軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ありふれたアフターⅡ 光輝編 死線の中で

もう、どれくらい戦っているのか。

時間の感覚が無い。太陽は随分と前に沈んだ。【聖絶】の輝きがアークエット周辺を照らしているが、光が届かない草原の奥はすっかり闇の中だ。

ざわりざわりと、おびただしい数の気配を周囲に感じる。加えて、【聖絶】の消耗速度がかなり減っている。どうやら、当初の目論見通り、障壁への攻撃よりもそれを展開・維持している元凶の排除に、≪暗き者≫達は躍起になっているらしい。

少しは、アークエットの生存率が上がったかな、等と思いながら、光輝は今も懸命に王都へ駆けているかもしれないクーネ達の最後に見せた表情を思い出そうとして――

『いい加減に死ねぇっ!!』

「ッ!?」

呪詛じみた怒号に、ハッと我に返った。どうやら、一瞬、集中が途切れたらしい。

目の前にいるのは、二メートル超の巨躯を誇る牛頭の≪暗き者≫。それだけで人を突き殺せそうな二本の角を頭上に掲げ、血色の瞳を爛々と輝かせ、手には肉厚の中華包丁のような大剣を持っている。

それが、豪風と共に振り下ろされた。

咄嗟に掲げた聖剣に、ズガンッと、およそ人同士の剣撃ではあり得ない轟音が発生する。

腕と膝で衝撃を逃がすものの、思わず「ぐっ」と息を詰めた光輝は、しかし、次の瞬間には、牛頭種の膝に蹴りを放ち、くの字にへし折って体勢を崩させた。

作られた隙は致命的。

牛頭種が悲鳴を堪えて体勢を元に戻そうとした時には、弧を描いた聖剣が首に吸い込まれるところだった。

冗談のように跳ね飛んだ首には頓着もせず、その牛頭種の左右から骸骨戦士たる奇骨種――所謂、スケルトン――が躍りかかってくる。

奇骨種の武器は体を構成する骨そのものだ。両手は異様に長く、指は鉤爪のように鋭い。腕から小指にかけて骨が薄くなっており、手刀として振るえば立派な剣となる。

『化け物めっ』

『滅びろ!』

まさか、スケルトンに〝化け物〟と罵られる日が来るとは思いもしない。

両サイドから突き込まれた手刀を、僅かに身を引きながらまとめて叩き落とす。それを読んでいたかのように奇骨種達の逆手が跳ね上がった。

まるで鏡合わせのように息の合った同時攻撃を繰り出す彼等を、しかし、反応速度で上回る光輝はするりと避けてカウンターの二連撃。

奇骨種の首が二つ宙を舞う。

『殺ったっ』

倒れる奇骨種の、その骨の間を抜けて豪槍が突き込まれた。奇骨種の後ろにいた鱗竜種だ。ラガルに及ばずとも劣らない鋭い突きを、光輝は片手で掴んで止める。

『なっ』

驚愕の声を無視、グッと引き込んでやれば、鱗竜種は本能的に踏ん張ろうとする。しかし、それを許さない光輝の膂力。踏ん張りきれずたたらを踏みながら前に出て、その喉に聖剣が突き込まれた。

生々しい感触と共に、『ぐべ!?』という名状し難い呻き声が光輝の耳を突く。同時に、ゴポリッと溢れた血が光輝の肩口をべっとりと汚した。

もっとも、気にする意味はない。既に、光輝の全身は返り血に汚れ見るも無惨な有様になっているのだから。

倒した数は数百では効かない。あるいは既に千に届こうかという≪暗き者≫を打倒している。打ち倒された≪暗き者≫は、後続の邪魔だと言わんばかりに、≪暗き者≫達自身の手によって後方へと投げ捨てられている。

眷属でなければ種族間の情などほとんどないようで、何度か己の眷属の死体をぞんざいに扱われて仲間割れをしている光景があったりもしたが……

今は、どれだけ戦っても一向に倒せない異常な戦士を、誰が打倒するかで彼等の頭はいっぱいになっているらしい。

ラガルもニエブラも、手柄というものを重視していた。

≪暗き者≫が世界を支配した後の時代で、眷属の地位を確固たるものとするために必要なのだと。実力至上主義、弱肉強食を地で行く彼等にとって、アークエットをただ一人で守り続けるほどの戦士を打倒する手柄は、それこそまさに〝お宝の略奪〟に等しいのだろう。

光輝は思う。ありがたいことだと。そうして自分に集中してくれればくれるほど、障壁の負担は減り、光輝の魔力が持つ限りアークエットの守りは確かなものとなるのだから、と。

ズキリッと足首に激痛が走った。

『捉えた、ぞっ』

先程の奇骨種の一体が、頭を失ってなお腕を動かして光輝の足首に鉤爪を食い込ませていた。濃密な瘴気が頭部から体に流れて纏わり付いていることから、おそらく首を飛ばされてなお遠隔で体を動かしたのだろう。

眼窩の赤い光は消えかかっていることから、おそらく最後の最後に繰り出した渾身の一手といったところか。

直後、光輝の視界を瘴気の剣による弾幕が埋め尽くした。

聖剣を振るって弾く、弾く、弾く弾く弾く弾く!

「っ、くっ、ぁあああああっ」

凄まじい物量に、光輝はいつしか雄叫びを上げていた。全力で聖剣を振るい、死の弾幕をかいくぐる。奇骨種最後の一手は確かに効果的だった。負傷が足捌きを鈍らせ、光輝は剣技による防御に専念する必要に迫られる。

捌ききれず、あるいは致命傷を避けるためにわざと見逃した瘴気の剣が、光輝の体中に無数の細かな傷を作り出していく。

まるで光輝の体がアラートを出しているかのように、体中から小さく鋭い痛みが光輝の意識を刺激した。

あるいは、永遠に続くかと思われた弾幕がピタリと止まる。

未だに足を掴んでいる鉤爪を振り払い、回復魔法を詠唱しようとする光輝に、押し合いへし合い≪暗き者≫が突っ込んでくる。

『負傷しているぞっ、今だっ』

『殺せっ、殺せっ、殺せっ!!』

「っ、くそっ」

悪態を吐きつつも、必死に聖剣を振るって敵を切り捨てる。

耳に入るのは自分の死を願う言葉か、あるいは罵詈雑言、呪詛にも似た怨嗟の声ばかり。

当然だ。一体にどれだけの≪暗き者≫を殺したのか。今や自分は彼等にとって大敵であり、何をおいても殺すべき仇敵なのだ。

分かっていても、そんなことを思う資格など微塵もないと分かっていても、心が冷えていく。殺した分、殺されそうになった分、まるで体から心が切り離されていくようだ。

肉を切る感触に、骨を断つ手応えに、浴びる返り血に、慣れていけばいくほど、彼等の叫ぶ通り自分が人間でなくなっていくような――〝化け物〟になっていくような気がする。

『ゼェアアアアッ!!』

「がぁっ!?」

裂帛の気合いが迸った。と思った次の瞬間、脇腹に熱を感じる。

本能的に辛うじて避けたものの、軽く抉られてしまったのだ。後一瞬、回避が遅れていたら致命傷だった。返す剣で敵の心臓を貫きながら冷や汗を流す。

死の影がヒタヒタと這い寄ってくる感覚が光輝の心を侵す。

先程から集中力が途切れて思考が逸れる瞬間がある。疲弊の証だ。精神的疲労が、肉体的疲労を加速させている。

実のところ、既に時刻は深夜を過ぎていた。十分に、人間離れした体力だと言えるだろう。

だが、それでも、タイムリミットが迫りつつあったのだ。

早すぎると、光輝は自分を叱咤する。まだ半日も持たせていない。〝守る〟なんて大言を吐いたなら、まだ倒れるには早すぎると。

「――【てんけ――ッ」

『我等眷属の贄となれッ!!』

回復魔法を唱えようとして、しかし、何百体倒されようと微塵も衰えない戦意を滾らせる≪暗き者≫に阻まれる。

まずい、と焦燥が募る。血を流せば、それだけ体力の減りは早くなる。

休憩も食事も取らずに【北の山脈地帯】を三日彷徨い続けて神域の魔物を追った経験を思い出す。勇者の肉体は、魔法で水を作って飲みさえしとけば、そんな無茶を可能にさせる。

だが、血を流し過ぎてはどうしようもない。回復魔法も失った血までは取り戻せず、失えば失った分だけ思考は鈍り、体は疲弊しやすくなる。

と、そんなトータスでの無茶な冒険を思い出した隙に、今度は肩を薄くスライスされた。

また思考が逸れていると、光輝は歯がみしながら、一体、また一体と敵を殺し続ける。

(くそっ、ちくしょうっ。なんだよ俺はっ、この程度なのかっ。勇者なんだろ! まだまだできるはずだろ! 余計なことを考えるなっ。集中しろよ! 守るって言ったんだろ!)

斬る。斬る。斬る。斬る。斬られる。

斬る。斬る。斬る。斬る。抉られる。

斬る。斬る。斬る。斬る。殴られる。

傷を癒やせないまま、ジリジリッと傷を増やしていく。

そんな光輝を見て、同族を踏み締めながら襲いかかる≪暗き者≫達の表情に、「このまま押し切れる」という僅かな愉悦が浮かんで……

「光輝殿っ」

そんな呼びかけと同時に、光輝の体に淡い輝きが纏わり付いた。

目の前の一体を吹き飛ばし肩越しに振り返ってみれば、そこには東門の防壁の上から泣きそうな顔で光輝を見るイヴァナと幾人かの自警団員の姿があった。

その内の一人が一心に祈りを捧げている。治癒の恩恵術を使っているのだろう。

じわりじわりと痛みが引き、足首、脇腹、肩口以外の細かな傷はゆっくりとだが目に見えて癒えていった。

「住民の三分の二を収容できましたっ。残りを避難させるため、今、更に空間の拡張をしていますっ」

どうやら、当初の住民の半分というのを上回って地下空間に避難ができているらしい。このまま時間を稼げれば、頑強な避難場所に全住民を避難できるかもしれない。

光輝は小さく笑みを浮かべた。

「どうか一度引いてください! 避難要員の自警団員以外、総力を以てこの場を預かります! このままではっ、貴方がっ」

イヴァナが休息を訴える。

だが、それはできない相談だ。自警団に、この戦場を預かれるほどの力はないのだから。それができるのなら、最初から交代を作戦に入れて伝えている。

自警団員は戦士ではない。その心を持っていても、才能が戦うことを許さない。あのアニールのように。それは本人達も分かっているはずだ。

現に、この治癒の恩恵術も、王都の術士なら既に足首や脇腹、肩口の怪我を完治させていたはずで、術を行使している自警団員は治りの遅い光輝の傷を見て悔しそうに顔を歪めている。

で、あるなら、それこそ全滅を覚悟の上で光輝が休息する時間を稼ごうというのだろう。

だから、譲れない。この戦場は譲れない。

「ここは俺の戦場です! あなた方には譲らない!」

「そんな……」

イヴァナが悲痛に表情を歪める。

敵を屠りながら、しかし、イヴァナ達の何とか力になろうとしてくれている思いが、光輝の心を救い上げる。

「ハァッ!!」

『ぐぁっ!?』

『こいつっ、まだ!?』

渾身の一撃が二体纏めて敵を吹き飛ばした。

光輝はその隙に、声に覇気を乗せて言葉を届ける。

「俺はまだ戦えます! だから――援護をお願いします。治癒をかけ続けてもらえるだけでも助かります! 俺が合図したら弓でも恩恵術でもいいから前線に攻撃を!」

僅かでも隙が出来れば、その間に大きな傷を癒やせる。魔法で水球を作り出して水分補給もできる。治癒の恩恵術で小さな傷を気にしなくてよくなる。

光輝の言葉に、イヴァナ達は一瞬呆然とするものの、直ぐに決然とした表情となった。自分達にもできることがある、たった一人で戦場に立つ守護者の役に立てる。その事実が彼等の心を奮い立たせた。

「お任せをっ」

震えるイヴァナの声が響いた。

光輝は、終わりなき襲撃を見据えながら咆えた。

「引いてたまるかっ」

自警団員達が援護を始めてどれほど経ったか。

ひたすら戦い続ける光輝は、いつしか援護がぱったりと止まっていることに気が付いていなかった。

振り返る余裕は既になく、意識は半ば朦朧としている。故に、イヴァナ達が既に、命が危うくなるほど術を行使して力尽きていることも確認できていない。

また、ロスコー達が光輝を避難場所に退避させようとして、自分がそれを拒絶したことも既に記憶の彼方だった。

ロスコー達は、防壁と地下保管庫で時間を稼げば光輝も十分に休めると説得したのだが、光輝は無理だと判断したのだ。

防壁は、既にそうであったように≪暗き者≫達の身体能力と踏み台としての数で乗り越えることができてしまう。誰かが這い上がってくる≪暗き者≫を落とさなければ十分に時間は稼げない。

なにより、今、休息に入ったら……

光輝は、地下保管庫が破られる前に、再び立ち上がれる確信が全くなかった。極度の疲労は、一度緊張と戦意を解いてしまえば容易く元に戻ることはない。碌に動けないまま、あるいは意識が落ちたまま、という可能性を否定できなかった。

それは、何より恐ろしかった。

だから、光輝を連れ戻そうとする彼等を自分の元へ来させないために、自ら退路を断った。

ここまで来れば、光輝の後ろに障壁が作られても、≪暗き者≫には関係が無い。

ただ、光輝を殺す。

軍勢をもって未だ仕留められない脅威にして怨敵を、必殺する。今や、アークエットを陥落させるよりも、立ちふさがる異常の排除こそが重要だった。

ほとんど返答もせず、ただ行動をもって己の意志を示した光輝に、ロスコー達は涙を流しながら、これしかできないと嘆きながら、ひたすら祈り続けた。

一度は【聖絶】が消えかかって最後の魔力回復薬を服用したことを、光輝は全く覚えていない。無意識の危機感から使用したのだ。

援護はなくなり、もはや休息は死に繋がり、回復の手段も尽きて、ただ目の前の脅威へと剣を振る。

いつしか、光輝は不思議な感覚の中にいた。

敵の怨嗟の声や怒声は、まるで間延びしたようにくぐもって判然とせず、彼等の動きの一つ一つが水の中にでもいるように遅い。

けれど、決して光輝が速くなっているわけではないのだ。

光輝自身もまた、水の中にいるかのような全身に纏わり付く重さを感じていた。相手は遅く、同じだけ自分も遅い。

何もかも遅い世界で、けれど、思考だけは妙にクリアになっていく。

自然と、これまでのことが脳裏を過ぎっていく。

第三者がいれば、それは走馬灯だと言ったかもしれないが、光輝は気が付くことなく浮かび上がる記憶に思考を委ねた。

最初に浮かんだのは、この世界で初めて出会った人。

――光輝は、優しいのね

そう言われて、自分は怒鳴り返した。今思えば、あの美しく強い女王様には随分と八つ当たりをした気がする。

普段は抑えられている心の深い部分を、何故か簡単にさらけ出してしまった。彼女の言葉の一つ一つが、何故かとても心に響いて取り繕うことができなかった。

――少なくとも、光輝の誰かを思うその気持ちだけは〝正しい〟。私は、そう断言する

短い時間しか接していないのに、彼女はいつも光輝を肯定してくれた。本当は弱さも僻みも持っているのに、彼女が最後に光輝へ贈る言葉は、いつも優しかった。

(助けたい、守りたいという気持ちは――正しい。貴女が断言してくれるなら、俺が今している戦いも〝正しい〟と思っていいのか?)

目の前の牛頭種の心臓を貫き、回転しながら引き抜いた聖剣で隣の鱗竜種の首を刎ねる。返り血を浴びながら、次に浮かんだのは癖の強い女王の妹。

――大好きな大勢よりも、たった一人の愛しい家族が大切なのです

〝あいつ〟のように、顔も知らない大勢より、自分にとって大切な人を取る。自分には王族を名乗る資格なんてないと自分自身を責めながら、それでも譲れないと叫ぶ。

自分よりも遙かに重大な立場にいるのに、そんな思いを迷いなく口にする在り方に、どれだけの羨望を抱いたか。

(きっと、王族としては……〝間違ってる〟。俺を利用する選択肢を選ばなかったのは〝間違いだ〟)

では、彼女は〝悪〟なのだろうか?

光輝にはそうは思えなかった。だって、あの子は死を覚悟していたじゃないか、と。自分が姉を優先する代わりに、全てを自分が引き受けると覚悟をしていたじゃないか、と。

では、そもそも〝間違っている選択肢〟とは何だ。

浮かぶ疑問を突き破るようにして、一際大きな奇骨種が鋭い手刀を繰り出し光輝の頬を浅く抉る。光輝は構うこともなく奇骨種の頭部を片手で鷲掴みにして地面へ叩き付け、更に踏み込みの足で頭部を粉砕しながら二番手の牛頭種を袈裟斬りにした。

血飛沫の狭間に、幻のように浮かび上がる王都の人々。

――ククリを食べて貰うために戦うという夫婦がいた。

――自分の作った武器で戦士達を助けるのだと夢を語る武器屋の少年がいた。

――有事には戦士を運んで戦場を駆け回るという舟渡がいた。

誰も彼も、〝どうせ何をしても、もう無理だ〟なんて欠片も考えていなかった。

それは楽観故ではなく、抗う覚悟のなせる決意だった。自分の選んだ道が悪い方へ転がったら、この決断が大切な人を不幸にするのでは……そんな不安、ちっとも抱えているようには見えなかった。

少なくとも、それで歩みを止めるような人達ではなかった。

(怖くないのかって聞いたとき、みんな口を揃えて言ってたな――怖いって。なのに、みんな笑ってたな。自分で決めたことだからって)

瘴気で作られた巨大な槍が、竜巻のように瘴気の風を纏って飛翔してくる。それを強引に叩き落とそうとして、ズルリッと僅かに足を滑らせた光輝。刃を立てることができなくて、叩き落としはしたものの手首に痛みが発生する。

踏ん張りが効かなくなってきている。剣を握る手が、恐怖以外の理由――疲弊で震え始めた。また一歩近づいた死に、心が冷たい何かを感じる。

――だって私は、戦うために生まれてきたんです

誇りを胸に、自らの生まれた意味を言い切った年下の女の子。

自らの道に誤りは無いという彼女の在り方に、どれだけの羨望を抱いたか。

――私にとって祖父は、ヒーローだったのです

憧れたヒーローには、理想通りには……なれないという現実を突きつけられて、しかし、「それでも人生は続く」と笑った彼女。自分にできることを見つけ、一流以上の力をつけた。

(あぁ、そう言えば、久しぶりにじいちゃんを思い出したなぁ)

遂に、聖剣が弾かれた。今まで、ほとんどの敵を一撃で仕留めてきた光輝の斬撃が、二撃、三撃と振るうことでようやく敵を倒す。

後方で光輝の動きを観察していた敵が、光輝の動きに慣れ始めたというのもあるだろう。だが、それ以上に、単純な膂力と速度が低下してきている。

殴り飛ばした鱗竜種が奇声を上げて起き上がる。その横に、今度は祖父――天之河完治の幻が現れた。

――光輝は何にだってなれるし、なんだってできるさ

爺ちゃんみたいになれるかなぁと、そう尋ねた幼い光輝に、完治はそう答えた。

本当に? と尋ねたら、

――本当だとも。だから光輝と名付けた

名は体を表す。だから、

(光輝が自分で決めて進む道は、きっと 光輝(ひかりかがや) いてる……。ずっと忘れてたな。爺ちゃんの言葉)

ゴッと、骨が折れる生々しい音が体から響いた。鱗竜種の尾が脇腹にめり込んでいる。意識することも無くカハッと息を吐き出しながら、背を向ける鱗竜種の 項(うなじ) に突きを放つ。

とうとう看過しがたいダメージを追った。自然治癒力の高い光輝でも、魔法なしに骨折を直ぐには治せない。

ふらりと体が揺れた光輝に力の限界を見たのか、≪暗き者≫達が狂喜の表情を浮かべる。

だが、外界の壮絶さに反して、光輝の内面はとても静かだった。静かに、けれど確かに、光輝の中で何かが結びつこうとしていた。

数多の出会いが、今までの経験が、沢山の苦悩が、この極限の状況の中で結びつこうとしている。

自分を殴ってでも連れ戻してくれた幼馴染みの女の子が脳裏で叫ぶ。

――こんなはずじゃなかった? そんなの当たり前でしょう! 思い通りになる人生なんてないわよ! 皆、歯を食いしばって、頭抱えて、“それでも”って頑張ってんのよ!

そうだな、その通りだ。この世界の人達も、みんな同じだった。

――道を間違えたってんなら、殴って止めてやるのが親友の役目だろ?

ああ、そうだ。俺は何を恐れていたんだろう。俺が間違えたって、お前が殴って止めてくれるのに。

――うそつき

あぁ、恵里。君の言う通りだ。俺は嘘つきだった。

あの日、あの時、あの場所で、俺は確かに〝恵里を守る〟とそう言ったのに。

〝守る〟という選択だけをして、それで終わった気になっていた。

飛び降りようとする君を止めただけで、救った気になっていた。

思い通りになる人生なんてないのに。

それでも人生は続くのに。

君は狂い続けて、ずっと助けを求めていたのに。

そうだ。

俺はいつだって、〝選んだ〟だけで終わっていたんだ。

本当に大切だったのは、〝選んだ後〟だったのに。

それだけのことだったんだ。

その選択が正しいか、間違っているかなんて、未来も見えないのに分かるわけない。

そんな些細なことに怯えて、〝自分を信じられない〟なんて言って、結局、選ぶことすら躊躇うようになって……

轟ッと大気が唸り声を上げた。

ハッとして、不思議な思考の世界から現実に帰還した光輝の意識が、目前に迫った巨大な雄牛を捉える。ドス黒い瘴気で作られた闘牛は通路の全てを体格で埋めるほど。

まだ余力のあった光輝なら、聖剣の突きで滅ぼせただろう。

だが、既に限界を迎えている肉体は、その突撃を迎撃するには力が足りなかった。

「ガハッ!?」

闘牛の角だけは辛うじて避けたものの、胴体に頭突きを食らって吹き飛ぶ。体がバラバラになりそうな衝撃が意識を揺らす。肺から強制的に空気を排出させられ息が詰まる。

気力を振り絞って聖剣を突き落として闘牛を打倒するが、膝を突くことは止められなかった。

今度こそ終わりだと、≪暗き者≫達が戦功を上げるべく殺到してくる。

顔を上げた光輝の瞳は、意識が朦朧としているようで焦点が定まっていなかった。ぼやけた視界に、間延びした雄叫びを上げて迫る≪暗き者≫達が見える。

(終わるのか……こんなところで……)

答えを、見つけたのに……

やっと分かったのだ。

想いに、願いに、祈りに、間違いなんてありはしない、と。

本気なら、それは全部本物で、大切なのは誠実であることなのだ、と。

選んだ後に、その想いから逃げない。願いから目を逸らさない。祈りを諦めない。それが本当の戦いなのだ、と。

やっと分かったのに。

(守れずに、終わるのか?)

俺が守るよと、そう言った。幼い男の子に、民を想う領主に、自警団の皆に。

(また、嘘を吐くのか?)

精一杯、頑張ったから? 命を賭けたから? だから、もう諦めてもいいだろう?

(ふざっ、けるなっ!!)

「ぁああああああああああっ!!」

『ッ!? 貴様ッ!?』

振り下ろされた牛頭種の大剣を、喉が裂けんばかりの絶叫を上げる光輝の聖剣が弾き返した。

どこに、そんな力が残されているのだと、異形の面差しでありながらはっきり分かるほど牛頭種の表情が引き攣る。

(戦えっ、戦えっ、戦え!! 彼等を殺してでも、守りたいと思ったんだろ! それを選んだんだろ! なら戦えっ)

己を叱咤する。

光輝の中で何かが弾ける。幾度か味わったことのあるその感覚を、しかし、光輝に気にする余裕はない。

だが、もしステータスプレートを見れたなら、派生技能が一つ、増えていることに気が付いただろう。

――限界突破の特殊派生 戦鬼

本来、魔力の増大と共に全てのスペックを数倍に跳ね上げる限界突破だが、この≪戦鬼≫に魔力の増大はない。スペックも上がらない。ただ、どれだけ体が壊れようと、体内の魔力をまるでギブス代りに使って補強し、ただひたすら戦い続ける特殊な派生技能。

ほとんど自爆技であるが故に、目覚める者などまずいない。

光輝の心が、この極限の状況で叫んだからこそ開花した想いの結晶。

すなわち、

――戦え! 戦え! 選択の果て、願いのままに、この身が塵芥になるまで戦え!

「ォオオオオオオオオッ!!」

『こ、この化け物がっ』

ここに来て初めて、≪暗き者≫が後退った。凄絶という他ない裂帛の気迫と戦意に、彼等をして呑み込まれかける。

(体が、動くっ。まだ、戦えるっ)

何故、体が動くのか分からない。

だが、そんなことはどうでもいい。

(もっと、踏み込め。全体を見ろ。獣でない限り、人体の動きはおおよそ決まっている!)

より効率的に。必要な場所へ、必要な時に、必要な力を以て、正確に。

そう教わっただろ、と自分に言い聞かせる。

(……あぁ、俺はこんなことも忘れていたのか)

走馬灯のように流れ込んだ今までの記憶。それが忘れていた、見失っていたものを蘇らせる。

王国の勇者だから騎士の剣術を習った。けれど、もっと昔から、幼馴染みと肩を並べて学んだ剣があったのだ。勇者という立場に捉われて、思い込んで、あるいは裏切りの罪悪感からずっと心の底にしまい込んでいたもの。

牛頭種が大剣を振り下ろす。

今までなら勇者のスペックに任せて弾き返していた。けど、もうそんな余力はないから……

相手の剣を受けた瞬間、手首の返しで剣撃を逸らし、同時に逆手に持ち替えて切り上げる。

――八重樫流刀術 音刃流(おとはなが) し

剣撃を逸らした瞬間、擦れる剣同士が澄んだ音色を発生させるが故に。

なんの手応えもなく、気が付けば自分の方が斬られていたことに目を見開いたまま絶命する牛頭種。

鱗竜種が豪槍を以て薙ぎ払いを放ってくる。

今までなら叩き落とすか回避していたところ。

真っ直ぐ切っ先を向けたまま上体を逸らして、しかし、後退ではなく踏み込んで突きを放つ。

――八重樫流刀術 霞穿(かすみうがち)

上体の前後運動と肩の動きで遠近感覚をずらされ、豪槍の横薙ぎは空振りに終わる。目を見開いた鱗竜種は、まるで三度の突きを同時に放たれたかのような光景を最期に絶命した。

奇骨種が手刀を突き込んでくる。

今までなら聖剣で迎撃していたところ。

片手で手刀を掴み取り、捻りと体移動で宙を舞わせる。

――八重樫流体術 鏡雷(きょうらい)

合気の要領で相手を投げつつ、宙にいる間に攻撃する技。が、今回は二体目の奇骨種への牽制として使われ、二体がぶつかり重なった瞬間、まとめて聖剣で薙ぎ払った。

王国の騎士剣術が悪いわけではない。むしろ、卓越した能力と騎士剣術――特にメルド=ロギンスの剛の剣とは相性がいい。

だが、より能力が低下した今は……長年学んできた、〝弱きが強きを打倒する〟ための八重樫の古武術こそが最適。

膂力に極力頼らず、体に負担をかけず、技をもって敵を制す。

先程までとは異なる妙な動きに、≪暗き者≫達が戸惑っているのがよく分かる。

(とはいえ、西洋剣だと難しい。どこまで意識しながら戦えるか。俺が意識を保てるか――)

と、刀の形でないという相違点を気にした光輝だったが……

その瞬間、聖剣が淡い光に包まれた。

何をする気だと≪暗き者≫達が警戒しているが、それ以上に光輝の方が仰天。

何もしていないのに光に包まれ刀身すら見えない聖剣に、思わず瞠目する。

時間にすればほんの数秒。

やがて光が収まると、そこには、

「か、刀……」

そう、聖剣が形を変えていたのだ。波紋こそ入っていないものの、そこには確かに、片刃で反りが入った刀があった。よくよく見れば、いつの間にか鞘まで形を変えている。

「は、ははっ」

思わず、笑みが浮かぶ。返り血に彩られ、なお笑う姿は凄惨で≪暗き者≫達が引いているようにも見える。

だが、そんなこと気にもならなかった。

(そういえば、お前は何があっても俺に力を貸してくれたな)

手放せど、手を掲げれば飛んできた。返そうとしても、勝手に飛んできた。調子に乗っていたときも、裏切ったときも、迷っているときも、常に見捨てず自分を使い手に選び続けてくれた。

そして、今、光輝の求めに応じて形すら変えた。

ああ、と思う。

未だ意識は朦朧とし、体中が悲鳴を上げていて、だけど……

「俺の手には 聖剣がある(相棒がいる) 。なら、負けるわけには、いかないな」

倒れれば、 聖剣(相棒) は敵の手に渡るかもしれない。それだけは嫌だ。

また一つ、戦う理由ができた。

ふと気が付く。いつの間にか、空から天使の梯子が降りていた。曇天の隙間から、天へと続く階段のように陽の光が――おそらく、朝日が差し込んでいる。

夜は、明けていたのだ。

それを見て、更に笑みを深めた光輝は、

「生きる道を選んでくれるなら追わない。けど、戦うというなら――」

スッと聖剣を納刀し、腰を落とす。手は、ゆるく柄にかけたまま。

「許してくれとは言わない。貴方達が……滅ぶまで殺す」

静謐な戦意が、壮絶な覚悟の言葉が、戦場に広がった。