軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

卒業パーティー 前編

「あ、あぁあああああっ、窓に! 窓に!」

「お、おお、神よ! この悪しき者っぽい何かをなんとかしたまえ!」

白昼の往来に、いかにも冒涜的でおぞましい何かを見たような悲鳴と救いを求める声(笑)が響き渡った。

なので、

「いい加減にしろ! ちょっと写真映りが悪かっただけだろ!!」

浩介は更に大きい声で不満をぶちまけた。

園部家の洋食店〝ウィステリア〟に向かう道中である。クラスメイト達が、それぞれおしゃべりに興じながら歩く中、奈々と淳史がスマホの写真を片手にニヤニヤしながら後ろ歩きをしている。

もちろん、視線の先には後方を歩く浩介の姿がある。

「いや、でも浩介。これは流石にこえぇって」

「う、うん。どう見ても心霊写真だよ。しかも、撮った全員の写真が同じ状態って……」

「あっはっはっ、完全に存在がオカルトじゃん?」

「け、健太郎達まで……じゅ、重吾! 黙ってないで何か言ってやってくれ!」

「…………これ、削除しようとしたら呪われたりしないか?」

「するわけねぇぇええだろぉ!?」

健太郎と綾子が自分のスマホに視線を落としながら恐ろしそうに声を震わせ、真央がケラケラと笑い、寡黙ながら友人想いなはずの重吾はさりげなくデータを消去しようとしている。

クラスで最も浩介と絆が深いはずの永山パーティーが、揃って浩介に引いている……

具体的には、卒業式の後に撮った個人同士の写真やクラス集合写真に映っている浩介……いや、本当に浩介? と言いたくなる写真に、だ。

「見事にぼやけてんな、お前だけ」

「……ん。こんなの自然現象ではあり得ない。魔法を使った気配もなかったのに」

「アビスゲート、白状しましょうよ。やはり貴方、人間では――」

「人間ですが!? 頭の天辺からつま先まで純正の人間ですが!?」

浩介の抗議は虚しく響いた。だって、本当に写真の中で浩介だけがぼやけているのだ。こう、モザイクがかかっている感じというか、空間がくにゃりと曲がっているような感じというか、ともかく姿が判然としないのである。

直ぐ隣の健太郎達は、最近のスマホの高性能ぶりがいかんなく発揮された、それはもうくっきりはっきりな鮮明さで映っているというのに、めちゃピンポイントで。

しかも、この写真、クラスの半数は代表者が撮って転送したものだが、残りの者達は保護者や後輩に頼んで自分のスマホで直接撮ったのだ。

なのに、その全員の写真で浩介だけが見えないのである。

なお、最初に奈々が「窓に! 窓に!」と言っていたのは、優花や妙子と校舎を背景にスリーショットを撮った際、たまたままだ校舎内にいた浩介が映り込んだからなのだが……

こちらも当然のように、妙に歪んで見える感じで姿がぼやけていた。しかも、光の加減のせいだろうか。浩介の周辺の廊下だけ妙に薄暗く、どこか陰鬱な雰囲気が感じられ、そのうえ黒髪のぼやけが原因なのか今にも窓から黒い影が這い出してきそうな絵面にも見えて。

今でこそからかっているが、最初にこの写真を確認した時、奈々は「ひぃんっ」と悲鳴を上げて腰を抜かし、優花と妙子も凍りついていたりする。

「くそぉ、せっかく撮ったのに、なんで俺だけ……」

嘆く浩介に、ハジメ達は思った。「たぶん、香ば深度がⅥに至ったせいじゃねぇかなぁ」と。年々深まっていく卿の深淵。ほんとに深淵。

以前に増してあらゆるものに認識されにくくなっている浩介が、不安そうに呟く。

「これ、卒業アルバムも俺だけぼやけてるとかないよな? 流石に、それなら写真屋の人が撮り直しとか言ってくれるよな?」

卒業アルバムは後日、郵送で各自宅に送られてくる。まさか、という思いがぬぐえない!

ハジメがなんとも言えない表情になる。

「ぼやけてても誰も気が付かなかっただけ、とかだったりしてな?」

「やめてくれよぉ。本当にありそうだからさぁ」

もはや、ちょっと泣きそうな浩介くん。これには流石に同情せずにはいられない。

ウィステリアに着いたらもう一回集合写真を撮ろうなどとフォローしつつ、しかし、そこで優花がふと懸念を口にしちゃう。

「ねぇ、遠藤。あんた学校行事で写真撮った記憶ある?」

「え?」

「いや、ほら、修学旅行はほぼいなかったでしょ? 他のイベントの時もあんまり見かけなかったから……」

卒業アルバムに、浩介が映った写真はあるのかしらん? と。

誰もが顔を見合わせ、誰かが「あ(察し)」と哀れな者を見る目を浩介に向ける。

「……え? 卒アルの俺の写真、少なすぎ?」

あるいは、まったくなかったり? 給料が最低賃金を割っていたことに十年働いてから気が付いた社畜の如くサァ~ッと青ざめていく浩介。

香織が慌ててフォローを入れる。

「だ、大丈夫だよ、遠藤くん! もしダメでも……ほら、こう、なんか良い感じにしてくれるよ! ハジメくんが!」

「お、おう、香織の言う通りだ! 俺の持てる技術の粋を尽くして合成写真を作ってやる!」

「ねぇ、ハジメ。卒業アルバムに映ってる自分が全部合成って……撮影日に病欠してしまって隅っこに写真を貼り付けられるより微妙な気分にならないかしら?」

引き攣り顔の雫の言葉に、それはそう……と頷くクラスメイト達。

なんとも言えない空気が流れる……

「べ、別にいいんだ。へへ、なんか空気悪くしてごめんな? あれだ。ほら、俺は皆が楽しそうにしてる写真を見られるだけで十分だからさ」

「「浩介ぇっ」」

「「「アビスゲートッ」」」

無理やり笑う浩介の姿は、アビスゲート化の代償を払っている時と同じくらい痛々しかった。思わず健太郎と重吾が両手で顔を覆い、淳史と昇、明人が涙ぐむくらい。

苦笑しつつも、これは流石にとハジメも同情し、ユエと顔を見合わせて暗黙のうちに了解し合う。

「安心しろ、遠藤」

「南雲……?」

「もし卒業アルバムにお前がほとんど映ってなかったら、まぁ、今は忙しいから少し後にはなるが最終手段でオリジナルのアルバムを作ってやるよ」

「……ん。思い出の現地に行って過去再生&撮影」

浩介の目がクワッと見開かれた。まるで地獄に垂らされた一本の糸を見たような表情だ。

だからだろう。

「エェーックセレントッ! 流石は我が王と、その奥方――ちょっとごめん」

嬉しさのあまりちょっと深淵が顔を覗かせたのは。流れる水の如き自然さでセルフビンタ。痛そうな音が響き頬が真っ赤になるも、当の本人は気にした様子もない。

「こいつッ、すっかり慣れてやがる!」みたいな視線がクラスメイト達から注がれるも、正気に戻った(?)らしい浩介は、それはそれは良い笑顔を浮べたのだった。

健太郎と重吾が「良かったなぁ」とか、「中学の卒アルも写真少なくて泣きそうだったものな」とか言って浩介の肩を叩いている。

人類最強クラスの、この中でも最もヒーロー扱いされている凄い男なのに、どうしてこうも不憫なのか。

ハジメ達が揃ってなんとも言えない眼差しになる。と、そこで、

「パパ!」

元気な声が響いた。

視線を向ける。最初に目に入ったのは、信治と良樹が思わず「うぉ」と声を上げてしまうくらい立派な黒塗りのリムジンだ。

その普通の車より幾分長めの車体の後方にある窓から、ミュウが身を乗り出して手を振っていた。

見れば、リムジンが停車している小さな駐車場の端に立つ看板には〝ウィステリア〟の文字も。そう、隣接する建物こそが目的地だ。

どうやら、おしゃべりしている間に到着していたようである。

ガチャッと音が鳴って、リムジンからミュウが飛び降りてきた。ちょうど運転席から降りてきた体格の良い男――運転手兼SPだろう――が、少し困った様子で固まり、一拍おいてハジメ達に丁寧に頭を下げた。おそらく、ドアを開けてミュウをエスコートしようとしていたのだろう。

ハジメが黙礼を返している間にステテテテーッと駆けてきたミュウは、いつも通りパパの胸元へ飛び込む――かと思えば意外にもハッとした表情になって急ブレーキ。

パッパッとお気に入りの白いワンピースの裾を払うと居住まいを正し、

「パパ、それにお姉ちゃんとお兄ちゃんの皆さん。ご卒業、おめでとうございますっ」

ぺこりと一礼。

これにはパパもお姉ちゃん&お兄ちゃん達もにっこり。「あらま! これは清楚なお嬢様!」みたいな嬉しさと微笑ましさ全開の表情で口々に「ありがとう!」と礼を返す。

一拍遅れて、再び幼い女の子の声が響いた。

「ミュウちゃん! いきなり道路に飛び出すのは危ないですよ!」

慌てた様子で車から出てきたのは、リムジンの本当の主だ。こちらは襟元のリボンと白を基調にした制服が可愛らしい正真正銘のお嬢様。藤原 陽晴(ひなた) である。

小走りながら楚々とした雰囲気が崩れない陽晴ちゃんもまた、ハジメ達の目の前で一礼。

「皆様、ご卒業おめでとうございます。このようなお祝いの席に招待していただけて、とても嬉しいですっ」

惚れ惚れするような所作と見事なお澄まし顔だが、最後だけは子供らしさが滲む。嬉しさに声音が弾むのを隠しきれていない。視線がチラチラと浩介に向いているのはご愛嬌。

「ありがとな、陽晴ちゃん。忙しいのに来てくれて、こっちこそ嬉しいよ」

「いえ、そんな……」

頬を染めて、もじもじ。想い人の記念日に呼んでもらえたことだけでなく、ただこうして会えたことも嬉しい。そんな気持ちが伝わってくる。分身体とは連日会っているにもかかわらず、だ。大変愛らしい。

信治と良樹が阿吽の呼吸で浩介の両サイドに回り込み、笑顔のままこっそりと両脇腹をど突いた。うっ。

再びクラスメイト達が口々にお礼を返し、優花が店の鍵を開けに行く中、ハジメはリムジンへ視線を転じた。

「それにしても、なんで陽晴と一緒なんだ? 現地合流の予定じゃなかったか?」

問うた先はミュウや陽晴ではない。幼女二人は既に女子陣に囲まれ半ばもみくちゃの歓待を受けている。なので、ハジメが言葉を向けたのは陽晴の後に続いて車を降りてきたティオとレミアだった。

「うむ、そのつもりだったんじゃがな。陽晴の方が少し早く学校が終わったようでの」

「せっかくなので時間までミュウとおしゃべりしたいと迎えに来てくれたんです」

「仲良しで結構なことだな」

ハジメが微笑ましそうに肩を竦めれば、レミアもまた嬉しそうに相好を崩した。同年代で、ミュウの特異性や事情をよく知った上で対等に付き合える友人というのは、やはり母親として安堵もするらしい。

当然だろう。何せ陽晴は陰陽師。不思議存在を調伏し、あるいは従えるプロである。これほどミュウの友人として頼もしい子はいない。

なお、酒呑童子こと緋月は欠席だ。まだまだ不安定な妖精界であるから、たまに暴れ出す鬼種共の鎮圧や漢女神の手伝いのため陽晴から離れているのである。

「さぁ、入って入って! いつまでも往来にいたらご近所迷惑だからね!」

チリンッと耳に心地よい音が鳴ると共に、店の扉を開けた優花から声がかかる。去って行くリムジンを見送りつつ、ハジメ達はぞろぞろと店に入っていった。

「男子は適当にテーブル動かして。シアさん達は料理手伝ってね。直ぐにできるよう下拵えはしてあるから。手持ち無沙汰組は適当に飲み物入れて配っておいて」

てきぱきと、既に店の女主人であるかのような貫禄を見せつつ指示を飛ばす優花。エプロンを身につける仕草も板についている。髪をささっと纏める仕草が少しセクシーだ。

男子陣がそんな目で見れば、あるいは指摘すれば容赦なくスマホに飢えた野菜スティックが襲ってくるのできっちり自制するが。

ハジメ達を除けば、クラスの実質的なリーダーは優花なので誰もが異論もなく「は~い」と素直に動いていく。

「ご主人様よ、愛子は遅くなりそうかの?」

「どうだろうな。できるだけ早く来るって言ってたし……たぶん、教頭先生が配慮してくれるだろうから、そう遅くはならないと思うが」

「ならば良いな。ほとんど参加できずでは不憫じゃからのぅ。あまり遅くなるようなら教頭殿の頭をちょこっとあれな感じにして、こっそり連れて来ねばと思っておったから」

「ティオ、それは暗示とか意識誘導って意味だよな?」

先程、最大限の感謝を伝えてきた相手である。自分達が最後の砦とばかりに奮戦する数少ない毛根戦士達が全滅するような仕打ちは許容できない。

ティオは少し考える素振りを見せると……とても恐ろしいことを言い放った。

「ふむ。いっそ引導を渡して差し上げた方が教頭殿のためでは? あのカツラは……正直、いたたまれないのじゃが?」

「そんなのみんな思ってる」

でも、言わないのだ。教頭先生自身が、不自然極まりないカツラの保持と、数少ない生き残り毛根達の死守を決意しているのだから。だから、幸子先生は今日もソフトタッチで、キレ散らかす教頭先生のそれをこっそり直すのだ。

「……ハジメ。そろそろみんな呼ぶ?」

「お、そうだな」

人数がいるせいか店内のセッティングはあっという間に終わり、飲み物も次々と配られ、奥の厨房からは早くも料理の良い匂いが漂ってきていた。

確かに良い頃合いだ。ゲストを呼ぶには。ハジメは頷き、クリスタルキーを取り出した。同時に、ユエもまた自前で複数の〝ゲート〟を開く。

ハジメはトータスでそわそわしているだろうリリアーナの元に、ユエは英国やバチカンにいるラナ達の元に。

最近は忙しくてトータスにも中々行けなかったハジメである。きっと、真っ先に飛び込んでくるのはリリアーナに違いない――と思っていると。

「フハハハッ、吾輩だ――」

ユエは反射的に〝ゲート〟を閉じた。キレッキレのターンをしながら飛び出してきた吾輩にびっくりしたのだ。仕方ない。

で、閉じる〝ゲート〟(動揺したユエが制御を狂わせたので変な感じに空間が捻れた)に巻き込まれた吾輩は上下にスライスされて床に転がった。以前のように霧散しない。

実は、深化した卿の分身体は、以前より耐久性が増している。今のように再びくっつきそうなくらい綺麗な切断ならもはや簡単には消えないのだ。

フッと笑ったまま奇怪なオブジェみたいな有様で、本能的な自己保存機能により上半身と下半身がもしゃもしゃ動きつつ再びくっつこうとしている……

なんて冒涜的でおぞましい存在か!!

全員がバッと浩介を見る。

「ち、違うんだ! ゲートに入る直前にラナが『ハウリア流で登場して』ってキスなんかするから反射的に――」

「ハジメさん! お久しぶりです! 貴女のリリアーナ、ただいま参上しま――あら? な、なんですか、この空気。何かありました――キャァアアアアアッ、人が死んで――ないぃいいいいっ!? 気持ちわるっ」

タイミングの悪いリリアーナ姫。しばらく会えていなかったから、満を持してのお呼ばれだと満面の笑みで飛び込んできたのに、いざ〝ゲート〟を潜ればしんっと静まり返った店内である。

で、足下のもぞもぞに反応して視線を向ければ、そこには不敵に笑いながらもぞるアビスゲート的な何か。そりゃ悲鳴も上げる。

「……取り敢えず、遠藤。はよ消せ」

「……取り敢えず、これだけ言わせてくれ。みんなごめんね!」

お祝いムードの店内にドン引きが蔓延したのは言うまでもない。

なお、そんな微妙な空気の店内でただ一人、

「遠藤様はやっぱり人間では……いえ、人間離れしていっている……ふふふっ」

「ひ、ヒナちゃん?」

という陽晴ちゃんのちょっと嬉しそうな呟きが微かに響いていたのだが……それを知るのは隣のミュウだけだった。お手本にしたいほど大和撫子な友達の意外な暗黒面(?)に、ミュウの表情が引き攣ったのも、言うまでもないことである。

それから。

どうにか混乱が収まり、英国にいたラナとエミリー(ヴァネッサは仕事で来られなかった。脱走しようとしたが局長の投げ縄に捕まったのだ)、それにバチカンからクラウディアが来訪し、トータスからはリリアーナに加えて光輝とモアナ、それにアウラロッドが参加した卒業パーティーにて。

全員が席に着いたのを確認して、ハジメがグラスを片手に立ち上がった。クラスメイト全員一致で音頭を取れとコールされたからである。

「え~、まぁ、なんだ。無事に卒業できたことを祝ってカンパイ――」

「待て待て待て、南雲! もうちょっと何かあるだろ!」

「扇動家の名が泣くよ!」

龍太郎と鈴からツッコミが入った。これには全員同意らしい。そりゃないよと激しく頷いている。

「帰還一周年パーティーの時に言いたいことは言ったからなぁ。本当に今更語るようなことないんだが……」

と、ちょっと困った様子を見せつつも、ハジメは咳払いを一つ。

「んじゃあまずはゲストに礼から。俺達の卒業を祝いに来てくれて感謝する」

「ボスのためとあらば地獄の底でも飛び込む所存です!」

「そこは遠藤と相談してな」

「コウくんが断るはずありません!」

最愛のラナから「ね!」と満面の笑みを向けられて、コウくんが微妙な顔をしつつも「う、うん」と頷いている。エミリーとクレアの目尻が釣り上がる。

そっちはスルーして、ハジメは視線を転じた。実は、ちょっと居心地悪そうにしていた光輝の方に。

高校を中退した身だから肩身が狭いのかもしれない。なので、追い打ちをかける。

「一人、余計な奴が参加しているようだが……」

「な、なんだよ。俺だって来ていいのか迷ったんだ! でも、皆が望んでくれてるって聞いたから! それなら遠慮する方が悪いかなって!」

一緒に卒業はできなかったが、光輝が〝仲間〟であることに違いはない。今日という日を祝う席に、一人だけ不参加というのはクラスメイト達の望むところではなかった。

ということを、〝召喚されすぎぃ事件〟の後、日本で休養を取っていた光輝に、雫があらかじめ伝えていたのだ。

なのに、なんか呼んでもないのにパーティーに来た奴――みたいな扱いをされて赤面しながら言い訳じみたことを叫ぶ光輝。ちょっぴり不安そうに龍太郎達へ視線を巡らせる。が、それも僅かな間のことだった。

再びハジメの一撃。

「おいおい、それは語弊があるな。皆じゃない。俺は別に望んでないし。むしろ、なんかお前の顔が視界に入っているだけで腹が立つから、もう帰っていいぞ」

親指をサムズアップのように立てて、ビシッと扉を指す魔王様。すっごく良い笑顔。

モアナとアウラロッドが引き攣り顔で「そ、それはあんまりです!」と光輝に代わって抗議しようとするが、その前に。

「……ありがとう、南雲。やっぱり来て良かったよ。意地でも参加してやるから一生腹立たしそうな顔しててくれ。実に気分がいい」

さっきまでの居心地悪そうな様子はどこに行ったのか。勇者様、すっごく良い笑顔。

一瞬、真顔になって視線をぶつけ合う二人は、一拍おいて「「ハッハッハッ」」と笑い合った。

「ふふ、二人とも楽しそうね」

「し、雫ちゃんにはあれが楽しそうに見えるの? 今にも殺し合いしそうなくらい本気の殺気が溢れ出ているんだけど」

オカンには、ただの子供同士の喧嘩に見えるらしい。たとえハジメが〝宝物庫〟からドンナーを取り出し、光輝が聖剣のネックレスに手をかけても。

シアがハジメの手をガッして、光輝の両腕をモアナとアウラロッドがヒシッと抱え込んで止めている。

「南雲、店内で暴れたら出禁にするわよ。あと、料理冷めるわよ。早く音頭を取って」

「おっと、そうだな」

ギロッと睨む優花の言葉で軌道修正するハジメ。その様にエミリーちゃんが「流石、優花だわ!」と尊敬の念を深めている。

「ごほんっ。……こっから先、俺達はそれぞれ別の道を行く。毎日、顔を合わせるってこともなくなる」

少し悩む素振りを見せた後、ハジメが切り出した言葉は教頭先生が切り出した言葉と同じだった。教えをさっそく実践するみたいに。

「だが、心配はないよな。もう、昼休みに俺の傍にいなきゃ不安なんて奴はいねぇだろ? 自分でどうにかできる。異世界召喚なんてトラウマからも卒業できたはずだ」

違うか? と視線で問えば、優花達は顔を見合わせたあと笑みを浮べて頷いた。

「だが、それを理解したうえであえて言う。――必要なら俺を呼べ。いつでも力になってやる」

「嘘だろっ、南雲がデレた!?」

「よし、今助けてくれ。彼女ができないんだ!」

「中野と斉藤以外は、力になってやる」

「「言い直すなよ!!」」

ハジメの言葉に少し驚きつつも、信治や良樹とのやり取りにクスクスと笑い声を上げるクラスメイト達。ユエやシア、ティオ達の眼差しが酷く優しい。

「楽しい学生生活だった。馬鹿みたいにクソッタレな騒動に巻き込まれてきたが、ああ、良い高校時代だったと胸を張って言える。それは、お前等もいてくれたからだろう。感謝するよ」

「おいおい、南雲。あんまりらしくないこと言うなよ。なんか泣けてきただろうが!」

ずびっと鼻をすする龍太郎。普段ならハジメが絶対に口にしないような心情の吐露に、同じく涙ぐんでいる者が幾人もいる。

「感謝するのはこっちだよ、南雲っち」

「うん。南雲君がいなかったら、私達みんな異世界で死んでただろうし」

「仮に帰れたとしても、こんな学生生活は送れなかっただろな」

「ありがとよ、南雲」

奈々と妙子、そして淳史と昇の言葉に続くようにして、クラスメイト達からハジメへ感謝の言葉が返された。

それに、どこかむずがゆそうな表情になって頬をぽりぽりしつつ。

「マジで料理が冷めちまうし、これぐらいで勘弁してくれ。飲み物、全員持ったか? よし、それじゃあいくぞ? ――――俺達の未来に!」

高々と掲げられたグラス。全員が揃ってグラスを掲げ、ウィステリアの店内には、

「「「「「未来に!!」」」」」

と、希望に溢れる声音が響き渡った。

そうして始まった卒業パーティー。皆が皆、美味しい料理に舌鼓を打ちながら、想い出話に花を咲かせている。

その間に愛子も合流し、やがて想い出話が一段落すると、話題は自然とこれからのこと、つまりそれぞれの進路や今後の予定に変わっていった。

「それにしても、みんな大学受験がんばりましたね。いろんな方々に驚かれましたよ。半数以上が国立大学に進学、遠藤君や菅原さんにいたっては英国の大学ですからね」

愛子がしみじみと、それでいて自分のことのように自慢げに言う。

その言葉通り、あれほど忙しく動いていたにもかかわらず、ハジメ達のほとんどが大学進学を無事に決めていた。

「言語系の試験はマジでチートだし、アワークリスタル内なら時間も引き延ばせるしな。どうにかなった」

ちなみに、大学への進学を決めた一番の理由は、単にユエやシア達と大学生活を送ってみたかったから、という不純なものだったりする。

女子大生のユエ……良い響きだ! と。

「ハジメ君とユエさんは工学系でしたね」

「ああ、せっかくだし魔法でブレイクスルーしたVRゲームを、もう少し地球の技術中心で実現してみたくてな。今のままじゃ身内しか使えないし、せっかくだから本格的に勉強してみようかと思って」

「ふふ、世界を掌握しちゃう人なのに、結局、根っこは変わらずゲーム大好きオタクさんなんですね」

「そうだなぁ。まぁ、一番の目的はユエ達と大学生活をエンジョイすることなんだけど」

「……ん。私は単にハジメと一緒がいいから頑張った。でも、ハジメの研究をお手伝いできるなら嬉しいし、せめて話を理解できるくらいには学びたい」

どこまでも互いが最優先のバカップルぶりに、愛子も苦笑せずにはいられない。

「シアが学部を一緒にしなかったのは意外じゃのぅ。まぁ、香織も雫も、それどころか優花と奈々、淳史も同じ大学ではあるが」

「いやぁ、ティオさんもレミアさんも、ハジメさんが設立した会社とはいえ、もう自立しているわけじゃないですか。なので大学が一緒ならそこまで寂しくないですし、せっかくなら私も興味があって将来に繋がる分野を頑張ってみようかなと」

「ふむ。人体の効率的な破壊について、じゃな?」

「んなわけないでしょうが」

日本の大学に武神を育てる学部はない。シアが専攻したのは心理学の分野だ。

このウサギ、みんなが直ぐに忘れる〝占術師〟の道を将来の職業に選ぼうと思っているらしい。心理分析を加えて、より人の道に寄り添った助言ができればと、びっくりするくらいきちんと考えた結果のようだった。

大学生活を送るハジメ達にちょっぴり羨ましそうな眼差しを向けつつ、リリアーナが香織と雫に水を向ける。

「私的には、香織が建築系の学問を選んだのが驚きです」

「……正直、医療の道を進んでも治癒師の力って日本じゃ表に出せないし、力を発揮できる状況なら再生魔法で十分だからね。それなら、できることを増やすというか、災害に強い家屋とか環境に適した住居とか、体の傷以外の部分で誰かの癒しになれる仕事がいいかなって」

照れたように語る香織。そこにはきっと、一級建築士として活躍する父親の姿と信条が影響しているに違いない。

進路を聞いた時の智一さんは、よほど嬉しかったのだろう。南雲家まで突撃してきてハジメと愁相手に一晩中むせび泣きながら娘自慢をしてきたほどだ。

「香織らしいですね。雫は法律関係でしたか?」

「ええ。恥ずかしい話だけれど、私は特に将来これって目標がないのよね」

「え? 雫ちゃんの夢は可愛いお嫁さん――」

「ちょっと黙ってなさい、香織」

「はい……」

「ごほんっ。だから、ハジメの役に立てればと思って……きっとハジメのことだから将来的に事業を拡大するだろうし、経営関係は将来的にリリィが担当しそうでしょ? なら私は法律関係かなって」

ハジメは現在でも事業を展開している。〝少しだが本当に効果のある服飾品〟を販売する会社だ。レミアがデザインに、ティオが運営に携わっているやつである。

現在でも、愁や菫の伝手で信頼できる人達を雇えていることもあり、事業は少し拡大気味で上手く軌道に乗っていた。浩介達に高額の報酬を渡せるのも、そのおかげだ。

「そうだな。そうしてくれるならありがたい話だ。リリィも、いつ移住してきてもいいんだからな?」

「うっ……しかし、まだ国を離れるわけには……」

「復興はほとんど終わってるんじゃないのか?」

「旧王都レベルなら確かに。ですが、全種族共存社会に移行した今、王都の拡張は必須。まだまだ〝新王都〟の完成には至りませんし……」

「ふぅん。まぁ、気の済むようにしたらいいさ」

ちょっと煮え切らない様子のリリアーナ。まさか、そう遠くない未来で、国民から「え、まだいたの!?」「もういいからさっさと嫁に行け!」と送り出されるとは想像だにしていない。

愛子が、なぜかそっぽを向いて話を聞いていない風を装っている優花と、ニヤニヤしている奈々&淳史を見やる。

「宮崎さん、玉井くん。何か困ったことがあったら遠慮なく相談してくださいね」

ちょっと照れた様子の愛子。それもそのはずだ。

「もっちろん! 直ぐ近くにお手本になる先生がいるんだし、そりゃ遠慮なく相談するって」

「まぁ、そういうのは教育実習とかまでいってからだろけどな」

この二人、なんと教師を目指すらしい。動機は言わずもがな。直ぐ傍でずっと見てきたからだ。自分達を一生懸命守ろうと奮闘してきた先生の姿を。

「適当にノリだけで生きてきた私だけどさ、いろいろ経験して、考えて、本気で選んだ道だから。きっと、ううん、絶対に愛ちゃんみたいな先生になってみせるよ」

「宮崎さん……」

「なるのは英語の先生だけどね! 楽そうだし!」

「宮崎さぁん……」

感動の涙を流しそうな雰囲気から一転、直ぐに頭痛を堪えるような雰囲気に。

同じ大学の教育学部に通う奈々と淳史とは、ハジメ達もそこそこ顔を合わせそうだ。

それはそれとして、だ。

「……で? 優花? いつまでそっぽを向いてるの? ウィステリアを継ぐのになぜかハジメと同じ大学に通う優花? ねぇねぇ、ユエさんに教えてみ? ほらほら」

ユエさんがぬるっと優花の顔を覗き込む。視線を泳がせつつも咄嗟に顔を逸らす優花だったが、

「いい加減、素直になってもいいんだよ、優花ちゃん?」

回り込まれてしまった! にっこり笑顔の香織に!

「な、何よ! 別に私の勝手でしょ! 直ぐに継ぐわけじゃないし、私だって大学生活を送って見たかったのよ! 飲食店なんて何があって潰れるか分からないんだし、学歴や資格があるに越したことはないでしょ!」

なお、優花は奈々達と同じ教育学部ではあるが専攻は福祉だ。常連さんを含め、やたらとご年配の方々に気に入られる性質であるから案外向いてはいそうである。

もちろん、優花の動機を信じる者はいないが。

「な、奈々だって一緒に通えて嬉しいって言ってたし!」

「うんうん、そうだねぇ。優花と一緒で嬉しいよ」

「……ニヤニヤすな」

私、分かってますから! みたいな表情でにやつく奈々。

教師になりたいなら他の大学でも問題なかったのだが、わざわざハジメ達と同じ大学にしたのは、もしかすると難義な性格の親友のためだったのかもしれない。淳史までケラケラと笑っていることからすると。

そんな優花と奈々を、ちょっと寂しげに眺めるのは妙子だ。くぴっとアイスレモンティーを飲みつつ、いつも三人一緒だったことを思い出してしんみりと呟く

「う~ん、優花と奈々が一緒の大学だと、やっぱりちょっと寂しい気がするね」

「なに言ってんだか。アレンさんロックオンして、局長さん説得してまで向こうに行くこと決めたくせに」

「妙子ってば情熱的。そんなにイジメ甲斐あったの? あんまり酷いことしてると逃げられるよ?」

優花と奈々がジト目に、ユエ達も妙子のドSぶりを思い微妙な表情になっている。

そう、妙子の目的は英国保安局の裏の二枚目エージェントことアレンだった。

悪魔騒動の時に助けられて惚れたから、ではない。あれ以降も連絡を取り合っていたのは確かに好意を持ったからではあるが、その原因は自分の操鞭術に大変良い悲鳴を上げてくれたから。

なんて素敵な怯え顔をする人なんだろう! なんて情けない悲鳴をあげるんだろう! なのに普通に強くて簡単には折れないし、私から逃げもしない! こんな人、そうはいないね!

というわけだ。大変やばい。性癖が捻じ曲がりまくってる。

「ふっ、妙子よ。お主も良き人を見つけたんじゃな」

駄竜がなんか言ってる。もちろん、みんなスルーする。

「う~ん、なんであれ目標を持つのはいいことなんですけど……菅原さん、かなり局長さんに無理を言って、結構なコネを使いましたよね? 先生、正直複雑です」

「使えるものはなんでも使う。私達の魔王様が教えてくれたことだよ、愛ちゃん」

サムズアップする妙子に、愛子は深々と溜息を吐く。ジトッとハジメを見れば、ハジメは既に明後日の方向を見ていた。アイスカフェオレをズコココッとわざとらしく音を立てて飲みながら。

「それに、無理は言ったけど相応の対価は払ったつもりだよ? 正確には、これからきちんと払えるように頑張る、だけど」

「……大学卒業後は保安局に入るんでしたね」

成績面に関しては、語学方面がチートというのもあるものの、妙子自身が本当に限界突破しながら頑張ったので問題なかったが、それはそれとして日本の学生がストレートで英国の大学に入るのは制度的に至難である。

そこをクリアして、普通に九月から入学できるようになったのは、マグダネス局長の口利きがあったからであり、あの英国の鉄の守護者が動いたのは、相応の実力とハジメ達との繋がりを持つ妙子を組織に引き込めるという利があったからだった。

この点、向こうでの生活や働く場合に必要な種々の手続きも万事、保安局がバックについて手を貸してくれるらしい。

語学力、戦闘力、そして大学で身につけることを期待されている国際的な政治センスは、マグダネス局長が全力で強権を振るうに十分な見返りだったようだ。

「うぅ、心配です。マグダネスさん達が信用できないわけじゃないですけども……」

ブラックに近いグレーな進学手口に愛子は頭を抱えずにはいられない。

そして、見返りなく普通に多方面に口利きしてもらった生徒が、ここにもう一人。

「まぁ、大丈夫だって愛ちゃん。なんて言っても、向こうには深淵卿がいるんだしね! ラナさん達も助けてくれるって言ってくれてるし」

「ええ、もちろんよ、妙子! 生活面でも助けられるからね! 必要ならお薬たくさん出すわ!」

「王樹の聖域にはハウリアもいるわ。いつでも遊びに来なさい。保安局が困ったちゃんになったら私達が這い寄ってあげるわ!」

「むしろ、心配が増えたんですが」

エミリーとラナの言葉に愛子はなんとも言えない表情になる。

「二人共、制度的障害を乗り越えるのにコネは使ったが、成績面はマジで頑張ったんだ。遠藤なんてマジで医大に通ったんだぞ? こればっかりはすげぇとしか言いようがない。ここは素直に称賛してやろう」

「そう、ですね、ハジメ君。確かに、そこは本当に凄いです。教頭先生達もびっくりしてましたから」

「南雲ってば、珍しく素直に褒めるじゃん。まぁ、アワークリスタルをフル活用させてくれたり、仕事をできるだけ振らないようにして勉強に集中させてくれたおかげでもある。助かったよ」

兼ねてからの浩介の目標――いずれトータスに移住し、ハウリアと共に生きるという時に、魔法が使えない獣人族のために地球の医療技術を広めたい――は、確かな一歩を踏み出したようである。

ちなみに、エミリーとは同じ大学だ。

「えへへ、こうすけと一緒に通えるなんて嬉しい。九月が楽しみね!」

「エミリー先輩、だな。特例で九月を待たずに講義とか参加させてくれるらしいから、よろしく頼むよ」

「……先輩……エミリー先輩……へっ、へへへっ」

「くっ、羨ましいのです……」

リアルにハンカチを噛んで悔しがる人、初めて見た……みたいな視線がクラウディアに突き刺さる。そして、陽晴ちゃんの視線も突き刺さる。浩介に。

ミュウと仲良く式神談義(?)していた陽晴ちゃんが、そそそっと浩介のもとへ。

おや? と注目が陽晴に移る中、クラウディアにドヤ顔マウントを取っていたエミリーを遠慮がちに見つめる……

「えっと、ヒナタ? どうしたの?」

もじもじ。言うべきか言うまいか。いやしかし、想いは口にしなさいとお母様も仰っていましたし。言葉を飲み込む度に、緋月がバカにしてきますし。

と心の中で言い訳しつつ、陽晴ちゃんはちーーーっちゃな声で頑張った。

「お、陰陽寮のお仕事の時は、ずっと一緒なので」

はしたないことをしてしまった! と思っているのが丸わかり。真っ赤になって、両手で顔を覆って「しちゅれいしました――あっ、噛んじゃった!」と、パタパタと逃げ去っていく。

飛び込むのはミュウの胸元。ミュウは地母神の如き優しい表情で、年上のはずの陽晴を抱き締め、「ヒナちゃん、頑張ったの。良い子なの」と頭をなでなで。

実に尊い友愛の情景である。

クラウディアにはいくらでも言い返せるエミリーだが、流石に陽晴には無理らしい。視線を泳がせ、「そ、そうよね! 良いわよね!」と普通に返しちゃう。

「「おい、天之河」」

誰もが少女達の尊い姿にほっこりしている中、唐突に声がハモる。ハジメと浩介だ。光輝くん、ビクッと肩を震わせる。

「な、なんだよ、二人して。なんか顔は笑顔なのに目が笑ってないんだけど。怖いんだけど」

「春休み、分かってるだろうな? ミュウに何かあったら……」

「な、なんだよ! お前が何をしようと俺は――」

「お前の妹が雫の寝込みを襲ったという噂を、幻術ででっち上げた動画付きでソウルシスターズに流してやる」

「身内を狙うのもやり方も最低中の最低だぞ!! このクソ魔王がっ」

「あ、俺はそんなことしないぞ。陽晴ちゃんに何かあったら……ただ、深度Ⅵ状態でお前の枕元に毎晩立ってやるだけだ」

「えげつなさのレベルなら一緒だよ!!」

魔王と深淵卿に両肩をガッと掴まれての最低な脅迫。光輝はぶるりと身を震わせる。同時刻、「ハッ!? 南雲先輩の邪気!?……気のせいかしら?」と、家で妹の美月ちゃんもぶるりと震えていたりする。

報復手段に利用されそうな雫が、苦笑しつつハジメをぽかりっ。

「もう、ハジメったら。私をそんなことに使わないでちょうだい」

「いや、でもだな。あいつのお前を見る目はマジでヤバいというか、普通にあり得るというか……」

ハジメがチラリと見やれば、光輝お兄ちゃんはスッと目を逸らした。お兄ちゃん的にも心当たりがあるらしい。

「あの目はもう慣れてるから大丈夫よ」

「雫ちゃん、それは慣れちゃダメなやつだと思うんだけど」

「王国の某女騎士に比べれば可愛いものよ」

「うちの騎士がすみませんっ」

雫お姉様のためなら物理法則も超越するモンスターだ。リリアーナがいたたまれなくて両手で顔を覆う。

それは取り敢えず脇に置いておいて、と雫はハジメに少し悪戯っぽい笑みを向けた。

そして、クラスメイト達にとって驚天動地というべき言葉を言い放った。

「それより、春休みにミュウちゃんと陽晴ちゃんを光輝に預けるんでしょう? 砂漠界への旅行の付き添いを任せるくらい信頼してるんだから、今更、脅さなくたっていいじゃない」

空気が止まった。

ハジメと浩介、そして光輝のやり取りを「何のことだ?」と首を傾げて聞いていたクラスメイト達が揃って硬直する。

ミュウちゃんを溺愛しているハジメが、よりによって光輝に預ける?

春休みの旅行の付き添いを任せる?

え? お前は? なんで魔王が勇者に愛娘を預けるなんて話になんの?

ダメだダメダァ! あり得なすぎて脳がぁ、世界がばぐるぅーーっ。

「魔王ご乱心! 魔王ご乱心!」

「香織! 南雲の頭に再生魔法よ! 急いで!」

「光輝ぃ、てめぇ南雲に一体何をしたんだ!」

「世界は……終わるの?」

静寂から一転、阿鼻叫喚が木霊する店内。混乱がウィステリアを蹂躙する!

トリガーを引いた雫は「え? え? みんなどうしたの!?」と困惑せずにはいられず。

そして、当のハジメと光輝はというと、クラスメイト達の言葉に揃って青筋を浮かべ――

「うるせぇよ!」

「うるさいよ!」

仲良く(?)ハモった。

一拍。

混乱は加速した。