軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トータス旅行記⑬ ミレディはやっぱりウザかった

真白の部屋の中で、ザァ~~~ッと幻の水が渦を巻いている。

ともすれば本当に呑み込まれてしまいそうな激流に、観客達――主に、愁や菫といった親達は息を呑んだ。

ついでに、

――嫌なものは、水に流すに限るね☆

語尾にルン♪とついていそうな実に腹立たしい声が響き、「うわぁ」というドン引き顔にもなる。

それもそうだろう。白い清潔そうな部屋といい、渦巻く水といい、そして中央の穴といい、どう見てもスケール拡大版の便所に、過去のハジメ、ユエ、シアが流されているのだから。

人間を、それも頑張って迷宮の試練を乗り越えた攻略者達を、汚物のようにまとめて流す所業――

「ミレディ、マジミレディDEATHっ」

シアが、またいろいろ思い出してまた荒ぶりかけていた。語尾のイントネーションがいつもと微妙に違うことに誰もが気が付いていたが、触らぬ神になんとやらとツッコミは入れない。

過去映像の中で、ユエが咄嗟に風の魔法で全員を浮かせようとして、しかし押し潰されるように水中へ叩き込まれる姿が映る。ユエ様の髪も滲み出る怒りの魔力オーラでゆ~らゆら。

「……悔しいけど、今見ても鮮やかすぎる」

何が、と問わずとも言いたいことは分かる。ミレディの重力魔法の発動だ。〝息をするが如く〟とはまさにこのこと。

屈辱的な所業に怒りはあれど、魔法のエキスパートとしてはやはりそこに意識が向くらしい。

映像の中でハジメ達が怒声を上げつつも流されていく光景を見ながら、香織は、隣でぐぬぬぬっと唸り声を上げているユエに尋ねた。

「今のユエなら同じくらいかな?」

「……もちろん。って言いたいところだけど、重力魔法だけに限るなら……最終的に押し負けるかも」

実に正直だった。だからこその〝ぐぬぬぬっ〟なのだろう。

「……魔法の構築力、魔力操作と効率、発動速度に無駄がなさ過ぎる。何気ない魔法なのに、中身は絶技」

つまり、真っ向からの撃ち合いとなった場合、最終的に処理速度なり手数なりで、今のユエであっても押される可能性があるのだという。

ユエの客観的評価に、ハジメを除く全員が驚愕の表情になった。自他共に認める魔法チートの吸血姫が、たとえ一分野かつ限定的であろうと〝まだ及ばない〟と評価したのだ。

ぽかんっとユエを見つめてしまうのも無理はない。その唖然状態は、次ぐ轟音で吹き払われた。

――へっ!? これって、まさかッ!?

ミレディの狼狽する声が響いたかと思った次の瞬間、部屋の一角が爆発した。

思わぬ爆炎に、過去映像と分かっていても 狼狽(うろた) えずにはいられない。 愁(しゅう) と 菫(すみれ) が思わずといった様子で声を張り上げた。

「うおっ、いったいなんだ!? ハジメ説明プリーズ!」

「ハジメ! どうせあんた犯人でしょ! 何したの!」

疑いもせず息子を犯人と疑う親二人。事実犯人なので、ハジメはちょっと視線を逸らしながら告白した。

「流される寸前に、手榴弾付きナイフを投げて壁に突き刺した」

立つ鳥跡に爆弾を残す。それがハジメクオリティー。

テロリストだ! 発想が完全にテロリストだ! と 香織パパ(智一) が戦慄の表情を浮かべながら声を大にする。頷かざるを得ない。

ミレディの「ひにゃ~~っ」という悲鳴に、ハジメさん、とても心地よさそう。余計に頷かざるを得ない。

そんなことをしている間にも映像の中では時が進み、過去のハジメ達の姿も完全に姿を消して、爆炎も水流も収まった。

そうして、

「え!? 奥にも部屋が!?」

シアが驚きの声を上げた。ウサミミもピンッと跳ねる。ハジメとユエも、目を大きく見開いて驚愕をあらわにした。

初めてこの部屋に訪れた香織達も困惑を見せる中、少し思案したハジメが唸るような声音で口を開いた。

「よくよく考えれば、ミレディはここで生活していたんだから、居住スペースがあるのは当然だな。身包み剥ぐだけで満足しちまうとは……押し入るべきだったっ」

「ご主人様よ、それ押し入り強盗じゃからな」

「隠し部屋の財宝! わくわくするの! 根こそぎかっぱらうの!」

「あらあらミュウったら……。あなた、ミュウの前では少し自重していただけると……」

ミュウがにこやかに盗賊団の団員みたいな発言をする。流石に、ティオの呆れ顔とレミアからの困った人を見るような目に、ハジメも反論の余地はないらしい。

親御さん達の視線も実に冷たい。誤魔化すように、「ミレディの奴もあれだな。居住区があるならお茶の一つでも出してくれたら良かったのになぁ」と口にしてみるが、

「強盗にお茶を出す人なんていないわよ、ハジメ」

「ハジメくん。まだ常識が……」

雫と愛子からも呆れを頂戴してしまった。

あるいは、ハジメ達がもっと神殺しに意欲的なら、ミレディは部屋の奥に招待していたのかもしれない。そして、より詳しく解放者の話をしていたのかもしれない。

全ては、「おら、ちょっとジャンプしてみろよ。まだ何か持ってんだろ? お?」的な感じで物品を強請ったハジメのせい、でファイナルアンサーだろう。甘んじて皆さんの呆れ顔を受けるべきである。

空気が微妙なので、ハジメは咳払いをして強引に話を進めにかかった。

「悪いがユエ。もう少し過去再生いけるか?」

「……ん! がんばる!」

魔晶石からも魔力を補充。ユエは両手で握り拳を作りやる気を見せた。ユエ自身も、当時は気が付きもしなかった部屋のことや、自分達が流された後のミレディのことが気になったらしい。

ハジメの露骨な話題逸らしに苦笑いしつつ、一同も意識を過去映像へと向けた。

映像の中では、壁が盛大に破壊され、部屋の反対側まで吹き飛ばされたミニ・ミレディがピクピクとしている。

かと思えばガバチョッと起き上がり、「あんのやろうぉ!」とか「危うく本当に死ぬところだったよ!」とか「脇汗が異常に出る呪いにかかれ!」とか、とにかくハジメへの罵詈雑言が飛んだ。ついでに、手足をバタバタして怒りを表現。

ミニ・ミレディ・ゴーレムはちっこいので、まるで子供が駄々を捏ねているように見えなくもない。どういう原理かは分からないがニコちゃん仮面が百面相していて、余計にコミカルに見えた。

しばらく、ゴロゴロじったんばったん、床ペシペシ、怒りのブリッジなどして鬱憤を発散していたミレディは、ようやくその不毛さに気が付いたのだろう。

壊れた壁を見てガクッと肩を落とすと、一転、やる気を見せて修復にかかった。

しばらく修復にかかり切りの映像が流れるだけだったので、ユエが早送りをしつつ、その間にハジメが壁を確認した。

「映像を見た感じ、この辺りに仕掛けが……」

「ハジメ、錬成で穴を開ければいいんじゃないか?」

愁の言葉に、ハジメは壁を睨みながら首を振る。

「それだと負けた気がする」

「お前、ゲームは攻略本見ない派だもんな」

わかるぞ~っと愁が納得顔を見せていると、そこで映像の早送りが止まった。同時に、壁の修復も終ったらしい。ハジメも、壁の仕掛けを見つけて扉を開くことに成功した。

過去のミレディを追うようにして中に入る。

「意外にシンプルだな……本の数は凄いが」

「……ん。ゴーレムだから食料はいらない」

「ベッドはありますね。でも、トイレやシャワーの類いはないですよ」

部屋の中は殺風景というほどではないが、あまり生活感を感じさせない様相だった。人の生活であれば本来必要なものが欠如していることが、余計にその印象を与えるのだろう。

一番目に付くのは書棚だ。壁そのものをくり抜いて作られた天井までの書棚に、ぎっしりと古めかしい書物が収まっている。朽ちた様子がないのは、魔法で保護しているからか。

ベッドは簡素だ。人の身を包むものではないから、布団もない。ゴーレムの体を横たえる場所なのだろう。

ミレディが、居住区の中から壁の点検をしているのを尻目に、ハジメ達は、最も興味深い場所へ視線を向けた。

「あれは……」

「写真なの!」

ミュウが宝物を発見したかのように瞳を輝かせ、ステテテテーッと駆けていく。

香織が意外なものの発見にきょとりと目を瞬かせた。

「ミレディさん達が生きていた当時に、写真なんてあったんだね」

「文明が発展していたのか、それともオスカーが特別にあつらえたのか。たぶん、後者じゃねぇかな」

そんな話をしながら近づく。せり出した壁の棚に写真立てが並んでいた。

どの写真も笑顔ばかりだ。大勢の人達と、いろんな場所で、とびっきりの笑顔と共に映っている。そしてその中心には、必ず一人の少女がいた。ユエと同じ綺麗な金髪に、シアそっくりの蒼穹の瞳を持つ少女が。

「ハジメ。もしかして彼女が……」

「ああ、父さん。こいつがミレディ。解放者ミレディ・ライセンだ」

かつて、崩壊する【神域】の中で、ハジメとユエだけはミレディの魂を見た。ゴーレムに重なるようにして投影された金髪に蒼穹の瞳を持った少女を。

あの最期の時に見た彼女の姿を、ハジメとユエは決して忘れない。そして、その忘れない姿が、今、写真の中にある。

その中に、一際輝いて見える一枚があった。七人が集まった集合写真だ。真ん中で、先程見てきた眼鏡の青年――オスカーが、ミレディに腕を引かれて慌てている。その二人を包み込むように、無表情のナイズ、不敵な笑みを浮かべるメイル、呆れた表情のヴァンドゥル、厳めしい顔付きのラウス、妖艶な雰囲気のリューティリスが映っていた。

てんでばらばらの表情で、種族も生まれも別々なのに……見れば分かった。誰もがどこか楽しげで、誰もがミレディに温かな心を向けていて、心が彼女を中心に一つだということが。

ハジメ達の視線が、自然と過去映像のミレディへと向いた。

壁の修繕・最終点検を終えたらしいミニ・ミレディが、床に大の字になって再燃したらしい憤りを噴き上げている。

じたばた、じたばた。金属の体で精一杯。

やがて、その怒りの炎も燃え尽きたらしい。

大の字になったまま、ぱたりと動きを止めた。ニコちゃん仮面もデフォルトの状態に戻る。

騒がしかった分、しんっとした空気が痛いほどだった。ピクリとも動かないと、ミレディはまるで物言わぬガラクタのようで、その姿に、何故か胸を締め付けられるような寂寥感に襲われる。ミュウが、ハジメの手をギュッと握った。

「一人、ですもんね」

シアが、ポツリと呟く。

「……ん。私より、ずっと長く」

三百年の幽閉を味わったユエが、透き通った眼差しで動かないミレディを見つめる。

鷲三がおもむろに尋ねた。

「ハジメくん。彼女は、どれほど生きている?」

「正確なところは分かりません。敢えて言うなら、文献にも、ミレディ自身の記憶にも、正確な年月が残らないほど、ですね」

「そうか……」

それは、どれほどの時なのだろうか。

いったい何度、エヒトの手によって歴史が作られ、そして滅ぼされたのだろう。

ユエの時代、ティオの時代。

そして、そのずっと前の幾つもの時代。歴史。

水滴が、巨石を穿ち抜くほどの年月。

ぽつんと一人、静かに横たわるゴーレムへ様々な感情を乗せた眼差しが注がれた。

人の神経を逆撫でするウザさは天下一品。なのに、どうしてか。寂寥と共に、恐ろしさすら覚える強大な意思を感じる。

ハジメ達が言葉なく見つめる中、やがて、ミレディはそっと手を伸ばした。天井に向けて、何かに触れようとするかのように。あるいは、何かを掴み取ろうとするかのように。

――本当に……現れたんだ……私達の試練を乗り越えた者が……

その声音に宿る感情を、どう表現すべきか。誰にも分からなかった。ただ、深く重かった。小さな呟きに、気圧されるほどに。

ハジメ達が見守る中、ミレディはおもむろに立ち上がり、写真を愛しそうに眺めていく。遙か昔に逝ってしまった仲間へ、万感の想いを込めてハジメ達のことを報告していく。

そこにウザさなど欠片もなかった。返事の返らない静かな空間に、ミレディの嬉しそうな声だけが軽やかなメロディのように紡がれていく。

「よほど嬉しかったんだなぁ」

愁が、ハジメの肩に腕を回して微笑みながら言う。なんだか無性に気恥ずかしくて、ハジメは「みたいだな」と素っ気なく返すが、目尻は緩くほぐれていた。

「む、むぅ……ミレディのくせにしんみりしやがってですぅ」

「……ん。泣かせやがって」

じんわり目尻に涙を溜めるユエとシア。香織達も、ミニ・ミレディが写真に語り続ける後ろ姿を見て、胸に込み上げる思いで瞳を濡らしていた。

やがて満足したのか、ミレディは仲間への報告を終え、別の写真を手に取った。

――全ては、貴女から始まった

写真には、メイド服を着た赤毛の女性が写っていた。ティオ並のスタイルに、誰かさんを彷彿とさせるウザったらしい笑みを浮かべている。

そして、その傍らには、

「これって……ミレディさんの小さい時?」

香織の言う通り、そこには幼いミレディの姿があった。だが、香織が疑問形で呟いたのと同じ理由で、ハジメ達は直ぐに断言できなかった。

なぜなら、幼いミレディの表情には少しの困惑が出ているだけで、あまり感情の色が見えず、目にも光がほとんど感じられなかったからだ。

ミレディを知る者としては、表情や態度が赤毛のメイドと幼いミレディで逆だろう……と思うのも無理はない。

「誰だこいつ……」

オスカー達に向けるのとは異なる、しかし、同等以上の熱量を感じさせるミレディの様子に、ハジメは思わず訝しむ目を向けた。

菫が本棚を眺めて尋ねる。

「ねぇ、ハジメ。ミレディさんはオスカーさんのように日記を残してないの?」

「ここに入ったのも初めてだからな……ちょっと探してみるか?」

過去再生でミレディ達が生きた時代を映すのは、いくらなんでも魔力的に無理だ。それこそ概念魔法の領域でなければ見通すことはできないだろう。

オスカーの日記にもミレディの過去を詳しく記したりはしていなかったので、この部屋の書物だけが赤毛のメイドの正体を知ることができる唯一の可能性だ。

「探しましょう! めっちゃ気になります!」

「……ん。このメイドの笑顔、無性に腹が立つ。私も調べたい」

「小っちゃいミレディが着とるドレス、かなり上等なものに見えるのじゃ。メイド付きといい、もしやミレディは良いところの生まれなのかのぅ? 妾も気になる」

ミレディこそ不倶戴天の敵!と言わんばかりのシアに続いて、ユエ、ティオ、そして香織達も乗り気で頷いた。

みな、解放者のリーダーの過去が気になるらしい。

ハジメは苦笑い気味に頷くと羅針盤を取り出した。ミレディの手記の類いを探す。

果たして……

羅針盤は反応した。

「お、どうやら何かあるみたいだな」

書棚の一角にある青色の装丁がなされた本があった。ハジメはそれを手に取ってパラパラとページをめくる。

「手記……というよりは、万が一に備えての記憶喚起のための記録って感じだな。幼少期のことは……あったぞ」

ミレディの記憶自体は、魂魄魔法をメインにして保護されているらしい。手元の本は、万が一ゴーレムに不具合が出た時のための外部メモリ――のようなものらしかった。

どれどれとユエ達も集まってくる。流石に一冊の本を全員で読むのは大変なので、ハジメが興味深いところだけを抜粋して音読していく。

その結果、

「あ、ありえないです……そんなことって!」

シアが狼狽えた。それはもう盛大に。まるで世界の秘密を知ってしまったかのように。ウサミミが「ミトメタクナイッ! ミトメタクナァイ!」というかのように、ふるふると震えている。

確かに、〝それ〟は驚愕の事実だった。世界がひっくり返るような信じがたい事実だった。

ハジメとユエも、かつてないほど動揺している。

香織達は、揃って涙を流していた。

それほどの事実。あり得ない事実。

そう、それは……

「ミレディのウザさが! 受け継いだものだったなんて! 私は認めませんからね!」

ミレディさん、元々はウザくなかったのだ! むしろ、ライセン伯爵家の次期当主という淑女だったのだ!

「馬鹿な……この赤毛のメイドが…… 始まりのウザい人(元祖) だと!?」

「……ミレディが、むしろウザさに参っていたなんて……そんなのおかしい!」

ハジメとユエの足から力が抜けた。二人揃って膝を突くほどの衝撃だったらしい。

手記によれば、赤毛のメイドこと〝ベル〟という貴族時代のミレディの専属侍女が、それはもうウザい人だったらしい。ミレディのあのウザいしゃべりは、紆余曲折を経て、全てこのベルから受け継いだものだったようだ。

「あ、あのね、ハジメくん、ユエ、シア。注目すべきはそこじゃないと思うの」

香織が涙を拭いながら、ジト目をハジメ達に向けた。雫達も合わせて冷たい目を向ける。

「香織の言う通りよ! このベルという人が、組織〝解放者〟の創設者だとか! そのベルさんが亡くなって、ミレディさんが想いを受け継いだこととか! 注目すべきはそこでしょ!?」

「ご主人様よ。妾達が知るミレディの誕生秘話じゃぞ?」

「ハジメくん、ユエさん、シアさん。先生は、もう少し空気を読んでほしかったです」

「パパ……ミレディお姉ちゃん、かわいそうなの……」

本から伝わるミレディの感情は哀切に満ち満ちていて、香織達はもちろんのこと、親達も涙せずにはいられなかった。なので「空気読めよマジで……」と思うのも仕方ない。

涙目の香織達から一斉に冷たい視線を頂戴し、流石にばつが悪くなったらしいハジメ、ユエ、シアの三人はごほんっと咳払いしつつ立ち上がった。

そして、少し厳かな雰囲気でユエに過去再生の続きを促した。

そうすれば、ベルの写真を愛しそうに金属の指で撫でたミレディが、数千年経とうとも色褪せなかった根幹たる思いを、祈るように口にした。

――未来の人々が、自由な意志のもとにあらんことを

静かに、しかし、凛と響いた祈りの言霊。

小さな背中が、やけに大きく見えた。

「安心しろよ。世界は解放された……って言葉は、不要だな」

「……ん。神域でミレディは言った。『やっと、安心して皆のところに逝ける』って」

最期の時。ミレディ達のことを決して忘れないと言ったハジメと、ミレディ達の歩んだ軌跡は無駄ではなかったと告げたユエに見せた、ミレディの照れたような、感極まったような、そんな表情を思い出す。

過去映像が消えても、しばらくの間、誰も、何も話さなかった。人が積み重ねた歴史の重みを感じているように。そして、世界の守護者達を悼んで黙祷を捧げるように。

どれくらいそうしていたのか。

やがて自然と、ハジメ達は雰囲気を和ませ、顔を見合わせた。

「ハジメ。良いものを見せてもらった。ありがとうな」

「ミレディさんのことを知れて良かったわ。できればもっと知りたいところだけど」

愁と菫がそう言えば、智一達も穏やかな情感を瞳の奥に湛えながら同じことを口にした。

「そうだな。旅をしている時は余裕もあんまりなくて、解放者のことは基本的にスルーしていたけど……今回の旅行を機に、当時のことを調べてみるのもいいかもな」

そんな風に、ハジメも穏やかな微笑を浮かべて答えると、シアが何か思いついたように手をぽんっと打った。

「そうです! せっかくですし、最終決戦の出陣前のミレディのことも見てみましょう! ……最後の戦いだって、きっと覚悟して出てきてくれたはずですから」

「くくっ。シアよ。お主、なんだかんだ言いながらミレディのことが気になって仕方ないんじゃな」

「別に気になってません!」

つい反射的に否定してしまう程度には、気になっているらしい。ウサミミが恥ずかしそうにふにゃんふにゃんとしている。

「ユエ、いけるか?」

「……ん。魔力的にこの後は香織にバトンタッチ」

「任せて~」

などと話しつつ、ユエは、香織の記憶から当時ミレディがここを出たであろう時間帯に合わせて過去再生を発動。

ミレディは、果てしない旅の果て、最後の戦いの日に、どんな思いを抱いて出陣したのか……

誰もが厳かな雰囲気で見守る中――

――やぁ! 元気してるぅ~♪ お漏らしウサギちゃん♪ プギャーーーッ

「!!!?」

――天職〝強盗犯〟くんと、ひたすらエロい吸血鬼ちゃんも元気ぃ?

――どうせミレディさんの過去を覗き見してるんでしょ~?

「よ、読まれてやがる……」

ハジメの頬が引き攣る。ミニ・ミレディが、ルンルンッと踊っている。どうやらミレディは、戦後にハジメ達がここに来ることも、過去再生で覗き見することも予想していたらしい。

ニコちゃん仮面が、実にうざったい感じでウィンクする。これまた実にうざったく、「甘いぜ!」と言いたげに人差し指がチッチッチッと振られる。イラッとする。

――シリアスなミレディさんが見たかったの? そんなに見たかったの?

――ざんね~~ん! シリアスさんはミレディさんには勝てないのでしたぁ~~♪

――ねぇねぇ、今、どんな気持ち? ミレディさんを想ってしんみりしていたのに、当の本人に雰囲気ぶち壊しにされた時って、どんな気持ちになるの? ねぇねぇ?

スキップだってしちゃう決戦前のミレディさん。まるで人生最後の煽りを悔いなくしてやるぜ!と言わんばかり。他に遺すものなかったのかよ……とツッコミを入れる以前に、十七のビキッという不穏な音が響く。全員の血管が浮き出ちゃった音だ。

――でもミレディちゃんを想っちゃうのは仕方ないよね! なんてったって! ミレディちゃんは世界基準を軽く超える超絶天才美少女魔法使いだからね! いやんっ

穏やかな雰囲気は……もうない。全員の目が、とても冷たい。

――そんな才色兼備を絵に描いたようなミレディちゃんは、君達のためにプレゼントだって用意しちゃうのさ! ここ! ここに魔力を注いでごらん!

先程修復したばかりの壁の真下を、両手の指でピッピッと指さすミニ・ミレディ。やたらとキレのある動きが実に腹立たしい。

無言で、ハジメが進み出た。魔力を注いでみる。

壁がペカーッと光りだした。そして映る。

ハジメ達が便所の汚物のように流されていく光景が。

――プギャーッ!! 最高ぉおおおおおっ!! 見て見てこの表情! 後世に残したいね! 爆破のお礼になったかな!? ふひゃひゃひゃひゃっ

ビキビキビキッとハジメ、ユエ、シアの額に血管が大量に浮き上がる。ついでに魔力が噴き上がる。炸裂弾と嵐と空間破砕が壁に襲いかかる。

おそらくゴーレム内蔵の写真機能で撮影していたものを、写真機能の部位ごと壁の修復がてら埋め込んで、魔力を通すと映像が映るようにしたのだろうが……

もう使うことのない機能だと分かっていたような覚悟の見える行動と、その行動内容のあまりの無駄さに、もはや言葉もない。

轟音と共に壁が吹き飛び、一緒にしんみりとした空気も完全に吹き飛んだ。

と、その瞬間、

「な、水だと……ミレディぇ」

まさかの激流再び。幻影ではない。本物の激流が、魔法陣の部屋から一気に流れ込んでくる。壁の破壊を機に、水洗便所式ショートカーットの発動まで仕掛けていたらしい。

「ちょっ、ハジメくん! どうするんだい!?」

「落ち着いてください、智一さん。今なら水流くらいどうにでもできますし、ゲートで脱出もできますから」

ミレディの仕掛けは相変わらず神経を逆撫でするものではあるが、今のハジメ達には通用しない。水を出す機構を破壊するでもいいし、まとめて水そのものを凍てつかせるとか、ゲートで放逐するでもいい。

実際、既に香織とティオが球状の結界で全員を保護しており、水位は一瞬で膝あたりまできていたのだが激流に呑まれることもない。

「まったく、ミレディは何を考えておるんじゃ。この部屋まで水で満たしたら、書物も、写真も、台無しになってしまうではないか」

「神代魔法で保護でもしてるのかしら?」

呆れた様子のティオに、雫が苦笑い気味に言う。書物のほとんどは、経年劣化を防ぐ魔法がかけてありそうだが、水没した状態でも無事かは分からない。

取り敢えず、ゲートで水を外に排出するかとハジメがクリスタルキーを取り出す中、その疑問に対する答えは、打って変わった穏やかな声音が教えてくれた。

――困ったことに

――結局、最後まで踏ん切りがつかなくってね

全員の視線が、ミニ・ミレディへと向いた。いつの間にか、ゴーレムの体に重なるようにして少女姿のミレディの姿が現れていた。その蒼穹の瞳が映していくのは書物と写真。その表情に浮かぶ愛しさと切なさに息を呑む。

――ちょっぴり、ここにある宝物だけは、永遠に私だけのものにしておきたいなって思ったんだけど……自分の手では処分できなかったよ

後世に伝えたいことは、オスカー達が手記にした。ここにあるのは、ミレディのごく個人的な想い出ばかり。果てしない時の中で、心の慰めとするためのもの。

だから、想い出を独り占めにしたくて、でも自分の手では処分できなくて。

だから、

――ハジメくん、ユエちゃん、シアちゃん。ここにあるものをどうするかは、君達に任せるよ

きっとここに来るであろう【ライセン大迷宮】初めての攻略者達に、未来を生きるハジメ達に、過去をどうするかを委ねたのだ。今のハジメ達なら対処できることも理解して。

おそらく、何もせず脱出すれば、書物も写真もブルック近郊の泉ではないどこかに流されて永遠に誰の目にもつかなくなるのだろう。それでこの世には、ハジメ達が知った想い出の欠片しか残らない。後は全部、ミレディの心の中だけ。

――どんな選択でも構わない。その選択もまた、最良に違いないから

胸に手を添えて、微笑を浮かべながら瞑目するミレディの姿は、悔しいくらいに綺麗だった。誰一人、目を離せないないほどに。

――最後に言わせてね

開かれた 目蓋(まぶた) の奥に、透き通った蒼穹の輝き。今のミレディを写真に撮って、彼女こそ解放者のリーダー、世界の守護者だと世界に伝えたなら、きっと聖女だと称されるに違いない。

――君達の未来が、ずっとずっと、自由な意思のもとにありますように

そうして、ふっと少女姿のミレディは消えた。後に残るのは物言わぬゴーレムのみ。

ユエ達の視線が、クリスタルキーを持つハジメに注がれた。どうするのかと目で問う。ハジメに決断を委ねるらしい。

ハジメは、ユエ達に、そして愁達に視線を巡らせ、手元のクリスタルキーと写真を見比べ、最後に、機能を停止したように動かない過去のミニ・ミレディを見つめた。

そして、

「ライセン大迷宮ツアー、ここらでお開きってことでいいか?」

苦笑い気味にそう言った。

このまま、ここを出ようと。ミレディの想い出は、ミレディのものにしておいてやろう、と。

その選択に、誰もが穏やかな微笑を浮かべて頷いた。

結界の中にゲートを開く。向こう側はブルック近郊の泉だ。その畔に繋がっている。

全員でゲートをくぐり、雑草を踏みしめながら最後にもう一度、ミレディへと視線を向けた。

その瞬間。

――あ、そうだ! どっちの選択をしても、ウサちゃんのお漏らし暴露文章を消すための仕掛けだけは流しておくね!

フォンッと再出現した少女ミレディがビシッと指を差しながら、そんなことを言った。

シアが「エッ!?」と声を上げる中、その指さす方向を見れば、壁の一角がカコンッと音を立てて開き、中から文字の刻まれた鉱石が転がり出てきた。

どうやらライセン大迷宮の壁の文字は、連動しているらしいあのアーティファクトの鉱石に文字を彫り込むことで映し出していたらしい。おそらく、他にも隠し棚がたくさんあって、いくつもの鉱石が保管されているのだろう。

つまり、ウザ文章の核となる鉱石が流されるということは……

「ちょっ、おまっ――」

――そろそろ誰もいない部屋で語りかけ続ける寂しさに耐えられなくなってきたので、ミレディちゃんは休みます! それじゃあバイバ~~イッ!

シアが口調を崩壊させて手を伸ばす中、ミレディは片手を腰に、ウインクに横ピースを添え、更に片足をクイッと上げて、いかにもキラッと星が散りそうなポーズをとって今度こそ消えた。

同時に、アーティファクト鉱石が激流に呑まれて、いつの間にか空いていた床の穴に吸い込まれていった。

結界とゲート越しにその光景を見たシアは、一拍。

「ミィレェディイイイイイイイイイイイッ!!」

再び発狂した。香織と雫が、「わぁあああっ、シア落ち着いてぇ!」と二人がかりで羽交い締めにする。

なんだか、シアに限って特にちょっかいをかけている気がしないでもない。シアに、あるいは兎人族の少女に思い入れでもあるのか……

そんなことを思いつつ静かにゲートを閉じ、何はともあれとハジメはポツリと呟いた。

「ミレディは、所詮ミレディだったな」

全員が、激しく同意したのは言うまでもなかった。

こうして、トータス旅行一日目午後の部――ライセン大迷宮ツアーは、終始故人であるはずのミレディに振り回される感じで終わったのだった。