軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

深淵卿第三章 住宅街の人外魔境

時は少し遡り。

ハジメ達が修学旅行に出発した初日の夜。

「うん、こっちは大丈夫なの! パパ、修学旅行、い~っぱい楽しんでね? おやすみなさい!」

南雲家のリビングに、そんなミュウの明るい声が響いていた。

ソファーにちょこんと座って電話を片手に満面の笑み。おやすみの電話をかけてきてくれたパパに心を込めて〝おやすみ〟を返す。

電話を切り、一拍。

「ぷはぁっ、なんとか誤魔化せたのっ」

一仕事やりきった表情で、満面の笑みを仮面のように外す。

「凄いわ、ミュウちゃん! あのハジメ相手に!」

「ああっ、途中で訝しまれたときはどうしようかと思ったが……」

「咄嗟にお土産競争を持ちかけて誤魔化すなんて凄い機転ね、ミュウ!」

菫(すみれ) 、 愁(しゅう) 、レミアが口々に称賛を口にした。よほど緊張していたのか、ソファーにぐでぇとなってタレミュウと化しつつもサムズアップを返すミュウ。

そこへ扉を開いてティオが入ってくる。ジーンズにノースリーブのシャツというラフな恰好だが、その表情は真剣だ。

「今、服部殿と連絡ついたのじゃ。政府内がかなりごたついておるようじゃの」

「政府が?」

と、菫達も真剣な表情になって向き合う。

「うむ。そのせいで情報が回っておらんようで、後手に回ったことを平謝りしておったわ」

「それじゃあ、やっぱり気のせいの類いじゃなかったんだね」

愁が今にも舌打ちしそうな表情で言う。

今朝、ハジメ達が京都へと出発した後のことだ。仕事に行くとき、仕事中、そして特に帰り道。愁も菫も、何か妙に視線を感じたり、あるいは尾行されているような気がしたりしてならなかったのだ。

すっかり身の回りは鎮静しているとはいえ、南雲家は立場が立場である。

念のためにと人の多い場所――人気のファミレスに入り、ティオに連絡して合流してから帰宅したのだが、どうやら正解だったようだ。

また、何者かが南雲家にちょっかいをかけようとしているらしい。

おそらく、ハジメ達が京都へと発ったこのタイミングを狙って。

「服部殿曰く、一部の派閥が各部署にまたがって情報を潰しておるようでな。急ぎ、現状を確認するとのことじゃ。何か分かり次第、連絡すると。信頼できる部下も何人か回してくれるそうじゃ」

「その派閥の人達が? 今更ではありませんか?」

「レミアの言う通りじゃな。故に、何かきな臭い。バカが先の騒動に学ばず暴走しているだけなら問題ないが……」

善良な生産者の仲間入りをした政府関係者は数知れず。

帰還者の力が本物だと理解し、だからこそ欲するものが出て、しかし、その尽くを失敗し、手痛いしっぺ返しを食らって、〝窓口係〟――調整役を挟んでのやり取りに落ち着いたはずだ。

未知は、それだけで恐怖である。まして、それが他人に危害を加え得る、強力なものであるならなおさら。

だから、歴代の窓口係を通して、ハジメ達は上手く情報のやり取りをしてきたはずなのだが……

今更、既存の力では抗しきれない帰還者の力を前に、何をしようというのか。

「一応、鷲三さん達にも連絡しておいてよかったな」

「警察にコネがあるから連携して町の警備を強化してくれるってことだったものね。リアル忍者――じゃなかったわ。雑伎集団の門下生の方々も集めて、手分けして他の家族の安否確認をしてくれるって言っていたし、心強いわ」

「菫おばあちゃん。家の中だし言い直さなくてもいいと思うの。ミュウ、少し前に〝ちょっとした雑伎〟を教えてもらったけど、思いっきり〝八重樫流忍法! 水遁・水瞑弾之術ッ〟って言ってたの。ドヤ顔で」

ちなみに、掌に溜めた水を投擲し、水滴で目つぶしをする技だ。昔は葉っぱを握り込み、その上に毒液を載せて飛ばすなんてことも。水がばらけないよう塊のまま飛ばす必要がある中々に高度な術である。ミュウは会得済みだ。

そんな正体明白な八重樫家の謎の秘密主義は脇に置いておいて。

「それにしても、本当に良いのかのぅ? 義母上殿(ははうえどの) よ。ご主人様のことじゃから、些細なことでも異変があったのに知らせなかったとなったら怒るのではないか? むろん! その時は妾に全ての責任を負わせてほしい――ではなく、負うが!! ハァハァッ」

「こら、ティオちゃん! 折檻を期待してハァハァしないの! よだれ垂らさないの!」

「ティオお姉ちゃん。はい、ティッシュ」

「む、すまんの」

「流れるように渡したなぁ。ミュウちゃん」

最近、あんまりご褒美を貰えなくて、むしろ仕事が忙しくなったせいか逆に労われたりして、ちょっと物足りないらしい駄竜。かつてのケツパイルが懐かしい……

「それより! やはりお耳に入れておく方がいいのではありませんか?」

レミアがパンッと柏手を打って空気を戻してくれる。

「おっと、そうじゃったな。服部殿にも口止めをしておいたが、相当嫌がっておったぞ。魔王様に怒られたらどうしてくれるって、半泣きでのぅ。情報確認を急がねばならんかったから、ひとまずは了承してくれたが……」

「そう、よね……分かってるのよ? よくないって。ハジメに知らせておくべきだって。でも……でもね……」

菫が膝の上でキュッと拳を握った。少しうつむき、難しそうな顔で口をもごもごさせる。

言葉通り、悪手だと、万が一のことを考えれば愚かな選択だと分かってはいる。けれど、と理性を上回る感情に悩んでいるのが手に取るように分かった。

そんな妻の手に、愁が優しく自分の手を重ねて握る。

「……修学旅行なんだよ。高校生の、一生に一度の、ね」

死に物狂いで帰ってきて、どたばたどたばたと世間の好奇心やら悪意やらと戦って、ようやく学校生活に戻れて。

でも、修学旅行はとっくに終わっていたし、誰も何も言わなかったが、菫も愁も、そしてきっと他の帰還者の家族も、高校生活最大の想い出作りが彼等にだけないことを残念に思っていたのだ。

それが嬉しいことに、一クラスだけとはいえ望外にも行けることになった。

打算があったとはいえ、学校側の対応にどれだけ感謝したか。

「きっとハジメのことだから、こちらのことに対応しながらでも、ある程度、修学旅行を楽しむことはできるだろう」

「でも、きっとずっと、心のどこかで警戒して気に留めてくれるわ。純粋に、ただの学生として高校生活最後の想い出作りを楽しむ、なんてきっと無理」

帰還者だからといって、特殊な力を持っているからといって、どうして学生が当たり前に享受できることを邪魔されなければならないのか。

親(・) と(・) し(・) て(・) 、それは許し難い。

ただただ純粋に、クラスの仲間と共に楽しんでほしい。

「もちろん、手に負えない状況なら連絡するけどね」

「いろいろとこういう事態を想定して身を守る手立ても普段から用意してくれているし、いざとなれば、駆けつけるのは本当に一瞬だろう?」

だから、本当に手に負えない事態、危険だと感じるまでは、こちらのことは気にしないでほしい……

そんな親心を聞かされては、ティオもレミアも苦笑いで肩を竦めるしかない。

「まぁ、まだ情報待ちじゃしな。ゴキブリが出た程度でいちいち連絡しておっては、ご主人様も大変であろうよ。まして、天職〝守護者〟たる妾がおるというのに」

理解を示して、〝ただし〟と付け加える。

「危険性の判断は妾がする。よいかな、義母上殿、 義父上殿(ちちうえどの) 」

「ええ、もちろん。龍神様のご加護のままにってね」

「ああ、全面的に従うと約束する。面倒をかけるけど、よろしく頼むよ」

さて、事態はどれほどのものなのか。

愚か者の愚行に過ぎないのであれば、ティオの比喩通り、台所の黒いGを処理する程度のことなのだが……

「ひとまず、鷲三さんに政府のこと伝えておこうか」

「うむ。それがよいな、義父上殿。相手の狙いは分らんが、他家にも注意は促しておくべきじゃ」

コール音が響いた。

愁の携帯だ。画面には〝ニンジャーマスター〟の文字。つまり、八重樫鷲三さんだ。

スピーカーモードにして直ぐに電話に出る。

すると、

『愁君、全ての家の安否確認が取れた。今のところ無事だ。だが、どうやら 我(・) 々(・) が(・) 狙われているのは事実のようだ。思っていた以上に規模が大きいようだが、しかし、どうにも奇妙ではある』

挨拶もなく本題のみを切り出すあたり、彼が裏の顔モード全開なのが伝わってくる。

自然と緊張に身を強張らせながら愁が「どういうことです?」と尋ねると、鷲三は『推測が混じるが』と前置きをして続けた。

『南雲家以外にも尾行や監視が行われていたのは確かだ。いくつかの家族が不穏な気配を感じ取っている。だが、組織的な動きにしては、あまりに雑だ。意志の統一が図れていない、あるいは指揮系統がバラバラかのように』

「鷲三殿。ティオじゃ。それは複数の組織が関わっているということかの?」

『そう考えるのが妥当に思える。連中同士で牽制、場合によっては潰し合いをしている可能性もある。そのような痕跡を見つけたとの報告も受けた』

どうやら、思っていた以上に混沌とした状況らしい。

深刻な事態のはずなのに、知らないところで相手方が勝手に足踏みしているという感じだろうか。

ティオが手早く、服部から聞いた政府の状況を伝える。

『ふむ。しかし、政府内の派閥争いだけとは思えん。土井君……管轄警察署の署長曰く、どうも外国人が多く市に入っているようだ』

「外国? どこの国です?」

『そこまではまだ分からん。ただ一国というわけではなさそうだ』

これは……判断が難しい。状況が掴めない。

監視しているだけなのか。その目的は? 全員が帰還者の身内を狙っているのか。それとも守る勢力と襲撃した勢力が混在しているのか。

なるほど奇妙な状況だ。

危険性の度合いが分からなくて、愁達は判断を仰ぐように、少し祈りを滲ませた眼差しでティオを見やった。

「……なんにせよ、帰還者がいない間に身内の回りをうろつく多数の者がおることに変わりはない」

やはり、ハジメ達に連絡することになるのか……と、落胆したように肩を下げる菫と愁。

南雲家だけなら、いかな敵が来ようとティオ一人で対処する自信はある。だが、守るべき相手が多い、範囲が広いというのは上手くない。

安全策を取るに越したことはないのだ。と菫達の、そして他家の親御達の想いを汲み取って若干言い訳がましく内心で理論武装するティオだったが……

「ティオお姉ちゃん、まだその時じゃないと思うの」

「む? ミュウ?」

全員の視線がミュウに向かう。ソファーの上で仁王立ちするミュウに。鷲三も電話の向こうで何事かと耳を澄ませる。

「いつもいつもパパ達だけに頼らなくても、ミュウ達にはつよ~い味方がいっぱいいるの! まずは、みんなに頼もう!」

強い味方? と疑問を口にする前に、ミュウはステテテッとリビングを横切り、窓を全開にしてクルリとターン。庭を背にしながら、首から下げていた専用宝物庫を掲げた。

「みんな~、力を貸して! なの!」

夜なので騒音に注意して、音量控えめの爆発と七色の煙幕が上がる。

庭に現れたのはお馴染み(?)のゴーレム達。そう、

――大罪戦隊デモンレンジャーッッ!!!

である。それぞれ実に香ばしくスタイリッシュなポージングを取って、姫の招集命令に参上した。

更に、

「エガリさぁ~~ん! 助けてなのぉ!」

「イエスッ、マイリトルレディ! 超絶可憐清楚系天才美少女妖精エガリちゃん! 参ッ上ぉ!」

まるで某スタン○のように、ミュウの背後に光と共に現れたのは、〝神の使徒〟の美貌と三対六枚の幾何学的かつ半透明の妖精羽を持った姿のエガリだった。

左手を腰に、右手を横ピースで目元に添えて、キュッと片足を上げながらバチコンッと星が散るウインクを決めている。とてもウザい。大変ウザい。表情がとてもやかましい!

一緒に出てきた掌サイズの蜘蛛型生体ゴーレム――アラクネ部隊の面々が「イ゛ィ゛ーーッ!!」とポーズを取ってエガリの登場に花を添えているのが余計に。

「ふ、ふむ。そういえば、こやつらがおったのぅ」

中身が七つの大罪を司る大悪魔な彼等と、妖精界で顕現自在の肉体を手に入れたエガリの登場に、ティオの表情がちょっと引き攣る。

どうやら過保護なパパは、娘の護衛として常に使徒をつけていたらしい……

「るーちゃん達にはほかの悪魔さんを喚んでもらって、エガリさんにも――」

「お嬢様。こいつらにだけ〝ちゃん〟付けはずるいです。私にも愛称を! 可愛い愛称を! じゃないと働かないもん!」

一瞬、ミュウの表情に「うぜぇ……」的な感情が過ぎったのは気のせいか。

「え~と、それじゃあ、エガちゃんにも――」

「切るところ間違えてますっ、お嬢様ぁっ。私を芸人にするおつもりか!?」

「……え~ちゃん?」

「某偉大なロックスターに申し訳ないと思わないんですか、お嬢様。まったく……」

あ、これ確実に「うぜぇっ」と思ってる顔だ! と全員の解釈が一致する。

でも、協力を頼む側だからぐっと我慢して引き攣った笑顔で接するミュウの、なんと大人な対応か。

「ごほんっ、エガリちゃん――」

「もうっ、そうじゃないでしょ! え・が・り・た・ん! エガリたんって、たっぷりの愛情を込めて呼んで!」

「チッ」

「ミュウ!?」

レミアから悲鳴のような声が飛び出した。そりゃそうだろう。今、六歳の娘が明らかに舌打ちしたもの! あんな娘、見たことない!

「エガリたんにはアラクネのみんなと一緒に、他の家族を守ってほしいの」

「そこ、もっとこう可愛くおねだりする感じで――」

「……」

「アイアイッ、マム!! 全て仰せの通りに!!」

幸い(?)、エガリたんがきゃるんってな感じでミュウの正面に、つまり愁達に背を向ける形で間に入ったので、ミュウの表情は分からなかった。

が、ミュウのほっぺをツンッツンッしながら更に要求したエガリたんが、即座に本物の軍人ばりにキレのある敬礼をかましたことからすると……よほど、幼女が浮かべてはいけない名状し難き表情を晒していたに違いない。

ミュウがボソッと「……パパ、実は護衛じゃなくて押し付けただけだったりして……」と呟いているのがなんとも。

「え~と、ミュウ? エガリさんやアラクネさんは――」

「レミア様、エガリたんです」

「……エガリたんは――」

「ぜんっぜんダメ! もっと語尾に♡がつく感じでっ――申し訳ありません、マム」

レミアはいったい、どんな表情をしたのだろう。きっと娘とそっくりの〝あらあらうふふ系お姉さん〟が決してしてはいけない表情だったに違いない。

お前、もう黙ってろよ……みたいな視線が愁や菫、ティオのみならず背後の大悪魔達からまで注がれる中、レミアが続きを言う。

「エガリたん♡やアラクネさん達はいいと思うのだけど、流石にデモンレンジャーさん達が、そのゴーレム姿で町を走るのは……逆に騒動になってしまうんじゃないかしら?」

なるほど、もっともな指摘だ。そもそも他の悪魔を喚ぶというのも愁達にはよく分からないことである。

そんな疑問に答えたのは、ミュウではなくデモンレンジャーの方だった。

薄暗い黒の光が七体のゴーレムを包み込んだ。と思った直後、ガシャンッと音を立てて崩れ落ちるゴーレム達。

代わりに、闇を凝縮したような〝影〟が七つ、庭に立っていた。目や鼻など、およそ個体を識別できるものは何もない、ただの影。しかし、立体映像の如く物に映らずともそこに存在していた。

そして、やっぱり香ばしいポーズを取った。ここは外せないらしい。影絵のポージングは、なんだか妙にエンターテインメントな感じがする。

同時に、南雲家の庭の一角、ミュウに頼まれてハジメが作った小さな池がゴボゴボと激しい気泡を上げた。かと思えば、微かに硫黄にも似た異臭が鼻を突き、

――イ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ

無数のおぞましい咆哮が響き渡って――

「あ、ごめんなさいっ、悪魔のみんな! 夜だから静かにお願いできますかっ、なの!」

――イ゛ッ!? ァァァァ~

声量抑えめの悪魔達が地獄より喚び出された。

南雲家の塀に影だけがうごめいている。ちょっと遠慮している感じで。

「え? なにこれ。妾、知らんのだけど……」

いつの間に、ミュウは地獄の門を開いて悪魔を使役できるようになったのか。

ティオが動揺と困惑が混じった表情で呟き、同じく知らなかったらしいレミアママがふら~とソファーに倒れ込む。

「水は全ての世界に通じる天然の門だって、えんどぉが教えてくれたの。るーちゃん達は地獄の魔王だからできるかな?って頼んでみたら、パパのアーティファクトの補助があればできるよって」

で、パパと相談の結果、以前の悪魔崇拝者達の襲撃の時と同じく〝影レベル〟かつ〝二十体まで〟なら、ミュウの自己判断で喚び出していいとの許可を貰ったのである。

パパの超圧迫面接をクリアした悪魔達の〝姫様親衛悪魔隊〟と言ったところか。地獄の本体が持つアーティファクトで召喚に応じることができる。

なお、面接にこぎ着けるまでに、地獄では選抜試験のための熾烈を極める争いが繰り広げられ、阿鼻叫喚の地獄のような状況に陥ったらしい。

閑話休題。

「おや、お嬢様。何かいますよ?」

エガリさんが、気泡が収まった小池を興味深そうに見る。愁達も「え、まだ何か来るの?」と恐る恐る庭を覗き見る。

小池に小さな波紋が立っているだけで、特に何も見えないが……

「わぁっ、す~ちゃん、みーちゃん! りゅ~ちゃんも手伝ってくれるの? え? 川の近くならひめちゃんと、けるちゃんも? ありがとうなの!!」

ミュウには、何か見えているらしい。否、今うっすらと、鱗を持つ小さな子供サイズの何か、とぐろをまく蛇のような何か、宙を跳ねる 鯉(こい) っぽい何か、和装の美人、半透明の馬のようなものが見えた気が……

ちゃぷんっと小池の中心が不自然に跳ねる。

「何あれ! 妾、知らんのだけど!?」

ティオが混乱と驚愕で叫び、ハッと目覚めたレミアママも、娘が嬉しそうに 戯(たわむ) れる正体不明の何かをうっすらと見て、再びふぅ~と気を失った。なお、これはハジメパパも知らない。

「ミュ、ミュウちゃん? そこに何かいるのよね? うっすらと見えるけど……どちらさまかしら?」

「みゅ? え~とね、水虎のす~ちゃんと、 蛟(みずち) のみーちゃん、 竜魚(りゅうぎょ) のりゅ~ちゃんに、橋姫様のひめちゃん! それからケルピーのけるちゃんなの!」

「なるほど分からないわ!」

「みんなお友達で、ミュウと繋がりがあるから水のあるところなら遊びに来られるの!」

「うん、もっと分からないね!」

『そんな馬鹿な……実在したのか……』

お手上げ状態のいつの間にか、愁がテレビ電話モードにして見えるようにしていたおかげで、鷲三さんが顎をカクンッと落としている。

もしここに、最強陰陽少女や一族の方々がいたなら、〝縛り〟もなく多数の化生と友好関係を持って助力を得られるミュウに白目を剝くこと請け合いだ。

と、にわかに電話の向こうが騒がしくなった。

『なに? 報告は正確にしろ!』

「鷲三さん? どうしました?」

しばらく、電話の向こうで怒声じみたやり取りがなされ、一拍。

次に映った鷲三の表情は非常に険しかった。

『いくつかの家族が襲撃を受けたらしい』

その報告に息を呑む。

『幸い、一門の警官と、天之河家の美耶、坂上家のからしおが撃退したようだが』

八重樫流の師範と、金属バット&喧嘩殺法でタイマンを張れる天之河家のお母さんと、巨大な狼――風の変身能力を持つ坂上家の番犬が活躍したらしい。

『どうにも奇妙な連中だったらしい。普通のエージェントとは雰囲気が違い、何かよく分からないことをしようとしていたので、その前にとにかく倒したということだが……詳細はまだ分からない。直ぐにそちらの戦力を送ってもらえるか?』

「なんにせよ情報が足りんな。念のため、南雲家の拡張空間に避難してもらった方がよいかもしれん。とにかく、ミュウよ、頼むのじゃ」

ミュウの戦力がどこまで事態を抑えられるか。それにより、ハジメ達が純粋に修学旅行を楽しめるか否かは決まるだろう。

ティオの言葉の意味を察して、ミュウは強く頷いた。

そして、大きく息を吸うと、人外魔境のようになっている南雲家の庭に向けて想いを響かせる。

「みんな。ミュウはパパ達の大事な時間を守ってあげたい。でも、ミュウは弱くてできることが少ないから……お願いしますっ。力を貸してください!」

深々と頭を下げるミュウに、異を唱える人外の友は一人だっておらず。

エガリは無言できゃるんっと横ピース&ウインク。

大罪の大悪魔達はシルエットパフォーマンスのようにポージング。

――イ゛ィ゛イ゛イ゛イ゛ッ!!

――ァアアアアアアッ!!

とアラクネ部隊と姫様親衛悪魔部隊も気炎を上げ。

化生達が小池で噴水を作りながら呼応し――

シャァッとカーテンが勢いよく開けられる音が。

お向かいの奥さんだった。顔を見ればなんとなく分かる。「なんなのよ! 今ドラマのいいところなのに!」と言いたげだ。片手にテレビのリモコン持ってるし。

とはいえ、だ。それも最初だけ。認識阻害の結界で塀の中の様子を正確に知ることはできないけれど、でもなんか、やべぇ存在がひしめいているのは感じ取って、すぅっと青ざめていく。

「う、うるさくして、ごめんなさい! 静かにしますっ、なの!」

ミュウちゃん、慌ててペコペコ。愁達も一緒に愛想笑いしながら謝罪を口にしペコペコ。

う、うん。大丈夫、分かってくれればいいの。気をつけてね、みたいな愛想笑いを返して、お向かいさんはズジャッと凄まじい勢いでカーテンを閉めた。まるで、見てはいけないものを見てしまったみたいに。

なので、

「そ、それじゃあみんな~、よろしくお願いしますなのぉ~」

と、両手を口に当てて、小声で号令をかけ、

――りょ~かいで~す

――ィ゛ィ゛~

――ァ゛ァ゛~

――ぱちゃぱちゃ

エガリ達もまた小声で応答し、不穏の影が差す町へ散らばっていった。

結果、ハジメ達は気兼ねなく修学旅行を満喫できたのだった。

たった一人の例外を除いて。

『ということがあったらしくてだな』

「ミュウちゃんが 陽晴(ひなた) ちゃんより人外を使役している件について。そのうち、マジで百鬼夜行の主になるんじゃね?」

修学旅行中の地元での出来事を簡潔に教えられた浩介。どの家の家族も無事だと聞いて安心しつつも目が遠い。

陽晴達も「その子、いったい何者なの!?」みたいな呆然顔になっている。

それはそれとして。

「服部さん、あんた、逃げてきたな?」

「はて、なんのことやら」

よくよく考えればおかしい話だったのだ。服部は公安の人間で、しかも〝窓口係〟だ。浩介の迎えがあったとはいえ、行政間の調整やら説明に出向く人間としては、少々不自然だ。もっと相応しい役目の者は他にもいたはずである。

つまり、魔王様への報告を意図的にしなかった点について、対面して問いただされるのが嫌で、浩介の件をこれ幸いにと引き受け京都まで逃げてきた……他の諸々を部下に任せて。という推測が立つわけで。

明後日の方向を向いて惚ける服部だが、額にはうっすら冷や汗が浮かんでいる。その様子を見れば図星であることは明白。

結果、むしろ命懸けの人外との戦いに身を投じなければならなくなったのだから、彼はもう、そういう星のもとに生まれているとしか言いようがない。某禁書の主人公のように、そのうち「不幸だー!」が口癖になりそうである。

『で、だ。遠藤、今回の事態の黒幕についてだ』

「お、おう。でも悠長に聞いてていいのか? 富士山から噴煙上がってんのに」

『まだ時間はある。その理由も説明するが、万が一、何かあっても時間稼ぎ要員は既に現地にいるから問題ない』

「お、ユエさんか誰か送り込んだのか?」

『いや、俺達には俺達でやらなきゃならない緊急の案件がある。誰がいるかは……お前の婚約者の方が詳しいはずだ。なぁ……ラナ?』

え? と全員が一斉に視線を向けると、ラナの目が盛大に泳いでいた。それはもうピンボールゲームの玉並にあっちへこっちへ。冷や汗も凄い。ダラッダラだ。

「あ、あのぅ、ボスぅ? 違うんですよ。どうやら、その、もうご存じのようですけれど、私達はですね――」

『遠藤。ハウリアの一部がな、トータスに帰ると見せかけて、実はこっそり富士の樹海の奥地に隠れ里を作る気で入り込んでやがったんだ』

「ラナさぁん!? なにしてんの!? 次期族長なのに、俺、知らないよ!?」

「だってっ、だって! 反対するでしょ!? でも樹海も捨てがたかったんだもの!」

というわけらしい。

王樹の森――聖域に移住してきたハウリアは、ラナを含め三十人ほど。ただ、ある程度生活基盤が整うまではカムを含む五十人が来訪しており、その後、二十人が帰ることになっていたのだ。

当然、無限魔力でトータスへのゲートを開いたハジメだったが、そのとき言葉巧みにボスの意識を逸らして、カムを含む二十人は帰還を偽装して聖域を脱出。そのままどうやったのか日本まで戻り、樹海に入り込んでせっせと隠れ里作りに励んでいたのである。

『まぁ、結果的に、樹海に存在するらしい秘密の 社(やしろ) を襲撃しに行った連中が、侵入者と勘違いしたカム達に撃退されて助かったわけだが』

それはそれとして、俺を謀った事実は変わらないぞ? と凄みのある声が届く。

ラナは震え上がった。半泣きになりながらも訴える。

「でもでも! ブービートラップ満載の手作り樹海迷宮と、その中心に秘された隠れ里ですよ!? ロマンに溢れているじゃないですか! ボスにサプラァ~イズして、お見せしたかったんです! 事前に言っても却下されるのは自明のこと! でも事後報告なら!? ロマンにさえ満ちていれば、ボスは大抵のこと許してくれるじゃないですか! ワンチャンありだと思ったんです!」

『……ん、う~ん、まぁ』

「弱いぞ、南雲! お前のロマン至上主義、もう悪癖のレベルじゃね!?」

話が進まない、と陽晴ちゃんが浩介の袖をクイクイッと引っ張りつつ、自らハジメに質問をした。

「あの、南雲様? 初めまして。藤原陽晴と申します。質問をお許しください」

『ん? 遠藤が守った陰陽っ娘か。構わないぞ』

「それでは失礼して。秘密の社というのは〝 右天之祠(うてんのほこら) 〟――四神相応の社のことで間違いございませんか?」

『正式な名称は知らない。だが、黒幕共が富士山の東西南北に存在する四つの祠を破壊するつもりだったのは確かだ』

陽晴の視線が 大晴(たいせい) とご老公を巡る。二人共息を呑んでいた。

「右天之祠?」

と浩介が首を傾げると、陽晴が険しい表情で頷いた。

「天星大結界を支える要の一つ。両天秤の結界であり、左天之祠が秘されているのが出雲大社なのです」

「っ、さっき襲撃されたってところか」

やはり黒衣の男や女術師の仲間なのだろう。

結界を破壊して、結局、何をどうしたいのか。

『いいか、遠藤。よく聞け。敵の正体と目的、それから今後の対応を話す』

答えを既に得ているらしいハジメが語り出した。

そうして聞かされた内容に、浩介やラナ達は、否、最も天星大結界に詳しいはずの陽晴達ですら、目を見開いて驚愕をあらわにせずにはいられないのだった。