軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ハウリアがやって来た! 下

苦笑いを浮かべつつ、ミュウを抱っこしたハジメは店内に入った。その後に、シアもまた同じような表情をしながら続く。

「おぉ! お前達! お前達もここに来ていたのか!」

続いて入店したカムが、一族が勢揃いしていることに目を丸くして破顔した。

それに対し、浩介&エミリー班に割り振られていた〝這斬〟のヨルガンダル……たぶん、今はもっとゴージャスな感じになっているはずなので、取り敢えずヨル――が、にこやかに駆け寄ってきた。

そして、そのまま、

「死ね、族長!」

這うような体勢からの鋭い斬撃を放った! 背中に小太刀を隠していたらしい!

「甘いわ!」

それを、カムは脇の下のホルスターに収めていた短剣で見事に防ぐ。

キンッという金属が衝突する高質な音が響いた。

更に、

「くたばれっ、バルトフェルド!」

「ハッ! その程度かい? 兄貴ぃ!」

十五歳くらいの少年ハウリアがパルにナイフを投擲。風を切る四本のナイフを、パルはスリングショットの抜き撃ちで迎撃した。四発同時撃ちで、全てのナイフを見事に撃墜する。まさに離れ業だ。

その直後に、ネアとミナ、そしてイオに対しても、仲間からの苛烈な攻撃が放たれ、それを三人は鼻で嗤いながら捌き切った。

「ちょっとぉおおおおっ! 人の店で何やってんのよ!」

ぽかんっとしていたハジメ達に代わり、怒声を上げたのはこの洋食店ウィステリアの看板娘――園部優花だ。

紅色のエプロンとスカーフ、ふんにゃり帽子の格好で店の奥から出てくると、腰に手を当てて眉を逆立てている。ぷんすかっと見るからに怒っている様子。

初撃を放ったヨルが、カムと鍔迫り合いをしながら答えた。

「ボス直々に案内してもらって、ご機嫌な様子の族長にむかついた!」

「子供か!」

優花の鋭いツッコミ。それに対し、奇襲をかけた他のハウリアが言い募る。

「しかし、優花殿! バルトフェルドの顔を見ましたか!? あのドヤ顔! 我慢なりません!」

「そうです! それに見てください! ネアシュタットルムが大事そうに抱えているあの包みを! 自分で手に入れたものに、ネアシュタットルムはあんな顔をしません!」

「ミナステリアもです! つまり、あれはボスからのプレゼントに違いない!」

大正解。

「だから何!?」

店の中でいきなり刃傷沙汰を起こされた優花が、激おこな様子で声を張り上げる。

襲撃犯達は、否、店の中の臨戦態勢の全ハウリア達は、「答えは一つ!」と声を揃えて宣言した。

「「「「殺してでも奪い取る!」」」」

「外でやれぇーー!」

優花の両手にシュパッと野菜スティックが出現。指の間に挟んだセロリと大根ときゅうりとニンジンが、ジェットコースターみたいなあり得ない軌道を描いて飛翔した。

神業といっても過言でない投擲術により放たれた野菜スティックは、気勢を上げるヨル達と、迎え撃とうと雄叫びあげるカム達の口の中に飛び込み、喉に直撃。

ほげぇっ!? と奇怪な悲鳴を上げて膝を突くカム達を尻目に、優花はポケットから取り出したトランプカードをマジシャンの如く扇状に広げた。

そうして、それを横薙ぎに振るえば、カム達から〝ボスのプレゼント〟を奪おうと踏み出しかけていた全ハウリア達のウサミミの先端をスパッと切り取っていった。

「「「「「……」」」」」

はらりと店内に舞うウサ毛。

ハウリア達は全員ビシリッと凍てついたかのように硬直した。次いで、ギギギッとぎこちない動きで優花の方を見やり……

Uターンして舞い戻ったトランプカードを華麗にキャッチした優花さん、にっこり笑って言う。

「うちのお店で喧嘩なんて許さないわよ。大人しくお客さんするか、ウサミミちょん切られて外に放り出されるか……好きな方を選びなさい」

ハウリア達は、ウサミミをぺたんっと折り畳み、そろりそろりと席に戻った。まるで就職の面接に来た新卒生のようなビシッとした姿勢で椅子に座り、静かに目の前のコップを見つめる。

優花さんは満足そうに頷いた。そして、その顔をぐりんっとハジメの方に向けた。ハジメは、サッと視線を逸らした。

むせながらも、どうにか野菜スティックを食べきったカム達が目を見開いている。「ボスが視線を逸らした!?」と言いたげだ。

「ちょっと南雲。いつまで入り口に立ってるのよ。早く入ったら?」

「うっす。お邪魔します」

「「「「「!!!!?」」」」」

ハウリアの中に、更なる衝撃。

ハジメの言動に対し、訝しそうに目を眇める優花に畏敬の眼差しが送られる。が、それに優花が気が付く前に、

「優花~? お料理できたから運んでちょうだ~い」

「りょうか~い!」

奥から、優花の母――優理の声が響いてきて、優花はそれに応えるべく踵を返した。

ハジメはカム達に視線を巡らせた。

「お前等、好きな席に座れ。いずれ、このウィステリアという、〝俺達帰還者の聖地〟の主になる園部優花様に感謝を捧げながらな」

「!? しょ、承知致しました! お前達! 情報交換がしたい! ハウリア族はこちらの席で固まれ! 二度と、優花様に粗相をするんじゃないぞ!」

「「「「イエッサー!」」」」

店の奥の席にひっそりと集まったカム達を尻目に、ハジメはユエの隣へと座った。ユエが、ちょっと困った人を見るような目でハジメを見る。

「……優花〝様〟?」

「初っ端にビシッと決めてくれたからな。昼メシ時くらい、ハウリアはあいつに押しつけ――ごほんっ、任せようかと思って」

「ハジメくん……誤魔化せてないよ。思いっきり、優花ちゃんに押しつける気だよね?」

「香織、これも接客の範疇だ。つまり、園部の仕事だ」

「ご主人様よ。急遽貸し切りにするのに、優花は常連客に連絡したりと骨を折ってくれたみたいじゃぞ?」

だから、優しくしてあげてと言外にいうティオに、雫や浩介、そしてシアまでもが頷く。

ちなみにエミリーちゃんは、優花がハウリアを黙らせた直後から、「ゆうか、お姉様……」と、どこか敬愛の念がこもった眼差しを店の奥に向けている。

そんなティオ達のからの視線に、ハジメは深く頷く。

「大丈夫だ、問題ない。なんてったって、あいつは愛と夢と希望が詰まった魔法少女――」

「だれが魔法少女よ」

ごんっと、ハジメの頭の上にポテトサラダの大皿が載った。

器用にも頭の上にポテトサラダを載せたままハジメが肩越しに振り返れば、そこには超ジト目の優花様が。片手に皿を三皿も載せて、もう片方の手を腰に当てている。

ポテトサラダを下ろしながら、ハジメはメニュー表を広げた。かと思えば、至極真面目な顔で、ふわとろの卵と、この店オリジナルケチャップで彩られた写真を指さし注文を口にする。

「スペシャルオムライスをください」

「そのふざけた態度を改めないと残飯持ってくるわよ」

「飲食店の店員がなんて言い草だ」

ハジメのわざとらしい態度に、優花は「はぁ」と深い溜息を吐きつつ皿を危なげなく配膳していく。そして、ハジメに向ける不機嫌そうな表情を一転、シアとミュウに柔らかく微笑むと「注文は決まった?」と尋ねた。

「スペシャルオムライスをください! なの!」

「あ、私もスペシャルオムライスをお願いします!」

ミュウとシアが元気に注文すれば、ボスが頼んだメニューとあってかカム達まで全員オムライスを注文する。

「あはは、今日はオムライスが大人気ね」

伝票に注文を記載しつつ、口頭でも料理長たる父親――博之にオーダーを伝える優花。

そんな優花へ、ハジメは態度を戻して苦笑いしながら言う。

「悪かったな、いきなり貸し切りにまでしてもらって。まさか、全員ここに来るとは思わなくてな」

「まったくよ。今度、常連のお客さんに何かサービスしなきゃ」

昔からの常連さんはご近所さんが多いので、そういう人は連絡先が分かる。午後二時以降という遅い時間に来る人は限られているが、それなりの人数に急遽団体さんが入ってしまったと連絡するのは、どうにも心苦しいことだ。

連絡先が分からない常連さんに関しては、優花手製のちょっとしたお菓子を用意しているが、わざわざ足を運んでもらって帰すというのも、やはり心苦しい。

もちろん、飲食店に突然の団体が入って、いつものお客が入れないというのは、どこの店でもあり得ることで、それに文句を言うのはむしろクレーマーだろう。

実際、常連達は今のところ一人も不満を感じてはいないようだった。むしろ、わざわざ連絡をくれたり、優花がお菓子を用意しておいてくれたりしたことに心がホクホクしている様子だった。

こういう普通ならしないような気遣いが、ウィステリアが愛されている理由なのだろう。

「けど、助かったよ。気疲れせず、美味い飯が食えるところと言ったら園部のところしか思いつかなくてな」

「……ほ、褒めても、別に南雲にはサービスしないわよ」

そっけない感じで言い放つ優花だったが、その指先はスカーフをイジイジ。そっぽを向いていても、その口元はもにょもにょしている。

ハウリア達が興味深そうに見ている!

「いや、そういうつもりで言ったんじゃねぇよ。むしろ、迷惑かけた分、何か返さないとな」

「……別に迷惑だなんて思ってないわよ。うちに来てくれるのは嬉しいし……あ、今のは南雲が来てくれるのが嬉しいって意味じゃないからね! 勘違いしないでよ!」

「いや、しねぇけど……。まぁ、とにかく、借イチだな。何かして欲しいことがあったら言ってくれ。なんなら、忙しいときに無償でバイトでもしてやるぞ?」

「え? 南雲がうちでバイト? 南雲が……バイト…………うちで……」

それはつまり、ハジメがウィステリアの制服を着て、自分と一緒に働くと言うことだろうか。やるなら二人でフロア係だろう。二人で協力し合って注文を取り、配膳して、時々ぶつかりそうになっちゃって照れ笑いし合ったり、どちらがレジ打ちをするか目と目で会話しあったり……

そして、ようやく閉店となった静かな店内で、二人並んで座ってほっと息を吐く。なんとなく言葉が出なくて、時計の音だけが鮮明に響く。

妙な気恥ずかしさを感じて、優花はコーヒーを入れる。受け取ったハジメは一口飲んで、ただ一言「うまい」と微笑しながら感想を口にする。

再び、静かな時間が流れた。

その時間にどうしようもない幸せを感じ……

「……あるいは、これが二人の将来の姿かも、と優花は思うのであったマル」

語り部ユエが、ドヤ顔で締め括った。如何にも、「どう? 当たってるでしょ?」と言いたげだ。

いきなり語り出したユエに向けられていた全員の視線が、優花へと流れる。

その優花は、

「お、おお、思ってないしぃ!」

思っていないらしい。

顔を真っ赤にし、一歩後退ってプルプルと震えているが。めちゃくちゃ動揺しているように見えるが! 思っていないと言ったら思っていないのだ!

優花の肩がガッされた。ビックゥ! としながら恐る恐る振り返れば、奴がいた。

「優花ちゃん。ちょっと〝お話〟しよっか?」

笑っているのに笑っていない、うっすら背後に何かが見える香織さんが。

「いやいやいや、ほんとに何も思ってないから! ユエさんが勝手に言ってるだけだから!」

「優花ちゃん! どうして二人だけなの!? 将来的な話なら、私達全員でウィステリアに勤めていてもいいと思う!」

「話を聞いてない!? っていうか、全員でうちに勤めるとかホントやめて! カオスでしょ!」

「それはつまり、ハジメくんを独り占めしたいってことなんだね! 二人で末永くお店をやっていきたいっていうことなんだね!」

「言葉のキャッチボール! これ大事!」

ガクガクと優花を揺さぶる香織さん。雫がやれやれしながら香織を引き剥がしにかかるのを横目に、シアとティオは、

「そう言えば、この前うちに皆さんが避難してきたときも、優花さん、ユエさんに案内されたハジメさんの部屋でぽへ~としてましたね」

「うむ。そのあと突然真っ赤になって、自分の頬をビンタしておったな。『阿呆かっ私は!』と一人ツッコミしながらな」

「かわいいですねぇ」

「かわいいのぅ~」

などとコソコソ話している。

と、そこで、一番ハジメ達の関係に疎いエミリーが、遠慮がちに尋ねた。

「あの~。ゆうかお姉様は、魔王様のお嫁さんじゃないんですか?」

「ち、違うわよ。っていうか〝お姉様〟ってなに? そういうのは雫でしょ」

どうにか香織の魔手から逃れた優花が、ぜぇぜぇと息を荒げながら言った。エミリーは、少し恥ずかしげにもじもじする。

「その、さっきのハウリアのみんなを黙らせたお姿が、とても素敵だな~と思いまして……ダメ、ですか?」

エミリーが現在進行形で身を投じている戦い――対ハウリア厨二病改善戦線。

現状では口を閉じさせることもできず、それどころか猫可愛がりされて翻弄されてばかりのエミリーからすると、優花こそ〝お姉様〟に見えたらしい。

エミリーの上目遣いでのお願いに、しかし、優花は、

「ダメ」

すっぱりきっぱり断った。理由は、ハウリアの一員になるエミリーに姉扱いされると、自分までハウリアの一員に見られそうというのと、エミリーを契機にソウルシスターの亜種なんて生まれたら堪らないという理由からだ。

「普通に、先輩とか、さん付けでいいじゃない。っていうか、エミリーは飛び級もしてるんでしょ? なら年に関係なく対等な友達っていう方が嬉しいんだけど」

「友達……」

そこで、エミリーはふと気が付いた。

そう言えば、自分の周りに〝友達〟と言える人はいただろうか、と。大学には、当然いなかった。飛び級しているので同年代にもいない。英国国家保安局の人達とは親しいが友達とは少し違う。浩介やハウリアはもちろん違う。

ヴァネッサは……あれはただのSOUSAKANだ。カテゴリー的にはハウリアだ。ウサミミカチューシャをよくしてるし。

後は、姉貴分、兄貴分……

あれ? 私、友達少なすぎ? いえ、見栄を張りました。私、友達いない……

「うんっ、友達がいい! ゆうかさんっ、ううん、ゆうか! お友達になって!」

「す、すごい食いつきね。もちろん、いいんだけど……」

瞳を輝かせるエミリーちゃん。優花のもとへ駆け寄ると両手で優花の手を握り締めて「友達♪ 友達♪」と小躍りしている。取り敢えず、全浩介が泣いた。

そこへ、実はさっきから優花とハジメのやり取りを虚ろな目でジッと見つめていた某ウサミミお姉さんがスッと優花のもとへ。

「私もお友達にしてください」

肩をガッしながらの、気迫のこもったお願い。優花はいきなり現れた鬼気迫るウサミミお姉さん――ミナに「は、はい?」と引き攣り気味の表情で首を傾げる。

「か、構いませんけど……突然、どうして?」

疑問の答えを察してか、シアが頭を抱え、ラナが片手で目元を覆う。

ちょっと血走り始めた目で、ミナは優花の疑問に答えた。

「貴女からは、一流の愛人臭がするからよ! 貴女と一緒にいれば、さりげなくボスの愛人になれるかもしれないのよ!」

「前言撤回! 誰が友達になるか!」

「お願い! 愛人友達になって!」

「愛人友達って何!? 意味分からない! っていうか顔近い! そして怖い!」

「分かったわ! なら師匠と呼ばせて! 貴女はいずれ偉大な愛人になるわ! 私の冴え渡る勘がそう告げているの! 今から学ばせて!」

「やめろぉ! 愛人じゃないし! ならないし! 手ぇ離してぇ! あと顔近い!」

「師匠! 離れませんよ!」

「師匠って呼ぶな!」

助けてぇ! と、ミナの鬼気迫る様子に涙目になった優花が助けを求めると、直後、シアの拳骨がミナの頭に炸裂。白目を剥いてくずおれたミナをラナがキャッチ。拘束して店のソファーに横たえた。

必死感が凄いミナの有様に、ハウリア達ですら微妙な空気になる。静かな店内に「怖かったよぉ」と半泣きになっている優花の声と、その優花を慰めるシアとエミリーの声がやたらと響いた。

と、そこへ、空気を変えるような明るい声が響いた。

「お待たせしました~。スペシャルオムライスですよ」

「はははっ、君達の周りはいつも賑やかだね」

店内の空気に苦笑いしつつ優理がオムライスを運んでくる。その後に、同じくオムライスをいくつも腕に載せた博之が続いてやって来た。

そんな優花の両親の前に、やはり静かにしつつも、ずっと聞きウサミミを立てていたらしいカムがスチャッと出現した。ハジメ達から、今度はお前か……みたいな目が向けられる。

「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。お初にお目にかかります。私は〝禍つ――〟」

ボスの殺気!

「カムです。カム・ハウリアと申します。シアの父であり、ボス――南雲ハジメ殿の忠実なる部下であります」

「これはご丁寧に。優花の父で、この店の店主をしております、園部博之と申します。いつも娘がお世話になっております」

「母の優理です。お会いできて嬉しいです」

にこやかに挨拶を返す博之と優理。いきなり丁寧な挨拶を始めたカムに、ハジメ達が胡乱な眼差しを向ける中、カムは博之達からオムライスを受け取って配膳するようイオ達に指示を出した。

「おっと、ありがとうございます。でも、そんなに気を遣っていただかなくとも……」

まだ配膳を終えていない他の料理も積極的に運び始めたハウリア達に、博之は少し恐縮した様子だ。

ハウリア達は、ついでに先程優花にちょん切られたウサ毛まで自主的に掃除し始める。優理が慌てた様子で、「こちらでやりますから」と言うが、ハウリア達は恭しい様子で固辞した。

嫌に丁寧な態度に、少々困惑する博之と優理。

そんな二人に、カムは言う。

「何をおっしゃいます。我等が敬愛し、信仰すら捧げる御方の妻になられる方のご家族ではありませんか。我等が身命を捧げるに足る十分な理由です」

「身命!? いや、そんな大げさな」

「いやいや、お父さん! ツッコミどころそこじゃない! 妻の部分! 妻の部分だから!」

ハウリア達に恭しい態度を取られて、博之と優理は目を白黒させる。優花は激しくツッコミを入れる。

「優花! 教えてあげる! この流れは、どれだけツッコミを入れても変わらない場合の流れよ! 私、こういう雰囲気の後は大体ハウリアの人達に遊ばれるわ!」

「情報をありがとう、エミリー! でも、『私、友達の役に立ったかな?』みたいな顔で言われても、内容的に泣けるだけだから!」

優花はハジメに目を向けた。顔を真っ赤にしつつも、視線で「否定して!」と訴える。

任せろというように、ハジメは頷いた。

「おい、カム。何を勘違いしているのかしらないが、園部はただのクラスメイトだ。そういう関係じゃないし、これからもそういうことにはならねぇよ」

取り敢えず、自分で促しておいて優花が微妙に凹んでいる……ような気がする。

そして、エミリーが「魔王様! 私の友達になんて酷いことを! 撤回してください!」と強く訴え、何故か先程優花に詰め寄っていた香織を筆頭に嫁~ズからも、「ちょっと言い過ぎじゃあ……」みたいな目が向けられる。

「……なんで俺がそんな目を向けられるんだ」

「ふっ、ボス。未来のことは誰にも分かりませんよ。ならば、我等はボスのあらゆる未来を想定して動くまでです」

「ドヤ顔で含蓄のありそうな言葉を吐くお前の顔面を殴りたい」

ハジメにジト目を向けられて、カムはササッと席に戻った。そうして昼食が始まれば、ハウリア達から次々と絶賛の声が上がる。

どうやらウィステリアの洋食は、異世界のウサミミ達の胃袋をがっしりと掴んだらしい。特に、スペシャルオムライスは好評で、パルとネアが再び〝元のウサミミ美少年と美少女〟に戻ったほどだ。

エミリーの、優花への尊敬度と友愛度が深まったのは言うまでもない。

しばらくして、食事も半分ほど終えた頃、ようやく腹の虫も鳴りを潜めて少し落ち着き、ハジメはユエ達に会話の矛先を向けた。

「それで、ユエ達の方はどうだった? そっちも百貨店とか町中を回ったんだろう?」

少しでも多くの市場や町並みに関する情報を手に入れ共有するため、基本的にはどの班も同じような場所を回ることになっていた。

ユエは、自分が注文したミックスサンドをはむっとかじりながら遠い目をする。苦笑いしながら、代わりにティオが答えた。

「百貨店にも行ったんじゃがな、服ばっかりなのが期待外れだったらしくての、直ぐに別の場所に行ったんじゃよ」

「あ~、お前等の班、ハウリアの女は一人しかいないから盛り上がらなかったか。で、どこに?」

「うむ。ホームセンターじゃ」

さもありなん。やっぱりそっちが良かったらしい。ハジメとシアは苦笑いするしかない。

「大変だったんじゃよ……。ホームセンターは宝の山だと言ってな? みな大はしゃぎじゃ。釘打ち機で銃撃戦を始めよるし、いつの間にかバールとチェーンソーを買い占めておるし、店員に爆弾の材料はどれかと尋ねて通報されるし……」

「お、おぉ……恐れていたこと全部やってやがる……」

「ユエさん! しっかりしてください! もう大丈夫ですから!」

通報を受けてやって来た警官に、真っ向から不敵に対抗しようとするものだから、騒動はどんどん拡大。

ハウリアはユエが重力魔法で強制土下座させて黙らせたが、絶世の美貌を持つ少女が危険集団を従わせて危険物を買い占めようとしていたのだ。何か怪しげで危険な集団なのではないかと、さんざん警察の方々(最終的に二十人くらい集まって署への同行を求められた)に職務質問を受けることになった。

向こうは職務を全うしているだけで、悪いのは全面的にこちら……というわけで、ユエは人生初、一生懸命ペコペコと頭を下げて謝罪するという新人サラリーマンのような経験をすることになった。

シアに抱き締められて頭をなでなでされても、お巡りさん達に平身低頭謝るという行為にプライドを大きく傷つけられたユエの瞳は、どこか茫洋としたままである。

ユエのことはシアに任せて、ハジメはごほんっと咳払い。話題の転換も兼ねて、香織と雫に話を振ろうとした。

しかし、その前に、

「ごめんね……ハジメくん。私、無力だったよ……」

「覚悟してちょうだい、ハジメ。夕方のテレビに、ハウリアが映ると思うから」

「いったい何があった!?」

やっぱり遠い目をしている香織さんと雫さん。食べている途中に忌まわしい記憶が蘇ったのか、香織の半開きの口元からナポリタンの一部がちょろんと出ている。重症だ……。

雫が、スパゲッティーを香織の口の中に戻してあげながら答えたところによると、事件はスカイタワーで起こったらしい。

「ショッピングモールを案内した後にね、スカイタワーに行ったのよ。ショッピングモールから遠目に見えて、それで是非近くで見てみたいって言われてね。モールの中でも大変だったから、これ幸いと思って行ったのよ。みんなで展望台まで 上(のぼ) りましょうって言ってね」

ちなみに、ショッピングモールでは、ペットショップの動物達と、かつて奴隷として囚われていた兎人族を重ねたらしいハウリア女性の一人が暴走して脱走させようとしたり、「この子だけは! この子だけはお見逃しを!」と子ウサギを懐に抱えて蹲り、動かなくなったり……

それがまるで、子を取り上げられそうになって、泣きながら見逃してくれと懇願する母親のようで、というか実際号泣して、モール内が騒然となったりしたのだ。

結局、その子ウサギは飼うことになって、今、彼女は店の隅で、先程優花に投げつけられたニンジンスティックを子ウサギに食べさせている。母のような顔で。

「でね、ちょっと気を抜いちゃったのね。だって、展望台に行って景色を眺めるだけだもの。ショッピングモールみたいな地雷原とは違うわ」

「ショッピングモールは地雷原って言葉もすげぇけどな」

ハジメのツッコミはスルーして、再びスパゲッティーの端っこが口からちょろりと出てしまっている死んだ目の香織を介抱しつつ、雫は続けた。

「気が付いたときには、彼等、 上(のぼ) っていたの。スカイタワーに」

「うん? それの何がおかしい――」

「外壁を、登っていたの」

うわぁ……と、ドン引きの空気が漂った。

「香織が咄嗟に追いかけて彼等を引きずり下ろしたんだけど……客観的に見ると、女子高生が手すら使わず外壁を駆け上がって、大の大人を五人も抱えて下りてきた図になるわけよ。ちょうどスカイタワーを背景に撮影していたテレビクルーもいて……」

それはもう、香織は超人女子高生として周囲の人々から凄まじい注目を浴びることになった。

一応、香織がハウリアを連れ戻しにタワーを駆け上がっている最中、テレビクルーのカメラだけは、雫が手刀から飛ばした斬撃で内部の回線か何かごく一部を斬って撮影を止めたので、ほとんど映っていないと思われるが……

場所が場所だ。スマホで撮影した人は相当数いるだろう。

少なくとも、その後、巡回していたお巡りさん達に厳しくお説教を受け、平身低頭謝罪する姿はばっちり撮られていたに違いない。

あと、テレビクルーのプロデューサーを名乗る人物から、是非、超人女子高生としてテレビに出て欲しいと物凄く熱心に誘われてしまい、その過程でハウリアにも注目が集まって、例の言動が炸裂したのは言うまでもないことだ。

「……まぁ、なんだ。テレビの方は俺がなんとかしとくから、な?」

「うん……ありがとう、ハジメ」

「ハジメくん、ありがとう」

「おう。それより香織、スパゲッティー、出てるぞ」

ちょっと気持ちを持ち直したらしい香織はスパゲッティーを口の中に戻し、雫はホッと安堵の息を吐いた。

それからテレビ局の名称を聞いたハジメは席を立つと、店の扉を開けた。そして、手元にアラクネ――エガリさんとノガリさんを出現させ、

「場所はこの辺りだ。近くまで行ったら視界をリンクしろ、俺が誘導する」

と、スマホの地図を二体に見せた。エガリさんとノガリさんは前脚でラジャ! と敬礼すると、新機能である翼を展開。蜘蛛なのに、お空を飛んでいった。

きっと、スパイ映画みたいに、テレビ局へ空から降下侵入するに違いない。

「で、そっちはどうだったんだ? 香織達よりはハウリアに慣れてるだろ?」

席に戻ったハジメが浩介とエミリーに話を振った。

何故か、エミリーがサッと目を逸らした。浩介が死を悟った人みたいな透き通った微笑と共に答えた。

「修羅場だったよ」

「……そうか。大変だったな」

ハジメが、優しい微笑を返した。いろいろ察したらしい。浩介は、目の前のメンチカツをフォークでぷすぷすと無意味に突きながら口を開いた。

「市役所に行ったんだ。ラナとか、他のみんなも、一度、父さん達の職場がみたいって言ってさ」

「ああ、お前んとこ親、確か二人共市役所勤めだったな」

「うん。住民課に父さんがいて、市民税課に母さんがいる。それで、最初に父さんに会いに行ったんだけど……」

「ね、ねぇ、こうすけ。その話はやめない? 今日の夜にでも、私、お義父様達にしっかり謝るから――」

何故か浩介の言葉を遮ろうとするエミリーだったが、聞きウサミミを立てていたらしいラナがするりと接近。

「ボス! 見てください! お義父様直々に婚姻届をいただきました!」

拘束され寝かされていたミナが反応した。海老反り状態になっている。みんな、見ていないことにした。

「婚姻届か……。そういえば、こっちで法的に婚姻関係を結ぶなら、ラナ、お前の戸籍も用意してやらないといけないな」

「是非お願いします、ボス。でも、それは後でまとめてで構いません」

「あん? まとめて?」

その違和感のある言葉こそ、騒動の元凶。

「はい! エミリーやヴァネッサ、それにクラウディアはともかく、これからこうくんのお嫁さんになる人の中には私と同じで戸籍を持たない人もいるかもしれませんからね! ほら、見てください! きっちり婚姻届も七枚貰ってきましたよ!」

エミリーが顔を覆って俯いてしまった。浩介が乾いた笑い声を上げながら天井の一点を見つめている。

察するに、ラナは浩介の父――英司に、満面の笑みで婚姻届七枚を要求したのだろう。

当然、同僚の息子が婚姻届を求めたのだから、市役所員も注目していたはずだ。そこで、外人美女が、七枚もの婚姻届を要求……

きっと、エミリーは止めようとしたに違いない。そして、一枚だけもらうなら、それは自分のものだと主張しちゃったりしたに違いない。

必然、修羅場るわけだ。

市役所にいた善良な市民の皆さんと、真面目な市役所員の方々は、果たしてどう思ったのか……

そして、英司お父さんの今後は如何に!

「園部! こちらの遠藤くんに何か癒やされる飲み物を!」

「癒やされる飲み物って何よ……まぁ、用意するけど」

カウンターの奥でせっせと働いていた優花が微妙な表情をする。

ハジメは、なんとも優しい表情を浩介に向けた。

「気遣ってくれてありがとよ、南雲。でも、その顔はなんかむかつくからやめてくれ」

何かを振り切るように、メンチカツを豪快に口に突っ込む浩介。

そこで、先程から大人しく、というか夢中でスペシャルオムライスを攻略していたミュウが、ふぃ~と完食と満腹の吐息を漏らしながら、誰もが現実逃避気味に考えないようにしていたそれを尋ねた。

「パパ~、ご飯の後は、どうするの?」

「覚悟を決める」

そういうことじゃない、とミュウが困り顔になるが、ユエを筆頭に全員が深く頷いた。

覚悟を試される後半戦。

取り敢えず、全員、最低三回はお巡りさんに平身低頭で頭を下げることになったとだけ言っておこう。

翌日から観光名所巡りと拠点候補見学を兼ねた旅行に乗り出したハジメ達。

最終的に、ハウリアとしては、ハジメとシアが見つけた古代遺跡周辺と、英国の魔女の森がお気に召したようであった。

のだが……

実は、途中、是非うちの秘密の訓練場を見て欲しいとやって来た者達――雫パパと雫おじいちゃんの二人に連れられて、八重樫家が保有しているらしい山へ行った。

そこで、八重樫流の訓練に参加したハウリア達は強く感銘を受けたらしく、八重樫家との共同訓練場として秘密を共有することになり、そこも拠点の一つになっていたりする。

お互いの技を教え合ったりもして、八重樫流の門下生達がますます人間離れしていくことになり、雫の目が死んだのは言うまでもない。

あと、南雲家に滞在中、一部のハウリアが熱心に地下鉄や地下施設について調べていたようなのだが……

トータスに帰る前、カムが満面の笑みでハジメに渡した資料は、どう見ても政府の機密だろう地下施設に関してまとめたものだった。

いつの間に侵入したのか。というか、どうやって奪取したのか……

日本の地下に、否、世界の地下に、首刈りウサギ達がはびこる日は、やはり近いのかもしれない。