するシアの全く余裕のない表情がとてつもない緊迫感を伝えてくる。

これが雷の化身。意志を持った自然の脅威。

『異界の子よ。どうか足掻かないでおくれ』

視認できるレベルのスロー再生でも、たった数秒の攻防。だが、それが終わった途端に誰もが盛大に息を吐いた。知らぬうちに息を止めてしまっていたのだ。

それほどまでに濃厚な数秒だった。

「正直、甘く見てましたね。神の使徒が天人さんのレベルと言われて。痛恨の油断です」

「……ん。反省できて偉い!」

ユエからお褒めの言葉を貰うも、シアの表情は苦く、恥じ入るものだった。

裏を返せば、反省してなかったら叱らないといけない失態ということでもあるからだ。

「まぁ、当時は日本の平和な暮らしに慣れ始めた頃合いだしな。俺達全員に当てはまることだ。油断こそ大敵ってのは本当に的を射た言葉だと思うよ」

「……南雲だったら、どう対応した?」

優花が興味深げに尋ねる。質問が〝対応できたか?〟ではない点、ハジメが負けるはずないという絶大な信頼が見て取れる。ユエと香織が、いや、奈々と妙子に鈴までニヤッとしている。

「俺なら? そうだな。まずは……いや、ミュウ」

「みゅ?」

「俺ならどうすると思う?」

サングラス姿が妙に様になっているミュウが、指先で少しサングラスをずらしてパパを見やった。そんな仕草も、まるで映画に出てくる俳優みたいで様になっている。

まさか、「ミュウもサングラスを貰った以上、深淵卿には負けていられないの! 見栄えのする角度やポーズを研究しておかなきゃ!」と思い至った結果とは思うまい。

ミュウの心のライバルが深淵卿と知ったら……パパはきっと、卿に理不尽を働きに行くに違いない。

優花達が「なんでミュウちゃんに?」と首を傾げる中、ミュウは少し考える素振りを見せた。一拍おいて、スタイリッシュにサングラスを外すと、キリッとした表情で答えを口にする。

「雷雲の神霊さんって聞いた瞬間に、ぜつえんたい? 電気が通じない装備を作るの。で、効かないぞ~アピールして神様のプライドを刺激して視野を狭めて、こっそりクロスヴェルトとかを飛ばして空間を閉じるの。で、自分に結界を張って、二重結界の内側を神霊さんが死ぬまで爆撃するの!」

「良い回答だ。花丸をあげましょう」

「わぁーーーーいっ、なの!」

ぴょんっと跳ねて喜ぶミュウちゃん。

龍太郎達が「南雲家の英才教育やべぇよ……」とドン引きしている。エリックや重鎮さん達まで「やだ、なにこの幼女、こわい……」みたいな顔をしている。

「ちなみに、ミュウだったら? 勝てない相手に襲われたらどうする?」

「パパかお姉ちゃん達の誰かを呼ぶ!」

「俺もユエ達も呼べなければ?」

「逃げる!」

「逃げられないなら?」

「交渉する!」

「交渉できないなら?」

「人質を取る!」

「人質がいなければ?」

「嘘とはったりで時間を稼ぐ!」

「全て通じず、戦わざるを得なくなったら?」

パパの問いに即答で答えていくミュウ。

周囲の表情が「うわぁ」とますます引いたものになり、レミアママが〝こんな時、どんな顔をしたらいいのか分からないの〟みたいな表情になっている中、過去映像の中でも第二ラウンドが始まろうとしていた。

言葉は通じず、説得は不可能。神はただ決定事項を告げるのみ。

ならば、是非もなし。

ドリュッケンを一振り。シアが不敵に笑った。

パパの問いかけに、ミュウもまたニィッと不敵な笑みを浮べた。

『戦うしかないなら戦うまで。私は、必ず生存の権利を勝ち取ります』

「戦うしかないなら戦うの。ミュウは、絶対に最後まで諦めない」

大気を揺るがすような淡青白色の奔流が天を衝く。

ミュウが、そんなシアを真っ直ぐにキラキラと輝く瞳で見上げる。

『神霊がなんぼのもんですか。こちとら、神殺しの嫁ですよ?』

「相手が誰だろうと関係ないの。だって、ミュウはパパの娘だから」

過去のシアは眼前の敵へ。

ミュウは、試すように問いかけたパパへ。

断固たる意志を乗せた宣言を、声高に響かせる。

『うっさうさにしてやんよ! ですぅ!!』

「潔い負けなんてクソくらえ! みっともなくても生き残ってやるの!」

ごくごく近場にいる者達しか、ミュウの回答は聞こえていないだろう。だが、その近場にいる者達は例外なく、幼子にシアと同じ輝きを見た。

何者にも、神にさえ決して砕くことのできない強い心を。

龍太郎達が再度「南雲家の英才教育やべぇよ……」と笑みを浮べ、エリックや重鎮さん達は「やだ、何この幼女……かっこいい……」と呟いている。

ハジメはミュウの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「百点満点。いや、それ以上だ」

「んふふふふ~~~っ♪」

ドヤ顔が大変かわいらしい。たまらず、シアや香織、雫達もこぞってミュウをなで回していく。

「あの、シア様。もしやシア様の世界は修羅の国……」

「違います。南雲家が修羅場に放り込まれやすいだけです」

どっちにしろ修羅場に愛されているらしい。と、ダリアは両手で拳を握ってふんすっした。

……なぜ、今の話を聞いてダリアさんが気合いを入れ直しているのか。

非常に気になったシアだが、それを問うことはできなかった。問いかける前に、

「ところでシア殿。実はずっと気になっていたのだが――」

「シア様、少しよろしいですか? 実は気になっていたことがありまして――」

「なぁ、シア。教えてくれ」

「……シア、ちょっといい?」

なんかエリック、ダリア、ハジメ、ユエが揃って質問を投げかけてきたから。

それも、こいつら示し合わせたてきたのか? と思うほど完全一致の質問を。

「「「「うっさうさにしてやんよ、とは?」」」」

「――ッ!?」

絶妙なタイミングで特大の雷がピシャーーーッと過去のシアを呑み込んでいる。

まるでシアの心象風景のようで、雫達が思わず噴き出した。

「そ、それは、その……いや、なんとなく分かるでしょう!? 特にハジメさんとユエさんは!」

「「え? いや……ぜんぜん分からない」」

「うそつけゴラァッですぅ!!」

揃ってそっくりなキョトン顔しやがってぇ! と真っ赤になって「うぬぬぬっ」と唸ってしまうシア。

過去映像の中では回避不能の特大雷撃を凌いだシアが、レベルV状態になってウダルをぶっ飛ばしたところだ。

こちらの会話が聞こえる範囲にいる人以外は、誰もがどよめいている。神が、それも雷の化身が、真っ向から巨大ハンマーでぶん殴られた光景は、それほどに衝撃的だったのだ。

当然だろう。誰が落雷をぶん殴れる? ぶん殴ろうなどと思える?

そもそもなぜ、雷に触れられるんだ?

その心的衝撃は、

『ぐぅっ。馬鹿なっ。ただの殴打が、我が身を傷付けるなどっ』

と神自身が驚愕しているのだから、普通の人間達には殊更だろう。

「すまない、シア殿。聞いてはならないことだったようだ」

「どうかお許しを。シア様。もう二度とお尋ねしませんから……」

「いや、待ってください! そんな大した理由ないんで! 逆に恥ずかしいし言い出しにくいですって!」

エリックとダリアの殊勝な態度が、逆にシアを追い詰める。ハジメとユエは過去映像を見ながらもニヤニヤ。

聞こえる範囲にいる人達が、言うなら早く言ってくれ! 気になって過去映像に集中できない! とそわそわしている。

香織や雫、リリアーナや愛子が苦笑気味に囁き合う。

「なんかハジメくんもユエも、この世界に来てから随分とシアを弄るね?」

「シアが称えられている世界だから、テンション上がってるのかしらね?」

「一種の家族自慢の裏返し的な?」

「というより、私には自分達は英雄シア・ハウリアの〝特別〟なんだぞ~というアピールにも見えます」

「ふふ、微笑ましいですね?」

そう言ってレミアがくすりと笑みを浮べた直後、

『爆! 砕! ですぅ!!』

再び回避不能の特大雷撃を受けた過去のシアが、やっぱり無傷で飛び出しウダルへ肉薄していく。

同時に、リアルのシアは顔を真っ赤にして苦行染みた解説を開始。

「つ、つまりですね? うっさうさとは、ボッコボコにしてやる的な意味を私なりに可愛らしく、それでいてウサギらしくアレンジした言い方……というかですね?」

「「うんうん、それで?」」

「それで!? え、ええっと、だから……つまり……つまり……うぅっ、かわいいってことですぅ! 決めゼリフを考えたり可愛さ意識して何か悪いですか!?」

ネタの面白さを解説させられている芸人みたいな表情で、切れ気味になるシアちゃん。恥ずかしさのせいか、ちょっと涙目。

なので、ハジメとユエはニッコニコの笑顔でサムズアップした。

「いや、全然。最高にかっこかわいい決めゼリフだ」

「……ん。これからもどんどんつかってけ~」

「あ、ああ。その、なんだ、か、可愛らしいと思うぞ! これが異界のハイセンスなのだな!」

「ええ、完璧でございます! このダリア、感服いたしましたっ」

「もうやめて……ヤメテ……」

わっと両手が顔を覆ってしゃがみ込むシア。ウサミミとウサシッポがフニャ~ッとなっている。

そんな精神を〝爆! 砕!〟されたシアの姿が見える近場の者達の心は一つだった。すなわち、「確かに、完璧にかわいいっ」と。

大変忙しいことに、上空ではシアの激闘が続いている。こっちは凜々しく格好いい。

どっちも見逃したくない彼等・彼女等の頭は、まるでお土産品によくある首振り人形のよう。

「だ、ダメだ……情緒がおかしくなるっ」

「かっこいいシア様とかわいいシア様……同時に見ることの精神的負担がここまで、とは……」

「ダメだ、気絶するな! こんな機会、もう二度と来ないんだぞっ」

「ここを死地と思え! 覚悟を決めろ!」

「シア様の波状攻撃に耐えてこそ、真のファンだぞ!!」

彼等なりに死闘中のようだが、凄く盛り上がっているようなので大変結構。

地獄ウサミミイヤー(自称)も、この時ばかりは恨めしい。周囲から届く声を、シアは必死にスルーした。

過去のシアも、ウダルの攻撃をスルー。〝半転移〟だ。位相のずれた空間に自らを置く危険な技だが、代わりに現実の一切の影響を無効にする反則技でもある。

そして、二度目のインパクト。分身していたウダルが一斉に吹き飛び、うち一体は足を掴まれて即席ハンマーにされる。

「おいおい、雷を掴むってよぉ」

「言いたいこと分かるぜ、坂上」

「原理はわかんだよ。たぶん魂魄魔法だろ? でも、そういうことじゃなくて、な?」

男子三人の引き攣り顔に、鈴がうんうんっと腕組みしながら頷く。

「意味不明な理由で攻撃の効かない相手が、ひたすら手を伸ばしてくるって……まるで捕まったら終わり系のホラーだよね」

「「「「それな」」」」

一人多い同意はユエだった。しみじみとしていらっしゃる。

きっと、かつて氷雪洞窟でした喧嘩を思い出しているのだろう。何度心の中で「とまれぇ~~~っ」と叫んだことか。でも、この子止まらねぇの。空間爆砕受けて、なんで普通に耐えられてるの? なんで不敵な笑みを浮べてズンッズンッと迫ってくるの? ほんっとこわかった……

香織が「そうだねぇ。見てたから分かるよ~」と身震いしているユエをなでなでして慰めている。

そういった感情が、この時、ウダルにも芽生えていたのだろう。表情がだいぶ人間味に溢れてきている。引き攣り気味というか、理解できない事象を前に困惑を通り越して地団駄を踏みそうな顔というか……

「それはまぁ〝気合い〟で片付けられたら、あんな顔になるわよね」

半笑いで呟く優花に、皆が一斉に頷いた。

「むむっ、これは本気の気配なの!」

ミュウちゃん、大正解。戦場の空気も読めるようになったらしい。

理解し難い存在とはいえ人間から、誕生以来初めてまともに攻撃を食らい動揺していたウダルが、意識を切り替えた。

哀れな存在をなるべく苦しませずに滅ぼす。神罰を執行する。

上から目線のそれが、ある意味、対等に。シアを明確なる〝敵〟と定めたのだ。

「……んっ、速い」

ユエが慌てて再生速度を更に落とす。それほどに本気のウダルの速度は凄まじかった。

元より息を呑んで魅入っていた観衆に歓声などなかったが、それでも喧噪は相応に大きかった。

それさえも、ついに途絶える。しんっと静まり返る。

代わりに鳴り響くのは一繋ぎの雷鳴だ。終わりなき轟雷のなんと異常なことか。

「スペック頼りだった攻撃に技巧が加わったか。こりゃ厄介だな」

「ヒット&アウェイかよ。神なのに堅実な戦法とりやがる」

そんなハジメの呟きや、唸るような龍太郎の所感も掻き消される。

もはや、ウダルの人型はほぼ視認できなくなっていた。瞬く雷光の狭間にぼやけて見えるだけで、ほとんど雷そのものだ。縦横無尽に走る稲光がシアを中心に光の残像を置いていく。

網膜に焼き付いたそれが消えるより先に幾十と生み出されるので、人間の視界にはまるで、空中に雷撃の花でも咲いたみたいに見えていた。

シアの反撃がほぼなくなる。防戦一方を余儀なくされる。

傍目には、ただただ滅多打ち。そんな状態へ一瞬で追い込まれてしまった。

断絶なき雷鳴と閃光。人の根源的恐怖を呼び起こすそれに、人々が否応なく身を竦める。

「シアお姉ちゃん!!」

ミュウの叫びに、観衆の悲鳴が重なった。

過去のシアが地上へ叩き落とされたのだ。

特大クレーターから少し離れたその場所も当時のまま。無数にある小さめのクレーターもまた全て柵に囲われ観衆とは一定の距離があるが、それでもあまりの迫力に人々がさざ波のように後退り、場所を開けていく。

ユエが地上戦は見にくいだろうと空中に特大ディスプレイを展開するのと同時に、過去のシアがペッと血を吐き出した。

それを見て優花達が目を見開く。

「うそ……シアが血を吐くとこなんて……魔王城での戦い以来初めて見たかも……」

「忘れてたよ。シアっちも人間だったってこと……」

「良かった。血の色は……まだ赤だね?」

「私に対する認識について、ちょっと話し合います?」

シアのジト目にぷるぷるっと首を振る優花、奈々、妙子の三人。

少なくとも、そのジョークでエリック達やダリア、周囲の重鎮や観衆の青ざめていた顔は少しマシになったようだ。

ウダルの猛攻が再開された。シアは相変わらず防戦一方だ。

「シアの〝鋼纏衣〟を抜くとは……やりおるのぅ」

ウダルに感心しつつも、ティオはちらりっとハジメとユエを見た。

観衆からは悲痛な声が漏れ始めている。戦場は特大クレーターの脇に移っているので、間近で見られている者も増えているのだ。

彼等・彼女等からすれば、それは〝凄惨〟あるいは〝壮絶〟と表現しても過言ではない光景だった。

見目麗しい少女が、歯を食いしばって、血飛沫を上げて、体中に傷を負いながら、なお滅多打ちにされ続けている。

刻一刻と傷つきボロボロになっていく姿。

それでもなお倒れない姿。

それがなんのためか。特に外壁付近の観衆はより実感しただろう。自分の隣に、あるいは重なるようにして過去の人々が現われたから。

誰も彼も悲痛な表情で、涙を流しながら救世主の姿を見守っている。

まったく同じ気持ちだった。

「もうやめてくれ……やめてくれよっ」

誰かが叫んだ。見ていられないと。過去のことと分かっていても、そう叫ばずにはいられなかったのだろう。目を逸らす者が刻一刻と増えていく。

「目を逸らすな!! しかと見よ! これは王命である!」

エリックが活を入れる。見なければ意味がないと。目を逸らすことは許さないと。

威厳に満ちた、けれどわずかに震える声音に、観衆達は王の意図を悟って目に力を入れて視線を戻していく。

それほどに、それは見ている者の心を締め付ける光景だった。

なら、ハジメやユエはなおさら。あるいは、ウダルへの苛立ちすらも見せるのでは、と思ったティオだったが……

「……ハジメ、感想をどうぞ」

「シ、シアがこえぇ」

「なんでですかぁっ!?」

不快そうな様子は特になく、むしろ引き攣っていらっしゃった。

エリック達も、ダリアも、唇を噛み締めるようにして当時の様子を見ていたが、その感想に「えっ?」と思わず視線を転じてしまう。

「いや、だってお前……見てみろよ。シアの奴……ずっと見てやがるっ」

指をさして指摘するハジメ。

言われて、ガードを固めている過去のシアの視線に注視してみる。

ジッと、ただジッと見ていた。ガードしている腕の隙間から観察していた……まるで、ハンターが物陰から獲物を狙っているかのように。瞳孔、開いてない?

「ああ、ほんとだ。私の神速を見極めてた時と同じ目をしてる……こわいよね、あれ。分かるはずないのに、視線がどこまでも追ってくるの……」

「香織さん!?」

「戦意が欠片も折れてないわね。観察する目だわ。あれだけ滅多打ちにされていながら。怖いわね」

「雫さぁん!?」

「そう言えば、シアお姉ちゃんのあれ、まだレベルVだった? 怖いの……」

「みゅ、ミュウちゃんまで……」

「え、つまり、わざと攻撃を受けてるってこと? なにそれコワい……」

「優花さん、そんなあからさまに一歩引くことなくないですか? 私だって傷つくんですからね!」

ほんとぉ? みたいな視線が香織達から届く。氷雪洞窟での虚像戦でRTAした事実は周知のこと。

迷わぬ! 揺らがぬ! とりま殴る!!

過去のトラウマ、傷ついた心、罪悪感を散々に指摘されたのに、そんな三拍子を地で行くような圧倒劇を披露したのだ。もはやシアの心、アザンチウムより強固でしょ? と思われていても仕方ない。

「なんですか、皆して。ちゃんと私なりに考えて防戦を選びましたのに」

同レベルの他の存在が襲来する可能性は、当然考慮していた。

平和な日本に慣れ、実戦から遠ざかっていたことで鈍った戦闘勘を取り戻したいとも思った。

そして 何より。

「ハジメさんの妻ですからね! 旦那様が放つ雷速くらい受け止められなくてどうしますって、ずっと思っていたので良い機会でした!」

「この奥さん、こえぇよぉ」

「……私が言うのもなんだけど、シアも大概、愛が重い」

「っていうか、ちょっとズレてないかな?」

「流石はハウリアということかのぅ?」

「どうしたって、思考が戦闘よりになるのね……」

褒めて♪ 褒めて♪ 私、頑張りました! みたいな満面の笑みを向けてくるウサギ嫁を、ハジメさんはちょっと震える手でなでなでした。

「ま、まぁ、強くなるに越したことはないし、な?」

「……ハジメ、声ふるえてない?」

戦えば戦うほど進化していく姿は、まさに武神。闘争の申し子だ。

故に、その時はきた。

適応、完了ッ!

過去のエリック達が絶叫している。止めを刺される寸前のシアに悲痛な声を上げている。

それがより一層、観衆に絶望を与えるが……

『呼び捨てにすんな! ですぅ!!』

「改めて宣言しよう。もうぜったいにしない!」

改めてシアの戦いを見て、青い顔で力強く宣言する今のエリック陛下。当時の自分はなんて無謀だったのだろうと、ハジメと同じくちょっぴり震えちゃう。

完璧に入った右ストレートのカウンターに観衆が再びどよめいた。

そこからはもう、一方的だ。

「おおおおおお~~っ、ヒットマンスタイル! かっこいいの!」

空気を破裂させる鞭のような 左拳(ジャブ) が、ウダルの雷速移動を見切って確実に捉える。そうして一瞬でも動きが止まれば、即座に右拳が砲弾みたいな轟音を立てて炸裂する。

あれほどボロボロだったのに、みるみるうちに傷が消えていく。

天を衝く蹴りが、神の頭部を消し飛ばす。

挙句の果てにはバックドロップ。

戦闘力が、完全に神を上回っていた。

「これが本当の進化体……ッ!!」

「ダリアさん!?」

ついにはダリアからも人外認定されて、シアがウサッ!? とショック顔に。

だが、ダリアの思わず転がり出た感想は、ハジメ達的に的を射たものだったのだろう。言いえて妙だと納得顔で深く頷いている。

「なるほど。トータスにも進化体はいた、と。シアさんだけが特別なのだと思っていましたが……もしや他にも進化体の素質を持った存在はいるのかも? 私、王女として気になりますっ。帰国したら調査をすべく、樹海の奥地へと行きませんと!」

「もしかして……ダイム長官も地球の進化体だったり? うん、私も帰ったらマグダネスさんに報告しなきゃ!」

「リリィさんも妙子さんも、それ本気で言ってませんよね?」

たぶん、冗談だ。そうであれ、とシアは思った。二人が存外に真剣な表情だったから。

それはそれとして、シアというバグ存在へのツッコミは終わらない。

「ミュウね、シアお姉ちゃんのことは大好きだけど……なんでも〝気合い〟で片付けるのはどうかと思うの」

「で、でも、ほら! 気合いだけじゃ――」

「〝慣れました〟も大概酷いわね。いろんな意味で」

「どんな攻撃しても、しばらくしたら〝慣れた!〟で対応してくるって……敵からしたら絶望だよな」

「まだ神だからいいよな。これが何十年と修行してきた武人とかだったら……」

「シ、シアさん。格闘家とか見つけても決闘はやめてやってくれ! せめて、瞬殺してあげてくれ! 慣れるのは……あまりに惨い……」

優花と淳史、それに昇と龍太郎の言葉に、シアはとうとう半眼になってしまう。「ほんと、私のことなんだと思ってるんですか」と言いたげ。

だが、そういう所感になってしまうのも無理はない。だって、

「でも、何が一番酷いって、このシアさんがまだ本気じゃないってことですよね?」

「愛ちゃんの言う通りだよ。〝私はまだ変身を五つ残している〟……だもん」

「お、レベルⅦになったのじゃ。ウダル殿が、せめて使命だけは! と意気込んだ瞬間に」

「「「これは酷い」」」

最後に王都だけは! と標的を元に戻したウダルから救われたはずのエリック達が思わずそう呟いてしまうくらい、それは理不尽なほどの暴力だった。

飛ぶ拳である。不可視の拳圧がウダルを滅多打ちにしている。

そうして、決着。

『森のウサギさんからは逃げられない! ですぅ!!』

血で作った紅色の戦槌が、そんな死刑宣告と同時に振り落とされた。

観衆から悲鳴が上がる。巨大クレーターが生まれた理由を、多くの人は今、知った。

まるで地面が噴火でもしたかのような光景が広がっている。

やがて、土埃が晴れ、シアが姿を見せる。足下には多大なダメージによりスライムと化したウダルの成れの果て。

『暴力反対です! 平和的に話し合いましょう!』

神を踏みつけにしながら言うセリフじゃないんだよなぁ……と思ったのは、きっとハジメ達だけではないはず。多くの観衆が「お、おぅ……」みたいな表情になっているから。

神話の如き戦いは決着した。しかし、歓声はない。あ、あげていいの、か? みたいな戸惑いの方が上だから。

シアが、「あ、あれ? 私、なんかやっちゃいました?」みたいな顔になっている。

この世界の人達は神霊を敬っているから手放しで歓声を上げたりはしないだろうし、ウダルの戦いに敬意も示すだろうが……それでももう少し明るい雰囲気でのリアクションがあると思ったのに……と少し気まずそう。

その間に、

『あ、それと王様。呼び捨て、四回目ですね?』

過去のシアがギロリと丘の上を睨んだ。エリック陛下がバッとユエを見る。しかし、ユエ様は不自然なくらい丘の上を見たまま気が付いた様子もない!

ならばひとまず、弁明が先だ!

「南雲殿、どうか許してほしい。きっちりと報いは受けたんだ。シア殿の暴力によって。……それは、抉り込むようなボディブローから始まった。息も出来ぬ衝撃だった。何度張り手されたかも覚えていない。今でもたまに夢に見る……」

「お、おぅ……」

過去のシアが丘の上に向かってゆらりと進み始めた。目がかっ開いていらっしゃる。

やめてほしいと何度も言ったのに、呼び捨てにされ続けたことで遂に堪忍袋の緒が切れたらしい。

「に、逃げてぇーーっ、王様! 超逃げてぇーーっなの!」

「ミュウ、もう遅いわ。これは過ぎたことなのよ……」

普通に神より怖かった。思わず背を向けて逃げようとしたエリックを、猛ダッシュで追いかけるシアの姿は、完全にホラー映画のそれだった。

「ユ、ユエ様っ、ユエ様ぁっ。このままでは陛下へのお仕置き映像が流れますっ。どうか、映像を切ってくださいませんか!」

ルイスさん、必死の叫び。王の右腕として大変優秀。

「……ん? なんだって?」

「ッ~~~~~!!」

声にならない悲鳴はエリックから。ルイス、グレッグ、フィルは「もうダメだぁ、王の威厳はおしまいだぁ!」みたいな表情になって頭を抱え、ダリアは「自業自得ね」と肩を竦める。

観衆の皆さんが「え? え?」と困惑を深めながら、猛ダッシュするシアの行方を追い――

「み、皆の者! しかと見たな! 神話の戦いを! 我等が英雄の奮闘を! そして、神域の力を!」

エリック陛下、必死の呼びかけ! ハッと我に返る観衆達。視線は反射的にリアルの陛下の方へ。

「我等は救われた! だが、神罰は人類の自業自得であることを忘れてはならない! この救いは、ただ一度の幸運と心得よ! 過ちを繰り返す者に、英雄殿は決して微笑まない! 新時代は、我等自身の意志と心で守るのだ!!」

ハジメのサポートで王都まで鮮明に届いた王の言葉。

戸惑い混じりだった観衆の心は一拍おいて払拭された。流石に慈悲はあったのか。ユエが空中特大ディスプレイを消したせいもあるだろう。いろんな意味で衝撃的な光景に放心していた心が、確かな熱を取り戻す。

ならば当然、王の言葉に返るのは――

――ワァアアアアアアアアアアアッ!!!

――オォオオオオオオオオオオオッ!!!

そんな力強い雄叫びと、

――英雄シア・ハウリア! 英雄シア・ハウリア!!

英雄への感謝と称賛のこもった声だった。

誰もがエリック陛下やハジメ達の方を向いている。確かに、神話に描かれるような激闘を称えている。

だから、エリックは心から安堵した。

丘の上で、シアに追いつかれボディブローを決められた自分が、体をくの字に折ってぶっ飛んでいる姿を見られなくて。見られて……ないよね? と一抹の不安を残しながら。

ちなみに、

「はよ、消してやれよ」

「……呼び捨てが気にくわなかったので、お仕置きシーンも見たかった。私は悪くない」

「なるほど。それは確かに。あ、追加で張り手されて空中スピンしてる……」

「うわぁ、格闘ゲームのコンボみたいなの……」

「地面に降りられないね……」

「お、お~。まるで人間お手玉じゃなぁ」

ハジメ達はばっちり丘の上を見ていた。

エリック陛下の頑張って出してる威厳が、ちょっと揺らいだように見えた。