軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王&勇者編 VSマザー 上

雲上界、最上部。

道行きを阻む格子状の高熱線の前で、ハジメと光輝は荒い呼吸を繰り返していた。

「なんだ、バテたのか?」

「そっちこそ、肩で息をしてるじゃないか」

軽口を叩き合うものの、疲弊は本物だ。

浩介と別れた後、ハジメと光輝はエレベーターシャフトの中を直接駆け上がりながら、おびただしい数の天機兵や上界機兵団を打倒してきた。

それだけでなく、雲上界上層では上界機兵を組み合わせたような機兵――浩介が戦った相手ほどではないが、最低でも二種を組み合わせた機兵――の猛攻も受け、しかも施設内のトラップまで次々と発動する中を突破してきたのだ。

もはや、戦術支援すら満足にできないG10を守りながら。

隠れ家から持ってきていた銃火器など当の昔に尽きており、ハジメなどは、一度宝物庫を起動して弾薬の補充をしたくらいである。

限定された空間での圧倒的物量攻撃。

なるほど、G10の言った通りだ。マザーは削れるだけ削る作戦に出て、それは見事に成し遂げられたと言えるだろう。マザーが想定していたレベルの疲弊度か否かは別としても。

「南雲、何機やった?」

「三百から先は覚えてねぇ」

「俺もそれくらいだ。カウントしてたのは」

「お二人合わせて、ちょうど千機です」

ハジメに片手で支えられているG10が、高熱線の格子を解除するためクラッキングを仕掛けながら答えてくれた。

「二人でかよ。一騎当千にも届いてないってのは情けねぇな?」

「南雲の本領は物量戦だからなぁ。キル数稼ぐのが得意な奴のセリフだよ、それは」

「……それでも信じ難いほどの戦果です。私の時代の兵士なら、いったいどれほどの損害を覚悟しなければならないか……」

人命を湯水の如く消費するような突破劇。想像するのも御免だとG10のモノアイが明滅する。

「ハジメ様、光輝様。ここまで連れてきてくださったこと。心から感謝致します」

覚悟を窺わせる静かな声音だった。

「こんなところで感謝してどうする」

「まだ始まってもいないよ? ここからだ、G10」

息を整え終えたハジメと光輝のなんとも軽い言葉に、G10はモノアイをピカピカと光らせた。まるで笑ったようである。

「後続はこねぇな……品切れか?」

「マザーとの戦いの最中に横槍が入るのは嫌なんだけどなぁ。まぁ、言っても仕方ないんだけど」

「伏兵が数機、潜んでいないとは断言できません。しかし、ほぼ片付けたと思ってよいでしょう。そもそも、こんな場所まで突貫してくる者など、今の時代には存在しませんから」

己を守る上界の機兵団に、頑丈な〝天門〟。外部はハリネズミのような重火器で要塞化されている。普通は、この時点で詰みだ。

それでも侵入できた者には雲上界の低層を守る上界機兵団に、あの天機兵が王手をかけてくる。それを奇跡的に突破できたとしても、中層から上層にかけて存在する無数のトラップに、更にグレードアップした複数種混合型機兵――仮称、近衛機兵団が千機。

なるほど、敵対存在がいない世界では、はっきり言って過剰なまでの防衛戦力だ。

おそらく、コルトランの民が一斉蜂起した場合を想定したのだろうが……それにしたって、文明や技術から切り離す徹底ぶりだ。

「臆病もんだな」

「やめろよ、南雲。聞いてるかもしれないだろ? せめて、心配性と言ってやろう」

ハジメが首をコキコキと鳴らし、自分の状態を確認する。魔力は消耗しているが、体力はまだいける。ラスボス戦前としては、まぁ、悪くはない。

光輝が足首や手首をグリグリと回しながら、軽口を返す。マザーが絶対にこちらの話を聞いていると確信したうえでの言葉に、中々言うようになったとみるべきか。それとも、勇者として、マザーの所業に内心の怒りを滾らせている結果か。

いずれにしろ、そんな二人の雰囲気もあって、G10の心は穏やかだった。

緊張はある。敗北の恐怖も、積年の恨みが燃え盛るような感覚もある。けれど、自分でも驚くほどに冷静で、二百年越しの決戦を前に浮き足立つようなことは欠片もなかった。

(きっと、これが覚悟を決めたという心境なのでしょう)

マザーを前に、もはや満身創痍のG10にできるのは、ただ一つのことだけ。その役割だけ、必ず果たす。まさに、人事は尽くして天命を待つ、といった心持ちだった。

「解錠成功。お二人共、覚悟はよろしいですか?」

「ずっと前にできてるよ」

「お前こそ大丈夫だろうな? 途中で力尽きるとか勘弁しろよ?」

ハジメの言外の言葉をしっかりと汲み取って、G10は「もちろんです」と力強く答えた。

直後、高熱線の格子がスッと消える。道が開かれた。マザーのいる、この世界における天上界への道が。

ハジメがG10を脇に抱え直す。互いに視線を巡らせ、頷きを一つ。

三人は通路の先へと駆け出した。

先にあるものは見えている。何かが強烈な光を放っている。

その正体は……

「おぉ、映画で見たことあるなぁ、こういうの。SF系でさ」

「エネルギータワー、とでも呼ぶか?」

まさに、そう呼ぶしかない光の柱だった。

直径十メートルの円柱だ。巨大な 棒状照明灯(ベースライト) を縦に設置したようだと表現すべきか。その上下には巨大な機器が取り付けられており、発光色は青白く、無数のスパークを放っている。莫大なエネルギーを内包した装置であることは明白だ。

そのエネルギータワーを中心に円柱状の巨大な空間が広がっていた。幅はタワーを中心に半径百メートルといったところか。ハジメ達が出てきたのは天辺に近い場所で、手すりのない鉄橋が真っ直ぐに中心へと延びている。

エネルギータワーを囲むようにして空中回廊があり、更に三方向へ、俯瞰すればちょうど十字を描くようにして鉄橋が延びていた。回廊の正面部分には、コンソールらしき台座も見える。

「下にも繋がる道はあったんだな……」

ハジメが鉄橋の縁から下を覗くと、およそ十メートルの間隔ごとに下へ下へと、少し位置をずらした形で同じ十字橋がかかっているのが見えた。上から見ると、まるで螺旋階段のようである。

その階下の十字橋の間から見える地下の深さは、ざっと五百メートル。どうやら、マザーのおわす神域は、霊峰コルトランを天頂から真っ直ぐに貫いた縦穴らしい。

「南雲」

「分かっている」

光輝が注意を促した。回廊から三メートルほどの高さにあるエネルギータワーの上部、まるで祭壇のように幾本もの柱に囲まれた場所が輝き始めたのだ。

橋の幅は五メートルほど。並んで歩いても随分と余裕がある。なので、何があっても対処できるよう、ある程度距離を開けて二人は進んだ。

バチバチ、ジジジッという電気の奏でる音と、金属製の十字橋が鳴らすカンカンッという足音がやけに響く。

そうして、ハジメと光輝が回廊に足を踏み入れたところで、遂に声が響いた。

「よもや、本当にここまで辿り着くとは……異界の人間は、みなそれほどに恐ろしいものなのですか?」

これっぽっちも恐ろしいなどとは思ってなさそうな声音は、祭壇から響いてきた。各柱から流体金属が滲み出て、驚いたことに空中を漂い始める。渦巻くように、うねるように、あるいは風にたなびく布のように。

取り敢えず、

「恐ろしいぞ。首刈りウサギの一族なんて、精神破壊までしてくるからな」

なんてことを自然に答えつつ、ハジメはごく自然に抜き撃ちした。銃声と同時に、柱の一本から火花が散り一部が破損する。「やっぱレールガンじゃねぇと一撃で粉砕とはいかないか……」と小さく呟いている。

隣の光輝が、「こいつ……雑談しながら引き金を……」と戦慄の表情を見せる。が、まぁこういう奴だよ、と直ぐに納得して、

「もう一度、私の提案を考えてはみませんか? 隠そうとしても無駄です。双方共に相当な疲弊をして――」

「うわ、本当に固いな。なんの金属でできてるんだ」

抜刀一閃。伸長した聖剣で柱を斬りつけてみる。文句を言いつつも半ばまで刃が食い込んでいた。両断できなかったことを嘆くべきか、半分でも斬ったことを称えるべきか。

少なくともマザーは、

「……愚か者ども」

怒るべきだろう。実際、かなり苛ついてるようである。話を聞けと、言いたいに違いない。

「機兵如きを倒しただけで、私を打倒できると考えるのは愚かの極みです。お前達は、絶対に私には勝てない」

何か確信があるような口ぶりである。ハジメが目を眇め、光輝は警戒する。

「条件を引き上げてあげましょう。私の異界研究に協力するなら、この地で栄華の享受を許します。望むなら、領土と人間も分けてあげましょう。管理された命の中では、神に等しい存在となれます」

己の価値観で、どうやらこれ以上ないほどの譲歩をしたつもりらしい。流石は、傲慢の権化というべき天才を親に持つ、情を知らぬ機械知性体というべきか。

統合天機兵相手に見せたハジメ達の隔絶した力が、より強い興味と脅威をマザーに抱かせ、是が非でも掌握可能な範囲に収めたいのだろうが……

マザーの提案を受けたハジメと光輝は、思わず目を丸くして顔を見合わせた。

「これってあれか? あの伝説の〝世界の半分をお前にやろう〟ってやつか?」

「たぶん、そうじゃないか? 凄いな、リアルで聞けるとは思わなかった」

「よし、天之河。いっちょ答えてやれ。ここは勇者が答えるシーンだぞ」

「むしろ南雲だろ。ここは魔王として、お手本を見せてやってくれ」

「あ、あの……お二人共。おふざけはそのくらいで……」

G10がそろりと忠告してくる。だって、祭壇の輝きがやばい感じになってるから。スパークまで発生し、宙を泳ぐ流体金属は荒ぶっているから。マザーが激オコなのは明白だ。

その証拠に、

「……よろしい。では予定通り、被検体として飼うことにしましょう。脳が無事ならよいのです。体が残るとは思わぬよう。己の愚行を後悔しなさい」

一段と低くなった声音が響くと同時に、祭壇が動いた。どうやら床部分がスライドしたらしい。何かがせり上がってくる。

スパークと輝きと流体金属のベールで分かりづらいが、それはメタリックな人型だった。スリムな体型で、一目で女性型だと分かる人間的かつ滑らかなボディをしている。

直後、流体金属が衣のように、そのボディに 纏(まと) わり付いた。

「変身シーンを待っていてやるほど殊勝じゃない」

「同感だ」

銃撃と斬撃が同時に襲いかかる。しかし、流体金属と不可視の力場が二重の障壁となって防いでしまう。

そして次の瞬間には、その流体金属が槍となって二人を襲った。咄嗟に飛び退くも、今度は背後の壁や天井の一部がスライドし重火器が飛び出してくる。

飛来する弾丸を光輝が斬り捨て、その隙にハジメが魔力を振り絞ってレールガンを放つが……

「無駄なことです。お前達の手札は、全て解析済み故に」

まるで後光を背負っているかのように、祭壇が放つ光の中、人が進み出た。

すらりと伸びた四肢、細身の美しい女性的ボディライン。体に纏うのは、体に吸い付いているかのように密着する光沢のある純白の衣装。それはまるで、SFに出てくるパイロットスーツを彷彿とさせる。

手足や首まで完全に覆った状態だが、顔だけは晒されていて、波打つ白銀の髪と黄金の瞳が印象的な――ありてい言えば絶世の美女が、そこにいた。

スッと突き出された片手の先には、ひしゃげた状態で空中に静止する弾丸がある。

「なけなしのレールガンを受け止めるのかよ」

そんな奴は某バグウサギだけでいいってのに……と内心で毒吐くハジメ。光輝も少々引き攣り気味の顔で聖剣を握る手に力を込める。

直後、金属のボディに流体金属の皮を被った偽りの神――マザーが、ふわりと浮き上がった。

足下からジジッと青白い放電をし、それがエネルギータワーや空中回廊に接触して火花を散らす。かと思えば、放電現象は全身に及び、本当に後光でも差しているかのように輝き始める。

更に、祭壇の柱が菱形に変形して宙を飛び、まるで三対六枚の翼のように展開する。そのうえ、同じく祭壇から飛び出した、帯電する流体金属の帯を幾本も侍らせる光景は、まるで鉄色の〝龍〟を従えているかの如く。

神が、天上より羽虫を見下ろすかのように睥睨するマザーは、スッと指を突き付けて、

「ここは私の楽園。侵略者よ、私に全てを捧げなさい」

そう、宣告した。

対するハジメと光輝は、

「地に落としてやるよ――」

「俺もついに神殺しか。上等だね。行くぞ――」

二人同時に

「限界突破ッ」

「限界突破!!」

真紅と純白の光を纏って宣戦布告を返した。

刹那、マザーの突き出した手から雷撃が飛んだ。魔法のように球体や槍、あるいは砲撃のように成形されたものではない。ただ無差別に放電した、無数の蛇が襲い来るような不規則な軌跡を描く攻撃だ。

一歩先んじて飛び退いていたハジメと光輝だったが、閃光が視界を埋める中でマザーの六枚翼の内の二つが、仄暗い口を開けた先端を向けていることに気が付いて頬を引きつらせる。

まるで、否、どう見ても、ハジメが使う オールレンジ兵器(クロスヴェルト) ……

帯電する機械翼の銃口を見ながら、ハジメが目を細めた刹那、青白い閃光が空気を灼き焦がしながら放たれた。

二発のレールガンが、鉄橋の端に飛び退いていた二人の足下に着弾する。轟音が鳴り響き、衝撃が強かに体を打つ。

「南雲!」

「ぐっ――」

光輝はどうにか体勢も崩さず回避に成功。技能〝先読〟と、ハジメのクロスヴェルトを知っていたが故に体は放たれる前に動いていたことが幸いした。

だが、驚くべきことに、ハジメは僅かに回避が遅れたようだ。直撃は避けたものの衝撃で吹き飛び、背中から鉄橋に叩き付けられバウンドし、そのままずるりっと転落しそうになる。

咄嗟に縁に掴まるが、

「しまったっ――」

「ハジメ様……」

抱えていたG10が、腕から抜け落ちてしまった。そのまま落下していくG10は、一段下の十字橋に当って硬質な金属音を響かせバウンド。そのままボールのように為す術なく下まで落ちていく。

「やはり、既に重力中和が使えないようですね。耐久値も限界のようですし……残念です。目の前で希望が消える瞬間を見せてあげたかったのですが」

「趣味の悪い親だな。今度からマザー(笑)とでも名乗れよ」

「南雲。ここで打倒するんだから名乗れないよ。後で墓石にでも刻んでやろう」

片手懸垂の要領で鉄橋の上に戻ったハジメが、神経を逆撫でするような笑みと共に揶揄すれば、光輝まで便乗した。

マザーの目元がピクリと動く。

「戦術支援もなく、その疲弊状態で随分と余裕ですね。言ったはずですよ、解析済みだと。その〝限界突破〟とやら、身体能力を上げる代わりに、文字通り、未知のエネルギーをオーバフローさせているのでしょう? 敗北は時間の問題ですよ」

「ブラックな戦闘をする気はない。仕事はきっちり時間内に終えるさ」

「戦い方改革ってやつか。俺も見習うとしよう。残業は勘弁だ」

あくまでふざけた態度を崩さない。深刻さも、焦燥も、不安もない。あくまで自分に勝つ気でいる。どこまでも不敵。

気に食わない。マザーには、それが我慢ならない。

「その軽口、悲鳴と命乞いに変えてやりましょう」

返事はない。だが、その不敵な二対の瞳が何より雄弁に物語る。すなわち、「やれるもんならやってみろ」と。

ハジメがドンナー&シュラークを手に、半身となってガン=カタの構えを取り、光輝が深く腰を落として抜刀術の体勢と取った――刹那、

「ガッ!?」

轟音と同時に、光輝が吹き飛んだ。まるで高速で突っ込んできたダンプカーにでも轢かれたみたいに。

砲弾の如く宙を水平に飛び壁に叩き付けられる。

「チッ。磁力で加速してるのか」

舌打ち一つ。光輝と入れ替わるようにして拳を突き出しているマザーへ、ハジメは引き金を引いた。

既に〝瞬光〟は発動済み。その拡大された知覚能力が、常に帯電状態のマザーが行った高速移動のカラクリと、光輝がギリギリで聖剣を差し込み直撃を避けた光景を確かに見た。

マザーは、ハジメの放った計六発の弾丸を流体金属の龍を盾にして防いだ。直撃部分だけピンポイントで硬質化させることで完全に防ぎ、その龍を置き去りにしてハジメに肉薄。

ジジジッという放電特有の音を微かにさせつつ一瞬で距離を詰める。

「だが、見えてるぞ」

「それが?」

両手が変形。一瞬で高熱ブレードに。左右より襲来したそれを、地を這うように身をかがめて交わし、下方より穿たんと銃口を向けるハジメだったが、

「――ッ」

本能と経験則が伝える強烈な悪寒に、攻撃の意志を全力でキャンセル。地を転がるようにして横転すれば、一瞬遅れて流体金属の槍が突き立った。

攻避一体がハジメの基本である。流れるように膝立ちとなった時には既に照準と発砲がなされている。

だが、マザーの動きに乱れはない。回避すらもしない。不可視の力場が発生し銃弾を防御したのだ。同時に、機械翼二枚の銃口がハジメを捉え、青白いレーザが放たれる。

膝を支点に回転して回避し、再び発砲――するより速く、高熱ブレードが首を落とさんと迫る。仕方なくドンナー&シュラークの銃身で受け止める。

息つく暇もなくマザーの前蹴りが飛んだ。それを、ハジメも前蹴りで応戦。ガンッと金属同士がぶつかったような衝撃音が響く。

「本当に人間とは思えませんね」

「ガハッ!?」

マザーの腹部から拳が突き出していた。流体金属の外皮は人の模倣のみならず、人外の攻防を可能にするためのものらしい。

腹部に破城槌でも食らったような衝撃を受けて吹き飛びながら、ハジメは内心で悪態を吐いた。

(振動破砕、か!)

ご丁寧にも、そんな機能まで付け加えてくれたらしい。金属繊維で編まれたタクティカルベストの腹部が見事に崩壊し、腹筋が悲鳴をあげているみたいに痙攣する。

空中で反転し、壁に足から着地。と、その時には既に、全ての機械翼が帯電して――

「くそがっ」

壁を蹴って横っ飛びしたと同時に、レールガンが撃ち込まれた。衝撃で跳んだ以上に吹き飛ばされる中、義手の甲からワイヤーアンカーを射出。

更に遠心力で空中移動するも、振り子の軌道は実に分かりやすい。

未来位置へ、三発の電磁加速された砲弾が迫る。刹那の世界で、シリンダー換装によるドンナーのリロードを完了。間髪入れず、それぞれに二発ずつ発砲。

もし、ほんの僅かでもタイミング・位置がずれていたなら重傷間違いなしだった脅威を前に、ハジメの魔技は見事に己を生かした。

それぞれが砲弾のサイドへ掠るように着弾。砲弾の軌道がずれて、ハジメが通り過ぎた後の壁を粉砕するに留まる。

ワイヤーを切り離し、空中で反転したハジメはシュラークも腰の弾帯に這わせることで高速リロードし、

「自分の住処だろ。もう少し遠慮しろ!」

六連発クイックドロウ&ピンポイントショット。マザーの額を穿つべく空を切り裂いた弾丸は、しかし、やはりというべきか。流体金属の龍が重なるようにして展開し、硬質化によって防ぎきってしまった。

そして、

「――っ」

マザーに注視しすぎた。ここは彼女の領域だというのに。

気が付けば、背後の壁から音もなく現れたセントリーガンがハジメに狙いを付けていた。マズルフラッシュが瞬く。

身を翻す余裕はなく、リロードも間に合わない。

被弾を覚悟した。魔力消費もやむなしと、一瞬の〝金剛〟と肉体強度で耐えようとする――寸前。

「疾っ」

無数の剣閃が全ての弾丸を逸らし、斬り捨て、弾き飛ばした。空中に躍り出て、背中合わせとなったのは光輝だった。

「遅い」

「悪いっ。ちょっと麻痺ってた!」

実は、光輝が受けた拳も震動破砕付きだったのだ。その衝撃と、更には電撃まで加わって、感電と衝撃で動きを制限されていたのである。なお、その状況で、セントリーガンの集中砲火も受けていたりする。全て斬り捨てて、ようやく戦線復帰したところだ。

二人揃って十字橋に着地。そこへ、容赦なくレールガン。

「行けっ、天之河!」

「ああ!」

既にリロードを終えたドンナー&シュラークが、レールガン逸らしという魔技を以てしのぐ隙に、光輝は地を這うような姿勢で踏み込んだ。

と同時に、リンッと鈴の音色が響く。抜刀された伸びる斬撃がマザーを両断せんと横薙ぎにされる。

あらゆるものを両断してきた刀モードの聖剣の一撃。

それを、あろうことか、

「なっ!?」

マザーは、肘と膝で挟み込む形で白刃取りしていた。

「動きは解析済みです。どれだけ速くとも、来る場所、タイミングが分かっていれば対応できるのは当然」

慌てて聖剣を元の長さに戻した光輝だったが、その聖剣の戻る速さと同等の速度でマザーが踏み込んでくる。

納刀はせず、そのまま高熱ブレードとの斬り合いに応じる。が、

(っ、動きが、見切られてる!?)

マザーの黄金の目がチカチカッと高速で瞬いている。至近距離だからこそ分かったのは、その瞳に無数の情報が表示されていて、めまぐるしく変化していること。連動するようにマザーの動きは最小限で、聖剣の切っ先を一ミリ単位で回避し、反撃してくる。

「人間らしい、合理的な術理です」

だからこそ、読める。

終末戦争のおり、機兵に応用するために収集した膨大なデータ。光輝の今までの戦闘データ。視線、筋肉の動き、神経が発する微弱な信号、それらを全て統合し、戦術支援システムに取り込み、投影する。

伊達に、ただ一機で世界を相手取り勝ちを拾った機械知性体の母ではないのだ。

超高速の機械的分析能力は、かつてG10のような戦術支援AIが束になっても敵わず、コンマ秒毎に光輝の動きを先読みし、ミリ単位の誤差すらない正確無比な動きを実現するマザー専用の戦闘用ボディは、機械仕掛けの神というに相応しいスペックを有する。

しかも、その動きは素人のそれではない。〝武〟を感じさせる完成された動きは極めて合理的で、おそらく軍格闘術なのではないか。それも達人級の。

だが、それでも負けるわけにはいかないから、光輝はスッと目を細めて咆えた。

「人間を……なめないでもらおうか!」

「いいえ、所詮は人間です」

〝無念有想〟――発動。光輝の瞳から意志の光が消える。凪いだ湖面のような静謐を身に纏う。戦闘中とは思えないほど意気のない有様は、あの深淵卿にも通ずるほどの〝恐ろしく認識し難い〟動きを可能とし、その斬撃は時を飛ばしたような極限へと至る。

だが、その剣撃の極致に、

「お前もやはり、人間離れしていますね」

マザーは対応した。流石に、完全とはいかないようだが、足りない部分を流体金属の龍と不可視の力場、変幻自在の外皮で補う。

「自称神のくせに、泥臭い戦い方してんじゃねぇよ」

爆発音が轟いた。見れば、機械翼六枚のうち、二つが白煙とスパークを撒き散らしながら落ちていくところだった。

レールガンの猛攻を凌ぎきり、手榴弾の範囲攻撃で撃墜したのだ。

とはいえ、全てを墜とせなかったのは、周囲の壁面兵器と機械翼で、マザーが戦術的に戦っていたからだ。

AIらしいというべきか。光輝と高速近接戦闘を繰り広げながらも、並列思考だか分割思考だかで、しっかりとハジメに対応していたようだ。

どうにか壁面兵器を潰したハジメが、光輝とは反対側からマザーへ肉薄した。

シュラークはホルスターにしまわれており、フリーになった義手がお返しの〝振動破砕〟を発動する。

それを背中から新たに生み出した腕で受け止めるマザー。ハジメの人外の膂力を以てしても押し切れず、せいぜい外皮の一部を散らすのみ。

その間に右手の高熱ブレードがハジメに向けて横薙ぎにされ、同時に左手の高熱ブレードが光輝の聖剣と斬り結ぶ。

流体金属の龍が二人の背後から迫り、真横に回り込んだ機械翼が銃弾を吐き出し、天井のライフルが精密な狙撃をしてくる。

「鬱陶しいっ」

回避、回避。ドンナーでマザーの足を狙い撃ち、光輝が無言で合わせて首を狙う。

磁力が迸り、空中で横倒しのまま滞空することで回避したマザーは、己を中心に放電した。雷撃が至近距離で炸裂し、二人の動きが一瞬止まる。

その致命的な隙を突いて、磁力で浮いたまま、マザーは優雅とすら言える動きで独楽のように回転した。左右の高熱ブレードが、聖剣を真似たみたいに伸長し二人の首を狙う。

「あっぶねぇ!」

「くっ」

体は硬直すれど、思考まで止まるほど甘くはない。光輝は聖剣を大剣モードにして、ハジメは義手の可変式外付け盾を使って、それぞれ間一髪で死を免れる。

が、次の瞬間、その高熱ブレードが熱を保ったまま鞭のようにしなった。義手に巻きつかれかけたものの、咄嗟に外付け盾をパージすることで免れる。光輝もまた、大剣に巻きつき引っ張られた瞬間に手を離して離脱する。

もし、引き込まれていたら……天井から垂直に鉄橋を穿ったライフル弾を見れば、結果は明らかだろう。

投げ捨てられた聖剣を見もせず、光輝は〝縮地〟で踏み込んだ。初めて、マザーが訝しむように目を細める。

「これなら避けられねぇだろ」

ドンナーで機械翼と流体金属の龍を牽制しつつ、義手を可変させる。五指が伸び、鉤爪のようになってマザーの体を丸ごとわし掴み、その掌からスラッグ弾を発射。

有効打が入った。マザーが衝撃で痙攣でもしているかのように震え、一瞬だけ動きを止めた。

そして、目を見開いた。片手を虚空に突き出す光輝と、聖剣が空中でUターンして、その手に収まるのを見て。

「もらった」

抑揚のない光輝の声は、しかし、確信に満ちていて――

「いいえ。無理です」

直後、マザーが爆ぜた。カッと閃光を放つと同時に、凄絶な衝撃が迸った。外皮として纏っていた流体金属を爆破したらしい。

光輝は咄嗟に大剣の剣腹を盾にしたが、それでも後方へ吹き飛ばされ背中を鉄橋に打ち付けるのは避けられなかった。

ならば、至近距離でマザーを拘束していたハジメは……

「ぐっ」

小さな呻き声をあげながら、やはり後方へ倒れ込んでいた。本能的に不味いと思い、咄嗟に魔力消費覚悟で一瞬の〝金剛〟を使ったため大きな外傷はない。

だが、義手の五指は破損し、少なくない衝撃が体の内側に入った。思わず咳き込んだ口からは血がピシャリと飛び出してくる。

そして、素早く立ち上がるも隙は隙であり……

「ぐぁっ!?」

爆炎の中から放たれたレールガンを食らって、弧を描くように吹き飛ばされてしまった。

辛うじて、ドンナーを盾にしたものの電磁加速された砲弾を受けたのだ。いくら強靱な肉体を持つハジメであっても、意識がブラックアウトするのは避けられなかった。

次にハジメが意識を取り戻したのは、背中に強烈な衝撃を感じた瞬間。

「がふっ! くそっ、意識飛んでたか!」

明滅する視界、強烈な吐き気と腹部に感じる激痛。

それでも状況把握は一瞬だ。どうやら、三つほど下の十字橋まで落下し、強かに背中を打ちつけたらしい。意識が飛んだのも、ほんの数秒のことのようだ。

およそ三十メートルの高さでも墜落死しないあたり、本当に頑丈ではある。ついでに、レールガンを受けても壊れていない 相棒(ドンナー) も同じく。

「ははっ、本当に久しぶりの死闘だな。燃えてくるわ」

血混じりの唾を吐き出し、乱暴に口元を拭う。

ここまで、まだワンラウンドにも満たない時間しか経っていないのに、既にトータスでの決戦以来の大ダメージを受けてしまっている。

軽口は飛び出るものの、実際のところ中々に厳しい状況である。

何せ、今のところ分析した限りでは、マザーのスペックは〝擬似限界突破〟状態の〝神の使徒〟と大差がない。

速度は及ばず、分解能力もないが、それはハジメ達が大縛りプレイ状態であることを考えれば大して助かる要素でもない。差引きゼロ……

否、そのとてつもない解析能力と超高速の演算能力、刹那のうちに算出される数多の戦術に支えられた戦闘能力を見れば、むしろお釣りがくるだろう。

何せ、マザーの動きは対ハジメ&光輝に最適化されたものなのだから。まさに、対魔王&勇者用決戦兵器、とでもいうべきか。

「……ほんと、頼むぞ」

誰ともなしに呟き、チラリと眼下へ視線を向ける。が、直ぐに視線を上に戻し、痛みを無視して足に力を込める。今この瞬間も轟音を響かせる戦場に戻るべく、跳躍で一つ上の十字橋へ。

と、その時、

「――ッッ!!」

声にならない絶叫をあげて光輝が落ちてきた。一つ上の十字橋に。

バウンドして、そのままずるりっと頭から落ちてきそうなのを見て、ハジメはそちらへ跳躍し、光輝の足を引っ張り落下を防いだ。

「うわぁ……お前、大丈夫かよ」

「大丈夫じゃ、ない――ごふっ」

思わず、ハジメは光輝の足を離した。膝があらぬ方向に曲がってだらんっとしてしまっている足を。ついでに腕も折れているらしい。脇腹には、高熱ブレードが掠めたのか、血は出ていないものの肉を削られたような傷跡もある。。

「長引けば長引くほど解析されるわけか」

「まったく、嫌になるね」

なんて言いながら、全身から放電しつつ宙を浮き、自分達を見下ろすマザーを見やる。既に流体金属の外皮を纏い直したようで、元の美女へと戻っている。

そのマザーが、またも目を眇めた。

「……なぜ立てるのですか?」

「気合い、かな?」

「シアかよ」

マザーの視線の先には、光輝がいる。そう、足を砕かれていながら普通に立ち上がった光輝が。

――限界突破の特殊派生 戦鬼

体内にて、魔力をギプス代わりに体が砕け散るまで戦い続けることを可能とする力。故に、腕も見た目は元通り。

とはいえ、タイムリミットは近い。二人とも、ガス欠状態までのカウントダウンが始まっている。

それでも、そんなピンチな事実はおくびにも出さず、まだまだ余裕という態度を崩しはしない。

それが、やはりマザーを、

「不快です。極めて不快です」

どうしようもなく苛立たせる。

だから、

「脳を破壊せぬようにと考えていましたが……被検体はもう一人いる」

目の前の、どれだけ差を見せつけようと、どれだけ痛めつけようと、まったく意に介さず瞳から不敵な輝きを消さない〝人間〟を、

「もういい。お前達は……消去します」

消し去ることにした。かつて、この世界にはびこった人類に、そうしたように。

黄金の瞳が輝く。直後、ゴウンッと腹の底に響くような音が天井から降ってきた。

縦に割れていく。機械音を木霊させながら、天井が左右に開いていく。

そうすれば当然、見えるのは無数の稲光を走らせる雷雲。

「っ、や、やばい……」

「予想の範囲内だろ」

なんて言いつつも、ハジメの頬も少し引き攣る。

氷塊が背筋を撫でたと感じた瞬間に、二人して左右へ全力の回避。その勘は正しく、閃光が空から落ちてきた。一拍遅れて、鼓膜をつんざくような轟音が響き渡る。

落雷だった。

ハジメと光輝が一瞬前までいた場所に、ピンポイントで雷雲から落とされた雷が、まるで神罰の如く二人を襲ったのだ。

天候制御の技術があるとは聞いていたが、落雷を意図的に狙った場所へ落とせるという事実には冷や汗が出るのを避けられない。

エネルギータワーがあるこの場所に落として大丈夫なのかとツッコミを入れたくなるが、先程までの遠慮ない攻撃を思えば、重要部分は問題ないくらい頑丈なのだろう。

しかも、だ。ダメ押しが……

「伏兵……やっぱいたなぁ」

「伏兵っていうのかな、あれ。強化パーツって言うべきじゃないか?」

天を操れるなら、海も操れる、というべきか。壁という壁から、ダムの放水の如く大量の液体金属が噴き出した。

それらは重力に従って落ちることなく、青白く帯電しながら宙を流れ、マザーの元へ集っていく。それはまさに、鉄色の海を操っているかのような光景だった。

発達した科学は魔法と見分けがつかない、なんて言葉は有名だが、まさにそれだ。

「終わらせましょう」

無機質で、けれど、どこか憎らしそうな声音が木霊した。