軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王&勇者編 プロローグ

「光輝……マジで召喚されすぎだろ」

とある砂漠の国の王宮に、頭を抱える龍太郎の姿があった。

「しかも、南雲くんにタックルかまして道連れにするとか……勇者だね」

ついでに、鈴の感心したような声も響く。

「う、うむ。光輝は、その……自分は勇者だと認めたようだから……」

「お姉ちゃん、たぶん意味が違います。意味が違うと、クーネは思います」

チラリッチラリッと、テーブルの向かいに座っている相手を気にしつつ言葉を返したのは、この砂漠の国〝シンクレア王国〟の王族姉妹――モアナ・ディ・シェルト・シンクレアと、クーネ・ディ・シェルト・シンクレアだ。

美しい金髪に、翡翠の瞳、そして紋様の描かれたチョコレート色の肌が眩しい美人姉妹である。姉のモアナは元女王ということもあって男口調の快活な性格であり、妹のクーネは八歳にもかかわらず腹黒小悪魔な性格だ。

なのだが……今は、せっかくのお茶を楽しむ余裕もないほど、ものすっごく大人しく、そして居心地が悪そうである。

「……ん」

その原因が、紅茶を一口。優雅に香りと味を楽しみ、ソーサーにカップを戻す。僅かにカチャリッと音が鳴り、王族姉妹がビクッとなる。

「もう、ユエ。そんな意地悪しないの!」

モアナとクーネの様子を見て、香織が苦言を呈した。そう、なんだかおごそか~な雰囲気のユエ様に。

「……ばかおりめ。私がいつ意地悪をしたっていうの? 冤罪も 甚(はなは) だしい。ばかおりめ」

「不機嫌そうな雰囲気を出すのやめようよって言ってるの。それ、わざとでしょ。私、ユエが本当に不機嫌かどうか、ちゃんと分かるんだからね!」

「……ふっ。流石は真性のストーカー。観察力のステータス値はカンストか」

「……ふふっ、ユエ。ちょっと表に出よっか?」

香織の額にビキッと青筋が浮かぶ。ついでに、ユエ様から「お? やんのか? お?」とチンピラみたいな挑発顔も浮かぶ。

「はいはい、二人共。威圧感を出さないの!」

「妾にはむしろ心地よいプレッシャーじゃが、周りの者達がめちゃくちゃ緊張しとるしのぅ。自重せい」

いつも通り、風が吹けば木の葉が舞うくらいの自然さで喧嘩を始めようとした二人を、雫とティオが諫める。

ティオの言う通り、この場所――シンクレア王国の王宮にあるテラス――にて、一同の〝交流会〟を見守っている者達がかなり固くなっていた。

給仕を務める女王専属侍女のアニールは微妙にカタカタ震えているし、近衛隊長のスペンサーや戦士長のドーナル、筆頭術士のリンデンと娘リーリンは冷や汗を流しているし、〝今にも砕け散りそう系お爺ちゃん〟な筆頭文官ブルイットは、今にも本当に砕け散りそうだ。

それも無理はない。

何せ、彼等はみな、各地からの報告などを受けて、ユエ達の力の強大さを知っているから。

――光輝が召喚された二度目の異世界

人と自然を支える恩恵力が満ちたこの異世界では、それを食料とする≪暗き者≫との戦争が連綿と続けられてきた。

≪暗き者≫が恩恵力を喰らった土地は〝死んだ土地〟となって砂漠化し、人類は、歴史の上におびただしい犠牲を積み重ねながらも生存闘争を繰り広げていたのだ。

その最前線というべき国家こそ、モアナを女王とする【シンクレア王国】だった。

そして、もはやこの世界の人類では抗い切れぬと、〝大いなる恩恵の意思〟たるフォルティーナの御業により、勇者たる光輝が召喚されたというわけだ。

光輝は内なる葛藤に身も心も砕かれながら、死闘の中で〝答え〟を見つけ出し、そして、この世界の長きにわたる闘争に決着をつけた。

だが、全てが終わってハッピーエンド……となる前に、「次の世界、お願いしまぁ~~す!」と言わんばかりに光輝へ召喚が襲いかかった!

当然、光輝くん涙目である。

何せ、ようやく地に足をつけて生きられる、支えてくれたモアナとの時間をたくさん持てる、そう思っていたところへの、まさかのお誘いである。断固拒否である。

でも、世界の意思さん(?)とやらは全く容赦がなくて。

逃げられない! と悟った光輝は、あろうことか死闘の中で身につけた超絶技巧を最高レベルで発動しハジメにタックルをかましたのである。

たぶん、きっと、おそらく、「魔王がいれば、きっとなんとかなる!」と頼りにしたに違いない。まさか、「死なば諸共じゃい!」とか「どうせ苦労するなら魔王くんも一緒に!」とか思っていたわけではないはず。

なにはともあれ、光輝の道連れアタックにより、ハジメは怨嗟の声を上げながらも仲良く一緒に、どこぞの世界へと召喚されていったのである。

それが、一週間前のこと。

そう、一週間である。

クリスタルキーと導越の羅針盤を持っているのに、ハジメさん、七日経っても戻ってこないのである。

魔力が足りないか、それともゲートを開けない別の障害があるのか……

とにもかくにも、勇者の暴挙で旦那と引き離された正妻様は、いつにも増して無表情&ジト目だった。

「はいはい、お二人さん。チョークスリーパーされたくなかったら暴れちゃダメですよ」

既に取っ組み合いしそうな感じだったユエと香織に、シアがニコッと笑って言う。二人はピタリッと動きを止め、そのまま逆再生のように座り直した。シンクレアの皆さんから尊敬の眼差しがシアへ注がれる。

シアが見てくる! と、ユエは背筋を伸ばして咳払いを一つ。モアナへ視線を投げた。

「……本当に不機嫌じゃないから気にしなくていい」

「そ、そうか」

「……ん。それと、もう女王じゃないんでしょ? なら、口調も素でいい」

ついつい緊張して女王口調だったモアナは、ユエのふんわりした表情に相好を崩し、「分かったわ」と本来の口調に戻った。終戦直後、略式ではあるがクーネが女王を引き継いだので、今のモアナはただの王族の女性というだけなのだ。もう、無理をして威厳を保つ必要はない。

「でも、心配ね。光輝も、どうして彼に飛びついたのか……いえ、彼を咄嗟に頼ったというのは分かるのだけど……」

モアナが憂いの深い表情で溜息を吐く。

光輝の性格を理解しているモアナからすれば、たとえ自分の身に危険が迫っていたとしても他人を巻き込むような人ではないと分かっている。

故に、光輝の行動は不可解であり、同時に、こうして巻き込んだ相手の身内である女性陣を前にすると申し訳ないという気持ちがわき上がってしまう。

だが、そんな申し訳なさ半分、光輝の心配半分という複雑な表情のモアナに、くすりと笑い声を返す者が。

「それだけ、成長したということかしらね」

「雫お義姉様?」

「お義姉様はやめて」

「あ、はい」

モアナまでソウルシスターズ化されては困る。と、切実に真顔で訴える雫に、モアナは視線を泳がせる。代わりに、クーネが興味津々な様子で身を乗り出した。

「雫お姉さん、どういうことですか? どういうことかと、クーネは詳しく聞きたいです!」

「そうね……」

一応、新女王の身ではあるが、雫は救世主の一人である。この七日間で個人的に親しくなったというのもあるので、お互いに態度は気安い。

「光輝は、意図的に誰かを危険に巻き込むなんてこと普通はしない。だって、それは正しくないから。同時に、その対象がハジメなんて、もっとあり得ない。だって、光輝は嫌いな相手には意地を張るから。間違っている奴の手なんか借りない!ってね」

どこまでも正しさの虜。そして、何よりも心が子供。それが、今までの天之河光輝。

「なのに、躊躇いなくハジメに突撃したのは、それが一番いい結果になるって確信していたからでしょう」

ハジメを巻き込むのは〝間違っている〟。

それがなんだというのか。

この世界まで迎えに来てくれたのだ。光輝を案じる者達の願いに応えて。なら、召喚された先に、また迎えに来させることになる可能性は高い。ならば、共にある方が最善だ。

気に食わない相手の手を借りるなんて屈辱だ。

それがなんだ。

心底むかつくくらい頼りになる相手なのだ。頼らず意地を張った結果、這いつくばって何もできず、結局迷惑をかけるくらいなら最初から頼る! 土下座の準備はできている! 詫びの品は何をご所望ですか!

「清濁併せ持つ……誰もがしていることを、ようやく少しはできるようになった、ということなんでしょうね」

ふふっと、弟の成長を喜ぶ姉の顔で微笑む雫に、しかし、クーネは難しそうな顔になった。

「……お姉ちゃん、光輝様への理解度で負けています。クーネは、圧倒的敗北を喫していると断言します! これは精進しないといけませんよ!」

「そ、そうね、クーネたん! 確かに、なんだか悔しいわ! お姉ちゃん、がんばる!」

「何度も説明したけど、対抗心を燃やす必要はないわよ? 本当に」

ちょっと光輝と雫の関係を疑っているふしのある王族姉妹。今も、なんだか凄く悔しそう。というか、クーネたんまで〝女の顔〟で悔しそうなのは……

雫は思った。「まさか、光輝。こんな小さい子にまで手を出したりは……」と。

「クーネは女王なので。常に最悪を想定して動かねばならないのです! お姉ちゃん、油断大敵ですよ!」

「素晴らしい心構えだわ、クーネたん!」

「当然です。それに、まだ全て負けたわけではありません! こちらには既成事実だってあります!」

「「「「「既成事実?」」」」」

なにそれ詳しく! と、ユエ達が身を乗り出す。雫は引き攣り顔で、「まさか本当に、こんな小さな子を!?」と幼馴染み斬刑プランを練り始める。

「そうです! 何せ、お姉ちゃんもクーネもスペンサーも、光輝様にベッドへ連れ込まれた経験がありますからね!」

「「「「「スペンサー!?」」」」」

部屋の中の全員の視線が、バッと近衛のオジ様隊長スペンサーに向く。スペンサーはビクッと震え、「そ、そんなこともありましたなぁ」と視線を逸らした。リンデン達が、スペンサーから少し距離を取った。

「お、俺……あいつが帰ってきた後、どう接すればいいんだ……」

「龍くんの貞操は私が守るよっ」

知らぬ間に男色の疑いが……

モアナが必死に、ただ倒れ込んだだけだと弁明するが、クーネの追撃。

「あと、うちのリーリンを口説いていましたしね!」

「なんですって!?」

流石、嵐を呼ぶ幼女クーネたん。場を混沌に落とすのが大変お上手。

全員の視線がリーリンへと向く。モアナの瞳孔が収縮しそう。

視線の圧力を受けたリーリンはふるふると首を振った。

「ただ、格好いいと褒められただけですよ。光輝様にそんな意図はありませんから、クーネ様の言動に踊らされてはいけません」

流石、弱冠十六歳にして、近衛に編制されるほどの戦士。栗毛のツインテールを風に遊ばせる可愛らしい少女であっても、やはり波風を立てない冷静さを――

「好意を抱いているのは私の方なので」

「「「「「!?」」」」」

普通に波風を立てる美少女だった。澄まし顔で紅茶に口を付ける。モアナがくわっと目を見開き、クーネは自分で振っておいて動揺し、友人のアニールと父のリンデンが「そうだったの!?」的な驚愕の眼差しを向ける。ユエ達は「おぉ!」と好奇心旺盛なキラキラ目になる。

「リ、リーリン! 間違いを起こしたら厳罰に処すって、私、言ったわよね!?」

モアナが椅子から立ち上がって糾弾する。怒声が響く。

しかし、当のリーリンは真っ直ぐにモアナを見返すと、

「間違いは起こしていませんよ? これから起こすんです。私の男になれと」

男前か!? と、龍太郎達男組が引き攣り顔になった。

「あ、あの、リーリン? 冗談ですよね? 冗談だとクーネは思うのですが……」

「まさか。本気ですよ、クーネ様。……一万の軍勢を前にたった一人、アークエットの民を守るために気絶しながらも戦い続けたあの姿を見て、ハートを撃ちぬかれました」

納得できる話なのか、モアナの視線が泳ぐ。「そうよね! かっこ良かったわよね!」とガールズトークしたいけどできない! みたいな顔だ。

そんな動揺するモアナに、リーリンは立ち上がるとビシッと指を突き付けた。

「モアナ様! 今までは遠慮していましたが、もはや貴女は陛下ではありません! 故に、私も容赦はしません! 今は一歩リードされていますが、光輝様はこの私が! 風のように奪い去っていくと宣言します!」

「こ、この裏切り者ぉ~!!」

ユエ達、大興奮! 元女王とその忠義の部下が恋敵になるなんて! リーリンちゃんマジ男前! 涙目のモアナちゃんマジカワ! なになに、なんなのこの昼メロ展開! 超見応えあるんですけど! ティオ! 録画の準備を! なめるでないわ! 既に撮影中じゃ!

「……あのリーリンが、遂に色恋を知る……か」

「リンデン、良かったな。男前過ぎて嫁の貰い手を心配していたものな」

「ドーナル、祝福は早計だ。ほら、よく見ろ。モアナ様と睨み合う娘を見て、リンデンの目が死んでいるぞ」

微妙な雰囲気の親父~ズを置いて、できる幼女であるクーネが微妙に動揺を残しつつも、話題の転換を図った。

「し、しかし本当に心配ですね! ユエお姉さんの話では、直ぐに帰ってくるという話でしたから」

その言葉で、先程までの重苦しい雰囲気を思い出し、モアナとリーリンも神妙な顔付きで座り直した。

その空気を、ユエが苦笑い気味に払拭する。

「……無駄に心配させた。あっちは問題ない」

「どうしてそう言い切れるのですか? 魔王様がお強いのは分かっていますが、それでも未知の場所へ飛ばされたのです。クーネは、楽観はすべきではないと思います」

当然といえば当然の言葉。あるいはユエが、本当は心配だけれどクーネ達を気遣ってわざと明るく言っていると思ったのかもしれない。

だから、ユエは笑った。誰が見ても、憂いの影すら見えない満面の笑み。全幅の信頼と確信に彩られた輝く雰囲気と共に。

「……そこにハジメがいる。なら、何も問題はない」

それは根拠になっていない。と、普段ならそう口にしただろうクーネ。だがしかし、クーネは口を 噤(つぐ) んだ。モアナ達も一緒だ。

ユエだけではなく、異世界組の全員が、まったくちっともユエの言葉を疑っていなかったから。まるで、方程式に導かれた答えを告げられたみたいに。

「……どんな世界か、どんな障害が待ち受けているのか、そんなものは関係ない。ハジメは、必ず見つけて手に掴むの。針の穴を通して活路を見い出し、不可能を可能に変えて、望む未来を、必ず掴むの」

この上なく誇らしげな言葉だった。

シアも、ティオも、香織も、雫も、そして龍太郎や鈴だって、その笑顔の中に〝自分達の魔王に不可能はない〟という誇らしさを宿していた。

「……勇者も戻ってくるから大丈夫」

「ふふ、だよね。だってハジメくん、自分からついていったようなものだしね」

「あ、やっぱりそうなのか? 確かに光輝の踏み込みはヤバかったけどよ、南雲ならどうにかできたんじゃねぇかって思ってたんだよな」

「たぶんじゃが、また魔力を消費して追いかけるのが面倒という考えが過ぎったのではないかのぅ?」

「光輝が成長して、ハジメも少しだけ認めたからというのもあるのかしらね? どうやら〝嫌いな奴〟になったみたいだし」

あっけらかんと、光輝も一緒に戻ってくることを当然の未来のように話すユエ達に、気が付けばモアナ達の体からも力が抜けていた。

「その……本当に光輝も一緒に戻ってくると思っていいのしかしら?」

おずおずと尋ねるモアナに、雫が言う。

「当然よ。だって、ハジメが、私達が悲しむような未来を許すはずないもの」

光輝との関係を疑っていたことが馬鹿らしくなるくらい、信頼と愛情に満ちた雫の様子に、モアナはいろんな意味でようやく完全に力を抜いた。

穏やかな空気が流れ、全員が静かに紅茶に口を付けた。

そこで、またも龍太郎がぽつりっと言う。

「けど、いつ帰ってくるかが問題だよな……俺達が帰らないと、王国にいる愛ちゃん先生達も帰れねぇし……普通に学校も始まってるぜ?」

「ああ~、そうだよねぇ。また集団失踪とか、マスコミが騒ぎそうだよねぇ」

鈴が面倒くさそうに唸る。

一応、ユエの力で王国への扉を開くことはできるのだ。クリスタルキーも羅針盤もないが、エヒトの力を簒奪した今のユエなら、目印のある王国までなら強引に開けなくはない。

だが、その場合でも一回限りなうえに魔力も枯渇する。当然、ストック分の魔力や、シア達の魔力を使っても、だ。ハジメの電力を魔力に変換する技術があったからこそ、このトータスよりなお遠き異世界へ即時転移できたのである。

ハジメが手助けを求めた場合、またはユエ達に戦いを強いる不測の事態が生じた場合など万が一に備えることを考えるなら、強引にゲートを創出して王国に戻るというのは、あまり良い手とは言えなかった。ハジメも直ぐに戻ってくると思っていたから。

「……しかたない。帰ったらユエさん流〝ニューラ・○イザー・マジック!〟が火を噴く」

「ユエって自力で記憶改竄できるもんね……」

「カオリン。それ以前に、南雲くんはネットを介して意識誘導とかできるよ?」

「あ、そう言えばこの前、人工衛星型〝ニューラ・○イザー・フレッシュ!~全世界に新鮮な記憶をお届け!~〟とかいうのを作ろうとして、義母様に自重しろ!って怒られてましたね、ハジメさん」

シア曰く、記憶改竄アーティファクトの引き金を引く指が異常に軽いハジメに、 菫(すみれ) お母さんはしっかりとお母さんしたらしい。流石に、全世界に対して手軽に記憶改竄とかは認められなかったようだ。

物作りに突っ走り始めると自重を忘れるMAD錬成師なハジメは、そんな母親を説得しようとあの手この手の作戦を展開したようだが、鬱陶しくなった菫お母さんは〝南雲家最終物理兵器しあ〟を投入し、幕引きしたのである。

「まぁ、ハジメさんのことですから、こっそり作ってそうですけどね!」

シアが笑いながら言うと、さもありなんと、ユエ達も笑いながら頷いた。

そして、シンクレア組の表情は引き攣った。なんか世界規模で記憶改竄なんて話を笑いながらしてるんですけど、怖いんですけど! みたいな顔だ。

モアナが話題を逸らしにかかった。このままだと魔王ワールドの常識に自分の常識が塗り替えられそうだと思って。

「滞在中のもてなしは任せてちょうだい。あなた達のおかげで、王都の復興も信じられないくらい進んだし、精一杯、お世話させてもらうわ」

「そうですね。クーネの〝再生〟でオアシスや作物の浄化はできましたけど、建物や人はどうにもなりませんから……」

そう言って、クーネ達はテラスから外を見た。一時は瘴気に侵され輝きを失っていたオアシスも、今は以前の美しさを取り戻している。王都を囲う川のような水路も破壊され氾濫していたのが嘘のように元通りだ。

これらはもちろん、新女王となったクーネの天恵術≪再生≫がもたらしたもの。

もっとも、まだ小さいクーネに、数日程度で広大なオアシスを再生する力はない。その事実をひっくり返したのは、香織の再生魔法だ。術を行使して恩恵力がなくなっても、時間の逆行による復元をもたらす再生魔法が、その恩恵力を即座に取り戻させる。

加えて、暇だったユエ達も参加して再生魔法により破壊されたものを片っ端から再生していったので、ほぼ元通りだ。

「数多くの人命まで救われて……本当に、感謝してもしきれないわね」

モアナが僅かな寂しさを覗かせながら、それでも心から感謝していると分かる表情で言う。香織が、少し眉を八の字にした。

「ごめんね。全力の再生魔法でも、死者蘇生は半日以内が限界だから」

「ああ、いや、それはもう本当に気にしないで」

死者蘇生というこの世の理に真っ向から喧嘩を売るような力に、モアナは当初、五年前の戦争で亡くなった命の復活を、相当取り乱した様子で懇願したのだ。当時の、自分の醜態にモアナは恥ずかしそうに頬を染め、香織に申し訳なさそうな表情を向ける。

此度の戦争でも、全ての命を救えたわけではない。

死者を悼む気持ちが、交流会の場に少し重い空気をもたらした。

そうして、アニールが気を利かせて新しいお茶を――と提案しかけたその時。

「――ん!?」

「帰ってきた!?」

「ウサミミにビビッと来ましたよ!」

ユエ、香織、シアが歓喜の声を上げ、同時にティオと雫も喜色を浮かべて立ち上がる。

いったい何事!? とビクついたモアナ達だったが、次の瞬間、テーブルの上の空間がグニャリと歪んで言葉を失う。

その直後だった。

「おっと」

「どぁああああああ!?」

二人の人影が虚空より出現。そのまま一人はテーブルの上に片膝を突いた香ばしいヒーロー着地を決め、もう一人はテーブルの端に腰を強打しつつ、更に飛び退いた雫の椅子に顔面も強打してもんどり打ちながら床に転がった。

テーブルの上の男は言わずもがな。

「……ん。ハジメ、お帰りなさい」

「おう、ただいまユエ」

ハジメは、ぴょんと抱きついてきたユエをしっかり抱き締めた。

そして、

「光輝! お帰りなさい! すっごく心配して――」

「え!? なに!?」

モアナもまたいち早く、テーブルの下の人影に抱きつき――

「あなた誰よ!?」

「こっちのセリフですけど――へぶぁ!?」

見知らぬ男に抱きついてしまったと理解して、咄嗟に拳を繰り出していた。いや、ほら、戦士の女王だったので、つい。

そんな戦士の元女王様にぶん殴られた哀れな男は誰なのかというと。

「遠藤くん!? なんでここに遠藤くん!?」

「あらま。アビスゲートさんじゃないですか」

雫とシアが口にした名に、ユエ達もびっくり。

そう、アビスゲートさんだったのだ。光輝と一緒に召喚されたはずのハジメは、なぜかアビスゲートさんを連れて帰ってきたのだ! まるでマジックショーみたいに人が入れ替わったのだ!

「お、おい! 遠藤! お前、王宮にいたんじゃねぇのかよ!? ……あれ? よく考えると、そもそも帰還一周年パーティに、お前、いたっけ?」

「いたよ……でもね、その前にね? 腰と顔面を強打したうえに、なぜかいきなり殴られた俺を心配してくれてもいいと思うんだ……」

しなだれた姿で、頬を押さえながら涙目になっている浩介くん。いつも通り、不憫な感じだ。

「魔王さま! 光輝は!? 光輝はどこなの!?」

浩介に謝罪しつつも、取り乱した様子でハジメに縋るモアナ。

「ま、まさか……光輝様は、魔王陛下の餌食に!? やっぱり魔王陛下は恐ろしい人でした! 恐ろしい悪魔だと、クーネは断言しま――アッ!?」

「誰が悪魔だ、口の悪ぃちびっ子だな」

アイアンクローを受けたクーネがじたばたするのを尻目に、ハジメはテーブルから下りた。

そして、モアナに向けて一言。

「置いてきた」

「なんですってぇ!?」

モアナ、怒髪天を衝く勢いで怒り心頭! リーリンのツインテもぶわっと逆立つ!

「落ち着け。いつでも帰って来られる。異世界の女神とイチャつくのに忙しそうだったから、先に俺達だけ帰還したんだ」

「なんですってぇ!?」

モアナ、怒髪天元突破する勢いで憤怒の表情! リーリンのツインテがぶわんっぶわんっと荒ぶる!

場がカオスに陥った。

見かねたティオが精神安定の魂魄魔法を放ち、未だ涙目の浩介を香織が癒し、五分ほどかけてようやく場が落ち着く。

アニールが淹れた紅茶を美味しそうに飲み一息吐いたハジメへ、ユエが問うた。

「……ハジメ、いったい何があったの?」

「そうだな……あいつが戻ってくるまで、まだ少し時間がかかるだろうし、ちょいと話そうか」

身を乗り出す勢いのモアナ達シンクレア組と、三度目の召喚というとんでも体験に興味津々なユエ達。そして、「俺は学んだ。南雲と天之河がタッグ組んでる時は、絶対に近寄っちゃいけないって……胃も心も直ぐに痛くなるんだ……」とあま~いお菓子を頬張りながら死んだ目で呟く浩介と、それを引き気味に見ている龍太郎&鈴に視線を一巡り。

ハジメは、もう一度、紅茶で唇を湿らせてから、ゆっくりと語り出した。

三度目の召喚。

勇者と魔王の冒険物語を。