軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ありふれたアフターⅡ 光輝編 魔王軍がやって来た!

「……なんだ、お前等」

光輝と別れてユエ達が待機していた山中へと転移していきたハジメを待っていたのは、嬉しそうな、あるいはニヤニヤとした笑い顔だった。

「いやぁ、何でもないぜ? あの南雲が光輝に随分とまぁ、なんて思っちゃいないぜ?」

この世界にやって来たメンバーの中で、一番ニヤニヤしている龍太郎が、馴れ馴れしくもハジメと肩を組もうと寄ってくる。

ドパンッ

非殺傷だから大丈夫! と言わんばかりに、何の躊躇いもなくされた神速の抜き撃ちは、見事、龍太郎の額に直撃し、彼に芸術的なバク転と気絶土下座を成功させた。

「谷口、悪いな。お前の彼氏は恋人一日目で異世界に没した」

「ひぃっ、龍く~~~んっ! しっかりしてぇ!」

我に返った鈴があわあわと取り乱しながら龍太郎の介抱に向かう。

「龍太郎みたいに茶化す気はないけど……でも、正直意外だったし、嬉しかったわ」

「だね、雫ちゃん!」

雫が、言葉通りに嬉しそうに微笑む。香織も一緒だ。

異世界に召喚された光輝を迎えに行く。これだけでも相当の負担を強いている。

羅針盤で探ればかなりの隔たりがあり、正直、地球からトータスへのゲートを開くときに新技術――電力を魔力に変換する――を利用して魔力を節約していなければ、魔力不足で直ぐには迎えに来れなかっただろう。

その上で、光輝の願いに沿ってこの世界の紛争に介入するなど、とても頼めることではない。いくらハジメが身内に甘く、たとえば雫達が領民を放っておけないと参戦すれば、それを手助けすべくハジメも動くことが予想できたとしても、だ。

そんなハジメだからこそ、雫達は安易な願いをしない。

だからこそ、きっとハジメは、光輝を昏倒させてでも強引に連れてくると思ったのだ。光輝を見捨てるという選択肢は、雫達が気に病む故に選ばない。雫達の心の安寧のためなら、光輝の願望など塵芥と切り捨てると思っていたのだ。

だが、蓋を開けてみればこの通り。

ハジメは、理由を知りたそうにしている雫と香織に、嫌そうな顔をしながら適当に答える。

「ただの気まぐれだ」

「……ん。ハジメは、自分とは正反対の答えを得たコウキがどこに行き着くのか少し興味が出た、と言ってる」

「ユエ!?」

正妻力の前に不可能はない。旦那の内心を見事に通訳するユエ様。

「あとは~、無関心だから見捨てるのはどうとも思わないけど、嫌いだからって理由で見捨てると自分の器が小さい気がするっていうのもありそうですぅ。ハジメさん、妙なところにこだわることがありますからねぇ」

「シア……」

「嫌いな相手を放っておくというのは当たり前だと思うんじゃがなぁ。まぁ、あれじゃろ。そういう相手との、ああいうやり取りが厨二っぽくて――」

ドパンッ

ティオは芸術的なバク転と気絶土下座をやり遂げた。駆け寄ってくれる者は誰もいない。

ハジメは空気を変えるように一つ咳払いをすると、ツカツカと歩み寄って龍太郎を足蹴にする。

「おい、なに気絶してんだ。さっさと起きろ筋肉だるま」

「ちょっ、気絶したの南雲くんのせいでしょ!? いくらなんでも理不尽すぎるよぉ」

鈴が彼氏を守るべく内側に癒やし効果のある結界を張った。

ほどなくして目を覚ました龍太郎。同時に、ティオの尻に二発ほど撃ち込んで快感で目覚めさせる。

「いやぁ、久々に食らったぜ」

「スタン弾くらい、視認して避けられないと前衛は務まりませんよ?」

参った参ったと起き上がった龍太郎に、シアから手厳しい指摘が入った。

龍太郎は思った。

そもそも、弾丸を視認してから避けるアンタがおかしい、と。レールガンすら普通に避けるバグウサギと一緒にしないで欲しい、と。

「さて、時間もあんまりない。状況を説明するぞ?」

ハジメが声音を変えてそう言うと、全員が引き締まった表情でハジメを見た。

そうして始まったハジメの説明曰く、現在進行形で襲撃を受けている大規模な町が六カ所あり、更にもう一つも間もなく襲撃されるとのことだった。

「敵の情報は少ない。一応、偵察機で見た感じだと、思考力、統制、連携あり。正体不明の黒い靄を纏い、それをある程度武器にできるらしい。防御力はランチャークラスだと問題ない」

なるほど、と頷く全員に、少なくともその襲撃中の六カ所はそれぞれ五千から七千の軍勢が展開しているらしいということも伝える。七カ所目――アークエットには、既に滅ぼされた町に派遣されていた軍勢が迫っており、途中で増援があって一万五千ほどになっているという。

ハジメは、龍太郎と鈴はタッグを組んで一つの町を、他の者は一人で一つの町を担当するよう指示を出した。

「なんで俺達は一緒なんだ? そりゃあ、南雲達に比べりゃあ戦力としては低いだろうけどよ」

ちょっと不満そうに尋ねた龍太郎に、ハジメは襲撃箇所的にそれで間に合うことと、不測の事態に備えて戦力的に二人の方がいいことを伝える。加えて、

「晴れて恋人になったばかりの奴等を、戦場で引き離すほど鬼畜じゃない」

「南雲ぉ」

「あはは。ありがとう、南雲くん」

二人とも、〝鬼畜じゃない〟の部分は大いに否定したかったが、せっかくの厚意なので素直に感謝しておく。

ハジメの、「遠藤を忘れてきたのは失敗だったな。いれば万が一に備えて王都の軍勢のド真ん中に放り出したんだが……」という呟きもスルーしておく。

そこまでを手早く説明し、ハジメは最後に伝えるべきことを口にした。

「さて、聞こえていたと思うが、相手には意志があるらしい。詳しい事情は知らないが、人間を襲い、食うことは奴等にとって意味があるようだ」

全員が、特に龍太郎や鈴、雫、香織辺りが険しい表情をする。

「引き返すなら今だ。別に、手分けなんぞしなくても俺一人でも構わない。躊躇いがあるならここで待ってろ」

即応したのはユエとシア、そしてティオ。僅かな瞑目の後、雫と香織が決然とした眼差しをする。

龍太郎が、困ったような表情をしながら口を開く。

「あの光輝がよぉ、覚悟決めたってんだろ? ならよ、親友の俺が蹲ってるわけにゃあいかねぇよ。俺自身の、これから先の道を考えてもな」

「私も。その覚悟は……恵里と戦う前に済ませているからね」

龍太郎に寄り添いながら、しかし、随分と大人びた表情でそう口にする鈴。

二人を見て、大丈夫そうだと結論づけたハジメは、一転、不敵な笑みを浮かべるとクリスタルキーを使って次々とゲートを開いていく。

「OKだ。つっても、別に警告すらするなというわけじゃないからな。半端さえしないなら、その辺は各自、自由にやれ。各戦場に オルニス(偵察機) を上げておく。終わったら連絡しろ――それじゃあ、行くぞ」

ハジメの合図と共に、その場の全員がゲートへと飛び込んだ。

その日。シンクレア王国の後方領地の多くで、領民達は後に伝説として語り継がれることになる奇跡を目撃することになった。

――最南端の領地 ラスヴィート

とある戦士Aの独白

「あの日、遂に防壁の一部が崩落して、奴等が雪崩れ込んできて、ああ終わったって思ったそのとき、突然、空を雲が覆ったんだ。いきなり暗くなったことに驚いて見上げてみたら――あの人が、女神様がいたんだ。きれい、だった。この世のものとは思えないくらい。敵が目の前にいるのに、俺はずっと見上げていたんだ」

とある戦士Bの独白

「あの方は、輝く三重の輪を背中に背負っていた。それはもう神々しくて……。けど本当に驚いたのは、あの方の美しさとか、その神々しさじゃなくて、雷雲の中からどでかい雷の蛇みたいなものを呼び出したことだ。……この世の光景だとは思えなかったね」

とある戦士Cの独白

「降り注ぐ光も、雷の大蛇も、あっという間に連中を殺し尽くした。いや、あれは本当に殺したんだろうか? 俺には、俺には身投げに見えた。あいつら、自分で望んで飛び込んでいった、そんな風に見えた。仲間はみんなあの人を称えてるけど、いや、俺も感謝してるんだけど……実は、今でも思い出すと震えるんだ。戦い、とは思えなかったからだろうな。俺は、あの人が怖かったよ」

とある戦士Dの驚愕

「え? 彼女の正体? そんなの分かるわけ――なに? 彼女こそフォルティーナ様が送ってくれた使徒様じゃないかって? お前、天才か!?」

とある戦士Eの勘違い

「噂を聞いたかって? なんの噂だよ。え? あの時の救世主様が、実はフォルティーナ様だったって!? ……そうか、フォルティーナ様はあのようなお姿をしていたのか。くぅ、ありがたい話だな! 俺ぁ、なんか泣けてきたよ!」

とある戦士達の結論

「フォルティーナ様は、金髪紅眼の神々しいほど美しい女性で、自由に空を飛び、三重の輪後光を背負っていて、天候を操り、雷の巨大な蛇を従えているそうだ」

とある絵描きの仕事

「フォルティーナ様のお姿を後世に残さねば!」

いつかの吸血姫

「……ワタシ、フォルティーナ、チガウ」

とある自然の化身様

「……ハードルが高い、です」

――交易の中心地 ヴィアラッテラ

情報雑誌一部抜粋

巨人種の攻撃により、ヴィアラッテラの防壁は一時間も持たず破壊された。

奴等は、まるで絶望を突きつけるかのように直ぐには侵攻せず、我々ヴィアラッテラの民が慌てふためき、あるいは絶望に座り込む姿をじっくりと見ていた。

結果的に、それが我々の命を救った。

巨人種が更なる絶望を与えるべく一歩を踏み出した瞬間、「シャオラアアアアアアッ」という雄叫びが響き、直後、あの巨人種の巨体が水平に吹き飛んでいったのだ。

誰もが呆然とする中、防壁の上に着地した存在を、どう見るべきか。

人間でないことは確かだった。なぜなら、彼女の頭には立派なウサミミがついていたのだ。お尻のちょっと上には、シッポも存在した。作り物でないことは、ふりふりと不規則に動いていたことから明らかだ。

その異形の者は、常識的に考えるなら≪暗き者≫というべきだろう。

しかし、筆者は、ここに正しく事実を書かせて頂く。

その異形の彼女こそが、このヴィアラッテラを救ってくれたのだと。振り回す巨大な鉄槌が、何千という≪暗き者≫を、巨人種もそうでない者も関係なく吹き飛ばしたのだ。

ヴィアラッテラは、長く彼女を語り継ぐだろう。

あの、薄着で、ウサミミで、素晴らしい肢体の彼女を!

余談だが、一部の商会が既に付けウサミミと付けウサシッポの商品化に乗り出しているらしい。真に勝手ながら、筆者はこの事業が成功することを切に願っている。

麗しのヴィアラッテラ女子が、ウサミミとウサシッポをつけて町を歩く。

素晴らしい光景だと思う。

――海沿いの領地 パラブレッロ

領主の回想。

信じられなかった。

まさか、後方のこの領地が、瞬く間に軍勢に包囲され、侵攻を受けるとは。

到底、戦士団の派遣は間に合わない。それどころか、このパラブレッロが滅びかけていることに、王都が気が付いているかすら分からなかった。

終わりだと思った。

なにせ、防壁も余り意味を成さない事態だったのだ。奴等の中には飛行型の≪暗き者≫もいたが故に。

上空から狙われては、優秀な恩恵術士がいない以上、抗うことすらもままならない。

信じられなかった。私の代で、この愛しい領地が滅ぶなんて。

信じられなかった。見納めだと思って部屋の窓から海を眺めていたら、怪獣が現れるなんて。

信じられなかった。もう老年に入ろうかというこの年に漏らすなんて。

信じられなかった。見た目、飛行型の≪暗き者≫だけれど、何倍も大きくて黒い怪獣が光線みたいなものを吐いて、軍勢を吹き飛ばすなんて。

信じられなかった。頭に響くような声音で『……なにゆえ、ご主人様は妾を海に放り出したんじゃ……そんなにGO○IRAがよいのかのぅ』等と、怪獣がしゃべるなんて。

信じられなかった。内心、こいつ絶対≪黒王≫より強いって! とツッコミを入れていたワシの耳に、『し、しかし、額とお尻を銃撃された挙句、海に放り出されるとは……ハァハァ。もしや、頑張った暁には更なるご褒美が!? んんっ』なんて気持ち悪い声音と荒ぶる吐息が聞こえてくるなんて!

……ワシ、この戦いが終わったら、引退するんじゃ……

――第二集積領地 リッズガル

捕虜となった≪暗き者≫の証言

なんだ? 遂に処刑か? なに? 違う? あの日のことを話せ?

ふん、お前達人間も見ただろう。そのまま――

チッ。分かった。話せばいいんだろ、話せば。もう……どうだっていい。抵抗する気もない。あんな……あんな化け物相手に戦っていられるかっ。

っ、フゥフゥッ。あ、ああ、大丈夫だ。思い出したら、頭がおかしくなりそうだがな。

あれは、あれはそう、銀色の何かだ。見た目は人間の女みたいだったが……断じて人間なんかじゃない。俺達の、どこかの種族でもない。銀の光を纏って、それが何もかも呑み込んで……

っ。どうにかかいくぐって接近戦に持ち込んだ奴もいた。だが、あれは無理だ。速いなんてもんじゃない。もっと、俺達の常識の外にある何かだ。気がついたら、どいつもこいつも真っ二つだ。

なのに、何が一番恐ろしいって、何の躊躇いもなく消して、斬って……なのに、ずっと降伏を呼びかけてくるんだ。

何となく分かった。あれは戦士じゃない。ただ、必要に駆られて戦場に出ていただけなんだ。

ははっ、分かるか人間。

あれは、必要だったから俺達を壊滅させた。戦士でもない奴が、こちらまで配慮しながら戦って、俺達はこの様なんだ。

それに、俺は見たんだぞ。

人間、お前達もだろう? 俺達が殺したはずの戦士や他の連中が――生き返ってやがった! 俺は覚えてるぞ! 俺が殺した戦士の、小隊長を名乗った男を! 正面から頭を吹き飛ばしたはずだ! なのに、なのに銀の光が波みたいに広がったと思ったら、何事もなかったみたいに!

ああ、くそっ。なんなんだっ、俺達は何と戦った!

何を……何を敵に回してしまったんだ……

――北西の中継領地 アンドレアル

引退した老戦士の手記

五千を超える≪暗き者≫の侵攻。そんなもの、儂の長い人生においてもそう何度もなかったことだ。

まして、後方の領地に前触れなく現れるなど……

王都は、陛下は果たして無事か。心配しつつも、儂はここが死に場所なのだと、制止する周囲を振り切って防壁の外へ出た。

昔の装備が酷く重く感じた。じゃが、気持ちは静かだった。

さて、死ぬ前に一体でも多く道連れにしてやろうと、そう思った矢先。

彼女は現れた。

黒い艶やかな髪を一本に縛った、張り詰めた糸のような雰囲気の女。随分と若い。

いつの間に隣に来たのかという疑問が湧き出たが、ひとまず、きっと気概あって儂と同じように出てきたのじゃろうと思い、自分のことは棚に上げて戻るように言った。

しかし、彼女はにっこりと笑うと、一言、「間に合って良かったです」と言って、迫る軍勢の前にすいすいと歩いて行きよった。

儂は少し呆けてしまって、じゃが放っておくことなどできず、連れ戻そうと追いかけた。

その時じゃ。すぅと腰を落とした彼女は、細っこい剣を腰だめに、抜剣しないまま構えよった。

なんじゃそれは。剣の抜き方も知らぬのか。やはり、儂のように死を悟り、ただ気概だけで出てきたのか、と感心半分、若い女にそのような決断をさせてしまったことに 忸怩(じくじ) たる思い半分、儂はどうすべきか逡巡した。

敵の先陣はもうそこまで迫っていて、今さら彼女を町の中へ放り込むこともできん。

やれやれ、旅の道連れとしては上等すぎるが、同時に悲しすぎる、と儂は抜剣しかけた。

そう、しかけただけでしなかったのじゃ。正確には、する必要がなくなった、じゃな。

けれどしょうがいないじゃろ? だって、スパンッといきおったもん。こう真横一文字にな、スパ~~~ンッと。

何百という≪暗き者≫が、上半身と下半身で泣き別れしたんじゃよ。

意味が分からん。もしかして儂、まだ家で寝ておる? これ夢だったりする? と何度も目をこすったもんじゃ。

彼女を見ると、「……これだと押し切られるわね。まだ練習中だけど、しかたない」とか何とか呟いておった。

じゃが、儂、質問なんぞできんかった。だって、瞬きの後、彼女と儂の後ろに何百、いや、たぶん「千刃・黒刀」とか呟いていたような気がするから、千本だと思うが、それくらいすんごい数の黒い剣が整然と並んでおったんじゃ。

壮観じゃった。

気が付いたときには、千の剣から何か出ていたのじゃ。それで、何かめっちゃ連中が斬られていたのじゃ。

すげぇ~と呆けていたら、いつの間にか哀れな感じに事切れておる連中しかおらんで、彼女は消えておった。

儂、普通に帰宅した。

なんか「何があったのか報告を~」と領主の使いが来ておったが、知らん。儂、もう寝る。

――果樹栽培の最大領地 エーラッハ

とある自警団団長の書き直し前の報告書・一部抜粋

西の栽培地帯より出現した≪暗き者≫の軍勢は、日が完全に傾く前に防壁の一部を破壊した。

自警団員が奮戦。死傷者多数により、この時点で戦力が半減する。

防壁崩壊地点周辺の家屋を倒壊させ、即席のバリケードとする。

侵入した多数の≪暗き者≫――甲殻種は防御力が高く、自警団員の攻撃では足止めが限界。同じく侵入した多足種は動きが速く複雑で、団員には対応が困難。

この時点で避難は未完了。

自警団員の対応能力を超え、甲殻種と多足種が後方に回り込むかと思われたが、我々にも≪暗き者≫にとっても不測の事態により免れる。

突如、光輝く半球状の膜が町の中心より広がり、≪暗き者≫を押し出して防壁外へ排除。

事態把握のため崩壊箇所から外部へ偵察に出る。

ちっこい女の子が「みんなぁ! やっちゃってぇーー!」って叫んでた。

途端、ものすごい数の、しかもドでかい虫がわらわら出てきた。どこからと聞かれても困る。だって、女の子の周りに出てくるんだもん。そうとしか言えないんだもん。

見た目は甲殻種や多足種と余り変わらない感じの、しかし、それを何倍も凶悪にしたような怪物のオンパレード! ヒャッハー! 世界は世紀末だぜ!

自警団に入って二十年。団長として十年。今年四十七歳になるけど、こんな地獄見たことがねぇ。グロいよ、もう言葉に出来ないくらいグロかったよ。

なんか一部、こっそり連中を食ってたもん。≪暗き者≫が捕食されるところなんて初めて見たよ。トラウマだよ。今でも夢に見るもん。正直、どっちも殲滅すべき人類の仇敵にしか見えなかったよ……

「こ、こら! 食べちゃだめ! ペッしなさい! ぺっ!」と、青い顔で女の子が言っていたので、あの子の命令ではないんだろう。それだけが救いだ。笑顔で捕食を命じる小さい女の子とか……俺は今後、娘の顔をまともに見れなくなるところだったよ。

ある意味、主の命令が届いてない怪物が捕食パレードしてるって状況は、考えないようにした。

それにしても、光の膜は凄かった。なんにも通さない。

たとえ、突然、戦場のど真ん中で上半身裸になった青年が、いきなり化け物になって連中を千切っては投げ、殴っては吹き飛ばし、原形を留めない感じになった連中がビシャビシャと当たっても、光の膜は完璧な仕事をしていたよ。

……俺の目の前に飛んできてひしゃげた奴の、信じられないものを見た! って感じで見開かれた虚ろな目がトラウマになってるけど、光の膜様は良い仕事をしたと思う。

小さい女の子が降伏を促していたけれど、正直、連中はそれどころじゃなかったと思う。

未知との遭遇からどう逃げ延びるか。

不本意ながら、連中の気持ちはよく分かった。決して口には出さなかったけど、心の中では泣きながら「もう止めたげてぇ!」と叫んでいたんだ。

まさか俺の人生で、心の中でとはいえ、≪暗き者≫のために祈る日が来るとは……人生何が起きるか分からないものだ。

終盤になって、女の子が俺に気が付いて目が合った。可愛らしい顔立ちだとは思うが、戦場の凄惨さが視界の端に入っていたので、正直、怖かった。生きた心地がしなかった。

それでも俺は自警団の団長。貴方達は何者か、そう聞かないわけにはいかない。

領主様、俺を褒めてください。勇気を振り絞った、この職務に忠実な俺をめいっぱい褒めてください! あと、給料上げてください!

まぁ、無理だって分かってます。だって、この報告書に彼等の正体書けないし。

しょうがないんです。人間の限界ってやつです。

だって、目の前に怪物が飛び込んできたらビックリするでしょう?

それが、およそ生物的にあり得なさそうな緑っぽい肌で、二メートルを越える巨漢で、全身凶器みたいな筋肉に覆われていて、牙生えてて、赤い獣みたいな目で、ふしゅぅ~って激しい息を吐きながら、ニィイイイイッて笑ったんですよ。

笑顔は社交の大切な一つ。俺もにっこり笑ってやりました。

その後の記憶ないですけど。もうね、心が限界だったんだ。あんな怖い顔、光の膜越しとはいえ近くで見たら、そりゃあ気絶だってするって。

なので、彼等のことはよく分かりません!

以上!

――王都最短の集積領地 アークエット

当時の状況より

「ロスコー様! 北より軍勢です!」

「……やはりか」

衝撃的であると同時に、予想していた事態が耳に飛び込み、私は自分の眉間に皺が寄るのが分かった。

陛下が窮状の知らせを受けて飛び出した三日前に、通称〝第三集積領地〟と呼ばれる北の領地――ラディーチェは既に襲われていたのだ。

アークエットのように、〝彼〟がいたという幸運に恵まれなかったラディーチェに助かる見込みはなく、だとすれば、事が終わった後に奴等がどこに向かうのか、考えれば直ぐに分かることだ。

王都から救援に向かったはずの戦士団が、どうなったかは分からない。

だが、もしぶつかっていたなら、多少は奴等の戦力も減じてはいるだろう。彼はもう旅立ってしまったが、陛下に残して頂いた二千の戦士がいれば、あるいは……

「それで数は?」

「周辺警戒に出していた斥候の話ですと……一万は超えていると」

「っ。そうか……オルレッジ君。君達で退けられるか?」

私の質問に、二千の部隊を預けられた連隊長――スティル=オルレッジ君が厳しい表情となった。

「防壁の強化は完了しております。軍勢が先の襲撃と同じ編成であったなら、たとえ五倍の戦力差であっても跳ね返してみせましょう。しかし……」

苦虫を噛み潰したような表情で私は察した。確認すれば案の定、敵方には飛行種どころか、巨人種までいるらしい。

防壁は頑強になった。地下保管庫も万全で、二度目となれば避難もスムーズにできるだろう。だが、援軍は到底望めない。王都が危ういからこそ、今、陛下と彼はいないのだから。

「どうやら、運命とやらはどうしてもこの地を滅ぼしたいらしい……」

つい出てしまった愚痴は、幸いにもオルレッジ君には聞こえなかったようだ。

私は直ぐに領民の避難指示を出し、少しでも彼等の不安を払拭できるよう言葉の一つでも贈るべく支度を調えた。

妻のシーラと、あるいはもう一度愛しい息子に会えるかもしれないと希望を抱いたのになぁと苦笑いし合う。こんな状況でも、そうやって笑ってくれる彼女は、本当に出来た妻だと思う。

外に出ると、列を成して地下保管庫へと足を運ぶ民の姿が見えた。先の戦いで地下保管庫の周りは更地状態になっているから、とてもスムーズだ。

ふと、私の耳に子供達の、こんな状況なのに明るさすら感じる声が耳に入った。

「だいじょうぶだって! ぼく達にはゆうしゃさまがいるんだから!」

「でも、ゆうしゃさまどこか行っちゃったよ?」

「そうだけど……でも、ぜったい大丈夫だよ! きっとゆうしゃさまが助けてくれるよ!」

ここにいなくても、彼は希望をもたらしているらしい。

意識を喪失しながらも、ただ私達を守らなければという想いだけで戦い続けた彼を想い、私は目頭が熱くなった。申し訳なさ故、悔しさ故だ。彼が命を賭けて守った人々を、私は守り切れない。

いつか、彼が戻ってきたとき、滅びたこの地を見てどう思うだろうか。想像しただけで、心が潰れそうだ。

「ロスコー様、民の避難を急がせましょう。想像以上に敵の動きが速い」

「む、そうか。分かった」

どうやら敵の進軍速度は想像以上のようだ。あるいは、アークエットが陥落していないことが≪黒王≫にでも伝わったか?

遠くから、奴等の戦意が伝わってくるような感覚を覚えながら、私達はすべきことをしていく。

領民の避難を完了できた。戦士達の配置も完了した。すべきことは――した。

遠くから地響きのような、あるいは何かが爆発するような音が響いてくる。ははっ、奴等の戦意は確からしい。

もう、いつ目視できる距離に奴等が現れてもおかしくない。

……

……

……

意外に遅いな……

爆音は響いているのだが……

……

……

……

本当に遅いな! この待っている時間も意外に苦痛なのだぞ!

まさか、迷子ではあるまい? だとしたら、いずれ奴等が辿り着いた時には、「や~い間抜けぇ! だだっ広い草原で迷ってやんの~」と盛大に煽ってから死んでやる所存だが……

まさか……王都からの戦士団が足止めしている? いや、そんな馬鹿な。だとしたらアークエットに来るはずだ。何もない平原で正面からぶつかり合うなど、ただの自殺行為だ。

それとも、一万以上の軍勢を正面から潰せる戦力で? いや、アロース不足は明らかだ。そんな数の歩兵の戦士団が、このタイミングで横やりを入れられるわけがない。いずれにしろ、アークエットに伝令が来ないのはおかしい。

……おや? 爆音が止んだ?

何が起きているんだ……、くそっ、情報が足りん!

と、そのとき、じれったく思う私の気持ちが通じたように、北側の丘陵を必死に駆けてくる斥候の戦士が見えた。

直ぐに迎え入れてやると、彼はまるでこの世の終わりでも見たかのような表情で、言葉を詰まらせながら報告してくれた。

「あ、悪魔です! 化け物です! あんなの人間じゃありません!」

う、うむ。確かに≪暗き者≫は人間じゃない。

私達に意図が伝わっていないと察した斥候の戦士は、少し呼吸を落ち着けると衝撃的な報告を口にした。

なになに、見た目人間の青年が、たった一人で万の軍勢を薙ぎ払っている? 幾条もの紅色の閃光が戦場を蹂躙して、その度に奴等が弾け飛んでいく? 無数の巨大な動物が突然現れたと思ったら、体の一部が変形して閃光を放ったり、あるいは筒のようなものを放ったと思ったら、次の瞬間、爆炎が広がって奴等が粉微塵になった? 血と肉のシャワー?

……オルレッジ君。君、人選を間違えたのではないかね? あるいは、ちょっと彼を働かせすぎではないかね?

え? 嘘じゃないんです? 信じてください?

蹂躙しながら降伏勧告して、無視して逃げた奴を数キロも離れたのに閃光で撃ち抜いて追い打ちかけて殺した? それで……丘陵の陰に隠れて相当離れた場所から見ていた君と目があった?

なにそれ怖い。

あ、うん、君、ほら泣かないで。聞いただけで君がどれだけ恐怖を味わったか分かったから。

う~ん、しかし、奴等と敵対していたということは、我々の味方……だと思うが。

よし、オルレッジ君。確かめに行くぞ!

オルレッジ君は制止してきたが、仮にその青年が軍勢を退けてくれたなら領主として礼の一つもしないわけにはいかない。それに、そんな力を持つということは……彼の仲間なのかもしれない。

だとすれば、最大限の敬意を払わねばならん。

私は反対を押し切って、オルレッジ君ら戦士達に護衛されながら現場へと向かった。

結論を言おう。地獄だった。

めくれ上がり、無数のクレーターが出来た大地。原形を留めない奴等の死体。撒き散らされた肉片。あちこちで燃え上がり世界を紅蓮に染める炎。戦場を 跋扈(ばっこ) する、不吉な雰囲気を漂わせる数多の奇怪な怪物達。

そして、どうやったのか山積みとなった≪暗き者≫達の死体の上で、全てを睥睨するように佇む一人の青年。彼は紅色のスパークを体から迸らせながら、肩に何やら大きな厳めしい物体を担いでいる。

ああ、確かに、認めよう。地獄というものがあるなら、きっとこういう光景をしているに違いない。

呆然として動けない私達に、青年が振り返った。

その目を見た瞬間、私は察した。

――近いうちに魔王がやって来るかもしれない。相応の対価があれば救いはある。

あぁ、あの言葉は、このことだったのだ! 彼こそ魔王! 地獄の王! あらゆる理不尽を更なる理不尽で押し潰す、人知を越えた存在!

そこで私は、ハッと気が付いた。魔王様は我等をお救いになった。それはつまり、相応の対価があったということ。

サーッと血の気が引いていく。誰が対価を払った? 決まっている。彼だ。ではどれほどの対価を? 対価とは最低限釣り合っていなければならない。ならば、アークエットのために命を賭けた彼のことだ。今すぐでなくても、いずれ対価としての自分の――

「魔王様ッ!! 拝謁の栄を賜り恐悦至極にございますぅ!! 私はアークエット領の領主ロスコー=アークエットッ!! まずは軍勢を退けて頂いたことに最大の感謝をーーーッ!!」

魔王様が、何やら「お、おう?」と戸惑っているように見えたが、私は必死だ。とにかく言うべきことを言う! 地に額をこすりつけながらな!

「魔王様にあられましては、おそらく此度の件について彼から対価を受け取るものと愚考致します!」

魔王様が「え、このおっさん何言ってんの? ちょっと怖ぇんだけど」と引いていらっしゃるような気がしたが、私は必死だ!

「真に僭越とは存じますがっ、どうかどうかっ、私の命を差し出します故、彼にはご容赦を! なにとぞ、なにとぞお願い致しますぅううううっ」

「いや、おっさんの命とかいらねぇよ」

にべもなく却下されてしまった。おっさんの命はいらない……ハッ、まさか!

「つ、妻だけは! 妻だけはご勘弁を!」

「は? ちょっ、なに言い出して――」

「どうかご慈悲をっ! 妻の命だけはお許しくださいぃいいいいいいっ」

魔王様が、「俺、完全に悪役なんだけど。頼まれて助けに来たら領主の妻を奪おうとしている外道になってるんだけど。解せねぇ……」と頭を抱えていらっしゃるように見えたが、私は必死だ!

「しかも、土下座して、取り敢えず叫ぶ感じがデジャヴュだ……。なんか、もういいや。帰ろう……無性にユエに会いたい」

何となく鬼気の薄れた声音を聞いて、私はそっと顔を上げた。

既に魔王様の姿はなかった。

冷や汗を掻いているオルレッジ君に聞けば、魔王様はどことなく煤けた感じで空間の向こう側へ消えていったという。

そのとき、私には聞こえなかったのだが、耳の良いオルレッジ君曰く、魔王様は消える寸前「あいつのために命を差し出す……なるほど。これがあいつの……」と呟き、少しだけ口元が緩んだような気がするとのことだった。

何となくだが、魔王様が光輝殿の命を取ることはないような気がする。

私はかなり失礼なことをしてしまったのかもしれない。

いつか、光輝殿に彼のことを聞こう。そして、改めて礼をさせて頂こう。

もちろん、彼を救援に向かわせてくれた光輝殿にも。

そのためにも、光輝殿。どうかご無事で。陛下と二人、再びお会いできることを信じております。