軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

殴殺勇者シア編 エピローグです!

「もう、なんですかその雰囲気。ルトリアさんを滅ぼしたりなんかしないって言ったじゃないですか」

『……え?』

ふわりと、己の身を包む温かい何かと言葉。淡い白光の状態で、意識を外界へ向けてみれば、どうやら自分は、シアの両手の平で優しく包み込まれているようだと知る。

『なぜ?』

「本当は、エリックさん達が言葉を届ける間、貴女を足止めするだけのつもりだったんですけどね……あんな顔で玉砕覚悟の突撃なんてされたら、放っておけないですよ」

星樹ルトリアが何も言えないでいると、そこへ声がかかった。

「よ、無事みたいだな」

「あ、ハジメさん!」

ゲートを開いて現れたハジメに、シアは満面の笑みを浮かべ、同時に少し口元が引き攣る。

『アッ、やめなさいよ! そんなに揉まないでよ! アッ』

『こ、この怪物め! 神霊たる我が身を、こんなぞんざいにっ』

『は、母よ、ご無事ですか!? このような有様で申し開きのしようもありませんっ』

『ぬぐぅ……』

いかにも「この口の減らない生意気娘にお仕置きだ」と言いたげな感じで、 流天の神霊エンティ(緑色のスライム) が、ハジメの右手に揉みしだかれていた。なぜだろう。ハジメさんの右手の動きがやたらとイヤらしく見える。

同時に、 ライラ(黒) 、 バラフ(透明) 、 メーレス(水色) のスライムが、左手の側でぽんぽんっと片手お手玉されている。

「ハジメさん、テンジンさん達や精霊獣さん達は……」

「血の海に沈めといた。もちろん無事だ」

それ、絶対に無事じゃない、とシアは思ったが生きているようなのでセーフということにしておく。

『……その子達と、万軍を以てしても止めきれませんでしたか』

星樹ルトリアから、どことなく力が抜けたような雰囲気が漂う。口ぶりから死者がいないことに安堵すると同時に、もはや万策尽きたと諦観に支配されたような様子だ。

シアがルトリアとハジメ達を伴って星樹の根元に着地すると、そこへエリック達が駆け寄ってきた。

誰も彼も満身創痍といった有様で、ギリギリの状況だったのがよく分かる。

シアは、アロガン達に一応の警戒心を向けつつ、万が一に備えて、ルトリアを胸元に引き寄せた。ルトリアが、意識をシアに向けて僅かに明滅したが、その意図が示される前に、エリック達王国勢が前に出た。

「星樹ルトリア様! 申し訳ありませんっ。人は愚かでしたっ」

許しを請わず、人の未来を願わず、ただただ頭を下げるバルテッドの者達。

『……その心は、受け取りました』

心は――けれど、救いはない。言外に伝わるルトリアの言葉。

ここまで疲弊させられても、星樹や神霊は人にとってなお強大だ。シアとハジメがこれ以上手を出さず帰還したなら、少し時間はかかっても人を滅ぼすくらいはできるだろう。

そこで、アロガンが動いた。警戒するエリック達やシアの視線に反応せず、苦い表情のまま、ルトリアの前に跪いた。

そして、その額を、地にこすりつけた。

一拍遅れて、彼の部下達も一斉に膝を折り、頭を垂れていく。

「前へ進む力こそ、人の力だと信じていた。だが、どうやら私達は、いつの間にか前しか見られなくなっていたらしい」

魔族こそが最も精霊と近しい存在だった過去。傷つき続けた星樹ルトリアの慟哭。そんな有様になっても、なお愛されていた事実。その全てが、アロガンにとって心臓を貫かれるような衝撃だった。

人の未来は、人によってのみつくられるべきだと信じていたのだ。神は理不尽で、人の未来を勝手に左右する許しがたい存在で、だから、敵だと思っていたのだ。

けれど、その心を見てしまった、知ってしまった今は……

「許してほしい……などと、口が裂けても言えない。だが、どうか、今一度機会をっ。我が国民も、きっとバルテッドの民のようになれるはず! 全ては私が先導した結果故にっ、どうか民にだけは機会をっ。歴代の、最も愚かな王として私の命は見せしめにしてくださって構わない!」

この場凌ぎの野心を隠した言葉……には到底思えない叫びだった。

騒いでいた神霊達も押し黙って、しんっとした静寂が満ちる。

そんな中、ざりっと地面を踏み締めてアロガンの隣に跪いたのはグルウェルだった。

「魔王と同じく。我が命に神罰を。しかし、どうか我が民には未来を与えたもうっ。必ず、必ずや、再び最も自然を愛する民になると誓うっ。故に、どうかっ」

声音は誤魔化しようのない罪悪感に塗れていた。

二人共、バルテッドの王のように、未来を投げ捨てるような謝罪はできなかった。けれど、その懺悔の気持ちだけは、確かなものだと誰もが確信できるものだった。

『……もっと早くに、その言葉を聞きたかった』

星樹ルトリアの声が、震えている。愛しい子供達の、本当はずっと聞きたかった言葉に、感動とも悲嘆ともつかない感情が湧き上がって溢れそうになるのを必死に堪えるような声音だった。

次の言葉が出ない。迷いが見え隠れしていた。苦悩が、更に彼女を追い詰めているようだった。

代わりに、そんな母を見ていられないといった様子で、常闇の神霊ライラが言った。

『信じられるわけがない』

もはや、一国の民の改心だけでは、世界の均衡を戻すに足りない。もし、この場で許して、その結果、魔王国と獣王国の民が改心できなかったら? アロガンやグルウェルの心変わりを裏切りと断じ、自然を軽んじる道を突き進んだら?

今度こそ、精霊は死に絶え、世界の均衡は崩れ、生きとし生けるもの達の生命を脅かすことだろう。

人の子を信じる神の心が壊されたから、今の事態になったのだ。言葉だけで、世界が壊れる危険を許容することなどできるはずがない。

アロガンとグルウェル、そしてその部下達は揃って絶望にも似た表情になった。

エリック達もまた、何も言えない。

懺悔の言葉は届いた。

お互いの本心も届いた。

それでもやはり、神罰の決定は、覆るはずのない本当に最後の手段だったのだと、突き付けられた。

それが、この世界における、結論だった。

なので、異世界の結論を出してみる。

「おい、こちとら晩飯の時間が迫ってんだ。ぐだぐだしてないで、さくっと人間から霊素を奪って解決でいいだろ」

シアを含めて全員の、困惑したような視線が声の主――ハジメへと突き刺さった。飽きたのか、神霊スライム達を適当にぺいっしつつ言葉を続ける。

「世界を省みず霊素を消費するのが問題で、エコに生きるって言われても信用できるわけねぇって言うわけだろ? なら、人から霊素を取り上げて、神も精霊もこの島にでも引っ込んで完全に関係を断っちまえばいい」

そうして、

「今まで当たり前のように与えられていたものがなくなった世界で、人がどういう道を歩むのか、あんたら神は高みの見物でもしてろよ」

失って初めて、それがどれだけ大切だったのか気が付く……という話はありふれたものだ。

そのまま忘れてしまうか、それとも残ったものを大事にできるか。それは人次第だろう。

『……何を、何を言っているのですか?』

星樹ルトリアが、困惑もあらわに尋ねる。

無理もない。そもそも前提がおかしい。霊素とは、自然の中に、あるいは人の中に存在するものだ。それを引き離すなど不可能なこと。

『そんなこと、できるわけが――』

「できるとしたら?」

不可能……ではないのか? 星すら落とし、神霊を意にも介さず、万軍を死者一人出さずに制圧してしまうこの異界の男には、そんな荒唐無稽な話が実現可能なのか?

一笑に付すような話も、ハジメという異世界の魔王様に言われると否定できない。

「あ、あのハジメさん?」

困惑しているのはシアも同じだ。ハジメが、関係のない、それどころかシアをさらい、あるいは危害を加えようとした世界のために手を貸そうとするなんて、ちょっと信じがたいことである。

ハジメは肩を竦めつつ、

「霊石とか、神霊武具とか、精霊とか、というか神霊自体とか、たっぷりと見返りがありそうだからな」

神霊達が一斉にびくぽよんした。まさか私達、異世界の邪神に売られちゃうの? みたいな感じで、身を寄せ合ってぷるぷると震えている。

が、そんなハジメの様子から、それが建前に過ぎないとシアは直ぐに見抜いた。

「本音はなんです?」

「二度とシアが召喚されないよう手を打ちたい」

ということらしい。

ただ偶発的事故での転移なら放置でよかった。しかし、召喚である。そして、なぜシアなのかという点も不明である。

本当なら、シアを連れ帰って安全を確保した後、万全の態勢で全部ぶち壊して召喚の可能性を潰してやりたいところだったのだが、シアの心情を思うとそうするわけにもいかなくなった。

なので、救済計画とやらで万事この世界の問題が解決して召喚の必要性がなくなるなら、ひとまずいいかと思っていたのだが、それも微妙となった。

この後、この世界の誰かが、再び召喚の儀をやらないと誰が保証できるのか。

そういうわけで、シアの心情と、後顧の憂いを断つ方法を考えていたハジメの結論が、先の提案というわけだ。

「まぁ、実際、できるかどうかは分からない。最低でもユエと香織の協力が必要だしな。だが、もしできれば、それが一番、お前がすっきりと家に帰れる方法だろう?」

「ハジメさん……」

この世界のために人生を捧げるつもりはなくとも、知り合った人達が死んでいくと分かっていて、笑顔で家に帰れるほどシアは割り切った性格ではない。

それを知っているから、晩ご飯の席で、シアがこの異世界召喚事件を笑い話にできるように。

そんなハジメの考えに、シアはもう気持ちが「わーーっ」となって、そのままハジメの胸に飛び込んだ。

すりすりしてくるシアを抱き締めながら、ハジメは「どうする?」と視線で問うた。特にエリック達には、試すような眼差しだった。

言ってみれば、地球の現代社会から電気の一切を使えなくするような方法なのだ。現社会の崩壊は免れない所業である。

「可能なら、是非そうしてもらいたい。霊素を極力消費しないよう律する未来より、全く使えない未来の中で生き抜く方が、きっと人類にとっては望ましい」

ためらいなく答えたのはエリックだった。

そして、次に覚悟の決まった表情で口を開いたのは、

「どうすればそんなことができるのか皆目見当もつかないが、できるなら否はない。自然と共に生きることを、改めて誓おう」

意外にもグルウェルだった。

最後に、もっとも霊素と密接な社会を構築していたアロガンが、現社会の崩壊と混乱に顔を真っ青にしつつも、一度強く瞑目し、

「魔族も、改めて誓おう。霊素なき世界で、神々に示してみせると。魔族もまた、世界との共存を願える種族であることを」

と、強い決意の目を見開きながら同意した。

ハジメの視線が星樹ルトリアに向く。

『……この世界のありようを変えようというのですか?』

「だったらなんだ?」

改めて、人を滅ぼすか? と視線で問われ、星樹は沈黙した。だが、それも少しの間のこと。

『……それで、人の子らを滅ぼさずに済むのなら』

そう言って弱々しく明滅した。

ハジメは一つ頷き、

「そうか、同意してくれて良かったよ。後顧の憂いを断つために同意がなくてもやるつもりだったから、その場合、邪魔されないよう改めてお前等全員、一度死んでおいてもらう必要があったからなぁ」

なんて恐ろしいことを、からりとした笑い声を上げながら言うのだった。

それを見て、星樹ルトリアも、神霊達も、そしてエリック達も、

『本当に、邪神の類いじゃありませんよね?』

「異世界……恐ろしいところだな」

と一斉に恐れおののいたような声を上げた。神と人の心が一つになった瞬間だった。

それから、ハジメとシアは寄り添いながら上空にあがった。ハジメは宝物庫から魔晶石を取り出す。

「さて、ゲートを開いていられる時間は十分前後ってところだ。それまでに、ユエ達に協力してもらって世界を改変しないとな」

「十分で世界改変とか、凄い言葉ですよね」

嫁のためなら、世界だって変えちゃうハジメさんに、シアは乾いた笑みを浮かべてしまう。

「本当にできるでしょうか?」

「できなかったら次善策も用意してある」

どこまでも用意周到、というかアイデアをぽんぽんっと作り出すハジメに、それこそハジメの強みであると知っているシアも、つい目を白黒させてしまう。

ちなみに、その方法というのは、この世界の人々を適当な違う世界に放りだ――ではなく、移住させる案だ。星樹達は人を滅ぼさずに済み、人々は世界の恩恵がない場所で生きなければならないという点は同じである。

もちろん、霊素隔離案が失敗した場合は、同意があろうがなかろうが異世界送りにするのは決定事項だ。

「まぁ、星樹や神霊の助力もある。霊素は、調べた感じ、どうやら生き物の魂から生じるエネルギーのようだからな、ユエならなんとかしてくれるはず……たぶん、きっと」

「あはは、ユエさんにむちゃぶりですね~。帰ったらいっぱい労わないと」

「ニートを気にする吸血姫様だからな、『仕事♪ 仕事♪』って喜んでくれると思う」

働いたら負けだと思う! と胸を張って言うユエ様は、できれば見たくない。

「それじゃあ、いくぞ」

「はい!」

地上から見上げてくる半信半疑の視線の中、ハジメはクリスタルキーを取り出し空間に突き刺した。同時に、魔晶石から莫大な魔力を取り出す。

それだけで大気が鳴動するような魔力の奔流に、エリック達のみならず星樹ルトリアや神霊達まで息を呑んだ。

荘厳で巨大な、オプションによる幻影の両扉がスパークを放ちながら出現する。ゴゴゴッといかにもな音をオプションで響かせて、徐々に開いていく扉の隙間から神々しいまでの光がオプションで世界を照らし始めた。

「ハジメさん、これ必要ですか?」

「……必要に決まってるじゃないか」

微妙に視線が逸れているけれど、ハジメさんいわく必要らしい。シアはとても優しい表情になった。

そうこうしているうちに開き切った扉の向こうへ、ハジメは声を張り上げた。

「お~い! ユエ~! 香織~、こっちに来てくれ!」

直後だった。

光り輝くゲートの向こうから黄金の光が激流のように溢れ出してきた。かと思えば、銀と漆黒の魔力まで溢れ出してくる。

「な、なんだ……あれは」

『あれが……異界の勇者の家族?……なんという』

エリック達も、星樹ルトリア達も、揃って息を呑む。

空にオーロラがかかったようだった。金と銀と漆黒のオーロラ。

絶大なプレッシャーが島を蹂躙する。息をするのも苦しく、肌が粟立つのを止められない。それはまさに、ハジメが出現したときと同等の感覚で……

『女神……』

そう呟いたのは、神霊の誰かだった。星樹ルトリアという女神を母に持ちながら、思わずそう呟いてしまったのは、天空に出現した黄金の輪後光を背負う絶世の美女のせいだろう。

「光の翼……遙かなる天王様?」

その呟きは、島の外縁部で倒れていた天人族の王アストルスのもの。他の全ての天人族も、言葉はなくとも脳裏に浮かべていた。伝説にのみ残る初代天王の姿を。そう、銀に輝く光の翼を持つ女神の如き存在を。

「……そうか、あれが。ふっ、私が幼稚に見えるわけだ」

自嘲の声音はグルウェルだった。天空を瞬く間に掌握し、雷炎の海に変えて、宙にとぐろを巻く巨体のなんと勇壮なことか。それはまさに、神に等しい龍の姿。

そんな、畏敬の念を一心に受ける神々しいまでの彼女達は、一拍。

「……ハジメ、誰を殺せばいい?」

「ハジメくん! 誰を分解すればいいの!?」

『ご主人様よ、ブレスを食らいたいのはどこのどいつじゃ?』

殺意極高の殲滅宣言だった。

どうやら、ハジメとシアは予想外に帰ってこないし、やっとゲートが開いたと思ったのに、ハジメが「来てくれ」なんて言ったものだから、シアに何かあったのではと血相を変えて飛び込んできたようだ。

ユエは大人モードだし、香織は使徒モード、ティオに至ってはこの短時間でどんな快楽を受けたのか不明だが黒神龍モードである。本気のほどが分かるというもの。

なお、雫達は万が一に備えて南雲家の防護に回っているようだ。

「ちょちょちょ~~と落ち着いてください! 私は無事ですよ!」

今にも、取り敢えずどこか見覚えのある立派な大木と、それなりに強い気配を出している地上のゴミが目立っているので掃除してやろうと、暴虐のトリガーに指をかけていたユエ達が、そこではハッと我に返った。

「……んっ、シア!」

「シアぁっ」

『ふぅ、なんじゃ無事ではないか。心配かけおって』

ユエは〝天在〟による空間転移で、香織は時間短縮の再生魔法〝神速〟で、一瞬のうちにシアのもとへ飛び込んでいく。

「もきゃ!?」

ユエに顔面タックルを食らったあげく抱き締められ、香織に鳩尾頭突きを食らいながら抱きつかれたシアは思わず悲鳴をあげる。が、それほどに心配をしてくれたこと、そしてようやく会えたという喜びで、直ぐにほろりと涙をこぼしてしまう。

「……うぅ、ユエさぁん、香織さぁん。会いたかったですぅ」

「……んっ、この馬鹿ウサギ! 次にあっさり辻召喚なんてされたら五天龍するから!」

「私も! 分解しちゃうからね!」

「はいぃ! ごめんなさいです! そのときは頑張って気合で防御しますぅ!」

泣き顔になりならが三人でぎゅっと抱き合う姿は、彼女達の美貌と相まって実に美しい。ハジメも、「五天龍と分解を気合で防御は無理だろ……無理、だよな?」というツッコミを口には出さないくらいに。

『良きかな、良きかな。妾だけはぶられてる感がまた良きかな、ハァハァ。それでご主人様よ、いったいどうなっておる?』

「おい、変態。お前は別に呼んでないから帰っていいぞ、ハウス!」

『!! こ、これ以上妾を強化してどうするつもりじゃ? ハァハァ、んっふぅ、みなぎるぅ~――で、あそこにおる尋常でない気配にブレスすれば良いのかの?』

そんなハジメとティオの会話で、ユエ達もハッと我を取り戻した。

「……ハジメ、どうなってるの?」

「ああ、それはな……」

かくかくしかじかと、ハジメが手短に事情を説明した。

「どうだ、やれそうか?」

「……ん。私はユエ。シアのためなら不可能を可能にする女」

何故かウインク&横ピースでキメ顔をするユエ様。それをスルーして、香織やティオも協力を申し出る。

「時間がない。ゲートが閉じる前に終わらせるぞ。まず香織、この島ごと連中を癒やしてやってくれ」

「任せて!」

ばさりと翼を一打ち。銀の魔力が世界を染め上げる。どこか優しい波紋が何度も駆け抜ける。

「おぉ、これは」

『なんと、我々の力まで』

遠くで初代天王を彷彿とさせる女神の力が広がる度に、天人達は悪夢から解放されるように癒やされていき、感動と共に崇拝に近い念を抱き始めた。

同時に、荒れ果てた島が元の自然を取り戻していき、スライム化していた神霊達も元の人型を取り戻していく。

それは星樹も例外ではなく、先程までの疲弊が嘘のように再び人型の化身となった。

瞬く間に再生された聖地の姿に、星樹は涙ぐむような表情になりつつ、神霊達を引き連れてハジメ達のもとへとやってきた。

ユエが、すっとシアと星樹ルトリアの間に割って入った。言葉はなくとも、何が言いたいかは雄弁だった。

『……世界のためとあらば、私は何度でも同じことをするでしょう』

火に油を注ぐような言葉に、ユエの眼が紅玉の光を帯びる。細められた目には、隠しようのない憤怒が見て取れた。

そんなユエの眼をまっすぐに見返し、

『ですが、貴女の大切な人がいてくれたから、第三の道が開けるかもしれない……心から感謝を。そして、心からの謝罪を致します』

そう言って、星樹ルトリアは頭を垂れた。神霊達がそろって目を剥き、しかし、僅かな逡巡のあと母にならって恭しくシアへ頭を垂れた。

神が頭を下げたのだ。前代未聞のそれに、ユエは仕方ないと溜息を一つ吐き、

「……ユエパンチ!!」

『んぐぅ!?』

全ての母の顔面をぶん殴った! これぞ全存在平等パンチと言わんばかりの、腰が入った素晴らしい右ストレートだった。格闘は苦手なユエであるが、文字通り神の領域に余裕で突入している魔法の使い手だ。神代魔法を併用すれば、それはそれは強力な右拳だって放てる。

シアにはお腹を殴られ、ユエには顔面を殴られた星樹ルトリアは、この世に生まれて初めての経験二連続に、ちょっと涙目だ。頬を手で押さえて、空中で器用にも足を揃て崩れ落ちる姿は、いかにも「親にもぶたれたことないのに……」といった様子。

神霊達が思わず〝!?〟を頭上に出して身構えるが、そんなもの眼中にない様子で、ユエは殴った手でふぁさっと優雅に髪を払う。そして、

「……今はこれで我慢してあげる。……いつか、マウントを取って泣くまで殴るから」

『!?』

どこに隠れても無駄だぞ。お前の顔も、この世界の座標も覚えたからな? お? お? みたいなヤクザ顔で、星樹ルトリアの傍にしゃがみ込み 睨(ね) め上げるユエ様。

星樹ルトリアはカリス○ガード状態に入った。頭を抱えて震える様からすると、一瞬で、どちらが上か叩き込まれたらしい。

ニート吸血姫は、怒るとジョブを得てヤクザ吸血姫になるようだ。

『こ、この男にして、この正妻あり、か……』

ウダルの戦慄に震える呟きに、全ての神霊が、特にチョアレが、震えながら激しく同意したのだった。

「おら、星樹。なに小さくなってんだ。さっさと立って仕事しろ。ユエ、ティオ、頼むぞ」

「ユエさん、ティオさん、お願いしますっ。あと、ルトリアさん、その……ファイト!」

「……ん、任せるがよろし」

『ユエの補助は任せよ』

『……ガンバリマス』

なぜかキメ顔をしながら、大きく両手を広げたユエ。再び黄金の魔力が噴き上がる。その黄金が、同じく噴き上がったティオの漆黒の魔力と混じり合い、螺旋を描いて天を衝いた。

――魂魄魔法発動

――昇華魔法による効力増大

『世界に繋げます』

星樹ルトリアが、世界に意思の波紋を広げていく。どこにいようと、神託を届け、神霊や精霊を送り込むことができていたように、この世界に限り星樹ルトリアが把握できない人、場所はない。

その力が、ユエの力を世界中に浸透させていく。

「……んっ、くぅ~」

流石に、黒神龍モードのティオの補助を受けていても、世界全てを掌握するのは至難だ。魔力量的にも、思考能力的にも。膨大な情報がユエの脳と魂魄を圧迫する。

「――〝刻永〟!」

香織が、一秒ごとに一秒前の状態に再生する再生魔法をユエにかける。と同時に、自分の魔力を湯水のように譲渡していく。

「仮面ピンクは雫のだからな。ユエにはこれだ」

ハジメが、ユエを後ろから抱き締めるようにして支えながら眼鏡をそっとかけた。

眼鏡ユエ様降臨。知覚能力・思考速度などが五倍に上がるアーティファクトである。

それと、同時に羅針盤を併用して処理をある程度肩代わりさせる。更に、ハジメは何やら注射器のようなものを取り出すと、それを自分の首筋に当ててプシュッと中の液体を打ち込んだ。

「ほら、遠慮なくかぷちゅ~していいぞ」

「……んっ、いただきます!」

振り返り、遠慮なくかぷぅ!!

途端、ドクンッドクンッと脈打つ音が木霊し、黄金に漆黒が混じった魔力へ、更に真紅が加わった。

――ユエ専用アーティファクト 南雲ハジメ

エヒトとの最終決戦で使った切り札の一つ。ただでさえ〝血盟契約〟によりハジメの血はユエにとって至上の回復薬であるところ、血中にチートメイトやら限界突破効果を付与した鉄分を流し込むことで爆発的にユエの力を高める方法だ。

真紅と漆黒混じりの黄金の光が波打った。一瞬の収縮。刹那、それが爆発でもしたかのように島の中心から世界へと広がっていく。

もしこの世界に衛星による星の観測などという手段があったなら、きっと、海を越え、山を越え、大陸を走り抜けて星を覆っていく光の波が見られたことだろう。

そして、その光が走り抜けた後には、きらめく粒子が天へと昇っていく光景が見えたに違いない。そう、自然の中から、そして人々の中から強制的に引き出された霊素の輝きが。

「……ん、掌握した。改変実行」

小さな、それでいて最愛の血に蕩けているような艶めかしい声音で、ユエが呟いた。

ひと際、三色混合の魔力がうねり世界に伝播する。

――魂魄・昇華混合魔法 魂魄改変

かつて、トータスに召喚されたハジメ達に、問答無用に付与された技能〝言語理解〟。あらゆる言語を解するそれは、個人の能力に左右されるものではなく、もれなく全員に付いていた。その理由は、召喚者であるエヒトが、召喚の際にハジメ達の魂魄に干渉して付与したからだったりするのだが……

エヒトにできることは全てでき、ハジメ達の協力があれば遥かに凌駕できるのが今のユエだ。エヒトには付与が限度でも、今のユエには改変まで力が及ぶ。

身体能力のバグキャラがシアだというなら、ユエこそ、魔法における、まさに チート(反則) なのだ。

その異世界の神すら凌駕するチート吸血姫の力を受けた人々は……

「あぁ、そんな……うそだ……」

魔王国の人々は、自分の体から漏れ出していく霊素に為すすべなく、同時に、何が起きたのか、神々と自分達の王の決定がどういうものだったのか、全てを神託という形で伝播され、絶望の表情を晒した。

社会の基盤が失われる事実に呆然とし、これから先の未来、どうやって生きていけばいいのかと膝から崩れ落ちる者が続出する。

「………なんということだ」

獣王国の人々が、グルウェル達に伝えられた星樹ルトリアの心を同じように刻まれて顔を覆った。霊素のなくなった世界で、本当に自然と共に生きられるのか、大勢の人々が不安と恐怖でパニックに陥っていく。

「いつの日か……この試練を乗り切った先に、許しは得られるのでしょうか?」

敬虔なるバルテッドの民が、跪き、星樹ルトリアの苦悩に涙を流した。同時に、その瞳には決然とした意志の炎が宿る。これから先の長く険しい道のりを、文字通り一から出直すつもりで歩んでいくと。魔王国の民も、獣王国の民も見捨てず共に、と。

魂魄への干渉と、昇華魔法の情報干渉の力で、人や自然の中から、霊素を生み出す力が失われていく。天に昇り、世界の中心たる星樹の島へ〝天の川〟のように空を彩りながら集っていく。

人々は、その天の川の中に、踊る光を見た。数多の、身を隠していた精霊達だ。

それを見て、そして、半身をもがれたような喪失感を覚えて、否応なく実感した。

世界が、時代が、今この瞬間、変わったのだと。

「……はぁはぁ、ど、どやぁ」

疲弊し、大量の汗を流し、息も荒く、大人モードも維持できなくなったユエは、ハジメにお姫様だっこされながらも、キメ顔でそう言った。

『本当に、世界を変えてしまうなんて……』

星樹ルトリアの畏敬の念に震える声音で呟かれた言葉は、神霊、天人、そしてエリック達全員の心の声の代弁だった。

「お疲れさん、ユエ。ありがとな、頑張ってくれて」

「……ん、もっと褒めるがよろし」

ハジメに優しく抱きしめられて、ユエは心地よさそうに目を細めた。

「ユエさん、ありがとうございます! これでダリアさん達も死なずに済みます。ルトリアさん達も、みんなを殺さずに済みます!」

お姫様だっこされているユエに覆いかぶさるようにして抱き着くシア。

そんなシアへ、ユエは小さな鼻をピクピクさせつつ、

「……シア、私、凄い? できる女?」

「へ? ええ、ええっ、もちろんですよ! 決まっているじゃないですか!」

「……具体的に言って。さぁ、もっと具体的に! 事細かにどこが凄いか言って!」

「え、ええっと、世界を改変できちゃうなんて本当に女神様だなぁとか」

「……んふ」

「いつも優しくて、いっぱい気にしてくれて、頼りになって……」

「……もう一声」

「まさに、南雲家の正妻! 嫁ナンバーワン! ユエさんさえいれば大体なんとかなっちゃう、私たちの頼れるお姉さん!」

「……そう! 決してニートではない! 普段は自宅を警備してるだけ! いざというときは本気だしちゃうから! 本気だしたら凄いから!」

ユエ様、協力した一番の理由は、シアにいいところを見せてニート吸血姫の汚名返上をしたかったかららしい。シア自身は全くそんなこと思っていなかったのだけれど、意外に繊細なユエハート。

ハジメは思った。「そこまで気にしてたのかよ……」と。

疲れた様子の香織と、竜化を解いたティオが、ご機嫌に足をパタパタさせているユエに呆れの表情を向ける中、ハジメはそろそろゲートの展開限界時間だと見て、ユエに視線を送る。

それだけで察したユエは、軽やかに指を一振り。地上で、まさかこのまま帰ってしまわないかと気が気でない様子だったエリック達がふわりと浮き上がり、「わぁああっ」と悲鳴をあげながらやってくる。

そして、彼等が真っ先にシアへ声をかけようとしたその瞬間、

「さて、そろそろ時間だ。おい、お前等。とりあえず身ぐるみおいていけ」

ハジメさんが、凶悪顔でそう言った。まるで、ヤクザの取り立てのようだった。

『できる限りのお礼はしますので、その言い方はどうにかなりませんか?』

この数分で一気に老けたように見える星樹ルトリアが、掌を差し出す。背後で星樹本体が輝き、それに呼応するようにしてルトリアの掌に光が集まった。

『我の霊素を込めた宝珠です。……どうか悪しきことには使わぬよう、お願いします』

例えば、隕石を落とすとか。金属粉塵をばらまいて万人を拷問するとか。と言いたげな星樹ルトリアさん。

『むぅ、シアのもとにはべり、力になってやりたいのは山々であるが、我はこの世界の雷雲を司る者故、傍にいてやれぬ――』

「いえ、むしろ来ないでください。困ります」

『……』

ウダルが白目を剝いた。オロスが溜息を吐く。

『シ、シア! これを私だと思って持っていきなさい』

チョアレが、いきなり自分の胸に手を突き刺した。そして『んああああっ』と悲鳴なのか苦悶の声なのかよく分からない絶叫を上げつつ、なにやら取り出し――赤スライムを引きずり出した。

『ひぃひぃ、ぜぇぜぇ』

「ソ、ソアレさん? 大丈夫ですか? なんだか神様が、というか女性がしちゃいけない顔になってますけども!」

『へ、平気です! ちょっと魂を削り取って 分御魂(わけみたま) を作っただけですから!』

魂を削り取るという不穏な言葉が、言葉通りやばい行為であることは星樹ルトリアや他の神霊の表情から明らかである。

『こ、これでいつでも一緒ですっ。ふひっ、たとえ世界を超えようとも、私の分身がずっと一緒ですからね……へへへ』

「……え、遠慮しときます。そんな大事なものはきちんと胸の奥にしまっておいてくださ――」

『いいの! この私がっ、火輪の神霊たるソアレが、と・く・べ・つ・にぃ、許可します! だって、私とシアの仲ですもの!』

どんな仲だ、とシアのみならずその場の全員が思った。我が身を引き千切って、それを自分だと思って持っていろとは、中々素敵に病んでいらっしゃる。

チョロい神様チョアレは、ヤンデレさんでもあったらしい。属性過多で神格を失わないか実に心配である。

シアは、血走った目で笑いながら分御魂とやらを差し出してくるヤンデレ駄チョレに引き攣った表情を見せつつも、ハジメに有用だろうと思って受け取った。途端、分御魂スライムがもじょっとして、思わず放り投げそうになる。

そんなソアレの行動を見たせいか、ウダルが「ならば我も」といらぬ対抗心を発揮。貰えるものは遠慮なく強奪してでも貰いたい派であるハジメのプレッシャーもあって、結局、神霊全員が分御魂とやらを差し出した。

そうして、いよいよゲートの展開タイムリミットが近づいてきた頃。

「シア、殿。……今ほど、自分の語彙力のなさを嘆いたことはない」

泣きそうな顔で、エリックは神霊武具タルナーダを鞘ごと取り外し、それを差し出した。

「こんな、簡単な言葉ですまないが……ありがとう。本当に、ありがとう。俺達は、お前から生き方を教わった。絶望の中で未来を目指す方法を教わった。ありがとうっ」

溢れ出る感情に震える声音は、確かに、それがエリックの本心であると証明していた。同時に、「国を代表して、貴殿らに礼を言う」とハジメ達にも深々と頭を下げる。

続いてルイス達バルテッド勢も、神霊武具や霊器を差し出しながら、口々に礼を口にしていく。シアに対する恋慕の情により、喉まで言葉が出かけているようだったが、その言葉はハジメ達を見て呑み込まれた。あまりに寄り添っている姿が自然で、部外者の入る余地が見当たらなかったからだ。つい、苦笑いが浮かんでしまう。

「もう会うことはないのかもしれないが……もし、二度目の奇蹟があったなら、どうか国を挙げて感謝を捧げさせてくれ」

「誇り高き異界の同胞よ。貴女方から〝誇り〟のなんたるかを学んだ。未来を与えてくれたこと、心から感謝する」

アロガン達魔族も、そしてグルウェル達獣人族も、それぞれの神霊武具や霊器を渡しながら、まるで別人のような穏やかな表情でそう言った。

シアが受け取る前に、宝物庫へどんどん入れちゃって微妙に空気が壊れているのだが全く気にしないハジメを横目に、シアは、

「私は何も。この世界の未来が気にくわないって暴れただけですからね」

なんて、苦笑いを浮かべて、「そんなことはない」とエリック達が否定の言葉を発する前に、

「でも、私がそうすることで、少しでも良い未来に近づけたなら、私も嬉しいです!」

そんなことを言った。ふんわりと、まるで太陽みたいに明るく、陽だまりのような温かい笑顔で。

その笑顔に、心臓でも掴まれたみたいな表情になる男性陣&『やっぱりシアについていっていいですか? 母よ』とのたまっているヤンデレ駄チョレ。

溢れる感情に翻弄されるように、ただ一心にシアを見つめる彼等の脇から、ひっそりと涙ぐむような声が響く。

「シア様……」

「ダリアさん」

この世界で、きっと一番仲良くなった彼女は、もうシアにとっては友人だったのだろう。

ダリアもまた、この世界で試練を乗り越えなければならない人の一人であるから、彼女はついていきたいなどとは言わない。けれど、その心情は隠れしきれるものではなくて……

シアがそっと抱き締めると、ダリアもまたシアを強く抱き締め返した。

ヤンデレ駄チョレが『きぃ~っ、小娘の分際で!』みたいな顔になっている。いい加減引っ込んでいてほしいところだが、何故かユエまで「……シア、私という親友がありながら!」みたいな顔をしているので、なんとも言えない。

「おい、そろそろ本当に限界だ。行くぞ、シア」

明滅を始めたゲートに、ハジメが声をかける。ゲートの向こうから、「ちょっ、ちょっとそっちは大丈夫なの!?」という雫の声や、騒ぐミュウ達の声が聞こえてきた。

「泣いてなんていられない、未来のために。そうでございますよね、シア様」

「その通りでございます、ダリアさん」

ダリアを真似て、両手で握り拳ポーズ。ダリアは楽しそうに笑って、強く頷いた。たとえこの先に何があろうと、決して忘れないと言うように。

シアが離れる。収縮を始めたゲートにユエと香織、ティオが飛び込み、縁でハジメが手を伸ばしている。

シアは最後に、ウサギみたいにぴょんっと跳ねながら振り返り、

「未来のために足掻く皆さんに、幸あれ! です! さようなら!」

そう言って、ハジメの片手に抱えられた。

エリック達が大きく手を振り、シアの名前を呼びながら何度もお礼の言葉を口にする。それは、この先の厳しい道のりをきっと乗り越えられると信じられる、力強い光景だった。

星樹ルトリアが深く頭を下げ、ウダルやソアレが名残惜しそうにシアを見つめ、他の神霊達は苦笑い気味に小さく手を振っている。

それが、シアが見た最後の光景だった。

「シアおねぇちゃぁああああああんっ! なのぉ!」

「わっぷっ!」

空気が変わって、ミュウのロケット頭突きがお腹に突き刺さる。

レミアに雫、愛子にクラスメイト、愁や菫が口々に安堵の表情を見せながら、帰還したシアに声をかける。

あぁ、帰ってきました……そう実感して、またも涙が込み上げてくる。

「心配をかけました! ごめんなさいです! みんなのおかげで、シア・ハウリア、この通り無事に帰ってきました! ありがとうございます!」

ミュウを抱き上げ、うさっとウサミミを伸ばし、嬉しさいっぱいにウサシッポを揺らす。

ワッと歓声が上がり、シアはあっという間にもみくちゃにされた。

そんなシアへ、ハジメが笑いながら、そっと念話で伝えた。

『シア』

『? ハジメさん?』

なぜ念話で? と思いつつ、視線だけハジメに向けるシア。そんな彼女に、ハジメは優しい眼差しを向けて言う。

『地球でも魔力の効率的貯蔵方法は目処が立っている。異世界との行き来を容易にする方法は、そう遠くないうちに完成させる。必ずな』

『えっと?』

『時間差四倍だからな……まぁ、少なくとも一年以内には、また会えるようにしてやるよ。異世界でできた友達にな』

「! ハジメさん……」

本当に、どこまで甘いのだろう、とシアは蕩けるような表情を向けた。思わず声を出してしまうほどに嬉しさが溢れる。

最後に、あんな風に抱き合って仲の良い姿を見せられたら、なんとかしてやりたいと思うのは当然だろう、と肩を竦めるハジメ。

シアは、感極まったように何かを言おうと口を開きかけ……

「……ハジメ。あのメイドを狙ってるの? メイドスキーなの?」

「!? ユ、ユエ? 何を言ってるんだ?」

「ハジメくん。今、あのメイドさんのこと考えてたよね? よね?」

「いや、まぁ、そうだが……」

「なにぃ! 息子よ! お前、こんなに可愛いお嫁さんがいっぱいなのに、異世界でメイドな嫁をひっかけたのか!?」

「ちょっとハジメ! あんた何を堂々と浮気してるの! お母さん、あんたをそんな子に育てた覚えは……現状を顧みるに、子育て失敗したのかしら?」

魔王が異世界のメイドに手を出したという誤解が、瞬く間に広がっていく。ハイライトの消えた瞳で香織が迫り、ユエが自分の部屋からメイド服を引っ張り出してきて、雫や愛子やクラスの連中がどういうことだと事情説明に迫る。

それに頭の痛そうな顔をしながら、魔王流嫌がらせ百八式〝ギャグ・バレット〟――衝撃は凄いのに、再生魔法によって三秒後には何事もなかったかのように立ち上がれるギャグ仕様の弾丸――を準備し始めるハジメ。

そんないつも通りの騒がしさに、シアはまたも幸せが湧き上がってくるような気持ちになって……

「はいはいっ、みなさ~~ん! 我が家の魔王様がぷっつんしちゃいますよぉ!」

そう言って手をパンパンッと打ち鳴らし、一拍。

「殴殺勇者シアの異世界召喚ストーリー! そんなに知りたいなら、私が存分に語りましょう!」

みんなで美味しいご飯を食べながら!

ウサミミみょんみょん。ウサシッポをふりんっと一振り。

再び、ワッと歓声が上がったのは言うまでもない。

その後、シアの分身しているように見えるほどの超身体能力により、心配をかけたお詫びと急遽増えたお客の分を兼ねた大量のご馳走が作られた。

そうして、その日の南雲家の夕食は、シアの冒険譚と、豪勢な料理によって、まるでパーティーのような有様となったのだった。