作品タイトル不明
深淵卿編第二章 エピローグ 下
荘厳(演出)なゲートをくぐり、現世に帰還を果たした浩介達。
そうして、彼等の視界に飛び込んできたのは……
――王よっ、お答えくださいっ。なぜ、そのような矮小な人間の小娘を姫などとっ
「貴様等っ、やはり悪魔の手先だったかっ」
「ち、ちがうの~! 悪魔とか、ミュウは知りません! 本当なの! 嘘じゃないの! ミュウに嘘を吐かせたら大したものなの!」
顕界し、明確に姿を持った強力な大悪魔。そして、その大悪魔の背後や空に蔓延る凄まじい数の悪魔の群れ。
頭から血を流しながらも、悪魔より悪魔的な形相のダイム長官。そして、彼の後ろに控えるオムニブスの全戦力。
わたわたと手を振りながら、何やら必死に弁解しているミュウ。そして、その背後に控えつつも「あちゃ~」という感じで、片手で顔を覆って天を仰いでいる大罪戦隊デモンレンジャー!
あと、「え~、なにこの状況……」みたいな顔で、死屍累々に倒れ伏す崇拝者達を背後に、呆然と立ち尽くすユエ達とクラスメイト達。プラス、ボロボロだけど全員無事なバーナード達。
訳の分からない三つ巴(?)が生じていた。
「え~、なにこの状況……」
思わず呟いたハジメに、一触即発だった三陣営の目がハッとしたようにハジメ達の方へ向いた。
「クレア! それにウィン達も! よく戻った!」
――境界を越えてきただと? 何者だっ
「あーーーー!! パパぁああああああっ」
取り敢えず、デモンレンジャーを残してステテテテテーッと駆けてくるミュウ。そのままぴょんっと勢いよくハジメの胸元へ飛び込む。それをしっかり抱き留めながら、胸元にグリグリと顔を擦りつけてくる愛娘を撫でるハジメ。
「ちょ、長官! これはいったい、どういう状況なのですか!?」
命がけで帰ってきたと思ったら、協力関係にあったはずの帰還者サイド、それも幼子を相手に臨戦態勢をとっている仲間がいて、しかも、案の定悪魔達は溢れ出しているのに、何故か暴れることなく何やらもめている様子。
正直、わけが分からなかった。場合によっては、地獄との道が閉ざされるまで即戦闘の覚悟もしていたというのに……
ダイム長官、「貴様等、一人も生かして帰さん!」みたいな鬼の形相で、デモンレンジャーを睨みながら答える。
「帰還者は、コードネーム〝魔王〟の娘は、悪魔と通じていたのだ! おそらく、帰還者達の力の源も、悪魔と何らかの関わりがあるに違いない!」
そこで、ふと思い出すハジメさん。
つけた覚えのないコミュニケーション能力を有するゴーレム――デモンレンジャー。
確か、ミュウは言っていた。名前を付けたわけではないと。つまり、デモンレンジャーは自ら名乗ったのだ。
――〝べるちゃん〟こと、べるふぇご~る
――〝さーちゃん〟こと、さたん
――〝あーちゃん〟こと、あすもでうす
――〝るーちゃん〟こと、るしふぁ~
――〝まーちゃん〟こと、まもん
――〝れびちゃん〟こと、れう゛ぃあたん
――〝ばるちゃん〟こと、ばあるぜぶぶ
「めっちゃ悪魔じゃん」
ハジメさんの呟き。悪魔が実在するとは、まして、異世界トータスで作った生体ゴーレムに地球のお伽噺の存在が取り憑くなんて思いもしない。
とはいえ、ハジメにしては、少々間が抜けすぎているともいえる。不自然なほどに。
考えられることは一つ。
「……お前等、干渉したな?」
バッと、全力で視線を逸らすデモンレンジャーズ。
おそらく、有名な悪魔と同じ名前だけど、害がないならまぁいいか……と、深く疑わないよう意識を流されたのだろう。
仮に、デモンレンジャーに少しでも悪意や敵意があったのなら、それを無視させる干渉など到底ハジメには効かなかっただろうが、あの時は状況が状況でもあった。いろいろな偶然も重なり、今の今まで見逃されていたのだ。
とはいえ、悪魔の実在を知った今、もはや目は逸らせない!
ハジメの眼光が、ジッとデモンレンジャーに注がれている。デモンレンジャーズ、心なしか小刻みに震えている気がする。
(ユエ、簡潔に状況説明を頼む)
(……ん。お任せあれ)
曰く、どうやら、ミュウは崇拝者との戦いでデモンレンジャーを出して参戦していたらしい。
そして、顕界した悪魔達が、デモンレンジャーの中の人が少し前に消えた自分達の〝王達〟であると気が付き、びっくり仰天なにしてんの!? となったようである。
で、その悪魔とのやりとりで、同じく中の人がどういう存在か気が付いたダイム長官が、決死の覚悟を決めちゃったというわけだ。
なにせ、有名な大罪を司る七柱の魔王である。顕界はしていないとはいえ、理解不能のテクノロジーで完全武装しているのだ。場合によっては、悪魔達を従えて、このまま現世を蹂躙する気では……
と、思っても仕方のないことだろう。悪魔絶対殺すマンであるし。
「ま、まじかよ……ミュウちゃん、なんてもん抱えてんだよ……」
浩介の呆然とした声に、ミュウはキリッとした表情で言った。
「魔王の娘なので」
大罪の七柱を従える幼女――確かに、魔王の娘に相応しい。
顕界した悪魔達が、痺れを切らしたように、取り敢えずこの場の人間を根絶やしにしてやろうと動き出す。ユエ達が目を細め、逆に滅してやろうと魔力を高める。ダイム長官達が神器を発動させる。
そして、浩介が「どうすんだよ」と横目にハジメを見やり、クラウディア達がおろおろしていると、
「おい、デモンレンジャー共」
恐ろしく低い、地獄から響いてきたような声が伝播した。
呟き程度の声量なのに、広場全体に余すことなく響き渡り、心臓を鷲づかみにされたような怖気が襲い来る。
その場の全員の動きを止めるほど、凄絶で禍々しい覇気。
特に、その覇気の矛先、デモンレンジャーズがビックゥッと震えた。
「聖女とやらは、母体として狙われたと聞いた。下層の悪魔共は、シアを見て素晴らしい母体になると言った。まさかと思うが……」
デモンレンジャーズ、ゴーレムの身でありながら直立不動で、どうやっているのか大量の冷や汗(?)、油(?)を流している。
「お前等、ミュウをそういう目で見て、俺のゴーレムに取り憑いた……なんてことは、ないよなぁ?」
もしそうだったら、どうなるのか。
「二度目の滅び。体験してみるか?」
ただし、今度は魂すら残さない。それどころか、地獄という異界すら残らないかもしれない。
デモンレンジャーズ、かつてないほど高速で首をぶんぶんっ。全ての腕をわたわたっ。そして、一斉に平伏!! なんて美しい土下座か。まるで南雲家直伝だ。
だって、知ってるし! 実際に、魂すら残らず消し飛ばされた神様知ってるし! 神域とかいう異界が消滅したのも見てるし! と言いたげである。
――なっ、王よ! そのような姿を
顕界した悪魔達が狼狽える、諫言しようとするが……
お前等ばっかじゃねぇの!? 分かんねぇの!? マジ滅ぶよ!? ほら、平伏して! 早く平伏して! ほら、早く!
と言いたげに、頭を下げたまま、手で降りてこい的なジャスチャーをするデモンレンジャーの皆さん。
「あ? そっちはやる気か?」
瞳孔が収縮したハジメの眼光。噴き上がる真紅の魔力。既に限界突破状態! 背後の空間に出てくる 黒装十字の葬列(クロスヴェルト) ――千機。更に、這い出てくる 死神(グリムリーパー) の群れ。全てが、悪魔を滅ぼしうる真紅の魔力を纏っている。
「旅行の続きといこうか? 地獄の住人、蹂躙ツアーの開始だ」
一人軍隊、ここに極まれり。
オムニブスの構成員が、ダイム長官やマーヤ女史を除いて腰を抜かす。その二人も戦意喪失してそうなくらい青ざめている。
ようやく、目の前の存在が、ちょっと、いや、かなりやべぇ奴かもしれないと気が付いた悪魔達が後退る。
平伏して! ほら早く平伏して!
デモンレンジャーズ、必死に訴える。
「パパ、パパ」
「ん? なんだ、ミュウ」
娘を光源氏計画よろしく、成長するまで守って子供が産めるようになったら母体とする気だったのかもと思ってキレていたハジメは、ミュウにペチペチとほっぺを叩かれて穏やかに微笑んだ。
ギャップが恐ろしい。
「べるちゃん達ね、そんなことしないの」
「……どうして分かる?」
「うんとね、べるちゃん達、言ってたの。べるちゃん達はただ退屈で、支配とか争いとか、そんなことばっかりなお友達にも嫌気が差してて、そしたらね、ある日、自分達に似た気配のある力を感じて、惹かれて行ってみたら、ミュウのところに来たんだって」
「似た気配……」
もしかすると、トータスの自称神のことだろうか? それとも、神代魔法のことだろうか? あのとき、トータスは世界終焉の一歩手前で、凄まじい力が働いていたのは確かだ。
それが、トータスと地獄の間にある世界の隔たりを、どういうわけが揺るがせたのか。
「それにね、ミュウには力がないから、母体? っていうのにはなれないし、姫にそんなことするわけないって、すっごく必死に言ってるの。なんでか分からないけど、ミュウと一緒にいると安らぐし、いろいろあって楽しいんだって」
「……ふ~ん?」
そうなのか? 本当だろうな? と、一瞬で収縮した瞳孔でデモンレンジャーズを見るハジメ。デモンレンジャーズ、一斉に高速首振り。コクコクコクコクッと頷く。
ついで、ハジメの目が悪魔共を捉えた。
デモンレンジャーズが、悪魔達が何か言う前に凄まじい気配を発する。それは、帰還者達ですら思わず息を呑むほどのプレッシャー。クラウディア達も、アンノウンを確実に超えている力の発露に冷や汗を流す。
悪魔達に、もはや否はなかった。
一斉にデモンレンジャーズの後ろに控えると、同じように平伏した。
「パパ。ミュウは、べるちゃん達のこと好きなの」
「……そうか」
ハジメの瞳が、元に戻った!
「いいだろう。これからもミュウの味方でいろ。不穏な気配を見せない限りは、側にいることを許す。ただし、裏切ったら――分かるな?」
地獄ごとピチュンすることは、理解しております! とデモンレンジャーズ、一斉にほれぼれするような敬礼をした。
そして、悪魔達に「さっさと帰れ! ほら早く帰れ!」と、アンノウンが繋げた道に追い返していく。
悪魔達は、自分達の王にいろいろ聞きたそうにしながらも、平伏を躊躇わない姿と、ハジメの王達と同等以上の魔力、そして神代魔法の気配を感じて恐ろしそうな眼差しを向けながら地獄へと帰っていった。
ハジメも、クロスヴェルトやグリムリーパーを宝物庫に戻す。
しんっとする広場に、波紋を広げるような声が響いた。
「ま、魔王……」
確かに、魔王さまだった。愛娘を抱っこした、魔王さまだった。
なんとも言えない空気が、場に流れる。
クラウディア達やダイム長官達が、どうすべきかと視線を彷徨わせ、帰還者達が改めて、この局面でのハジメの登場と所業に「さすまお」「むしろ、さすパパ」「っていうか、ミュウちゃんが地味にヤバい」などと言葉を交わす。
なので、魔王がいろいろ掻き回した空気を元に戻すべく、ヒーローは立ち上がった。
「よしっ、一件落着だな! クレア! 約束のレモンケーキを食べよう!」
「そ、そうですね! まずはお話が必要ですしね! マーヤのレモンケーキを食べながら、お話ししましょう!」
聖女は、ヒーローの期待に応えて即座に対応。「マーヤッ! ケーキをっ! レモンケーキを所望しますっ」と大声で訴える。マーヤ女史、「そこまで期待されたら、逆に困る!」と言いたげに冷や汗を噴き出した。
とにもかくにも、浩介がどうにかこうにか場を取り仕切り、念のため、地獄に通じる道もユエが完全に遮断し、こうして世界の命運を賭けたバチカンでの戦いは終わったのだった。
それから一週間が経った。
ハジメがオムニブス相手に〝さすまお〟した後、死屍累々の崇拝者を含め迅速に事後処理がなされた。
とはいえ、面倒なのは崇拝者の収容と、戦争かと思うような爆音や、武装集団のバチカン市国への結集を見聞きしたローマ市民やマスコミへの対応だった。その他は、たとえば、負傷者や建造物の損壊は全て魔法で治癒・修復されたので問題はなかった。
なので、表向きの対応はローマ教皇が上手く対応し、この件は、悲劇に見舞われ信仰心を失った者達の、一種の集団ヒステリーのようなものだということで片をつけた。
もちろん、バチカンに貸しを作れるとほくそ笑んだ某魔王が、例のIT・魔法ハイブリッド情報統制で援護したのは言うまでもない。オムニブスが、改めて遠い目をしたのも言うまでもないことだ。
その数日後には、非公式ではあるが、改めてローマ教皇を筆頭にオムニブス側と帰還者側、そして帰還者側と繋がりのある英国国家保安局との三者会談が開かれた。
基本的に、帰還者サイドには不干渉。帰還者側の人間が、英国や欧州で何か事件に関わるときは一報を入れ、場合によっては協力態勢を取る。
そして、バチカンや英国側においても、何か協力してほしいことがあれば連絡する。
ただし、窓口兼対応はアビスゲートさんで! という感じにまとまった。
浩介が白目を剝いたのは言うまでもない。
なお、大罪の七柱については、魔王に一任ということでローマ教皇が押し通した。某枢機卿が、最後まで「滅殺させてよ!」と訴えたが、むしろ、それが原因で魔王預かりを押し通した感じだ。
なにせ、悪魔を殺すためなら教会を破壊することも、神器を踏みつけることも厭わない、ある意味、バーサーカーである。教皇様的に「大人しくしておくれよ! もう、私、過労死しちゃうからね!」ということらしい。
そんなこんなで、バタバタしつつも一応のアンノウン事件が収束を見せ、誰もがホッと息を吐いた今日。
その最大の功労者で当事者であったクラウディアは、束の間の休日を貰い、生まれ故郷の地を踏んでいた。
金のふんわり髪と、白のワンピースをふわふわさせながら、閑静な郊外の道を歩く。
時折、すれ違う地元の人々、特に若者が、クラウディアを見ては思わず息を呑んだり、目を見開いたり、足を止めたり……
髪や服と同じく、ふんわりと穏やかな彼女の表情に見惚れている。
数人の青年達が、声をかけるかどうか迷うような素振りを見せているが、結局、足を踏み出せないのは、自分達とは住む世界が違う女性のように感じたからだろう。
そう、まるで深窓の令嬢。あるいは、それこそ、聖女のような……
「――ア!?」
深窓の令嬢っぽくて、如何にも聖女な美しい人は、自分の足に躓いて転倒した。
ビタンッ! と笑えるほどコミカルな音が響く。顔面からいったようだ。伸びきった姿勢で、ピクリとも動かない。地面がアスファルトでなかったのが、せめてもの救いか。
とはいえ、手に持っていた花束だけは死守しているところ、彼女を知る者達からすれば驚異的な進歩と言えるだろう。
宿願果たしたニュー聖女は、転んでも、ただでは起きないのだよ! いや、ただで起きるかもしれないが、被害は最小限なのだよ!
取り敢えず、クラウディアをチラチラ見ていた者達は、突然の事態に唖然、呆然。
ハッと我に返って、美しいお嬢様を助けてあわよくばっ! と青年達が足を踏み出した……が、時、既に遅し。
いつの間にか、クラウディアの側には一人の男が立っていた。浩介だ。
「……どうやったら、そんな器用なこけ方ができるんだ?」
「……へ、へへっ」
羞恥で顔を上げられないのか、おやびんを慕うお調子者の子分みたいな誤魔化しの笑い声だけが聞こえてくる。
浩介は、クラウディアをひょいと持ち上げた。
「浩介様、どうしてここに?」
「うん、説明するから、まず鼻血、拭こうな?」
「! へ、へへ……」
「えへへ、な?」
「えへへ……」
立たされて、服の汚れをはたかれて、鼻血もふきふきされ、ついでに髪も整えられる。
されるがままになりながら、休暇を利用して帰郷したクラウディアのもとに、何故、浩介がいるのかという話を聞けば、どうやら、ここでもクラウディアのうっかりが原因のようだった。
エクソシストは、任務以外で遠出をするとき、必ず行き先やルートを事前に報告しておかなければならない。緊急時の対応のためだ。
で、その事前報告の書類を、クラウディアさん、見事に忘れてほいほい出ていってしまったのである。
アンノウンは討伐されたし、下層の悪魔達に関しても、こちらには一応協力関係にある魔王とその娘が率いる大罪の七柱がいるので、もう母体として狙われることはないだろうが、それでも相手は悪魔である。絶対的な統制などあり得ないことだし、崇拝者の危険性もある。
慌ててどこに行ったのかと連絡してみれば、何故か、音信不通。
結果、「浩介さん! 助けて!」と、なったわけである。
「あ、私のスマホ……」
クラウディアが、ポシェットからスマホを取り出した。見事に真っ二つになっていた。
「何をどうしたらそうなる!?」
剣士か!? 辻斬りか!? スマホが間一髪、身代わりになって斬られてくれたのか!? とツッコミを入れる浩介。
「つ、辻斬りってなんですか。そんなわけないじゃないですか。これは、その、ちょっと転んでしまって……落としたスマホの上に、尻餅をついてしまったと言いますか……その、私、ちょっとだけお尻が大きいみたいで……」
どうやら、落としたスマホの下にちょうど石があって、クラウディアのお尻アタックを受けたスマホは、その石を支点に真っ二つという悲劇にあったらしい。
恥ずかしそうに、お尻を両手で押さえてもじもじするクラウディアさん。
遠巻きに、「男がいたのかよ、ケッ」とやさぐれていた青年達が、ちょっと前屈みになりながら凝視している。
クラウディアは、でるところは物凄くでて、引っ込むべきところは物凄く引っ込んでいる、ティオに匹敵するスタイルなので破壊力は抜群なのだろう。
「そうか……お尻で、スマホを真っ二つにしたのか……」
「え、へへっ……」
いやぁ、参りました……と言いたげに、笑いながら頭を掻くクラウディアの姿は、やはり聖女というより、ただのお調子者に見える。
浩介は、クラウディア確保の連絡をオムニブスにしてから、クラウディアに尋ねた。
「で、ここに来たのは……ご両親に報告か?」
「……はい」
帰郷と、花束とくれば、もはやそれしかないだろう。
「分かった。俺は適当にこの辺りで時間を潰しておくよ。帰るときに声をかけてくれ」
遠慮して来た道を引き返そうとする浩介。
が、踵を返した浩介の服の袖を、クラウディアは掴んで引き留めた。
「ご迷惑でなければ、一緒に来ていただけませんか?」
「……俺は構わないけど、いいのか?」
微笑んで頷くクラウディアに、浩介は肩を竦めて了承した。
時折、クラウディアが芸術的なこけ方をするが、それを浩介がファインプレーで支えつつ、どうにかワンピースを汚さないまま墓地に辿り着いた。
たくさんの真っ白な十字架が整然と並んでいる。
そのうちの一つ、バレンバーグ家の名と、両親の名が刻まれた十字架の前に、クラウディアは立ち止まった。浩介も、その少し後ろに控える。
クラウディアは、自分から死守した花束を、そっと十字架の前に置いた。ざぁっと風が吹いて、クラウディアの髪と花を揺らす。
「ママ、パパ。ただいま」
ぺたんと女の子座りになりながら、墓石に刻まれた両親の名を、指先でなぞる。
そして、両手を胸元に添えて、ただ静かに瞑目した。
言葉はなく、けれど、側にいる浩介には、クラウディアが万感の想いを乗せて、たくさん、本当にたくさん、そう、十二年分の軌跡を報告しているのだと、よく分かった。
だから、浩介もまた、クラウディアの側に寄り添いながら静かに瞑目した。
クラウディアは、憎悪していると言った。アンノウンを自らの手で討ちたいと。
だが、それ以上に、両親に報いたいのだと言った。
今のクラウディアを見て、彼女の父と母はなんというだろうか?
クラウディアが仇を討ってくれたことに感謝するのだろうか?
それとも、無茶をして、そんなこと望んでいなかったのにと叱るのだろうか?
あるいは、全てを受け入れたうえで、浩介がきっとこう言うだろうと口にしたあの言葉を……
死者は語らない。
それが理だ。
だが、その絶対をひっくり返すからこそ、人はそれを――〝奇蹟〟と呼ぶ。
――よく、頑張ったね
「え?」
クラウディアが、ハッとして顔を上げた。浩介もだ。二人は、一緒に前を見て大きく目を見開いた。
いたからだ。
そこに。
とても優しそうなたれ目の男性と、金の髪をふんわりなびかせ微笑む女性が。
「パパ? ママ?」
ともすれば、今にも消えてしまいそうな、あるいは、ただの目の錯覚とも言えてしまいそうなほど、儚く、薄い姿。
けれど、クラウディアが見間違うはずもないその姿は、確かに、十二年前、永遠の別れをした父と母だった。
呆然とするクラウディア。
浩介も、咄嗟に動けない。が、何かに気が付いたようにハッとすると、一拍。小さく笑みを浮かべた。
そして、クラウディアの肩に、そっと手を置く。
それで、クラウディアもまた我を取り戻した。
「パパ、ママ……私は……クレアは……」
さっきまで、たくさん心の中で話していたというのに、言いたいこと、聞きたいことはたくさんあるのに、何も、言葉にできない。
ただ、想いが涙となってクラウディアの頬を伝っていく。
そんな娘の様子に、クラウディアの父と母は、切なくなるほど優しい笑みを浮かべて……
「ぁ……」
ふわりと、クラウディアを抱き締めた。
感触などないはずなのに、懐かしい温かさがクラウディアを包み込む。
そして、
――幸せに、なるんだよ?
――楽しく、元気に、生きなさい
そう言って、そよ風の中に溶け込むようにして消えていった。
とめどなく流れる涙をそのままに、クラウディアは、奇蹟が届けてくれた両親の声を噛み締め、そして両親そっくりの優しい泣き笑いの表情を浮かべながら、
「はい。生きます」
そう言った。
女の子座りのまま、クラウディアは静かに涙を流し続け、浩介は、その側にただ黙って寄り添った。
それから、どれくらい墓前にいたのか。やがて、涙を拭いたクラウディアは、鼻をすんすんと鳴らしながら立ち上がった。
「行きましょう、浩介様」
憑き物が落ちたような、生まれ変わったような、晴れやかな笑顔。
ここから、また新しいクラウディア・バレンバーグが始まったのだろうと確信させる、言葉では表現しきれない最高に眩しい笑顔だった。
浩介は、一瞬、息を呑んで……
「……ああ、行こうか」
ゆるりと緩んだ笑顔を返し、頷いた。
二人して墓地を後にし、しばらくの間、無言で歩く。
先程の、奇蹟のような現象。それを、クラウディアは語ろうとはしない。まして、浩介にも見えただろうかと質問したりなどしない。
クラウディアにとって、何が原因かなど些細なことだったからだ。たとえ、あれが白昼夢や幻の類いであっても、それでもクラウディアに分かったから。あそこには、確かに、両親の想いが存在したのだと。
それだけは、分かった。それだけで、十分だった。
言葉のない時間に気まずさなど微塵もなく、二人の心は一つになったように感慨と優しい時間を共有して、古い町並みの、並木通りを歩いていく。
……
……
……とはいえ、そろそろその時間も終わりにすべきだろう。と、浩介は思った。
クラウディアの方に視線を向け、口を開きかける。
が、どうやら、クラウディアはその前から浩介を見ていたらしい。目が合って、少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
「浩介様、お腹は空いていませんか?」
「え?」
ちょっと早口で、クラウディアは少し意表を突くような問いをした。
咄嗟に答えられなかった浩介を置いて、クラウディアは頬を少し染めながら、俯き気味に、やっぱり早口で言う。
「こ、この先に、とても美味しいパンケーキのお店があるのです。家族で、よく一緒に行ったのですよ。ご夫婦で経営されていて、奥様と母はとても仲が良かったのです。私も、よく可愛がっていただきました」
「お、おう、そうなのか。でもちょっと待ってくれ、クレア。実は――」
「そ、それで、時々お手紙などのやりとりはしていたのですが、エクソシストになってから顔は合わせていなくて。ここに来る前に遠目に様子を見に行ったら、まだ経営されていたので寄っていこうと思っていまして! その、もし良かったらですがっ、私と一緒に、お茶でもっ」
まるで、異性を初デートに誘おうとしているティーンエージャーみたいな初々しい言動のクラウディアさん。
両親との想い出の場所には、今まで寄りつくこともできなかったに違いない。宿願を果たすまでは、と。
そんな大切な場所に、傍から見ているだけで身悶えしそうな態度で誘う時点で、彼女の内心は言わずもがな。
もじもじしている聖女様の、精一杯の誘いだ。普通の男なら手放しで喜ぶところ。
もちろん、浩介は…………青ざめた。めちゃくちゃ青ざめた。
だって、
――こちら バーナード(セイバー1) 。対象は、四ブロック先の喫茶店に向かう模様。
――セイバー1、了解。永山パーティーは、三ブロック先で待機する。
――こちら ヴァネッサ(アーチャー) 。各員に連絡。〝博士〟の目から光が消えました。どうしたらいいですか?
―― ウィン(キャスター1) だが、悪いニュースがある。長官がこちらの動きを察知した。既に専用機でこちらに向かっているらしい。あと二時間で、上空から降下強襲してくるぞ。
――キャスター1、こちら ユエ(クイーン) 。問題ない。撃墜する。
――こちらエンジェ……うぅ、やっぱり恥ずかしいよ! 自分でエンジェルとか痛い人みたいじゃない! それと、ユエ! 撃墜はダメ! 絶対!
――あ、おい! 聖女さん、うるうるした目で遠藤の野郎を見つめだしたぞ! 燃やしていいか!? 遠藤を消し炭にしていいか!? 俺の嫉妬の炎で!
――落ち着け、信治! あ、じゃなくて、エンヴィー! って、こいつ血涙流してやがる!? 誰かっ、さいと――じゃなくて、エンヴィー2だけどっ、エンヴィー1が暴走しそう! 手を貸してくれ!
――こちら ヴァネッサ(アーチャー) 。各員に連絡。〝博士〟が無表情のままガタガタと小刻みに震え始めました。どうしたらいいですか?
――ああもうっ、 アンナ(キャスター2) ですけど! セイバーチームも、 帰還者(リターナ) チームも、邪魔するなら帰ってくださいよ! クラウディア様が、今、すっごく頑張ってるんですから!
そんな会話を、優秀な浩介イヤーは聞き取っているのだから。天職《暗殺者》の聞き耳技能でばっちりと。
というか、自分とクラウディアを囲むように、周囲の建物の屋内や屋上に覚えのある気配を無数に感じるし。
もっと言えば、通りに置かれているゴミ箱の中から同級生が血涙流しながら這い出てこようとしているし。そのゴミ箱の蓋を、隣のゴミ箱にいる必死な形相の同級生が風圧で押さえ込もうとしているし。
何より、斜め後ろの街路樹の陰から、顔を半分だけ出して無機質な目を向ける〝博士〟がばっちり見えてるし。
確かに、ガタガタと小刻みに震えてるし! めちゃくちゃ恐いし!
そう、浩介とクラウディアは、今、帰還者とオムニブスと英国国家保安局強襲課のメンバーに完全包囲されているのだ! 少し前から! 出歯亀目的で!
クラウディアの両親が現れたのも、もちろん、神の奇蹟ではなく、ユエと香織による魂魄魔法だ。降霊術を神代魔法で、それも二人がかりで行使したことで実現したのだ。
浩介はもちろん気が付いていたが、ユエ達の方へ視線を向けると、ユエが人差し指を口元に当ててウインクしたので黙っていたのである。
奇蹟は、奇蹟のままで、という配慮をありがたく受け取って。
ま、それはそれとして!
浩介の四人目のお嫁さん問題は、みんなの関心事なのだ!
「ちょ、ちょ~~と落ち着こう、クレア! あ、あれだ! そんな素敵なお店なら、そう、そうだ! みんなで来よう! 呼べば、みんな直ぐに来てくれるぞ! それはもう、本当に直ぐにだ!」
そりゃそうだ。直ぐそこにいるもん。
が、テンパっているらしいクラウディアさんは、もちろん、浩介の意図を察せない。
「あの……できれば二人で……今は、浩介様と二人で、行きたいな……と」
もじもじ、そわそわ。「ダメですか?」と上目遣いで尋ねる聖女。すっごく聖女。浩介が、思わず「ぬぐぅ」と変な声を漏らすくらい。
くわっと、エミリーちゃんの目が見開かれた! 浩介、敏感に察知! ビクンッと震える。
そして、止めようとするヴァネッサに芸術的とも言えるラリアットをかまして、エミリーは愛する人に色目を使う泥棒ネコさんの退治に打って出た!
ずんずんっと歩いていく戦闘態勢のエミリーを見て、周囲のユエ達やバーナード達が「お、おぉ!? 修羅場か!?」と騒ぎ出す。いや、保安局組は「いけっ、エミリー嬢ちゃん! ヒーローのヒロインは二人もいらねぇ!」とはやし立てている。
「そうはいかないわよ! バレンバーグさん!」
「え? あ、貴女は! 浩介様の恋人……あれ、婚約者? お嫁さん……でも、二番目……えっと、と、とにかくっ、なんだか親しい人!」
「がふっ」
エミリー博士、いきなり言葉のボディーブローを食らう。
恋敵かもしれない相手から、暗に関係性が曖昧だよねと指摘された気がして心にダメージが入ったらしい。
保安局メンバーが、「負けるなっ、エミリー嬢ちゃん!」「傷は浅いぞ!」「英国の女は、こんなことじゃ折れないはずだっ」「思い出せっ、あの時のガッツを!」と声援を送ってくる。
一方、オムニブスメンバーも「クラウディア様っ、引いてはなりません! 我々エクソシストは、不退転です!」「聖女の意地を見せてください!」「貴女はエクソシスト最強なんだっ。小娘如きに負けないで!」「予想より早い! 長官があと一時間三十分で降下してきますよ! 短期決戦推奨!」などと声援を送ってくる。
クラウディアも、ようやく仲間や帰還者達に出歯亀されていることに気が付いたようだ。顔を真っ赤にして、仲間をキッと涙目で睨む。
「と、とにかくっ。恋人のいる男の人を、デートに誘うのはどうかと思うわ!」
それ、激しくブーメランなのでは……と、浩介を筆頭にみんな思ったが、取り敢えず置いておく。
「そ、そうですよね……」
エミリーの言葉に、はしたない真似をしてしまったと、クラウディアは恥じたように俯いた。全体的にしょんぼり聖女。
あ、あれ? なんだか思ってた反応と違う! ちょっと言い方キツかったかな? キツかったよね!? みたいな感じでオロオロし始めるエミリー。
クラウディアは、少し切なそうな表情になりながらも口を開く。
「年下のグラントさんも、自分を律していらっしゃるというのに、申し訳ありません。私が浅はかでした」
「うぐぅ」
全然律していないエミリーちゃん。むしろ、分身体とはいえ同居してます。毎日、幸せいっぱいです。アップルパイとか焼いちゃってます。
全力で視線を逸らし、変な汗を掻き始めたエミリーに、クラウディアが小首を傾げる。
純粋な疑問だけがあるその聖女な表情に、エミリーちゃんの紙装甲な良心はあっさり音を上げ、真実をゲロった。
「えっと、その、あくまで分身体だけど、一応、同棲してるので……」
「同棲? ……そういえば、オムニブスに秘薬を届けてくださったときも、抱き合っていましたね……」
「し、親愛表現なので。あくまで」
「……下心は、全くなかったと?」
「……そこは、なんというか、その、ね?」
ね? じゃねぇよ的な視線がオムニブス陣営から突き刺さる。
てめぇがはっきりしねぇからだろ! 的な鋭い視線が、帰還者組と保安局組から浩介に突き刺さる。
クラウディアさん、なんとなく察した。エミリーの立場と、現状を。
そうして、浩介を見やれば、返り討ちにあいそうで(ほぼ自爆だが)涙目になっているエミリーに、少し逡巡するような素振りを見せ、ついで、何やら決然とした表情を見せていた。
そう、まるで、エミリーのために、恋人(二番目)ないし婚約者(二番目)であることを宣言しようとしているかのように!
なので、
「エミリー。俺は――」
「では、グラントさん。そこは、なんというか、その、ね? という感じで、私も浩介様と二人っきりで思い出の喫茶店に行ってもよろしいですか?」
「なっ、ダ、ダメよ! ダメに決まっているでしょう!」
「なぜです?」
「な、なぜって……それは、その……」
言えない。恋人がいるのに! とはもう言えない。突撃したくせに、武器が何もないことに今更気が付いたエミリー。あわあわ、おろおろ。
言葉をインターセプトされた浩介も、あわあわ、おろおろ。
追い詰められたエミリーは、なんだかやけくそみたいな感じで猫目をキッとつり上げた。
「なによ! 私の方が先に浩介と出会ったんだからね!」
ラナの方が先に出会っている。エミリーの心に100のブーメランダメージ。
「ちょっと美人で、胸が大きくて、くびれがすごくて、お尻も足もセクシーで、スタイル抜群だからって……だからって……わ、わたしの、わたしの方が……………………ぐすっ、せいじょ、つよいよぉ……」
自分で言って、やっぱり自分にダメージを入れてしまうエミリーちゃん。今にも膝から崩れ落ちそうだ。
「え、えっと、ありがとうございます? で、でもでも、グラントさんも、とても可愛らしいですよ! 足なんてすっごく長くて綺麗ですよね! 目元もキリッとしていて、まさに知的美人! 私、よく抜けていると言われるので、キュートなのに知的美人なんてズルいのです!」
「なによぉ! ありがとう! でも、バレンバーグさんなんて特別な力まで持ってるじゃない! 大きな十字架を持って地獄に駆けていった時なんて、すっごく格好良かったんだから!」
何故だろう。女の戦いのはずなのだが、やたらほっこりする。保安局陣営もオムニブス陣営も、それどころか帰還者陣営まで生温かい目になっていた。
なんとなく、これじゃない感がエミリーにもあったのだろう。自分の方が浩介に相応しいアピールをすべく、何かないかと頭を捻り……
「わたしっ、博士だし! 博士号持ってるし!」
出てきたのはそれだった。全員が、悲しみの目になる。
「そ、そんなこと言ったら、私なんて聖女ですし! 聖女の方が、ヒロインっぽいのです!」
聖女、ツッコミもなく真正面から受けて立つ。エミリーが「くぅ……」と悔しげに鳴いた。
浩介が「な、なぁ。二人とも。俺の話を聞いて――」と言いかけるが、二人の耳には全く届かず、ますますヒートアップしていく。
「あくまで〝ぽい〟でしょ!? つまり、ヒロインじゃないし!」
「ぽいはぽいでもすっごくぽいなのです! つまり、もはやヒロインです!」
「ぽいはヒロインじゃないし!」
「ぽいはもうヒロインなのです!」
ぽいぽいっ、ぽいぽいっ、ぽぽ~いっと、ぽいぽいしあう聖女と博士。浩介が「二人とも、それくらいにして俺の話を――」と少々強引に割り込んでみるが、「こうすけは黙ってて!」「浩介様は引っ込んでいてほしいのです!」と、あっさり弾き出される。
「なによぉ、博士の方が良いに決まってるもん!」
「なんですかぁ、聖女の方が良いに決まっているのです!」
おでこを突き合わせ、お互い、何故か涙目になりながら主張をぶつけ合うエミリーとクラウディア。
そして、一拍。「こうすけぇ~」「浩介様ぁ~」と浩介を呼んだ二人は、
「博士の方が、良いよね!?」
「聖女の方が、良いですよね!?」
今、黙ってろとか引っ込んでろって言ったのに……解せぬぅと思いつつも、二人の剣幕と思わず後退ってしまうほどの迫力に、浩介は、ついつい――言ってしまった。
「バニーガールが良いかな? なんつって……」
「「……」」
帰還者陣営、オムニブス陣営、保安局陣営。全ての陣営から「こ、この状況でそれを言うか!?」「あいつ、勇者すぎるだろ!?」と恐れ 戦(おのの) くような呟きが漏れ出した。
たらりと冷や汗を流しつつ、浩介の表情が引き攣っていく。
何故か。
決まっている。
目の前に、死んで腐った魚みたいな目をしている博士ちゃんと聖女ちゃんがいるからだ。
罵倒されるなら、まだいい。殴られるのも構わない。
だが、生気を失うのは勘弁してほしいと思う。
しかも、そんな目なのに、みるみると潤んでいくのだから、もう浩介的に「お願いですから、俺みたいな野郎は罵倒するか殴るかしてください!」と罪悪感で胸がつぶれそうである。
浩介は、しかし、一拍するとキリッとした表情になった。とにもかくにも、自分の素直な気持ちを、しっかり二人に、特にエミリーには伝えるべく。
未だに、某魔王と嫁~ズのような関係を自分が持つことに抵抗と躊躇いはある。が、もう、エミリーの献身的な想いに甘えて、言葉を濁すわけにはいかない。
「二人とも、聞いてくれ。俺は――」
が、そこで己の右腕に好きなようにさせないのが魔王クオリティー。実はユエ達と一緒に最初からいたハジメさんは、満を持して登場する!
浩介達の傍らの地面が、まるで泉のような波紋を打った! というか、クリスタルキーの演出により、まさに泉っぽい幻ができあがっている!
そこから、まるで泉の乙女の如く、にこやかな笑顔ですぃ~と浮き上がってきたハジメさんは、片手に何かを持っていた。物凄く、見覚えのある〝それ〟を。
「ご注文はハウリアですか?」
できれば普通のうさぎが良かっただろう。首刈りウサギではなく。
とはいえ、きっと注文に間違いない。だって、〝それ〟は、
「あ、こうくん! ボスにいきなり拉致られたから何事かと思ったら♪ ボス! こうくんに会わせてくださったんですね! ありがとうございます!」
「いいんだよ」
綺麗なハジメさんが、そこにはいた。輝かしい泉のエフェクト。眩しいほどの満面の笑み。
そうして投げ渡される、 一番(ラナ) 目の嫁(・ハウリア) 。
「ラ、ラナ」
「こうくん♪」
今日も絶好調なウサミミお姉さんは、嬉しそうに年下の恋人を抱き締めた。たわわな双丘に埋没する浩介。今はそれどころではないと言おうとしたのだが、一瞬で全身から力が抜ける。
抵抗力、ゼロだった。正妻は強かった。
その後、エミリーとクラウディアが大騒ぎし、二人に気が付いたラナが目を輝かせたのは言うまでもない。
クラウディアの内心を見抜いて、ラナが言葉巧みに、それこそ新興宗教に誘い入れる教祖の如く、クラウディアを〝四番目〟に引き入れようとしたのも言うまでもないことだ。
最終的に、クラウディアは「か、神は仰せられているのです! 汝、 隣人(他の嫁) を愛せと!」と、洗脳された人みたいに目をぐるぐるさせながら何度もぶつぶつ呟いていたので、ラナの思惑通りということだろう。
そうして、その日の夜には、オムニブスで〝クラウディア四番目の嫁おめでとう兼事後処理が全て終わった打ち上げパーティー!〟なんてものが開かれ、全ての陣営が参加し大いに盛り上がった。
もちろん、某長官は、愛娘を〝四番目〟と称したふざけた野郎を本の錆にすべく動き出したのだが……
残念ながら、浩介はその場にいなかった。
なぜなら、ラナという起爆剤を悪ふざけ全開でぶち込んでくれたあいつを、
「――ラスト・ゼーレ。限界突破」
「え? ちょっ、おまっ、それはやめ――」
そう、全力で耳を塞ぎ、イヤイヤをしながら逃げる魔王を、千人の卿で追っていたから。
魔王と深淵卿の追いかけっこは、夜が明けるまで続いたのだった。