軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トータス旅行記51 聖幼母、プライスレスッ

「……」

「あのぅ~、雫ちゃん?」

カチャカチャと食器が奏でる音の中に、香織の遠慮がちな声が響いた。眉が困ったように見事な八の字を描いている。

視線の先には、むすっとした雫がいた。不機嫌そうな、納得いかなそうな顔で黙々とサンドイッチの具材を用意している。

その横で、クラッカーにチーズやらハムやらを丁寧に盛り付けているシアが、香織と同じような表情で口を開いた。

「まぁまぁ、雫さん。別に八重樫家が忍者だったからって不機嫌にならなくても。言わずもがな、というやつだったじゃないですか」

「……」

お湯を沸かしつつ、紅茶の準備をしているユエが(軽食作りには手を出させてもらえなかった)小首を傾げる。

「……忍者って、そんなに嫌? 地球だと日本に限らず人気あると思ったけど」

「……………別に、嫌とかではないわ。シアが言った通り半ば分かっていたことだし」

「……ん~? じゃあ、どうしてそんなに不満そうなの?」

「この期に及んでしらばっくれたからよぉっ!!」

そうなのだ。

鷲三達は、ハジメに忍者にならないかと素晴らしい提案をし、あっさり断られた後も、

「今なら秘奥義の書もついてくるぞ」

「一族の秘を入会特典みたいにすな」

「むしろ雫がついてくるぞ! 父として許すッ」

「娘はもっと特典扱いすな」

「一族の全てが頭領に従うわ!」

「さりげなく頭領呼びすな。ってか、だから嫌なんですよ」

「ハウリアだけずるいと思わないのか?」

「張り合うのやめてもらっていいっすか、鷲三さん。そのハウリアだけでお腹いっぱいなんすわ」

「そう言わずに、ね? 貰えるものは貰っておきなさいな」

「そんな街頭で配られてるティッシュみたいな気軽さで忍びの集団を押しつけられても……」

という感じで勧誘はしつこく続いたのだが……

どうあってもハジメがニンジャマスターの地位を引き受ける気がないと察するや、溜息を一つ。

そして、「ねぇ! やっぱりお爺ちゃん達は忍者だったのね! やっと認めたわね!」と詰問してくる雫を 一瞥(いちべつ) し、三人揃って目配せして何かを了解し合い、そして言ったのだ。

先程までの熱意が夢幻だったみたいにスンッと真顔になって、

「冗談に決まっているだろう、雫」

「ハジメ君に改めて礼をするのが照れくさくてな。それを誤魔化すためのお父さん達なりのジョークだよ」

「現代日本に忍者なんているわけないでしょ? もぅ、この子ったら真に受けちゃって。生真面目なんだから」

なんてことを白々しくも。

どうやら八重樫家の皆さん、完全に〝そっち側〟に入る覚悟(?)を見せないと、あくまでも自分達の裏の顔については認めないつもりらしい。

往生際が悪いというかなんというか。あるいは、何か掟のようなものがあるのかもしれない。

なんにせよ、これには雫の額にも青筋が浮かぶというもので。

抗争まっただ中のヤクザもかくやという形相になり「ア゛ァ゛ッ!?」と未だかつて出したことのない凶悪な声を漏らしたとて無理のない話だろう。

なお、心のモヤモヤを晴らした過去を見た直後に、家族によって心に圧倒的モヤモヤを抱えることになった雫が黒刀を抜きそうになったので、現在は鷲三達と引き離されている。

というか当初の予定通り、ハジメと鷲三、虎一、霧乃は光輝の試練を見に行っており、過去再生はティオが請け負っている。

他は攻略の間――ヴァンドゥルの住処で休憩中だ。ユエと香織も交代しつつとはいえ、ずっと過去再生し続けていたので休憩組だ。

建築士である智一を筆頭に、ここに初めて訪れた者達は氷の宮殿や庭園にいたく感動し、ユエ達が休憩時の軽食や紅茶を用意している間に、おのおの好きに見学に赴いている。

「いっそ、雫ちゃんが宣言すればいいんじゃないかな? 〝ニンジャマスターに、私がなる!〟って」

誤魔化されるのが嫌なら雫が忍者になればいいのでは? と香織がサンドイッチ用のお皿を並べながら提案すると、雫は見るからに微妙な顔になった。

シアが、おしゃれな一口軽食の見栄えを一段上げるべく最後の仕上げをしながら小首を傾げる。

「よくよく考えると……雫さんって一人娘ですよね? 南雲家に嫁入りしたら八重樫流の跡継ぎ問題が出るのでは? 歴史のあるお家でしょう?」

「親戚はたくさんいるから八重樫流自体に問題はないわよ。そもそも、血族じゃないと師範になれないなんて規則もないし」

実際に、師範代の地位には外部かつ門下の者も就いている。ある種の実力主義というべきか。歴史ある家ではあるが、流派におけるトップを決めるに血筋が絶対というわけではないのだという。

「……そ、それに……将来、子供ができたら私も八重樫流を教えてあげたいなぁと」

「「「ほほぅ?」」」

不機嫌そうだった雫の頬が、唐突にぽわっと染まる。少し瞳がおぼろげなのは何か妄想しているせいか。思わずユエ達もニヤニヤしちゃう。ただし、

「もちろん、強制するつもりはないわよ? でも、もし、もしね? 八重樫流を好んでくれて――」

「ちょ、ちょっと待って雫ちゃん――」

「本格的に学びたいって言ってくれたなら、跡継ぎとしてお爺ちゃん達にもそのつもりで鍛錬をね? わ、私とハジメの子だもの! きっと才能があると思うのよ!」

「わわわっ、分かりました! 分かりましたから!」

「……妄想はそこま――あぶなぁーーいっ!!」

「ユエさぁーーーんっ!?」

「雫ちゃん! 分かったからイヤンイヤンッしながら刀を振り回さないで! 具材を切る時は包丁を使ってぇっ」

途中から自分の妄想に身悶えて、目を閉じながらイヤンイヤンし始めた雫ちゃん。問題は、片方の手に抜き身の黒刀を持っていること。

パンに挟む具材を、なぜか空中に放り投げては黒刀で切り刻み、目を瞑っているくせに的確にパンの上に落としていく。

が、無意識レベルで具材を切れても、間合いに入った具材以外にまでは気が回らなかったらしい。

今日はたまたまちょろんっと出ていたユエのアホ毛の先端がスパッといかれた。咄嗟にしゃがんでいなかったら、かつてハジメが銃撃した時のように頭皮にダメージを負っていたかも知れない。抉るというより、薄くスライスされる感じになるだろうが。

テーブルの縁から中腰のまま顔を半分だけ出している涙目のユエが、震える手で頭部を撫でている。視界の端に、薄くスライスされたハムがはらりと落ちてパンに乗った。青ざめちゃう。

「……せ、背が低くて助かった」

普段はあまり言いたくないことも口にしてしまう。不死身とはいえ、頭皮スライスは想像もしたくない。なぜ、ユエの頭皮はこうも危険な目にばかり遭うのか……

シアが黒刀を白羽取りし、その隙に香織が雫の頬をぺちんっして正気に戻す。

「あっ、ご、ごめんなさい! つい香織みたいに妄想にはまってしまってっ」

「ねぇ、雫ちゃん。そこ、香織みたいにって言う必要あった?」

たぶんないけど、思わず出ちゃうくらい香織さんは妄想の達人だ。ということを雫は知っている。

すっと視線を逸らす雫を笑っていない笑顔で見つめる香織だったが、一拍おいてくすりと笑い声を上げた。それは、どこか嬉しさの滲む笑い声だった。

「香織?」

「ふふ、ごめんね? からかってるわけじゃないの。そういう望みとか願いとか、昔の雫ちゃんなら口にしなかっただろうから……あの試練を見た後だからかな? なんだか余計に嬉しくて」

唐突な、酷く優しい声音に雫は戸惑いを見せる。ユエとシアもキョトンとした表情で香織を見やる。

香織は、まるで世間で語られる聖女の如き慈愛に満ちた微笑を浮かべた。

「雫ちゃんの試練、見ていて心臓が凍り付きそうだったよ。本当に、何か一つでも間違いがあれば、雫ちゃんは今ここにいなかった」

「それは……でも、もう乗り越えたことよ?」

「うん。だから今更何を言ってもしょうがないことなんだけど……やっぱり、後悔する気持ちはあってね」

「? 香織が何を後悔するっていうのよ。駆けつけられなかったこと?」

香織は首を振った。おもむろに、雫の手を取る。

「今なら雫ちゃんも分かってると思う。私が、旅の途中から雫ちゃんの気持ちに気が付いていたってことに」

「……そうね。ええ、思い返せば、見守ってくれていたわね。後押しさえしてくれていたわ」

時折、香織がとても優しい目で自分を見つめていたこと。もっと素直になっていいと、もっとわがままをしていいと、そう伝えてくれていたことが今なら思い返せる。

香織がそうしたのは決まって、雫が無意識にハジメを目で追っていた時だった、ということも。

「……ん。まぁ、元から怪しいとは思っていたけれど、大樹を攻略した後は分かりやすかった」

「ですねぇ。ばればれなんですけど、雫さん自体は自覚がないというか、必死に〝ない〟ことにしようとしているというか……」

「うっ、ユエとシアまで……そこまで分かりやすかったかしら?」

「「「それはもうすっごく」」」

「うぅ……」

綺麗にハモった返しに、雫の顔は真っ赤になった。

そんな雫に、更に表情に慈愛を滲ませつつ香織が語る。

「私ね、大丈夫だよ、その気持ちを抱くことは決して悪いことじゃないんだよって遠回しに伝えていたつもりだったんだ。でも、明確には言葉にしなかった。自分の気持ちを抑え込んじゃう雫ちゃんだからこそ、自分で気が付いて、自分で自分を認めてあげなきゃって、そうして欲しいって思って……」

「そう、だったのね……」

「うん。でも、雫ちゃんの不器用さを知っていた私だからこそ、もっときちんと伝えるべきだった。雫ちゃん自身が自分の気持ちを認めるより先に、私が間違ってないって言葉にして伝えてあげるべきだった……かもしれないって」

それが、あそこまで雫が追い詰められるのを見て湧き上がった、香織の後悔だった。

本当に今更だけど、と。取り返しのつかないことになっていたかもしれないと、苦いものを噛んだような表情で言う。

「本当に無事で良かった。こうして、自分の気持ちを口に出来るようになって……良かったよ。もっと上手く気遣ってあげられなくてごめんね?」

「……もう、香織ったら」

試練を見て、雫の可愛い部分を他の女性陣と愛でていた中で、実は後悔と歓喜を同時に抱いていたと知って、雫は、なんだかたっぷりのハチミツでも頬張ったような表情になった。

そんな二人をからかうこともなく、微笑ましげに眺めるユエとシア。アホ毛も元気に再生した。

シアがなんとなしに見ることもなく片手でむぎゅっと押さえるが、手を離せば直ぐに「なんのこれしきぃ!」と言わんばかりにそそり立つ。普段はアホ毛なんて立たないのに、今日はどうしても立つらしい。旅行だからだろうか? もしかすると、ユエのテンションの高さと関係しているのかもしれない。

「……まぁ、なんにせよ」

パァッと黄金の光が溢れる。なんだなんだと視線を転じたシア達は、直後、大人バージョンになったユエを見た。

溢れ出る大人の色気と女王もかくやという威厳。

にもかかわらず、ちょっぴり照れくさそうに頬を染め視線を逸らすものだから、その可憐さには同性とて、そして見慣れたシア達とて、思わず頬を染め生唾を呑み込んでしまう。

大人モードに変成したユエは、おもむろに咳払いをすると、ゆるりとした動きで香織と雫の頭に手を乗せた。

「……二人共、よく頑張りました」

「「んぅ」」

これまた思わず変な声が漏れてしまう香織と雫。ふんわりと微笑むユエは、女王を超えて女神の如く、だ。完全に不意打ちだ。上手い返しも思いつかない。

むずがゆいような、照れくさいような、それでいてどうしようもなく嬉しくなってしまうような……

とにもかくにも身悶えずにはいられない。

「むぅ~、ずるいです! ユエさん、私にはないんですかぁ?」

「……シアには、初めて大迷宮を攻略した時にしたでしょ?」

「大人バージョンでは未経験です!」

「……というかシアの場合、私より圧倒的な攻略だったし。頑張ったという感じじゃない――」

「細けぇことはいいんです! なでやがれ! ですぅ♪」

「……もう、しょうがないウサギさん」

なでなで、ふへぇ~~♪

ユエの豊かな胸の谷間に顔を埋めて、たれシア化するシア。完全に骨抜き状態だ。

香織と雫は、互いに赤く染まった顔を見合いながら視線だけで了解し合った。

((やっぱり、大人バージョンのユエは反則ッッ!!))

二人の内心を知ってか知らずか、くすりと笑みを浮かべたユエが雫をなだめるように言う。

「……そろそろお義母様達も戻ってくるだろうし、雫も機嫌を治して?」

「そ、そうね。光輝の試練を見たら、お爺ちゃん達、また落ち込んで帰ってくるかもだしね……」

「……もしかしたら、勇者の試練の見学から雫を外したくて、あえてああいう言動を――」

「それはないわ」

「……んんっ。……確かに、言ってて私もないと思った」

もしかしたら、万が一くらいの可能性で、光輝の雫に対する執着などを察した鷲三達が、雫の心情を慮って、かつ、その気遣いに気付かせないためにわざと怒らせて別行動にしたのかも……

と、良い解釈に持っていこうとしたユエだったが、雫の真顔での否定に言葉を呑み込まざるを得なかった。

シュンッと僅かな光と共に元の少女モードに戻るユエ。「ああっ、私のおっぱいがっ」なんてシアの悲しげな呟きが聞こえた。

ユエが大人モードになると、シアは決まってお姉ちゃんに甘えまくる妹のようになり、ためらいなく胸の谷間にダイブするのが、実は常態化しつつあったりする。ハジメが横目に「そこ、俺の場所だが?」と言いたげな目をしつつも、言葉にするのは躊躇ってチラ見しちゃうというのも、よくあったりすることだ。

閑話休題。

ちょうど軽食などの用意ができてリビングに運び終わった頃合いに、ガヤガヤとテンション高めの声が近づいてきた。どうやら菫や愁達が戻ってきたようだ。

扉を開けるなり、智一が瞳を子供のようにキラキラさせて所感を口にする。

「いやぁっ、すごいな! 氷の宮殿というだけでもとんでもないのに、細部に至るまでこだわり抜かれている! もはや、この建物自体が一つの芸術品だよ!」

「もう、あなたったら少し落ち着いて?」

薫子がなだめるが、建築士としてヴァンドゥルの終の住処は心躍るものだったようで、智一は興奮冷めやらぬ様子。

確かに、このリビングにしても氷壁には決して視界の邪魔にならない程度に美しい彫刻が施されていたり、家具に至るまで芸術性が窺える。まるでアンティークの見本市のようだ。

「この氷の壁自体も不思議よねぇ。ひんやりはしてるけど、触り続けても痛くならないし」

「冷感マットみたいだよな。全然溶けないし、冷気もない」

菫と愁も、ファンタジックな建物に興奮気味だ。

「ヴァンドゥルさんは本当に芸術肌の人だったのね。ただ……」

昭子さんが、なぜか微妙な表情になる。愛子も曖昧な表情だ。「……どうしたの?」と、ユエが小首を傾げると、愛子が自分用の〝宝物庫〟から何かを取り出した。

「実は、ミュウちゃんがちょっとした隠し部屋を発見したんですけど……」

「……隠し部屋?」

「ええ。どうやら壁の彫刻がブロックをスライドさせるゲームみたいになっていたようで、なぜかそれに気が付いたミュウちゃんが、これまたなぜかあっという間に別の図柄になるよう組み替えてしまって」

「……そ、それで隠し部屋が現れたと」

「はい……」

もはや、何も言うまい。〝摩訶不思議〟やら〝偶然のような必然〟やら、とにかく超常現象的なあれこれに愛されている幼女だから、ということで了解しておく。

「あれ? そういえば、そのミュウちゃんとレミアさん、それにリリィさんの姿も見えないですけど?」

「あ、はい。三人は途中から庭園の方に」

「呼んで来よっか? ミュウちゃんは休める時に休まないと、電池が切れたみたいにお眠になっちゃいそうだし」

「そうね。というか、庭園はここに到着した時に全員で割と堪能したと思うのだけど……まだ何か見たいものがあったのかしら?」

もしや、また何か発見して? と顔を見合わせるユエ達。早速、休憩の呼びかけも兼ねて様子を見に行こうとするが、その前に愛子が差し出したものを見て動きを止める。

「……愛子。そのどぎついピンクのマフラーは何? 無数のハートまで……」

「愛子さん……ファッションに迷走してるなら相談に乗りますよ?」

「ち、違います! これはユエさんに――」

「……ありがとう。気持ちだけいただいておく」

「丁寧な断りが辛いッ。って、そうじゃなくて! これが隠し部屋で見つけたものなんですぅ!! 断じて私の私物じゃありません! 趣味でもありません!」

あ、そういうこと……。いや待って、どういうこと!? と目を見開くユエ、シア、香織、雫の四人。

だってそうだろう。大迷宮のゴールで、しかも隠し部屋にあったものが、ピンク一色&これでもかとハートをちりばめまくったマフラーだなんて。

「凄かったぞ、ある意味で。ヴァンドゥルさんって、よっぽどマフラーが好きだったんだな」

「あれはもう好きを通り越した狂気を感じたわね」

愁が、〝何か見てはならないものを見てしまった〟みたいな表情で身震いしている隣で、菫がスマホを取り出す。動画を撮影したらしい。

それを再生しつつユエ達に見せる。

「「「「うわぁ」」」」

ドン引きの声がユエ達から上がった。無理もない話だ。

何せ、そこにあったのは完全に展示会場だったのだから。

おそらく特別な氷製だろう。縦長のショウケースが四方の壁にずらりと。その全てに色とりどり、デザイン様々なマフラーが垂れ幕のように並んでいる。部屋の中程にも、まるで宝石店が商品を展示するみたいに透明なケースが並んでいて、折りたたまれたマフラーが綺麗に並べられていた。

「この隠し部屋、床下収納まであったのよね」

と昭子さんが苦笑気味に言う。薫子も「芸術家さんって、やっぱり独特の感性をしているのね」と呟きつつ、

「展示されているだけでも五十点。床下収納の全てを確認したわけではないけれど、全てに同じ数が入っているなら……四桁、行くんじゃないかしら?」

「「「「なにその狂気」」」」

ユエ、シア、香織、雫の表情が引き攣った。当時は休息やら、鈴に付き合って樹海に魔物を見繕いに行ったりやら、隅々まで屋内を探索するようなことはしなかった。

まさか、そんな狂気的なコレクションが直ぐ傍に眠っていたなんて……

雫がピンク色とハート過多なマフラーを見つつ、恐る恐る尋ねる。

「え~と、愛ちゃん先生。それをユエにということは……ぬす――頂戴してきたんですか?」

「……わざわざこれを、私に? 愛子……私のことが嫌いだったの?」

「盗んでませんし嫌がらせでもありませんよ! ほら、動画を見てください!」

見てみる。すると、ライセン大迷宮で見たのと同じ光る文字が天井に浮かび上がるのが見えた。

――よく芸術的難問パズルを解き俺の宝物庫を見つけた。褒美として、好きなマフラーを贈呈しよう。なお、拒否権はない。

褒美なのに拒否権なしとはこれいかに。

「……なんでしょうね。召喚されるずっと前、香織がクリスマスプレゼントだと言って、ハジメに手編みのセーターを渡した時のことが過ぎったわ」

「重ッ。それは重くないですか!? だって、まだ好きって自覚もなかった頃ですよね!?」

「……流石は香織。恐ろしい女。ハジメの引き攣った表情が目に浮かぶ」

「えっ、えっ!? 確かに渡したけど、普通だよね!?」

「ちょっと待ってくれ、香織。あれってお父さん用じゃなかったのかい!? 結局、上手くできなかったからって、市販のセーターをくれた時のことだよね!?」

「お父さん、あれは嘘だよ。ごめんね!」

智一さんがショックを受けてふらついているが、香織も香織でそれどころではない。良かれと思って贈ったのに、と。お母さんの助言を受けてセーターにしたのに! と。

薫子さんは不思議そうな顔をしている。いかにも「え? 普通よね?」と。なるほど、この母親にしてこの娘あり、だ。

「ああ、あのセーターか。ハジメのやつ、自分で買ったとか言って誤魔化してたが、香織ちゃんからの贈り物だったのか」

「道理であの子ったら、着る度に少し震えていたわけね。なんだか重そうだったけれど、物理的な重さじゃなくて精神的な重さだったのね……」

「お義父さん!? お義母さん!? 嘘だと言ってよぉ!!」

なるほど。ヴァンドゥルがマフラースキーなのは確かなのだろう。同時に、展示室を見れば大切に保管していたことも確かに違いない。

ただ、どこか貰いすぎた贈り物に困り、かといって処分もできず、なら何かと理由をつけて他の人にお裾分けしちまおう……的な意図を感じなくもないのは、たぶんきっとそういうことなんだろう。ヴァンドゥルさんにも、ちょっと重めの愛を捧げる良い人がいたに違いない。

「まぁ、そういうわけで一人一つマフラーを持ち出さないと、今度は隠し部屋から出られない仕様になっていたので……」

「……そこまでやります? 流石は解放者。ミレディの仲間。ちょっと頭がおかしい……」

シアの辛辣な評価はさておき、せっかくならと愛子が預かる形でユエ達の分も持ち出してきたようだ。

「……でも、だからってこのデザインは……」

ユエが受け取りつつも微妙な表情になる。菫の動画を横目に「他にも、もう少し良い感じのがあったでしょ?」と言いたげに。

愛子は困った表情で告げた。

「全員分、ミュウちゃんがチョイスしました」

「最高のデザインだと思う」

ユエさんの華麗なる掌返し。

「ちなみに、これを選んだ理由ですが……〝ユエお姉ちゃんはパパといるとだいたいこんな感じだから〟らしいです」

「一度、ミュウと話し合おうと思う」

ミュウから、〝ピンク一色でハート過多なお姉ちゃん〟と思われているなら、ちょっとショックが過ぎる。迅速なる認識修正のための話し合いが必要だ。

「ミュウちゃんの認識はいつも正しいね!」

「……黙れ、バカオリ」

嬉々としてからかう香織に、愛子は気まずそうにマフラーを差し出した。折りたたまれたマフラーは純白だ。傍目には綺麗だ。

「ミュウちゃんったら、私には純白のイメージ――」

ばさりと広げたそこに映っていたのは、掛け軸に描かれた武者の如き、剣を担ぎ凶相を浮かべた狂戦士の姿。狙った獲物は逃がさない。絶対にぃっ!! という狂気が伝わってくる見事な逸品。

「……最高のデザインだと思う。ぷぷっ」

「一度、ミュウちゃんとは話し合わないといけないね」

嬉々としてからかうユエさん。香織の引き攣った頬を指でつんつん。

「愛ちゃん先生! 他の皆のは!? どんなイメージで選ばれたんですか!?」

「……すみません。みんな、普段使いできそうな普通にオシャレなデザインです」

「なぁんでぇっ」

「……馬鹿な……ティオは!? せめてティオだけは!」

「花びらの舞い散る上品なデザインでした」

「「なぁんでぇ!?」」

謎の敗北感に襲われ膝をつくユエと香織。

たぶんだが、直近の出来事が影響しているのだろう。過去映像の中のティオは、なんだかんだ言って氷雪洞窟に入ってからはスーパーティオな一面が強かった。

それに比べ、ユエと香織はキャットファイトなんぞ繰り広げている。シアに物理的に止められるまで。

つまり、まぁ……

「自業自得ということかしらね?」

菫お義母さんの苦笑交じりの言葉に、ユエと香織はがっくしと肩を落とした。が、直ぐに顔を上げる目配せし合い。

「……香織」

「うん。ミュウちゃんに選び直してもらおう!」

頷き合って駆け出した。

菫達もまた顔を見合わせると、やれやれと肩を竦めて後を追ったのだった。

で、

「すごいすごぉい! きれいなの~~っ!!」

「「「「「えっ?」」」」」

当のミュウが、氷の竜の背に乗って広々とした庭園の上を遊覧飛行している光景を見て、揃って口をあんぐりと開くことになった。

悠々と飛ぶ氷竜は、豊富に湧き出す水場を掠めるようにして飛んでは水柱を立てている。それが空中に散るや否や凍てついてダイヤモンドダストのような輝きを放つので、今や庭園は隅々まで煌めき幻想的な世界に変わっていた。

「あ、あれって地上へのショートカット用の乗り物だよね?」

「え、ええ。そのはずだけれど……」

「なんで出てきているうえに、ミュウちゃんの指示を聞いて飛んでるんですかね?」

「……またなの? ミュウ」

ユエ達の目が遠い。困惑している菫や愁達に香織が氷竜の正体を説明している間に、ユエ達は、遊覧飛行を楽しむミュウと氷竜をはらはらした様子で見守っているレミアとリリアーナのもとへ近寄った。

と、そのタイミングで。

「なんだあれは……」

「ミュウちゃんが乗っている、のか?」

「楽しそうな声が聞こえてくるから危険な状態ではないのでしょうけど……大丈夫なの?」

ハジメ達が〝ゲート〟で宮殿のエントランスへと現れた。八重樫家の面々が、どこか気落ちした様子から一転、ギョッと目を見開いている。

「おいおい、どうなってんだ……って言うまでもないか」

「うぅむ、妾もなんとなく分かったのじゃ。ミュウがまた 惹(・) き(・) 寄(・) せ(・) た(・) ということじゃろ? 氷竜はただのショートカット用の仕掛けにすぎぬと思っていたが……意思があったのかのぅ?」

どこか達観した様子で遠い目になっているハジメとティオ。

的外れな推測ではないのだろう。レミアとリリアーナが激しく頷いている。

「庭園をお散歩していたのですが……」

「橋の下にヴァンドゥルさんとオスカーさんの悪口の言い合いがたくさん書き込まれているのを発見した後のことです」

「何それ。そこも気になるのだけど!」

菫さんの好奇心が反応する。死ぬまで遺すどころか、死んだ後に遺ることも理解していて、そのチンピラみたいな応酬を消さずにいたという点に、漫画家としてのネタセンサーが反応したようだ。エモの反応を感知! みたいな感じで。

「それは後で見るとして……で?」

ハジメが先を促すと、レミアとリリアーナは困った様子で続けた。

「ミュウが唐突にキョロキョロし始めたかと思いましたら、いきなり〝声が聞こえるの!〟と言って庭園の中央に走り始めまして」

「そしたら、地面からあの氷の竜がせり出してきて、私達が何か言う前に……」

「言う前に?」

「「なぜか普通に会話を始めて……」」

もちろん、氷竜が人語をしゃべり始めたわけではない。話していたのはミュウだけだが、氷竜も大人しいもので、鼻先をミュウに近づけてすりすりしつつ何かを訴え、ミュウはそれを普通に理解していたということらしい。

「うん、まぁ、いつものことだな」

「慣れとは怖いのぅ」

とりあえず、とハジメは口元に両手を添えて「お~いっ、ミュウ~! 戻ってこぉ~~いっ」と声を張り上げた。

「あっ、パパぁ!!」

ぱぁっと表情を輝かせ、氷竜の首筋をぺちぺちするミュウ。了解したと言わんばかりに頷いた氷竜が、緩やかに旋回しながら宮殿前に降りてくる。明らかにミュウを気遣った動きだった。

「そう言えば、ミレディさん達とは大違いだと口にした時、あの氷竜さん、どことなく〝当然だ! あいつらと同じにするな!〟と言ってそうな雰囲気してましたね」

「ということは、やっぱり意思があったということなのかな?」

シアと香織が思案している間にも、氷竜はふぁさりと優雅に翼を打って着地した。振動も衝撃も極端に小さな完璧な着地。首を滑り台代わりにミュウを降ろそうとする姿には、もはや慈しみさえ感じる。

「ありがとうなの、くぅーちゃん!」

「もう名前があるのか」

「うるるくぅっていうお名前なんだけど、うーちゃんもるーちゃんもいるから、くぅーちゃんって呼ぶことにしたの!」

「名乗ったのか、その竜」

「う~ん……なんとなく、そうかなって!」

なんとなく、らしい。見れば、うるるくぅとやらも不満はない様子。

ミュウはハジメへキラキラの瞳と紅潮した頬を見せつけながら、満面の笑みと共におねだりした。

「パパ! この子、お家で飼ってい~い?」

「元の場所に戻してきなさい」

「!!?」

即答に、ミュウが信じられない! と言いたげな目を向ける。異世界の竜(それも特殊中の特殊。生き物かどうかも怪しい)を拾ってきて飼っていいか尋ねる幼児は、後にも先にもきっとミュウだけだろう。

ちょっぴり涙目になって、なおお願いしようとするミュウだったが、うるるくぅがそれを止めた。鼻先をすりすり。

「え? 役目があるから行けない? ずっとここにいるの?」

じっと、氷でできたガラス玉みたいな目をミュウに向けるうるるくぅ。鳴き声もないので、本当に感情がまったくちっとも読み取れない。

「自分はゴーレムのようなもの? 寂しくないの?」

「……」

「……そっか。ここを離れたくないんだ……うん、うん。大事な場所なんだね」

「……」

「オリジナルの願い……うぅ、ごめんね、くぅーちゃん。ミュウ、勝手だったの」

「……」

「えへへ、こちらこそありがとうなの」

もはや何も言うまい。少女と竜の温かな……たぶん、言葉から読み取るに温かなやりとりを静かに見守るハジメ達。ちょっと遠い目になっているが。

と、そこで、うるるくぅがミュウに手を差し出すように言ったようだ。ミュウが両手を水をすくうように差し出すと、そこへうるるくぅの目元から流れ落ちた一滴の水が結晶になって落ちた。

「これなぁに? うんうん……そっか! これを持っていれば、雪原に入った時点でくぅーちゃんを呼べるんだ! すごいの! ありがとうなの!」

「なんか、攻略者である俺達より便利なもんを娘がさりげなく貰っている件」

「……ミュウだから。の一言で納得するほかない事実」

「な、なんかうちの娘がすみません……」

繰り返すが、いつものことだ。不思議生物(?)を惹き寄せお友達になっちゃうのは。

「あ~、その、なんだ。ありがとな。もしかしてだが、リューティリスのところのウロボロスみたいに、何か神殺しの褒賞みたいなもんがあったりするのか?」

ハジメが娘への格別の配慮に礼をしつつ、この再来のタイミングで予想外の登場をした氷竜の意図を推測して口にした。

うるるくぅは、慈愛の雰囲気を醸し出しながらミュウに目を向ける。

うんうんと頷き、その意思を読み取ったミュウが同時通訳のようにうるるくぅの言葉を響かせた。

「……優しくて可愛い幼女…………プライスレス……」

「なんだって?」

おかしいな。何か、大迷宮の意思ある存在にあるまじき言葉が聞こえたような。

「……バブみある幼女……それすなわち、聖母……」

「ミュウ! 今すぐ、その駄竜から離れろ!」

ティオがハァハァするが、お前のことじゃないので無視。

「……聖母にオギャること……それすなわち!――圧倒的正義!! 毎日すりすりしたい!」

「よし分かった、このロリコンが! バラバラに解体してやんよっ」

「さらばだ……今代の聖母。再来を待つ。またすりすりさせておくれ……」

「逃がすかぁっ」

結果的に、逃げられた。何せ氷の竜である。水と氷があれば無限再生できるし、いつでも庭園そのものに回帰できるらしい。パシャッと弾けて、そのまま庭園と同化してしまった。

「ミュウ」

「みゅ!?」

しゃがんで目線を合わせ、ガッとミュウの両肩を掴むハジメ。物凄く真剣な表情で言う。

「二度と、ここには来ちゃいけない。連れては来ないし、一人で来られたとしても来てはいけない。パパとの約束だ。分かるな?」

「は、はいなの……」

有無を言わさぬ言いつけは、どうやら満場一致らしい。

「ヴァンドゥルさんって……そういう人だったのかしら?」

熱い風評被害が菫からもたらされる。

「……いえ、お義母様。確かオスカーの日記では、ナイズ・グリューエンこそロリコンだったと」

これまた、とんでもない風評被害だ。一応。単に、幼女から異様に好かれるタイプだったというだけだ。一応。

既に語られぬことだが、実は解放者が保護していた者の中に、よくヴァンドゥルの従魔達のお世話をしている女の子がいたのだ。

あんまりにも献身的で、それでいて幼いのに母性まで感じさせる優しくてしっかりした女の子だった。従魔達はいつの間にか、ヴァンドゥルよりその子に懐いていたくらいに。

うるるくぅは、当時生存していた従魔の一体を模したゴーレムの一種だ。ある程度の判断ができるようオリジナルを模倣した魂魄も備えている。

だからだろう。優しい幼女に甘えたくなってしまうのは。

もちろん、そんなことは知らないハジメ達からすれば不審極まりない。創造者たるヴァンドゥルに対する見方も変わろうというもの。

まさか、こんなことになろうとは思いもしなかっただろうヴァンドゥルさんは、きっと草葉の陰で泣いているに違いない。

なんとも言えない空気が漂う中、ユエが困った表情になりつつ、

「……とりあえず、休憩する?」

用意はもうできているからと促せば、なんだかどっと疲れた雰囲気を漂わせ、ハジメ達は揃って頷いたのだった。