軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

殴殺勇者シア編 決戦ですぅ! 前編

ゲートをくぐると同時に、浮遊感に襲われる。

大群を背に、眼下の森に落下したシア達だったが、そこは流石の精鋭部隊だ。怪我をするような間抜けは一人もおらず、全員が危なげなく森の中に着地した。

「さぁ! 一気に駆け抜けますよ!」

闘争の轟音を背に、威勢よく号令をかけるシア。そのまま先陣を切って森の中を走り出す。

曇天と生い茂る森の枝葉が天の光を遮り、森の中は不気味なほど薄暗い。即座に、ルイスが光球を作り出して前方を照らす。

「グルァアアアアアアッ」

真横から、巨大なイノシシが突進してきた。五、六階のコンクリート製建物くらい、一撃で破壊しそうな突進がシアを襲う。

「どっせぃっ! ですぅ!!」

パァンッと空気が破裂するような音を木霊させながら、戦槌による音速超えの一撃を放つシア。それがイノシシの精霊獣の鼻頭に激突。凄まじい衝撃波を放ちつつ一瞬だけ拮抗するも、ヴィレドリュッケンはそのまま振り抜かれた。

巨体が木々をへし折りながらぶっ飛ぶ。元来た道へ、文字通り叩き返された。

くるりと一回転して、シアはそのまま何事もなかったように足を止めず前進する。

「どうやら全戦力がハジメさんの方へ向かったわけじゃなさそうですね。皆さん、注意してください!」

「も、もちろんだ!」

代表してエリックが応えるが、先程の巨大イノシシレベルを瞬殺できるかと言われると、凄く微妙だ。一応、バルテッド王国最強に、魔王と獣王までいるのだ。退けるくらい問題ないが、足を止めずに、とは中々……

「とはいえ、弱音を吐いてはいられませんね。アロガン陛下、左側を任せてよろしいでしょうか?」

「誰にものを言っている。こちらは我等でどうとでもする」

「では我等獣王国は後ろを任せてもらおうか」

ルイスの言葉に、アロガンはすっかり砕かれてしまっていた自尊心を少し取り戻しつつ、自国の精鋭達と共に隊列の左側を注視し始め、グルウェル以下獣王国の者達は 殿(しんがり) を担い始めた。

エリックが、神霊武具である大剣タルナーダを抜きながら口を開く。

「ダリア、攻撃は俺達がやる。索敵と補助を頼むぞ。お前が一番上手いからな」

「分かったわ。シア様の邪魔はさせない」

「……あれ? ダリア、今、ため口に――」

何か? とダリアから敬意の欠片も感じられない視線を向けられて、エリックは視線を逸らした。と、同時に思った。こいつ、完全に主を変えてやがる……と。幼馴染みとしての情や今まで育んできた絆はどこにいったのか……

それもこれも、あの男が! というか娘って本当になんだったんだ! シアとの子なのか! そうなのか!?

「陛下……気持ちは分かりますが、今は集中を」

「わ、悪い、ルイス」

「いえ、本当に、気持ちは痛いほど分かりますのでくそったれめっ」

いつだって丁寧な物腰で、冷静沈着な王国の英知にして最強であるルイスから未だかつて聞いたことのない罵倒が自然と飛び出した。

同時に、自然と超攻撃的な炎の槍が飛び出し、右の茂みから飛びかかってきた巨猿に突き刺さった。しかも、そのまま爆炎を上げながら燃え盛る。一応、霊石は避けたようだが、物凄く力の入った、殺意極高の一撃だった。

まるで、ルイスさんの八つ当たりの心情が盛大に込められているかのように。

エリックは、見なかったことにした。

そんな後ろのメンバーを尻目に、シアは右肩の上の黄色スライム、もといウダルスライムに声をかけた。

「取り敢えず島の中央に向かってますけど、大丈夫ですよね?」

『うむ。この方向で間違いない』

そこで、シアははたと気が付いた。

「あれ? そういえば、星樹さんって……意外に小さいです?」

シア的に星樹は世界の中心であるから巨木をイメージしていた。そして、シアにとっての巨木と言えば、故郷の大樹ウーア・アルトだ。

地上四百メートル以上を誇る故郷の大樹のイメージからすると、星樹もあの断崖から見えていてもおかしくなかったはずである。

なのに、確認できなかった。

シアの呟きを聞き取ったダリアが答える。

「シア様! 星樹様は天を衝くような巨大な木であると、文献にはございます!」

では、なぜ見えなかったのか……

『お隠れになったに決まっているでしょう』

答えをもたらしたのは、シアの頭の上でもじょりしている赤スライム、もとい火輪の神霊ソアレだ。

鼻で嗤うような物言いに、周囲を警戒しつつも耳を傾けていたエリック達が微妙な表情になる。

『ハッ、そんな顔をしても無駄ですよ。お前達など――』

「ソアレさんソアレさん、どういうことなんですか?」

『ッ!? お、教えてほしいの?』

なんだろう。ソアレスライムがもにょもにょしている。まるで、気になる人に話しかけられてモジモジしている女子みたいな雰囲気だ。

「はいです。教えてください、ソアレさん」

『ど、どうしましょうね? 私、そんな安い女ではありませんし? で、でも、シアがどうしてもと言うなら――』

『結界だ。母は空間に干渉できる。空間を歪めて姿を隠しているのだ』

『オロスぅっ!!』

左肩に乗っている土色スライム――大地の神霊オロスがあっさり答えてしまった。ソアレさんの、いかにも「むきぃ~~~っ」とハンカチを噛み締めているような姿が幻視できる。

シアに答えてあげたかったらしい。その役目を取られた腹いせか、ポポポッと出現させた小さな火の玉をオロスに投げつけている。

魔王の鞭を受け、その嫁に飴を与えられたソアレさんは、すっかりシアに気を許してしまっている……どころか、思春期の女の子みたいに気を惹こうとしている様子。

なんてチョロい神様か。まさに、火輪の神霊チョアレさんだ。

そんなチョアレに苦笑いしつつ、シアは慰め&懸念解消のために質問を重ねた。

「え~っと、ソアレさん。その結界って、物理的に近づけないタイプでしょうか?」

『! ええ、ええ、おそらくそうでしょう。あの酷い男の、酷い攻撃から身を守るためにも、母はきっとそうしていますとも』

どうだ、シアが質問しているのは! 頼りにしているのは! このソアレさんなのだ! と言いたげに、ぽよんっと胸(?)を張って答えるチョアレ。目はないが、その意識がオロスに向いていることは明らかで、オロスが物凄く「うぜぇ」と言いたげな雰囲気を発している。

もはや、最初の面影は微塵もない。とても残念な神様がそこにいた。

そんな残念チョアレに、シアの冷えた声が……

「酷い男?」

言外の、「なに人の旦那をディスってんだ、こら」という言葉に、チョアレはびくぽよんっ。

『ッッ!? な、なんですか!? 本当のことでしょう! アァ!? やりますかっ、このがっ! そ、そんな怖い声を出したって無駄なんですからね! アァ!?』

チョアレはぴょんっと跳ぶと、直ぐ後ろを走っていたダリアの胸元に飛び込んだ。

神霊が抱き付いてきたことに、ダリアが目を白黒させる。歴史上においても、スライムな神霊を抱いた人族はそうそういないだろう。ダリアは、奇蹟みたいな事態に少々震えつつもチョアレをしっかりと抱き留めた。

そのチョアレは、ダリア以上に震えていた。両サイドからちょろりと伸びた腕みたいな部分で頭部(?)を覆う形でぷるぷると。それはまさに、神霊カリス○ガード……

もはや、虚勢というより、ただの情緒不安定な神様だった。

「あぁ~、大丈夫ですよ、ソアレさん。怒ってませんから」

『…………ほんとう?』

「本当ですよ~」

流石に、哀れすぎる神様(仮)の姿に、シアは苦笑いしつつ手招きする。チョアレは『本当の本当? 嘘じゃない? 怒ってないって言って、戻ったら酷いことする気じゃない?』みたいな感じで、何度もチラぽよんっしている。

ちなみに、この瞬間も精霊獣は襲ってきている。大抵はシアが片手間でぶっ飛ばしているが、エリック達は割と必死だ。

緊迫し、闘争の轟音が響く中での、なんとも言えない光景。

最初に溜息を吐いたのは、ご同輩だった。

『アッ!? ウダル!? 何をするのです! 私、そう簡単に戻ってあげるほど安い女じゃ――あ、止めなさい、オロス! こんなことをして、それでも神霊――アッ!?』

シアの両肩から離れたウダルが電撃を放ってチョアレを硬直させ、その隙にオロスがむんずっと掴むようにして彼女を投げ飛ばした。

ぽよんっと、シアの頭の上に帰ってくるチョアレ。そのまま、もじょわ~と広がり、反応を示さなくなった。まるで屍のようだ。

「あ、あの、オロスさん? ウダルさん? ソアレさんが反応しないんですけど」

『霊素を直接叩き込んで静かにさせた』

『シアよ、気にするな。今のそいつが見るに堪えなかっただけだ』

「そ、そうですか。いや、でもですね。頭の上でスライムがべちょ~と広がってる状態なので、普通に気になるんですが……」

まるで、スライムに頭から捕食されているように見えなくもない。

大きな蜂の精霊獣を神霊武具タルナーダで弾き返したエリックが、少し息を荒らげつつも、遠い目をして呟く。

「なぁ、ルイス。信じられるか? あの方々、神霊なんだ……」

「陛下、言いたいことは分かります」

「俺、今日、この日のために必死だったんだ。今だって、命をかけているんだ……」

「よぉく分かっております。お気を確かに」

今、人類救済計画のただ中にいるはず。この道の先に、人の命運が尽きるか否か、その答えが待っている。

そんな瀬戸際で、極限の状況で、なぜ、神霊のコントなんて前代未聞の珍事を見ているのだろう……

そんなエリックの気持ちは、アロガン達魔族も、グルウェル達獣人も全く同じだった。嫌なところで、心が一つになった瞬間だった。

そうこうしているうちに、森の先に光が見えた。

『森を抜けるぞ! 母は目と鼻の先だ! 覚悟を決めろ、人の子等よ!』

ウダルの一喝が、エリック達の微妙な心情を吹き飛ばした。

そうして、シアが森を飛び出した瞬間、

「ッ!?」

死のビジョン。視えたのは圧縮される空間。震える大気。そして、森の外縁部と大地を根こそぎ吹き飛ばすような極大の衝撃。

(ユエさんの 空間爆砕(震天) !?)

空間そのものがもたらす衝撃波の脅威はよく知っている。シアならば、〝半転移〟でやり過ごすことは可能だ。

だがしかし、エリック達は?

迷っている暇はない。やったことはなくとも、やらねば死ぬ。未来へ続く扉へ導いてみせるという約束を違えることになる。

だから、

「シャオラアアアアアアアッ!!!」

大地を踏みしめ、淡青白色の魔力を噴き上げ、一瞬のレベルⅩへ。

音速を遙かに超え、空気の壁を粉砕して振り抜かれるヴィレドリュッケン。

その余波だけで今まさに森を飛び出した後続のエリック達が吹き飛ばされるも、結果は確かに、文字通り叩き出された。

歪み圧縮された空間が、元に戻ると同時に激震を発生させる。その中心点へ叩き込まれたヴィレドリュッケンは、しかし、振り抜かれることなく空間そのものに激突し、激震を与えた。

――シア流空間魔法 グラグ○の実モドキ

爆ぜる空間に、爆ぜる空間が激突する。その衝突点を中心に大地が捲り上がり、大気が弾け飛んだ。

エリック達は森の中へ叩き返されながらも、辛うじて地面に伏せ、草木にしがみつき、神霊武具や霊法による障壁を使って耐え凌ぐ。

悪夢のような事態に、人にできることなど何もありはしないと突きつけられたような気分だった。こうやって、地面に這いつくばることだけが人に許されたことなのだと。

けれど、そう思えていることが、まだ彼等が健在であることの証で、それをもたらしたのは、

「シア様! ご無事ですか!?」

暴風と衝撃が収まり、真っ先に声をあげたダリアは、耕されたような大地の先で、仁王立ちするシアを見た。

「けふっ」

咳き込んだシアを見て、生きていると確信。安堵が全身を駆け巡る。が、ピチャッと地面に落ちた赤い染みに、ダリアのみならず全員が慄然とした。

「くぅっ、やってくれますね……」

シアが吐血していた。どうやら、ぶっつけ本番の技では、完全に相殺できなかったらしい。幾ばくかの衝撃をその身に受けてダメージが入ったようだ。

「シア様!」

「シア!」

「呼び方」

「……シア殿!」

思わず叫んだダリアとエリック。シアの訂正が即座に入る。意外に平気そうだ。

『無事なのですか、シア?』

チョアレが衝撃で目を覚ましたらしい。シアの頭の上でもじょりもじょりしている。

「ええ、大丈夫です。この程度なら、ほっといても勝手に治りますし。それより、皆さんの方こそ大丈夫ですか?」

「こちらは……欠員はいない。ありがとう、シア、殿。助かった」

天地がひっくり返るような衝撃を正面から粉砕することもさることながら、吐血してもほっとけば治るなんて、なんて男前。エリック達は乾いた笑い声をあげ、ダリアはうっとり顔に。

シアは追撃を警戒しながら周囲を見渡した。

(うわぁ、これって今の攻撃が原因じゃないですよね……)

見えた光景は、なんとも酷いものだった。

きっとおそらく、周囲を森に囲まれたこの場所は、元は緑豊かな平原と、水路のように走る細い川の、清らかなせせらぎが聞こえる静謐な場所だったのだろう。まさに、楽園のような場所だったに違いない。

それが、今や大地は耕され、無数の岩石があちこちに転がり、あるいは大地に突き刺さっている。そこを中心に幾つものクレーターができていて、緑の平原は炭化して黒ずみ、何本もの黒煙が上がっていた。川はめちゃくちゃに破壊されていて、まるで湿地帯のように大地が泥状になっている。周囲の森も、未だに火の手が上がっている場所があった。

まさに、天変地異に見舞われた悲劇の場所だ。

もちろん、その天変地異はメテオであり、犯人はシアの旦那さんだ。仕方なかったというか、あの時点では不可抗力的だったと言えなくもないのだが、シア的にこの惨状を見てしまうと「うぼぁ」と変な声の一つも漏れてしまう。

『……母がどんな結論を出そうと、滅ぼしたりはしない。そうであるな?』

オロスが、再度の確認。あの悪魔みたいな男を、本当に、確実に、100%抑えることができるのだよな? と、ちょっと必死感漂う感じで尋ねる。

「私がボッコボコにやられるとか、死んでしまうとか、そんな事態になったら保証できないですけど……きっと大丈夫です!」

『……不安だ』

オロスが、先程のチョアレみたいに頭を抱えた。本当に、人の子等はなんて存在を呼び込んだんだろう、と。

「とにかく、行きましょう! そう何度もあんな衝撃からかばえませんからね!」

シアの号令に、エリック達は絶句状態から回復し、駆け出したシアの後についていった。

相変わらず、平原の中央には何も見えない。目に映るのは、向こう側の森と、山々、そして曇天のみ。

だが、シアは確かに感じ取っていた。

ウサミミがピコピコと動き、風の音を聞き取る。中央一帯の風の動きが明らかにおかしかった。見えない壁に隔てられ、あらぬ方向へ流れていく音が聞こえる。

『シアよ、どうするのだ?』

ウダルが、他の者達を代表して尋ねた。空間的に遮断された場所へ、どうやって入るのか。

「ぶっ壊します」

『……で、あるよな』

ですよね~みたいな雰囲気でウダルはぽよんした。

シアは、ウサミミが伝えてくる境界線上に立ち、ヴィレドリュッケンを大きく振りかぶった。やるのは先程と同じ、空間を直接ぶっ叩く打撃技。

「こんにちは! そしてお邪魔します!!」

ノックノックノック。

戦槌が、そこの住人からすると迷惑すぎるノックをする。一撃目で空間そのものに亀裂が入り、慌てて修復するような様子を見せる。が、直ぐに二撃目。亀裂は更に広がり、三撃目にてガラスが割れるような破砕音が響き渡った。

その先に見えた光景に、エリック達が息を呑む。

「あれが……星樹ルトリア様……」

「なんと壮麗な……」

「美しい……」

巨大な樹であった。地上四百メートルはあるだろう大木だ。幹は極太、根は見えない。まるで、根は地中深くにあって、大地から見えているのは幹の途中部分であるかのように。

枝葉は大きく広がっていて、全てを包み込むような包容力を感じる。

泰然自若にして、荘厳な、まさに、誰もが見とれずにはいられない世界の中心にそびえる星の樹であった。

とはいえ、疲弊しているのも明らかだった。葉はみずみずしさを失っているように見えるし、その数自体が少ないように見える。とても、〝生い茂っている〟とは言えない状態だ。

幹や枝も、どこか枯れ木を思わせるような乾いた印象を受ける。

それ故に、感動の次にエリック達の心に浮かび上がったのは沈痛というべき感情だった。

言葉を失うエリック達。

だが、彼等の茫然自失は、今まで聞いたことのない狼狽えたような声により解消される。

「……え? ど、どうして……え? あれ? そんな……他人、じゃなくて他大樹のそら似です?」

そう、動揺しているのはシアだった。

どんな時も動じなかったシアの意外な姿に、何事かと視線が集まる。

だが、シアはそれどころではない様子。

それも無理はないかもしれない。

なぜなら、あまりにも似ていたからだ。シアにとって慣れ親しんだ、故郷のそれ。遙か昔から枯れたまま朽ちずそびえ続け、内部に大迷宮を内包するほど巨大で、再生魔法により荘厳な姿を見せた――大樹ウーア・アルトに。

偶然か。

否、偶然に決まっている。そうでなければなんだというのか。

困惑するシアに、エリック達もまた困惑し……

そこへ、

『止めること叶わず……もはや、命運は尽きましたか――』

世界に木霊するような声が響いた。

『我が愛しの子等よ。それが、あなた達の選択ですか?』

透き通るような、清冽で澄んだ声だった。けれど、どこか暗く、絶望を感じさせる悲しい声音だった。

〝我が愛しの子等よ〟――それが、エリック達に向けられた言葉でないことは、誰もが理解していた。

星樹ルトリアの意思が向いているのは、シアに寄り添う三柱の神霊であると。

ウダルがふわりと浮き上がりながら想いを木霊させる。

『母よ、貴女の苦悩を知りながら、使命を放棄した我を許せとは申しません。ですが、母よ、どうか今一度、この子等の言葉を聞いてはいただけませんか?』

星樹は答えない。沈黙の狭間に、オロスが前に出た。

『我は……我は、人の子に希望を見いだせない。力及ばず、この有様であるが故にここにいる。神霊として相応しくないとお思いなら、いかな罰とて受けよう。しかし母よ、一つだけお尋ねしたい。あなたは、本当にもう、人の子の言葉を耳にしたくはないのだろうか?』

本当は、星樹ルトリアこそが、今一度、人の子の言葉を望んでいるのではないか。それだけが、オロスの心に残り続ける逡巡の元。

だがやはり、星樹ルトリアは答えない。

『わ、私は……』

ソアレは、何かを言おうとして、しかし、言葉が見つからないといった様子で口を噤んだ。本心では、人の子の改心など信じてはいない。正直に言えば、オロスと同様に力が及ばなかったから、こんな状態になっているだけだ。

けれど、全く感じるものがないのかと言われれば、それもまた口を噤まざるを得なかった。許されずとも贖罪の心だけは届けたいというエリック達の願い、それを否定する理由が、今のソアレには見つからなかった。

そんな迷ったことなどないソアレの、初めて見せた逡巡に、星樹ルトリアはなんの言葉もかけはしなかった。

代わりに、

『是非もなし』

ただただ深い悲しみに彩られた声音を響かせ、

『ッッ!? 母よ!』

『――っ』

『ああ……』

「わわっ、ウダルさん!? オロスさん、ソアレさん!」

三柱の神霊は、粒子を撒き散らすみたいに輝きながら消えてしまった。驚くシアは、もしや裏切りと判断して、星樹がウダル達を消滅させてしまったのかと焦ったが、よく見ると、星樹の幹の中に淡い輝きが三つ見て取れた。

どうやら、星樹はウダル達を己の内に取り込んだらしい。

いったいどういう意図によるものか……

それは、直ぐに判明した。

『抗いましょう、世界のために。異界の者よ、我が意志は決して砕けぬと知れ』

星樹が光を放った。燦然と輝く大樹の姿は神話の如く。

その巨大な幹の中ほどから、取り込まれたウダル達と入れ替わるようにして人型が出現した。

集束していく光が徐々にその姿を明確にしていく。

「……星樹、ルトリアの……化身」

呟いたのは誰だったのか。

美しかった。息を呑むほど。それこそ、神々しいほどに。

純白の衣に、真白の長い髪。肌も雪のような白さで、淡い光を纏い、まるで恒星が数多の衛星を侍らすが如く、幾つもの白光の球体を周囲に巡らせている。

全てが清らかなる白で示された星樹ルトリアの中で、ただ一点、瞳だけが僅かに白銀に輝いている。その瞳にあるのは、悲しみと、絶望と、そして覚悟だった。

それだけで分かった。

今更、言葉だけでどうにかしようなんて不可能なのだということが。

それができるなら、最初から神罰など下さなかった。多くの人の子を殺めたりはしなかった。幾度となく言葉を尽くし、それでも止まらなかった人の子に下した決定は、そんなに簡単なものではなかった。

それこそ、星樹ルトリア自身の心を引き裂くような想いで下した、本当の最終手段だったのだ。

きっと、人の子等を殺めた分だけ、ルトリアは己の身を切り裂いていたのだ。愛していたから、否、きっと今でも、愛しているから。

けれど、世界はもう、どうしようもないほどに追い詰められているから。

だから、母は止まらない。止まるわけには、いかない。

人の子を、愛しい子供達を――滅する。

他の生きとし生けるものを救うために。未来のために。

「そんな未来、悲しすぎますよ」

未来とは、幸せのために紡ぐべきものだ。

少なくともシアは、そう信じて生きてきた。

だから、

「星樹ルトリア、お覚悟を! そんな未来は、このシア・ハウリアが殴殺します!」

暴力を以て聞くウサミミを持たせてやりますぅ!!と気合いを滾らせる。

開戦の合図は、ルトリアが放った白光の流星群だった。

その渦中へ、シアは空中を踏みしめながら突っ込んでいく。

「約束を果たします! 運命にっ、抗ってみせてください!」

雄叫びじみたシアの言葉が伝播した。

言葉も、破滅的な白光を弾き返すシアの姿も、心が震えるほど勇壮だった。エリック達の尻を蹴り飛ばすほどに。

「っ、ルイス! 奉納と祈りの儀式だ!」

「御意! 星樹の根元へ!」

駆け出すバルテッド勢。エリックは、同じく駆け出そうとしたアロガンとグルウェル達に鋭い目を向けた。

言葉はなくとも、言いたいことは伝わる。アロガンは苦笑いを浮かべた。

「分かっている。タイラントを失い、勇者に神討伐の意志がない以上、方針を変える以外に道はない。この期に及んでいらぬ野心は抱かぬさ」

なんとも打算的な言葉。だが、ここで「心から改心している」なんて見え透いた言葉を使われるよりは、よほどいい。

グルウェルもまた、肩を竦めて頷く。日和見主義らしく、全面的にバルテッド王国に従うという事前の約束を守るつもりのようだ。

それに頷き、エリックは直ぐにルイス達の後を追った。

バルテッド王国の騎士達が、それぞれが背負っていた荷物から、拳より二回りは大きな宝珠を幾つも取り出した。

本来、霊石は大きくても親指の先くらいの大きさであることを考えると、とてつもない大きさであり、〝宝珠〟と称するに相応しい。当然、民から徴収した霊素も莫大な量が収められている。

エリックは、星樹の前に跪いた。手を祈るように胸の前で組み、瞑目して一心に祈り始める。合わせて、ルイスが霊法により、宝珠に溜め込んだ霊素返還の術を行使した。

山積みとなった宝珠から、光の粒子が立ち上り、星樹へと還っていく。

「全ての母、星樹ルトリア様! どうか、我等の懺悔をお聞きくださいっ」

エリックの言葉が響く。

応えるものがあった。

「っ、陛下!」

ルイスの焦りを帯びた声。肩越しに振り返れば、そこには今まさに土くれで形作られたドラゴンの精霊獣がいた。顎門が開き、そこに霊素の集束する様が見える。

「即時実行っ――〝風の断崖〟」

最も早く動いたのは魔王アロガンだった。展開速度重視で行使された風の障壁が、ドラゴンのブレスを防ぐ……が、やはり星樹のお膝元に存在する精霊獣はひと味違った。

アロガンの障壁が容易く散らされていく。

「属性は大地、圧縮形態、硬化式三倍化! ――〝城壁〟!!」

障壁が消し飛ばされるという寸前、大地から分厚い城壁のような岩壁がせり上がった。

驚いたことに、行使者はダリアだった。どうやら、ルイスが奉納の儀式に集中していることを見越して、背後に注意していたらしい。

ダリアの防壁は強固で、削り取られながらもドラゴンのブレスを防いでいる。

だが、安心はできなかった。

「っ、やはり懺悔の一つもさせてはもらえないか……」

苦い表情で呟くアロガンの視線の先では、大地のあちこちが蠢いていた。それらは、ドラゴンだけでなく、獅子や雄牛の姿を取っていく。更には、周囲の森からも、続々と強力な精霊獣が出てきていた。

エリックが、表情を沈痛に歪めながら、大剣タルナーダを手に取って立ち上がろうとする。

かくなる上は、精霊獣の猛攻を凌ぎながら儀式を続けようというのだろう。上空では未だに壮絶な衝撃音と閃光が飛び交っている。星樹相手にシアが渡り合っている証拠だが、逆に、地上の精霊獣まで相手にする余裕はないに違いない。

「元より、約束は星樹までの道のりを切り開くこと……やるしかないな」

そう言葉にしたエリックを、グルウェルが手で制止した。

「いや、貴殿は祈り続けよ。我々が相手をする」

「……なに?」

訝しむエリックに、グルウェルは苦笑いを浮かべながら竜化していく。

「……ずっと、純粋に懺悔と改心を訴えていたのは貴殿だ。我々百人の祈りより、貴殿一人の方がよほど心に響くだろう。ならばせめて、貴殿のために力を尽くそう」

「……その言葉、信じよう。頼む」

エリックは僅かな逡巡のあと頷き、迫る精霊獣に背を向けて再び跪いた。そして、一心に祈りを捧げ始める。

その真っ直ぐな姿に、グルウェルは苦笑いを深めた。それがどういう意味の笑いなのか、アロガンには分かるようで、同じような表情をしながら精霊獣の相手をし始める。

「霊石を壊さず、無限に復活する強力無比な精霊獣相手に、さて、どこまで抗えるか……」

そんなことを呟きながら。