軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

深淵卿編第二章 それぞれの戦い 上

「こうすけ! 今は夜よ! しかも真っ暗よ!」

サングラスを装着した浩介に、エミリーから的確なツッコミ。

けれど、もう卿だから関係ない! エミリーへ、傍から見ると意味不明な肩越しのサムズアップで応えた卿は、迫り来る崇拝者と、おぞましい絶叫を木霊させる悪魔の影へ視線を巡らせた。

先陣を切った崇拝者の男二人が、卿へ飛びかかる。

みすぼらしい服装の初老の男と、よれよれのスーツを着た中年の男。それぞれ、包丁やバールのようなもので武装している。一見すると、ホームレスとブラック会社に勤めるサラリーマンのようにも見える彼等の動きは、その見た目を裏切らず素人そのものだ。

とはいえ、

「がぁあああああっ」

「うぁ゛あ゛あ゛あ゛っ」

よだれをまき散らしながら絶叫し、赤く光る瞳孔を収縮させて襲いくる姿には狂気しか感じない。加えて、その動きは肉体的なリミッターが外れているようで凄まじく速い。

おぞましいと表現しても全く過言ではない彼等の有様は、相対した者を萎縮させるには十分だ。

実際、エミリーやカール達は身を震わせ、荒事に慣れている護衛官達すら息を呑んでいる。

そのエミリー達の背後で、不自然な風切り音が鳴った。

姿なき者が現世に及ぼした微かな事象。悪魔が、今まさにエミリー達の背後を突こうとしているのだ。

前方に狂気に墜ちた崇拝者が二人。背後から悪魔。

卿一人では、少々手が足りない。

なので、

「―― 終わりなき夢幻卿(深淵卿は無窮なりて) 」

特に意味はないが、印を結んでそんな詠唱をしてみる。

刹那、卿の前に二人、更に後ろに一人、分身体が出現した。

前方の二人は、そのまま地を這うような姿勢で、男二人の脇を風のように通り抜ける。

すると、崇拝者達は「ひぎっ!?」と悲鳴を上げて転倒し、アスファルトに顔面スライディングを決めた。

見れば、彼等の手足からは血が流れており、卿が通り抜け様に両手足の腱を切断していったのだと分かる。

同時に、三体目の分身体が、エミリー達の背後の空中へ躍り出て、やっぱり意味はないけど印を組んで詠唱した。

「悪いが、指一本触れさせんよ――〝 業火紅旋風(逆巻く深淵の暗き焔) 〟」

発生したのは、火炎の竜巻。エミリー達を守るように展開し、夜の闇よりなお暗かった周囲を赫灼たる輝きで照らし出す。

そうすれば、耳を突く――見えざる者達の断末魔の絶叫、ライル護衛官達の「うぉお!?」という驚愕の声、そして、「分身体のこうすけから、どうして分身体が!? まさか、目の前にいるのは本物のこうすけ? ううん、私のこうすけ限定 第六感(シックスセンス) が、目の前のこうすけは分身だって言ってる!」「むっ、ということは……本体のコウスケさん、使いましたね?」というエミリーとヴァネッサの話し声。

カール達が、この状況で普通に会話している娘とSOUSAKANを見て、パニック一歩手前だった精神を持ち直した。大変よろしいことである。

実際、エミリー達の推測は正解だった。

原則として、浩介の分身体は本体からしか生み出せない。唯一の例外として、深度Ⅰ~Ⅴまである深淵卿モードの深度Ⅴ状態になった場合にのみ、分身体からも分身を生み出すことができる。

つまり、こちらの危機的状況を分身体との情報共有で知った本体の浩介が、即座に深度Ⅴ状態になれる限界突破用アーティファクト―― ラスト・ゼーレ(俺にだけは使うなよ?) Ver.4を発動したということだ。

実際、英国にいる本体は、気絶しているリットマン教授以外誰もいない部屋の中で、一人、香ばしいポーズを取っている。

卿が生み出した業火の竜巻に照らされて、迫る崇拝者達と、飛び交う悪魔達の影が見えた。

崇拝者は二十人ほど。大半が旅行者っぽい装いの外国人で、それなりに混じっている日本人は、先程の男二人と同じく、どこかくたびれた様子だったり、異様に痩せているか、逆に太っているか、そんな有様の者達ばかりだ。

「何を抱え、何故墜ちたのか……。悪いが、慮ってやる時間はない。我が深淵の絶技を前に、地へ這いつくばれ」

「やっぱり! こうすけ、卿なのね! 卿になっちゃってるのね! 頑張れ、こうすけ! 自分を保つのよ!」

深度Ⅴ状態でも、浩介のままで頑張れ! と応援するエミリーちゃん。そんな彼女に、今はちょっと黙ってて欲しい……と、卿が思っているかどうかは取り敢えず置いておくとして。

卿は、業火の竜巻にも怯まず、むしろアクセルをべた踏みしているのかと思うような急加速で突っ込んでくる車両に、分身体から更に生み出した分身体を走らせつつ、仲間へ念話を飛ばした。

「みな、我だ」

『浩介か!?』

『遠藤くん!』

『アビスぅ! 信治がケタケタからシクシクに変わった! 襲われてんのに蹲って動きやがらねぇ! 情緒不安定すぎてマジこえぇよ! なんとかして!』

〝我だ〟の一言で、仲間達が一瞬で浩介だと察する。次々に、通信が入ってくる。今のところ、全員無事だということに安堵しつつ、仲間との絆の深さに深淵卿は「ふっ」をする。

が、直後、

『……エンドウ。ふざけてないで説明』

「アイ、マム!!!」

深淵卿モードの深度Ⅴ状態なのに、届いた極寒の声音に直立不動で敬礼!

声の主は、魔王の正妻たる吸血姫様だった。

分身体の一体が、ライト○イバー化した小太刀を、突っ込んできた車両のボンネットに突き立てつつ、更に重力魔法で体重を増加させることで車両を倒立させているのを尻目に、深度Ⅴなのにちょっと浩介に戻った卿が説明を開始した。

「聞いてくれ、皆。襲撃者の正体は、悪魔と、その崇拝者達だ」

詳細は省き、今すべきことだけ簡潔に伝える浩介。

曰く、悪魔崇拝者達は、あくまで悪魔の協力者的な立場の〝人間〟であって、決して化け物ではないこと。ただし、肉体のリミッターが外れていたり、気絶しても悪魔の囁きで覚醒する恐れがあるので気をつけること。

殺す殺さないは各自の判断に任せるとして、無力化する場合は当て身などではなく、確実に動けないよう拘束するか、手足を使えない状態にすること。

その場合、自殺する恐れがあるので、それを防ぐなら、できれば顎を砕いておくのもオススメ。どうせ、後で白崎が癒やしてくれるだろうから、思いっきりやっちゃっても問題なし!

見えない敵――悪魔は、物理は無効だが魔法が有効であること。攻撃魔法でなくても、魔力が付与されていれば物理も効くこと、等々。

「敵は、俺達帰還者と、その関係者を狙ってるらしい。今、分身体を無制限に生み出せる状態だ。援護が必要なやつ、必要な場所があれば教えてくれ」

仲間達から、「マジか!? 対魔王戦モードかよ!」「ちょっと待って! ならどうしてイタイ言動をしてないの!? あんた、さては偽物ね!(by優花)」と、いろんな意味で驚愕している声が届く。と、同時に、口々に自分の家族や親しい者達の所在も届けられる。

話の途中、更に突っ込んできた二台目の車両も、フロントガラスをぶち抜いて運転手を強制排出させることで無力化し、襲い来る崇拝者達の手足の腱をぷっつんぷっつん、顎をバッキバキにしながら、なお分身体を増殖させつつ、その分身体を仲間から伝えられた場所へ急行させていく。

もちろん、自分の家にも。

『……エンドウ。つまり、今町中に溢れている、このもやっとした気色悪い魂と、人間に干渉してる変な力をどうにかすればいいってこと?』

「そうっす。奴等は、鏡や水を媒体にして現世にやって来るそうで、どれくらい片付ければいいのか分かりませんけど」

『……なるほど。分かった。エンドウ、時間を稼いで。五分で――仕留める』

「し、仕留める? いや、はい、了解っす」

何かあったのか。念話越しでも明確に伝わるユエの怒気。五分後に何をする気かは分からないが、どうやら悪魔達は魔王の正妻を、最強の吸血姫様を、マジギレさせたらしい。

とにもかくにも、浩介は、また一人、何故自分ばかり理不尽な目に遭うのかと泣き叫びながら鉈を振り回す女子高生の顔面に、分身体で飛び膝蹴りを入れつつ、

「ふっ。では我は、 ユエ(王妃殿) の刻限まで、死踊を楽しむとしようか」

と、ターンしながら、また卿に戻って不敵に宣言した――

『こうにぃ! そういうのマジやめて! 兄妹の縁切るよ!?』

『浩介ぇっ、なに馬鹿なこと言ってる! お父さん、もう限界だから! ついでにトイレの扉も限界だから! ふざけるのは止めなさい!』

『窓ガラスの修理にいくらかかると思ってるの! これ以上、家の中を壊される前に、さっさと戻ってきなさい! あと、宗介が合コンに行ってるから迎えにいってあげなさい!』

「あ、はい、ごめんなさい」

直後、また浩介に戻った。深度Ⅴでも、家族からの 真剣な言葉(マジ説教) は、一瞬でいろいろ冷めさせるらしい。

どうやら家族揃ってトイレに立てこもっているらしい両親と妹の声が響いてくる携帯をポチッとして、若干、いたたまれない雰囲気を漂わせる浩介は兄の番号を呼び出すのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「あ、悪魔とかマジありえないよ~。優花ぁ、奈々ぁ~、聞こえてる? 何か話してよぉ」

『こっちも忙しいから! 遠藤から必要なことは聞いたでしょ! 自分でなんとかする!』

『最悪、逃げ回ってればアビィが来てくれるって! 頑張れ~』

ビルの明かりはあるものの、何故か街灯の類いは一切消え、人通りもなくなった駅へと続く路地を、ビクビクしながら歩いているのは菅原妙子だった。

茶髪のゆる巻きおさげがビクビクに合わせて揺れ、大きなたれ目には今にもこぼれ落ちそうな涙がたまっている。

見た目、おっとり系のギャルっぽい妙子だが、根はそれなりに真面目だ。夜の九時も回った時間に、こんな場所を出歩いていた理由も、塾の特別講習を終えた帰りだったからである。

そんな妙子は、実はホラー系が大の苦手。遊園地でも、お化け屋敷だけは死んでも入らない。友人達が、遊園地に訪れたとき特有のハイテンションでお化け屋敷に入れようとしたなら、楽しそうな場の空気を破壊してでも真顔でマジギレするレベルで苦手だ。

故に、異世界で神の使徒と戦った経験がある身であっても、おぞましい声や妙な影が周囲を走り抜ける今の状況は、妙子的に絶望的な状況だった。

――ギィイイイイッ

――ニンゲンッ! オンナァ!!

「ひぃっ!? 来ないでぇ!!」

悪魔の絶叫を掻き消すような悲鳴を上げながら、妙子は片手を掲げて円を描くように振るった。

そうすれば、赤紫の光が、妙子を中心に円柱の軌跡を描いて迸る。それはまるで、新体操におけるリボンが、選手を中心に渦巻きながら踊るような光景。

途端、先程とは異なる絶叫が響き渡る。それは、妙子に襲いかかった悪魔共の断末魔の絶叫だった。

「うぅ……こんなことなら、普段から鞭も鞄に入れておくんだったよぉ……」

妙子は、心細そうな視線を手元に落とす。その手に握られている悪魔を滅したものは、細い鎖だった。おしゃれなアクセサリーがところどころについたもので、実は、妙子のミニスカートを留めているベルトの装飾品だったりする。

妙子の天職は〝 操鞭師(そうべんし) 〟。 鞭(むち) に限らず、紐状のものを自在に操ることに関して天性の才能を有する。

本来は、ハイリヒ王国から与えられた、伸縮自在かつ電撃能力を有する鞭のアーティファクトを持っているのだが、塾に行くのに、いちいち鞭を鞄に忍ばせる非常識をよしとしなかったため、今は持っていない。

万が一、鞄を落とした際に、見るからにヤバイ鞭が転がり出たら……

そんな、学校でエロ本をぶちまけてしまった男子高校生のような醜態、妙子的に絶対に許容できないわけである。

とはいえ、部屋の壁にかけられている、明らかに使い込まれた鞭を見て、妙子の家族……特にお父さんと弟くんは、既にドン引きしているのだが。

一応、念の為、強引なナンパにあったり、不測の事態に陥ったりしたときのため、必ず紐状のものを何か一つは身につけるようにしているので、今回はそれが功を奏した形だ。

「アアアアアアッ!!」

「ちょっ、なんなの!?」

泣きべそを掻きつつも、どうにか駅に辿り着こうと歩を進める妙子に、横の路地から男が飛びかかってきた。ブロンド髪の外国人の青年で、何故か「これで、これで俺は救われるんだ!」等と言いつつ、泣きながら鉄パイプを振りかぶってくる。

泣きたいのはこっちだし、お前が救われるかどうかなんて知ったこっちゃねぇよ、と内心で思いながら、妙子は鎖を振るった。

まるで生き物のように宙を奔った鎖は、見事に男の片足にくるりと巻き付く。そのまま、妙子がグイッと引っ張れば、青年は片足をつり上げられる形で後ろに転倒。

鉄パイプを宙に放り出しながら、後頭部をアスファルトの地面に強打する。

そこへ、いつの間に現れたのか、妙子の後ろの路地から別の外国人の女が雄叫びを上げて突進してきた。「私のために死んで!」と、これまた自分勝手なことを、おそらくドイツ語で叫んでいる。

「もうっ! いい加減にして!」

クイッと手首のスナップを利かせれば、鎖は落ちてきた鉄パイプに巻き付いた。同時に、体を回転させながら大きく腕を振るう。鉄パイプが、遠心力の力を加算して、更に凶悪な鈍器と化す。

ひゅおっと風を唸らせた鉄パイプは、見事、女の足を捉えて生々しい粉砕音を響かせた。飛び込むようにして倒れ込む女を無視して、妙子は遠心力で加速する鎖を自分の首に巻き付ける。

そして、体を捻るようにして鎖を首から外せば、首を支点に横から縦方向に急転回した鉄パイプが直上から先程の青年の足に直撃した。またもや、骨の砕ける鈍い音が響き、ついでに青年の悲鳴も上がる。

妙子の動きは止まらない。跳ねた鉄パイプをグイッと引き寄せる。凄まじい勢いで妙子のもとへ飛んで戻ってきた鉄パイプを半身になってかわす。

そうすれば、ビルの入り口から忍び出てきた中年の男の顔面に、鉄パイプがクリティカルヒットした。鼻血を吹き上げながら仰け反る中年男性をそのままに、

「――〝雷蛇〟!」

小さく呟くように詠唱していた魔法のトリガーを引く。

鉄パイプと鎖が雷光を帯び、それを豪快に、自分を中心にして振り回す妙子。雷光でできたラウンドシールドのような鉄パイプと鎖は、再び急迫していた悪魔達を蹴散らした。

まるでファイヤーダンスの如く、縦横無尽に鎖を回転させ続ける妙子。片手間のような手つきで、しかし、一瞬の停滞もさせず、鼻血を噴く中年男性めがけて鉄パイプに絡みついた鎖を解く。

凄まじい速度で飛んだ鉄パイプは、狙い違わず、今まさに立ち上がって突進しようとしていた中年男性の膝を粉砕した。

「優花ぁ、奈々ぁ~」

情けない声音で友を呼ぶ妙子。が、その攻撃に容赦はなく、周囲の惨状を見れば……なんともギャップがある。それが分かっているからか、単に自分達の方の対処に忙しいのか、特に返事をしない優花と奈々。

友人達が返事をしてくれず、敵の姿が見えない以上、近づく隙を与えず適当に全方位攻撃を続けるしかなく……妙子の心は休まらない。

いよいよ、妙子が涙目に……を、通り越して、だんだんと目が据わり出した。傍から誰かが見ていたとしたら、「おや、妙子の様子が……」と呟いたかもしれない。

が、そんな様子のおかしさが、妙子の隙となったのか……

カラカラカラッと、奇妙な音が響いた。

ハッとして妙子が音源に目を向ける。それは、足下に転がってきた手鏡だった。見れば、先程、足を粉砕したドイツ人っぽい女が、狂気的な笑みを浮かべて手を前に突き出している。

どうやら、自分の手鏡を投げたようだ。

「え、何を……あ!?」

卿の言っていたことに気が付いた時には、もう遅かった。

次の瞬間、足下の手鏡から不可視の衝撃が迸った。

「うぐっ」

腹部を襲う衝撃に、声を詰まらせて吹き飛ぶ妙子。咄嗟に腕で庇ったために、多少は衝撃緩和できたものの、妙子の体は数メートルも飛んで、背中から地面に叩き付けられた。

ころりと一回転しながら膝立ちになるが、鎖を回転させることで作っていた結界は既にない。待っていたと言わんばかりに、更に真横から衝撃。

「うあっ」

再び吹き飛ばされて、妙子は地面を転がった。異世界で鍛えた肉体的スペックが、まだまだ彼女に余力を残してくれるが、体勢を完全に崩されたのは実に不味い。

案の定、路地から突進してきた太った男が、妙子に飛びかかってきた。

「フーッ、フーッ!!」

「ちょっ、やだっ、気持ちわるっ」

完全にマウントポジションを取られ、鼻息の荒い太った男に血走った目で凝視され、更には汗がポタポタと落ちてきて、妙子は思わず毒を吐いた。

それが気に食わなかったのか、男は醜悪に顔を歪めると、工具のドライバーを逆手に振りかぶった。

妙子の表情が青ざめる。男の体重は妙子の二倍はあるだろう。元より、異世界で鍛えていても膂力自体は乏しく、器用さや俊敏性こそが本領の妙子だ。もがいて脱出するくらいはできても、一発で撥ね除けるような力はない。

(私のばかぁーーっ。油断しすぎだよぉっ! ああっ、もうっ!!)

見えない敵と、苦手なホラー的状況と、リミッターの外れた人間が相手とはいえ、油断したことは否定できない。一撃は貰う覚悟で、痛みに耐えようと妙子が歯を食いしばる――

その瞬間、タンッタンッと乾いた炸裂音が木霊した。

(え? 南雲くん?)

乾いた音は銃声だ。そして、妙子のみならず、帰還者達にとって銃声といえばハジメである。

目をぱちくりとさせる妙子の視線の先で、太った男の両肩から血が飛び散り、同時に、ドライバーがポトリと落ちた。神経でも傷つけたのか。両腕共だらんっと垂れ下がっている。狙ってやったのだとしたら、かなりの射撃能力だ。

直後、なんとも軽い口調の男の声が響いた。

「お嬢さん、大丈夫ですかねっと!」

風を切るような鋭い蹴りが、太った男の側頭部に直撃。よほどの威力だったのか、太った男は白目を剝いて吹き飛んだ。そこへ、更にパンッと発砲音。男の膝が撃ち抜かれる。

「悲鳴を聞いて駆けつけてみれば……これは奇遇ですね。――『局長。帰還者No.18、菅原妙子氏と遭遇。現在交戦中』」

『予想して貴方を向かわせたとはいえ、帰還者当人とは僥倖ね。身分を明かし、協力を要請。可能になり次第、合流なさい』

「アイ、マム」

耳に付けた通信機を通して、何やら会話をしている男に、妙子はぽかんっとしながら尋ねる。

「ええっと、誰?」

「おっと、Ms.妙子。これは失礼。私は――」

自己紹介しようとした男は、しかし、直後、真後ろへ吹き飛んだ。

悪魔が襲いかかったのだろう。が、男は吹き飛びながらも猫のように空中で体勢を整えた。どうやら、衝撃が襲いかかった瞬間に自ら後方へ飛んで衝撃を緩和したようだ。あらかじめ備えていたのだとしても、凄まじい反射神経である。

更には、着地と同時に片手でバク転しながら更に後方へ飛んだ。そうすれば、一瞬前までいた場所のアスファルトが弾ける。

「こ、こういうのはアビィさんが専門でしょう! 私は対人専門ですよ!」

泣き言を言いながらも、バク転からの側宙を流れるように行う。またも、一瞬前までいた場所で空間が揺らめいた。

「Ms.妙子! 私は英国国家保安局所属のエージェント、アレン・パーカーと言います! アビィさんのゆ・う・じ・ん! です! いえ、もはや親友と言っても過言じゃありません! いや、ほんと! 嘘じゃありません! 私に嘘を吐かせたら大したもんです! だから助けてプリーズ!」

「え、あ、わかりました? ええっと、でも、敵の姿が……」

「カウントスリーで、私の右辺りをやっちゃってください!」

男――アレンの動きが変わる。先程の、不可視の敵相手に攻撃を避けまくり、いなしまくったキレのある動きが、僅かに鈍る。建物を背後に、左側面を電柱で埋めて、如何にも足を滑らせたようにふらつく。

「――〝雷蛇〟!」

妙子は雷光の鎖を、アレンの言う通りの場所へ、言われた通りのタイミングで振るった。そうすれば、虚空に反響する悪魔の絶叫。

「ひ、ひぃっ。鎖ですか!? 電撃の!? 美少女なのになんて凶悪な攻撃を!? 怖すぎるぅ! 絶対に当てないでくださいよ!」

自分の直ぐ横を、風を切り裂く勢いで通った雷光の鞭に、アレンが半泣きで悲鳴を上げた。

が、その動きは全く淀むことがない。悪魔の動きを見事に誘導し、妙子に攻撃の機会を与えながら、更に集まってきた崇拝者達を妙子に近づけないよう、悪魔にのみ集中できるよう、守るように相手取っていく。

スライディングしながら相手の足を絡め取り、そのまま折りながら立ち上がって、別の男の両足を精密に撃ち抜く。かと思えば即座に片手で側転しながら、別の崇拝者の両足を撃ち抜きつつ、上下逆さの状態で、急迫した更に別の崇拝者の首を足で挟み、体を捻って頭から地面に叩き付ける。

「いやぁ!? 今、掠りましたよ!? Ms.妙子! 本当に気を付けて!」

「……」

ヒュンヒュンと、風を切る妙子の鎖。その鋭さが、先程一人で戦っていたときより格段に増している。自分の周囲へ薙ぎ払うような攻撃をしつつ、タイミングを見極めて確実にアレンの周囲へ攻撃の手を伸ばしている。

その狙いも、アレンの動きに少しずつ合うものとなっていき、正確性が増していく。

「ひっ!? 何故、今、私の股下を通したんです!? 普通に攻撃できたでしょう!?」

「……」

一人でなくなったことが、ホラー的状況による体の萎縮を和らげた、というのもあるだろう。

「のわっ!? 今、当てる気じゃありませんでしたか!? チリッて、チリッて音が鳴りましたよ! 私の首筋で!」

「……」

油断から危うく大けがするところだったことが妙子の気持ちを引き締め、より集中力を高めた、というのもあるだろう。

「アッ!? 今、当たった! 当たりました! Ms.妙子! そんなにギリギリじゃなくていいですから! もう少し安全マージンを――アッ!? 言ってるそばから! アッ!? ちょっ、聞いてます!? Ms.たえ――アッ!?」

「……ふふ」

どこか、楽しそうな、あるいはうっとりしたような妙子の表情。

異世界で、鞭を振るう天職の本領を発揮した妙子を見てきたクラスメイト達は、みんな知っている。

おっとり系ギャルみたいな見た目だけど根は真面目で、はしゃぎすぎる嫌いのある奈々や、肝心な時に素直になれない優花をとりなしたりするしっかり者でもある妙子が、実は――

隠れドSな人であるということを。

そう、普段は隠された性癖を刺激された妙子さんは、高揚する気持ちに合わせて、攻撃のキレも増大させているのである。

ちなみに、妙子のお父さんが鞭を見てドン引きしたのは、娘の性癖を想像して引いたからではない。「妙子ぉ、 お前もか(・・・・) ……」と思ったからである。自分の妻――妙子の母を思い浮かべながら。

崇拝者を無力化し、悪魔を翻弄するアレンの戦闘能力は、流石、国家の切り札たる殺し屋集団の一人というべきもの。

数多の戦闘経験と、天性の戦闘センスは、悪魔すら己の戦術の中に引き込んでしまう。

だが、その本人は涙目。実に情けない表情で、時に悲鳴を、時に泣き言を言いながら必死に走り回っている。

そんな、実は凄いのに三枚目以上になれず、年中彼女ができないと嘆く残念なエージェントさんに、隠れドSな妙子さんは……

「……かわいい」

まるで、猫がネズミを見つけた時のような表情を晒しつつ、優花や奈々がいたら確実にドン引くだろう感想を漏らすのだった。