軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ありふれた休日小話 ハジメの場合

電車の乗車時間だけで約四十分。家と大学それぞれの最寄り駅までの移動時間や電車の待ち時間を含むと通学に一時間半近くは優にかかる場所に、小綺麗な五階建てのマンションがあった。

「ここか……」

スマホの地図アプリ片手に、そのマンションを見上げるのはハジメである。

シャツとパーカーにジーンズというラフな装いで、大きめのリュックを肩から提げている。

「意外に良いところに住んでるな。立地のせいで安いのか?」

なんとなく周囲を見回す。家々が密集しているわけでもなく、車の通りも少なく、マンションが乱立しているわけでもない。

住宅街ではあるが、〝閑静な〟というより、ちょっと物寂しさを感じないでもない雰囲気だ。

駅から徒歩だと三十分ほどかかる場所で、近隣にはコンビニが一件だけ。最寄りのスーパーマーケットも車を使わないとちょっと厳しい距離なので、たぶん人気のない場所なのだろう。

そんな場所に、どう見ても築浅のマンションが建てられているのも不思議な話だが、考えても仕方のないことである。

肩を竦めて、ハジメはエントランスへと入っていった。

ちょうど管理人室の小窓を拭き掃除している管理人のおじさんがいたので、軽く挨拶。

そして、あらかじめ教えられていた部屋番号を思い出しながら壁に掛かったインターフォンのボタンを押す。

一拍おいて、

『……よく来たな、〝土下座〟』

「おいやめろ、後ろの管理人さんが目に入らないのか」

後ろの管理人さんがギョッとして振り返っていらっしゃる。

それはそうだ。来客にいきなり土下座を要求するような住民は、管理人的に要チェックだろうし。

『おっとそうだった。南雲、よく来たな』

「おう、はよ開けてくれ」

『その前に、俺は未だにお前が本当にあの〝土下座師範〟なのか疑っている。通りたいなら合い言葉を言ってもらおうか』

ハジメは肩越しに振り返り、訝しそうに目を細めている管理人さんに愛想笑いを浮べた。「困った友人でして、ハハッ」みたいな感じで。居たたまれない。

『お前が俺の知る〝土下座師範〟なら、中二の夏、共に戦ったあの地獄のような戦場で共有した気持ちを言葉にできるはず――』

「チーター死すべし、慈悲はない」

食い気味に言ってのけるハジメ。管理人さんを気にしつつも、心の、というか 実感(いかり) のこもった言葉だった。

『……なるほど。確かにお前は――アッイタイッ!? 何をする――わ、分かった分かったから! 今、開けるから!』

軽い殴打の音と慌てた雰囲気が伝わって、直後、ウィ~~ンッとエントランスのドアが開いた。

溜息を少し。管理人さんの苦笑を背中に感じつつ、ハジメはちょっと羞恥心を覚えていそいそと階段を上った。

三階にある目的の部屋の前で、改めてインターフォンを押す。扉は直ぐに開いた。

「さっきは悪かったな、土下座」

扉を開けたのは小柄で細身、黒髪をセンターで分けた眼鏡男子だった。

「いい加減、外でハンドルネームを使うのやめてもらっていいか? 伊達真(だてまさ) 眼鏡」

「癖になってんだ。土下座師範と呼んでいた時の方が遙かに長いから」

「……なぁんか私怨が入ってそうな気がするんだけどなぁ」

「なら、わざわざ家に呼んだりはしない」

ふんっと鼻を鳴らし、眼鏡をクイッとするハンドルネーム〝伊達真眼鏡〟。言わずもがな、ハジメの中学時代からのゲーム友達だ。

「 音々(ねおん) 、玄関で話してないでさっさと入れてあげなよ」

部屋の奥からひょこっと顔を覗かせたのはスキンヘッド&眉なしの、けれど、なんとなく人の良さや穏やかさが滲み出ていて怖さは感じない青年だった。

「下の名前で呼ぶなとあれほど!」

「君が意地の悪いことをしているからだよ」

「そうだぞ、 音々(ねおん) 。さっさと入れろよ。あと、格好いい名前だと思うぞ、音々」

「南雲っ、お前ぇ」

面倒になったので、伊達真眼鏡こと本名〝 根本(ねもと) 音々(ねおん) 〟を押しのけるようにして家に入るハジメさん。

どうやら根本君、名前で呼ばれるのがあんまり好きでない様子。なんでも、ご両親が夜のネオン街を遠目に見るのが好きらしく、かつ、音楽も趣味としていることから付けられた名前だとか。

嫌みでもなんでもなく、ハジメ的には良い名前だと思うのだが……本人的には何やら複雑な思いがあるらしい。

「 米蔵(よねくら) 。ほら、お土産。適当に買ってきた」

「ああ、ありがとう。……あはは、考えることは同じようだね。僕もほぼ同じ物を買ってきてしまったよ。エナドリばかりで普通の飲み物がない……」

「マジか……」

「ちなみに、根本の家には元々エナドリ以外は水しかないよ」

「なんてこった。俺等ゲーマーにとって大事な燃料とはいえ予想しとくべきだったな」

「いいさ。後でコンビニにでも行こう」

なんてやり取りをしつつ、リビングのソファーにどかっと座るハジメと、育ちの良さを感じさせる所作で座椅子に座るハンドルネーム〝至上のケツアゴ〟こと 米蔵(よねくら) 謙心(けんしん) 。

米蔵は体格も良いので、外見だけは暴力に慣れきったヤバい人なのだが、平穏を愛する雰囲気が滲み出ているせいか、初対面でもあまり怖がられることがないという珍しいタイプだ。口調も凄く穏やで、かつ優しさが感じられるため、話せばなおのこと良い人だと分かる。

実家がお寺なのも影響しているのだろう。誰に対しても物怖じはせず、丁寧な物腰だ。ただし、本気で怒った時は見た目の迫力が十全に仕事をするが。

逆に、根本は口が悪く喧嘩っぱやい。ただし、ネトゲの中と友人など心を許した相手限定で。

初対面は当然、慣れていない相手を前にすると一気に気弱になる。目も合わせない。つまり、いわゆるネット弁慶、身内弁慶というやつだ。

ハジメと米蔵は、さっそく袋を漁ってエナドリを出し、プシュッと小気味よい音を響かせた。そして、

「「とりま、初オフ会に!」」

と声を揃えて乾杯した。

そう、今日は以前より約束していた初のオフ会にして、思う存分、昔のようにゲームをしようと約束した休日なのである。

集まる場所として、根本が自宅を提供してくれたわけだ。

「あのさぁ、よく初めて来た他人の家でそこまでくつろげるよな、お前等」

家主を放って乾杯する二人に、震える手で眼鏡をクイッとしながら目元をひくつかせる根本くん。

「なんだ、米蔵も初めてだったのか? 同じ高校だったんだろ?」

「うん。けど、ここ遠いからね」

「確かに。良い部屋だと思うけど、周辺にもなんもないしなぁ」

ハジメが視線を巡らせる。綺麗な部屋だ。生活感を感じられないくらい。部屋はリビングの隣にもう一つあり、割と広い。

隣室は寝室かと思ったが、どうやら違うようだ。

しっかりした作りの扉が開いていて、気になってソファーから立ち上がって覗いてみると、

「おぉ、良い機材そろえてんな」

と、思わず唸ってしまうくらい充実したPC&ゲーム環境が整えられていた。

パッと見た感じだけでもPCは自作タイプで七、八十万くらいするのではないか。ディスプレイは三面あって、他にもタブレットやノートPC、専門的な機器なんかもある。

「ふふ、そうだろうそうだろう。理想の部屋を追求した結果だ。通学はちと大変だけどな」

「理想の部屋? ……マイクもあって、それにこの部屋……防音製か? え、もしかしてお前」

ハジメが何かに気が付いて目を丸くする。

なんか格好をつけて眼鏡をクイッとしている根本に代わり、米蔵が答えた。

「気が付いた? そうなんだ。根本は、いわゆるゲーム配信者ってやつなんだ」

「マジか。あ、なるほど。こんな立地で新築マンションって不思議だったんだが、ここ、配信者をターゲットにした物件ってことか」

「まぁな。最近、そういうところが増えてきててな、結構人気なんだ。ここも最後の一室だったんだぜ」

防音製の部屋があるとはいえ、絶対ではない。が、ターゲットが決まっている物件なら、多少の音は住人同士理解し合える。

後は近隣への配慮だが、立地的に人気がなく隣家との距離もあるので気兼ねは少ない。

何より回線ガチャの心配がないだけでも、配信者にとっては魅力マシマシの物件だったということらしい。

「立地のおかげで安くはないが高くもないくらいの家賃で済んでるしな」

「なるほどなぁ。ゲーム実況は久しく見てなかったから気が付かなかった。プロチームに勧誘される腕前なんだ。かなりの登録者がいるんじゃないか?」

「……ゲームの腕前と配信者としての人気はイコールじゃないから……」

根本くんは、そっと視線を逸らした。なんとも言えない哀愁が漂っている……

良き機材を揃えられていて、安くはない家賃も払えているのなら、かなり名の通った配信者になっているのかと思ったのだが、どうやらそういうわけではないらしい。

「PCは入学祝いで、家賃とか生活費は普通に仕送りらしいよ」

「米蔵ぁっ、バラすなよ!」

「お、これか。ハンドルネームそのままなんだな。……なんだ、登録者、もうすぐ一万人行きそうじゃねぇか。十分すごいだろ」

収益化はできているようだ。アーカイブのコメントを見る限り評判も悪くなさそうである。少しお口が悪いようだが、魅せるプレイには定評があるようだ。

大学生のちょっとしたバイトと思えば、十分な収益を得られているのではないだろうか。

だが、ハジメの素直な称賛を聞いても、根本はむしろ不機嫌そうな表情になってソファーの端にドカッと座ってしまった。

「外車乗り回してるお前に言われても嫌みにしか聞こえねぇよ」

苛立たしげに眼鏡をクイッとしながら、不機嫌そのものの表情でそんなことを言う。

「なんだ、妙に当たりが強いと思ったら、そんなこと気にしてたのか?」

困った表情でソファーの反対側に座り直すハジメ。

答えたのは、やっぱり根本ではなく米蔵だった。苦笑しつつ、けれど少しだけ瞳に真剣な色合いを宿して言う。

「そうだけど、そうじゃないんだよ、南雲」

「? どういう意味だ?」

「……あれだけ一緒に遊んでいた友達が、ある日、いきなりなんの音沙汰もなくなったんだ。会ったこともないネットだけの繋がりだし、別に珍しいことじゃない。だけどね……」

少なくとも、一緒にプレイしていたゲームを引退するというのなら、あるいはしばらくできなくなるというのなら、一言あっても良かったじゃないか、と。

〝次〟を明確に約束していたわけじゃない。

けれど、当然のように〝次〟があると思っていたのだ。

それくらい、中学の三年間、そして高校のおよそ一年と少しの三人で遊んだ月日は楽しかったのだ。……楽しかった、はずなのだ。お互いに。

なのに、不意打ちで再会してみれば、かつての友はヘッドセット越しに聞いていた穏やかで少し気弱そうな口調とは程遠くなっていて、おまけにハーレムやら外車やら。

本当にあの時の彼なのかと疑うのは当然で、でも、話せば話すほど本人で。

なら、昔は猫を被っていたと思うより、変わってしまったのだと思う方が自然で。

そうすると、こう考えてしまうのもまた自然な流れだろう。すなわち、

――自分達と縁を切ったのは、こういうことのためだったのか……

なるほど。それは確かに、多少当たりがキツくなるのも頷ける話だ。

むしろ、

「……そうだな。確かに不義理だった。なのに、よく遊ぶ約束なんてしてくれたな」

「良い機会だったからね。僕達的にも、胸の 裡(うち) を晴らすのに」

別に恨んだりしてるわけじゃない。ネットの向こうの人間が本当はどんな性格で、どんな生き方をしているのか、そんなのはわざわざ詮索したり何か指摘したりするようなことじゃない。相手の勝手だと分かってはいる。

だから、ハジメが結婚していると聞いた時も、きちんと祝福の言葉を紡ぐことができた。

ただ……ただ、なんとなく胸の奥のしこりのようなものがあったのも事実で、それが取れるかもしれない機会に偶然にも恵まれたものだから。

と、目尻を下げて言外に告げる米蔵に、ハジメは神妙な顔付きで頭を下げた。

「悪かった。それから、今日はありがとな」

「うっせ。許すかどうかは、今から判断するんだよ」

そう言って、根本はエナドリをカシュッと開けると、いろいろな言いたいことを一緒に呑み込むかのように一気に飲み干した。

「ほら、洗いざらい吐け」

どうして、一言も残さずいなくなったのか。

ネット上での付き合いしかなかった二人は、帰還者騒動自体は知っていても、その当事者と自分達の友を結びつけることはできなかっただろう。

ハジメから連絡するべきだったのだ。それを失念していたのは紛れもなくハジメの落ち度。

ありとあらゆる環境の激変。山積みの問題、次から次へとやってくる新たな騒動。それらにかかりきりだったという事情に対しては、

(ま、言い訳だよな)

と苦笑するほかない。腕を組み、ソファーに深く腰をかけて天井を仰ぐ。

「そうだなぁ、何から話したもんか……」

「今日は泊まりじゃないか。時間ならたっぷりあるよ。エナドリと、おつまみもね」

「粉250%のハッピー○ーンは俺のだからな」

根本がいち早く目当ての菓子を抜き取る。それに笑いつつ、ハジメは静かな口調で話し始めた。

荒唐無稽な物語を隠さずに。

不義理をした自分とまた友人になろうとしてくれている二人への、今できるせめてもの、そして最大限の誠意として。

昼を随分と通り越した頃合い。

午前十時ぐらいに集まったことを考えれば四時間近くに及んだ話は、ようやく一段落を迎えた。

結果、

「「……」」

根本君と米蔵君は揃ってハジメに背を向けた。

別に、話の結果、拒絶を選択したわけではない。ただ、整理する時間がほしかったのだ。

燦々(さんさん) と差し込む太陽の光を全身に浴びるようにして、窓側に向かって仲良く三角座りをしている。眼差しは遙か遠くへ。

日当たり良好なお部屋なのもあって、なんだか揃って天に召されそうな絵面だ。

まぁ、無理もないよなぁと思い、ハジメは大人しくソファーで二人の精神回復を待つ。

一番好きなポテチ〝しあわせバター味〟を昼飯代わりにウマウマしつつ、〝伊達真眼鏡ch〟の〝大ハード眼鏡シリーズ――ゲーム内でハリウッドのアクション映画のワンシーンを再現するシリーズ〟のアーカイブをチェックする。

魅せプを売りにしているだけあって中々に見応えがあった。チャンネル登録をポチッ。

「……どう思う、米蔵」

「……どうも何もあんなもの見せられたら信じるほかないと思うんだけどね」

「ですよねぇ」

ぼそっと独り言のような声量で互いの認識――あるいは正気を確かめ合う二人。

荒唐無稽な話も、実際に宝物庫やらアーティファクトやら錬成魔法やらを目の前で見せられては信じざるを得ない。

まして、軽いノリで宝物庫から妖精姉妹なんかが出てきてしまえば、もはや自分の正気を疑う以外に目の前の事象を否定できない。

「分かってる、分かってるけどさぁ。俺だってオタクなわけで、そういうの理解もあれば憧れだってあるけどさぁ」

「うん、言いたいことは分かるよ」

同じタイミングで顔を見合わせ、溜息を一つ。

「「リアルハーレム系ラノベ主人公が目の前にいる件」」

そんな非現実的な現実、どう受け止めろと? と頭を抱えずにはいられない。

素直にすげぇと興奮するには情報過多だし、まして羨ましいと妬むには内容がシビアすぎる。絶句状態とは、まさにこのこと。思考も感情もぐるぐるだ。

それに対し、こちらもまた〝気持ちは分かる〟と言いたげな苦笑を浮かべるハジメ。

「どうする? 何かと騒動に巻き込まれる運命だ。それこそ非現実的なくらいにな。二人が望むなら……しょうがない。帰るぞ?」

単に、今日のオフ会を中止して時間を開ける……という意味でもあり、なんならそのまま縁を切られても仕方ない、その判断を委ねる……という意味でもある。と、未だ困惑の最中にありながらも二人はきちんと察した。

思わず肩越しに振り返り、ハジメを見る。

ソファーに深く腰掛け、ポテチの袋を傾けて残りを口に流し込む姿はなんとも 太々(ふてぶて) しい。

かつてネット越しにやりとりしていた時の、一度だって声を荒げたことのない穏やかで優しい性格の少年とは別人のようだ。

だが、長い時間をかけて丁寧に語ってくれた姿は、その時の自分達を見る眼差しは……

示し合わせたわけでもなく、同時にふか~い溜息を一つ。

「……ま、細かいことはこの際ひとまず置いといて。単純に考えれば死ぬほど幸運だよな。宝くじに当たるよりレアな友達を引き当てた的な、さ」

「オタクでなくてもそう思うんじゃないかな? いわんやオタクをや、だね」

根本と米蔵の口元には自然と笑みが浮かんだ。未だに受け止めきれない感情が溢れているし、理解し切れないことも多い。

けどまぁ、取りあえず、だ。自分達にとって重要なことだけを考えれば。

少なくとも、音信不通になった事情も、その後、連絡がなかった事情も分かったし、ある程度の納得もできた。その点だけはスッキリしていて、何よりハジメの心根や自分達に対する想いはなんとなく伝わった。

ならば、

「「 友(・) 達(・) が(・) ラノベ主人公な件」」

ひとまずは十分だろうと、今度は「そんなの最高じゃん?」と一目瞭然に伝わる雰囲気で、根本と米蔵はそう声を揃えたのだった。どこかホッとしたようなハジメの表情に笑みを深めながら。

「……ありがとな」

隠しきれない少しの照れくささと共に、ハジメは自然と、そう返していた。

何も言わず、根本と米蔵は肩を竦める。その表情を見れば分かる。どうやら完全に、二人の心の奥にあった僅かなモヤは、今度こそ本当に綺麗さっぱり晴れたらしい。

「どうする? 他にもいろいろ見せてやれるものはあるけど……」

「ん~~、興味がないとは言わない……というか、もうほんと興味津々なんだけどなぁ」

「そうだね。でも……」

お伽噺が目の前で現実化したようなものだ。夢想するだけだった魔法の産物を、実際に手に取ることができる。

まして、行こうと思えば今すぐ宝石の中の幻想世界にだって行けるなんて聞かされれば、オタクでなくても「今すぐ頼む!」と二つ返事をすること間違いなしだ。

当然、ハジメもその心積もりだったのだが……

根本の米蔵の二人は、意外にも反応が悪い。何やら二人で目配せし、了解し合って、頷いている。

「どうした? 別に遠慮はいらないぞ?」

「今更〝土下座〟に遠慮なんてするわけねぇだろ」

違うらしい。じゃあ、なんで飛びついてこないんだ? と不思議そうに小首を傾げるハジメに根本はふんっと鼻を鳴らし、米蔵は柔和な笑みを向けた。

「今日は〝思う存分、ゲームをする日〟じゃないか」

「……」

意表を突かれたように目をぱちくりとするハジメ。

「お、おう、確かにその予定で来たんだが……」

テレビの前に移動してゲームの準備をしつつ、根本はコントローラーをハジメに投げ渡した。

「何を間抜け面してやがる。俺達はゲーマーだろうが。ゲーマーたるもの、ゲームをすると決めたならゲームをするんだよ! 異世界や魔法より、まずゲームだ!」

「お、おぉ……」

ビシッと親指で己を指さしながら堂々と言い切る根本に、ハジメは妙に感嘆してしまった。米蔵が苦笑しながら補足(?)する。

「つまりね、根本はこう言ってるんだよ。同じ大学の友達なんだから、異世界も魔法も、これからいくらでも見せてくれるよね?って」

「違うッ! 俺はただ、こいつが今もゲーマー精神を持っているのか確かめることが先決だと――」

「根本はこう言ってるよ。中々ゲームする時間もなかっただろう南雲は、きっと今日を楽しみしていただろうから、今は他のことは置いといて存分にゲームしようよって」

「勝手に意訳するなと、いつもあれほどぉっ」

「なるほど。そういうことか」

「お前も納得するなっ」

額に青筋を浮かべ、苛立った時の癖なのか眼鏡を高速でクイックイッとしまくる根本くん。米蔵は菩薩の如き穏やかなニコニコ顔だ。

ハジメの口元にも抑えきれないといった様子で笑みが浮かぶ。

友人関係を取り戻した、否、それ以上に、こうして顔を合わせて遊べる仲になれたことが心底嬉しい……

そんな気持ちが滲み出ている。それが伝わっているのか、米蔵はますます柔らかく優しい表情になり、根本は照れ隠しの時の癖でもあるのか、更に眼鏡をクイクイした。

「で、なんのゲームをやるんだ? 一応、ノートPCは持って来てるから、昔、中断したFPS系でもいいんだが……アカウントも残ってるし」

「バカやろう。ブランクありまくりのお前なんぞ連れて、いきなり戦場を行けるか。まずはリアルに現を抜かしていた今のお前の腕前を確認してやる」

ハジメと違ってダウンロード版を好む根本は、テレビの画面を切り替えて、幾つも並んだゲームタイトルの中から一つを選択した。

「格ゲーか?ってかこのシリーズ、6が出てたのか?」

「その様子だとやっぱ知らないな? 半年前に出たんだ。賛否はあるが斬新なシステムが新しく導入されててな、格闘ゲーム特有のハードルの高さが軽減されてる。配信者界隈で、いや一般でも今、めちゃ盛り上がってるんだよ」

「へぇ~。格ゲーは村化が進んでるイメージだったけど、盛り返したんだな……」

ゲーム画面を見るハジメの瞳が心なしかキラキラしている。格闘ゲームも当然のように嗜んできたハジメである。好きなシリーズの最新作で、今までにないシステムが導入されているなんて聞けば、それは期待に心が震えるというもの。

一方、根本君の眼鏡は――ではなく瞳は、妙にギラついていた。米蔵が苦笑を漏らす。

「……まったく、ほどほどにしなよ?」

「へっ、何言ってやがる。格ゲーで遠慮は禁物だぜ?」

「お、やる気だな。確かにブランクはあるが簡単には負けねぇぞ」

そう言いつつ、ハジメは有名なキャラを選んだ。歴代シリーズでも使っていたキャラなので、大きく操作感が異なることはないだろうと考えてのことだ。

「練習モードもあるぞ?」

「とりまやってみたい」

「そうかい。じゃあ、良い勝負をしようぜ? なぁ、土下座くぅん」

やたらとニヤニヤしている根本に、ハジメはやる気を滾らせた。

そして、根本が杖を持った老紳士のキャラを選び、それを見て目元を手で覆った米蔵を訝しみつつも、随分と年期の入った見た目になったなぁと自分がシリーズを通して愛用している金髪と赤が似合う格闘家を選び――

(基本技のコマンドはたぶん一緒だろ? 今の俺の反射神経なら見てから入力余裕です)

こっちはこっちで、大人げなくも内心でニヤニヤし――

三十秒後。

「――え?」

「ハーーーーッハッハッハッハッハ!! 土下座くぅん? どうしたんですかぁ!? こっちノーダメですけどぉ!」

攻撃を当てるどころか、攻撃自体ほぼすることもできずにKOされたのだった。

「ちょっ、まっ、なんだ今の!? 格ゲーだろぉ!? なんで遠距離の魔法――魔法(?)で一方的にハメ殺しされんだよ! どう考えてもチートだろぉ!」

「仕様です」

眼鏡クイッが鬱陶しい!!

「もう一回だ! もう一回!」

「しょうがねぇなぁ」

そして、また何もできずに死んだ。

その後、再戦すること十数度。それでも勝てず、米蔵に代わってもらい対戦の様子を観察したり、練習モードをやったりもしたが……

相手はプロチームにも誘われる腕前のゲーマーだ。短時間では一矢報いるくらいが精一杯で、ついぞ勝利は掴めず。

思わずコントローラーを投げそうになるハジメ。

根本くん、これ以上ないほどの愉悦顔だ!

「一応、教えた通りそのキャラにも弱みはあるし、当たり前だけど凄くプレイヤースキルにも左右されるから……でもまぁ、割と嫌われてるかな?」

「でしょうね!」

米蔵の補足に、ハジメは全力で同意した。

格闘ゲームあるあるというか、だいたいキャラの中には「これを使ってる奴は友達をなくす」と言われるキャラがいるのだが、根本は、まさに今作における〝それ系キャラの筆頭格〟を使ってきたらしい。しかもマスタークラスの腕前で。

ギッと根本を睨むハジメ。

「ただボコられただけに思えるんだが……腕前を確認するんじゃなかったっけか?」

「あれは嘘だ」

真顔で言い切る根本君。ハジメの頬がヒクヒクしちゃう。

「わだかまりはなくなったはずだよな? 何か私怨を感じるんだが?」

「連絡しなかったことに関しては解消した。でも、ハーレムは羨ましかった。だから、ゲームでボコボコにした。反省も後悔もしていない」

問い詰めた結果、そんな供述が返ってきた。つまり、それはそれ、これはこれの精神らしい。

「ちなみに」

米蔵君がなんとも言えない困り顔で口を挟む。

「僕には家同士が決めた 許嫁(いいなづけ) がいるんだけど」

「許嫁!? いつの時代だ!?」

根本への腹立たしさを一瞬忘れるほどの衝撃。バッと米蔵を見るハジメ。

「元々幼馴染みでね、幼稚園の時から仲良しで〝大人になったら結婚しよう〟って言ってたから不満なんてないんだけど」

「どこの少女漫画の設定だ? そんなこと現実にあるんだな……」

「だよな。そんな約束された勝利の人生なんてあっちゃいけないよな」

根本くんの嫉妬まじりの視線が米蔵にも注がれる。

「高校で根本と一緒になって彼女を紹介した時も、一晩中、格ゲーでボコられ続けたよ」

「それを笑顔で話せるお前は凄いよ。仏の生まれ変わりか?」

何はともあれ、だ。ハジメは米蔵のような仏様とはむしろ真逆の存在なので。

立ち上がって根本に向き直ったハジメは、腕を組んだままゆっくりとリンボーダンスでもしてるかのように極限まで仰け反った。

そして、「何してんだ、こいつ」と目を眇めている根本に、これまたゆっくりと片手で指をさし、

「幸せな家庭持っててごめんな!」

「こ、こいつっ」

思いっきり煽った。某見下し過ぎな海賊女帝のポーズで。根本君の眼鏡に一瞬、ビシッと亀裂が入ったような気がした。クリティカルヒットだったらしい。

ちょっと涙目になっている気がしないでもない。何かを言おうとし、しかし、残酷な現実を前に言葉が出てこず口をパクパクし、勝利を重ねた自分のキャラを横目にして、不意にうなだれた。

コントローラーをそっと置いて、ソファーの端で膝を抱える。

「……私はこの人になりたい」

私は貝になりたい……みたいな雰囲気で、画面の中のガチムチなサイコパワー老紳士を指さす根本くん。

「今作はストーリーモードがあってね。このキャラ、作中屈指のヴィランとして登場するんだ。強い上に権力も財力もあるんだよ」

「へ、へぇ……ちなみに、結婚してるキャラか?」

「どうだろうね。今のところ、そんな情報はないけど裏設定とかあったら分からな――」

「独身貴族に決まってるだろ」

「「あ、はい」」

ちょっとだけ顔を上げた根本君の眼光が飛んでくる。思わず頷くハジメと米蔵。

「結婚なんて墓場なんです。偉い人はみんなそう言ってるんです」

「ごめんね、南雲。根本、つい最近、結構推してた女性配信者と念願のコラボができたんだけど……リスナーからバッチバチに叩かれてさ。言動がキモいとか、かっこつけすぎとか……まぁ、確かに僕から見てもちょっと恥ずかしくなるくらい意識してるなぁとは思ったけど」

「なるほど。既に心のHPはレッドゾーンに入ってたんだな……根本、止めを刺してごめんね?」

「え、なに、お前等。今の俺を見て追い打ちかけるとか鬼なん?」

てっきりキレて元気になるかと思えば、根本は膝に顔を埋めてしまった。貝のようだ。

どうやら割とマジで沈んでいるらしい。嫉妬からの八つ当たりをしたものの、〝勝利とて虚しい……〟を地で行くというか、結果的に自分の心の狭さを実感してセルフ追い打ちになったというか。

ゲーマーとしてはあるまじき初心者狩りのような真似をしてしまった点も、地味に響いているっぽい。真にゲームを愛する者として自己嫌悪中のようだ。

(変わってねぇなぁ)

親しい相手へのキツめの口調にも、親しくない相手への人見知り全開の言葉選びにも、だいたい後になって悔やみ、落ち込んだり自省したりと忙しくするのが根本あるあるだ。

で、だいたいハジメと米蔵がなだめるのである。

実に面倒くさい奴なのだ。

ただ、ある意味、素直というか自分を誤魔化せない奴というか。

遊ぶようになったきっかけは魅せるゲームプレイに感心したからではあるが、友人と呼べる間柄になったのは、なんとなくそういう部分を気に入ったからだろう。

(たぶん、十分に凹んでしばらくしたら、ちょっとバツ悪そうな顔になって、すんごい分かりづらい詫びを入れてくるんだろうなぁ)

と、考えながら、なんとなく変わらない友人の姿に嬉しくなるハジメ。

横目にチラリと見れば、相変わらず人間関係に対する特効緩衝材みたいな人柄の米蔵と目が合う。

「じゃあ南雲、根本は放っておいて僕達はゲームをしよう」

「!?」

穏やかな雰囲気とは真逆のばっさり切り捨てるような発言に、根本が顔を伏せたままビクンッと震える。

「せめて一勝はもぎ取れるよう僕が訓練してあげるよ。南雲のセンスと反射神経なら……二時間でなんとかなるはずさ」

「!!?」

「そいつぁ助かる。負けっ放しが悔しすぎて、このままだと他のゲームには手が出ないところだったからな」

「ふふ、南雲も根っこは変わってないね? 普段はなんでも受け入れちゃいそうな大人しい人なのに、ゲームになると途端に負けず嫌いになるんだから」

「お、おい……」

「そういう米蔵も、相変わらず人の扱いが上手いな。今だから白状するが、実はお前のこと、アバターの中身は酸いも甘いも噛み分けたおっさんじゃないかと思ってたんだ」

「なぁ、ちょっと」

「はは、よく言われるよ。でも〝人の扱いが上手い〟はやめてほしいなぁ。まるで僕が策謀家みたいじゃないか。将来は家を継ぐつもりなんだ。策謀家のお坊さんなんて、なんか嫌だろう?」

「ははっ、違いない!」

「おお~~い、無視するなよぉ」

懐かしそうに会話しつつ、さっさとゲームを再開するハジメと米蔵。

昔なら、なんだかんだで慰めてくれたのに……お前等、変わっちまったな……みたいな悲しげな表情になって、根本は根本で大人しく膝を抱えたまま観戦モードに入った。

だが、それも僅かな時間だった。ハジメのプレイに口を出し始めたかと思えば、いつの間にか練習に協力し出し、武者修行がてらのランクマッチ戦では一喜一憂の声を響かせ……

それからは、時間はあっという間に過ぎた。

まさに、熱中だ。三人の縁を繋いだゲームを、時間も忘れて思う存分に楽しむ。昔、三人がはまっていたゲームにチェンジしてからは更に。

日が暮れても、深夜に突入しても、朝日が差し込んでもそれは変わらず。

適当な食事を、エナドリで流し込むようにして適当に取るという家族が見れば間違いなく怒る不摂生すら楽しみに、あーだこーだ言い合いながら、あるいは馬鹿なプレイに大笑いしながら、かつてのように。

きっと、ハジメだけでなく、根本や米蔵にも変わった部分はたくさんあるに違いない。

けれど、三人のゲーム愛と、同好の友としての関係はきっと変わらないだろう。

と、お互いに確信するに、どうやらこの休日は十分な時間だったようだ。

「ハジメ、お帰りなさ――」

翌日の夜、久しぶりの友人とのゲーム三昧な休日を満喫して帰宅したハジメを、ユエが出迎えた。が、ハジメを見るや否や目をパチクリ。迎えの言葉も尻すぼみになってしまった。

「ただいま、ユエ。どうした?」

首を傾げつつ靴を脱ぐハジメを少しの間ジッと見つめたユエは、一拍おいて、

「……夕べはお楽しみでしたね」

なんてことを言い放った。セリフがセリフだけに一瞬ドキリとするが、別にやましいことは何もない。おまけに、ユエの表情はとても優しい。

「友達とゲームで楽しんできた夫に、ゲームのネタでお出迎えか。流石はユエ。できた奥さんだな」

どうやら、想像以上にハジメは満足げな表情をしていたようだ。

そんなに浮かれた表情だっただろうかと少し恥ずかしくなって思わず自分の顔を撫でるハジメに、ユエは慈愛たっぷりの表情で尋ねた。

「……約二日、私達のうちだ~れも傍にいなかったわけだけど」

「おう」

「……私の旦那様は最高に楽しかったと?」

言葉だけを聞けば嫌みなのだが、ユエの表情はやっぱりどこまでも優しい。

そんなユエに、ハジメはニヤリッと笑って、

「奥さんには悪いが……最高の休日だった!」

なんて、堂々と断言したのだった。

それに、ユエの笑みはますます深くなったのだった。