軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

深淵卿第三章 シリアス氏は虚弱体質

浩介達が 大晴(たいせい) の襲撃に遭っていた頃。

土御門総社の境内や民家の並ぶ周辺一帯は物々しい雰囲気に満ちていた。

実を言うと、土御門総社周辺に居住している人達は全て土御門の関係者だ。つまり、一時的に避難した非戦闘員以外、相当数の町民が警戒に当たっているのである。

その総社の鳥居を抜け、一般人でも参拝可能な天社宮や天壇のある境内から更に北の山奥へ、巧妙にカモフラージュされた山道を二百メートルほど上った山林の中に屋敷がある。

大きく立派な木造平屋で、周囲も広い。ちょっとした運動場くらいある。しかし、上空からぽつんと屋敷が見えるわけではない。屋敷の周囲は更地というわけではなく、一定間隔で残された木々があり、その良く手入れされた枝葉が敷地全体を上手く隠す天蓋となっているのだ。まさに、秘密のお屋敷である。

そのお屋敷の敷地の四方、山林との境界部分には玄武・青龍・朱雀・白虎の四神を示す四色の鳥居が配置され、屋敷の裏手には天壇そっくりの――否、実はこちらが本物である石造りの舞台もある。

土御門本家だ。

時代の流れから隔離されたような、どこか神聖な雰囲気が漂う場所である。

そんな静謐で清冽な場所に、

「いったいどうなっている!! 姫の記憶は手中にあるのだぞ!?」

似つかわしくない怒声が響き渡った。

土御門家当主・土御門 条之助(じょうのすけ) 、通称〝ご老公〟が、闇に溶け込むような墨染めの 袴(はかま) を乱暴に 翻(ひるがえ) しながら、座敷の上を行ったり来たり。

いつもなら綺麗に整えられているオールバックの白髪も掻き毟った後のように乱れ、目は落ち着かなげにギョロギョロと周囲を見回している。

同じく墨染め袴を着た一族の者達が、冷や汗を流しながら 俯(うつむ) いていた。

それに殊更腹を立てた様子で、ご老公はもう何度も口にした問いを再び口にする。

「誰ぞ、姫の式神に心当たりはないのか!?」

全ては奴だ。あの一見すると学生にしか見えない青年の式神。認識困難で、分裂し、攻撃には刃物や鋼糸など物理的かつ強力な能力を有する道具を使い、炎や雷など自然的な術まで使う。

「ぶ、文献は調べ尽くしてございますっ。しかし、該当するような 妖(あやかし) は存在しませんっ」

「現に存在しているであろうがっ」

「い、一番該当しているのは、その……やはり、ぬらりひょんかと……」

「ぬらりひょんはいつから分裂増殖したり、クナイやら手裏剣なんぞを多用するようになった!」

「じ、時代の流れと共に変わった、とか?」

「変わりすぎじゃボケェ! 催涙手榴弾まで持ち出すぬらりひょんなんぞ見たくもないわ!」

四十過ぎの男にもかかわらず、どこか泣きそうな様子の調査班のリーダー。その報告に対し、ご老公は堪忍袋の緒が切れた形相で、足元にあった式盤を投げつけた。

木製とはいえ相応に重量がある。頭部に当たり、「ぐっ」とうめき声を上げながら額を押さえる男を、更に罵倒するご老公。

かと思えば、親指の爪を噛みながらブツブツと呟き始める。

「排除せねば……邪魔する者は全て……悲願のためなのだッ。復権を、復讐をっ、我等陰陽師こそ、祖国を御するに相応しい一族であるが故にッ。なぜ藤原はそれを理解せぬのだ! 忌々しいっ、呪わしいっ!!」

血走った目、わななく体、唇を噛み締め血が流れているのに気にもしない様子は尋常ではない。

本来、ご老公とは愛称だ。条之助の気質は、頑固ではあるものの穏やかな方であり、特に一族への情愛は人一倍深い。

欲と執念が彼を狂わせているのか……

普段とはあまりに異なる、鬼気すら漂わせるご老公に、しかし、この座敷に集まっている分家の者達は訝しむ様子も見せない。

ただ、ご老公と同じように呪わしそうな表情で、おひい様の想定外の力量と、無理解への憤りを滾らせている。

と、張り詰めた空気の中、少しやつれた様子の青年が不意に発言した。

「爺さん。奴が〝 式(しき) 〟の可能性はやっぱりないのか?」

名を土御門 清武(きよたけ) 。今年、ちょうど二十歳となった条之助の孫だ。縁なし眼鏡をかけた、いかにもインテリな風貌である。

「それこそあり得ん。あれほどの力、〝 式神(しきがみ) 〟でなくてなんだというのだ。ましてや、記憶もない身で」

「それはまぁ、そうなんだけど……」

彼等の陰陽道における〝式〟には、二通りある。一つは〝式〟。術者のイメージを術と共に形代に込めることで顕現させ、使い魔とするもの。ドローンのようなものなので意思はない。

もう一つが〝式神〟。これは術で縛った妖魔のことだ。当然、意思があるので縛りを緩めれば反逆の危険性を孕み、逆に信頼関係を築ければ一層の合力を得られる。

言わずもがな。式神の方が強力だ。伝承に通ずる特殊な力を有する場合もあり、一から十まで操作する必要もない。

浩介の強力さは、間違いなく〝式神〟クラスだ。 陽晴(ひなた) が先祖返りの天才と言えど、記憶もない身で、あれほど強力な〝式〟を創造することなどできるはずがない。

だからこそ、正体を突き止めんと必死で、けれど正体不明すぎて、ご老公達は頭を抱えているわけだが。

清武は、う~んと唸りながら腕を組み、「なら……」と推測を足した。

「ご同輩、あるいは別系統の術者である可能性もあるんじゃないか?」

「たまたま伏見稲荷の山奥で姫と出会い、それがたまたま強力無比なもぐりの術者で、たまたま人が善く、事情も知らぬまま助力したと? 馬鹿な」

「それはそうだけど……ほら、報告だと例のホテルに立ち寄ってるんだろう? あの帰還者とかいう連中が宿泊したホテルにさ」

「なんだ、清武。つまり、こう言いたいのか? 奴もまた帰還者で、帰還者は失踪事件で気が狂った哀れな学生達ではなく、真に力があると?」

「でないと説明がつかないだろう? 実際に相対して、あれが 妖(あやかし) の類には思えなかった」

伏見稲荷での陽晴確保作戦の陣頭指揮を取っていたのは、土御門 健比古(たけひこ) 。何を隠そう清武の父親であり、清武もまた随伴していたのだ。

現に相対し、「喰らうがいい! 我が秘剣ッ、常闇之斬月!!」などと声を張り上げながら 飛(・) び(・) 蹴(・) り(・) をかましてきた奴のことを、清武は絶対に忘れない。「その手の刀はどうした!?」とツッコミながら、無様にぶっ飛んだのだ。忘れようがない。

確かに、気持ち悪いくらい増殖していく姿は人間離れしていたのだが、終始そんな芝居がかってふざけていて、あと痛々しい言動だったものだから、どうにも人間臭く感じて、清武には妖怪の類に見えなかったのである。

浩介が聞けば、きっと泣いて喜び、陽晴は不満そうにほっぺをぷっくりと膨らませるだろうが。

「結界破壊の原因を帰還者にするって計画、ちょっと見直した方がいいんじゃないか?」

清武の苦言とも取れる物言いに、ご老公は苛立たしげに頭を振った。

「今更言っても遅かろう。姫は今、向かってきているのだぞ!」

「いや、だからさ。奴が仮に姫の式神でなく帰還者なら、むしろ交渉の余地があるかもしれないだろ? 連中にだって力があるってことになるんだから、ご同輩のようなものじゃないか」

「それは……だが、事前調査では奴等にはなんの力もないと判って……」

「え? 事前調査なんかしたっけ?」

「何を言ってる? だから後に 呪(しゅ) をかけて自白させ、証拠の呪具も用意して下手人に仕立てあげようと……いや、そう言えば誰が調査した?」

ご老公の視線が調査班の男へ注がれる。額から流れる血を拭っていた男は、座敷にいる三十人近い仲間の視線にビクリッと体を震わせつつも、少し考える素振りを見せた。

そして、一拍おいて目を眇め、訝しむように言葉を返した。

「その件は、ご当主自ら調査されたのでは?」

「なに?」

「いや、確か、爺さんが調査は不要って言ったんじゃなかったか?」

僅かな当惑が漂った。

何か、何か致命的なことを見落としているような……

「お義父さん、どうかなされましたか?」

スゥと耳に心地よい女の声が座敷一杯に広がった。清廉潔白な声にも、艶やで色気のある声にも、あるいは純真無垢な少女の声にも聞こえる声音。

「あ、ああ。 椿(つばき) さんか」

襖(ふすま) を開けて入ってきたのは、少々特異な恰好の女だった。

艶やかな腰まである黒髪、白一色の袴。そこまでは良いとして、問題は顔だ。白い一枚布で覆っていて見えないのである。

布には五芒星が描かれており、なんらかの呪術的な措置にも見える。だからなのか、その恰好を訝しむ者は誰もいない。

土御門 椿(つばき) 。 清武(きよたけ) の母親で、藤原一族の遠縁から健比古に嫁いできた女性だ。土御門とは姻戚関係にありながら陰陽師としての才を有している。

表情は見えないが、小首を傾げたことで返答を求められていることを察して口を開くご老公。

「いや、帰還者の調査の件でな」

りんっと心地よい鈴の音が一つ。

「それなら私が調べて報告したではありませんか」

「椿さんが?」

「ええ。妄想に憑りつかれた、哀れで危険な子達。下手人として国に確保させることは、むしろ彼等のためになる、と」

鈴の音がりんっと、どこからか。とても美しい音色だ。

「何より、土御門の悲願のためではありませんか」

「そう、だな。ああ、そうだった。その通りだ」

納得顔を見せるご老公に釣られるようにして、他の者達も強く頷いていく。

「おふくろ。 親父(おやじ) のサポートはいいのか?」

「その件で報告があって来たのよ、清武」

現在、屋敷の裏手にある天壇では〝天星大結界〟を破壊するための儀式が行われている。

全国から誘拐された力のある藤原一族の約三十人により、健比古達土御門の術者達の支配のもとで。もちろん、本物の大晴もいる。

儀式はおおよそ七割の進行具合だ。あと十五分で完了といったところ。

そのタイムリミットが過ぎれば、術の完成と引き換えに大晴達は命を捧げ、その血を以て結界は破壊される。

だが、その十五分が、果てしなく遠いと思わせる事態が椿の口から告げられた。

「お義父さん、緊急事態です。大晴の〝分御魂〟が振り切られました」

「なんだと!?」

場が騒然とする。ご老公の動揺は強く、清武など「おふくろの 息壌(そくじょう) も付いてたのに……おひい様は化け物かよ」と青ざめる始末。

分かっているからだ。大晴が、土御門の術者数十人より遥かに強いことを。

しかも、儀式大部分は他の藤原一族が担い、大晴自身は迎撃に集中していて、健比古を中心に土御門が呪術的サポートまでしていた。

意識を縛っているため話術による精神的攻撃こそ困難であったものの、本来、大晴が一人で可能な範囲を超えた力を発揮していたはずなのである。

まさか、残りたった十五分程度の足止めすらできないとは……

「 社(やしろ) に待機している者達へ指示を出しました。飛翔可能な全〝式〟を以て迎撃に当たるようにと。勝手をしてしまい申し訳ありません」

「そんなことはよい! それより〝飛翔可能な式〟とはどういうことだ? まさか……」

嫌な予感に、思わず口を 噤(つぐ) むご老公。

察した清武や他の一部の術者達が揃って瞠目し、思わず立ち上がる中、椿は忌々しさがにじみ出たような声音で言った。

「ええ。かの者は飛翔すら可能なようです」

「なんということだ……」

「伏見で式のほとんどを失ったんだぞ。残ってる式は僅かだ。俺のを含め、縛れた式神は十二体だけ……勝てるのか?」

愕然とするご老公や清武、他の術者達。

そんな彼等に対し、椿は喝を入れるように声を張り上げた。

「 狼狽(うろた) えても仕方ありません! 大晴も結界破壊に加わりましたので時間は短縮されます!」

十分。あと十分さえ凌げれば結界破壊は成る。

そして、藤原一族の直系の血筋は 陽晴(ひなた) を除いて全滅する。

「私も出ます。精神的に揺さぶり時間稼ぎを試みましょう。諦めてはなりません! 俗世に堕ちた藤原に、連綿と使命を担ってきた土御門が劣るなどあってはならない! 違いますか!」

椿の、耳に突き刺さるような言葉に蒼ざめていたご老公達も顔付きが変わっていく。

「そうだな。まだ四神の守りもある。私と健比古が最後の牙城となろう。椿さん、清武、それにお前達、どうか頼んだぞ」

「ああ、任せてくれ、爺さん」

「もちろんです、お義父さん。それに、儀式さえ成功すれば姫を止めることもできるでしょう」

「どういうことだ?」

椿が嗤った。ように感じられた。

「父親や身内が死に絶えた現場を見て、九つの少女が動揺せずにいられるでしょうか? そのタイミングで一部の想い出を返してやれば、なおさら」

おぞましい考え方だった。だが、追い詰められている土御門達の瞳は濁り、むしろ妙案だと頷く。

「なるほど。その隙を突いて姫様を抑えてしまえば、正体不明の式神も下手なことは……」

「逆に、もうそこしか姫を抑える機会はないでしょう」

「だな……もう一人、年配の男がついているようだが……」

「爺さん。そっちは警官とはいえ一般人だろ? 俺が 呪(しゅ) をかけるよ。どういう経緯でおひい様と一緒にいるのか、情報を抜く」

異論、反論がないか、ご老公の視線が座敷を一巡りした。

返ってきたのは、決死にも似た覚悟。

土御門の陰陽師は、実力のほどこそピンからキリとはいえ約百人。この場にいるのは三十人ほどだが、儀式場にいる者達も、社や屋敷の表で警備している者達も、同じ気持ちに違いなく。

ご老公が大きく息を吸った。そして、妄執にギラギラと輝く眼差しを巡らせ、叫んだ。

「土御門の復権は、この一戦にある。命を惜しむな! 全ては土御門の悲願のために!」

「「「「「全ては土御門の悲願のためにッ!!」」」」

どこか狂信的な響きを孕む声が、本家を囲む森にまで響き渡った。

にわかに慌ただしくなった土御門本家。

各員が迎撃準備のため飛び出していく中、ご老公もまた屋敷裏の儀式場へと足早に向かう。

その背中を、椿がじっと見つめていた。

ご老公の姿が廊下の奥に消えて、 人気(ひとけ) が消える。喧噪が遠くになる。

不意に、椿が口を開いた。今にも消えいりそうな小さな声で何事が呟きながら、廊下に面した窓から外を見た。

かがり火が幾つも焚かれた敷地の奥、森との境界線の暗がり、木の陰を見やる。

ひっそりと動く気配があった。黒いフード付きコートを羽織った何者かが、そこにいた。

少しの間、声が届くはずのない距離で二人は何かしらのやり取りを行う。

「そうですか。応援は間に合いませんか……」

椿の表情が次第に歪み、遂には舌打ちを漏らした。

「なぜ帰還者が姫に協力を……それも、よりによって遠藤浩介を味方につけるなんて。流石は帰還者のジョーカーというべきですか? 見失っていたことを、監視班の怠慢とは言えませんね。厄介な」

苛立たしげに頭を振る。

「ええ。分かっています。 魑魅魍魎(ちみもうりょう) の現出と混乱さえ招くことができれば、計画の大幅な修正は不要です。なんとしても成功させなければ」

玄関の方から椿の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

どうやら、迎撃が始まったらしい。

「くれぐれも痕跡は残さぬよう。私も出し惜しみはしませんが、 貴(・) 方(・) の(・) 息(・) 壌(・) が切り札ですよ。ええ、いざとなれば、はい、もちろんです」

椿を呼ぶ声が早くも切羽詰まったものになる。怒号と騒音が刻一刻と大きくなっていく。

黒コートの人物も身を翻し、夜の闇に溶け込むように消えていく。

最後に、椿は、そして黒コートの何者かは、声を揃えて呟いた。

「「全ては祖国のために」」

時間は少し戻り、浩介達がもう間もなく土御門総社の鳥居がある国道沿い上空に到着するという頃。

浩介が、生身で空を飛ぶという行為に少々身を固くしている 陽晴(ひなた) を片腕に抱き、剛毅にも休日のお父さん並にだれきったスタイルで身を任せている服部(胃薬が手元になくて死んだような目をしている)へ呆れの視線を向けていると、

「遠藤様! 何か上がってきます!」

「お? あれは……」

「ははぁ~、あれが伏見で遠藤さん達を襲った〝式〟ってやつですね?」

進行方向の森の中から、いくつもの白い影が飛び上がってきた。

確かに、伏見稲荷で襲ってきた白い 靄(もや) の異形共だ。ほとんどが 鷲(わし) ほどのサイズもある 白鴉(しろがらす) のようで、何体か幽鬼亡霊の類も見える。

「伏見の時ほどいないみたいだな。打ち止めか?」

「おや、何やら毛色の違うのが混じってますねぇ」

「遠藤様、もしやあれは異界の……」

今宵は満月。冴え冴えとした月光は下界をよく照らし、ライトがなくとも割と視界が効く。

その視界に映った姿と陽晴の言葉に、浩介は頷いた。

白い異形の物達に混じり、二体ほど別格がいる。姿形がより明確で、まだ距離があっても分かるほど嫌な気配を発している。

それは確かに、異界で見た異形のものと同じ気配だった。あの時のような狂乱ぶりは見えないが、明白な敵意は感じる。

「時間稼ぎに付き合う暇はない。一気に突破するぞ」

「はいっ。お願いしますっ」

「私が死なないうちになんとかしてくださいねぇ」

陽晴がギュッとしがみついた直後、浩介は一気に加速した。

ギュオッと風が唸り声を上げる中、服部が「なんで私はついてきたのだろう……こんなファンタジーな事案は管轄外なんですがね。いや、まぁ、分かってますよ? 国家の犬ですから。平安時代に逆戻りの危機に何もしないわけにはいきませんよね、ハハッ」などと死んだ目でブツブツと呟いているが無視。

〝宝物庫〟からクナイを十二本取り出し、前方で円陣を組んで高速回転させつつ火炎を纏わせる。

深淵なんたらとは叫ばない! まだその時ではない! むしろ、その時は来なくていい! 無理だろうけど!

地獄にて、悪魔の肉壁すら抉り飛ばした刃と火炎の掘削機が、先行してきた白鴉の群れを正面から迎え撃つ。抵抗など許しはしない。一瞬で蹴散らす。

刹那、

――クォオオオンッ

と、甲高い動物の鳴き声が。

――妖魔 三尾の 気狐(きこ)

式神の一体、金毛三尾の狐が淡く輝き、直後、狐火というやつだろうか。火炎の塊が放たれた。

「妖精界の九尾は、もっとやばかったぞ!」

十二本のクナイのうち、三本を飛ばし爆破相殺。虚しく宙に散る火の粉を横目に通過。

追撃をかけようとする三尾狐だが、浩介達は手加減抜きの自由落下速度だ。一本のクナイを飛ばして牽制してしまえば、頭上を通り抜けるのは一瞬である。

そこへ、視界いっぱいの炎が迫った。まるで暴風の日に発生した火事の如く、あおられた炎が壁となって浩介達の進路を塞ぐ。

犯人はもう一体の式神だった。

――妖魔 鷲峯山(じゅぶせん) の 鬼怪(きかい)

渦巻く雲から上半身だけを出した怪鳥というべきか。それがつむじ風を発生させると同時に、口から炎を噴いたのである。

「もうちょいメジャーな妖怪でお願いしたい!」

火炎が浩介達を包み込む。が、その寸前、その姿が消える。否、入れ替わる。小石と。

次の瞬間、浩介達が現われたのは雲を纏う怪鳥の遥か下。炎の壁が迫った瞬間に指弾で飛ばしておいた転移用アーティファクトだ。

そのまま鬼女のような式を指ぬきグローブの魔力衝撃波で粉砕し、一気呵成に進撃。土御門の屋敷があるだろう山林の上空へと飛ぼうとする。

が、その瞬間、悪寒が浩介の背筋を駆け抜けた。

舌打ちを一つ。咄嗟にクナイ同士を結んで発生させる障壁を頭上へ。

刹那、カァンッと空気が破裂したような甲高い音と共に稲妻が迸った。

白い閃光が視界を塗り潰し、放電と衝撃が浩介を釘付けにする。障壁の向こうに、小動物の姿を見た。

――妖魔 雷獣

各地に伝承の残る、人々が落雷に見た妖。イタチともタヌキともつかぬ小柄な姿に、後ろ脚だけ四本という異形。

陽晴や服部が小さな悲鳴を上げる中、障壁の向こう、雷獣の背後に分身体を召喚。

「離れろ!」

放電に焼かれながらも放った分身体の蹴りが、雷獣を彼方へ吹っ飛ばす。

だが、足止めされたことに違いはなく。

「今だ! 堕とせぇっ」

鳥居の前、田畑や道路に陣取っていた陰陽師達が一斉に真言を紡ぐ。完璧に合わせられ、増幅された 呪詛(じゅそ) が浩介に襲い掛かった。

「ぁぁっつぅいんだよぉ!!」

浩介の首筋が燃えるような熱を持った。集中力が阻害される。

繊細かつ複雑な制御を必要とするが故に、重力魔法が僅かに乱れ、高度がガクンッと落ちた。危うくアスファルトの上に墜落しかける。

慌てて重力方向を調整し、地面すれすれを突進する。手を伸ばせば石畳の階段に触れられそうな高さだ。抱き締めている陽晴はともかく、後ろに引き連れている服部への重力場は殊更乱れており、危うく地面にゾリゾリーッといきそうになる。

服部が「ちょっとぉっ! 遠藤さんしっかりぃ!!」と、必死にエビ反り状態になりながら悲鳴じみた抗議の声を上げる。

「ダメだっ、やっぱり弾かれる!!」

「格が違うとでも言いたいのかっ」

「だが飛翔は乱れた! 影響は皆無じゃない!」

呪詛が重なる。幾重にも幾重にも。土御門も必死だ。

浩介の首筋から発せられる熱がほとんど激痛に変わっている。呪詛を弾く副作用でこれだ。もし、まともに食らっていたら前後不覚くらいには陥っていたかもしれない。

流石は土御門家の本拠地というべきか。戦力差による重ね掛けもそうだが、おそらく一人一人の力がなんらかの方法で上昇している。おそらく、土御門総社一帯の土地そのものが、彼等にとって一種の聖域なのだろう。

それでも、総社の上空を通って、直接、山林の中の土御門本家の屋敷へと突撃すべく、浩介は歯を食いしばって高度を上げにかかった。

途中、襲来した旋風を纏うイタチ――妖魔〝 鎌鼬(かまいたち) 〟の斬撃を小太刀で弾き返し、飛び掛かってきた 斑(まだら) 模様の餓鬼の如き 狗(イヌ) の妖魔――〝狗神〟も相手にせず手裏剣で牽制。

そのまま、ガリガリと削られる魔力と、激しくなる首筋からの熱と痛みに耐えつつ重力魔法の制御に集中して――

「んぎぃっ!?」

「遠藤様!?」

「どわぁっ、まっずい!?」

総社の鳥居上空を越えようとした瞬間、その集中を完全に乱された。

重力魔法の制御が意識から離れる。鳥居の向こう側の石畳の上へ、吹き飛ぶようにして落下した。

浩介は己を叱咤して意識を明白にしつつ陽晴を抱え込み、地を滑るようにして着地。服部も浩介の助けを必要とすることなく、五点着地で受け身を取って素早く立ち上がった。

隙を潰す一助として、咄嗟にスモーク手榴弾をばら撒き、噴煙を蔓延させる。

「っ、結界の類か?」

土御門の本拠地ともなれば、なんらかの備えがあってもおかしくないわけだが、やはりというべきか、土地そのものを利用した招かれざる者を排除ないし捕らえるための呪詛の類が一帯に展開されているらしい。

「遠藤さん、飛べます!?」

「相手を減らさないと難しいっすね」

ただでさえ呪詛の総攻撃を食らって集中力が乱されているのだ。そこに常時影響を受ける結界の呪詛まで加われば、元より普通に重力場を発生させるより遥かに難しい〝疑似飛翔〟の行使は無理と言わざるを得ない。

加えて、単なるレジストの痛みだけでなく、意識への干渉も感じる。体感で、集中力が三~四割程度落ちているようだった。

(これは、分身体の数も制限されそうか?)

なんて内心で舌打ちしつつ、頭を振って意識を切り替える。

「しょうがない。強行突破しますよっ」

「ああ、こりゃあ明後日辺り筋肉痛ですわ」

真言が響く。突風が発生しスモークが吹き飛ばされる。直後、右側の民家の陰から巨体が突進してきた。おぞましく地を這う甲殻と無数の足を持つ異形。

――妖魔 大百足(おおむかで)

口から黒々とした霧を噴き出す――前に、滑り込んだ分身体が下から逆立ちするような蹴りをぶちかまし、上方に逸らさせる。

その隙に境内へと続く石造りの階段へ。

そこに、炎の塊が転げ落ちてきた。炎の中には美しい毛並みの 鼠(ねずみ) の姿が見える。

――妖魔 火鼠(かそ)

竹取物語で輝夜姫が求めた〝火鼠の皮衣〟の原材料さんだ。ただし、迫り来る熱量は割とシャレにならない。

なので、

「フッ、山林で火はダメだろう?」

おや?

「遠藤様の様子が……」

陽晴がギョッとする。

伏見稲荷で見たおかしな言動がまた……以前は尋ねてもはぐらかされてしまったけれど、何かの病かしら?

「んんっ――〝水弾〟!」

うっかり何かに呑み込まれそうになったのを咄嗟に耐えたっぽい浩介が、無駄な足掻きなのに、適当な詠唱をして水の塊を放った。

火鼠に直撃し、耳障りな悲鳴が上がる。炎の中から悲鳴を上げて飛び出した濡れ鼠を、裏拳で払うように殴り飛ばして進路を開けさせる。

あっという間に階段を上ってくる浩介達に、陰陽師達は絶望交じりの引き攣り顔となりつつ、命を絞り出すような様子で呪詛を送る。

「呪いってのは厄介だなぁっ」

霊力なりなんなり、目に見える形で飛来したなら回避もできるのだが、陰陽師達が扱う呪詛は直接、浩介に届いてしまう。

媒介(警察署の時は伏見稲荷で偶然回収できた毛髪)があれば遥か遠方から、媒介がなくとも言霊の届く距離なら座標攻撃の如く。

最も有効な対応策と言えば、

「ちょっと黙ってろ!」

「お手伝いしますよっと」

「ぐぁ!?」

「ごふっ!?」

物理で黙らせること。電撃を帯びたクナイを四方八方へ飛ばし、服部もまた正確無比なゴム弾の射撃で的確に術者達をノックアウトしていく。

いよいよ境内へ突入した。そのまま捕虜のジャスティス青年に聞いた屋敷のある方角へ一直線に突き進んでいく。

「とまれぇっ」

「おひい様ぁっ、なぜ分かってくださらない!!」

「――っ」

苦悶の表情を 晒(さら) して倒れ行く土御門の者達に、陽晴は一瞬、顔を歪めた。

彼等との思い出などない。彼等自身に奪われたのだから。

おそろしい計画も立てられていた。おそろしい目にもあった。家族は、今、彼等の野望の犠牲になろうとしている。

けれど、それでも彼等は一族だった。そのはずだった。

だから、歳不相応の優しさと心遣いを持つ陽晴には、憤りつつも倒れ行く彼等に心を痛めずにはいられなくて。

でも、歳不相応の聡明さを持ってしまっている陽晴には、無力な、守られているだけの自分が何かを言う資格などないと分かっているから、グッと歯を食いしばって浩介に身を委ねる――

「大丈夫、気絶させてるだけだ」

「遠藤様?」

「生きてなくちゃ、 陽晴(ひなた) ちゃんが怒ってるってことも伝えられない。よくもやってくれたな!って、ビンタくらいしてやりたいだろ?」

呪詛の集中砲火を受けて、首筋に熱を通り越した激痛を感じているのだろう。それを必死に見せまいとする不格好だが不敵な笑みに、陽晴は大きく目を見開いた。

そのやせ我慢が、どうしようもなく陽晴の心を揺さぶった。

何を言わずとも心を汲み取ってくれる心遣いに、胸の奥がほわりと温かくなる。

だから、

「はい! ご老公にはとびっきりの張り手をしてやります!」

真似をするように、不敵に笑って返す。心の中で「ありがとうございます」と、とびっきりの心を込めた感謝を捧げつつ。

「いやぁ、私、やっぱりお邪魔じゃないですかねぇ」

なんて、陰陽師五人を的確に撃ち倒しつつぼやく服部をスルーしつつ、浩介達は遂に境内を抜けて奥の山林へと踏み入った。

その瞬間、ゴウッと地面が鳴動した。

「な、なんだ!?」

あまりの振動に、浩介をして足を止めせしめ、バランスを取ることに集中させられる。

追いかけて来た陰陽師達のほとんどは転倒していた。

「うそぉ」

「なんてこと……」

「これはまた、不味いですねぇ」

浩介達の視線がツーっと上へと上がっていく。

「さっきの妖魔、これほどだったのかよ……」

轟々(ごうごう) と大地を揺らしながら、巨壁の如くせり上がっていく莫大な質量の土くれ。

国道で襲撃してきた土くれの妖魔だ。だが、規模が違う。圧倒的なまでに。

自ら膨れ上がるようにして、内側から溢れ出る土が万里の長城の如く長大な壁を創造していく。山林の木々が根っこごと砕け呑み込まれる轟音が響き渡る。

「ここから先は、お通しできませんよ、おひい様」

声が降ってきた。とても冷たい声音だった。

見上げれば、巨大な壁と化した土くれの上に、白布で顔を隠した白袴の女性がいた。

「あ、貴女は……」

「記憶がないでしょうから、自己紹介しておきましょう。土御門椿と申します。現当主の子、健比古の妻でございます」

優雅に、否、 慇懃無礼(いんぎんぶれい) な雰囲気で一礼してみせる椿に、陽晴は気圧されたように生唾を呑み込む。

「少しお話いたしませんか?」

「え?」

りんっと鈴の音が 木霊(こだま) した。

「身内同士で争うなど悲しいことです。全ては不幸な行き違いのせい。話し合えば分かり合えると、私は思うのです」

「そ、それは……」

りん、りん、と加速する音色。

陽晴の心の天秤が、「話し合いで解決できるなら……」と傾きかける。服部も「休戦は歓迎ですねぇ」と肩を竦める。

だが、

「そちらのお二人も。どのような誤解が生じているのか、まずはお互いの――」

「いらね。ぶっ飛べ」

一筋の閃光のような鋭さで電撃を帯びたクナイが飛んだ。

椿の足元で弾けるようにして溢れ出た土くれが直撃の寸前で受け止める。

「っ、何を――」

「うるせぇ! さっきから首筋が熱いんだよ! なんかしてるだろ!」

「……やはり、一筋縄ではいきませんか」

舌打ちが微かに聞こえた。陽晴も服部もハッと我に返る思いだった。

「清武、周囲を固めなさい!」

「分かってる!」

巨大土壁のこちら側、浩介達の左右に、いつの間にか清武達が陣取っていた。

背後からも追いついた陰陽師達が呪符を手に身構えている。

十数人昏倒させたが、それでも相対する陰陽師はまだ七十人以上。〝式〟は三十体ほど。

更に、左サイドの清武の隣に三メートル近い巨体を誇る直立二本角の牛――妖魔〝牛鬼〟が侍り、右サイドの男の後ろには火を噴く大蛇――妖魔〝焼山寺の大蛇〟が出現。

上空に〝三尾の気狐〟〝鷲峯山の鬼怪〟〝雷獣〟が、背後には〝火鼠〟以外の追いついた妖魔が勢ぞろい。

完全に包囲された形だ。

「おひい様、どうか抵抗はなされませぬよう。そちらの式神はともかく――」

「遠藤浩介、人間です」

「ともかく! 善良な警官が生きたまま喰われるところなど見たくはない――」

「グダグダうるせぇ!」

「っ、さっきからなんなの! 話を聞きなさい!」

「そうですよ! 遠藤さん! 私の生死に関する――」

「どっちもどうでもいい!」

顔は見えないが、椿が明らかに苛立つのが分かった。余裕ぶった態度だが、浩介への警戒が一瞬も剥がれない。だが、どうでもいい。服部が「ひどいっ」と叫んでいるが、そっちもどうでもいい。

だって、

「時間稼ぎに付き合うつもりはない」

交渉の余地などない。話し合いは、フルボッコにして無力化した後でも十分。魔王の右腕は、魔王流をしっかりと学んでいる!

「いいえ、付き合ってもらいます!!」

土くれがうごめく。陰陽師達が真言を口にし、妖魔達が動き始める。

「 陽晴(ひなた) ちゃん!」

「は、はい!」

「ここは俺と服部さんに任せて先に行け!」

「え、ええ!? 遠藤様ぁ!?」

「え、ええ!? 私も居残りですか、遠藤さん!?」

ぽいっと空中に投げられる陽晴。土御門にとっても必要な姫だ。椿を含め、全員が何をするのかと目を剥く。

次の瞬間、渦を巻くような空間の屈折の中へ陽晴がひゅるりと消えた。

代わりにころっと落ちてきたのは小石。

椿がハッとして背後を、巨壁の向こう側を見下ろした。すると、そこには、

「後は頼んだぞぉ! 我(・) よ(・) !」

なんて言いながら、陽晴を抱きかかえた浩介が屋敷の方へ猛スピードで駆け去って行く姿が。

その胸元で真紅の宝玉付きネックレスがきらりと輝いたことに、果たして椿達は気が付いただろうか。

そう、一瞬で最大深度に達する卿化のアーティファクト――ラスト・ゼーレVer.7は、既に発動されているッ!

「なっ、いつの間に!?」

「ふふっ。いったいいつから、我が本物だと錯覚していた?」

なんかオシャレなセリフを得意げに言う浩介に、清武達が瞠目する。

そう、実は先程スモークを撒いた時に、分身体と本体で入れ替わっていたのだ。そして、本体は全力の隠形をしつつ土壁をこっそりと越えて反対側に到達し、転移アーティファクトで陽晴だけを転移させたのである

「直ぐに追い付いて――」

「そうはさせんよ」

「ッ!?」

土くれを動かし追いかけようとした椿だったが、直ぐ隣から聞こえた声に振り返るより早く土くれの槍で対応する。

一拍遅れて振り向けば、そこには串刺しにされた浩介が、ぼふんっとコミカルな音を立てて消え、

「どこを見ているのかね?」

「お前っ」

今度は反対側から。白布の隙間から見える椿の頬が引き攣っている。

肩越しに振り返れば、そこにはおかしなポーズを取る浩介の姿が。

「先程の言葉、お返ししよう」

くるりっとターンッ。

「ここから先はお通しできませんよ、陰陽師の皆様」

地上がざわめいている。見れば、地上の浩介が四人に増えていた。

否、増え続けている。

今、この瞬間も。

いつの間に回り込んだのか、包囲する清武や妖魔達の更に外側にも!

月明りで明るいはずなのに、どういうわけか光が一切届かない森の奥から一人、また一人と出てくる!

分身した後、全力の隠形&ダッシュで大きく回り込み、わざわざ闇属性の魔法で光を遮って演出しつつ登場しているとは夢にも思わないだろう!

「お、お前はなんなんだ! おひい様は、いったい何を式神にした!?」

なぜ、全員キレッキレのターンをしながら出てくるのか。

なぜ、いちいち香ばしいポージングを取るのか。

分からない。まったく意味が分からない!

だから、恐ろしい。得体のしれない恐怖に、清武は耐えきれずに叫んでしまう。

「我が何者か? よかろう、教えてやる。未来永劫、己が魂に刻むがいい!!」

綺麗にシンクロしながら、〝僕の考えた最高にスタイリッシュなサングラスのかけ方!〟を全員で一斉に実行。夜なのにスチャッとな! 怖い!

「我は闇! 深き深淵の貴族!」

〝深い〟って二回言ってる……とツッコミたいが、異様な雰囲気で何も言えない!

「遠藤さん、深いって二回言ってますよ」

あの警官の男、勇者か!? とツッコミたいが、異様な青年が聞こえなかったみたいに続行するから何も言えない!

「心優しき少女の守護者にして、魔王の右腕ッ」

さぁ、万雷の拍手喝采を以て、我が名を刻め!

「コウスケ・E・アビス――」

プルルルルッと聞きなれた音が。

突然のコール音に、場の空気が違う意味で凍った。

誰だよ、電源切っておけよ、みたいな空気が蔓延する。顔を見合わせ、そこかしこで「いや、俺じゃないって」みたいなやり取りがなされる。

コウスケ・E・アビなんとかさんが、そっと懐からスマホを取り出した。

お前かよ! みたいな視線が突き刺さる中、画面に表示された名前を見て、ちょっと視線が泳ぐアビなんとか。一拍置いて、プッと切る。

「傾聴せよ! 恐怖に震えるがいい!」

そして何事もなかったように続けようとして、

「我が名はコウスケ・E・アビ――」

プルルルルルッ!! と再びのコール音。同じ音量なのに、今度はちょっとキレ気味に感じるのは気のせいだろうか。

妖魔達でさえ、「え、どうすんの、この空気……」みたいに思っていそうな、なんとも言えない空気が流れる中、アビなんとかさんは、少し迷った末、

「む、むぅ、こんな時に……少々待たれよ」

片手を清武の方へ突き出して、電話に出た。すると、

「もしもし、エミリー、我は今ちょっと忙しくて……えっ!? あ、す、すまぬぅ。うっかりそっちの分身を消してしまったか……」

どうやら、集中阻害を受けている弊害で、分身体を出す際にやらかしてしまったらしい。心配して電話してきたようだ。

「え? ラナ達と一緒に応援に来るって? ダメダメ、危険だから! 土御門の人達が! ほら、ラナ達ってば、ついやりすぎちゃうし首ちょんぱはちょっと……うん、俺は大丈夫だから。昼間に南雲達とも連絡取れたし、いざとなれば救援頼めるからさ」

エミリーちゃん、強しというべきか。いつの間にか卿の言動が普通になっている。

なお、分身体がスマホを持っているのは、本体がピンチかつ連絡できない場合に備えてのことだ。

清武達のみならず、椿までも唖然としているのが白布越しでもなんとなく分かる。当然だろう。いざ決戦! という寸前で、プライベートの電話に出る奴がいるだろうか? とんだシリアスブレイクである。心がついていけない……

「え、新しい女? いないよ! 浮気なんかしてないから! え? ラナの冴え渡る女の勘? ないない! ほんとほんと! アビィさん嘘吐かない! だから泣きそうにならないで!って、聞こえてるぞ、ラナ! はしゃぐんじゃありません! 新しい嫁なんていないから! え、なに? ヴァネッサ? え、クレアが三階の窓から落ちた? ライバルが増えたショックで? 早く助けに行って! あと誤解だって言っておいて! 頼んだぞ! あ、エミリー。うん、うん、大丈夫だよ。また後で電話するから……それじゃあ」

プッと電源を切る。

ふぅと一息吐いて、一拍。

「我が名はコウスケ・E・アビスゲートなり!!」

「無理がありますよ、遠藤さん」

服部のツッコミに、土御門の者達は揃って思った。

ほんとそれな! と。

「っ、いいから動きなさい!」

いち早く我に返った椿のキレ気味の号令で、ようやく戦闘態勢に戻る土御門一門。

なんとも締まらない空気の中、足止めの立場が逆転した戦いが今、始まった。