軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トータス旅行記③ やめて! 団長の心のライフは既にゼロよ!

ランデルが第二の青春に闘志を燃やしながらどこかへ走り去った後、リリアーナは一行に王宮内の案内をしていた。

大急ぎで支度しているであろうルルアリアもそろそろ準備が調う頃合いだろうから、まだ王都までは出ないことにしているのだ。

ちょうど騎士達が午前の訓練をしている時間だと聞き、異世界の本物の騎士達を見られるとあって、特に鷲三と虎一のリクエストにより、今は練兵場へと向かっているところだ。

「王国の軍は、大きく分けて兵士団、騎士団、魔法師団に分けられます。この中で、騎士団は更に王国騎士団と近衛騎士団に分けられるのですが、今、練兵場で訓練をしているのは王国騎士団ですね」

道中、リリアーナがそんな話をする。ツアーガイドユエはお休みだ。なぜなら、王国の軍の編制なんて全然知らないから。興味ゼロだったから。

ほぅほぅと興味深そうに話を聞く親~ズ。既にデジカメはスタンバっている。騎士達と写真を撮る気満々だ。

菫が、妙に期待に満ちた眼差しでリリアーナに問う。

「リリィちゃん、女性の騎士もいるのかしら? それとも、やっぱり男性の職業なの?」

「もちろん、女性騎士もたくさんいますよ。というか、今の騎士団長は女性です」

「まぁっ! そうなの!」

「ほぅ、女性の騎士団長様か……ふむ」

菫の瞳がとびっきり期待に輝いた。ついでに、愁もやたらと期待に満ちた表情をしている。

ハジメは、そんな両親にしら~とした目を向けた。何を考えているのか、息子なので分かるのだ。どうせ、「クッ、殺せ!」を言わせたいのだろう、と。

違う観点で、霧乃が期待に満ちた声音で口を開いた。

「騎士団長ということは実力もこの国で一番ということなのよね。凄いわ。……是非一度、お手合わせ願いたいわね」

「お母さん。自重してね。でないと斬るわよ」

家に遊びに来るハジメに毒を盛ってみたり(一応、非致死性)、罠にはめてみたり、茶目っ気たっぷりな母親へ、雫はしら~とした目を向けた。何を考えているのか、娘なので分かるのだ。

そんな霧乃の言葉を聞いて、リリアーナは少し苦笑いを浮かべる。

「本人は、自分の実力などまだまだ未熟の域を出ないと歯がみしていますけどね。元々、私付きの近衛騎士隊長だったので実力は十二分なんですけど……前任者が偉大すぎたのかもしれません」

「ほぅ、前任者とはそれほどの? その方にも是非お会いしてみたいものだ」

鷲三が、霧乃と同じような感性で希望を伝えるが、途端、ハジメ達の表情が少し曇った。

特に、リリアーナと香織、そして雫や愛子は、悲しそうで寂しそうな、あるいは懐かしむような……とても一言では表現しきれない複雑で多大な感情を孕んだ表情だった。

鷲三を筆頭に、事情を知らない親達が怪訝そうな表情をする。が、直ぐになんとなく察したようだ。

少し固くなった雰囲気を変えるためか、ハジメが少し遠い目をしながら口を開いた。

「メルド・ロギンス。王国騎士団、前団長。リリィと同じくらい、いやある意味、リリィ以上に俺達召喚された生徒達に心を砕いてくれた男だ。純粋な剣技では、結局最後まで勇者でチートスペックな天之河ですら敵わなかった。正真正銘、王国最強の男だった」

その心意気、人格、実力共に、見事という他ない男だった。

掛け値なしの称賛の言葉。

ハジメの滅多にない言葉と態度に、菫と愁ですら驚いたように息を呑んだ。

香織と雫が思い出に浸るように続ける。

「私達にとっては、少し年の離れたお兄さんみたいな人だったよ。頼りになって、傍にいて凄く安心できる人だった」

「こっちに召喚されて右も左も分からない私達にとっては、心の支えだったわね。光輝だけじゃない。私だって、純粋な剣技では今でも敵うかどうか……。どれくらい強くなったのか、見て欲しかったわね」

愛子が天を仰ぎ、小さな笑みを口元に浮かべながら言う。

「私なんて、少し嫉妬していたくらいなんですよ。生徒の皆が、私よりメルドさんを頼りにしているみたいで」

そして、リリアーナが真っ直ぐ前を向きながら言葉を重ねた。

「彼は間違いなく、この国の支柱でした。残念ながら、この王国を襲った恐ろしい陰謀の最中に命を落としてしまいましたが……今でも、彼を、メルド・ロギンスを慕っている者は多くいます。彼こそ〝騎士の中の騎士〟〝王国騎士の象徴〟であると。現騎士団長であるクゼリーも、とても彼を慕っていましたから……」

今の自分とメルドを比べてしまうのだ。彼の大きさを知っているがために。

鷲三が、神妙な面持ちで改めて要望を口にした。

「もし問題ないようなら、是非、墓前に手を合わさせて頂きたいのだが……」

見れば、娘が世話になった御仁なら是非にと、他の親達も願い出た。

リリアーナは少し困った表情となる。

「忠霊碑ならあります。ただ、以前は神山の岩肌に直接彫り込む形でしたが、あの通り崩壊に合わせて失いましたので、今は新たな忠霊碑を王都の中央に建造中なのです。一応、メルド・ロギンスの名は既にありますが、それでもよろしいですか?」

「む? こちらの世界には、墓地や個人の墓標を立てる習慣はないのだろうか?」

「ありますよ。むしろ、それが普通です。実際、王都崩壊に巻き込まれた墓地も、ある程度は整備済みです。放置はできませんから……」

ちょっと言いにくそうに説明するリリアーナに、鷲三達は再び怪訝そうな表情になった。

死者を悼む気持ちと、生き残った者達の心情を考慮して、リリアーナはきっと、かなり初期の段階で墓地の整備にかかったはずだということを察することができる。

なのに、何故、国に殉じた者達の墓へは案内できないのか……

疑問に首を傾げる鷲三達に答えを示したのは、その原因であるハジメだった。

「流石に、遺体のない墓まで、王都の復興を後回しにして整備する余裕はまだないということです。王都の復興がある程度進んだら、彼等の墓標も順次立って行くはずです」

「遺体がない? それは……そうか、まだ行方不明状態ということか。瓦礫の撤去もまだ――」

「いえ、俺がガトリングレールガンでミンチにしたので」

「「「「「「「「……」」」」」」」」

痛いほどの沈黙が落ちた。菫や愁ですら「んぐっ」と生唾を呑み込んでいる。

親達の心は一つだった。

すなわち、「今さっき、見事な男だったって称賛したばっかりだよね!? そんな人をミンチってどういうこと!?」だ。

さらりと告げられた衝撃の事実に、親達がハジメを凝視する。

ハジメは「あ~」と、やや言葉に詰まりつつ、足りない言葉――衝撃の事実パートⅡをさらりと口にした。

「メルドを筆頭に、王国の騎士や兵士の多くは既に死んでいて操り人形になってたんですよ。犯人はうちのクラスの女。あ、メルドは神の使徒に殺られたんですけど。で、既に死んでるからしぶといわけで、ミンチにするのが一番手っ取り早く確実だったんです。なにせ、雫達が襲われてピンチだったので。まぁ、香織が殺されてぶち切れたってのが一番の理由ですけど」

「ちょっとまってぇ!? マイエンジェルが殺されたってどういうこと!?」

智一さんが目を剥く。

クラスの女の子が多くの兵士達を殺し操り人形にしていたことも十分に衝撃的な事実だが、智一的に「娘さん一回死んでますよ」と言われたことの方が看過できない衝撃だ。もちろん、薫子も「き、聞いてないわよ! 香織!」と取り乱している。

香織が視線を泳がせる。

「ええっとね。心配かけると思って言ってなかったけど、実は心臓をぷすっと刺されちゃって」

てへっと言った感じで「黙っててごめんね」と謝る軽い香織さん。薫子がふらりとよろめき菫に支えられる。

どういうことなんだと、智一の視線がハジメへキッと向けられる。

ハジメは我が意を得たりと言わんばかりに深く頷いた。

「安心してください、智一さん。神の使徒も、香織を殺した奴も、俺がきちんと葬っておきましたから」

「どうもありがとう! でも、今聞きたいのはそこじゃない!」

行方不明から帰ってきたと思ったら天使の翼なんて生やしちゃう愛娘。まさか、一度昇天したから天使になったんじゃ!? 副作用は!? 天国に帰っちゃう!? と、半ばパニックになりながら説明を求める。

「お、落ち着いてお父さん! お母さんもしっかり! 私は大丈夫だから! あのね、ハジメくん達がね、生き返らせてくれたんだよ。ほら、前にも見せたことある魂魄魔法だよ。それでね、確かに一時は神の使徒の体に魂だけ移していたりしたんだけど、今は正真正銘元の体で生きてるから、ね?」

「だ、だけど実際に天使の翼が生えて……」

「あれは変成魔法だよ。ユエに協力してもらって、元の体でも使徒化できるようになっただけ」

「そ、そうか……」

当時の状況の詳細を、雫達が合わせて説明したこともあって、〝ハジメさん、敬意を持った相手を挽肉事件〟の衝撃もどうにか沈静したようだった。

それだけ凄まじい状況だったのだと、今更ながらに菫達は顔を見合わせ、その表情を曇らせた。

「しかし、ハジメくん。雫の話だと、その時は魔人軍とやらの大軍に侵攻されていたのだろう? クラスメイトがそんな状況で、香織ちゃんまで危ない状態で、よく王国は無事だったね」

ある程度、話は聞いているが……と、虎一が顎を撫でながら唸った。

帰還した後、雫が英雄譚を語るようにハジメの話をしていたので、どういう方法が取られたかは聞き及んでいるが、実際に人死の話を交えられると実感が湧いてくる。実感が出てくるから、万軍を退けたという話の現実味が逆に薄れる。

「ふむ、では見てみるかの?」

ティオが宝物庫から何やら小さな水晶の板を取り出した。大きさ形はSDカードにそっくりだが、水色の水晶のような鉱石でできている。

これは、再生魔法で投影した過去の映像を記録する媒体アーティファクトだ。

それを、ティオは自分のスマホにカチッとセットした。そして、慣れた手つきで操作し、ホログラムのように空中へ投影する。

「当時の訓練場は少々刺激が強いことになっておるのでな。ご主人様が魔人軍を退けたところだけ映すのじゃ」

映し出された光景――ハジメの掲げた宝珠が燦然と輝き、直後、天から光の柱が打ち下ろされた。世界が白く染まり、映像越しでも衝撃が大気を 戦(おのの) かせていることが分かる。

逃げ惑う魔物達。呆然と迫る光の柱を見上げる魔人達。

まとめてちゅどん。

まるで、鉛筆で薄く塗り潰した用紙の上に消しゴムをこすりつけたように消えていく魔人軍に誰もが引き攣り顔を見せる。

「じ、実に見事なCGだね?」

智一さん、現実逃避してみる。

「実写じゃよ?」

ティオさん、現実を突きつけてみる。

親~ズは揃って「うぼぁ」と奇怪な呻き声を漏らした。

「ハジメ! 地球では使うなよ! 絶対だぞ! 父さんとの約束だ! 本当の本当に絶対ダ――」

「南雲愁ぅ!! だからフリは止めろと言ってるだろうが!? マジでしゃれになってないんだよぉ!」

流石は魔王のパパ様。目の前で十万近い魔物と魔人が消し飛ぶ光景を見てもギャグに走る男。言葉通りしゃれになっていないので、智一が襟元を掴んでガクガクと揺さぶる。

そんな二人の様子に、衝撃の連続で固まっていた雰囲気が少し 解(ほぐ) れた。

ハジメは言い合いをしている愁と智一を見やり、少し感謝するように笑みを浮かべた。微かな笑みだったが、チラリと横目を向けてきた愁と智一にはそれで十分だったらしい。

愁は小さくウインクを、智一は小さく鼻を鳴らして言い合いの続きをする。

「……ん。ハジメ」

「おう。ティオもありがとよ」

「わざわざ見せることもなかったと思うんじゃがなぁ」

ジッと自分を見上げてくるユエに微笑み、念話での指示通りにしてくれたティオにも感謝を伝えるハジメ。

そう、ティオが先の映像を見せたのはハジメの指示だった。流石に、凄惨な現場をそのまま見せるのは精神的耐性の程度を考慮して避けたが、菫と愁には自分のしたことの一端だけでも見せておきたかったのだ。

エロフエロフと騒いでいても、二人がハジメの軌跡を知りたがっているのは確かなはずだったから。

そして、愁の言動は、そんな息子への言外の「大丈夫だ」というメッセージだ。親として、きちんと受け止めたし、見せてくれて良かったという思いの表れだ。

意外だったのは、どうやら智一も分かっていて乗ってくれたという点だった。

それは、言外の「拒絶はしない」という意思表示だろう。

普通に考えれば、たとえ戦時中という特異な状況であっても、魔物はともかくとして多くの〝人〟を殺めたのだ。

もっと大きな拒否感を示されても責めることはできない。

見れば、愁と智一だけでなく、薫子や八重樫家の面々、昭子においても拒否感のようなものは見せていなかった。

たとえ、恐怖なり拒否なりの感情を見せられても、ハジメとしては後悔も改める必要性もまるで感じていないし、するつもりもなかったので粛々と受け止めるつもりではあったが……

「改めて、礼を言おう。ハジメくん。雫を連れ帰ってくれて感謝するよ。これほどの状況、君がいなければ、果たして今、私達の傍に娘がいたかどうか……」

鷲三の言葉に、虎一と霧乃がハジメへ目礼した。薫子や昭子も同じ心情らしい。

「……いえ。俺は俺のやりたいようにやっただけなので」

言葉少なく、それだけ答える。ハジメは正義の味方ではないのだ。〝クラスメイトを救うため〟なんて理由で戦ったことなどない。

全ては、この世界が突きつける全ての理不尽を真っ向からねじ伏せるため。ただの一瞬たりとて、膝を屈することも、引くこともないのだと示すため。

なので、〝家の子を救ってくれて〟と感謝されるのは、なんとも居心地が悪くなる。

「ふん。なんだその顔は。……私達にとって一番大切なのは家の子なんだ。その家の子を、香織を、君は連れ帰ってくれた。だから、親として感謝しているんだ。素直に受け取っておけ」

――他人の死より、息子の無事の方がずっと大切よ

かつて、帰還した後、菫がハジメに言った言葉が蘇る。親とは、結局そういうものなのかもしれない。

智一の不機嫌そうな、あるいは照れを隠しているような横顔を見て、そう思う。

視線を巡らせば、薫子も、昭子も、そして鷲三、虎一、霧乃も、穏やかな表情で頷いた。

ハジメはポリポリと頬を掻きつつ、智一の言葉に「……はい」と答えるのだった。

神妙で、穏やかな雰囲気が満ちている。

足を止めていたので、誰ともなしに歩みを再開した。そして、リリアーナが少し場の雰囲気を変えるような明るい声音で、そろそろ練兵場に到着する旨を伝えようと口を開きかけた、そのとき、

「皆さん、あちらが――」

「うぉおおおおねぇええええさまぁああああああああっ」

地の底から天を衝き上げるような絶叫が響き渡った! 歓喜と情熱に溢れた獣のような雄叫びだ!

雫が「うげっ!?」と乙女にあるまじき声を漏らす。

直後、廊下の窓を突き破って何者かが一行の前へと躍り出た。その人影は騎士甲冑を着けているというのに信じられない身のこなしで飛び上がった。その姿はまさにルパ○ダイブ!

「お姉様ぁ! お会いしたか――」

「せいっ」

掛け声一発。ルパ○ダイブしてくるその人物目がけて、雫もまた跳んだ。そして、空中で反転すると両足で相手の頭部を挟み込み、そのまま体の捻りに巻き込むようにして地面へと叩き落とした。

「ほぅ! 八重樫流体術・奥義之参――龍牙墜か!」

「見事だ、雫! また腕を上げたな!」

「あらまぁ。雫ったらいつの間に!」

ご家族が歓喜していらっしゃる。固い石製の床に亀裂を入れる威力で頭部を叩き付けられた相手の心配をして欲しいところだ。

「ハッ!? しまったわ。つい撃墜しちゃった……。ちょっと貴女、大丈夫?」

額を床に押しつけ、お尻を突き出すようなポーズで停止しているその人物に、雫は少し狼狽えながら声をかける。

すると、

「もちろんでありますっ、お姉様! 再会一番に愛でて頂いて、歓喜の余り濡れてしまったのであります!」

「あ、うん、やっぱり大丈夫そうね。……なんでノーダメージなのかしら……」

何事もなかったかのようにスチャッと立ち上がった女性騎士。ちょっとおでこが赤くなっているだけで、脳震盪すら起こしている様子はない。

秘密結社〝ソウルシスターズ〟の義妹たれば当然! みたいな顔をしているが、常人なら間違いなく意識が飛ぶか、額が割れて血がぴゅ~っとしているところだ。

一体、彼女は何者だろう。と、親達が注目する中、ようやく出番が来たとツアーガイドユエさんが前に出る。

「……この世界にも雫を〝お姉様〟と慕う、自称〝 義妹(ソウルシスター) 〟が蔓延っています。その内の一匹がこれです。というか、代表格です」

その説明だけで、「あぁ、義妹の子か」と全員が納得した。「今ので納得したの!?」と雫が狼狽える。

「むっ、相変わらずハジメ様も一緒でありますか。……今夜は新月ですな」

「おい、くされ騎士。〝月明かりのない夜〟がどうかしたか?」

女性騎士はぴゅ~ぴゅぴゅ~と口笛を吹きながらそっぽを向いた。世界を越えようが越えまいが、どこにでも存在し、虎視眈々と自分の命を狙ってくる 義妹達(刺客達) に、ハジメは溜息を吐いた。

ツアーガイドユエさんが女性騎士の来歴を補足説明する。

「……彼女はかつてリリィの近衛でしたが、雫に近づく男とあらば皇帝陛下だろうが何だろうが関係ねぇ! と言わんばかりに闇属性魔法で状態異常にしようとし、降格に降格を重ねて、しかし、反省皆無という猛者です。ちなみに、彼女の悪戯魔法は実に秀逸です」

魔法の天才たるユエの意外な称賛。そして、そのどうしようもない性質と、しょうもない魔法のエキスパートという点に誰もが乾いた笑い声を上げる。

地球の某後輩ちゃんもそうだが、どうして雫の自称義妹達はこうも癖が強い者ばかりなのか……

「雫ったら、面白い子達ばかりに慕われるわねぇ」

「ある意味、香織ちゃんも面白い子だしな」

「え!? 虎一おじさん!? 私、あの人と同じカテゴリーだと思われてたの!? 地味にショックだよ!?」

「おいこら虎一! うちのマイエンジェルを、こんな奇妙な生き物と一緒にするんじゃない!」

「今、香織様と見知らぬ殿方に、もの凄く自然にディスられたような気がするのでありますが……」

女性騎士がそんなことを言いながらも、ジリジリ、ジリジリと雫へ迫っていく。誰がいようと関係ねぇ! お姉様の胸に飛び込むのであります! という欲望が全く隠せていない。

当然、雫もジリジリと下がり、ハジメの後ろへ隠れようとする。

くっ、ここはやはり修羅にならざるを得ないようでありますなっと、女性騎士がハジメを睨みながら臨戦態勢となり、目の周りにやたらと小バエが飛び交う闇属性魔法を発動しようとしたそのとき、

「お前はぁあああああああっ、そこで何をやっているぅううううううっ!!」

「げぇ!? 団長!?」

般若もかくやという形相で全力疾走してきたのは、先程話題に出た王国騎士団の現団長――クゼリー・レイルその人だった。

怜悧な目元やキリッとした眉にキュッと引き締まった口元の紛れもない美人だ。ストレートの金髪をセンターより少し左側で分けて真っ直ぐに降ろしているのだが、それを片手で掻き上げる姿には、よく団員達も見惚れている。

そんな彼女の鬼の形相は、それはもう迫力がある。見慣れているはずのリリアーナが「ひぃっ!?」と、思わず悲鳴を上げるほどだ。

咄嗟に逃亡を試みる女性騎士。だが、団長様は驚異的な加速を見せる! 女性騎士は回り込まれてしまった!

更に悪あがきしようとする女性騎士に、クゼリー団長は素晴らしく躊躇いのないボディブローを決める!

ズドンッという砲撃のような音と共に女性騎士の体が浮いた。「うぼぁ」という呻き声が漏れ出す。見れば、最高品質であるはずの騎士甲冑が拳の形に凹んでいる。

そのまま蹲るように膝を折った女性騎士を放置し、クゼリー団長は蒼白な表情をハジメ達へと向けた。そして、地面に頭突きでもする気なのかと思うような勢いでガバッと頭を下げた。

「皆様! 部下が大変失礼致しました!」

お許しが出るまで決して頭は上げぬぅ! といった様子の団長様。

「あ~、別に実害もなかったし、あっても問題ないし気にしなくていいぞ」

だから頭を上げていいと、未だ突然の事態に目を点にしている者達に代わってハジメが言う。

クゼリー団長は恐る恐る、そろりと顔を上げた。

「しかし、こいつのことです。雫殿がおられ、傍らにハジメ殿がいるとなれば、間違いなく何らかの魔法を仕掛けようとしたはず……」

「まぁ、寸前だったな」

「申し訳ございません!」

上げかけた頭を再び立ち土下座のように地面へ。素晴らしい柔軟性だ。

このままだと、何も悪くない団長様がずっと頭を下げ続けるという事態になりそうなので、他の者達も口々にクゼリー団長へ声をかける。

恐縮しっぱなしのクゼリー団長。豪放磊落だったメルドと異なり、彼女は真面目で苦労性なタイプのようだ。

今回も、ヘリーナ経由でハジメ達の他、その家族が遊びにいらしたという連絡を受けて、騎士団長として一言ご挨拶をとやって来たところだったのだが、そこで、ここにいるはずのない部下を見つけて胃痛を感じながら飛んできたということらしい。

許しを得たクゼリー団長は恭しく挨拶をした後、「少し失礼しても?」と律儀に許可を得た上で、いつの間にか回復していた女性騎士をギンッと睨み付けた。

「お前、何故ここにいる!」

「ここにお姉様がいるからであります!」

ビシッと敬礼しながら、何を当然のことをと言いたげな目を向ける女性騎士。ビキッと、クゼリー団長の額に青筋が浮かぶ。

「そういうことを聞いているんじゃない! お前、光輝殿はどうした!」

そこでリリアーナが「あ、そういえば!」と声を上げた。女性騎士と光輝に何の関係があるのかと、ハジメ達が疑問顔を向ける。

リリアーナが簡単に説明した。すなわち、光輝がトータスで活動する上で、いろいろ言ってくる者達を黙らせるため、監視兼サポート役を騎士の中から付けることになり、女性騎士がその任務を受けたのだと。

全員が、もしかして光輝も王都に戻ってきているのかと女性騎士を見やると、彼女は何故かドヤ顔で、

「お姉様が近々召喚されそうな気がして、自主的に戻って参りました!」

そう言った。雫に、「褒めて欲しいのであります、お姉様!」と言いたげな眼差しを向けながら。ブンブンッと振られるイヌシッポが幻視できる。

「この大馬鹿者が!」

ズドンッと、再びクゼリーブローが炸裂。今度は見事なハートブレイクショットだった。先程と同じように鎧の心臓位置の部分が拳型に凹んでいる。

女性騎士は「し、心臓が……と、止まりそうでありますぅ」と顔を青ざめさせてよろけている。ハートブレイクショットの衝撃で不整脈を起こしているらしい。

「つまりお前、光輝殿を置いてきたのか! 今の彼は直ぐに無茶をする! 監視任務以上に、彼のサポートに心を配るよう命じたはずだぞ!」

「あ、あの、だ、団長ぉ。し、心臓が……」

「今回の任務はな、問題ばかり起こしていても、本当は優秀で実績もあるお前が騎士団に留まれるようにと、リリアーナ殿下がご配慮くださって実現したものなのだぞ!」

「か、感謝はしております……で、ですが、その前に、し、心臓が……と、とま――」

「私だって、本当はクビになどしたくない。近衛時代からお前のことはよく知っている。お前はやればできる奴だ。一度王都から離れて光輝殿と旅をし、世のため人のため働けば少しは自分を取り戻すと思っていたのだぞ。お前だって、出発する前は〝必ず中央に返り咲く!〟とやる気を滾らせていたではないか。だから私は――」

「……」

女性騎士の顔面が蒼白だった。口から泡を吹いており、瞳から光が消えかかっている。

あれ? これ、地味にやばくない? と狼狽えるリリアーナ達。ハジメですら「だ、大丈夫か?」と視線を団長と女性騎士の交互に見やっている。

「ええい! 何を寝かけている! ちゃんと話を聞かんか!」

ズドンッ。本日二度目のハートブレイクショット。心臓位置の拳型がより深く凹む。

同時に、「かはっ!?」と女性騎士が息を吹き返した。「あれ? 今、川の向こう側に、必死に私を追い返そうとするメルド団長がいたような……」と恐ろしいことを呟いている。

部下の心臓を自在に止めたり動かしたりできちゃう団長様が、咳払いを一つして改めて命令を下した。

「とにかく、この任務はお前にとっても大切なものなのだ。分かったら、さっさと光輝殿のもとへ戻れ!」

「断固抗議します、団長!」

「なんだと!?」

「だってあの野郎。食わず眠らず三日も北の山脈地帯を徘徊するのでありますよ! あんな〝神域の魔物絶対殺すマン〟になど付き合っていられないのであります!」

「お前、命令の意味分かってるのか? 誰が拒否など認めた!」

「基本的人権の尊重! であります!」

「やかましいわ! いいから戻れ! 今度こそ本当にクビだぞ!」

「上等であります! このままお姉様に付いていく覚悟はできているのであります!」

いや、そんな覚悟決められても受け入れないわよ? と、雫はすかさず主張するが、女性騎士は不退転の覚悟を示すのみ。

そんな彼女を見て、クゼリー団長の目の端にキラキラと光るものが溜り始めた。

「……もうやだこいつ」

凜々しくお強い騎士団長様が心折れかけている!

むんっと胸を張っている女性騎士と、疲れ切ったような表情の団長様……

なんとも微妙な空気が支配する中、溜息を吐きながらハジメが動いた。

羅針盤を片手に何かを確認すると、女性騎士のもとへツカツカと歩み寄っていく。

「む? なんでありますか、ハジメ殿」

「取り敢えず、お前がいると団長だけじゃなく雫も困るから、お山に帰れ」

開くゲート。むんずと掴まれる女性騎士の襟元。

そして、「な、何をするでありますか!?」と狼狽える女性騎士は、ハジメにぶん投げられてゲートの向こう側――〝北の山脈地帯〟の光輝がいる場所の上空に投げ捨てられた。

閉じるゲートの向こう側から「おねぇさまぁあああっ、アイルビィ~バァ~~ク!」という絶叫が聞こえて来る。が、直ぐに静かになった。

「取り敢えず、天之河のところへ送っておいた。戻ってくるにしてもしばらくかかるだろう。まぁ、なんだ、ソウルシスターの連中も、ああいう生き物なんだと思って接してやれば割と慣れるんじゃないかと思うぞ。気をしっかりな」

「ハ、ハジメ殿ぉ。お心遣い感謝致しますぅ」

同じソウルシスターに悩まされる者同士、少々の共感を持って言葉をかけたハジメに、何故かクゼリーは感涙しながら礼を言った。

ちょっと大げさじゃないかと思うハジメ達の前で、クゼリーは死んだ魚みたいな目をしながら語り出した。

「もう、あいつに関しては本当にもう、何をどうすればいいやら……。部下一人に翻弄される騎士団長など果たして団長と呼べるのでしょうか。それに、復興中ですから予想はしていましたが、揉め事が絶えなくて……。それに触発されたように部下達も殺気立つし、鬱憤晴らしなのか休暇中に羽目を外しすぎて民から苦情が来るし……。言って分からないならと片っ端からぶっ飛ばしてやるのですが、何故か最近、逆に喜ぶ奴が何人も……。何故殴られて〝ご褒美〟という解釈になるのでしょう? 私には理解不能です。コモルド副団長も、少し目を離した隙に手を抜こうとするし……。なのにあいつ人望だけはあるし……。やっぱり私にはロギンス様の後を継ぐなんて無理なのです――」

「そ、そうか。いろいろ溜まってるのは分かったから、ちょっと落ち着け。騎士団長が人前で泣いちゃダメだろ」

「申し訳ありません。久しぶりに優しい言葉と気遣いを頂いたのでつい……」

ゴシゴシと目元を拭うクゼリー団長。

全員の視線が同情を多分に孕む。そして、自然と、クゼリー団長からリリアーナへと向けられた。

「なぁ、リリィ」

「ま、まさかクゼリーのストレスがここまで溜まっていたなんて……」

リリアーナが「働かせすぎたかもしれない」と冷や汗を流している。

確かに、復興中の現在は、王国内の問題だけでも山積みだ。

そして、その多くの問題に騎士団は駆り出されている。総指揮を執っているクゼリー団長は確かに大変だろう。戦争時のように、単純に全員ぶちのめせばいいわけでもないのだ。せっかく友好を結びつつある獣人とのトラブルなど特に気を遣うはずだ。

「教会の連中はどうしたんだ? 新教皇は上手くやっていたはずだろう?」

「……今は巡業中です。フットワークの軽さは、流石新生聖教教会の教皇様というところなんですが……」

「ちょっと軽すぎたか……」

人々の心の安寧を司っているといっても過言ではない教皇様がお出かけ中。クゼリー団長のプレッシャーは倍増しだろう。部下が壊れ気味な連中ばかりなのも彼女を追い詰める要因なのかもしれない。

あの神話決戦で、最前線で指揮を執りながら戦い抜いたクゼリーは、決して部下に侮られているわけではない。むしろ、メルドと同等以上の信頼を寄せられている。

男臭く〝兄貴〟なメルドに対し、クゼリーは細やかな気遣いをしてくれる〝姉御〟というべきか。部下の一部が壊れ気味なのは、ある種、雫に対するソウルシスターのようなものと言えるかもしれない。

当然、そんな信頼の厚い騎士団長は、地盤が固まりきっていない王国において欠かせない存在だ。

いろんな意味で激務すぎて折れかけているクゼリー団長だが、むしろ彼女が折れたが最後、リリアーナは魂を吐き出すに違いない。

どこかしょんぼりしているクゼリー団長と、そんな彼女にどう言葉をかけるべきかオロオロしているリリアーナを見て、ハジメはガリガリと頭を掻いた。

「団長。これやるよ。たとえブラックな労働環境でも少しはマシなはずだ。ソウルシスターズと変態共に負けず……強く生きろよ」

差し出されたのは真紅の宝珠が付いたブローチ。

思わず受け取ったクゼリー団長は、直後、体がふわりと軽くなったような気がして目を見開いた。

「再生魔法とか魂魄魔法とか、まぁいろいろ盛り込んだアーティファクトだ。疲労回復、精神安定、安眠効果、限界突破、代謝促進、美肌効果……身につけていて損はない」

「そ、そのような凄いものを頂けません!」

「今、団長がぷっつん来て辞めちまったら大変なことになるからなぁ。遠慮せず受け取っておけ。ブラックな上司に代わって、その旦那が差し入れしてくれたくらいに思っておけばいい」

誰がブラックな上司ですか! とリリアーナが抗議の声を上げかけるが、騎士団長を涙目にさせるほど追い詰める労働環境の責任者なので、むぐぅと口を噤む。

そして、癒やしのアーティファクトを贈られた団長様は……

ブローチを握り締めたままうつむき、何やらプルプルと震え出すと、

「我が剣っ、貴方様に捧げます! マイロード!」

なんてことを言って跪いた。心労から濁りきっていたお目々がキラキラと輝いていらっしゃる。

リリアーナが「捧げちゃダメでしょう!? ロードは私ですよ!」と訴えるが、クゼリー団長の視線は魔王様から離れない。

全員の視線がハジメに集中する中、ハジメは少し考える素振りを見せると、おもむろに先程ヘリーナから預かったリストを取り出し何やらメモをし始める。

そして、にっこり笑うと、

「今度、ゆっくり 話を(面接) しよう。取り敢えず、今は団長職を頑張れよ」

「御意!」

クゼリーは嬉しそうに頭を垂れると、「それでは仕事に戻ります! 訓練はどうぞ、ご自由にご覧ください!」と、やって来たときとは比べものにならないハキハキした様子で一礼し戻っていった。

呆然としていたリリアーナがハッと我に返る。

「え、なんです? 話ってなんの話ですか!? まさか、ヘリーナだけでは飽き足らず、クゼリーにまで手を出す気ですか!?」

「人聞きの悪い。ただ転職――ごほんっ。労働環境の改善について話し合おうと思っただけだ」

「今、転職って言った! どこに転職させる気ですか!?」

「誤解だって。まぁ、リリアーナにとって悪いようにはならないから大丈夫だ」

「そこはかとなく心配なんですが……」

まさか、数年後の地球で魔王のメイドに転職しているとは思うまい。

異世界でもブラックなところはブラックなんだなぁと鷲三達が世知辛そうな表情をし、智一が「まだ女を増やす気なのか!?」と鋭い眼光を向け、菫と愁が「しまった! 『くっ、殺せ!』って言ってもらうの忘れてた!」と悔しがり、ユエ達が今度は何を企んでいるんだろうと微妙な視線をハジメに向けている中、

「皆様、ルルアリア様の支度が整いましてございます」

いつの間にか傍にやってきたヘリーナがそう伝えた。

「んんっ。ハジメさん、後できちんと説明してもらいますからね? それでは皆さん、お母様を紹介致します。こちらへどうぞ」

しっかりハジメに釘を刺してから、リリアーナは一行を母親のもとへ先導するのだった。